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遠藤様からの弊宅訪問キリ番34000リクエストの続きをお届けです。
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■ 恋をするなら ◇15 ■
思い当たることがあったのだろう。
自分の言葉でキョーコの顔色が変わったのが社にははっきりと分かった。
これならすんなり行くかもな。
そう思ったものの、社の予想は完全に的を外していた。
「 あれ、キョーコちゃん、どうした。今日は蓮に弁当を届けるつもりじゃなかったか 」
外出先から組事務所に戻って来た社は、心許なげな様子でソファにぽつんと腰を下ろしていたキョーコを見つけた。
ソファ前のローテーブルには見慣れたバスケットが置いてある。
「 そのつもりだったけど、途中まで行ってやっぱり止めてきちゃった。だってもしかしたら敦賀さん、どこかに出かけちゃってていないかもしれないし 」
「 はぁ?びっくりさせたいから敢えて連絡しないって言ったくせに今さら?だったら蓮に連絡すれば良かったのに 」
「 それじゃびっくりしてもらえないじゃない。それに、作っちゃった後で連絡して要らないって言われちゃったら嫌だと思って。それで途中まで行ったんだけど、やっぱりって思っちゃって・・・ 」
キョーコの返答に社は大きなため息を吐いた。
そんな心配は必要ない。それが言えたらどんなにいいか。
だがそれは許されていないのだ。
歯がゆいな、と思う。
あの日、蓮はスーツを着用してきた。
こちらが提案した2択のうち、イエスの意を持つ恰好だ。
以降、蓮からキョーコへのアクションが無いのは、キョーコからの返答を待っているからに違いない。
蓮が一歩を踏み出すことが出来ない根本理由を実は社は知っていた。
始まりは、ずっと以前。
御園井組の組長は、抗争が激化している現状を鑑み、内縁の妻である冴菜と一人娘のキョーコを抗争の手が届かない地に送り出そうとしていた。
二人が組長の身内であることは公には知られていないネタだった。
なぜなら、組長が組長になると決めたときに二人は縁を切っていたし、だからこそ御園井組の組員でさえ一部の者にしか知らされていないことだったのだ。
そんな状況であの日、組長と冴菜は会合した。
電話で済ませれば良かったのに敢えて時間を作ったのは、別れてなお迷惑をかけることになったことを謝罪するためだったという。それはなんて御園井一志らしい判断だろう、と社は思う。
だが恐らく、その現場を不破組の誰かに目撃されていたのだ。
組長が冴菜と別れた直後、発砲音が辺りに響いた。
身構えた組長の予想に反し、弾丸は通りすがりの車両のタイヤに命中したらしい。
命中させたのか、命中してしまっただけなのかは今もって知る由もないけれど。今さら真実などどうでもいい。
ともかく、そのせいでタイヤがパンク。コントロールを失ってしまった車両が冴菜の命を奪い、それだけにとどまらず車内にいた夫婦もまた帰らぬ人になってしまった。
その夫婦が、蓮の両親だったらしい。
その真実を蓮から聞かされたとき、社の脳裏にある文句が浮かんだ。
アルバート・アインシュタインの言葉だ。
人生を生きるには、2通りの方法があるらしい。
一つは、奇跡など存在しないと思って生きること。
もう一つは、すべてが奇跡だと思って生きること。
両親を事故で亡くし、天涯孤独の身となった蓮が知り合いの援助を受けて東京に出て来たのは、同じく孤独の身となったキョーコの事が気がかりだったからだと彼は言った。
だが蓮は、決してキョーコの前に現れたりはしなかった。
いや、しなかったのではなく、出来なかったのだという。
その理由を、蓮は社にこう告白していた。
「 とても出来なかったんです。自分より年下の女の子の、唯一の肉親だった母親を奪うことになってしまった二人の子が自分だと、名乗るなんて勇気、とても持てなくて・・・。謝罪できずに今までずっと・・・ 」
蓮の両親もまた被害者だろうに、けれど蓮はずっとずっと、キョーコに対して負い目を抱いていたという。
同時に癒されてもいた。
自分と同じ境遇の子がいる、という事実が、唯一、蓮の心を奮い立たせてくれる材料でもあったという。
当然ながら蓮の負のベクトルはまっすぐ不破組に向くようになって、あの日とうとう爆発。
大型バイクを操り、曲芸のような見事なパフォーマンスを披露し、不破組を退けた蓮。だがその裏にはこんなにも深い事情があったのだ。
到着した救急車に蓮とともに乗り込んだ社は、適切な処置を受け、あっという間に回復した蓮の治療費やバイクの修理代を完全にバックアップ。
その後、キョーコの保護を依頼してまさかこんな告白を蓮からされるとは夢にも思っていなかった。
ただ、こういうのを奇跡というのではないだろうか。
もしこれを他の言葉に置換するとしたら
唯一当てはまるのは運命しかないのではないだろうか。
二人は深い縁で結ばれている。
社にはそうとしか思えなかった。
「 キョーコちゃん 」
「 なに 」
知ってるか?
女の子が綺麗になる方法には二つあるんだ。
それは、いい恋をすることと、悪い恋をやめてしまうこと。
涙で目が洗えるほど泣いた女性は視野が広くなると言うけれど、俺はキョーコちゃんにそんなものを求める気は毛頭ない。
だって君はもう散々泣いた。
だからこれからは笑顔とだけ付き合って欲しい。
心からそう思っているんだよ。
「 しあわせは~歩いて来ない、だーから歩いて行くんだよ~ 」
「 ぷっ。なに急に、歌なんて歌っちゃってるの 」
「 俺、この歌を歌うとなぜか良いことが起こるんだよ。それをキョーコちゃんにも分けてあげようと思って 」
「 ええぇぇぇ?なにそれ、初耳 」
「 初めて人に言ったから当然だ 」
「 ぷふっ 」
控えめな笑顔を浮かべたキョーコの頭を、社はポンポンと軽く叩いた。
キョーコがこんなにもうじうじした思考になるのは、置いて行かれる孤独を知っているからだ。
けれど蓮が相手ならば心配ない。キョーコを絶対に一人にはしないだろう。
そう伝えることが出来たらどんなに手っ取り早いだろう。
だが、それをしてはならないと社は思った。
組長との約束があるからだけじゃなく
自分の意志で、足で、向かっていって欲しいから。
このおまじないの効果があったのかどうかは定かではないが、後日キョーコが行動を起こした。
彼女曰く、不思議な夢を見たらしい。
自分の母と、写真で見ただけだった蓮の両親が3人で話し合っている夢だったという。
相変わらず自分の母の表情には笑顔こそなかったが、向き合っていた蓮の両親は朗らかそのもので、話の内容は全く分からないながらも和気あいあいとしていたことだけは伝わって来たという。
「 この夢のことを敦賀さんに伝えなきゃ! 」
キョーコは意気込んで出かけて行った。
その夢の内容が、蓮にとってどれほど意味があるものなのか、いずれ彼女にも分かる日が来るのだろうか。
いや、そんな日はもしかしたら来ないかもしれない。
蓮は、すべてをキョーコに告白する気はないと言っていたから。
それから、蓮とキョーコの話はとんとん拍子に進んだ。
二人で世界一周旅行を叶えるため、キョーコは現在の学校から通信制の高校に転校。
念のため、社はどこの国でも使える携帯電話をキョーコに渡し
御園井組で唯一語学堪能な豊川が、海外在住の知り合いの電話番号一覧をキョーコに持たせた。
「 何かあったらまずは我々に電話してくださいね。でも万が一連絡がつかなかった場合は、非常手段としてこちらを活用してください 」
「 分かりました、ありがとうございます 」
社としては複雑な心境だった。それをキョーコに渡すことを最初は反対していた。
なぜなら、豊川は海外密輸の担当だったから。
しかし、万が一のことを考えたとき、やはりアリだという結論に至った。
ただ今は祈るだけだ。
それを使う日が来ませんように、と。
「 じゃあ、そろそろ・・・ 」
「「「 お嬢さん!!寂しいっす!! 」」」
「 蓮。本当に頼むぞ!! 」
「 はい。全身全霊でもって 」
「 行って来ます 」
「「「 いってらっしゃーい 」」」
春を迎える前に旅立った二人を
御園井組の組員たち全員で見送った。
高く空に吸い込まれてゆく飛行機を眺めながら、最初に口を開いたのは手先が器用な貴島だった。
余談だが、工作員としての貴島の才能は群を抜いて素晴らしい。
「 社さん。本当に組長を俺たちだけで看取るんですか。お嬢さんに報せないままで本当に良かったんですか。これで 」
「 仕方ない。それが組長の意志なんだ 」
組長の体に病気が見つかり余命宣告を受けたあと、娘を託せる堅気の男を探してくれと、組長から依頼された矢先に蓮が現れた。
その流れはもう、奇跡としか言いようが無い。
「 お嬢さんが再び日本の地を踏む頃には、組長はもういないんですね。知らず天涯孤独の身になったことをお嬢さんが知ったら・・・ 」
残念そうに呟いた緒方の肩を、村雨泰来が無言で叩いた。
「 報せなければいいだけのことだろう 」
「 そこは心配していないんだよな、俺。だって蓮がいるだろう。案外、家族として帰って来るかもだろ 」
「 お前、キョーコちゃんのことあんなに可愛がっていたのにな。トンビに油揚げとはこのことだ 」
松島にからかわれ、社は苦笑を浮かべた。
「 仕方ないですよ。組長の意向には逆らえないですからね 」
そもそも社には御園井一志に恩義があった。
御園井一志が御園井の看板を掲げることになったのは、社と出会ったせいなのだ。
そんな彼が掲げた、妻や娘をヤクザの世界に関与させない、という信条は、社にとって堅守せねばならない不可侵条約。
ゆえにキョーコからどれだけ慕われようが、突っぱねる以外の手段を社が持ち得るはずもなかった。
「 じゃ、全員で親分に報告しに行くか 」
「 キョーコちゃんは元気に旅立っていきました、ってね 」
「 組長、大丈夫かな。肩の荷が下りて一気に容体が悪化したりしませんかね 」
下っ端の石橋慎一が運転席に乗り込み、石橋光が助手席に乗り込んだ10人乗りのリムジンに、残りの組員が乗り込む。
石橋雄生が光に向かってツッコミを入れると、社が呆れたように目を細めた。
「 そうならないために発破をかけに行くんだろ! 」
「 そうか、そうっすね!! 」
「 俺たちの顔を見せて、組長の気分を上げてやろうぜ 」
「 あーそれ。盛り上がっているとこ悪いけど、俺はお前たちを連れて行く気はないからな? 」
「 えええっ?!そんなぁ、社さん。こんな時でもですか?! 」
「 こんなときだからだ。御園井組の組長、御園井一志が、ガンに侵され余命いくばくもないなんてことを公にする訳にはいかないからな。それもまた組長の意向なんだ 」
娘に報せず、一人でこの世から旅立ちたい、と。
「 うううううう・・・。そうっすね 」
恋をするなら
自分の一生をかけても守りたい
そう思える相手がいい。
組長が最上冴菜という女性にそんな気持ちを抱いたように
社もそうありたいと思っていた。
もちろん、キョーコの気持ちが真実自分に向いているなら、いつかそうなってもいいと思ったこともあったけど。
恋に恋しているだけのキョーコとでは
いずれ彼女を不幸にしてしまうだろう事は明白だったし
それにやはり何度考えても、御園井一志の信念を裏切るような真似だけは決してしたくはなかった。
なぜなら、自分は御園井組の若頭だから。ヤクザ稼業から足を洗うつもりは毛頭ないから。
御園井組の組長を見送ったあと、テリトリーを引き継ぎ社組の看板を掲げる義務が己にはある。
またそうでなければならないのだ。
そのために組長は社組の看板を引き継いでくれたのだ。
自分があまりにも幼かったから。
いずれ社組を返すつもりで彼は看板を担いでくれたのだから。
キョーコが旅立ってしまったことで、社の中に寂寥感と呼べるものが確かにあった。
だけど達成感も同時にある。
娘に寿命を悟られぬよう、娘を託せる相手を見つけて欲しいという親分の願いを叶え、その通りのことが出来たという事実と
きっとあの子の人生はこれから笑顔が多くなる。
そんな未来へ導いてやったのが自分だという満足感。
それだけがあればいい。本気で思った。
ごめんね、キョーコちゃん。
本当の意味で、君のお母さんの命を奪った元凶はこの俺だったんだ。そんな大事なこと、内緒にしたままで本当にごめん。
そんな君の笑顔を本気で守りたい。
毎日笑顔で、なんて
それはなかなか難しい事だと知っている。
知っているからこそ余計に強く思うんだ。
キョーコちゃん
君の未来に永劫の幸あれ、と。
E N D
リクエストは、『ヤクザの一人娘キョーコちゃん&若頭のヤッシーと、堅気のビジネスマンの蓮様でもちろんハッピエンで』との内容で頂いておりました。
終わって振り返って分かる事は、蓮キョの話の様でいて、実は社さんが主人公だったっていうw
兎にも角にも、リクエストを頂いて成就するまでに4年のブランク、大変失礼いたしました。
そしてリクエストありがとうございました。
これにて終幕。合掌(*^人^*)
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