大都会の中心で迷子になる。 | プールサイドの人魚姫

プールサイドの人魚姫

うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。

 

 

 私はかなりの方向音痴である。花音痴も相変わらずで困ったものであるが、地下鉄を降りて地上に出た時、自分が何処にいるのか分からなくなるのでスマフォのGoogleマップを頼りにし、現在地と目的地を把握する。方向音痴はどうすれば直るのだろうか?方向が分からないからと言って特別困った事がないので野放しにしているのだが、これはもしかして認知機能に問題があるのかも知れない。
 この日は日比谷公園へ撮影に行く途中で、都営三田線の日比谷駅で下車し、いつもなら真っ直ぐ地下道を進み日比谷公園の出口に向かうのだが、地上までの長い階段を見ると心臓の悪い私にはため息しか出ず激しい息切れを我慢しつつ上るのが嫌でエレベーターのある出口を探すために別の出口に進んだが、地上に出た途端「え!?此処は何処??」の迷子状態になってしまった。周りは高層ビルだらけでいつもの出口の風景とは全く違っていたため、少しばかりパニックになってしまったのだけれど、大都会ならではのビル群と青い夕空を見上げて、すかさずバックからカメラを取り出しパシャパシャとシャッターを切った。
 覆い被さるように迫って来る青白い空と雲に圧倒され、高層ビル群が今にも白い雲に呑み込まれるのではと想像させる迫力に自分の居場所はどこ吹く風となり、撮影に夢中になった。これがもし沈み行く太陽の陽射しが当たっていたらどんなにか美しい夕陽の空を眺める事が出来ただろうと少し残念な想いを残しつつ、目的地の日比谷公園へ向かった。
 風景写真を撮る時、夜景に限らず雲の存在はとても重要である。特に夏場のモクモクと空に拡がる積乱雲が好きである。だから風景を撮る予定の時は自宅のパソコンでスカイツリーやお台場などあらゆる都内のライブカメラを確認し、空模様を眺めてから出掛けるようにしている。然し、自然は生き物だから刻一刻と変化するため現地に着いた時、希望した空模様に出会えるとは限らない。希望にそぐわなかった時はあっさり諦め、何も撮らず帰宅するのだが、そんな願いの叶わなかった時の足取りは重く疲れもひとしおではあるが、次の機会を愉しみにしてレンズを磨いたりしてその日が終わる。