話の聞き方によって変わる、教会グループ行事運営の明暗
――取捨選択型と切り上げ型の違い――私は、話の聞き方には大きく二つのタイプがあると考えています。一般的にも似た分類はあるかもしれませんが、ここでは私の定義を示します。① 取捨選択型できる限り人の話を聞いたうえで、全体を見渡して取捨選択を行うタイプです。話を聞きながら企画を組み立てるため、思考が発展し、新しい発想や気づきを拾うことができます。② 切り上げ型自分に興味がない、または関係がないと思う話を遮ったり、聞かないタイプです。聞いたとしても否定的に受け止め、なかったことにしてしまう傾向があります。そのため、自分の考えの範囲内でしか動けず、マンネリ化し、現状維持から緩やかな衰退に向かいます。実際、関係がないように思える話の中にこそヒントがあるものです。関係ない話をする人も、その場の空気や会の趣旨に導かれて、無意識に必要なことを口にしていることがあります。そうしたことを感じ取るには、ある種の洞察力や感性が必要です。無意識には神様がいます。神様、真理、真実なんでもよいですが芯があれば、どのような意見も力にし発展的に目的を踏まえた会ができます。決めつけるタイプや、知識が浅い人が場を仕切ると、往々にして「対話の切り捨て」や「発言の無視」が起こります。「今は関係ない」と発言を封じることが多く、結果として新しい発展が生まれません。決めつけ型の人は、情報量が少ないからこそ物事を単純化して判断できます。一方、発展的な人はできるだけ多くの話を聞き、そこから取捨選択をします。あいまいなようでいて、その場その場で考え、現実との対話をしています。行き当たりばったりとは違います。明主様も「耳に入ったことは一応気にしておく必要がある」と言われていますね。企画や管理、マネジメントが苦手な人の多くは、人の意見を聞けません。「聞いてもわからない」「興味がない」と感じてしまうからです。結果として、自分の考えのアップデートは上司の指示だけになり、それすら誤解したまま実行することもあります。また、自分に都合のよい話をしてくれる人ばかりを相手にすると、他の人は意見を言わなくなります。そうなると、知識や共感力が浅くなり、行動も視野も狭まっていきます。人にルールを押しつける一方で、自分は破る――そうした人もいます。例えば「前に出ないように」と他人に言いながら、自分は率先して前に行き、教主様や海外の方に話しかけたり写真を撮ったりする。それを客観的に見れば、秩序の破壊であり、私物化です。しかし、客観性や共感性が欠けている人には、それが見えません。信頼を失う行動が分からず積み重ねていきます。このような人がリーダーに立つと、「バレなければいい」「注意されなければいい」という意識がグループに生まれ、結果的に信徒ではなく、自分自身が最もルールを破らせる存在になります。こうした精神の根底には、切り上げ・切り捨ての姿勢があります。つまり自分さえよければです。切り上げ型の人は、「今は関係ない」として話を遮り、否定的な態度を取ります。しかし、そういう人と一緒に活動したいと思うでしょうか?自分を教団や会社によく見せるために、外面を整えながら、実は汚い部分を認めているふりをして隠す、そのため本音や真実を恐れてしまう。それが「小乗信仰」であり、内面の幼さの表れです。小乗信仰の人が上に立つと、信徒がいくら努力しても意見が封じられ、成長が止まります。物事を深く理解する人は、そうしたリーダーを「話が通じない人」と見なします。すると、その人の企画や行事のレベルも自然と限界が見えてきます。明主様は非常に知的で、IQもEQも高い方だと思います。IQが高い人の構想は、凡人には理解しにくいものです。上下ではなく「発想の次元の違い」です。しかし、その違いを上下と誤解する人が、妬み恨み天才を攻撃してしまうのです。IQが高い人は、過去・現在・未来を同時に思考し、作業しながら改善点を見出すことができます。こういう人に距離を置かれると発展は夢になります。こういう人は10人に1人もいないからです。「仕事ができる」と言われる人は、ここが最低ラインでしょう。教会長や企画担当者がそうであれば、毎年改善を重ね、変化が見えるはずです。高校レベルの学力をしっかり身につけると、IQはおよそ100前後。トップ層で110~ほどと言われます。上位5%となると120~にもなるようです。これは変動しますが、向上心や勉強が得意か苦手かによって、話が通じる範囲にも差が生じます。思考し向上し続けているのが最高で、動いていても思考していないようではいけないのです。また、過去現在未来と書きましたが、頭の良い人は常にアップデートする人でもあります。今やっている最中に、改善点を見つけて次の企画に反映させる。そうした「即時の修正」ができる人は、結果として会を発展させます。一方、作業が一つずつしかできない人は改善が後回しになり、毎回似たような問題を繰り返します。ひどいと今考えるべきことではないとして、同時進行で両方できません。終わったときには忘れてて改善するわけがないのです。また準備すべきは「物」ではなく「人と動き」です。決めるのではなく、共有しながら進めることが大切です。発想力の高い人は、ひとつのことから多面的に展開し、企画を豊かにします。そうでない人に企画を任せると、内容は変わらず、場所や形式だけが変わるだけになりがちです。結果として、行事の中での「ドラマ」や「奇跡」が薄れます。神様は、追求し、考え、深める人を必ず用意されています。そうした人を定例作業、事務作業に埋もれさせてしまうことは、大きな損失です。その無駄は、最終的に自分に返ってきます。