恋をするなら ◇3 | 有限実践組-skipbeat-

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 遠藤様からの弊宅訪問キリ番34000リクエストの続きをお届けです。


 前話はこちら⇒【



■ 恋をするなら ◇3 ■





「 慎一、食材の手配は済んだのか? 」


 若頭である社から声を掛けられた石橋慎一は背筋をビシッと伸ばした。



「 はい、もちろんです! 」


「 雄生は?部材の手配は完璧か? 」


「 はい、やりました! 」



 同じく若頭である社から肩を叩かれた石橋雄生も背筋をビシッと伸ばし、最後に声を掛けられた石橋光は苦笑しながら頭を下げた。



「 光は板前かって思われるほどのレベルまで焼きそばの腕を磨いておけよ。だらけた味の焼きそばなんか作ってみろ。破門にするからな? 」


「 が・・・頑張りますっ! 」



 話は逸れるがここらで少し、ヤクザの経済事情について話をしよう。そもそもヤクザの組事務所がどんな風に回っているかをご存じだろうか。


 基本的にヤクザ稼業は、独立採算の個人事業主と同じである。


 中には組員に一定額を支給する給料制の組織もあるが、多くは個人個人でシノギを見つけ、そこから稼ぎを得て、所属する組織に看板を使わせてもらう対価として、決まった会費を納めるというシステムになっている。


 ちなみにシノギとは、ヤクザの世界でいう収入源のことだ。


 シノギの語源には様々な説があり、例えば他組織と争って商売することから、切磋琢磨を意味する「シノギを削る」から来たとする説。あるいはどうにか生計を立てるという意味の「糊口をしのぐ」から来たとする説。それから、困難に耐える、乗り越えるという「凌ぐ」から来たという説と様々だ。


 いずれをとっても稼ぐことの難しさが察せられる言葉が語源となっている事だけは間違いなかった。



 御園井組組員たちのシノギの元は様々だ。しかし基本的には法律スレスレどころか完全にアウト、という場合もあるので大きな声ではお教えできない。

 組自体のシノギとして敢えて表に出すとしたら、それはみかじめ料と地上げだった。



 地上げとは、土地の価値を上げて転売することを言う。


 それで思い浮かぶシーンと言えばこんな感じではないだろうか。

 いかにもガラの悪そうな連中が、地上げ目的で暴力的な手口を使って立ち退きを迫ったり、時には物件に物理的な損害を与えて立ち退きを迫ったり・・・といったシーンだ。恐らく誰もが一度はドラマなどで見たことがあると思う。

 しかしそういうのは現実にはあまりあり得ることではなかった。


 もちろんそれも絶対とは言い切れない。だがそもそも地上げとは、土地の価値を上げてこそ成立する商売なのだ。

 従って目的の土地のイメージが確実に悪くなるようなことをする地上げ屋がもし本当にいたとしたら、そいつは確実に仲間からアホ呼ばわりされることになるだろう。


 地上げ屋として利益をあげるためには、土地の価値を下げることをしてはならない。これは基本であり鉄則である。



 もう一つのシノギであるみかじめ料だが、これは何かトラブルがあった時に駆け付け、問題を解決することで謝礼を受け取るシステムのことを指す。


 この謝礼、金額については地域によって異なると考えて間違いない。当然ながら地方より都会の方が高く、それも月ごとに定額で払うシステムだったり、何かトラブルが起こった時だけ駆けつけて謝礼を受け取るシステムだったりと、組によって対応は異なった。その中で御園井組は後者の姿勢を貫いている。



 先日、大将と呼ばれたカタギの中年男性が、椹、松島の両名に依頼した交通事故の示談交渉はこのみかじめに相当していた。つまり彼は謝礼を渡すために事務所を訪れていた訳なのだが。


 御園井組ではこのみかじめ料を金額指定することはなく、あくまでも依頼者が用意してくれる金を受け取るに過ぎなかった。


 それについてはこんな逸話がある。

 御園井組の組長が過去にたった一度だけ、小学生同士のケンカを100円のみかじめ料で収めたことがあったのだ。



 組長は、御園井組が面倒を見ているシマの住人はすべて地域の仲間である、という考えがあるヤクザだった。

 同時に組長の心には、素人さん相手に金を巻き上げてもしょうがないという考えもあった。故に彼はそれを常々組員たちにも説いていた。


 つまり御園井組とはそういう組織であり、その組長である御園井一志は、そういう人物なのである。




 さて、話を戻そう。

 この辺では東京都には珍しく、春には花見、夏には花火、秋には味覚、冬には寒中祭りと、四季それぞれで祭りを執り行う。


 祭りにヤクザ、とくれば、テキヤに露店を出店させて、みかじめ料を取って金を儲けて・・・というイメージがあるかもしれない。

 まぁ事実、この4つの祭りを仕切っていたのは何を隠そう御園井組で、開催日当日には組員が総出となって店を出すほどである。


 しかし驚くことなかれ。この祭りで組員たちは一切の金銭を取らなかった。

 あくまでも祭りに来てくれた地域住民の方々に無料で振る舞うだけである。


 ヤクザとして活動するには、地域住民を味方に付けることは非常に重要な意味がある。

 なぜなら、もし抗争や大規模な警察の手入れなどがあれば周辺住民に迷惑をかけることになるし、そもそも始めから地域住民との間に溝があれば、組事務所の立ち退き運動などに発展する恐れもあるからだ。



 それを理解していた御園井組は、祭りで使う食材や木材などを必ず地元の店から購入していた。

 それを使って祭りを開き、無料で食事を振る舞うのである。


 つまり御園井組はそうやって、定期的に地域経済を回していた。



 御園井組は確かにヤクザ組織である。だが、地域の人々にとっては困ったことがあった時に用心棒を引き受けてくれて、また季節の廻りに合わせて経済を活性化させてくれるお得意様という存在でもあった。


 御園井組は間違いなく、地域密着型のヤクザ稼業だった。


 彼らはこの街で生きていくための最低限の礼儀を持ち、地域社会と同化してシマの住民をも守らなければならないという一線を常に持っていた。

 だからこそ、小さな組ながらもそれなりの勢力を維持できているのだろう。



 その事務所内で電話がけたたましく鳴り響いた。

 脳内シミュレーションで懸命に焼きそばを炒めていた一番下っ端の光が即座に受話器を持ち上げた。



「 はい、御園井組・・・ああ、木材屋の。どうかしましたか? 」



 どうやら相手は、祭りで使う木材を用意してくれる馴染みの店からだったらしい。

 祭りの準備について何か問題が出たのだろうか、と一瞬考えた社だったが、すぐに違うと思った。



 恐らくもっと急を要する内容に違いない。そもそも祭りの準備は毎回お願いしている事なのだ。何か不測の事態が起きたとしても都度彼らは適切に対応してくれていた。

 にもかかわらず電話が来たということは、それ以外の用事に他ならない。



 了解した、と言って光が静かに受話器を収めた。神妙な面持ちで光は社に近づいた。




「 若頭 」


「 なんだ 」


「 タレコミです。うちの事務所を出入りしている女子高生について。探りを入れている奴らがいるらしいです。現に今もその辺をうろついているみたいだと 」


「 ・・・っっ 」



 そのセリフに反射的に腰を上げた慎一が窓辺に近寄った。



 ヤクザの事務所と言うと、任侠映画にあるような和風の大豪邸で、広い庭には松の木などが植えられていて、一面に玉砂利が敷かれ、池には立派な錦鯉・・・なんてのを想像する人もいるかもしれない。


 しかし残念ながら御園井組の事務所はビルの中にあった。そこは5階建てのビルであり、事務所の庭は一戸建てより少々広い程度で、庭には何も植わってなどいなかった。


 そもそも庭が広ければ広いほど部外者は侵入しやすくなる。そこにこじゃれた庭を造ろうものなら死角がたくさん出来てしまうし、その景観を維持するために専門業者を定期的に出入りさせなければならない。

 出入りするのが本当に専門業者ならいいが、万が一にも違う者が紛れ込んでいたら事務所を守り切るのは困難となるだろう。



 ヤクザ事務所のセキュリティは自衛だけが頼みの綱。だから御園井組のビルの周りは頑丈な鉄骨構造のコンクリート壁でぐるりと囲んでいたし、しかも上部には侵入防止のための有刺鉄線まで張っていた。

 玄関には敵対組織の襲撃に備えて厚さ10センチほどの鉄製のドアを採用。しかしそのままでは重くて開閉できないため、下部にはローラーが付いている。


 さらに言うならカチコミでは窓が標的になりやすいため、防弾ガラス製だった。そのガラスもまた分厚いため、昼間でも事務所内は思った以上に薄暗い。



 その窓辺に立った慎一が、見慣れぬ人影を見つけて誰かがいますと呟いた。



「 若頭、どうしますか 」


「 チッ 」




 そんな背景があることを知ったからだろう。

 キョーコは組長のことを決してお父さんとは呼ばなかったが、そして最初こそ戸惑っていた様子だったが、それらが理解できないほど子供でもなかった。彼女は割合すんなりと御園井の娘であることを受け止めた。


 キョーコが気軽に事務所を出入りしようとするのは、彼女なりに父に馴染もうとしているのかもしれない。



 そういう娘の想いを察し、結果として妻を守れなかったことを悔やんでいるからこそ、関わらせたくないと思いながらも組長は娘が事務所を出入りするのを許可する気になったのだろう。


 社自身、キョーコには来るなと何度も言ってはいるが、そういう組長の気持ちが理解できていたし、そもそも本気で反対する気も無かった。

 ならばあと自分に出来ることと言えば、いまここに居られない組長に代わって自分がキョーコを守るだけ。



 それしかなかった。



「 今日の所は俺がキョーコちゃんを引き止める。その間にお前ら、どこの組の奴が探りを入れているのかを付き止めろ。頼めるか? 」


「 頼まれました 」


「 バカか、雄生。そういう時は了解しましたって言うんだよ! 」


「 バカとはなんじゃい、光。お前の方が年上でも、組に入ったんは俺の方が先やろが。つまり俺の方が先輩じゃ。偶然同じ苗字だからって気軽に懐くなぞ 」


「 あい、すみませんっ! 」


「 やめろ、二人とも、仲良くしろ。それから、念のためにこの件を幹部二人にも連絡しておいてくれ。加えてあとで木材屋にお礼をするから、そっちも併せて準備を任せる。大丈夫だな? 」


「「 はい!! 」」



 ちなみにこれは完璧に余談だが、実は組事務所の中には相当量の食料や水が備蓄されている。

 それらは抗争が長引いた時のためのいわゆる非常食としての目的がもちろんあったのだが、同時に災害時などには周辺住民に無償で配る非常食としての役割も持っていた。



 そんな御園井組の心意気を知っているからこそ、街の人たちもその心意気に応えてくれているのだ。


 こんな関係、今では珍しい部類に入るらしいが。



「 もしもし、キョーコちゃん?いまどこにいる?え、まだ学校?そうか、良かった 」


『 良かったってなによ。隣のクラスの見知らぬ男子にいきなり呼び止められて、足止め食って困っていた所だったんだけど 』


「 へー、それは良かった。その男と恋愛ごっこは出来そうか? 」


『 するわけないし!って、あら、社さん。なに?私のことが急に惜しくなっちゃった? 』


「 何を惜しむ必要があるのか俺にはさっぱり分からないけど。少なくとも心配ではあるな 」


『 へー。そう、心配なんだ、ふふっ 』


「 たぶん、いまキョーコちゃんが考えたのとは全く違う意味の心配だけどね。そうそう、いまから迎えに行くから、今日は俺と一緒にご飯を食べよう。ちょっと豪華な所で。もちろんご馳走するから 」


『 え、やった、それってデートって事ね!うん、分かった。いつもの所に行けばいい? 』


「 ああ、それでいい。どのぐらいで着く? 」


『 そうだな、10分ぐらいかなー 』


「 分かった。じゃ、あとで 」


『 うん、あとでー 』



 通話を切った社の口元がほのかに緩む。

 電話の向こうではしゃいでみせたキョーコの声が社をそうさせていた。



 知らぬが仏とは、まさにこのことを言うのだろう。



 その中でせめて自分が出来ることをしなければ。

 改めて社はそう思った。




 組長の娘であるが故に

 キョーコに降りかかる災難で彼女が泣くことが無いように。

 苦しむ事が無いように。






 ⇒ へ続く


このお話を書くにあたって、憶測(というか想像)だけで物語を綴ることがどうしても出来ず、フィクションではない、実際にそういう立場にいた方などの本を拝読させていただきました。

それによると、昭和のヤクザやさんの中には、文中にあるような立ち位置の組が案外多かったらしいです。ある本によると。

それはそうと、そういう本も探すと意外とあるものですね。



⇒恋をするなら◇3・拍手

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