お付き合いくださりありがとうございます。
遠藤様からの弊宅訪問キリ番34000リクエストの続きをお届けです。
■ 恋をするなら ◇8 ■
翌朝早く、二人は東京駅に向かった。
購入した新幹線のチケットは6時台のもので、にもかかわらず乗客はキョーコが予想したよりだいぶ多く。けれどさすがに自分と同じ高校生と思しき人は一人も乗っていないようだった。
「 2時間後には京都だよ 」
指定席に腰を下ろすと隣に座った蓮がそう教えてくれた。
昨日の今日での旅立ちだ。まだどこを観光するのかも全然決めてなどいなかった。
「 それで、京都のどこに行くんですか? 」
「 それを俺に聞くのはおかしいでしょ。行きたいって言ったのは君なんだから。君はどこに行きたいと思ったの? 」
「 ・・・前は、京都駅周辺の散策を一番楽しみにしていたんですけど 」
「 前は? 」
「 でも、今は嵐山付近に行ってみたいかな 」
「 そうなんだ。なんで? 」
京都駅周辺は、修学旅行に参加できていたら自由行動で友達と回る予定にしていたところだった。
そして嵐山付近はキョーコの父母が出会って恋に落ちたと聞かされていた場所だ。
嵐山は京都駅からだいぶ離れているため、自由散策では選択不可だった。
父との出会いに関して、母が詳細を語ってくれたことはなかったけれど、その話をしたときの母の頬は柔らかく緩んでいた。
少なくとも、いつか行ってみたいと娘のキョーコが思うぐらいには。
今はもう懐かしい記憶。
「 内緒です 」
「 内緒?…くす、別にいいけど。じゃあ、嵐山に行くとするか 」
「 本当に?でもあの、私の意見を優先しなくてもいいですよ? 」
「 ん? 」
「 だってほら、私は連れて行ってもらう身ですから。だから私の希望は後回しで平気です。先に敦賀さんが行きたい場所に行きましょう 」
「 そう?じゃあ嵐山に行こうかな 」
だからそうじゃなくて、と言おうとしたのに、蓮の顔を見たらキョーコは何も言えなくなった。
背中をシートに預けて、キョーコを見ている蓮はとても優しい笑顔だ。
まるで別人のようだった。
昨夜、あの男をあれほどまで血まみれにしておいて、なおもしつこく蹴ったり殴ったりしていた人物と同一とはとても思えない。
キョーコを見る目も、とても穏やかなものだった。
「 ・・・ということで最上さん。俺は到着まで寝るから、席を立つ時と何かあったときは迷わず俺を起こしてもらえる? 」
「 寝るんですか?あ、それだったら私が通路側に座りましょうか。そしたら私が途中で席を立っても敦賀さんを起こさずに済みますから 」
「 違う。だから君を窓際にしたんだ。言っておくけど、例えば急に腹痛になってトイレに駆け込みたくなったとしても、恥ずかしいからと内緒にするのはNGだから。どんな理由があったとしても、席を立つときは必ず俺を起こすこと。君になにがあっても君の事は必ず俺が守るけど、でも、この俺の目を盗んで再び一人でどこかに行こうとしたら・・・・その時はどうしてくれようかな 」
っっっ、ちょっとっっっ?!!???
声の凄みと圧がすごくて怖いんですけど。
「 だっ、大丈夫です!この最上キョーコ、誓ってそのようなことは致しません!昨夜お約束した通り、私はもう敦賀さんに内緒で勝手に出歩いたりしませんので! 」
「 そう?だったらいいけど。席を立つときは必ず俺を起こすこと。OK? 」
こわっ、こわっ、こわっ!
そんな凄まれてから煌びやかな笑顔を見せられても、余計怖いだけなんですけど~っ。
それともこれがこの人の本性かしら。
社さんはこれを知っているのかな。
「 了解です。到着まで敦賀さんはどうぞお休みください。ワタシはそれまでオトナしくホンを読んでいることにします 」
「 よろしい 」
2時間後、予定通り京都駅に到着した二人は、嵐山・大覚寺行きの市営バスに乗り換えた。
乗車しのんびり揺られること50分。阪急嵐山駅前に到着すると、流石に乗り疲れたのかバスを降りてすぐに蓮がかなり大きな伸びをした。
「 くす。だいぶ大きな伸びですね 」
「 ・・・っ・・さすがに、3時間もほぼ同じ姿勢だったからきつかったんだ 」
「 あはは、ですよね。しかも新幹線よりバスの方が窮屈な座席でしたし。お疲れ様でした! 」
「 ねぎらい、どうも。さて少し歩こうか。こっちに行くよ 」
「 ・・・あのっ、手は差し出されなくても平気です 」
「 そう?遠慮することないのに 」
「 いえ、遠慮っていうか 」
ちょっとドキッとするじゃないのよ。
男の人ってこういうもの?
ただ一緒に京都に来たってだけなのに、当たり前のように手を繋いじゃうものなの?
「 最上さん、行くよ。川の方に向かって歩こう 」
「 はい。どのぐらい歩くんですか? 」
「 着けばわかる 」
「 不親切 」
「 ふっ 」
肩を並べ、景色を楽しみながら10分ほど歩いた。到着した嵐山モンキーパークで二人は一時間ほどを楽しく過ごし、今度は嵐山のシンボル的存在と言われている渡月橋へ。
橋を渡り切ったところで人力車の人と目が合って、せっかくだからと体験させてもらうことに。
「 わあ!目線がたかーい 」
「 そうだね、若干ね 」
「 ぷっ。敦賀さんだと若干なんだー(笑) 」
「 ご利用ありがとうございます。天龍寺までのご案内でよろしいですか 」
「 あ、すみません。その前に嵐電嵐山駅に寄ってもらっていいですか。観光マップをもらいたいので 」
「 はい、了解しましたー 」
嵐山駅で観光マップを頂いて、降ろされた天龍寺で参拝し、一時間ほどを過ごした。
その庭園内にあるお店で少し早い昼食を摂ろうということになって、さらに一時間ほどかけて精進料理に舌鼓を打ってのち、蓮の案内で今度は竹林の道へ踏み入る。
この時になるともう、キョーコはすっかり蓮と打ち解けていた。
「 敦賀さん!ここ、テレビで見たことある気がします! 」
「 だろうね。実際に映画やドラマの撮影現場としてよく使われている場所だから 」
「 やっぱりそうなんだ。すごーい、分かる気がする~ 」
風が吹くと葉擦れの音が心地よく耳に届いた。
竹の間から差し込む光が何とも言えず美しい。
竹林はただただ非日常を演出していて、その光景はどこまでも清々しい、の一言に尽きた。
「 あれ。敦賀さん、見てください。あそこに神社がありますよ 」
「 うん、野宮神社だね。源氏物語第十帖、賢木の舞台となった古社 」
「 ・・・へー? 」
さすがにキョーコも気付き始めていた。
蓮がやたらと京都に詳しい気がする、ということに。
京都駅に着いてからバスに乗り換える際も蓮は一切迷わずキョーコを導いていたし、嵐山駅に着いてからモンキーパークへ行くまでの間もそうだった。
しかも蓮はせっかく人力車の人に頼んでわざわざ寄り道をしてもらって手に入れた観光マップすら一度も見ていなかった。
「 ここの境内に亀石があって、それを撫でると一年以内に願いが叶うって言い伝えがあるんだけど。行ってみる? 」
「 なにそれ、もちろん行きます! 」
順番を待って亀石を撫で、参拝してから再び竹林の道に戻った。
散策を再開してしばらくすると、道なりに現れたトロッコ嵐山駅から二人はトロッコ電車に乗り込んだ。
「 ラッキーだったな。平日でもこんなにすんなり乗れるのは珍しいから 」
「 そうなんですね。ラッキー! 」
トロッコ電車には窓がなく、まるで異次元空間のようだった。
目前に拡がる自然のパロラマは言葉で言いつくすことなど到底出来ない見事なもの。キョーコの気分はいつの間にか高揚していて、それは終点の亀岡駅についても持続していた。
「 はー、すごくキレイな景色でしたね。しかもここが映えスポットですよーとか放送が入って、トロッコがゆっくり走ってくれるなんて凄く親切。おかげですっかり心が洗われた気がします 」
「 そうだね。でもまだまだだよ。嵐山の景色はこれで終わりじゃないんだから 」
「 え?それってこれからまたどこかに行くって事ですか 」
「 当然。ここからバスに乗り換えて今度は保津川下りをしよう。電車の次は船からの景色を楽しんでもらうよ 」
「 え、え、え~~~っ? 」
そしてキョーコは蓮と一緒に、今度は保津川下りを体験した。船頭さんの話は面白く、映えスポットは美しく、笑ってばかりの90分。
さらに言えば、到着した船着き場が渡月橋の近くで、キョーコは面白おかしい笑顔になった。
「 あっ、さすがに覚えていますよ。ここは午前中に来た所じゃないですか!すごい、またここに戻って来ちゃった 」
「 最上さん、疲れてない?ここらで一休みしようか。最近人気のオブカフェなんてどう? 」
「 いいですね!オブカフェ・・・ってことは、カフェですよね。でも、オブって? 」
「 オブは京都でお茶の事。番茶や抹茶を使ったメニューが色々楽しめる店なんだ 」
「 お茶のこと?じゃ、直訳するとお茶の喫茶店ということに。・・・あの、実はさっきからずっと思っていたんですけど、敦賀さんってもしかしたら 」
「 さすがに気づいた?そう、俺、実は京都出身 」
「 やっぱり!だからさっき嵐山でいいって言ったんですか?敦賀さんの行きたいところを先にどうぞって言ったとき 」
「 別にそう思ってくれてもいいけど、本当は違うよ。本当に俺も嵐山に来たかっただけ。はい、お店はここだよ、入ろう 」
「 わ、雰囲気があって素敵 」
オープンテラスに案内され、キョーコが選んだお勧めセットを二つ注文した。
テラスからも嵐山の景観を一望でき、景色もお抹茶スィーツも番茶もとても良かったけれど、それよりキョーコは蓮の話に聞き入った。
「 俺、6年ぐらい前まで京都にいたんだ。それで東京に引っ越した 」
「 そうなんですか。進学とかで? 」
「 それもあるけど、一番の理由は京都にいるのが辛かったからかな。俺の両親、事故で亡くなったんだ。兄弟がいるわけでもないし、一人で京都にいるのが苦痛すぎて 」
「 ・・・そうだったんですか 」
悪いことを聞いちゃった。敦賀さん、シュンとしちゃってる。そりゃそうよね、楽しく話せる話じゃないもの。
一人が苦痛だっていう気持ち、すごく分かる。
自分もそうだったから。
そうなんだ。
この人も自分と同じ、孤独を抱えた人だったんだ。
寂しいよね、一人ぼっちって。
「 ごめんなさい、話し辛いことを聞いてしまって・・・ 」
「 別にいいよ、君なら 」
「 ・・・っっ 」
蓮が小首を傾げながら自分を見つめ、真顔でそう言ったことにキョーコはきゅっと口を結んだ。
今日、これで何度目の特別扱いだろう。
社の言葉通り、蓮は道行く先々で色んな女性から声を掛けられるほどのイケメンだった。
けれどそのたびに彼は連れがいるからと断っていた。
この子と旅行を楽しんでいる最中だからと。だから邪魔しないで欲しいと言って。
最初、キョーコはそれを普通に見ているだけだった。
それどころか、実は若干拗ねているところがあったかもしれない。
それは自分を見る女性の目が物言いたげだったこともあるけれど、蓮が自分を理由に女性からの誘いを断るのは、社との約束のせいだとキョーコは知っていたからだ。
でも、そんな不満はいつの間にか吹き飛んでいた。
そのうちキョーコの中で優越感さえ現れた。
それは、節々で現れる蓮からの特別扱いのせいかもしれない。
蓮は本当にさりげなく、時には態度で時には口で、キョーコを特別に扱った。
「 最上さん、お茶のお代わり、する? 」
「 ・・・します 」
「 すみません 」
それに気づいてから、キョーコはたびたび鼓動を高鳴らせていた。
意味もなくドキドキしてしまう。
そんな自分が、キョーコはそれほど嫌ではなかった。
実のところキョーコ自身、自分が本当に社の事を好きなのかどうか、良く分かっていなかった。
社は
突然いなくなった母の代わりに
突然一人ぼっちになってしまった自分のそばに、いてくれるようになった人だ。
あやしたり、慰めたり、励ましたり、怒ったりしながら
彼は色んなことをキョーコに教えてくれた。
自分を心配してくれる人の存在が、これほどまで寂しさを紛れさせてくれるものだと教えてくれたのは社だ。
それだけに社がそばにいてくれるのがもはや当たり前になっていて
キョーコにとっては一緒にいるのが普通のことになっている。
このままずっと一緒にいて欲しい。
もう二度と一人ぼっちになんてなりたくない。
社が自分の傍らからいなくなるなんて考えられない。考えたくない。
だから
その予防線として、社が好きだと自分は思い込もうとしているのかな。
ふと、そんなことをキョーコは考えた。
だって気付いてしまったから。
『 別にいいよ、君なら 』
蓮からの特別待遇で
それをさりげなく口にされる時ほど自分の胸が熱くなる。
つい意地を張ってしまったけれど
手を差し伸べられてドキッとした。
俺が守るとか言われた時はものすごくこそばゆく感じたし
蓮に笑顔を向けられると恥ずかしくなって、だけどとても嬉しくなる。
こんな風になった相手など今まで一人もいなかった。
組事務所の誰であっても心臓が踊ったことなど一度も無い。
もちろんそれは社であっても。
『 恋愛ごっこがしたいなら・・・ 』
ふと社の言葉が甦って
キョーコは蓮を見つめた。
社に対する自分の気持ちは、ただの恋愛ごっこに過ぎなかったのかもしれない。
いま目の前にいるこの人の言葉で自然と心が悶える。
それが答えのような気がした。
キョーコの視線を感じたのか、顔を上げた蓮といきなり目が合って、キョーコは慌てて顔を背けた。
⇒9 へ続く
実は7月中、近隣の旅行会社が月末まで休業するということで、8月になるのを待っていました。・・・が、恐ろしいことに8月も月末まで休業するとのこと!どうやらお話を聞くのは無理そうだと判断し、自助努力で何とかしようとネットを駆使して京都観光を検索しまくったのですが。
結局それだけでは用を為さず、雑誌を買ってしまいました。そしたらサクッと終わったという。おぉぉぉぉ・・・。
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