プールサイドの人魚姫

プールサイドの人魚姫

うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。

詩集 天国の地図/神戸 俊樹
¥1,260


長い闘病生活を余儀なくされてきた著者が、生きる糧とした詩作。

魂の叫びの集大成!


アマゾンオンデマンドで発売中!!

 

 

ピンクのチューリップと青い小花

フリンジ咲きチューリップ:浮間公園とお台場

ピンクのチューリップ、浮間公園とお台場

ピンクのチューリップ 浮間公園とお台場

ピンクのチューリップ、浮間公園とお台場

 

 

 最初の2枚は浮間公園、後の3枚はお台場で撮影した。近場でチューリップを手っ取り早く撮るなら浮間公園だが、都内で他にチューリップが沢山咲いてる場所をネットで検索してみると最大規模の昭和記念公園や、都心の日比谷公園、猿江恩賜公園、お台場などがヒットする。チューリップだけが目的なら一番近い浮間公園で十分だが、撮影の時はつい欲張りになりあれもこれも撮りたくなってしまう…。風景(夜景)も目的となれば当然、三脚は必須条件となる。
 三脚は昨年8月にカーボンファイバー製に変更し重量も1キロ未満と軽くなったため、持ち歩く際の心臓への負担は軽減されたがそれでも歳を重ねて来ると当然ながら体力・筋力も衰えるため最近はやはり辛くなる。特に登り階段や登り坂はかなりキツイ。ハァハァと息を切らせ心臓をなだめながらの撮影。特に花の撮影はシャッターを切る際は息を数秒止めるため尚更心臓に負担が掛かる。風景撮影の場合はそれから解放されるので花などに比べれば数段撮影が楽になる。
 チューリップの場合はそれほど低い位置ではないためネモフィラに比べれば撮影は楽な部類に入る。花の品種については相変わらず『花音痴』を卒業出来ていないのでサッパリ分からないけれど、チューリップも品種改良が進み様々な種類のチューリップが存在するようだ。自分が撮ったチューリップがどの部類に入るか知らないけれど、浮間公園とお台場では種類が明らかに異なるのは花の色や形で区別が着く。
 地球温暖化が進み最近は日本の四季がかなり狂い始めており、季節が徐々にずれ込んで来ている。春は3,4,5月と確か一般的には定義されていたが4月に夏日が増えて来たり5月に真夏日を記録するなど季節の熱帯化が四季を彩る植物にも影響を与え始めている。このまま年月が流れて行けば何れ日本から四季が消え夏と冬の二季になってしまうかも知れない…。そんな季節になってしまったら花たちも戸惑っていつ咲いてよいか分からず狂い咲きする花も出て来るだろう。言葉を発して意志を伝える事が出来ない植物たちの嘆く声がカメラのファインダーを通して伝わって来る気がした…。

 

浮間公園の夜景、風車と桜のライトアップ

千鳥ヶ淵の桜とボート

菜の花が咲く浮間公園の風景

浮間公園の菜の花と水面

 

 

 桜満開の便りが春風に乗って届いた3月29日、早速、自宅から徒歩30分程度の近さにある浮間公園へと出掛けた。新板橋まで都営三田線に乗りわざわざ時間を掛けて遠回り。JR埼京線の各駅に乗り換え浮間舟渡で下車すると目の前で目的地の浮間公園が出迎えてくれた。その日は『舟渡桜まつり』が開催されていたので、大勢の花見客で賑わっていた。『花と光のムーブメント』のライトアップイベントもこの時季になると毎年開かれる。今回もその夜景を撮る事が目的だった。
 この公園の目玉はやはり風車とその周りに咲くチューリップやネモフィラ、サクラがメイン。気温も20℃まで上がり風も穏やかで4月下旬並みの絶好の花見日よりとなった。
 満開のソメイヨシノの下では青いシートを敷いてお祭り気分で上機嫌な人々の笑い声が青い空へと舞い上がり、平和そのものの有難さを実感した。風景のどこを切り取っても人が写り込んでしまうほどだったので、日中はチューリップの撮影に専念した。それにしても外国の客(インド?)がとても多くて驚いた。多分、この近所に住んでいる方たちだと思われる。
 目的の夜景を撮り終えて、帰路は徒歩。急ぎ足なら30分も掛からず自宅に着く距離だ。が、陽が落ちて風が出始めた途端に気温が下がり肌寒くなったのでバッグに入れておいたカーディガンを羽織って寒さをしのいだ。
 そして雨模様の天気が続き桜の見納めとなった4月3日、千鳥ヶ淵へと出向いた。有名な花見のスポットなので混雑は覚悟の上だったが、行ってみると予想を遥かに超える人出で、撮影するのも一苦労…。次々と押し寄せる人の波に吞み込まれそうになりながらシャッターを切ったので、没になった写真の大量生産となってしまった。この日の撮影では桜を背景にして撮った菜の花が特に印象に残った。
※前回の受賞記事では皆様から沢山のお祝いコメントを頂き、改めてこの場を借りてお礼申し上げます。本当にありがとうございました。受賞作品の展示期間が3月31日で終了したため、希望者には作品を返却してくれると言うので5月になったら受け取りに行く予定です。その頃には春バラが見ごろの時季となるため、沢山のバラをカメラに収めて来ようと思います。

 

 

 

 

優秀賞「誘惑の紅い花」秋バラ写真

年間フォトコンテスト優秀賞:バラ写真

表彰式で賞状を授与する様子

バラ優秀賞、表彰式で授与

表彰式でバラの写真を説明する写真家

 

 

 

四季の香りローズガーデン10周年記念イベント

年間フォトコンテスト「秋の部:優秀賞」に選出!

審査員:写真家・安島太佳由先生。

 

 この受賞の通知を受け取ったのは220日、病院のベッドの上だった。入院でバタバタと忙しない日々を送っていたため、コンテストに応募した事をすっかり忘れていたため、通知のメールを開いて驚きしかも「優秀賞」とありテンションが爆上がりした。

 表彰式を3月1日、午後2時から行うとあったので、なんとしてもそれに間に合うよう退院しなければと担当医に事情を説明し25日退院となった。表彰式までの数日間、雨続きの毎日で落ち着かなかったが、表彰式当日は昨日までの悪天が嘘のように空は青く晴れ渡り、気温も初夏を思わせるほどの好天となった。表彰式はガーデン内にある施設「講習棟1偕」で行われた。

 一眼レフカメラを始めて6年あまり経つが風景をメインに撮り始め、三脚を購入してからは夜景撮影が面白くて夢中になった。その内、夜景が自分の得意分野の一つとなったが、植物などの花はどちらかと言えば苦手の部類だった。中でも花の女王と呼ばれる薔薇にはかなり手を焼き、思うように撮れず薔薇だけは避けていた…。その苦手だった薔薇での受賞。嬉しさを飛び越えて今も夢でも見ているような気分である。

 撮影した秋バラは昨年1115日に撮ったものであるが、撮影当初はコンテストの存在を全く知らず、普段通りにシャッターを切っていた。使用したレンズは花の定番とも言えるNikkor Z MC-105㎜中望遠マクロ。花を正面から撮っても面白味がないと思い、右下斜めから見上げるような構図で幻想的な花のイメージを創り出そうと思った。その数日後、たまたまこちらのWebサイトを見ているとイベントと言う項目があったので開いて見ると「作品募集」とあり、締め切りまで残り数日あったので折角撮ったのだから応募してみようと言う気になった。賞を取る自信などある訳もなく運がよければ「入選」かな?と軽い気持ちだった。

 その日撮った枚数は100枚を超えていたため、どれを応募しようかかなり迷った。一人1点までとあったので慎重に選ぶ必要があったが、あれもこれもと中々決められないため、自分の直感に任せる事とした。その直感は正しかったと受賞が物語っている。賞状を貰うのは小学生の時に校内図画コンクールで入選した時以来の事である。

 今回の受賞を糧として今後更に良質な写真撮影に邁進し、自分の感性に磨きをかけ、充実の撮影ライフを続けて行ければと思う。

 

「冬の蛍」電子書籍の表紙:父と息子

詩集「雪の花びら」の書影と概要

 

 

短編小説「冬の蛍」

詩集「雪の花びら」

 

この2作品を電子書籍化して下記Webサイトにて公開中。

「冬の蛍」は子ども時代の自分の実体験をベースにて創作したファンタジー小説。

評価の高い作品が上部に表示される仕組みとなっているため応援頂けると有難いです。

未公開作品の詩集、小説がまだかなりあるため何れ電子書籍にて公開して行こうと思います。

販売目的ではないため、作品のダウンロードは出来ません。

専用アプリ、会員登録などは不要で、パソコン、タブレット、スマホ等で閲覧出来ます。

縦組み、横組み、明朝体、ゴシック体などに切り替え機能付き。英訳にも対応。

 

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Short Story Break 無料短編小説サイト

 

入院中の人物、点滴、夜景の映り込み

病院食:ポタージュ、ヤクルト、ピーチゼリー

点滴バッグと医療用点滴スタンド

男性、入院、病院、顔出しなし、マスク姿

医療器具と眼鏡、入院生活

 

 

 

 心不全以外(検査入院除く)で緊急入院するのは今回で2回目となる。事の発端は2月2日の歯科受診。10年ほど前に作った差し歯の根っこに膿が溜りかけておりその治療を受けた。その2日後辺りから左下の治療した顎に違和感があり、日増しに痛みと腫れが酷くなって来た。口を開けるのも辛く食事が殆ど摂れない状況になってしまった。以前、蜂窩織炎になった事があるが、その時と状況が似ていた。9日に歯科外来を予約してあったためそれまで我慢しようと思ったのだが流石に痛みに耐え切れず7日に救急外来を受診。
 入院の可能性があったため、荷物を準備して三井記念病院へ向かった。外は凍り付くほどの寒さで雪が舞い始めており、神田川に架かる橋を渡った辺りで気分が悪くなったため深呼吸を繰り返しやっとの思いで病院に到着。入り口で血圧を測るとなんと190-105と出た。その数字にびっくり仰天して血圧計が壊れているのではと思ったくらいである。こんな高い数値が出たのは生まれて初めての事だったので不安が一気に募って行った。治療室に入ると早速点滴が始まり、入れ替わり立ち替わり数人の医師が診察に来た。動悸・息切れの事も伝えてあったため、循環器の医師が診察。心エコー、X線、心電図、そして両腕から何度も採血。
 その結果、痛みによる炎症反応は高いが心不全の兆候は見あたらなかった。血圧が上昇した要因は痛みによるものと思われた。暫くして歯科の医師が2人やって来て口の中を調べた。その後、抗生剤のサワシリン8錠を一気飲みし歯科外来へ移動。膿を取り除く作業に入った。私は入院の希望を伝えたがそれは却下された。重い荷物を持って凍り付く寒さの中を自宅へと戻った。そして9日の午後、歯科受診。痛み・腫れとも全く収まらず何も食べられない事を告げた。治療の後、血液検査を受けるように指示。その結果を待合室で待っていた。30分ほどして呼ばれ結果を聞いて唖然とした。「神戸さん、INRが4.8です…」医師は直ぐに循環器に電話を入れその事を告げると急遽、循環器を受診する事となった。2時間余り待たされ、漸く名前を呼ばれ診察室に入ると20代後半と思われる若い医師が神妙な面持ちで「入院ですね…」と告げられた。私の場合のINR(ワーファリン・血液が固まるまでの時間)数値は2.1~2.5辺りであるため、4.8は脳出血のリスクが危険な状態まで高まっている事を示していた。入院については一度断られていたため、まさか入院になるとは予想外だったため、なんの準備もしておらず今日このまま入院は出来ないと伝え、相談の結果、2月10日の入院が決まった。病室は15偕の一般病棟。病室に入ると久しぶりに故郷へ戻ったような気がした。腎臓もかなり悪くGFR13%。口を開けて喋るのも辛いので食事は流動食。スプーンが付いてきたがストローで胃に流し込んだ。その日の内に歯科に呼ばれ膿を排出するため、ドレーンを留置。ワーファリンは一旦中止となり、採血の結果で量を少しづつ元に戻す事となった。心不全ではないため、歩行は院内フリーであった。ワーファリンの効果が安定すれば1週間で退院出来ると思っていたがそれはあまかった。INRが中々上がって来ないのである。一日置きに採血するので、両腕とも注射痕だらけとなった。同部屋の男性2人の鼾が大きくてまともに眠る事が出来ず、日中ウトウトする事が多かった。入院から1週間過ぎた頃から漸く痛みから解放され、流動食から五分粥、全粥へと変わり、退院3日前から常食となった。そしてINRも漸く安定(2.2)し、予定より5日遅い25日に退院となった。今回の入院でエナラプリルマレインという薬が追加されたが、心臓と腎臓を保護する働きがあるそうでとても有難い薬である。因みに救急外来時のINRは3.1だった…。

 

 

クロスフィルターで幻想的な光を捉えた水栓柱

クロスフィルターで幻想的な水滴を捉えた写真

クロスフィルターで幻想的に輝く水栓柱

クロスフィルターで幻想的な光を捉えた水栓柱

 

 

 この4枚のスナップ写真は昨年10月、浜離宮恩賜庭園へ秋桜を撮りに行った時のもの。クロスフィルターを購入して初めての撮影。庭園入口の直ぐ近くにある長椅子に腰掛け、コンビニで買ったオニギリを一つを頬張りながら「米の値上がりでオニギリも高くなった…」と心で愚痴を零しつつ、フィルターをタムロン70-300mmに装着。フィルターの説明に「イルミネーションの撮影に向いている」とあったので、夜景の撮影に使用するものだと思っていたため、日中の撮影ではさほど期待していなかったのだが、ファインダーを覗いて唖然とした。「ええ?何、この世界!」良い意味で期待を大きく裏切る結果に心が踊った。
 長椅子の直ぐ近くにあった水飲み場(水栓柱)がクロスフィルターを通して別世界の景観に大きく変化した。普段ならこの当たり前な水飲み場をカメラに収める事など考えもしないのだが、取り敢えずレンズを向けてみただけの事であった。そこにタイミングよく観光客の一人が手を洗い始めたのである。一枚目はピントも合って手と水栓柱も良く写っていると思うが、縦構図の方はかなり慌てて撮ったため、手ブレが激しくピントがボケ気味だが却ってそれがより一層、幻想的な光の世界を表現しているようにも思える。手指から零れ落ちる水滴に太陽の光が反射して、それはまるでキラキラ輝く銀色の宝石、或いは夜空に輝く星のようにも見えて来る。
 神秘的な宇宙空間をキリトル事が出来て、この日は帰宅後も気分よく「買って良かった!」と満足感に浸った。このフィルターの存在、実は8月の花火大会で出会ったカメラマンが教えてくれたものである。14mmなどの超広角レンズを使って夜景を撮るのが好きな私だが、絞り羽根の枚数によって光条の本数が変化するのだが、奇数枚(7、9枚)だと2倍の光条が出る。Nikonのレンズは9枚が多いので18本も光条が出てそれが若干うるさく感じてしまう。そんな時にクロスフィルターNo8を使うと8本の光条になる仕組み。フィルターを回転させる事で角度も変えられる事も分かった。但し、デメリットも当然ある訳で、通常のレンズの前に一枚ガラス挟むので画質の低下、描写がソフト傾向、光の乱反射、ゴースト、フレアの発生など。そして14mmなどの超広角レンズの場合ケラレが発生する。絞り過ぎると光条の線が途切れてしまう事などとかなりの範囲に上るのだが、それらを上手く調整しながら使用すれば撮影の幅が広がり、楽しい撮影ライフを送る事だ出来るようになるだろう。

紅葉したモミジの葉、青い背景

九品仏浄真寺の紅葉したモミジ

九品仏浄真寺の紅葉と木漏れ日

紅葉したモミジの葉、幻想的な光

九品仏浄真寺の紅葉、赤く染まる葉

 

 昨年の12月初旬、都内の紅葉スポットで最も人気の高い『九品仏浄真寺』へ出掛けた。初めてこの寺院に訪れたのは2021年12月9日なので今回で5回目となる。5年前と言えば世間はコロナ禍真っ只中で緊急事態宣言が出ていたため、東京はまるでゴーストタウンのようだった。人影はおろか車の走る姿も疎らだった。あれから早いもので5年の歳月が流れ、コロナを忘れてしまうほどの人の波が押し寄せ観光地は賑わっている。但し、コロナが無くなった訳ではない。現在も尚コロナは型を変えて人の命を奪っている。マスク着用や手指の消毒など、万全の心構えで日常を過ごして行きたいと思う。
 さて、今回のもみじ狩り、九品仏浄真寺については過去に何度も書き綴って来たので特筆すべき点は見当たらないのだけれど、やはり寺院特有の静寂が佇む中にあって、都会の喧騒を打ち消すかのような日常が足を一歩踏み入れただけで非日常の異空間へと吸い込まれてしまう。そんな景観をカメラに収めようと、夢中でシャッターを切ったのだが…。
 あまりに夢中になり過ぎてその場を離れる際、足元が疎かになりまたもや転倒!しかも思いっ切り派手に転んでしまった。転ぶ瞬間、右手のカメラに視線が行く。カメラ大丈夫?と確認し、自分の身体は後回し…。周囲には結構人がおり、かなり恥ずかしい思いをしたが、何事もなかったかのようにその場からスクッと立ち上がり別の場所へ移動しながら撮影を続けた。派手に転んだ割には何処も怪我した様子もなく、膝の辺りに少しの痛みが残った程度。血液サラサラの薬を服用しているため酷い内出血を起こすかと思ったがそれもなかった。
 風景や夜景を撮る時は転倒する事は殆どないのだけれど、一番気を付けなければ行けないのは三脚にカメラを固定した状態で撮影場所を移動する時だ。夜景の場合、周りの街灯などがあれば足元さえしっかり見て歩けば転ぶような事態に遭遇しないのだが、真っ暗な場所や階段昇降時は最も注意が必要となる。数年前、階段を降りる時に滑ってしまい全治2ヶ月の大怪我を負った時は激痛で歩く事もままならない状態だった。その怪我の傷跡が今も右足に残っている。右足の脛の部分が一皮剥けてしまい火傷を負った時のようになり、怪我をする前の状態にはもう戻ってくれないようだ。カメラも勿論大切だが自分の身体を労る事を忘れてはいけない。自分が動けなくなったら大好きな撮影も出来なくなってしまう。カメラは壊れたらまた買えばよいが、命は買い替える事は出来ないのだから大切にしましょうね。

2026年賀状 縁起の良い馬のイラスト

神田明神、夜の初詣参拝列

神田明神の夜景、赤と緑の建物

神田明神の夜景:初詣の参拝者

神田明神の提灯と参拝客

神田明神の提灯と夜景

 

 

 皆様、新年明けましておめでとうございます。今年一年が皆様にとって穏やかでより良い年になりますよう心よりお祈り申し上げます。そしてまたスローなマイペース更新の当ブログにお付き合い頂き誠に感謝の極みです。本年もこののんびりブログと私をどうぞ宜しくお願い致します。
 さて、昨年一年を顧みれば歯のトラブルはあったものの、ブログでもお知らせした通り2024年4月に心不全による緊急入院を最後にしてそれ以降は0と言う私にとってみれば奇跡のような1年であった。自分の入院履歴を過去に遡り振り返ってみると今から18年前の2008年1月が記憶に残っている。この時の診療科は心臓血管外科であった。三尖弁逆流の手術についての可能性を調べる検査入院だった。この入院が切っ掛けで循環器内科へとバトンタッチ。カテーテル検査などもあったため、2週間ほどの入院になったとおぼろげながら記憶しいている。三尖弁に対するオペは可能ではあるものの、成功率は五分五分でしかも術後の生存率があまり芳しくないとの事。
 そんな絶望に近い状況だったため手術は諦め、もう暫く薬の投与で経過観察と判断した。そして2008年6月、あの『秋葉原通り魔事件』のあった日、不安定狭心症(心筋梗塞一歩手前)で緊急入院し、循環器内科にてカテーテル治療を行い右冠動脈にステントを挿入した。服用の薬が一気に増えたのはこの頃からである。それ以降は毎年、心不全による入院を繰り返して来た。
 最も酷かったのは2013年1月~5月の間だった。正月明けの1月4日の深夜に脳梗塞を発症し、右半身が完全麻痺…。この時の恐怖は心停止の時に匹敵するほどだった。声も上げられず自由になるのは左の手足のみ。ベッドから転げ落ち多分1時間ほど床でのた打ち回っていたと思う。その時に咄嗟に右腕がクッションになり頭を床に打ち付ける事はなかったが、右腕は内出血で大きく腫れ上がっていたが麻痺しているため痛みは全く感じなかった。左腕だけでベッドに戻りそのまま気を失ってしまった。ところが、翌朝、眼が覚め右腕に感触が戻り始めていたのである。慌てて携帯を手に取り119をプッシュするも、このプッシュが上手く出来ず15分くらい掛かってしまった。
 三井記念病院の救急外来へ搬送されたのは脳梗塞発症後12時間経ってからだった。病院に到着した時は半身麻痺は収まっており、言葉も自由に話せるようになっていたため一過性脳虚血発作と診断されたが、後に詳しく検査をした結果、最も重篤な『心原性脳梗塞』である事が分かった。後遺症もなく、短期間で普通の身体に戻っていたため、入院10日で早々の退院となった。病院の皆さんからは「運が良かった」「強運の持ち主」「悪運が強い」などの言葉を頂いた。
 万事休すから一転、起死回生を果たし意気揚々と病院に別れを告げたものの、同年2月、心不全で救急搬送、そして3,4、5月と連続で緊急入院の繰り返し。ほぼ一年の半分を病院のベッドで過ごすに至った。幼少の頃から心臓が悪く途方もなく長い闘病生活を続けて来て、自分はそんなに長く生きられないだろうと思っていたのだが…。幾度となく命の危機に直面するも持ち前の運の良さで切り抜けて来た。だが、運だけではないように思う。眼には見えない神秘的な何かに守られているのかも知れない。
 1300年の歴史を持つ江戸の総鎮守である神田明神(神田神社)。スピリチュアルなパワースポットとしても人気が高く正月の初詣には約30万人以上の人々が参拝に訪れると言う。この日、私は目立たぬように撮影の合間を縫って神社の片隅で深く頭を垂れ、2026年も命の灯火が消えぬようにと祈願した。

 

ピンクのコスモスと葉の幻想的な雰囲気

ピンクのコスモスと緑の葉

コスモスと緑の葉の幻想的な写真

コスモスと幻想的な緑の背景

ピンクの秋桜と緑の葉、幻想的な背景

女性とコスモスのポートレート写真

 

 

 いよいよ今年も残すところ半月あまりとなった。この一年を振り返って思うのは『心不全で入院』が一度もなかった事が最も喜ばしい事である。入院中のベッド上で徐脈による心停止で全館に『コード・ブルー』のアナウンスが流れ危機的状況であったが、辛くも死の淵から復活!。ペースメーカー植え込み等でバタバタした時期もあったけれど、今、こうして撮影ライフを愉しむ事が出来ている。これも3年前の10月に行った『三尖弁形成術』大成功のお陰であり、執刀医並びに心臓血管外科のチームと循環器内科の医師、看護師さん達、三井記念病院の全スタッフさんに改めて感謝の意を示したいと思う。
 心臓疾患が治癒した訳ではないけれど、寿命を延ばして頂けた事は言葉で尽くせぬほど有り難い事である。現在、最も危惧しているのは心臓より寧ろ腎機能である。現時点のeGFR値は19.7とギリギリ透析を回避出来ているものの、検査の度に結果を見るのが怖いくらいである。因みに心不全の指標であるBNP値は1056とかなり高めだが私とすれば許容範囲である。多分2000を超えたら入院になるだろうから、そうならないよう日々の食生活などに気を配っている。それなのに東京タワーの撮影はかなり無茶をしてしっまったと反省している。
 さて、今回のコスモスは先に投稿した『秋桜アラカルト』の続編。最初のコスモス撮影から2週間ほど経って再び浜離宮恩賜庭園へ出掛けた。使用したレンズは前回と同じタムロン70-300mmだが、今回はブラックミストフィルターを装着して撮影。ノーマルで撮影するよりも全体的にソフトで柔らかい印象を与え、幻想的な雰囲気を醸し出してくれる。因みに前回の時はクロスフィルターを使用している。
 ピンク色の秋桜はネモフィラほどではないが、かなり低い地面に近い位置で咲いているため、花にピントを合わせる時、自分もその場に胡座をかいてしゃがみ込んでの撮影だった。周りには大勢の観光客たちが花の撮影に勤しんでいたが、私のような撮り方をしている人は一人もいなかった。その場から立ち上がる時にバランスを崩し、後ろにひっくり返って尻もちを着いてしまったが怪我をせずに済んで助かった。
 そうやって場所を移動しながら撮っていると、20代前半と思われる二人の女性に声を掛けられた。「あのぅ、済みません写真撮って頂けますか?」と、私にカメラを差し出した。良く見るとなんとNikonだった。「あ!同じNikonだね」と言いつつ型番を見るとZ50。手に持ってみてその余りの軽さに驚いた。装着されていたレンズはZ40mm、「このレンズ僕も持ってるよ」と嬉しくなって会話が弾む。私のカメラを女性たちに一旦預けると「うわ!重い…」と驚きの表情を見せた。多分、自分たちのカメラより2倍はあると思っただろう。そして数枚撮ってあげて笑顔で別れた。
 前回、和服美人の後ろ姿のphotoをアップしたが、今回は外国の美人さんの横の姿。ショートの髪がよく似合う格好良くて素敵な女性である。今年はポートレートを撮る機会が結構増えて、自分の写真の選択肢が広がってとても良かったと思っている。来年もこの調子で出会いが増えて欲しいものである。

星条旗カラーにライトアップされた東京タワー

星条旗カラーの東京タワー、夜景と緑

星条旗カラーの東京タワーと木々

星条旗カラーの東京タワーと木々

 

 

 トランプ大統領訪日を歓迎するとして10月27,28日の両日の夜間に東京タワー、都庁、スカイツリーが赤、青、白の星条旗カラーでライトアップされた。私はこのニュースを28日の循環器内科外来の待合室で知った。診察の予約時間が午前9時だった。36年の間通院して来たがこんな早くの予約は初めての事だった。その時間に間に合わせるには最も混雑している通勤時間帯に電車に乗らなければならないため、それをどうしも避けたくて午前6時に起床、と言っても起きれない事が分かっていたので一睡もせず、そのまま朝を迎えた。午前7時の電車に乗り秋葉原へ。病院には8時に着いた。受付の方へ歩いて行くと警備員に呼び止められ「受付は8時30分からです」とそれ以上先に進む事が出来なかった。
 ロビーで時間を潰した後に受付を済ませ循環器外来のある2階へ行くも患者は私だけであった。椅子に座っていると看護師が声を掛けて来た。「神戸さんですよね、採血とレントゲンの検査を受けて来て下さい」。ずっと疑問に思っていたが9時予約ではレントゲンは兎も角、採血の結果が出るのに早くても1時間は必要となるはず。それでも10時頃には呼ばれるだろうと思っていたが、待てど暮せどお呼びが掛からない…。10時を過ぎ私の後から来た患者さんたちが次々と呼ばれ診察室に消えて行く。
 待たされるのは慣れっこだったので暇つぶしにスマホでニュースを検索していると眼に飛び込んで来たのが星条旗カラーのライトアップだった。27,28日限定だったので「今日しかないじゃん!」と思い、早く診察を終わらせてなんとしても『星条旗カラーの東京タワーを撮る!!!』で頭が一杯になってしまった。自分が徹夜して一睡もしていな事などすっかり忘れていた。ようやく診察のお呼びが掛かったのはお昼の12時少し前だった。約4時間待たされた事になる…。こんなに長く待ったのは生まれて初めての事だったが、起こる気にもなれなかった。診察自体は10分も掛からず終了。急いで病院を後にし帰路に着いた。ライトアップされる夕暮れまでには東京タワーに辿り着かなくてはの思いで一杯だった。自宅に14時半頃に着いたが、休む暇もなくカメラ、レンズ、三脚をバッグに詰め込み「いざ出陣」の準備。撮影場所の下調べや確保など色々と撮影以外にやる事があるため、出来るだけ早い時間(明るい内)に現地に着きたかったので、15時半頃に自宅を出て芝公園駅を目指した。
 現地に着くとかなりの観光客(殆どが外国人)が集まっており、ライトアップのその時間を待っているようだった。夕闇が近づくに連れ人の数は更に増えて行った。いつでも直ぐにシャッターを切れるよう場所を確保し、三脚にカメラを設置。取り敢えず試し撮りで何枚か撮り、本番に備えた。そして時計が18時半を回るとその瞬間、「キラキラキラ」とライトアップが始まった。投稿した4枚のphotoであるがどれも同じ様に見えるかも知れない。だが、4枚の内2枚はレンズにフィルターを装着している。使用したフィルターは「クロスフィルター」と「ブラックミスト」。東京タワーの光っている部分がそれぞれで違う表情をしているのがお分かり頂けると思う。
 東京タワーと言えばやはり思い出すのが2023年7月の時、あの時、徐脈発作で意識を失いそうになりながら撮った東京タワーはまさに命がけだった。まさか自分が徐脈で心臓が止まり掛けているなんて予想だにしていなかったからあんな無茶が出来たのだろう。まさに「知らぬが仏」であった。もし撮影中に心停止していたら今の私はあの時が最期だったかも知れない。それを思うとつくづく『運のいい奴』である。ペースメーカー植え込みから2年が過ぎ、今年は一度も心不全で入院していない。この調子をこのまま維持し、今年を無事に乗り越えたいと思っている。