#ちょっと小耳に(24)

座右の歌?

前回は、座右の銘について書きました。

生まれてきた以上何かを成し遂げられればと思います。その何かがいつわかるのかはわかりませんが、何かを成すためには(またどう転ぶにしても)勉強は大事だと思います。

 

今回もこういう言い方があるのかわかりませんが、座右の歌です。

座右の銘ほど格言めいたものではありません。少し大げさかもしれませんが、こういうふうに生きていきたいなぁと思っている歌です。

2曲あります。

河島英五さんの「時代おくれ」と、竹内まりあさんの「人生の扉」です。

「時代おくれ」は、河島英五さんがピアノで弾き語る歌です。

作詞阿久悠、作曲森田公一の両氏によって作られ、昭和61年(1986)に発売されました。

歌詞の中で心にささる部分は多いのですが、歌詞の終わりに「時代おくれの男になりたい」とあり、思いが集約され、心に沁みます。気負わず、謙虚に生きていこうという思いになります。

 

「人生の扉」は、作詞作曲は竹内まりあさん、編曲はご主人の山下達郎さんです。 平成19年(2007)に発売されました。

歌詞の中で、20代から90代のそれぞれの代の部分が短い英語になっています。 年代が後半になるにつれてちょっと気弱になるような感じを受けますが、90代のところでそれらを払しょくした前向きな感じを受け、何だかほんわかした気持ちになります。

分類すれば、「時代おくれ」は演歌、「人生の扉」は J-POPになるのでしょうか。

いずれにしても、心に残る歌として私の座右の歌です。

(別の感覚で影響を受けている歌手は、吉田拓郎さんです)

 

勝手にもう一つ。

座右の歌とは関係ありませんが、昭和40年代後半から50年代前半に一世を風靡したキャンディーズについてです。まさに私の青春ど真ん中でした。

ランちゃん、ミキちゃん、スーちゃん、女性3人の今で言うアイドルグループです。生演奏に生歌の時代に、歌唱力、ハーモニーそして可愛らしさと、3人の個性が生かされた素晴らしいグループでした。

そのキャンディーズは、人気絶頂の昭和52年(1977)に突然の解散宣言。

そして、翌昭和53年4月、当時の後楽園球場で行われたさよならコンサートには5万5千人のファンが集まりました。超満員です。

たまたま電車で最寄りの水道橋駅を通過しましたが、電車の中にいても大歓声が聞こえ、乗客の皆さんとともに思わず球場方向を見てしまいました。

 

私の青春時代は、プロ野球、歌番組、バラエティー、時代劇などのテレビ番組だけでなく、ラジオの深夜放送、さらにテレビにはほとんど出ないフォーク歌手の曲を聴きまくっていて、数年後に出会うこととなる速記の気配はまだこれっぽちも感じることなく、毎日寝不足気味で過ごしていたのでした。

 

以上、最終回ブログということで、当時の思いをだぶらせ、勝手に語らせていただきました。

ブログはしばらくお休みさせていただくことになりますが、これまで毎回お読みいただきありがとうございました。

復活の際は、またお読みいただけると幸いです。

ではまた。

(とりあえず最終回)

 

 

これまでの「ちょっと小耳に」

(1)速記の始まりと今

(2)日本の速記はいつから?

(3)第1回議会からの会議録があるのは日本だけ! 

(4)日本の速記方式(前編)

(5)日本の速記方式(後編)

(6)弟子たち

(7)他の速記方式は読めない、書けない

(8)原文帳(げんぶんちょう)

(9)速記用語

(10)速記教練会

(11)速記競技会 

(12)なぜ速記に惹かれたのか

(13)なぜ速記が生まれたのか

(14)憲政記念館

(15)速記学校の思い出

(16)学問に王道なし?

(17)速記と鉛筆(前編)

(18)速記と鉛筆(後編)

(19)速記文字はロゼッタ・ストーン?(前編)

(20)速記文字はロゼッタ・ストーン?(後編)

(21)裁判所はなぜ速記用タイプライターなのか

(22)札幌生活と単身赴任

(23)座右の銘?