ベクトルvectorが、もともとケプラーの惑星の楕円軌道で、焦点(太陽のあるところ)と楕円を結ぶ線(動径)を意味する言葉だったことは、前にも描きました。
それが、向きを持つ量を表す言葉になり、数学にもベクトルという一分野が築かれることになります。
物理学を学ぶことは宇宙がどうなっているのかを学ぶこと。
宇宙にある物理量の多くはベクトルなので、それについて学ばなければ、宇宙のことはわからない、ということになります。
これはすなわち、それまで当たり前だと思ってきた【1+1=2】という常識がくつがえることでもあります。
プリントの欄外に描いてあるイラストのフキダシで【3+4=7】に大きく×が打ってあるのが、このプリントのテーマになります。
そもそも、1年で物理を習い始めるケースでは、その時点では、数学でベクトルを扱っていません。
にもかかわらず、ほとんどすべての物理教科書は、学生がベクトルについての基礎を知っている前提で書かれています。10のべき乗や三角比についても同様です。したがって、現行の物理教科書で1年生が、教科書通りに物理学を学ぶのはとても大変です。
10のべき乗については、【こういう書き方をする】程度の紹介でもすぐに理解できるようになりますが、三角比やベクトルを数学的に説明するのは手間がかかりますし、はっきりいえば無駄です。
三角比は当面知らなくても、物理学を学ぶのに問題がありません。また、ベクトルに関しては、数学的な取り扱いは無視し、本来の物理的な現象を通じてベクトルの足し算のルールを理解すればじゅうぶんです。
ベクトルの足し算については、物理学的な【連結法】と数学的な【平行四辺形法】の両方を理解しておく必要があります。それぞれに長所と短所がありますが、それについては、描き込みを見てから解説します。
では、描き込みの前半を。
ベクトルはもともと物理現象を理解するために生まれた概念ですから、数学的に理解しようとするのはバカバカしいことです。
1.では、実際の物体の運動を例にあげて、ベクトルの性質を理解できるようにしています。
流れる川の上を進む船の運動を考えます。
北へ3mすすむ変位と、川にのって東へ4mすすむ変位を組み合わせたじっさいの船の運動は、図の斜めの向きへの運動となりますから、変位の合計が3m+4m=7mでないことは明かです。
ななめに5mすすんでいるのですから、足し算は【北へ3m+東へ4m=ななめに5m】という結果になります。
この物理現象をそのまま矢印で描いて表したのが、1(2)の図になります。
この図を描くこと、つまり、2つの矢印をつなぎ、それにより第3の矢印を描くことが、向きを持った量の足し算に相当するのです。
つまり、ベクトルの足し算は【矢印をつなぐ図を描くこと】に当たるのです。今まで、数字を使って【1+1=2】という計算規則で計算していたのとはまるで違う計算手順になります。
でも、安心してください。
ベクトルの新しい足し算のルールは、要するに矢印のかんたんな絵を描くことなので、ぜんぜんむつかしくありません。
物理関係者が好んで使う【連結法】では、最初の例で示したとおり、2つの矢印をつないで、最初の矢印の始点から2つめの矢印の終点に向かう第3の矢印を描きます。
この方法はオールマイティですので、どんなベクトルの足し算の場合にも使えます。とくに、たくさんのベクトルの合計をとるときに便利です。
なお、ベクトルの足し算はそのまま【ベクトルの足し算】でよいのですが、数学ではふつうの数字の足し算と区別するために【ベクトル合成】と呼びます。
こういうことですね。
これを、平行四辺形法で描こうとすると、とんでもない手間と時間がかかることになります。
数学関係者が好んで使う【平行四辺形法】では、物理的な問題を解くとき、困るケースがいくつかあります。いま指摘したように、たくさんのベクトルを足すとき、非常に不便で、見通しがつきにくいですし、2つのベクトルが一直線上にある場合は、そもそも平行四辺形が作れません。
こんなに不便なのに、なぜ平行四辺形法はほとんどの物理教科書で採用されているのでしょうか?
それは、ベクトルを任意の2方向に分解したいとき、平行四辺形法の逆の手順で図が描けるからです。つまり、合成も分解も同じ図で説明できるから。最小限のルールがいろいろなケースに使えますから、数学の人がよろこびそうな性質ですね。
3.はベクトル合成の逆手順、ベクトル分解です。
でも、物理学では多くの場合、ベクトルを分解するときは【任意の2方向】ではなく、【直交する2方向】を採用します。
したがって、平行四辺形でなく、長方形を描いて分解します。数学的には非常にカンタンですね。
なお、x方向、y方向に分解した2つの矢印を、それぞれx方向成分、y方向成分と呼びます。こういう専門用語を知らないと、問題で【○○のx方向成分を求めよ】などといわれたとき、何をしてよいのかわからなくなります。
物理学では、公式よりも言葉の方が大切なのです。
物理現象を表す言葉をよく理解しておきましょう。
そのためにも、一区切り学んだ後、教科書や参考書を読むことをお薦めします。
なお、あくまでも余談ですが、3のようなベクトルの図から、ベクトルの成分を計算するのに時間がかかる人は、描き込みにある【中学校のやり方】で比例計算している人が多いですね。
高校以上で物理の問題を解きなれている人は、図の辺の比の数値1、2、√3から、1/2、1/√3などの分数を見つけ、それを斜めの辺の値20に直接かけるという計算方法をとります。この方がてっとり早く、間違いも少なく計算できるからです。
もちろん、こういうことは、誰かに教えてもらうことではなく、自分で計算しながら、少しずつ身につけていくことだと思います。
が、学生さんの小中での【計算体験】が足りないのか、こういう工夫が自在にできる学生さんは、本当に少なくなりました。年々、どんどん減ってきているような気がします。
4.の(計算)は2つのベクトルが一直線上にあるときによく使う方法です。
ベクトルにふつうの計算規則【1+1=2】が使えないことは、最初に述べた通りですが、2つのベクトルが一直線上にあるときだけは、このふつうの計算規則を無理矢理使うことができます。
ただし、あくまでも無理矢理なので、そのままでは使えません。
一直線の場合、向きは【右と左】のように、2種類しかありませんから、数学の記号【+と−】を方向の記号として使えます。こうすれば、ふつうの計算規則が無理矢理使えて、出てきた答えの【−】は【逆向き】を表す意味として理解できるのですね。
このプリントでは扱っていませんが、2つのベクトルが一直線上にない場合でも、平面をx軸、y軸の2方向で示し、それぞれのベクトルの成分を用いることで、同様な計算を行うことができます。
しかし、それは手間がかかるだけで、大きなメリットはありません。やはり、ふつうに矢印を図示する方がよいでしょう。
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