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遠藤様からの弊宅訪問キリ番34000リクエストの続きをお届けです。
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■ 恋をするなら ◇11 ■
さて、社の携帯から蓮の携帯に着信が入る少し前。
社は不破組と対峙していた。
御園井の組事務所前で不破組を出迎えたのは、椹を除いた組員全員。
「 本日はお時間の融通を聞かせて頂いたことに感謝する。こちらはほんのつまらないものですがどうぞお納めください 」
不破組の倅と一緒に5人で御園井組にやって来たうちの一人。不破組の幹部と思しき男がそう言って恭しく頭を下げると、まるでからくりかと思えるほど機械的に後ろから手土産が差し出された。
どうやらいま女性に人気の洋菓子らしい。
恐らく不破組は、こんな風に女性に対しての気配りも出来ますよ、と暗に示しているのだろう。
何しろ今日は御園井組の組長の一人娘キョーコと、不破組の一人息子ショータローとの婚約許可を迫りに来ている訳だから。
もっとも、交渉は決裂する予定だった。
なぜなら社には首を縦に振るつもりが一つもなかったから。
土産を受け取るよう、慎一に顎で指示した社は、続いてお決まりの笑顔を浮かべた。右側の口端だけを小さく持ち上げた程度のそれは、歓迎などしていませんよの意を表す笑い顔だった。
不破組への挨拶など形式だけ整っているように見えればそれで充分だ。
客人はビル1Fの応接間に通した。
いつでも追い出せるよう、分厚い鉄板扉を隔てたすぐそこにある部屋である。
ソファを勧めた社が先に口を開いた。
「 ご丁寧にどうも。いまお茶を淹れさせますので少々お待ちを。
光、お茶を淹れてくれ。未成年者がいる以上、お酒は出せないからな。この前、いいマジョラム茶が入っただろ。それでいいから 」
「 マジョ・・・? 」
聞きなれないお茶の名前を出されて不破組の若い連中が一瞬動揺したように眉をしかめた。もしかしたらそれは御園井組で使う隠語なのかと思ったのかもしれない。
そのざわめきを幹部の男が一瞬でたしなめたのは、まぁまぁだと社は思った。
ヤクザの世界は見栄の世界。言い換えればそれはハッタリの世界である。
人は自分の知識の範疇にない想像力を働かせることが難しい生き物だ。
瞬時に身構えた所を見ると、一方的に襲われると考えたのだろう。まぁ、そんな風に。
自分が知らない言葉を聞かされただけで動揺を見せる様では修業が足りない。小物感丸出しだ。
人の上に立ちたいと思うのなら、ヤクザの頂点に立つ気なら、どんな時でも強気でいないと。
それがどれほどの劣勢でも、強気でいられる者だけが相手を上回ることが出来るのだから。
「 いま淹れてきます。少々お待ちを 」
「 ああ、頼むな 」
「 わざわざスミマセンなぁ、社の。ところで組長の姿が見えないようですが、組長のお顔は拝見出来ないんですかねぇ 」
「 おや、不思議なことをおっしゃる。組長が不在だからこそ組長の娘を誘拐しようと思いついたのでは?本日のご訪問はその謝罪に違いないとこちらは思っていたのですが 」
「 あっはっは、面白いことを仰る。そのようなこと、こちらは初耳ですよ。なんですか、おたくの組長の娘を誘拐しようとした奴がいたんですか。それは不埒な輩ですなぁ。聞くところによると、大層可愛らしいお人だそうで。このように若も一目ぼれしたぐらいですからな。すると先々も心配になるでしょう。どうです、ここで若と婚約していただくというのは。そうなれば誰もお嬢さんに手を出そうとは思わなくなると思うんですがね。お嬢さんの身の安全のためにも、是非良い返事をくださいませんか 」
「 マジョラム茶、お待たせしました! 」
「 ・・・おお、これがマジョラム茶ですか。有難く頂戴いたします 」
出された物には口をつける。
これがヤクザの常識である。
たとえ毒が入っていると判っていても、口をつけるのが礼儀なのだ。
もっとも、マジョラム茶に毒など無いし、というか、そもそもマジョラム茶などというものなど存在しないのだが。
香ばしく立ち昇る葉の香りを楽しみながら、紅茶だけは美味しく淹れられるようになったみたいだな、と社は思った。
「 光、悪いが頼まれてくれるか 」
「 はい、なんでしょう 」
「 今のうちに俺の携帯を充電しておいてくれ 」
「 ・・・はい、了解しました 」
社の携帯が光の手に託されたあとも、社と不破組の話し合いは続いた。
社はのらりくらりと不破組の申し出を躱していたが、光としてはその攻防自体がとてつもなく焦れったく思えた。
いっそはっきり言ってしまえばいいのに、と思う。
キョーコお嬢さんが好きなのは俺だから、と社の口から堂々と。
だからどんな男にも渡せない、と言ってくれたらいいのに。
御園井組の組長、御園井一志の一人娘、キョーコが事務所に出入りするようになったのはつい最近のことだった。
出会った瞬間、光は恋に落ちていた。
ヤクザの自分を怖がるどころか、光さん♡と呼んでくれるキョーコの笑顔が好きだった。
しかしまさか自分が組長の一人娘キョーコと一緒になれるなんて夢にも思ったことなどない。
だって社がいるから。
光は常に思っていた。いつか社の兄貴がキョーコお嬢さんと・・・と。光はそう信じていた。
お嬢さんが兄貴を好いていることは明らかだ。
ならばあとは兄貴の気持ちだけ。
確かにそれは組長の意向に背くことにはなるけれど
人の想いは他人の思い通りに行くものではないのだから
お嬢さんがそれを望むならそれが一番いい未来に違いない。
光はそう思っていた。
だから最近の展開は光にとって決して面白いものではなかった。
むしろ自分が兄貴と慕う社が、かたぎの敦賀蓮なんて男をキョーコの目付にしたことをかなり不満に思っていた。
しかも二人はいま京都旅行の最中だ。
もしそれでキョーコちゃんに何かがあったらどうするつもりなのか。そんな想像をするだけで自分は胃に穴が開きそうになるというのに、なぜ兄貴は平然としていられるのか。
社から預かった携帯電話を見下ろして、光はいろんな思いを走馬灯のように駆け巡らせた。
お嬢さんはいまこの事務所で起こっている事を知っているのだろうか。
あの男はいま、兄貴がお嬢さんを守ろうとしている事を知っているのか。
どうせ奴は一千万の報酬に目がくらんだだけに違いない。
そんな男がお嬢さんを傷ものにしたらどうするのか。それでお嬢さんが捨てられたら俺たちはどうすればいいのか。
なぜ今まで通り兄貴がお嬢さんの面倒を見ないんだ。それで済む事だと思うのに。
敦賀蓮なんてどうでもいい。
ただ俺はお嬢さんの言葉が聞きたい。
不破組なんて知らない。
敦賀蓮なんてどうでもいい。
私は社さんが好きなんですから、社さん以外の誰とも婚約なんて致しません。
そう、お嬢さんが言ってくれたら
それで万事が丸く収まる・・・・・。
気づいたら光は隣の部屋に移動していた。そうして預かった携帯を操作していた。
敦賀蓮の名前はすぐに見つけることが出来た。
一度聞いただけで自分の頭にこびりついてしまった名前だ。
なぜお嬢さんを守るのがコイツだったのか。
自分じゃダメな理由はもちろん判っていたけど、それでも出来れば自分が兄貴の代わりにお嬢さんを守ってみたかった。
一緒になれるはずなど無いと分かっているからこそ、せめて。
少しの間だけでいいから、キョーコの近くに・・・。
光の親指に力がこもった。
プツ・・・と機械的な音がしたとき、電話の先にいるはずのキョーコの姿を思い描いた。
その刹那。
「 おととい来やがれぇっ!! 」
不破組の幹部らしき男が発した怒声で、我に返った光の肩が弾かれるように振れた。連動して親指にかかっていたボタンが押されてコールが強制終了に。
恐らくその間は10秒前後の出来事だった。
どういう流れで不破組が声を荒げることになったのか。
その場にいなかった光には分からなかった。
だがどちらにせよ決裂する結果になる事だけは知っていたから、装備だけは万全態勢だった。
不破組と契りを交わす日だけは永遠にやってこない。
社はそう言っていた。
この直後、その辺で待機していたのだろう応援に駆け付けてきた不破組の連中らをも相手に、御園井組は銃撃戦を繰り広げることになってしまった。
⇒12 へ続く
ラストまでのめどが立ちました。15話で完結する予定です。
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