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遠藤様からの弊宅訪問キリ番34000リクエストの続きをお届けです。
前話はこちら⇒【1 ・2 ・3 ・4 ・5 ・6 ・7 ・8 ・9 】
■ 恋をするなら ◇10 ■
嵐山観光を楽しみ、蓮の元々の家で一晩を過ごした翌日、二人は京都駅に向かった。
理由は至極単純で、昨夜二人で色々話をしているうちに、キョーコが修学旅行に参加できなかった旅先が京都だったことや、そのとき友人たちと京都駅周辺を自由行動しようと約束していたそれを果たすことが出来なかったことなどを蓮が知り得たからだった。
それゆえ、言い出したのは蓮だった。
「 だったら明日は京都駅周辺を回ろうか。少しだったら道案内できるから 」
「 本当に?嬉しいです。でも、少しだけの道案内って?どういうことですか 」
「 それは、道自体は俺でも分かるけど、老舗ならともかく軒先の店舗情報まで詳しく知らないから、新しい店の名前を言われても連れて行けるかどうかわからない、という意味。住んでいたのは6年前だし、本当の地元はこの辺だから 」
「 うふふ、なーるほどぉ 」
「 ちなみに、何を一番楽しみにしていたの? 」
「 そりゃあもう、友達たちとはしゃぐこと♪ 」
「 ・・・・・・ 」
「 どうしてそこで黙るんですか。本当にそれを一番楽しみにしていたんですよ 」
「 いや、残念ながらそれだと俺ではかなえてあげられないなと思っただけで 」
「 そこ、求めてないので大丈夫です。あ、そうだ、思い出しました 」
「 なに? 」
「 実は当時、どこを回ろうかって相談していたとき、みんなでやりたいねーって言ったんですけど初めからダメだと分かっていたことが一つだけあって・・・。どうせならそれ、やりたいかもです 」
「 へえ、それは? 」
「 着物レンタル 」
そんな訳で、京都駅に到着してから蓮とキョーコは祇園に向かった。
祇園にはいくつもの着物レンタル店が存在していて、中には本格着付け師が腕を振るってくれるだけでなく、プロのヘアメイクまで体験できる店もある。
着物も種類が豊富で、それこそ振袖から訪問着、袴などはもちろん、それに見合う小物もレンタルできるとあって、店に到着して案内されながらキョーコは特大に目をキラキラ輝かせた。
「 あら、お着物とってもお似合いだわぁ。華やかになって素敵ですよ。さて、ヘアメイクはこちらのお部屋になりますので彼氏さんはこちらで少々お待ちくださいね 」
「 はい 」
「 すみません、敦賀さん、お待たせすることになってしまって。ちょっと行って来ますね 」
「 気にしなくていいよ 」
ヘアメイクは別料金のため、最初キョーコはそれを遠慮したのだが、しかし蓮がキョーコの背中を押した。
せっかくだからやってもらいなと勧めたのは蓮だった。
一応、人を隠すなら人混みに、という考えのもと、キョーコを京都に連れて来ている。
メイクをしたところでどれほど人相が変わるのかは不明だが、少なくとも素顔よりは判別しにくくなるのでは。
そんな風に考えただけのことだった。
のちにそれを軽く後悔することになろうとは。
「 ・・・・・・・完全に予想外だった・・・ 」
「 え?敦賀さん、何か言いました? 」
「 いや、別に。どこに行く? 」
「 せっかく着物姿になったのでちょっとお散歩したいです 」
情緒ある風景の中で、京の花街をはんなり散歩。
着物レンタルは流行りもののため、キョーコのように着物姿の女性はあちらこちらに存在していた。にもかかわらず蓮にはそれを楽しむ余裕などこれっぽっちも残ってなどいなかった。
なぜなら、キョーコが大変身を遂げたから。
もともと可愛らしい子だとは思っていたが、メイクをしたことで可愛いが綺麗にステップアップしてしまって、むしろ注目を浴びるようになっていた。
いやむしろ、ただ注目を浴びるだけならその方がマシだったかもしれない。
「 すみませ~ん。そこの彼女、写真、よろしいですか? 」
「 あ、はい、いいですよ。どういう風に撮ればいいですか? 」
「 じゃなくて、俺たちと一緒に写真を撮ってもらえませんか 」
「 え。でも私、地元の人間じゃありませんので・・・ 」
「 えー、君って観光客なの?景色にしっぽり溶け込んでいるからてっきり・・・。あ、じゃあさ、じゃあさ、もし良かったら俺たちと一緒に・・・ 」
「 ちょっ・・・最上さん!! 」
「 はいぃぃぃ!? 」
「 はい、じゃない!後ろにいないと思ったら何してるんだ 」
「 あーすみません。この方たちに写真をお願いしますと声を掛けられたものですから 」
「 何だ、写真ね、なるほど、いいよ。だったら俺が代わりに撮ってあげるから。はい、その携帯でいいのかな。そしたら君たちそこに並んで。パシャ。はい、終わり。行くよ、最上さん 」
「 あうっ?!なんですか、敦賀さんってば。あの人たち、すっごく不服そうな顔をしているじゃないですか 」
「 そんなの俺の知った事か。しなくていいよ、そんなこと 」
「 しなくていいって・・・ 」
「 君が見ず知らずの男と写真を撮る必要なんてない 」
「 えー?聞こえていたんですか 」
聞こえたからこそああしたんだよ、とは言わなかった。
そもそも目立たないように人混みに紛れる作戦で京都にやってきたのだ。
だからこそ観光客に人気の着物レンタルをキョーコに体験させたというのに。
むしろ目立ってどうする!?
そんな文句が喉まで出かかったけれど、そもそもメイクを勧めたのは他ならぬ自分自身だった。
ならばそれでキョーコに文句を言うのはお門違いというものだ。
彼女としても、メイクを勧めた人間からそんな風に言われたら理不尽だとしか思えないに違いない。
それを容易に連想できたので敢えて蓮は口をつぐんだ。
蓮の目線の方がキョーコのそれより高いから、キョーコに視線を送ればどうしたって見下ろす形になってしまう。
その場合の彼女は自然と伏し目がちになる。
そうして口を閉じ、黙っているキョーコは美少女以外の何者でもなかった。
失敗したな、と蓮は思った。
本当に。
まさかここまで化けちゃうなんて、予想外どころか想定外もいいとこだ。
おかげでしなくていい心配までする羽目になったじゃないか。
俺はただ、彼女の責任がない所で、ヤクザのいざこざに巻き込まれてしまった不憫な彼女を守ってやりたいと思っただけ。
ただそれだけのはずだったのに。
「 あのー、すみません。そこのイケメンさん 」
「 え・・・ 」
「 そうそう、あなたです!ちょっと今お時間大丈夫ですかぁ? 」
「 俺?何ですか 」
「 地元の方ですか?観光客さんですか? 」
「 俺は半地元って感じ 」
「 わあ、良かったぁ、ラッキー。あの、もし良かったら道案内してもらえませんか? 」
「 ああ、ごめんね。そういう事なら悪いけど、いま連れがいるのでちょっと無理で・・・。って、あれ?最上さん? 」
「 ・・・・で、ちょっとこれ、君に分かるかなぁ。分かるなら教えてもらえる? 」
「 私でわかる事なら・・・。どれですか? 」
「 あのね、この地図なんだけど、いまってこの辺だよね?それで・・・ 」
「 あっ!最上さん、ああ、もうくそ。ちょっと目を離すとすぐ・・・ 」
「 あのっ!私たち、八坂神社に行きたいんです。そこまででいいので道案内お願いします! 」
「 ごめんね、そこに看板出ているからその通りに行って。そうすれば着くから 」
「 え?ええぇ~、そうじゃなくて~ 」
それどころじゃないんだよ、こっちは!
逆ナンパなら他を当たってくれ、頼むから。
「 えっと、ほら、今ここですよね。なのでこっちに行って・・・ 」
「 うーん?本当に?ちょっと俺たちでは分かりづらいなぁ。君、もし良かったらそこまで僕たちと一緒に・・ 」
「 失礼!この子は地元民じゃないので道案内とか無理なので。代わりに俺が答えますよ 」
「 ・・・・ちっ 」
キョーコが着物になってから、こんな感じがずっとだった。
当然、蓮は男たちが不用意にキョーコに寄ってこないよう、常に神経を尖らせ、目くじらを立てることに。
それでも声を掛けて来る男はこれでもかと湧いてきて、そのうち面倒くさくなった蓮はとうとうキョーコとカップル繋ぎをするに至った。
それをキョーコに指摘されると、蓮は実に見事なキュラキュラ笑顔を浮かべて戸惑うキョーコに応じてみせた。
「 ひゃぁぁぁっっ!!敦賀さん、手!指!絡んでますぅぅぅ 」
「 絡めているんだよ。目を離すと君、すぐどこかに行こうとするから 」
「 なに言ってるんですか。私が一人でどこかに行こうとするはずが無いじゃないですか。そんなことをしたら後で敦賀さんからどんな恐ろしい目に遭わされるか・・・ 」
「 へぇー、一応そこは判ってるんだ。そうだね、それが賢明だね。言っとくけど、たとえ親切心からでも、君が後先考えずに俺以外の男と道案内という名の逃避行をすべく一歩でもそっちに踏み出したら・・・。2~3年分の涙が枯れ果てるまで泣かしてやろうと思うぐらいには、俺、怒るかも知れないよ? 」
「 ・・・っっっ・・・いやぁぁぁ。目が笑ってないのにそんなキュラキュラ笑顔されたら本当に怖いですぅ 」
「 それが嫌なら意地でもこの手を離さないこと。分かった? 」
「 はい、分かりました!この最上キョーコ、スッポンのように敦賀さんに食らいついて意地でもこの手を離しません 」
「 本当に?じゃあ、実際に試してみよう。どのぐらいのスッポン加減が君に備わっているのか 」
「 え?あああー、やめてください、敦賀さん。そんな、身長差を活かして手を上げられたら腕がちぎれちゃうじゃないですか 」
「 クスクスクス。そんなんで音を上げたんじゃスッポンのようになんて言えないよ 」
「 あう~!! 」
「 むしろ君いま、吊り上げられた魚状態になっちゃってるね。もしかしたらいま本当に足が浮いているとか? 」
「 浮いていますよ!敦賀さんこそ、私を腕一本で引き上げるなんて、マグロ漁師のようですね 」
「 あははは。随分立派なマグロが釣れたな。なれそうかな、俺、マグロ漁師に 」
人目を気にせず、往来でそんな会話を繰り広げていると、ご夫婦と思しき人たちが微笑まし気な表情で二人を見つめながら何組もすれ違って行った。
それにやっと満足したのか、蓮は着物の帯を避けながら自分が吊り上げたキョーコの腰を片手で抱き、彼女をそっと地面に降ろした。
相当腕の力を使ったのだろう、キョーコは地面に足が付いた途端に両手首をプラプラさせていた。
その様を眺めて蓮が口元を緩めたとき、自分の携帯が着信を知らせる振動を始めた。
出ようとしたがその前に着信は切れてしまった。恐らく2コールほどで切られたのだろう。
呼び出し時間は7秒となっていた。
「 どうしたんですか、敦賀さん? 」
「 社さんからだった 」
「 うそ?社さんだったんですか。でも切れちゃった? 」
「 うん、そうだと思う。・・・っていうか、どういうことだ?まさか・・・ 」
定時連絡は夜11時を厳守のこと。
他の時間でのコンタクトは緊急時のみ。
それは、キョーコの保護を引き受ける時に社が言ってきた条件だった。
もちろん昨夜も11時きっかりに連絡済みだ。
蓮は脳内でもう一度、まさか、と呟いた。
「 何か社さんにあったのかもしれない 」
「 そんな、まさか?! 」
「 じゃあ聞くけど、社さんは自分の都合で約束を平気で破る人? 」
「 そんなこと絶対しない!社さんは誰よりも仁義を守る人だもの 」
「 そうなんだろ。だったらそれが答えだ 」
二人は急いで、今日宿泊する予定だったホテルに戻った。
そこはレンタル着物店と提携していて、店舗に戻らなくても着物を返却できる仕組みになっている。
事情を話し、キャンセル料を支払ってから向かった京都駅に着いたのはそれから1時間後のこと。
その間、社からの連絡は一切無かった。
だからこそ間違いなく、何かがあったのだと二人は考えた。
そもそも社が間違い電話をかけて来たとは考えにくいし、もし間違えたのなら、追ってその旨の連絡があってもいいはずだ。
なしの飛礫という事は、つまりそういうことだろう。
急いで乗車券を購入し、二人は新幹線に乗り込んだ。昼間の時間帯のため、車内はだいぶ空いていた。
指定席に腰を下ろしたキョーコは祈るように両手を合わせた。
「 社さん、いま帰るからね!どうか何事もなく無事で!! 」
来る時には何とも思わなかった2時間という距離が、とてつもなく遠い場所だったのだとキョーコに実感させていた。
⇒11 へ続く
原作2巻で登場した着物姿キョーコちゃんをご想像くださいね。
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