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私は、器のように定まった形に捉われず、無形で自由な方向性をもって、人生を歩みたいと考えます

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2017年9月2日 荒川河川敷・木根川橋下手にて

関東大震災直後に起きた日本人暴徒による朝鮮人虐殺の事件については以前から関心を持っていたのですが、いままでなかなか被害者遺族の話を聞いたり、事件の起きた現場に訪れる機会に恵まれませんでした。

このたび、期せずしてネットの告知で知り仕事休みに都合をあわせて追悼式を訪れることができました。

 

16時からの追悼式に合わせて八広駅に向かう電車に乗り途中、乗換駅で電車を待っているとホームの人ごみから見覚えのある顔が。。。かめよんさんというイベント撮影を趣味にしている路上カメラマンを発見したので挨拶がてらに声をかけると、ちょうど彼も同じ場所に撮影に行くというので一緒について行きました。

 

駅に着いてから河川敷に向かう途中、犠牲者の追悼碑に立ち寄りたかった私は追悼碑の方にひとりで向かうことに。他にも私と同じく式参列者と思われる方々が数人、碑の周りに集まっていたので私は順番を待ってひとりで追悼の祈りをささげたのでした。なにぶん、この場所には初めての参加でしたので先ずは義理を示すと言う意味でも碑への追悼を先にしたかったという気持ちもありました。後から気づいたのですが、碑の隣に家があってそこは『一般社団法人 ほうせんか』の事務所なのでした。

 

さて、河川敷の仮設テントが張られた会場にはすでに大勢の参加者たちが集まり、主催者側からのあいさつが始まっている最中でした。

そして、追悼の歌を矢野敏弘さんと、パギやん こと趙 博さんが歌い参加者たちと共感を盛り上げました。ホームページ

犠牲者の遺族と言う男性が紹介され、その方が自分の祖父が震災直後の日本でどのような仕打ちを受けたか孫に語って聞かせたことなど話されました。当日のパンフレットにも転載されていますが、朝鮮に関する研究資料第九集『関東大震災における朝鮮人虐殺の真相と実態』で生存者の証言として記されているものです。1923年の震災後に虐殺された朝鮮人813名が関東各地で自警団や被災者を含む日本人の暴挙によってリンチ・殺害されました。このおぞましい出来事を記した証言者の記録を読むだけで胸糞悪くなります。近年では、2001年9月11日にアメリカで起きた大規模テロの後に「テロとの戦争」と称して、アフガニスタンのタリバン政権を壊滅させ、その後のイラク戦争で泥沼の戦争にのめり込むまでアメリカは何の罪もない一般の人々まで殺し続けました。

恐怖が人間を狂気に駆る立てる悲劇は、世界中で今も続いています。

私たちは、他人に対する自分の劣等感や恐怖心が差別を生み出し暴力にまで発展する心の弱さを克服しなければ、いつまで経っても過ちを繰り返してしまうでしょう。

 

 

【プンムル】或いは、プンムルックともいわれるこの舞踊は、韓国では一般的に民衆の踊り「農民の踊り」とされ、正月や収穫祭、冠婚葬祭の席に催されるもので、宮廷の舞踊とは区別されているとか。しかし、私はこのプンムルのように躍動感のある音楽とステップが好きですね。

 

 

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