お付き合いくださりありがとうございます。
遠藤様からの弊宅訪問キリ番34000リクエストの続きをお届けです。
■ 恋をするなら ◇4 ■
「 ちょっと豪華な所で・・・って言ったくせに、なんで小料理屋なのよ! 」
個室に案内されてからキョーコが文句を吐き出した。
嫌な予感はしていたのだ。社が運転していた車が、この店の隣にある駐車場に止まったときから。
「 じゅうぶん豪華じゃないか。個室でご飯を食べることが出来るんだぞぉ? 」
「 ・・・そうじゃ・・・ 」
なくて、と文句を続けようとしたが、おかみさんと呼ばれる人が入室してきたことでキョーコは口をつぐんだ。
お店の在り方に文句を言うつもりはないのだ。
ただ、もしも希望が叶うなら、もう少し色気がある店が良かった。例えばホテルのレストランだ。
そこでキョーコは社にエスコートされてみたかったのだ。今日は制服姿だから恰好がつかないかもしれないが。
ホテルが無理ならせめてそういう雰囲気を持ったお店だ。
そこで自分を女性として扱って欲しかった。
こんな妹みたいなやつじゃなくって。
「 ご注文はお決まりですか 」
「 ほら、お決まりですか、キョーコちゃん 」
「 ・・・私、ステーキとかお洒落なサラダとか食べたかった 」
「 それならマグロのステーキをお出ししましょうか。サーモンのカルパッチョもできますよ 」
「 そういうんじゃなくて・・・ 」
A5ランクの牛ステーキが良かったの。
サラダもお皿に盛られたのじゃなくて、ワイングラスみたいのに入ったお洒落ものを。
ほら、そういうの、ドラマで見るでしょ、時々は。恋人同士のデートシーンなんかで。
「 キョーコちゃん。言っとくけどこの店のものは何でも美味いよ。特に希望がないなら俺が決めちゃおうかな。おかみさん、この子、和食が好きだからメインは焼き魚で、汁物は赤だしよりすましでお願い出来る?他のおかずは大将お勧めのものをいくつかって感じで、二人前 」
「 はい、かしこまりました 」
「 大将? 」
「 このまえ事務所で会っただろ。あの人の店だよ 」
「 へー、そうなんだ 」
「 今ご用意いたしますね 」
「 え、あっ!信じられない、ホントに勝手に注文したー!! 」
「 文句があるなら自分でメニューを選んで注文し直しなさい 」
「 もう別にいいもん。それより、そういう子ども扱い、やめてよねっ 」
さっきは心配だ、なんて言っていた癖に。
キョーコはめいいっぱい眉間に皺を寄せながら口の中でもごもご文句を繰り返した。
「 あ、電話? 」
着信振動を感知して社が胸ポケットを探った。
携帯画面を確認した社は真顔に戻り、着信相手である組員の名前を呟いた。
「 村雨? 」
嫌な予感がした。
村雨は今日、いつもの場所で、あるスポーツの試合を対象とした賭博を仕切っているはずだった。
賭博は御園井組の中でも特に重要なシノギだ。
主催するたびに毎回それなりにまとまった利益を上げている。
時計を見るとまだ賭博中のはずだった。にもかかわらずこうして電話が来たということは、何かあったに違いない。
「 はい、どうした? 」
『 若頭、すみません。やられました 』
「 なにをだ 」
『 さっき、締め切り直前に見慣れない客から賭けの注文が入ったんです。その額、5千万円 』
「 なるほど。予想倍率は? 」
『 4倍です 』
「 ・・・っ、バカか。お前がいながら何をやっていたんだ 」
『 すみません!! 』
賭博の清算は試合終了直後に行うことになっている。つまりその客の予想が当たれば払戻額は2億円。
それを、試合が終わる2時間後までに用意しておかなければならなかった。
「 誰だったんだ、そいつは? 」
『 どうやら不破組のようで・・・ 』
「 ・・・チッ・・・ 」
また不破組か。
社はこめかみに少しの怒りをにじませた。
「 分かった。金はこっちで何とかする 」
通話を切った社は席を立って壁際に向かった。キョーコに背を向け、どこかに電話を掛け始める。
その背中を見つめながら、相手は椹さんか松島さんのどちらかだろうな、とキョーコは思った。
村雨の声は聞こえなかったから細かい事情は分からないけど、少なくともお金にまつわる相談事だったと判別がつく。
キョーコは聞き分けのいい子供よろしく、社が席に戻ってくるのを黙って待ち続けた。
「 ・・・ええ、すみません 」
高い金を賭け、相手の懐具合いを探る狙いでどこかの組の奴らがプレッシャーをかけて来るのは案外日常茶飯事だ。
それだけに、最終的に向こうが勝ったのに、こちらが金を用意出来ていないとなれば、そのぐらいの金も用意出来んのか、といい笑いものの種にされるだけじゃなく、格好の標的になってしまう。
だからこそ客の動向には注意が必要だった。
賭博を開催する日の、新規の客には気をつけろ・・は、もはや合言葉に近い。
とはいえ、これが駆け引きに過ぎないことを社は承知していた。
当然ながら御園井組でも他の組に対して同様の事をやっている。
そうやってプレッシャーをかけ合い、競い合うことで互いの収入源にもなるという仕組みなのだ。
今日のこれが吉と出るか凶と出るかは、現時点ではまだ何とも言えないが。
電話の向こうで幹部の椹が了解の意を示してくれた。
相手には見えないと分かっていながら、つい腰を曲げてしまう日本人特有のお辞儀というヤツを人知れず社が披露したあと、電話を切った彼はうーんと唸った。その直後、おかみさんがお盆を持ってやってきた。
「 おまたせしました、さぁ、どうぞ 」
並べられたのは鮎の塩焼きをメインに据えた和食の数々だった。どれも美味しそうに盛り付けられていて、実際に何を口に運んでもとても美味しいものだった。
「 ね、社さん 」
「 うーん? 」
すっかり口数が少なくなってしまった社にキョーコが話しかける。
その話題には多少の思惑が含まれていた。
あわよくば妬いてもらおうという、女心が。
「 社さんが私に電話してきたとき、見知らぬ男子に話しかけられて困っていたって、私さっき言ったでしょ 」
「 ああ、うん、言ってたな、そう言えば 」
「 なによ、全然心配していないじゃない 」
「 そりゃそうだ。俺が心配しているのはそれとは別のことだから。それで? 」
「 その人、不破って男子の腰巾着だったの。その子が話しかけてきて、しばらくしてから不破が馴れ馴れしく近づいてきて偉そうに私に話しかけて来たのよ 」
「 不破? 」
「 そ。この前言ったでしょ。学校の男子たちなんてやんちゃが過ぎるバカばっかりだって。私の学年で言えば不破はその中で断トツの一位ね。なにかって言うと威張り散らしちゃってサイテーな男なの 」
「 不破、なに? 」
「 なにってなに? 」
「 下の名前だよ。不破、なんていうんだ? 」
「 それ!ふふふっ、よくぞ聞いてくれました。それが聞いてよ、面白いの。その男子、そこそこ顔が良いものだから一部の女子に人気があるらしいんだけど、女の子たちに尚って呼ばせているんだって。本名は不破松太郎っていうのにっ(笑) 」
ショータローよ、ショータロー、と、お腹を抱えて笑い飛ばすキョーコを見ながら社は全身が冷えていくのを感じた。
不破組の、組長のせがれだ、間違いない。
まさかキョーコちゃんと同じ学校にいたなんて。
「 それでなんて?どんな話をしたんだ? 」
「 してないわよ。話しかけられた直後に社さんから電話があって、それですぐにバイバイしてきちゃったから 」
「 あ、そう・・・ 」
声を掛けて来たということは、探りを入れに来たのか?
それとも、キョーコちゃんが組長の娘であると知った上で?
どちらにせよ、このまま放置しておくわけにはいかない、と思った。
どうする?
しばらくの間キョーコちゃんをどこかに隠すか?いや、それは無茶だ。
キョーコちゃんに事情を話した所で大人しくしているとは限らないし、しばらくの間がどのぐらいで済むかも断言できない。
一週間や二週間で収まる話では決してないし、そもそも不破組の奴らがそれで諦めるとも思えない。でもだからって・・・。
「 社さん? 」
「 っっっ 」
「 社さん、急に黙っちゃうなんてどうしたの?どうかした? 」
どうする?もう少し相手の出方を見てから策を練るか?
箸を手放し、腕を組んで背もたれに寄りかかった社は天井を睨んだ。
対応策を思案していると再び携帯が振動する。
持ち上げて見てみると着信相手は組事務所にいるはずの石橋雄生からだった。
「 もしもし、どうした? 」
『 若頭。いま不破組の奴らから電話があって、今度ご挨拶に伺いたいんですがいつがご都合がいいでしょう、ってぬかしやがったんですけど 』
「 挨拶?なんのだ 」
『 それが、不破のせがれがお嬢さんに一目惚れしたとかで、是非婚約させてもらいたいと。それで互いに身内になって、それまでの事はお互い水に流しましょうとかなんとか 』
「 はぁっ?!寝言か!! 」
思わず声を荒げてしまった。冗談にもほどがある。
そもそも散々火の粉をかけて来たのはそっちだろうが。しかも不破組はウチの組長の奥さんを・・・っ。
そんなことまでしでかしておきながら、互いに水に流しましょう?そんな便利な便器がどこにある。
キョーコちゃんの母親を奪っておいて、いまさら何を言われようが受け入れられるか、そんなこと。
お前らの魂胆は分かってる。外からの攻撃がなかなか上手くいないから、それで手法を変えようって事だろう?ウチを中から支配する気で。
バカにするな。そんなに甘くないぞ、御園井組は。
「 事情は分かった。その件は俺が引き継ぐ。お前はさっきお願いしたことをやっておいてくれ 」
『 御意 』
社は鼻息荒く通話を切った。
一目惚れ?笑わせるな。
だいたい、不破のせがれはそういうタマじゃないだろう。
若年者にもかかわらず、手が付けられないほど女癖が悪い、という話のウラはもう取れている。
いざとなったらこっちはそれを逆手に取ってやるつもりだったんだ。
どうする?
このままキョーコちゃんを学校に通わせて大丈夫か?それでこの子の身の安全は保障されると思えるか?答えは否だ。
もしアイツらがこの子を攫ったとしたら、この子はどうなる。
アイツらの毒牙にかかることなく、真っ白のままでいられるとでも?
想像してゾッとした。
そんなことあり得ないと思った。
「 キョーコちゃん! 」
「 ん? 」
「 しばらく・・・ 」
ガラをかわそう。言いかけて社は言葉を飲み込んだ。
しばらくってどのぐらいだよ。
自分で自分にツッコミを入れる。
ああ、くそ、どうすれば・・・っ!!
不破組にとってキョーコは間違いなく、手に入れさえすればどうとでも使える最良のコマ。
人質として組長を脅す事も出来れば、その命を奪って組長を含む俺たちの士気を叩きのめすことも出来れば、孕ませて意図的に身内に仕立て上げることも出来てしまう存在なのだ。
「 ・・・っっっ!!! 」
ダメだ、このままでは絶対に。
どんな時でもこの子を守ってくれる誰かが必要だ。そうでなければ彼女を簡単に奪われてしまうだろう。
だが、それを誰に・・・。
社は頭を抱えた。
もうあの頃とは違うのだ。身バレしていなかった自分がキョーコをかくまったあの頃とは何もかも。
今の自分ではそれは不可能に近いこと。しかもそれは自分だけに限った事ではなかった。
御園井組の組員は全員、顔が知られている。だからもし組が持っている土地に彼女をかくまったとしても、組員の動きから居場所は簡単に特定されてしまうだろう。
それでは匿う意味がない。それではこの子を守り切れない。
どこかに誰かいないのか。
不破組に顔が割れてなくて、しかもこの子をちゃんと守れる誰かが・・・。
「 ・・っっ・・あ・・っ 」
瞬間、社の脳裏に一人の男の姿が浮かんだ。
そうだ、彼にお願いしてみてはどうだろう。
悪を成敗しただけだ、と言い切ったあの男。
あんな派手なことをしでかしたくせに、その代償が全治ふた月のバイクと手足のかすり傷だけという、強運の持ち主であるあの男、敦賀蓮に。
⇒5 へ続く
ガラをかわす⇒身を隠すこと
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