「城郭建造物」の「塀」「橋」「供侍」「馬見所」等を紹介する「その他の城郭建造物を巡る」シリーズは完了しました。

 

私が訪れた北海道から沖縄までのモノで151城をピックアップしました。他にもあるかもしれませんが、ここで一旦終了して、「総集編」を掲載しています。

 

「城郭建造物」というのは、「天守(御三階櫓)」「櫓」「門(櫓門、城門)」「御殿・居館(御亭、茶室、能舞台)」「番所」「蔵」を一般的に言いますが、それ以外の建造物を「その他の城郭建造物」として採り上げましたので、それの私なりの定義を今一度記載しておきます。


塀(城壁)」の現存は少なく、復元(復興)、摸擬が大半ですが、「塀」の再建によってお城や城下町の雰囲気を醸し出す努力がされていますので、そのような「塀」も採り上げています。「塀」には白漆喰や下見板張りの「土塀」や板張りの「板塀」、石壁による「石塀」の他に、石を積上げた石壁による「石塁」で「城壁」となっているモノも採り上げました。

次に「橋(土橋は除く)」も「堀」に架かる等かなりの数のモノが存在していましたが、「塀」同様に現存は少ないです。復元(復興)、摸擬が大半ですが、特徴のある「橋」や「廊下橋」を中心にお届けしました。

また、「供侍(ともざむらい」「馬見所」等は数少ないですが掲載しています。
 

小倉城 ↓

福岡城 ↓

秋月陣屋 ↓

鹿島陣屋(鹿島城) ↓

佐賀城 ↓

唐津城 ↓

 

吉野ヶ里遺跡 ↓

玖島(大村)城 ↓

平戸城 ↓

島原城 ↓

堀江(石田)城 ↓

金石(厳原)城 ↓

熊本城 ↓

八代城 ↓

人吉城 ↓

中津城 ↓

大分府内城 ↓

杵築城 ↓

森(久留島)陣屋 ↓

岡城 ↓

延岡城 ↓

 

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「城郭建造物」の「塀」「橋」「供侍」「馬見所」等を紹介する「その他の城郭建造物を巡る」シリーズは完了しました。

 

私が訪れた北海道から沖縄までのモノで151城をピックアップしました。他にもあるかもしれませんが、ここで一旦終了して、「総集編」を掲載しています。

 

「城郭建造物」というのは、「天守(御三階櫓)」「櫓」「門(櫓門、城門)」「御殿・居館(御亭、茶室、能舞台)」「番所」「蔵」を一般的に言いますが、それ以外の建造物を「その他の城郭建造物」として採り上げましたので、それの私なりの定義を今一度記載しておきます。


塀(城壁)」の現存は少なく、復元(復興)、摸擬が大半ですが、「塀」の再建によってお城や城下町の雰囲気を醸し出す努力がされていますので、そのような「塀」も採り上げています。「塀」には白漆喰や下見板張りの「土塀」や板張りの「板塀」、石壁による「石塀」の他に、石を積上げた石壁による「石塁」で「城壁」となっているモノも採り上げました。

次に「橋(土橋は除く)」も「堀」に架かる等かなりの数のモノが存在していましたが、「塀」同様に現存は少ないです。復元(復興)、摸擬が大半ですが、特徴のある「橋」や「廊下橋」を中心にお届けしました。

また、「供侍(ともざむらい」「馬見所」等は数少ないですが掲載しています。
 

鳥取城 ↓

松江城 ↓

津和野城 ↓

岩国城 ↓

長府陣屋 ↓

萩城 ↓

山口城 ↓

徳島城 ↓

高松城 ↓

屋嶋城 ↓

丸亀城 ↓

西条陣屋 ↓

今治城 ↓

松山城(1) ↓

松山城(2) ↓

松山城(3) ↓

伊予吉田陣屋 ↓

宇和島城 ↓

高知城 ↓

 

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「城郭建造物」というのは、「天守(御三階櫓)」「櫓」「門(櫓門、城門)」「御殿・居館(御亭、茶室、能舞台)」「番所」「蔵」を一般的に言いますが、それ以外の建造物を「その他の城郭建造物」として採り上げましたので、それの私なりの定義を今一度記載しておきます。


塀(城壁)」の現存は少なく、復元(復興)、摸擬が大半ですが、「塀」の再建によってお城や城下町の雰囲気を醸し出す努力がされていますので、そのような「塀」も採り上げています。「塀」には白漆喰や下見板張りの「土塀」や板張りの「板塀」、石壁による「石塀」の他に、石を積上げた石壁による「石塁」で「城壁」となっているモノも採り上げました。

次に「橋(土橋は除く)」も「堀」に架かる等かなりの数のモノが存在していましたが、「塀」同様に現存は少ないです。復元(復興)、摸擬が大半ですが、特徴のある「橋」や「廊下橋」を中心にお届けしました。

また、「供侍(ともざむらい」「馬見所」等は数少ないですが掲載しています。
 

出石城 ↓

明石城 ↓

姫路城(2) ↓

姫路城(3) ↓

姫路城(4) ↓

姫路城(5) ↓

姫路城(6) ↓

姫路城(7) ↓

姫路城(8) ↓

龍野城 ↓

三日月陣屋 ↓

山崎陣屋 ↓

赤穂城 ↓

浅尾陣屋 ↓

岡山城➀

岡山城➁

鬼ノ城 ↓

備中松山城 ↓

津山城 ↓

福山城 ↓

広島城 ↓

 

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塀(城壁)」の現存は少なく、復元(復興)、摸擬が大半ですが、「塀」の再建によってお城や城下町の雰囲気を醸し出す努力がされていますので、そのような「塀」も採り上げています。「塀」には白漆喰や下見板張りの「土塀」や板張りの「板塀」、石壁による「石塀」の他に、石を積上げた石壁による「石塁」で「城壁」となっているモノも採り上げました。

次に「橋(土橋は除く)」も「堀」に架かる等かなりの数のモノが存在していましたが、「塀」同様に現存は少ないです。復元(復興)、摸擬が大半ですが、特徴のある「橋」や「廊下橋」を中心にお届けしました。

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長浜城 ↓

彦根城 ↓

膳所城 ↓

水口城 ↓

丹後田辺城 ↓

福知山城 ↓

園部陣屋 ↓

二条城(前編) ↓

二条城(後編) ↓

勝竜寺城 ↓

芝原陣屋 ↓

小泉陣屋 ↓

大和郡山城 ↓

和歌山城 ↓

新宮城 ↓

岸和田城 ↓

大坂城 ↓

池田城 ↓

尼崎城 ↓

三田陣屋 ↓

篠山城 ↓

柏原陣屋 ↓

出石城 ↓

 

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本日は曇天ながらも、暖かな1日でしたので、チョッとウオーキングをして春の花の観賞を楽しみました。

 

サクラはもう終わりましたが、サクラ(ソメイヨシノ)同様に、花を群れ(ムレ)で眺め愛でるのは、心が温まります。

 

本日は、花の名前は判らないモノが多いですが、”花の群れ(ムレ)”を掲載したいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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塀(城壁)」の現存は少なく、復元(復興)、摸擬が大半ですが、「塀」の再建によってお城や城下町の雰囲気を醸し出す努力がされていますので、そのような「塀」も採り上げています。「塀」には白漆喰や下見板張りの「土塀」や板張りの「板塀」、石壁による「石塀」の他に、石を積上げた石壁による「石塁」で「城壁」となっているモノも採り上げました。

次に「橋(土橋は除く)」も「堀」に架かる等かなりの数のモノが存在していましたが、「塀」同様に現存は少ないです。復元(復興)、摸擬が大半ですが、特徴のある「橋」や「廊下橋」を中心にお届けしました。

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浜松城 ↓

田原城 ↓

西尾城 ↓

西大平陣屋 ↓

岡崎城 ↓

名古屋城 ↓

清洲城 ↓

岐阜城 ↓

大垣城 ↓

郡上八幡城 ↓

高須陣屋 ↓

長島城 ↓

桑名城 ↓

伊勢亀山城 ↓

津城 ↓

田丸城 ↓

鳥羽城 ↓

伊賀上野城 ↓

名張陣屋 ↓

水原代官所 ↓

 

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一昨日で、「城郭建造物」の「塀」「橋」「供侍」「馬見所」等を紹介する「その他の城郭建造物を巡る」シリーズは完了しました。

 

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「城郭建造物」というのは、「天守(御三階櫓)」「櫓」「門(櫓門、城門)」「御殿・居館(御亭、茶室、能舞台)」「番所」「蔵」を一般的に言いますが、それ以外の建造物を「その他の城郭建造物」として採り上げましたので、それの私なりの定義を今一度記載しておきます。


塀(城壁)」の現存は少なく、復元(復興)、摸擬が大半ですが、「塀」の再建によってお城や城下町の雰囲気を醸し出す努力がされていますので、そのような「塀」も採り上げています。「塀」には白漆喰や下見板張りの「土塀」や板張りの「板塀」、石壁による「石塀」の他に、石を積上げた石壁による「石塁」で「城壁」となっているモノも採り上げました。

次に「橋(土橋は除く)」も「堀」に架かる等かなりの数のモノが存在していましたが、「塀」同様に現存は少ないです。復元(復興)、摸擬が大半ですが、特徴のある「橋」や「廊下橋」を中心にお届けしました。

また、「供侍(ともざむらい」「馬見所」等は数少ないですが掲載しています。
 

高崎城 ↓

久留里城 ↓

江戸城(前編) ↓

江戸城(後編) ↓

八王子城 ↓

滝山城 ↓

小田原城 ↓

甲府城 ↓

小諸城 ↓

上田城 ↓

松代城 ↓

高島城 ↓

松本城 ↓

荒砥城 ↓

高田城 ↓

高岡城 ↓

金沢城(前編) ↓

金沢城(後編) ↓

福井城 ↓

駿府城 ↓

掛川城 ↓

田中城 ↓

 

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昨日のブログの続きです。

 

4/14(火)に1年半ぶりにお城巡りを再開して訪れた「和歌山城」(和歌山県和歌山市)です。

 

いよいよ復元「天守ニの門(楠門)」内へ入ります。

 

復元「天守ニの門」(内側から) ↓

 

「連立式天守」ですので「大天守・小天守」を始め周囲は「門」「櫓」「多門櫓」で連結しています。

 

復元「天守二之門櫓」と「多門櫓」 ↓

復元「乾櫓」 ↓

 

「大天守」の破風が銅板で緑色して波が描かれている「青海波」となっているのと、「天守群」入口になっている「小天守」に付く大きな「唐破風」と「葵紋」も確認して中に入って行きました。

 

復元「大天守」 ↓

復元「小天守」(大きな「唐破風」) ↓

復元「小天守」の「破風」内に描かれた銅板「青海波」と「葵紋」 ↓

 

「天守群」は、1958年にコンクリート造りで復元され、今年で68年で内部もかなり老朽化が進んでうす暗い感じがしますので、木造復元の検討もされているようです。

 

まずは「小天守2階」、次に「大天守1階」に移動して展示物を見ながら1周廻り、上階へ移動をしました。

 

「小天守2階」 ↓

 

以前、館内に入った時にはサッと見ただけでしたので、各階の広さを実感していなかったのですが、今回改めて広さを感じることが出来ました。ただ、やはりコンクリート造りであることから城郭内部にいるという雰囲気にはなれませんでした。

 

結構広いフロア ↓

1階から2階への階段 ↓

 

3階も広くて、天井にはシャンデリア風の照明が吊り下げられていました。60数年前の復元時には当時の内装のグレードを上げる為のツールだったのかもしれません。

 

最上階の天井とシャンデリア風の照明 ↓

 

東西南北にある出入口を出ると「高欄・廻縁」となっているので、最上階からの遠望は素晴らしいです。特に西から南方向にかけては、「和歌山湾」の注ぎ込む「紀ノ川」が見られ、「和歌山湾」に浮かぶ船も見渡せます。

 

手前は復元「乾櫓」、後背には「紀ノ川」と「和歌山湾」が見渡せる ↓

 

視線を下に向けると、市役所「十四階農園」レストランから望めた「乾櫓」「多門櫓」「ニ之門櫓」が眼下に位置していて、後背の和歌山市街地、和歌山湾とのコラボは見応えがあります。

 

手前から「多門櫓」「天守ニ之門」「ニ之門櫓」「多門櫓」「乾櫓」が並ぶ ↓

「小天守」の銅製「鯱」 ↓

「御廊下橋」 ↓

 

「大天守」最上階のベンチは、「高欄・廻縁」への出入口があり心地よい風が通り抜けますので暫し休憩をとりました。

 

「大天守」を降りて、学校の廊下の様な「多門櫓」をグルっと廻ると壁には他城の天守の写真等が掲出されていています。特に石高の番付表は皆さんが興味を持って見ていました。

 

「多門櫓」の中は展示品が掲出、ただ学校の廊下の様 ↓

お城別「石高番付表」 ↓

 

出口手前には「台所櫓」から外にある「井戸」へ出入りできる「埋門」を見学しました。

 

「井戸」へ通じる「台所櫓」の「埋門」 ↓

最近はやりの城主キャラクター ↓

 

「楠門」から「天守曲輪」跡を出て、今度は「砂の丸」跡へ向かいました。

 

「砂の丸」跡南側は、現在「護国神社」の敷地になっていますが、「天守曲輪」跡の山裾沿いには「石垣」がべったりと築かれていました。

 

ここには、「豊臣期・桑山期」の「野面積み石垣」の他に、「徳川期」に改修された「打込接・乱積み石垣」も見られ、その箇所には多くの様々な「刻印」を目にすることが出来ました。

 

「刻印」といえば、「天下普請」で築城されたお城には、各大名毎の普請割当部分ごとに刻まれていることが多いですが、当城には隣近所の石に様々な「刻印」が見られ、その理由は不明だと案内板に記載されていました。

 

「打込接」石垣 ↓

色々な「刻印」 ↓

色々な「刻印」 ↓

色々な「刻印」 ↓

「豊臣期・桑山期」の「野面積み石垣」 ↓

 

「砂の丸」跡北側と南側の間には、「高麗門」形式の重要文化財「追廻門」が建っていて赤色をしていますので非常に目立ちます。お城、特に「二之丸御殿」の南西隅に当たり、「裏鬼門」の門であることから朱色に塗られたとのことです。また、元々は馬に乗って登城出来るくらいの高さがあったようですが、柱を短くしたそうです。

 

重文「追廻門」 ↓

 

「砂之丸」の北側と南側の外回りは「水堀」ではなくて「高石垣」で防備する変則的な構成になっています。

 

「大天守」から見下ろした「砂之丸」跡 ↓

「砂之丸」跡の「高石垣」 ↓

 

「西之丸庭園」まで戻りほぼ1周見学した後は、「わかやま歴史館」で各人はビデオ見て復習、1階の売店でお土産購入等をして休憩をしてから、「市役所」前からバスでJR「和歌山駅」へ向かいました。

 

「わかやま歴史館」に掲出の「下見板張り」時代の「天守」絵図 ↓

 

予定時間の電車から約40分遅くなりましたが、大阪駅(京橋行)方面への「紀州路快速」は15分に1本位あるので非常に便利でした。

 

帰りの車中では、6月にこのメンバーで「豊臣秀長」所縁のお城「大和郡山城」へ登城しようと盛り上がりをみせていました。

 

 

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昨日のブログの続きは、4/14(火)に1年半ぶりにお城巡りを再開して訪れた「和歌山城」(和歌山県和歌山市)です。

 

「二之丸」跡から「御蔵之丸」跡へ移動して見たのは、「御蔵之丸」の北側から東側にかけて長い「雁木」が目に付きます。この「雁木」を上ると東側には「水堀」が横たわり、「堀」越し(当時は「土塀」の「狭間」から)に即座に対応できる態勢が整えるように造られたものです。

 

「御蔵之丸」跡の「雁木」 ↓

 

「御蔵之丸」北側には「岡中門」跡の石垣があり桝形構造となっていて、広い敷地の「岡口桝形」内に入ります。

 

「岡中門」跡(奥に見えるのは「松之丸櫓台」 ↓

上から見下ろす「岡中門」跡 ↓

 

この「岡口門桝形」内には、見所が沢山あり、まず当門の監視を担う「松之丸櫓」台が聳えます。石垣の積み方は、「打込接布積み」ですので17世紀後半から18世紀に積まれたモノのようで、角だけが「花崗岩」、その他は「和泉砂岩」が用いられています。

 

「松之丸櫓台」 ↓

 

次に東側を見ると、一部剥落が見られますが白壁「土塀」が建っていて「狭間」を設けています。この「土塀」は江戸時代から建っている貴重なモノです。

 

現存の白壁「土塀」 ↓

 

その南側には重要文化財「岡口門」の櫓門が建ちます。屋根が「切妻造り」となっているのは、その両脇に繋がり続いていた「多門櫓」が消却されたことにより断面となった為です。門扉は、上部が「竪格子」となった古い形式です。

 

重文「岡口門」(外側から) ↓

重文「岡口門」(内側から) ↓

 

「岡口桝形」の南側の石垣には、石段が両側に上がれるようになった「合坂」が施されています。緊急時に、一気に上部に多くの兵が上がれるようにする仕掛けです。また桝形内には屋根形になった「井戸」の屋形もありました。

 

「合坂」 ↓

「井戸」の屋形 ↓

 

「桝形」内を見学して、再度「岡中門」跡から「御蔵之丸」跡内へ戻り、いよいよ「天守曲輪」に行くべく「松之丸曲輪」へ上がる石段へ向かいます。

 

ここにも石垣の見どころがあります。

 

先ほど見た「松之丸櫓台」の「切込接布積み」だけでなく、「打込接乱積み」や「野面積み」が一同に見られます。     

 

「松之丸櫓台」の「切込接布積み」と下は「打込接乱積み」のよう ↓

奥には「豊臣期」時代の「野面積み」が見える ↓

              

石段は結構ハードでフーフー言いながら上りきり東西細長い「松之丸曲輪」跡に着くと、右側が「本丸」跡の南面で、「西之丸」跡辺りで見た豊臣期の「野面積み石垣」が斜面に沿って築かれていました。

 

「松之丸曲輪」跡の「本丸」跡南斜面の「野面積み」 ↓

「天守曲輪」跡の石垣 ↓

 

真直ぐ進みヘアピンカーブの石段を上りきった所は、「西之丸」跡南の「紅葉渓(もみじだに)」から登城してくるルートと合流します。

 

更にヘアピンカーブで「天守曲輪」跡への石段が続きますが、まずは「本丸」跡から望める「天守群」を見ようと階段を上がりました。

 

「天守一の門」跡(これを進むと「天守曲輪」跡) ↓

 

当城では、「天守曲輪」内には「御殿」を設けずに東側の高台に「本丸御殿」を築いていました。現在は「貯水場」になって中までは入れないですが、振り返ると綺麗に「天守群」が望める絶好のポジションです。

 

そこのベンチで全員が給水タイムとして休憩し「天守群」を見ながら説明を行いました。

 

「大天守・小天守」(「本丸御殿」跡から望む) ↓

「本丸御殿」跡(「大天守」から見下ろした写真) ↓

「本丸御殿」のCG(現地に掲載の写真) ↓

 

インバウンド登城者が多く、韓国の方やフィンランドの方もそこからの眺めを楽しんでいました。記念写真を撮った後、「天守曲輪」跡へ向かいました。

 

「天守曲輪」の石垣、特に「天守台」の部分は、当城では最も古い石垣らしくゴツゴツした「野面積み」が見られました。

「転用石」も見られるらしいのですが、その場所は北側で立入禁止区域となっていたので断念しました。

 

「天守台」石垣のゴツゴツ感は凄いでした ↓

「大天守」と「多門櫓」 ↓

復元「楠門」(天守二の門)と復元「二の門櫓」 ↓

 

さー、いよいよ入城券を購入して「天守曲輪」内へ入りますが、次回のブログで投稿します。

 

 

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昨日(4/14)は、首の故障から1年半ぶりの遠征城廻りをしました。

 

少し不安はありましたし、数日前まで雨予報も出ていたので幸先悪いな〜と思っていたところ、天気は快晴ではないものの晴れ間があり、しかも、途中休憩を2度挟みながらも2時間半のお城巡りを完結できたことで、少し自信が取り戻せる1日となりました。

 

7人のグループ訪城で、JR「京橋駅」と「大阪駅」から「紀州路快速」に乗っての遠征でした。

 

当日は、JR「阪和線」の踏切安全確認の為に20分近くの「大阪駅」到着遅延で全員が同じ電車に乗り込めるか心配でしたが、無事同車両に乗車し和歌山へ向かうことができ和歌山駅到着も10分の遅延ですみました。

 

予定のバスには乗れなかったですがタクシーで分乗して、ランチをする市役所”十四階農園”には十分間に合いました。

 

和歌山市役所の最上階にある「十四階農園」レストラン ↓

 

”十四階農園”というブッフェスタイルのレストランは、「和歌山城天守群」が見下ろせる絶好のポジションにあるとのことで人気スポットです。一人1650円で、全種類を食べきれない程の各種料理やデザート、ドリンク(アルコールは別)がいただけます。

 

「十四階農園」 ↓

私はこのプレート2枚の他各種デザートを食べました ↓

 

「天守群」だけでなく、お城がある「虎伏山」の青々した木々、「堀」、「堀」を渡る「御橋廊下」や石垣などを眺めながら食事ができるので、つい食べ過ぎてしまうほどに食欲が湧いてきます。

 

レストランから望む「天守曲輪」 ↓

レストランから望む「天守群」 ↓

レストランから見下ろす「御橋廊下」 ↓

レストランから見下ろす「砂の丸」跡 ↓

 

約1時間後の12時40分、7人がお腹を満たして、いよいよお城巡りに向かって「レッツラゴー」しました。

 

この「レッツラゴー」に反応した一人がいました。

 

NHKBS朝7:45からの「心旅」に出演の俳優「田中美佐子」さんが、当日の自転車旅に出発する際の掛け声です。

 

個人が心に残っている風景等を訪れて欲しいとの手紙の要望に応える番組で、素朴な日本の風景の中を走る自転車旅で、私もお城巡りでレンタサイクルを使い各所を廻っていたのでその風景に共感するものがあります。

 

また、65歳にもかかわらず可愛さと陽気さと人なつこさが溢れ出ている「美佐子さん」のパワーには、毎日元気を貰っているね-と話が盛り上がりました。

 

少し話がそれましたが、私達は「西之丸庭園」から出発。石組を配した池泉回遊式庭園で「内堀」を池に見立てて庭園の景色を取り込んでいます。

 

石組を配した池泉回遊式庭園 ↓

 

池には復元の「鳶魚閣(えんぎょかく)」が風流さを醸し出しながら池の上に佇み、その奥には「西之丸」から御殿があった「二之丸」に「堀」上を斜めに架かる復元「御橋廊下(おはしろうか)」が見える絶景ポイントでもあります。

 

「鳶魚閣」と「御橋廊下」 ↓

 

「御橋廊下」は屋根と壁で囲った「廊下橋」で、当時藩主やその家族が「二之丸御殿」から遊興施設・エリアであった「西之丸御殿」「西之丸庭園」へ行き来する為に設けられた橋でした。床は斜めになっているので滑り止め防止用の薄い板を貼っています。当時、足袋を履いて上がり降りするのはたいへんだったやろね〜と話しながら上がって行きました。

 

復元「御橋廊下」内の壁と窓 ↓

復元「御橋廊下」内(二之丸側から下っている) ↓

 

上りきった脇の石垣はザラザラ感のある「砂岩」が積まれていて、これからみていく石垣の石とは少し様相が違いました。

 

「砂岩」の石垣 ↓

 

「二之丸御殿」跡から、その敷地の南側は「天守曲輪」や「本丸」が築かれている「虎伏山」の山肌です。

 

「二之丸御殿」跡 ↓

「二之丸御殿」脇に咲き乱れていた「シャクヤク」 ↓

 

そこには、「豊臣秀長」が築いた頃のモノと思われる「野面積み石垣」が山肌に沿って見られます。石の種類はこの地で採れる「緑泥片岩(結晶片岩)」でびっしりと覆われ、角部は鈍角状(鎬積み)で大きな石を交互に積上げる古い工法です。

 

「秀長」時代の「緑泥片岩」による「野面積み石垣」 ↓

「秀長」時代の「緑泥片岩」による「野面積み石垣」 ↓

角は鈍角の「鎬積み(しのぎつみ)」 ↓

角は鈍角の「鎬積み(しのぎつみ)」 ↓

 

これらを見学した後、「二之丸」跡から「御蔵之丸」跡に入る左側には「一中門」跡の石垣が見られます。「一中門」は、北側にある復元「大手門」から直進に南方向に築かれた門でその脇には「太鼓櫓」も建っていたようです。

 

今回、前述したように市役所「十四階農園」で食事した後「西之丸」跡から入城したことから「大手門」は帰りに寄る予定をしていました。(実際は、最後皆さん疲れ果てて「大手門」まで行けず帰りのバスの車窓からの見学になりました)

 

「一中門」跡石垣の「二之丸」跡側には、今まで見た石垣とは全く違う石と石の間に全く隙間の無い「切込接布積み」に近く、しかも「亀甲積み」が見られますが、完全な亀甲型になっていないので「亀甲崩し」と言われています。

 

「一中門」跡の石垣で「亀甲積み」が」見られる ↓

 

そしてその南側には大きな「虎」が寝そべる「虎伏(こふく)像」があります。「天守曲輪」「本丸」が築かれた小山は「虎が伏せた姿」に似ているので「虎伏山(とらふせやま)」と呼ばれていたので、「虎伏像」が作られたようです。

 

「虎伏像」 ↓

 

この後、「御蔵之丸」跡を抜けて「岡中桝形」へ入って行きますが、次回に投稿したいと思います。

 

 

 

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