雪灯りに照らされて。 | プールサイドの人魚姫

プールサイドの人魚姫

うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。

 

 

 私が子ども時代を過ごした故郷の静岡県藤枝市は温暖な気候に恵まれている事もあり、雪は滅多に降らない。降ったとしても積もる様な事は先ずない。私の幼い記憶の何処を探しても雪の姿は見当たらない。その代わり冬になると天候に関係なく富士山に積もった雪が風に運ばれてヒラヒラと舞い落ちて来る。それを『風花』と呼んでいた。それがまるで白い天使の羽根の様に見えて風花の舞う日は嬉しくて外ではしゃいだものである。
 上京して最初に迎えたある冬の日、目覚めて窓の外を見ると辺り一面が白銀の世界だった。「東京ってこんなに雪が降るんだ…」と驚きつつ東京の冬の寒さを思い知らされる一日となった。冬でもコートが要らないほど温かい静岡で育った私にはこの時の身も凍り付くような冬を経験するのは初めての事で、すっかり風邪を引いてしまい何日も仕事を休んでしまった事を覚えており、西大井の木造アパートは隙間だらけで厳しい越冬となった。
 2月5日の東京は午後から降り始めた雪が夜になって激しさを増し、都内全域に大雪警報が発令された。交通網が発達した都会の利便性は何処へ行くにも申し分ないのだが、自然の猛威には相変わらず脆弱である。この日、私は大きなミスを犯してしまった。夕刻になって薬が切れている事に気付いたのである…。窓を開けると外は真っ白で雪が降り積もっている。薬局は午後19時で閉店なので慌てて外へ飛び出した。雪を撮りたいと言う衝動に駆られ、右手にカメラを携えツルツル滑る階段を用心深く下り駅の近くにある薬局へと向かった。
 時計を見ると19時まで残り15分しかなく、かなり焦りつつ急ぎ足で歩を進めた。雪に足を捕られ歩きにくくかなり呼吸も荒くなり参ったが、何としても今日の内に薬をと言う気持ちで全力を出し切って歩いた。閉店3分前で滑り込みセーフ!帰りにダイエーで一週間分の食料を買い込んだためバッグはパンパンに膨れ上がった。多分重量は10キロはあったと思う。ダイエーを出た時が最も雪が激しかった。帰路の途を撮影しながらゆっくり歩いた。傘は持っていたが撮影に邪魔になるので畳んでバックへ。頭が雪で濡れるとまずいのでダウンジャケットのフードを被った。
 シャッタースピードを早くすれば止まった雪が写せ玉ボケの幻想的な雪景色が撮れる事は知っていたが、気温0℃以下の元で手指は凍り付き指の感覚が全く無くなってしまい、シャッターボタンを押す事もままならない状況で、カメラの細かい設定が出来る状態ではなかった。心身ともに冷え切って冷凍庫の中にいるような感覚だったが、雪の風景を撮ると言う目的が凍て付く寒さを上回っており、疲労感は殆ど感じなかった。
 家に着くなり冷え切った身体を温めようと熱々のシャワーを浴びて漸く生き返った。真夏の暑い時にキンキンに冷えたビールを飲むその逆パターンである。東京タワーの記事でもう無茶な撮影はしないと約束したが、それをいとも容易く破ってしまった。寒さは心臓の大敵である事は重々承知していたのだが(反省)…。