あと残された「城郭建造物」の「塀」「橋」「供侍」「馬見所」等を紹介する「その他の城郭建造物を巡る」シリーズでは、毎回各お城毎に「その他城郭建造物」をお届けしています。併せて、そのお城の特徴的な建造物や普請物の写真もモニュメント的に掲出していきます。

塀(城壁)」の現存は少なく、復元(復興)、摸擬が大半ですが、「塀」の再建によってお城や城下町の雰囲気を醸し出す努力がされていますので、そのような「塀」も採り上げたいと思います。

また「橋(土橋は除く)」も「堀」に架かる等かなりの数のモノが存在していましたが、「塀」同様に現存は少ないです。復元(復興)、摸擬が大半ですが、特徴のある「橋」や「廊下橋」を中心にお届します。

また、「供侍(ともざむらい」「馬見所」等の特殊なモノもどうぞご覧ください。

お城の「歴史」や「城主(藩主)」、「立地」や「縄張り」については、今までに掲載してきた投稿をリンクしておきますのでどうぞご覧ください。

 

本日は「大村(玖島)城」(長崎県大村市)です。

 

城主(藩主)、立地・縄張りについては下記をクリックしてご覧ください 

               ↓

城内の「城郭建造物」は、復元「板敷櫓」が建ちます。 また、藩校「五教館」の「御成門」が現存しています。更に、10代藩主「大村純昌」の別邸「旧梶山御殿」の敷地に建てられた大正年間の建造物があり現在は「大村市教育の館」になっています。
 
復元「板敷櫓」 ↓
藩校「五教館」の「御成門」 ↓
城郭建造物ではないですが「旧梶山御殿」跡に建つ大正年間の建造物 ↓ 
 
「その他の城郭建造物」は、前述の「板敷櫓」から延びる白壁「城壁」が「狭間」を設けて高石垣の上に築かれています。その延びた先にある「大手門」跡の「桝形」を抜けて「二の丸」跡に入る「桝形」上にも同様の白壁「城壁」が再現されています。
 
「板敷櫓」から延びる白壁「城壁」 ↓
「板敷櫓」から延びる白壁「城壁」 ↓
「大手門」跡の両脇に建つ白壁「城壁」 ↓
「大手門」跡から石段を上る正面に「二の丸」跡に築かれた白壁「城壁」 ↓
「大手門」跡から石段を上り「二の丸」跡へ至るまでに築かれた白壁「城壁」 ↓
 
「本丸」跡への「虎口」はあと「台所口門」跡や「搦手門」跡がありますが、その周囲にも白壁「城壁」が築かれています。
 
「二の丸」跡から「本丸」跡への石段で「本丸」跡の白壁「城壁」 ↓
「台所口門」跡方向の白壁「城壁」 ↓
「本丸」跡周囲の白壁「城壁」(「雁木」が見られる) ↓
「搦手門」跡の脇に再現された白壁「城壁」 ↓
「本丸」跡周囲の白壁「城壁」 ↓
 
城下を歩くと、色とりどりの海石を漆喰で固めた塀「五色塀」という珍しい塀が各所で見られます。
 
海石を漆喰で固めた塀「五色塀」 ↓
海石を漆喰で固めた塀「五色塀」 ↓
 
 
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あと残された「城郭建造物」の「塀」「橋」「供侍」「馬見所」等を紹介する「その他の城郭建造物を巡る」シリーズでは、毎回各お城毎に「その他城郭建造物」をお届けしています。併せて、そのお城の特徴的な建造物や普請物の写真もモニュメント的に掲出していきます。

塀(城壁)」の現存は少なく、復元(復興)、摸擬が大半ですが、「塀」の再建によってお城や城下町の雰囲気を醸し出す努力がされていますので、そのような「塀」も採り上げたいと思います。

また「橋(土橋は除く)」も「堀」に架かる等かなりの数のモノが存在していましたが、「塀」同様に現存は少ないです。復元(復興)、摸擬が大半ですが、特徴のある「橋」や「廊下橋」を中心にお届します。

また、「供侍(ともざむらい」「馬見所」等の特殊なモノもどうぞご覧ください。

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本日は「吉野ケ里遺跡」(佐賀県神崎郡吉野ケ里町)です。「日本100名城」に選定されています。

 

「吉野ヶ里遺跡」の歴史についてですが、我が国最大の遺跡で約50haにわたって残り、弥生時代における「クニ」の中心的な集落の全貌や、弥生時代700年間の移り変わりを知ることができる環濠集落群です。

 

紀元前3世紀ころ(弥生時代前期)共同体を営んで「クニ」を守るという意味で築かれた日本のお城の原点ともいわれています。遺構や遺物が沢山発掘されていて、建物穴の遺跡から建物復元が多数行われています。

 

お城の概要と特徴は、古代よりまだ前の、村ができてそれが集まりクニになっていく過程に造られたお城ということで、周囲を環濠という壕で囲い、「逆茂木(さかもぎ)」で他の族からの侵入を阻止し、「物見櫓」を各所に設けて外部からの侵入を監視し、「櫓門」で侵入者を攻撃するという、お城の機能を備えた構えとなっています。 

 

城内の郭は、このエリアの王たちが居住した「南内郭(みなみないかく)」、まつりごとが行われた「北内郭(きたないかく)」、王やそれに近い身分の人が埋葬された「北墳丘墓(きたふんきゅうぼ)」、甕が並んだ「甕館墓列」、交易の中心地の「倉と市」などで構成されています。

 

城内(遺跡内)の復元建造物ですが、「楼門」「物見櫓」「王やその親族達、リーダー層の竪穴住居」「煮炊き屋」「主祭殿」「斎堂」「東祭殿」「高床住居」「高床倉庫」「市楼」等が発掘調査に基づき建てられています。

 

復元「物見櫓」 ↓

復元「主祭殿」 ↓

 

この集落の周囲は「環濠」を築き、更に先端を尖らせた木の棒を敵側に向けて並べる「逆茂木(さかもぎ)」によって外部からの防御に備えていました。

 

「逆茂木(さかもぎ)」は戦国時代のお城にも見られますが、古代から導入されているバリケード・防御用柵で、木塀→版築土塀→土壁塀→下見板張り塀→漆喰使用の白壁塀へと進化していく原点の塀です。

 

周囲を囲う「逆茂木」 ↓

周囲を囲う「逆茂木」 ↓

「環濠」と「逆茂木」 ↓
「環濠」と「逆茂木」 ↓
 
 
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塀(城壁)」の現存は少なく、復元(復興)、摸擬が大半ですが、「塀」の再建によってお城や城下町の雰囲気を醸し出す努力がされていますので、そのような「塀」も採り上げたいと思います。

また「橋(土橋は除く)」も「堀」に架かる等かなりの数のモノが存在していましたが、「塀」同様に現存は少ないです。復元(復興)、摸擬が大半ですが、特徴のある「橋」や「廊下橋」を中心にお届します。

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本日は「唐津城」(佐賀県唐津市)です。「続日本100名城」に選定されています。

 

城主(藩主)、立地・縄張りについては下記をクリックしてご覧ください 

               ↓

城内の「城郭建造物」は、非常に立派ですが摸擬の「天守・多聞櫓」を始め、復興「本丸櫓門」、同「化粧櫓」、同「北門」、同「西門」、同「三ノ丸辰巳櫓」、摸擬「隅櫓」が建つ他、「名護屋城」から唐津城下の「武家屋敷門」として移築され、現在は「水野旅館門」として使用されています。
 
摸擬の「天守・多聞櫓」 ↓
復興「化粧櫓」 ↓
復興「本丸櫓門」 ↓
 
「その他の城郭建造物」は、「本丸」跡の南側の一段下に「二の曲輪」跡が拡がりますが、その敷地の際(キワ)に「狭間」を並べた長い白壁「城壁」が再現されています。遠方からの見た目は、「天守」等の「本丸」を守備する強固な城壁に見えます。
 
摸擬「天守」と「化粧櫓」の下に築かれた長い白壁「城壁」 ↓
「ニの曲輪」跡を守備する白壁「城壁」 ↓
 
また「三の丸」跡に復興された「三ノ丸辰巳櫓」にも、それに付随する白壁「城壁」が築かれています。
 
復興「三ノ丸辰巳櫓」に続く白壁「城壁」 ↓
復興「三ノ丸辰巳櫓」に続く白壁「城壁」裏側(「控柱」が並ぶ) ↓
 
 
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塀(城壁)」の現存は少なく、復元(復興)、摸擬が大半ですが、「塀」の再建によってお城や城下町の雰囲気を醸し出す努力がされていますので、そのような「塀」も採り上げたいと思います。

また「橋(土橋は除く)」も「堀」に架かる等かなりの数のモノが存在していましたが、「塀」同様に現存は少ないです。復元(復興)、摸擬が大半ですが、特徴のある「橋」や「廊下橋」を中心にお届けします。

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本日は「佐賀城」(佐賀県佐賀市)です。「日本100名城」に選定されています。

 

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               ↓

城内の「城郭建造物」は、重要文化財「鯱の門」、及び木造復元された「本丸御殿」(内「御座所」は元の場所へ移築現存)があります。
 
重文「鯱の門」 ↓
復元「本丸御殿玄関」 ↓
復元「本丸御殿」の「外御書院と屯の間と小書院」 (天守台から) ↓
「本丸御殿」の元の場所へ移築現存「御座所」 ↓
 
「その他の城郭建造物」では、上記の復元「本丸御殿」の「玄関」脇の「式台」建物前に「櫛形塀」が施されています。
 
この「櫛型塀」は、非常に格式を持たせていて、下部に「海鼠壁」を施した上を白壁にし、その中に玄関の右側に五カ所、左側に四カ所の大きな「花頭窓」を設け、その中を竪格子にするといった手の込んだ塀になっています。
 
「玄関」脇の「式台」建物前に「櫛形塀」 ↓
「玄関」脇の「式台」建物前の「櫛形塀」(「花頭窓」に格子、下部は「海鼠壁」) ↓
「玄関」脇の「式台」建物前の「櫛形塀」(「花頭窓」に格子、下部は「海鼠壁」) ↓
「玄関」脇の「式台」建物前の「櫛形塀」(「花頭窓」に格子、下部は「海鼠壁」) ↓
 
このような「櫛形塀」は、「川越城本丸御殿」前でも見られます。
 
「川越城本丸御殿」前の「櫛形窓」 ↓
「本丸御殿配置図」(赤丸は下記掲載の「塀」の位置) ↓
 
 
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塀(城壁)」の現存は少なく、復元(復興)、摸擬が大半ですが、「塀」の再建によってお城や城下町の雰囲気を醸し出す努力がされていますので、そのような「塀」も採り上げたいと思います。

また「橋(土橋は除く)」も「堀」に架かる等かなりの数のモノが存在していましたが、「塀」同様に現存は少ないです。復元(復興)、摸擬が大半ですが、特徴のある「橋」や「廊下橋」を中心にお届けします。

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本日は「鹿島陣屋(鹿島城)」(福岡県鹿島市)です。

 

城主(藩主)、立地・縄張りについては下記をクリックしてご覧ください 

               ↓

城内の「城郭建造物」は、県指定文化財「大手門」、同「本丸表門・番所・多門」があります。
 
県指定文化財「大手門」 ↓
県指定文化財「本丸表門・多門・番所」 ↓
 
「その他の城郭建造物」は、上記「本丸表門・番所・多門」から続く白壁「城壁」が見られますが、「狭間」は備わりません。
 
「本丸表門」の右手へ延びる白壁「城壁」 ↓
「本丸表門」から延びる白壁「城壁」 ↓
「本丸表門」から延びる白壁「城壁」 ↓
 
また上記「大手門」の脇には「袖塀」が付随し、それを潜り前述の「本丸表門」までの間には、「武家屋敷」群が立ち並び、その邸門に繋がる白壁「土塀」が城下町の雰囲気を享受できます。
 
「大手門」の脇の「袖塀」 ↓
「武家屋敷」群の邸門に繋がる白壁「土塀」 ↓
「武家屋敷」群の邸門に繋がる白壁「土塀」 ↓
「武家屋敷」群の邸門に繋がる白壁「土塀」 ↓
 
 
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塀(城壁)」の現存は少なく、復元(復興)、摸擬が大半ですが、「塀」の再建によってお城や城下町の雰囲気を醸し出す努力がされていますので、そのような「塀」も採り上げたいと思います。

また「橋(土橋は除く)」も「堀」に架かる等かなりの数のモノが存在していましたが、「塀」同様に現存は少ないです。復元(復興)、摸擬が大半ですが、特徴のある「橋」や「廊下橋」を中心にお届けします。

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本日は「秋月陣屋」(福岡県朝倉市秋月野島)です。

 

城主(藩主)、立地・縄張りについては下記をクリックしてご覧ください 

               ↓

城内(陣屋内)には、「奥御殿」の通用門として使用されていた「内馬場裏御門」と、移築された「旧大手門」が建ちます。
 
「奥御殿」の通用門として使用されていた「内馬場裏御門」 ↓
陣屋跡横の「垂裕神社表門」に移築された「旧大手門」 ↓
 
「その他城郭建造物」ですが、城跡まで真直ぐ延びる「杉の馬場通り」沿いには、武家屋敷を使用した「 秋月郷土館」(「戸波家」住居跡)、「秋月美術館」(武家屋敷門)の邸門に続く白壁「土塀」が見られます。
 
「桜の馬場通り」沿いの白壁「土塀」 ↓
「 秋月郷土館」(「戸波家」住居跡)の「長屋門」と白壁「土塀」 ↓
「 秋月郷土館」(「戸波家」住居跡)内の土壁「土塀」 ↓
「 秋月郷土館」(「戸波家」住居跡)内の土壁「土塀」 ↓
 
また、「杉の馬場通り」の南エリアに点在する武家屋敷「久野邸」の「下見板張り」の「土塀」や、 武家屋敷「旧田代家住宅」の土壁の「土塀」も目にすることが出来て昔の面影を感じることが出来る城下となっています。
 
武家屋敷「久野邸」の「下見板張り」の「土塀」 ↓
武家屋敷「旧田代家住宅」の土壁の「土塀」 ↓
「古心寺(秋月黒田家の菩提寺)」歴代藩主墓碑を囲う白壁「土塀」 ↓
 
また城下を東西に流れる「堀」代用としていた「野島川」には、1810年の建造ですが御影石製アーチ橋で県有形文化財の「眼鏡橋」が架かります。
 
御影石製アーチ橋で県有形文化財の「眼鏡橋」 ↓
御影石製アーチ橋で県有形文化財の「眼鏡橋」 ↓
溝に架かる「石橋」 ↓
 
 
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塀(城壁)」の現存は少なく、復元(復興)、摸擬が大半ですが、「塀」の再建によってお城や城下町の雰囲気を醸し出す努力がされていますので、そのような「塀」も採り上げたいと思います。

また「橋(土橋は除く)」も「堀」に架かる等かなりの数のモノが存在していましたが、「塀」同様に現存は少ないです。復元(復興)、摸擬が大半ですが、特徴のある「橋」や「廊下橋」を中心にお届けします。

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本日は「福岡城」(福岡県福岡市中央区)です。「日本100名城」に選定されています。

 

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城内に建つ「城郭建造物」は、県指定文化財「伝潮見櫓」(太鼓櫓では?とも謂われている)と同「下之橋御門」、崇福寺から移築復元された本当の「潮見櫓」、重要文化財「南二の丸西隅櫓」、同「多門櫓」、復元「南二の丸北隅櫓」があります。「本丸」北東隅に建っていた「祈念櫓」は現在石垣工事の為に解体保存されています。
 
県指定文化財「伝潮見櫓」 ↓
焼失を経て復元された県指定文化財「上之橋御門」 ↓
崇福寺から移築復元された本当の「潮見櫓」(写真は、福岡城.comからお借りしました) ↓
重文「南二の丸西隅櫓」と同「多門櫓」 ↓
重文「多門櫓」 ↓
復元「南二の丸北隅櫓」 ↓
現在解体保存中の「祈念櫓」 ↓
 
また、城内に移築されている県指定文化財の「名島城 名島門」や「旧母里多兵衛長屋門」も見られます。
崇福寺から移築復元された本当の「潮見櫓」
 
城内に移築されている県重文「名島城 名島門」 ↓
城内に移築されている「旧母里多兵衛長屋門」 ↓
 
「その他城郭建造物」は、まず「上之橋門」跡辺りの石垣上に築かれた白壁「城壁」があります。長い「城壁」ですが「狭間」は見られず、塀と石垣の間に「銃眼」と思われる穴が規則正しく並んでします。
 
「上之橋門」跡辺りの石垣上に築かれた白壁「城壁」 ↓
「上之橋」から見る「上之橋御門」跡付近の石垣上に築かれた白壁「城壁」
「上之橋門」跡辺りの石垣上に築かれた白壁「城壁」(「銃眼」の様な穴が見える) ↓
「上之橋門」跡辺りの石垣上に築かれた白壁「城壁」(「銃眼」の様な穴が見える) ↓
「上之橋門」跡辺りの石垣上に築かれた白壁「城壁」 ↓
 
次に「下之橋御門」と「伝潮見櫓」が並ぶ桝形となった入口部分を囲うように「上之橋門」跡で見た白壁「城壁」が築かれていて「銃眼」のような穴も見られます。
 
「下之橋御門」の桝形となった入口部分を囲うような白壁「城壁」 ↓
「下之橋御門」の桝形となった入口部分を囲うような白壁「城壁」 ↓
「伝潮見櫓」と白壁「城壁」 ↓
 
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塀(城壁)」の現存は少なく、復元(復興)、摸擬が大半ですが、「塀」の再建によってお城や城下町の雰囲気を醸し出す努力がされていますので、そのような「塀」も採り上げたいと思います。

また「橋(土橋は除く)」も「堀」に架かる等かなりの数のモノが存在していましたが、「塀」同様に現存は少ないです。復元(復興)、摸擬が大半ですが、特徴のある「橋」や「廊下橋」を中心にお届けします。

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本日は「小倉城」(福岡県北九州市)です。「続日本100名城」に選定されています。

 

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               ↓

城内の「城郭建造物」は、摸擬に近い復興「天守」、摸擬「小天守・渡櫓」、「着見櫓」跡に建つ模擬「三階櫓」の他に、城郭建造物風の建物も見られます。また、「下屋敷」跡に復元された「小倉城庭園」内には復元「書院」が建っています。
 
摸擬に近い南蛮型復興「天守」 ↓
摸擬「小天守」と「渡櫓」 ↓
「着見櫓」跡に建つ摸擬「三階櫓」 ↓
「下屋敷」跡に復元された「書院」 ↓
 
「その他城郭建造物」は、「天守」から南にある「大手門」跡に向かって白壁「城壁」が見られ、「狭間」を施しています。
 
「天守」から南に延びる白壁「城壁」 ↓
「天守」から南に延びる白壁「城壁」 ↓
「大手門」跡まで延びる白壁「城壁」 ↓
「大手門」跡まで延びる白壁「城壁」 ↓
 
また、「小天守」から「着見櫓」跡に建つ「三階櫓」までの「本丸」跡北面までの白壁「城壁」が再現されています。
 
「小天守」から「三階櫓」へ延びる白壁「城壁」 ↓
「三階櫓」まで延びる白壁「城壁」(左は「北の丸」跡) ↓
 
その「城壁」北側の「堀」越しの「北の丸」跡には「八坂神社」の境内や神社関係の城郭風の諸建物が建ちますが、それらを囲うような形で「城壁」風の「土塀」が築かれています。
 
「八坂神社」関係の城郭風諸建物の周囲に「城壁」風土塀 ↓
「天守」東面と「八坂神社」関係の城郭風諸建物の周囲に「城壁」風土塀 ↓
 
 
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本日は、大学ゼミの友人に誘われて、3人で「大阪公立大学(OMU)」の新キャンパス「森之宮キャンパス」(大阪市城東区森之宮)へ初めて見学に行きました。

 

新キャンパスは順次拡大していくようで、2028年には地下鉄が延伸され新駅もできる予定です。

 

まずは2025年9月に開設されたキャンパス ↓

 

見学会と同時に、シンポジウムもあり、同期で現在でも某BKの元重役のH氏や、同伴していたゼミ友人のクラブの後輩で元商学部長で現在名誉教授を務めているK氏が講演に立ち、その後パネリストとして活躍している姿を拝見しました。

 

あちらこちらの身体の不具合を言っている私は、現役でまだバリバリ頑張っている両氏の姿を見てパワーを貰い、本日の見学会とシンポジウム参加は有意義だったと思いました。

 

久々に大学講義室に ↓

シンポジウムでのパネリストの面々 ↓

 

そして3人は、当時のボロボロだった当時のキャンパスを思い出しながら、新キャンパスの恵まれた環境を見て、現在の学生の待遇の良さを羨みましたが、そういうことが老人の証だと深く反省しています。

 

キャンパス館内 ↓

キャンパス館内 ↓

 

その後、最上階12階のテラスから西方面を見おろすと、林立するビル群の中に「大坂城天守」が浮かび上がるような光景を見て、シンポジウムでの同年代のパネリストからのパワーとも相まって、「お城巡り」を再開しようという意欲がムクムクと湧いてきました。

 

ビル群の中に浮かび上がる「大坂城天守」 ↓

北東方向に「OBP(大阪ビジネスパーク)」 と地下鉄車庫 ↓

JR環状線の車庫も見える ↓

バスの車庫もありました ↓

 

3人は、JR「森ノ宮駅」近くのカフェで話の続きをするとともに、11人いたゼミ同窓会を再開したいね!との話が盛り上がり、今秋に京都で開催しようということになりました。

 

今日は、本当に力が湧く1日となりました。

 

 

 

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また「橋(土橋は除く)」も「堀」に架かる等かなりの数のモノが存在していましたが、「塀」同様に現存は少ないです。復元(復興)、摸擬が大半ですが、特徴のある「橋」や「廊下橋」を中心にお届けします。

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本日は「高知城」(高知県高知市)です。「日本100名城」に指定されています。

 

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城内の「城郭建造物」は多数あり、殆どが重要文化財に指定されています。まず重文「天守」、重文「本丸御殿(懐徳館)」と同「納戸蔵」、同「追手門」、同「廊下橋門櫓」、同「詰門・廊下橋」、同「西多聞櫓」、同「東多聞櫓」、同「黒鉄門」、三の丸跡には藩校「致道館表門」が建っています。
 
重文「天守」 ↓
重文「本丸御殿(懐徳館)」 ↓
重文「本丸御殿(懐徳館)」と同「納戸蔵」 ↓
重文「追手門」 ↓
重文「詰門・廊下橋」 ↓
重文「廊下橋門櫓」 ↓
重文「西多聞櫓」 ↓
重文「西多門櫓」、同「廊下橋門櫓」、同「詰門・廊下橋」、同「東多門櫓」(左から) ↓
重文「黒鉄門」 ↓
県保護有形文化財 藩校「致道館表門」 ↓
 
「その他城郭建造物」は、まず重文「追手門」脇に繋がる「下見板張り」の「城壁」があります。「下見板張り」と言いましたが、厳密には平板張を嵌板(はめいた)として継目に横材を渡す構造の「嵌板壁仕上げ」と呼ぶそうで、その板塀に付く銃眼には枠を組んで目立たせています。
 
重文「追手門」脇に繋がる「下見板張り(嵌板壁仕上げ)」の「城壁」 ↓
重文「追手門」脇に繋がる「下見板張り(嵌板壁仕上げ)」の「城壁」 ↓
 
城内側は白壁になっていて、壁は二本の木で支え更にその上に平板でカバーするような「控柱」で壁を支えています。
 
重文「追手門」脇に繋がる「城壁」裏側の白壁と「控柱」 ↓
重文「追手門」脇に繋がる「城壁」裏側の白壁と「控柱」 ↓
重文「追手門」脇に繋がる「城壁」裏側の白壁と「控柱」 ↓
 
次に、重文「天守」の南東隅から「本丸」跡の際沿いに白壁「城壁」が築かれていて、重文「本丸御殿」南側を通り重文「納戸蔵」、更に重文「黒鉄門」、重文「西多聞櫓」まで続きます。
 
重文「天守」南東隅から白壁「城壁」が続く ↓
「本丸御殿」南側の「城壁」 ↓
「本丸御殿」南側の「城壁」 ↓
重文「黒鉄門」を挟む「城壁」 ↓
重文「黒鉄門」を挟む「城壁」(「天守」から見下ろす) ↓
重文「西多門櫓」まで続く「城壁」 ↓
 
その間には、「狭間」や「石落とし」が施されている他、「本丸御殿」南側には、来城者を覗き見できるように「覗き窓(与力窓)」が設けられています。また、「横矢を掛ける」ように壁を屈折させた箇所も見られ「本丸」の守備力の高さが窺えます。「控柱」は「追手門」脇で使用されていた型式と同様なものを使用しています。
 
「狭間」が施された白壁「城壁」 ↓
「狭間」が施された白壁「城壁」 ↓
「石落とし」が施された白壁「城壁」 ↓
「本丸御殿」南側に設けられた「覗き窓(与力窓)」 ↓
「本丸御殿」側から見た「覗き窓(与力窓)」 ↓
「城壁」の角に施された「石落とし」 ↓
「横矢が掛かる」城壁 ↓
高石垣の上で「横矢が掛かる」城壁 ↓
「城壁」は二本の木で支えられ更にその上に平板でカバーするような「控柱」 ↓
 
 
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