今年も残すところ本日のみとなりました。

 

今年は、昨年(2024年)11月からの「首下がり病」の影響で「お城巡り」を断念したことからブログには「お城紀行」を投稿することができず、その替りに今まで登城してきた素材(写真)を使用して、各種の「シリーズ化」によって日々(365日)投稿してきました。この「シリーズ化」は当分継続したいと思います。

 

昨日も書きましたが、来年のNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、特に「豊臣秀吉」の弟「秀長」にもスポットが当たるようです。

 

タイミング良く本日の「その他の城郭建造物を巡る」シリーズは、「豊臣秀長」が築いた2つのお城「大和郡山城」「和歌山城」の内「和歌山城」(和歌山県和歌山市)で締めたいと思います。「日本100名城」に指定されています。

                

城主(藩主)、立地・縄張りについては下記をクリックしてご覧ください 

               ↓

城内の城郭建造物は、現存、復元含めて多数建っています。
 
まず「虎伏山」頂上に構える「天守曲輪」には、太平洋戦争で焼失した後にRC造りで外観復元された連立式「天守」が、「小天守」「台所多門」「多門櫓」「乾櫓」「多門櫓」「二の門櫓」「二の門(楠門)」「多門櫓」を伴って建っています。
 
RC造りで外観復元された「大天守」と「小天守」(南東隅から) ↓
外観復元の「台所多門」 ↓
外観復元「多門櫓」と同「乾櫓」(北側から) ↓
外観復元「乾櫓」と同「多門櫓」 ↓
外観復元「二の門櫓」 ↓
外観復元「二の門(楠門)」 ↓
 
「虎伏山」麓には、現存で重文の「岡口門」、同重文の「追廻門」、「南の丸」の南に位置する岡山砂丘には現存「鐘楼」、「西の丸庭園(紅葉渓)」内には再建「鳶魚閣(えんぎょかく)」が佇んでいます。
 
重文「岡口門」 ↓
重文「追廻門」 ↓
現存「鐘楼」 ↓
「西の丸庭園(紅葉渓)」内の再建「鳶魚閣」 ↓

「その他の城郭建造物」ですが、まずは北東隅に「三の丸」から入城する「大手門」の手前で「内堀」を渡る「一の橋(元々は市之橋)」が1982年に再建されました。
 
木橋で、少し曲線となった「太鼓橋」で「擬宝珠」付いています。
 
「大手門」手前の「内堀」を渡る「一の橋」 ↓
「大手門」手前の「内堀」を渡る「一の橋」 ↓
「大手門」手前の「内堀」を渡る「一の橋」の「擬宝珠」 ↓
 
次に、「二の丸」跡から「西の丸」跡の間を遮る「内堀」上に架けられた復元「廊下橋」です。
 
この橋は、藩主やその家族が「二の丸御殿」から「二の丸庭園」へ移動する際に利用された「廊下橋」で、橋全体に覆いを被せた橋で、西に向かって傾斜しています。従って、内部の床板を鋸歯状に板を薄く重ねて滑り止めを設けています。
 
 
「二の丸」跡から「西の丸」跡に架けられた復元「廊下橋」 ↓
「二の丸」跡側から「西の丸」跡に架けられた復元「廊下橋」 ↓
「西の丸」跡側から見る復元「廊下橋」 ↓
復元「廊下橋」の入口部分 ↓
復元「廊下橋」の内部(床は鋸歯状に) ↓
 
旧大手門だった「岡口門」が構成する「岡口門桝形」の東部分には、現存で重文の「城壁土塀」が残ります。
 
「城壁土塀」が現存で残ることは稀ですので、貴重な遺構となっています。白壁には大きめの「狭間」が並んでいます。
 
「岡口門桝形」東部分の現存で重文の「城壁土塀」 ↓
「岡口門桝形」東部分の現存で重文の「城壁土塀」 ↓
「岡口門桝形」東部分の現存で重文の「城壁土塀」 
「岡口門桝形」東部分の現存で重文の「城壁土塀」 ↓
 
 
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今年も残すところ2日となりました。

 

来年のNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、特に「豊臣秀吉」の弟「秀長」にもスポットが当たるようです。

 

ということで、グッドタイミングにも「その他の城郭建造物を巡る」シリーズは、今日と明日の2日間は「豊臣秀長」が築いた2つのお城「大和郡山城」「和歌山城」で締めたいと思います。

 

12月30日は「大和郡山城」(奈良県大和郡山市)です。「続日本100名城」に指定されています。

                

城主(藩主)、立地・縄張りについては下記をクリックしてご覧ください 

               ↓

城内にある「城郭建造物」は、復興「追手門・多門櫓」、復興「追手向櫓・多門櫓」、復興「追手東隅櫓・多門櫓」が建ちます。
 
復興「追手門・多門櫓」 ↓
復興「追手向櫓・多門櫓」 ↓
復興「追手東隅櫓」 ↓
復興「追手東隅櫓・多門櫓」 ↓
 
「その他城郭建造物」は、何箇所かの「土塀」と「極楽橋」があります。
 
まず前述の「追手東隅櫓・多門櫓」から北側に北東隅に延びる下見板張りの「土塀」が建ちます。外観は櫓群と同じ仕様になっていて、「下見板張り」内に「狭間」を設け、裏側は二本の石柱に二本の板で支える「控柱」が採用されています。
 
「追手東隅櫓・多門櫓」から北東隅に延びる下見板張りの「土塀」 ↓
「追手東隅櫓・多門櫓」から北東隅に延びる下見板張りの「土塀」 ↓
北東隅にまで延びた下見板張りの「土塀」 ↓
 
次に、「二の丸」跡の敷地は「郡山高校」が使用されていますが、その北側には学校の管理用の白壁「土塀」が道路に沿って建てられていますので、城下の雰囲気出しに貢献しています。
 
「鉄門」跡の対面には「郡山高校」の管理用「白壁土塀」 ↓
左が「二の丸」跡で「郡山高校」敷地(長い管理用「城壁」が延びる) ↓
「二の丸表門」跡の管理用「城壁」 ↓
 
その先を進めば「仕切門」跡には白壁の「仕切塀」も建ちます。
 
「仕切門」跡には白壁の「仕切塀」 ↓
「仕切塀」と「二の丸」跡周囲の管理「城壁」 ↓
 
「三の丸緑地」には、公園を囲う白壁「土塀」が建てられています。
 
「三の丸緑地」公園を囲う白壁「土塀」 ↓
 
「本丸」跡に戻ると、「白沢門」跡から「毘沙門曲輪」跡に架かる「極楽橋」が2021年に復元されています。「木橋」で朱色の「擬宝珠」が付いていて美しい光景です。
 
「本丸」跡と「毘沙門曲輪」跡に架かる復元「極楽橋」 ↓
復元「極楽橋」 ↓
復元「極楽橋」(奥が「毘沙門曲輪」跡)↓
 
 
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塀(城壁)」の現存は少なく、復元(復興)、摸擬が大半ですが、「塀」の再建によってお城や城下町の雰囲気を醸し出す努力がされていますので、そのような「塀」も採り上げたいと思います。

また「橋(土橋は除く)」も「堀」に架かる等かなりの数のモノが存在していましたが、「塀」同様に現存は少ないです。復元(復興)、摸擬が大半ですが、特徴のある「橋」や「廊下橋」を中心にお届けします。

また、「供侍(ともざむらい」「馬見所」等の特殊なモノもどうぞご覧ください。

お城の「歴史」や「城主(藩主)」、「立地」や「縄張り」については、今までに掲載してきた投稿をリンクしておきますのでどうぞご覧ください。

 

本日は「小泉陣屋」(奈良県大和郡山市小泉町)です。

                

城主(藩主)、立地・縄張りについては下記をクリックしてご覧ください 

               ↓

城跡には「高林庵」と呼ばれる茶道「石州流」の本部の建物が建ちますが、摸擬「隅櫓・続櫓」が建っている他、藩主「小泉家」を祀る「小泉神社」には「城門」が移築されています。
 
摸擬「隅櫓・続櫓」 ↓
「小泉神社」に位置されている「城門」 ↓
 
「その他城郭建造物」は、前述の摸擬「隅櫓・続櫓」から繋がる白壁の「土塀」や、陣屋跡に建つ「高林庵」を囲う黒漆喰の「土塀」が見られます。
 
摸擬「隅櫓・続櫓」から繋がる「土塀」 ↓
陣屋跡に建つ「高林庵」を囲う黒漆喰の「土塀」 ↓
陣屋跡に建つ「高林庵」を囲う黒漆喰の「土塀」 ↓
 
 
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塀(城壁)」の現存は少なく、復元(復興)、摸擬が大半ですが、「塀」の再建によってお城や城下町の雰囲気を醸し出す努力がされていますので、そのような「塀」も採り上げたいと思います。

また「橋(土橋は除く)」も「堀」に架かる等かなりの数のモノが存在していましたが、「塀」同様に現存は少ないです。復元(復興)、摸擬が大半ですが、特徴のある「橋」や「廊下橋」を中心にお届けします。

また、「供侍(ともざむらい」「馬見所」等の特殊なモノもどうぞご覧ください。

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本日は「芝村陣屋」(奈良県桜井市)です。

                

城主(藩主)、立地・縄張りについては下記をクリックしてご覧ください 

               ↓

城内の「城郭建造物」ですが、陣屋跡は藩主「織田家」の名前が残る「織田小学校」の敷地になっていて、正面には城郭風の「校門」が建っています。
 
「織田小学校」の城郭風「校門」 ↓
陣屋跡西側の「建勲神社」内にある「織田信長座像」 ↓.
 
「その他城郭建造物」も、その「校門」から繋がる「城壁」風の管理用白壁塀が小学校の周囲を取巻いています。その土台の「石垣」は一部補修されている物の当時のモノのようです。
 
「校門」から繋がる「城壁」風の管理用白壁塀 ↓
「校門」から繋がる「城壁」風の管理用白壁塀 ↓
「校門」から繋がる「城壁」風の管理用白壁塀 ↓
.
周囲を取巻く「城壁」風の管理用白壁塀 
「城壁」風の管理用白壁塀 ↓
 
 
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塀(城壁)」の現存は少なく、復元(復興)、摸擬が大半ですが、「塀」の再建によってお城や城下町の雰囲気を醸し出す努力がされていますので、そのような「塀」も採り上げたいと思います。

また「橋(土橋は除く)」も「堀」に架かる等かなりの数のモノが存在していましたが、「塀」同様に現存は少ないです。復元(復興)、摸擬が大半ですが、特徴のある「橋」や「廊下橋」を中心にお届けします。

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本日は「勝竜寺城」(京都府長岡京市勝竜寺)です。

                

城主(藩主)、立地・縄張りについては下記をクリックしてご覧ください 

               ↓

城内の「城郭建造物」は、資料館として使用されている城郭風建造物、摸擬の「南門」と「北門」、摸擬の「隅櫓」が建ちます。
 
資料館として使用されている「城郭風建造物」 ↓
摸擬「南門」と「城郭風建造物」 ↓
摸擬「隅櫓」 ↓
摸擬「北門」 ↓
 
「その他城郭建造物」は、「勝竜寺城」の本丸跡を囲う「下見板張り」の摸擬「城壁」で、鉢巻石垣や腰巻石垣(ここは土塁上)上に築かれ、板部分には「狭間」を並べています。「南門」「隅櫓」「北門」の両脇にもキッチリと築かれています。また、「南門」前には朱色で「擬宝珠付き橋」が架かります。
 
摸擬「南門」脇の摸擬「城壁」と朱色の「擬宝珠付き橋」 ↓
摸擬「南門」脇の摸擬「城壁」 ↓
周囲を囲う摸擬「下見板張り」の「城壁」 ↓
「腰巻・鉢巻石垣」上に築かれた摸擬「城壁」 ↓
摸擬「隅櫓」脇の摸擬「城壁」 ↓
「鉢巻石垣」上の摸擬「城壁」 ↓
摸擬「隅櫓」と模擬「城壁」の城内側 ↓
 
 
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塀(城壁)」の現存は少なく、復元(復興)、摸擬が大半ですが、「塀」の再建によってお城や城下町の雰囲気を醸し出す努力がされていますので、そのような「塀」も採り上げたいと思います。

また「橋(土橋は除く)」も「堀」に架かる等かなりの数のモノが存在していましたが、「塀」同様に現存は少ないです。復元(復興)、摸擬が大半ですが、特徴のある「橋」や「廊下橋」を中心にお届けします。

また、「供侍(ともざむらい」「馬見所」等の特殊なモノもどうぞご覧ください。

お城の「歴史」や「城主(藩主)」、「立地」や「縄張り」については、今までに掲載してきた投稿をリンクしておきますのでどうぞご覧ください。

 

本日は「二条城(後編)」(京都市中京区)です。「日本100名城」に選定されています。

                

城主(藩主)、立地・縄張りについては下記をクリックしてご覧ください 

               ↓

城内の「城郭建造物」は、国宝「二の丸御殿」、重文「御清所」、重文「東大手門」、重文「西大手門」、重文「番所」、重文「東南隅櫓」、重文「南西隅櫓」、重文「本丸櫓門」、重文「桃山門」、重文「鳴子門」、重文「南仕切門」、重文「北仕切門」、重文「南・北米蔵」、重文「西門」、重文「蔵付き長屋門」の他にも、重文「本丸御殿」(これは本丸跡へ移築された宮家の御殿)、「南門」(大正天皇行幸時に建築)、復元「収蔵蔵」等非常に沢山ありますので、その写真は後段掲載することにして、まずは「その他城郭建造物」を紹介しますが、こちらも多いので2回に分けて掲載しました。
 
「二の丸御殿」のエリアから出ると、北側と南側にそれぞれ重文「鳴子門」と重文「桃山門」が建ちます。
 
重文「鳴子門」には「袖壁」の「土塀」が付随し、裏側には木の控柱が建ちます。
 
重文「鳴子門」と「袖壁」の「土塀」 ↓
重文「鳴子門」の「袖壁」 ↓
重文「鳴子門」の「袖壁」の「控柱」 ↓
 
重文「桃山門」の脇には「二の丸」の周囲を廻らす「土塀」によって支えられています。
 
重文「桃山門」の脇には「二の丸」の周囲を廻らす「土塀」 ↓
 
次に「本丸」跡へ入りますが、その出入口となる重文「本丸櫓門」に繋がり「内堀」を渡る「東橋」が架かります。かつては、二段の橋になっていて「二の丸御殿」から二階部分を渡って「本丸」へ入りました。
 
「擬宝珠」付きの「東橋」 ↓
重文「本丸櫓門」に繋がる「東橋」 ↓
 
重文「本丸櫓門」の西側には外から見えないようにした「土塀」が残っていて、裏側には石柱で支える「控柱」が建ちます。
 
重文「本丸櫓門」に繋がる「土塀」 ↓
重文「本丸櫓門」に続く「土塀」の裏側 ↓
 
また渡った正面には、「本丸御殿」を囲う木の筋が入った「土塀」が見られます。
 
奥に見えるのが「本丸御殿」を囲う東側の「土塀」 ↓
 
「本丸」跡の「出桝形」から西側の「二の丸」跡へ渡る橋が「西橋」です。
 
「出桝形」から「二の丸」跡西側へ渡る「西橋」 ↓
「出桝形」から「二の丸」跡西側へ渡る「西橋」 ↓
 
「二の丸」跡の南西隅に建つのが重文「南西隅櫓」で、その両脇には白壁の「土塀」が延びています。
 
重文「南西隅櫓」と白壁の「土塀」 ↓
 
更に「二の丸」跡には重文「西門」があり、その「埋門」を囲う「土塀」が見られます。
 
重文「西門」の「埋門」を囲う「土塀」 ↓
 
「二の丸」跡の北側を東へ進むと、重文「北大手門」が建ちます。「東大手門」よりは少し小振りですが、両脇には「土塀」が付随しています。
 
重文「北大手門」と「土塀」 ↓
 
「城郭建造物」の写真は下記に掲載します。
 
重文「東大手門」 ↓
重文「西大手門」 ↓
重文「番所」 ↓
重文「東南隅櫓」 ↓
重文「南西隅櫓」 ↓
重文「唐門」 ↓
国宝「二の丸御殿」の玄関と遠侍 ↓
重文「御清所・台所」 ↓
「二の丸庭園塀重門」 ↓
重文「桃山門」 ↓
重文「鳴子門」 ↓
重文「南仕切門」 ↓
重文「北仕切門」 ↓
重文「本丸櫓門」 ↓
重文「北土蔵」 ↓
重文「南土蔵」 ↓
重文「西門」 ↓
重文「蔵付き長屋門」 ↓
重文「本丸御殿」(江戸時代の宮家の御殿を本丸跡へ移築) ↓
復元「収蔵庫」 ↓
「南門」(大正天皇行幸時に建築) ↓
 
 
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あと残された「城郭建造物」の「塀」「橋」「供侍」「馬見所」等を紹介する「その他の城郭建造物を巡る」シリーズでは、毎回各お城毎に「その他城郭建造物」をお届けしていきたいと思います。併せて、そのお城の特徴的な建造物や普請物の写真もモニュメント的に掲出していきます。

塀(城壁)」の現存は少なく、復元(復興)、摸擬が大半ですが、「塀」の再建によってお城や城下町の雰囲気を醸し出す努力がされていますので、そのような「塀」も採り上げたいと思います。

また「橋(土橋は除く)」も「堀」に架かる等かなりの数のモノが存在していましたが、「塀」同様に現存は少ないです。復元(復興)、摸擬が大半ですが、特徴のある「橋」や「廊下橋」を中心にお届けします。

また、「供侍(ともざむらい」「馬見所」等の特殊なモノもどうぞご覧ください。

お城の「歴史」や「城主(藩主)」、「立地」や「縄張り」については、今までに掲載してきた投稿をリンクしておきますのでどうぞご覧ください。

 

本日は「二条城(前編)」(京都市中京区)です。「日本100名城」に選定されています。

                

城主(藩主)、立地・縄張りについては下記をクリックしてご覧ください 

               ↓

城内の「城郭建造物」は、国宝「二の丸御殿」、重文「御清所」、重文「東大手門」、重文「西大手門」、重文「番所」、重文「東南隅櫓」、重文「南西隅櫓」、重文「本丸櫓門」、重文「桃山門」、重文「鳴子門」、重文「南仕切門」、重文「北仕切門」、重文「南・北米蔵」、重文「西門」、重文「蔵付き長屋門」の他にも、重文「本丸御殿」(これは本丸跡へ移築された宮家の御殿)、「南門」(大正天皇行幸時に建築)、復元「収蔵蔵」等非常に沢山ありますので、その写真は後段掲載することにして、まずは「その他城郭建造物」を紹介しますが、こちらも多いので2回に分けて掲載します。
 
まず重文「東大手門」から入城しますと、その「東大手門」から「城壁」が左右に延びます。特に南へは重文「東南隅櫓」まで繋がっています
 
重文「東大手門」脇の「城壁」 ↓
重文「東大手門」から重文「東南隅櫓」へ延びる「城壁」 ↓
重文「東南隅櫓」と「城壁」 ↓
重文「東南隅櫓」と「城壁」 ↓
 
白壁には「狭間」は施されていませんが、裏側を見ると石柱と木によって支えられた「控柱」で堅固に固定しています。
 
重文「東大手門」脇の「城壁」 ↓
重文「東大手門」脇の「城壁」 ↓
重文「東大手門」脇の「城壁」 ↓

重文「東南隅櫓」脇の「土塀」と「控柱」 ↓
 
「東大手門」を抜けて重文「番所」を横目でみて通り過ぎると、正面には茶色の重文「筑地塀」が横たわり、「二の丸」の南東部を囲います。
 
「築地塀」は寺院建築では多く見られ城郭建築では珍しい塀です。柱を立てて板を芯として泥で塗り、柱と柱の間に横線を入れて屋根を瓦で葺いた塀です。
 
重文「筑地塀」 ↓
重文「筑地塀」 ↓
重文「筑地塀」 ↓
 
「二の丸」御殿への入口でもある重文「唐門」まで繋がり、「唐門」の豪華さに華を添える「城壁」です。
 
重文「唐門」に繋がる「築地塀」 ↓
重文「唐門」と重文「築地塀」 ↓
 
また「二の丸」の南から南西部にかけては長い「土塀」が築かれています。
 
「二の丸」の南から南西部にかけての「土塀」 ↓
「二の丸」の南から南西部にかけての「土塀」 ↓
 
「城郭建造物」の写真は下記に掲載します。
 
重文「東大手門」 ↓
重文「西大手門」 ↓
重文「番所」 ↓
重文「東南隅櫓」 ↓
重文「南西隅櫓」 ↓
重文「唐門」 ↓
国宝「二の丸御殿」の玄関と遠侍 ↓
重文「御清所・台所」 ↓
「二の丸庭園入口の塀重門」 ↓
重文「桃山門」 ↓
重文「鳴子門」 ↓
重文「南仕切門」 ↓
重文「北仕切門」 ↓
重文「本丸櫓門」 ↓
重文「北土蔵」 ↓
重文「南土蔵」 ↓
重文「西門」 ↓
重文「蔵付き長屋門」 ↓
重文「本丸御殿」(江戸時代の宮家の御殿を本丸跡へ移築) ↓
復元「収蔵庫」 ↓
「南門」(大正天皇行幸時に建築) ↓
 
 
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塀(城壁)」の現存は少なく、復元(復興)、摸擬が大半ですが、「塀」の再建によってお城や城下町の雰囲気を醸し出す努力がされていますので、そのような「塀」も採り上げたいと思います。

また「橋(土橋は除く)」も「堀」に架かる等かなりの数のモノが存在していましたが、「塀」同様に現存は少ないです。復元(復興)、摸擬が大半ですが、特徴のある「橋」や「廊下橋」を中心にお届けします。

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本日は「園部陣屋(園部城)」(京都府園部市)です。

                

城主(藩主)、立地・縄張りについては下記をクリックしてご覧ください 

               ↓

城内の「城郭建造物」は、陣屋だったにも拘わらず明治時代に入り緊急的に城として整備された「巽櫓」「陣屋表門」「番所」が現存して建っています。更に、「小麦山櫓」の摸擬「三重櫓」が再現され「南丹市国際交流会館」として利用されています。
 
現存の「番所」と「巽櫓」 
「南丹市国際交流会館」として利用されている摸擬「小麦山櫓」 ↓
 
「その他の城郭建造物」は、上記の「陣屋表門」の両脇に白壁の「城壁」が延び、「表門」前の石段脇には「土塀」が石段下から「表門」まで築かれています。
 
現存「陣屋表門」と「土塀」 ↓
現存「陣屋表門」と「土塀」 ↓
現存「巽櫓」と「土塀」 ↓
現存「陣屋表門」から見下ろした「土塀」 ↓
「陣屋表門」脇の「土塀」 ↓
 
 
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塀(城壁)」の現存は少なく、復元(復興)、摸擬が大半ですが、「塀」の再建によってお城や城下町の雰囲気を醸し出す努力がされていますので、そのような「塀」も採り上げたいと思います。

また「橋(土橋は除く)」も「堀」に架かる等かなりの数のモノが存在していましたが、「塀」同様に現存は少ないです。復元(復興)、摸擬が大半ですが、特徴のある「橋」や「廊下橋」を中心にお届けします。

また、「供侍(ともざむらい」「馬見所」等の特殊なモノもどうぞご覧ください。

お城の「歴史」や「城主(藩主)」、「立地」や「縄張り」については、今までに掲載してきた投稿をリンクしておきますのでどうぞご覧ください。

 

本日は「福知山城」(京都府福知山市)です。「続日本100名城」に選定されています。

                

城主(藩主)、立地・縄張りについては下記をクリックしてご覧ください 

               ↓

 

城内の「城郭建造物」は、外観復元「大天守・渡櫓・小天守」、本丸跡内に移築してきた現存「銅門番所」、そして摸擬「櫓門」があります。また、「佐藤大清記念美術館」が「城郭風建造物」内で展開されています。

 

外観復元「大天守・渡櫓・小天守」(右から)と手前に他所からの移築現存「銅門番所」 ↓

他所からの移築現存「銅門番所」 ↓

摸擬「櫓門」 ↓

「城郭風建造物」の「佐藤大清記念美術館」 ↓

 

当城の最大の特徴は、「天守台」等各所に「転用石」が積まれていますので、その写真を掲載しておきます。

 

「天守台」に積まれている「転用石」 ↓

 

「その他城郭建造物」は、特に東側からの登城路沿いと、「二の丸」跡東側、「本丸」跡東側に築かれた「城壁」が見事で、特に「由良川」の支流「法川」を越えた「ゆらのガーデン」から見る光景は、白壁の「城壁」が三段に見える絶景のポジションです。

 

「ゆらのガーデン」から見る「天守群」と「城壁」 ↓

東側の登城沿いの摸擬「城壁」 ↓

 

「本丸」跡東側の「城壁」は、荒々しい「野面積み石垣」の上に建ちなすが、「本丸」側は木の柱に「控柱」が付く構造になっています。

 

摸擬「櫓門」脇で「本丸」跡東側の「城壁」 ↓

「本丸」跡東側の摸擬「城壁」 ↓

「本丸」跡北側の摸擬「城壁」 ↓

「本丸」内側の「城壁」(「控柱」が並ぶ) ↓

 

「法川」には、「昇龍橋」が架かります。当橋は、「擬宝珠」が付き、東西の高低差を処理する為に太鼓橋風に造られ、東端はなだらかで西端は急角度となっていますので、龍が空に向かって昇って行くようにみえることから「昇龍橋」と名付けられたようです。

 

「昇龍橋」の東端 ↓

「昇龍橋」の西端 ↓

 
 
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あと残された「城郭建造物」の「塀」「橋」「供侍」「馬見所」等を紹介する「その他の城郭建造物を巡る」シリーズでは、毎回各お城毎に「その他城郭建造物」をお届けしていきたいと思います。併せて、そのお城の特徴的な建造物や普請物の写真もモニュメント的に掲出していきます。

塀(城壁)」の現存は少なく、復元(復興)、摸擬が大半ですが、「塀」の再建によってお城や城下町の雰囲気を醸し出す努力がされていますので、そのような「塀」も採り上げたいと思います。

また「橋(土橋は除く)」も「堀」に架かる等かなりの数のモノが存在していましたが、「塀」同様に現存は少ないです。復元(復興)、摸擬が大半ですが、特徴のある「橋」や「廊下橋」を中心にお届けします。

また、「供侍(ともざむらい」「馬見所」等の特殊なモノもどうぞご覧ください。

お城の「歴史」や「城主(藩主)」、「立地」や「縄張り」については、今までに掲載してきた投稿をリンクしておきますのでどうぞご覧ください。

 

本日は「丹後田辺城」(京都府舞鶴市南田辺)です。

                

城主(藩主)、立地・縄張りについては下記をクリックしてご覧ください 

               ↓

城内の「城郭建造物」は、築85年の復興(或いは模擬)「二重櫓・続櫓」と1992年築の復興「大手門」が建ちます。
 
復興(或いは模擬)「二重櫓・続櫓」 ↓
復興「大手門」 ↓
 
城公園案内図(赤丸が下記掲載の「城壁」の位置) ↓
 
「その他城郭建造物」は、その2基の建造物を繋ぐ「城壁」「大手門」から南に延びる「城壁」があります。白壁で「狭間」を設け、城内側には「控柱」で支えています。
 
「二重櫓」から延びる「城壁」 ↓
2基の建造物を繋ぐ「城壁」 ↓
「大手門」から南に延びる「城壁」 ↓
「城壁」裏側は「控柱」が並ぶ ↓
「城壁」裏側は「控柱」が並ぶ ↓
 
また、近くには藩校「明倫館」跡に「明倫小学校」が建っていて「明倫館」の門が残されていますが、それから明倫小学校の周囲を「下見板張り」の「土塀」が管理用として囲われています。
 
明倫小学校の周囲を取巻く「下見板張り」の「土塀」 ↓
 
 
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