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遠藤様からの弊宅訪問キリ番34000リクエストの続きをお届けです。
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■ 恋をするなら ◇9 ■
オブカフェを後にすると、辺りは昏くなりかけていた。
この後はどうするのだろう。どこの宿に泊まるのかな。
そう考えて蓮を見上げたキョーコのそれに気づいた蓮が、控えめな笑顔を浮かべた。
「 だいぶ暗くなってきたね 」
「 はい、そうですね。それで、このあとはどうするんですか 」
「 そうだね。そろそろコインロッカーに預けた君の荷物を取りに行こうか 」
「 はい 」
キョーコの荷物は急遽行くことになった京都旅行のために用意したものではなく、蓮の家に身を寄せることになった時に用意したそのままのものだった。
対して蓮は自分の荷物を一つも持たずに家を出ていた。
今朝、流石にびっくりしたキョーコがどうするつもりなのかと蓮に問いただしたところ、返って来たのは心配ない、の一言だけ。
その理由がさっき少し分かった気がした。
京都はもともと蓮が住んでいた土地なのだ。
だとしたらこの旅行は彼にとっては旅というより、地元に帰って来た気分の方が強いのかもしれない。
だからと言って荷物が要らない理由にはならないけれども。
でもまぁ、そこは。
着替えは買えばいいし、何ならコインランドリーで洗濯するという手も。
いずれにせよ、この人にはこの人なりの考えがあるのだろう、とキョーコの中ではそういう結論に至っていた。
「 最上さん。渡月橋、見てごらん。キレイだよ 」
「 え・・・わぁ、すごい!ライトアップされているじゃないですか。昼間に見た景色とは違ってこれはこれで素敵ですね 」
※渡月橋のライトアップは通年ではなく、12月限定らしい。
「 だろ。渡月橋は京都の観光名所の一つで、春の桜、夏の新緑、秋の紅葉、冬の雪景色と一年を通して自然の美しさを堪能できる場所なんだけど、それだけに夜は真っ暗でね。ずっと景観重視で照明すらなかった場所だったんだけど、もともとこの橋は地元の生活橋なんだ。だから防犯上必要だってことになって、2000年に入ってやっと照明設備が設置されたんだ 」
「 へぇ 」
「 ちなみにこの照明は水の流れを利用した小水力発電 」
「 おおっ、水力発電。環境に優しい電気なんですね 」
欄干に両手を乗せ、振り返って自分を見上げたキョーコに蓮はクスリと笑った。なにかバカにされた気がして、キョーコは笑顔をひそめた。
「 ・・・どうしてそこで笑うんですか 」
「 別に変な意味じゃないよ。ただ、昔、母も同じこと言っていたなって、それを思い出しただけ 」
そう言った蓮の笑顔が少し寂し気で、キョーコは二の句が継げなかった。
駅のコインロッカーから荷物を引き取ったあと、二人は再び渡月橋を渡って今度は嵐電嵐山駅に向かった。昼間に観光マップをもらった駅だ。
キョーコはその駅から、今夜の宿に移動するのだろうと予想したが、蓮は改札には目もくれず、そのままキョーコを駅の向こう側へ導いた。
そこに待ち受けていたのは、キョーコが予想していなかった光景だった。
「 うひゃぁぁぁっ!なにこれ、すごい素敵 」
「 キモノフォレストって言うんだ 」
「 キモノフォレスト?確かにこの生地、着物っぽいテイストですよね。でもすごい。こんなにたくさんの生地の柱がライトアップされているなんてびっくり 」
「 またの名を友禅の光林。その布は京友禅でね、生地をアクリルで包んで高さ2メートルのポールにしたものを林に見立てて設置してあるんだって。生地は32種類だけど、600本ぐらいあるらしいよ 」
「 600本!!すごーい。凄いとしか言いようがないです。本当に圧巻です。ここが駅だなんて信じられない。敦賀さん! 」
「 ん? 」
「 京都って、どこに行ってもキレイなんですね♪ 」
キョーコのその言葉が嬉しかったのか、蓮は穏やかに目を細めた。
その視線の優しさにキョーコの胸が激しく高鳴る。
でもほんの少しだけ、蓮が寂しそうに見えたのはキョーコの気のせいだろうか。
「 ・・・さて、そろそろ帰ろうか、最上さん 」
「 え 」
帰るって、東京に?
「 夕食は荷物を家に置いてからだな。どこに食べに行こうか 」
「 家って? 」
「 俺の家。この近くにあるから 」
「 えっ 」
「 こっちだよ。おいで 」
「 え、どういうことですか、敦賀さん。嵐山に敦賀さんの別宅があるってことですか 」
「 違うよ。もともと住んでいた俺の家。両親と住んでいたときの 」
「 でも、敦賀さんは数年前に東京に引っ越したって 」
「 そうだよ。でも家は残しておいたんだ。二人のお墓がこっちにあるからね 」
そう話した蓮はやはりどこか寂しい顔。
ここだと言われて導かれた家は二階建ての瀟洒な一軒家で、当然ながら家の中はしんと静まり返っていた。
「 どうぞ 」
「 おじゃまします 」
「 年に数回しか泊まりに来ないからちょっと埃っぽいかな。一応、掃除の人が来てくれることになっているんだけど 」
「 へぇ・・・ 」
キョーコは家の中を見回した。見回しながら、家があるなんて羨ましい。
正直、そんな風に思った。
キョーコが母と暮らしていた家は賃貸だった。
当然、いまは自分とは関係ない誰かが住んでしまっている。
母との全ては、もう記憶の中でしか帰ることが出来ない場所なのだ。
いまキョーコが暮らしているマンションは、実父である組長が用意してくれたものだ。とはいえ、キョーコ自身に御園井が実父であるという実感は無いに等しい。
母を突然失って、生まれた時から住み続けていた家に居続けることはもはや出来ず、初対面だった社と知らぬ環境で暮らさねばならなくなったキョーコの毎日は戸惑いの連続だった。
あの頃は泣いてばかりの日々だった。
6年経って
いまようやくこんな自分だ。
「 最上さん? 」
「 あっ!すみません、ちょっと考え込んでしまいました 」
「 うん、それはいいけど。なにか言いたいことがあるなら溜め込まずに言って? 」
「 いえ、そういうのとは全然違うので、大丈夫です 」
「 そう?夕食は何にする?昼間は精進料理を食べたけど 」
「 それなんですけど、さっきオブカフェでお茶したばかりだからあんまりお腹が空いていないんですよね 」
「 そっか、だよな。じゃあ、どうしようか。あまり遅くなると食べられる店が限定されちゃうけど 」
「 それならそれで私はいいです。いっそコンビニとかでも・・・ 」
そう言えば、社と暮らし始めた当初、毎日のご飯はほぼコンビニ弁当だったっけ。
お母さんが作ったご飯が食べたいと泣き叫んだ日もあった。
そのたびに諭されたのだ。もうお母さんはいないのだと。
『 いいか。涙が出るうちは泣いておけ。ただし、一週間だけだ。それが過ぎたらしゃんとすると約束しろ。
お母さんの写真に手を合わせた時だけは泣いていい。なぜならそれが故人の弔いになるからだ 』
自分には社がいた。
それはたぶん、大きなことだった。
この人にもそういう人がいたのだろうか。
「 敦賀さん 」
「 ん? 」
「 この家にご両親の写真はあるんですか? 」
「 ・・・なんで? 」
「 もしあるならご挨拶がわりに偲ばせて欲しいと思って。今夜、泊めていただく訳ですし 」
「 一応、あるけど 」
「 良かった。じゃあ、夜ご飯は外に食べに行くんじゃなくて、コンビニで何か買って来ませんか。敦賀さん、久しぶりなんですよね。ご両親と一緒に食べましょうよ 」
「 ・・・本気で言ってる? 」
「 本気ですけど 」
「 俺の両親、もう写真の人だけど 」
「 何か問題でも? 」
純真無垢な視線を手向けられ、蓮はプッと笑ってしまった。
キョーコの心遣いが嬉しかった。
「 ありがとう 」
この日の夕食は、蓮にとって両親を失ってから今まで生きてきた中で一番穏やかな時間だったかもしれない。
二人の写真を前に、蓮はキョーコとずいぶんいろんな話をした。
互いに一歩、相手に近づけた気がした。
⇒10 へ続く
実は物語をスタートさせたとき、意図的に季節を感じさせないように書き進めていました。なぜなら自分自身、どの季節にしたらいいのか判断できていなかったから。
ところが、よく考えたら2話目で社さんが26才だと明言しちゃっているのですよね。そしてキョーコちゃんは高校生。
ちなみに原作では、7巻の社さんはまだ25歳で、夏が来て26才に。20巻でキョーコちゃんが17歳の誕生日を迎えています。蓮くんは20歳。
※読み返し大変でした。夢中になっちゃって(笑)
幸い、このお話では蓮くんもキョーコちゃんも年齢を明言しておらず、ただ椹さんとの会話から社さんが26才になった時点でキョーコちゃんとの同居を解消しているようなので、現時点でのキョーコちゃんは16歳、高校二年生なのかなって。
17歳、高校三年生という設定でもイケるのですけど、渡月橋のライトアップが12月限定であることから、12月でいいやーとなったので。従って高校二年生ということになりました。
でも一応、季節感を出さずに書き進めていきます。今さら情報ですみません。
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