「伏見城(木幡城・指月城)」(京都府京都市伏見区)の「後編」です。

 

前編  https://ameblo.jp/highhillhide/entry-12582884263.html

中編    https://ameblo.jp/highhillhide/entry-12583311284.html

 

「伏見城大手門」(「御香宮神社」神門に移築再利用されている)

 

「指月城」跡から近い所に、「伏見奉行所」跡があります。跡碑とともに奉行所らしい風情を出すために下見板張りの塀で囲っています。

 

「伏見奉行所」跡碑

明治時代には跡地を陸軍が使用、説明書き上の屋根は陸軍の門に使用されていた石

「伏見奉行所」跡(現在は桃陵団地敷地)

 

三代目の徳川「伏見城」が、1623年に廃城になった後は、江戸時代通して幕府の伏見町とその周辺や川港を統治・監視する役所として「伏見奉行所」が置かれました。ここには、主に譜代大名が派遣される重要ポストであったようで、「奉行所」といえども櫓を二基備えるなど城郭化していたようです。

 

幕末の「鳥羽伏見の戦い」では、幕府軍は当奉行所に陣取り、薩長軍が「御香宮神社」を拠点にして衝突した場所で、幕府軍がここで敗れたことから、大坂へ敗走することとなったターニングポイントです。

 

その「御香宮神社」に向かいますが、「大手筋」に面した「御香宮神社の神門」は巨大な薬医門で「伏見城大手門」がここに移築されていて、重要文化財に指定されています。

 

「伏見城大手門」(現在「御香宮神社の神門」)

「伏見城大手門」(現在「御香宮神社の神門」裏側)

「伏見城大手門」の扉(現在「御香宮神社の神門」)

「伏見城大手門」裏側(現在「御香宮神社の神門」)

 

この門から神社内をまっすぐ突き当たった建造物は本堂に付随した「拝殿」ですが、この拝殿の屋根下には色とりどりの彫刻物で飾られていることからも桃山時代の建造物であることがよく解ります。こちらも、「伏見城御殿」の遺構ということでした。

 

「伏見城御殿」(現在「御香宮神社の拝殿」)

「伏見城御殿」(現在「御香宮神社の拝殿」、桃山様式の彫刻)

「伏見城御殿」(現在「御香宮神社の拝殿、西側から」)

 

これらの写真を撮っていると再び一気に雨空になってきたので、ここの社務所に併設されている「伏見城跡出土遺物展示室」を見学させていただきました。

 

部屋内には大きなガラス戸付きの棚に、主に発掘調査で出土した「伏見城の丸瓦や滴水瓦等」が並んでいましたが、五三の桐、金箔付き瓦など興味深いものが多く展示されていました。

 

「伏見城跡出土遺物展示室」

「伏見城」からの発掘瓦

「伏見城」からの発掘瓦(五三の桐紋)

「伏見城」からの発掘瓦(金箔が残る)

「伏見城」からの発掘瓦(金箔が残る)

 

外へ出ると既に雨も上がり晴れ間が拡がり、青空の下で拝殿と神門をもう一度撮ることができました。

 

また、拝殿と神門の間には、「伏見城」で使用されていた大きな石が多数集められていました。

 

「伏見城跡残石」(「御香宮神社」境内)

「伏見城跡残石」(「御香宮神社」境内)

竹田街道の「車石・車道」(荷車の車輪をこの溝に沿って転がした)

 

最後に、「大手筋」を西側に少し進んだ所には二つの鉄道の駅がありますが、ほぼ同じ場所に位置するにも拘わらず「近鉄京都線桃山御陵前駅」と「京阪本線伏見桃山駅」と、駅名が異なっています。

 

「大手筋」(奥に、「御香宮神社の鳥居」、ガード上は近鉄京都線、この手前に京阪本線が走る)

 

そこを越えて商店街の中に少し入り右手に曲がったところに建つ「源空寺山門」には、二層の櫓を彷彿するような門が建ちます。この門も「伏見城」内にあった「城門」が当寺で再利用されているそうです。

 

「伏見城城門」(現在 「源空寺山門」に移築再利用)

「伏見城城門」(現在 「源空寺山門」、裏側から)

 「伏見城城門」(現在 「源空寺山門」の扉)

 

門の両脇には、朝日大黒天像や愛染明王像、石仏六体地蔵等が祀られていますが、特に「朝日大黒天像」は、「秀吉」に天下統一の大福を授けたと言われる「大黒天」だとのことで、秀吉「伏見城」の「巽櫓」内に置かれていたもので京町大黒町経由で当寺へ納められたそうです。

 

「源空寺山門」脇に祀られている「朝日大黒天像」

 

当日は、雨が降ったり天気になったりと急がしい空模様であり、しかも、地図を読み間違うという非常に珍しいミスを犯してしまいましたが、現在の「伏見城(指月城、木幡城)」がわかる場所を廻ることができ、また再利用されている建造物も数カ所見ることができて満足して帰宅しました。

 

「伏見城(指月城、木幡城)」については、次回のブログでもう少し詳しく説明し、また、伏見城の部材が伝説のモノも含めて全国規模で移築再利用されていますので、私が訪問した建造物をピックアップして紹介していきたいと思います。

 

また「奉行所」は、将軍在所の江戸町の行政、治安などの取締りを任としたり、大坂、京(都)、奈良などの幕府直轄地の行政、治安などの取締りを任とした所で、広義のお城に分類されます。私が訪問した「奉行所」についても、今後紹介したいと思います。

 

 

 

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