今回はその人が主役ではありませんが、「巻き込まれている」らしいことに関する記事を引用します。
週刊誌 Le Nouvel Observateur の2010年1月14-20日(通巻2358)に掲載された Sida : qui veut la peau de la taxe Chirac ? (AIDS:誰がシラク税の命を欲しがるのか?)という記事です。
SIDA : QUI VEUT
LA PEAU DE LA TAXE
CHIRAC ?
UNITAID(ユニットエイド:国際医薬品購入ファシリティー)はエリゼ宮に狙いをつけられている。シラクが創り出した連帯税はそれでも、貧困国の数十万人の患者を治療することを可能にしている。大統領のエゴの競争か、戦略の変化か?カルラ・ブルーニ Carla Bruni が対立に巻き込まれている。マリ=フランス・エチュゴワン Marie-France Etchegoin がその舞台裏を明らかにする。
それは最初の「世界税」である。現在、唯一の。この税は「貧しい人々」に与えるために「金持ち」から取り上げるもので、右翼の男のおかげで生まれた。まだ少し前に、不人気の底をさまよっていた退役者、ジャック・シラクである。元大統領は、フランス(そしておよそ15の国々)でこの「連帯税」を課すために闘った。かくして、2006年以来、あなたがフランス本土で航空券を買うたびに、世界の名において治療を受けられたHIV陽性の子供の90%近くの治療に資金を出すことに貢献することになっている。この税の収益を中央に集める機関であるUNITAIDに行く、各フライトに対する数ユーロの追加分が。3年間で15億ユーロが集められた。この取り組みの原動力だったフランスは、このことを自慢できたはずである。しかし事実は全く反対だ。HIVが未だに、毎年200万人近くの人類を殺していることを思い出させるために、現大統領の妻、カルラ・ブルーニ=サルコジがアフリカに飛び立とうとしているときでさえ。シラク税に対して、フルーレでのゲームが始まったのは、奇妙にも、ファーストレディーの取り巻きとエリゼ宮の内部である。今のところ、論争は限られた人々の域を出てはいない。しかし「ex (元)」の遺産は突然、厄介なものになった。
全ては、2002年3月22日、メキシコでの開発に関する首脳会談の際に始まった。その日、ジャック・シラクは、「生活を維持するために一日2ドル未満しか持たない、巨大な、極度の貧困に生きる20億の人類」のための弁論に身を投じる。言葉、言葉・・・ それから、突然、大統領はこの会議に出席する50カ国の元首に、「開発に対する公的援助にさらに加わることになる」、富に対する「国際的課税」の実施について考慮するように促す。礼儀正しい沈黙。税?そこにいた人々は、フランス大統領が何に怒っているのか、このアルテルモンディアリスト的な思いつきがどこから来たのか、自問する。恐らく、信じる人だけに関わる、追加の約束だろう・・・と。
それは彼が、他の多くのことを忘れてしまったからだろうか?いずれにしてもシラクは会議での自らの最大の強迫観念を追い続け、財政の総合監督官、ジャン=ピエール・ランドー Jean-Pierre Landau の周囲の専門家に専念させる。(既にある)炭素ガス排出への課税か?海運か航空運輸への課税か?武器売却へ?あるいは、なぜ「世界的な宝くじ」に課税しないのか? 2005年、大統領は飛行機による旅行を「攻撃する」ことに決め、議会で「彼の」税を採択させる。その間に、ブラジルのトップに選出された元冶金工、ルラの賛同を得た。二人はともに、地球上で最も「殺人的な」疾病(毎年370万人の犠牲者)、すなわちエイズ、マラリア、そして大方忘れられている結核との闘いに、この新しい授かり物を当てることを決定する。2006年、ユニットエイド Unitaid が創設される。ルラとともに、フランス大統領はこの施策に加わるように18カ国(チリ、ノルウェー、英国を含む)を説得し、およそ50カ国から、いつかは加入するという約束を取り付ける。
優柔不断なシラクは、約束を守った。航空会社と自らの与党の一部に反して。彼の元保健相、次いで外相の、内閣にいた当時は「ミスター・ブラフ」と仇名されていた、フィリップ・ドゥスト=ブラジ Philippe Douste-Blazy の側は、現在は会長を務めているUnitaid を繁栄させるために奮闘した。数週間後にシラクは、Voyageurs du Monde (旅行会社)の経営者、ジャン=フランソワ・リアル Jean-François Rial とともに、Unitaid の財源を倍以上にすることになる、「自発的税」を米国で発表する。国際機関において、「シラクの税」は模範として引き合いに出される。その選ばれた国では、話は全く異なる。
Sarkozy alerté
(警戒したサルコジ)
さる12月14日、Unitaidの理事会がジュネーブの本部で開かれる。緊張した雰囲気である。なぜなら、その年の夏から、一つの噂が流れていたからだ。第一の分担者(基金の約55%)であるフランスが、割り当てを減らすかもしれないというのである。しかしながらこの負担割合は法令で固定されており、先験的に触れることができない。航空券に対する税収の90%は強制的にUnitaid に入る(残る10%は、ワクチンに資金を出す国際基金に入る)。2009年、税はおよそ1億5300万ユーロをもたらし、フランスはしたがって1億3800万ユーロを拠出するはずである。ところがフランスは、1億1000万ユーロ「しか」拠出しないことを仄めかしている。ことは会計上の対立にとどまらない。人命とともに原理原則の問題でもある。
「ジャック・シラクの強迫観念」、彼の支持者の一人で、その財団の専務理事になった、ヴァレリー・テラノヴァ Valérie Terranova は説明する、「それは税の永続性だった。」 分担国の善意に依存しない、そして、常に不十分で偶然に左右される開発への公的援助に追加される、安定した予測可能な財源の創設である。「シラクは世界中に先駆けて、コペンハーゲンでは失敗した、有名な革新的な資金調達を実施した」と、当時エリゼ宮の外交専門委の一員だったロラン・ヴィジェ Laurent Vigier は言う。「それによって、シラクはノーベル賞を受けるべきだった!」 さる9月24日、Unitaid への議決権を持つエイズ対策の団体は、「国際連帯税を、予算の偶然性という適切な行き詰まりに応じて処分できる一種の“自由裁量の共同積立金”に変える」ことのないように要求するために、ニコラ・サルコジに手紙を書いた。
同様に、議員団に質問されたニコラ・サルコジは、全く答えなかった。先月、Unitaid の理事会が強烈な雰囲気で行われた理由がそこにある。電話、命令、命令の取り消し、外交電報・・・ 最終的にに、会合の翌日、ケ・ドルセー Quai-d’Orsay (外務省)から発送された、「2010年度会計のために Unitaid に少なくとも1億1000万ユーロ」の支給を確認する手紙が届いた。フィリップ・ドゥスト=ブラジとその同僚は、「少なくとも」を評価する。半分勝利だ。非政府組織によれば、暫定的な。AIDES の責任者の一人、エマニュエル・トルナド Emmanuel Trenado は語る、「昨年夏、我々は、人道問題担当の共和国大統領府副官房長、グレゴワール・ヴェルドー Grégoire Verdeaux に呼び出された。彼は我々に、シラク政権下で採択された法令が修正されたら、フランスの対エイズ団体にはもっと多く補助金が出せるだろうと説明した。はっきり言えば、航空券に対する税金の一部が、90%がUnitaid に行く代わりに、我々に戻ってくる、ということだ!」
同じ提案は Sidaction と Solthis Sida にもなされたが、ともに拒否していた。「死体から天引きされた金を誰も求めない。なぜならそれは、もはや資金を受けられなくなる進行中の治療を中止することになるからだ」と、Unitaid の冒険に当初から加わっている ActUp の活動家、カリル・エルアルディギ Khalil Elouarudighi は言う。他と同じように、彼もまた、グレゴワール・ベルドーの「奇妙なキャンペーン」について疑問視する。エリゼ宮に合流する前、2008年にUnitaid で働いていたのに・・・ ニコラ・サルコジの顧問は単独で観測気球を上げているのか?委任されているのか?この夏、ヴェルドーがエリゼ宮で活発に動いていた間、一人のUMPの国民議会議員、アンリエット・マルティネス Henriette Martinez もまた、開発に対するフランスの援助に関する会計監査のために協力相(Secrétaire d’Etat chargé de la Coopération et de la Francophonie協力・フランコフォニー担当大臣)アラン・ジョワイヤンデ Alain Joyandet に委任されて、攻勢に転じていた。彼女は「シラク時代」に関する第二の論争を扇動していた。前国家元首の大統領体制下で、「二国間の援助を犠牲にして、多国間援助が増大した」。はっきり言えば、フランスは、国際機関や国際計画に資金を出しすぎていて、その行動が十分に「目に見える」ようになっていないということである。フランスの寛容さには愛国心と三色旗が足りないといわけだ。
ジャック・シラクは実際に Unitaid を世に送り出したが、2002年にはもう一つの多国間組織の創設も支援していた。最も工業化された8カ国の公的援助によって維持され、最貧国に無料で医療を配給する使命を持った、世界エイズ・結核・マラリア対策基金 Fonds mondial de Lutte contre le Sida, la Tuberculose et le Paludisme である。今日では言うまでもないように見えることでも、1990年代の終わりにはまだ全会一致とはならなかった。当時、アングロサクソンを筆頭に、北側の諸国の大多数は、第三世界ではHIV は予防によってしか立ち向かえないと主張していた。はっきり言えば、南側諸国は医薬品に金を払うには貧しすぎるので、患者は死ぬに任せて、汚染から守ることで健常者を救うことを試みるしかないと言っているようなものだった。「受け入れられない」と、1997年以来、アビジャン Abidjan での首脳会議に際に、シラクは言う。2001年、当時保健相だったベルナール・クシュネールは、最初の「治療的連帯基金」を洗礼盤に運ぶ。シラクが決定したように、フランスが米国に次いで、毎年3億ユーロを拠出して第二の拠出国となる、未来の世界基金の始まりである。
(つづく)
MARIE-FRANCE ETCHEGOIN
Le Nouvel Observateur 2358 14-20 JANVIER 2010
http://hebdo.nouvelobs.com/hebdo/parution/p2358/articles/a416540-sida__qui_veut_la_peau_de_la_taxe_chirac_.html
次回 狙われる「シラク税」【2】 に続きます。
ここまでの本文では、フランスの「ファーストレディー」は第一段落に一度出てくるだけのようです。
それとは別に、「国際連帯税」に関して、フランスのシラク前大統領のみならず、ブラジルのルラ大統領の貢献が大きいように思います。その当時から現在に至るまで、『ル・モンド』の「2009年の人」に選ばれるだけのことはあるようです。
なお、仏大統領夫人の名前については、一般的に「カーラ・ブルーニ」と表記されていますが、イタリア出身であることに敬意を表し、フランス語でも「カルラ」というのが標準であることから、あえて「カルラ・ブルーニ」と表記しておきます。