お付き合いくださりありがとうございます。
遠藤様からの弊宅訪問キリ番34000リクエストの続きをお届けです。
■ 恋をするなら ◇6 ■
キョーコの様子は毎日必ず報告すること。
定時連絡は夜11時。
その一回目の連絡内容がこうなることを、蓮は予期していた。
『 ちょっと待て?キョーコちゃんが脱走した!? 』
「 ええ、俺がコンビニに出かけていた間に。部屋はもぬけの殻でした 」
『 でした・・・って、おい、そんな状況で何のんきに電話なんてかけてきてんだよ?!それがどういう事だか判ってんだろうな!? 』
「 もちろんです。取り敢えず定時連絡の時間が先に来たので社さんに報告しました。あなたから依頼されたことに関して、俺が自分の都合で隠蔽したり虚偽証言をしたりするつもりはないという意味を込めて、ありのままを 」
『 ・・・っ・・ 』
「 俺はこれから脱走少女の捕獲に向かいます。ひとまず彼女を連れ戻してこの家に連れ帰るつもりですが・・ 」
『 その前にお前、ちゃんと見つけられるんだろうな?!ただ見つければいいだけじゃないからな?その間にもしあの子に万一のことがあったら・・・ 』
「 大丈夫です。こうなることは予想していた事なのであらかじめ手は打ってありましたから 」
『 ・・・なに? 』
「 すみません、3分経過してしまったので一旦切ります。彼女を確保出来次第、再度連絡しますので。その前に一つだけ。もしネズミを捕まえることが出来たら引き渡し希望でしょうか?それとも放置で構いませんか? 」
『 ・・・・・考えておく 』
「 ではその時に 」
落ち着いた様子で電話を切り、蓮は通話を終了させたばかりの携帯画面を操作した。
アプリを起動させると地図上で光が点滅し、それなりのスピードで動いているのが見て取れる。
「 感度良好 」
数時間前の夕刻、約束通りキョーコに渡したのは自分がいくつか持っていたうちの一つだった。
ボックス型、ペン型、時計型、首輪型、シガーソケット型など、世の中には様々な形のGPS機器が存在するが、その中でペンダントは首輪型だ。
キョーコが脱走することは予期出来ていた。
だいたい、蓮は腹の中で笑ったのだ。
社からキョーコの生活スタイルは夜9時就寝、朝6時起床を基本にして欲しいと言われたとき。
ふた昔前の小学生でもあるまいし、今どき9時に就寝させろ?それ、無理って奴だろう、と。
朝のキョーコの様子からも、自分がいなくなればすぐ脱走するだろうと判っていた。
予想出来ていたのに敢えてそれを未然に防ごうとしなかったのは、お互いの今後のためである。
押さえつけようとしても無駄なのだ。それに人は反発心を覚えるものだから。
彼女に大人しくしていて欲しいなら、いっそ思い知らせてやらなければ。
なぜなら悲しいことに人は、痛い目にあわないと本当には理解出来ない生き物だから。
「 さて、外出から15分。うさぎちゃんはどこまで散歩に行ったかな 」
キョーコの目的地が組事務所に住む社の元なら、電車を乗り継ぐ必要がある。
その通り、光点の動きを見る限りキョーコは電車に乗っていた。
23時台なら鉄道車輛はまだ何本も動いているし、遅い時間の方がかえっていくらか人も乗っているはず。しかし人目があるからと言って安心は出来ない。
このご時世、たとえキョーコが街中で助けてと叫んだとしても、果たして手を差し伸べてくれる人がどれぐらい居るだろうか。
それも相手がヤクザだとひと目でわかるような相手だったとしたら。
助けてもらえる可能性は限りなくゼロに近いに違いない。
身に降りかかる火の粉を考え、誰もが見て見ぬふりを決め込んだとしても決しておかしくはないシチュエーションだ。
だからこそ、と蓮は思った。
彼女は思い知らなければならない。
社の指示に従って、どんなに不満があっても大人しくしているべきだという事を。
携帯画面を注視して、恐らく組事務所に行くつもりなのだろうと当たりをつけた蓮は、玄関に向かって颯爽と踵を返した。
「 ・・・っ・・・やっ!! 」
「 おら、待てよ、お嬢ちゃん。そんなビビんねーでも大丈夫だって 」
「 ・・・・・なに・・・っ 」
「 なにじゃねぇ。若に差し出す前に全身くまなく身体検査をしておくのは組の必須事項なんだ。何しろ女は色んな所に隠しポケットを持っているからな。イヒヒヒ 」
ゲヒゲヒと汚らしい笑いを浮かべた男が、公園に植わっている木の後ろに隠れたキョーコの腕を掴んだ。
力づくで引きずり出され、さらに奥へと追い詰められる。
なぜこんな事になったのか。キョーコは数分前の事を考えた。
社の所に行きたくて、黙ってあの家を出てきた。近場の駅から電車に乗って、目的地に沿う鉄道会社に乗り換えようと改札を出た。
所で後ろから声を掛けられ、振り向いた瞬間に腕を掴まれたキョーコは、何事が起きたのか判らないまま公園まで連れて来られた。
それなりに大きな公園だった。
駅から5分ほど離れた場所にあるこの公園には、遊歩道や芝生、小さなイベントが行える程度のスペースと子供たちが楽しめる遊具もあって、昼間はそれなりに人々が行き交う場所だろうと想像できた。
しかし街灯の少なさから夜はほとんど人通りがなく、また公園をぐるりと囲うように植樹されているせいで大通りから公園内を見通すことが出来ず、そのせいでたびたび痴漢被害などが報告されている場所であることまでキョーコは知る由もなかった。
公園内の遊歩道には道に沿ってツツジなどの低木樹が植えられている。そのため、街灯の光が届きにくく、芝生奥に進むほど暗くなっている。たとえ目を凝らしたとしても辺りの様子を容易に見ることは出来ないだろう。
そんな場所で、自分より体の大きな見知らぬ男に再び腕を掴まれたキョーコは、震えながらも懸命に抵抗していた。
「 や、いや、やめて、放して!! 」
「 おう、ガタガタ震えちゃって、怖いのか?なぁに、大丈夫だ、怖くなんかねぇよ。目ぇつぶっていればあっという間に終わるって。それに、俺の顔をよく見ろ。御園井組の連中の方が俺より何倍も怖い顔だろうが。あーん? 」
「 御園井組って・・・。あなた、誰?若って誰の事なの? 」
「 おう、それはまだ今は内緒だ。何やらロマンテックな演出を計画しているらしいからな。そんなことより、ほら、時間がねーんだよ。さっさと服を脱げ。検査のついでに気持ち良くさせてやるからよ 」
「 や・・・っっ・・・いやっ!!!やだ、やめて、やめて、いや、やだ 」
頭を鷲掴みにされ、腕を引っぱられ、肩を抱かれて恐怖のあまりに立っていることが出来なくなったキョーコはその場にしゃがみ込んでしまった。そんなキョーコを芝生に転がし、男がこれ見よがしに覆いかぶさる。
大腿部上に跨がれ、いわゆる馬乗り状態にされて、ボタンダウンTシャツの裾が捲し上げられた。下着の一部がチラ見えになると、何かのスイッチが入ったのかキョーコの上で男が口端をよじってニヤリと笑った。
「 ・・・っ・・・ほう 」
「 ・・・っ・・・・・っっ 」
声が一つも出なかった。
ただ恐怖のあまり涙で視界が滲んだ。
なぜこんな事になったのか、なぜこんな事をされるのか。
理不尽に降りかかって来た凶悪な暴力の下で、キョーコは自分が非力な人間であることを痛感していた。
体が震えすぎて逃げることが出来ない。あまりの恐怖に声すら出ない。
「 やっと大人しくなったか。よしよし 」
満足そうに笑みを浮かべた男の顔が近づいて来た。
節の太い左手が乱暴にキョーコの首元を抑える。彼女の胸元には、GPSが仕込まれたペンダントトップが隠れていた。
そのまま男は右手で自身のズボンの後ろポケットをまさぐると、取り出してきた小さなカッターをキョーコに見せてその刃先をチキチキと繰り出した。
「 今からこのカッターで服をびりびりにしてやる。エロいところが見え隠れするのが色っぽくていいんだよ。体に傷をつけたくなかったらそのまま大人しくしていることだ 」
「 ・・・っ!!! 」
「 ゲスが。蹴るぞ 」
事前通告とほぼ同時に蓮が男の背後から容赦なく蹴り倒す。振り向く間を与える気などは毛頭なかった。
芝生に倒れ込んだ男が思いっきり顔をこすりつけ、慌てて起き上がろうとするのを見た蓮が再び足を持ち上げた。
容赦なく男の背中を蹴り飛ばす。男はまたもや芝生に倒れ込んだが、蓮は間髪入れずに腹部を思い切り蹴り上げた。
あまりの痛さに男が腹を抱えて呻いた。
カブトムシの幼虫のように体を丸めた男の顔を今度は力いっぱい踏みつける。
吸殻をもみ消すように靴底を動かされた男は、蓮を睨み上げながら何やら呟いた。
「 ・・・だ、お前? 」
「 悪いけど、何言ってるのか全然聞こえない。そんなことより、女が欲しいならケチケチしないで金を払ってヤらせてくれる所に行けよ。その程度の稼ぎぐらいはあるんだろ 」
男の顔に足を乗せたまま、蓮の視線がキョーコに移る。
いつの間に上半身を起こしていたのか、キョーコは両手で自分を抱きしめながら、ただ茫然とした顔で目の前の出来事を眺めていた。
キョーコの双眸が濡れているのが蓮には分かった。
「 大丈夫か? 」
蓮が足を降ろした途端に立ち上がりかけた男は、けれど蓮がみぞおち目掛けて更に足蹴を食らわせたことでその場にうずくまってしまった。背中を丸めた男の顔を蓮がすかさずサッカーボールの様に蹴り上げる。
フゲッ・・・と呻きながら尻もちをついた男の鼻から血が流れ、切れた瞼が腫れ上がって来ていた。
蓮は無表情のまま、さらに追い打ちをかけようと男に近づき今度は左手で胸倉をつかんだ。強制的に男を持ち上げると、ちょうどいいポジションに固定する。反動をつけるために曲げた右ひじを大きく後ろに引き、蓮はこぶしを握って何度も男の顔面を叩きのめした。
「 ・・・っ・・・やめて!そのままやり続けたら死んじゃいます!! 」
「 その通り。殺すつもりでやっているんだよ 」
「 それはダメ!いくら何でも殺人はやり過ぎです 」
「 そうだね、殺人はダメだね。でも、正当防衛の末ならいいよな? 」
「 正当防衛?違うでしょ。被害を受けたのは私であって・・・ 」
「 君を保護するのが俺の役割。従って、君が被害を受けたのなら俺がコイツを叩きのめすのは正当防衛に値する 」
「 百歩譲ってそうだとしても、既に過剰防衛ですよ 」
「 そうかな。でも死なない程度には痛めつけておかないと。痛い目見ないと人は反省しない生き物だからね 」
「 その目標、もう達成していると思います。だってその人、気を失っているじゃないですか 」
「 ん?ああ、ほんとだ。なんだ、思ったより打たれ弱い奴だったな 」
男は血だらけ状態で完全に気を失っていた。
蓮が何の躊躇もなく手を離すと、男は糸が切れたマリオネットの様に芝生に転げ落ちた。それ以外には何の反応も見られなかった。
踵を返した蓮がキョーコに近づき、キョーコの前でしゃがみ込む。
手の甲についた血を芝生で拭い、自分が着ていたカーディガンを蓮がキョーコに羽織らせた。
その間、キョーコは神妙な面持ちで蓮を見つめていた。
蓮はキョーコを見つめながらひっそりと俯いた。
「 大丈夫なんだよな? 」
「 ・・・はい 」
「 そう。間に合って良かった。君に何かあったら俺が社さんに殺されるところだった 」
「 ・・・・すみませんでした 」
「 うん? 」
「 黙って家を出て来ちゃったりして 」
「 ああ、そうだね。もう二度とやらないで欲しいね。出かけたいなら必ず俺に断って。そしたら俺が君を安全に連れて行くから。君が行きたいと思っている場所に 」
「 ・・・嘘つき 」
「 うーん? 」
「 いえ、ごめんなさい。本当はさっき、物凄く反省していたんです。本当にすっごく怖かったから。もう勝手なことはしません。本当にすみませんでした!!助けてくださって心の底から感謝します。それで、お願いなんですけど、この事は社さんには内緒にしてくださいませんか。もう絶対あなたに黙って出かけたりしませんから 」
「 残念ながらそれは出来ない 」
「 なんでですか?私、もう本当に勝手に出歩いたりしないですから 」
「 無理。なぜなら君がいなくなった時点で報告済みだから 」
「 ・・・っ・・・ 」
「 それで、君を無事保護できたら追って連絡することになっているんだ。予定通りネズミも捕まえられたことだし、今後の事で相談したいこともあるし、だから社さんに連絡しない訳にはいかないんだ。ごめんね 」
にっこりと微笑んだ蓮がキョーコを立たせる。未だ伸びたままの男を見下ろした蓮は、その場で社に電話を掛けた。
一応心配になって念のために男の呼吸を確認すると、やはり気絶しているだけだった。
⇒7 へ続く
キョーコに襲い掛かった男は自由妄想でお願いします。
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