PAGES D'ECRITURE

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フランス語の勉強のために、フランスの雑誌 Le Nouvel Observateur や新聞の記事を日本語に訳して掲載していました。たまには、フランス語の記事と関係ないことも書きます。

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久しぶりに更新させていただきます。

COVID-19 に関する某国家の場当たり的で矛盾した対応に巻き込まれ、意味もなく必要もなかった休業と減収を余儀なくされたなどという経緯は省略します。

そうこうしているうちに、某65歳児が病気を口実に、実際には司法による捜査を免れるために、政権を投げ出したくせに、先制攻撃がどうとか言い出していることにも、今はコメントしません。

アメリカ合衆国が日本に対して、3回目の原子爆弾投下を計画していたという記事が、一部で出ています。(日本の大手マスコミで報道されているかどうか知りませんが)。

私が読んでいる週刊誌にも出ていましたので、紹介しておきます。


週刊誌 L'Obs (旧 Le Nouvel Observateur)の2020年8月6日(通巻2910)に掲載された Les derniers secrets d’Hiroshima  (ヒロシマ最後の秘密)という記事です。

最終段落付近に間違いがあり、例えば長崎原爆の日が8月13日になっていたりするのが気になるところです。



Hiroshima01 Hiroshima02


ARCHIVES

Les derniers secrets d’Hiroshima  

Il y a soixante-quinzeans, la première bombe atomique était larguée, faisant plusieurs centaines demilliers de victimes. L’ouverture récente d’archives américaines et japonaisesapporte de nouvelles révélations


Par VINCENT JAUVERT

(75年前、数十万人の犠牲者を出した、最初の原子爆弾が投下された。最近の日米の公文書の公開により、新事実が明らかとなった


アメリカ合衆国大統領に宛てた「トップシークレット」の電報はちょうど75年前、1945年8月6日の日付である。レズリー・グローヴス将軍はその中で、今朝監督した歴史上初めての原爆投下について描写している。「最初に火の玉があった、それは数秒で紫の雲と空に向かって渦を巻く炎に変わった」と、その光景にさらに魅了されながら、語っている。「その後、街全体が暗い灰色の塵の層で覆われた。」 現在は機密解除されたメッセージの中で広島を破壊した作戦は「完全な成功」であると自慢している。

 同じく1945年8月6日、「リトルボーイ」(濃縮ウラン爆弾のニックネーム)によって引き起こされた損傷の評価を担当した日本の将校も上司に報告書を書いている。これもまた少し前に公開された親書の口調は明らかにまったく異なる。「特別なタイプの爆弾が今朝、広島市中心部の上空に、3機または4機の飛行編隊によって投下された(爆弾がパラシュートに取り付けられていたと主張する者もいる)」、見るからに怯えそのニッポン軍人は報告する。「閃光は一瞬だった。3キロメートルまでに位置した人々の身体の露出部を燃やした。その衝撃は想像力を超えており、実質的に市内のすべての家屋を破壊した。犠牲者は10万人と推定される。」

 なぜ、帝国の無名の中都市である広島が最初の原子爆撃の標的に選ばれたのか? 日本が降伏を受け入れるために、本当に二番目の都市、長崎を破壊しなければならなかったのだろうか? トルーマン大統領は何よりもまずスターリンに強い印象を与えたかったのだろうか? 第二次世界大戦の終わり以来、同じ疑問が歴史家と生存者の心を苛む。ワシントン、次いで東京での公文書の開示により、答えがより明確になった。コードネームがマジックだった作戦によって、アメリカの情報部が大戦中にずっと傍受していた、日本の秘密通信の最近の公表と、1945年の夏に天皇裕仁を囲む会議の議事録の翻訳により、ついに、広島の最後の秘密のベールを取り払うことができる。


    LE JAPON CIBLÉ, JAMAISL’ALLEMAGNE

      (標的は決してドイツではなく、日本)


しかし一週間後、スティムソンその人がトルーマン大統領に、核兵器のせいで「アメリカの評判が残虐性においてヒトラーのそれを凌駕しかねない」という恐れを打ち明ける。陸軍のトップであるマーシャル将軍、2年後に有名なヨーロッパ経済救済計画の「父」となるまさにその人は、全く同じ悪夢を見ていた。彼は「このような武力の無分別な使用によって引き起こされるであろう汚名」を恐れたと述べている。彼らは、日本の至宝中の至宝である京都をリストから削除するに至る。したがって、広島が一番の標的となる。

 そしてもし原子爆弾が全く使用されなかったら?全世界的な恥辱を避けるために、核兵器について最初から活動していた科学者のグループは、ホワイトハウスのトップに日本を攻撃することを断念するように求めている。彼らは、「連合国の代表者の前で」、「砂漠または無人島で」最初の爆弾を爆発させることを提案する。他の研究者たちは、物理学者ロバート・オッペンハイマーその人にように、兵器の即時の「国際化」、解放されたばかりのフランスを含む同盟国との知識の共有を検討している... 海軍長官ラルフ・バードも、アメリカが「偉大な人道国家」としての地位を維持するために、日本に対して極めて明確な「警告」を発することを提案している。

 しかし、これら多かれ少なかれ平和主義的な考えは、日本帝国に対して、それもできるだけ早く勝利しなければならない汚い戦争を抱えているホワイトハウスに訴えかけることは殆どなかった。1945年の夏の初め、アジア戦線の見通しはまだ暗いままである。6月18日、トルーマン大統領は、最終的に支配権を獲得することを目標に日本を侵略する計画を考案するために、軍の参謀本部を招集する。上陸日が決められた。1945年11月1日である。その日、766,000人のGIが列島の南にある九州の島に押し寄せるはずである。作戦中に予想される死者数はおよそ31,000人であり、上陸が行われる場合、米軍が東京に向かって前進する間に死亡する危険を冒すであろう非常に多くの犠牲者をこれに加える必要があろう。

 結局何人になるのか?文書には数字は全く記載されていない。列島への上陸によってアメリカ側で生じたであろう死者数に関するいくつかの推定がなされたのは、戦後になってからだった。その推計は、数十万から百万以上までの幅がある。回顧録でハリー・トルーマンは、日本が8月15日に降伏したために、核兵器のおかげで免れた米兵は25万人と語っている。本当であれ間違いであれ、この25万人という数字は、女性と子供を含む2つの都市のほぼ完全な破壊を正当化し得るだろうか?日本は無条件に武器を捨てる寸前ではなかったか?この論争について歴史家の意見は長い間、二分されてきた。


    UN PLAN D’INVASION DU JAPON

     (日本侵攻計画)


しかし一週間後、スティムソンその人がトルーマン大統領に、核兵器のせいで「アメリカの評判が残虐性においてヒトラーのそれを凌駕しかねない」という恐れを打ち明ける。陸軍のトップであるマーシャル将軍、2年後に有名なヨーロッパ経済救済計画の「父」となるまさにその人は、全く同じ悪夢を見ていた。彼は「このような武力の無分別な使用によって引き起こされるであろう汚名」を恐れたと述べている。彼らは、日本の至宝中の至宝である京都をリストから削除するに至る。したがって、広島が一番の標的となる。

 そしてもし原子爆弾が全く使用されなかったら?全世界的な恥辱を避けるために、核兵器について最初から活動していた科学者のグループは、ホワイトハウスのトップに日本を攻撃することを断念するように求めている。彼らは、「連合国の代表者の前で」、「砂漠または無人島で」最初の爆弾を爆発させることを提案する。他の研究者たちは、物理学者ロバート・オッペンハイマーその人にように、兵器の即時の「国際化」、解放されたばかりのフランスを含む同盟国との知識の共有を検討している... 海軍長官ラルフ・バードも、アメリカが「偉大な人道国家」としての地位を維持するために、日本に対して極めて明確な「警告」を発することを提案している。

 しかし、これら多かれ少なかれ平和主義的な考えは、日本帝国に対して、それもできるだけ早く勝利しなければならない汚い戦争を抱えているホワイトハウスに訴えかけることは殆どなかった。1945年の夏の初め、アジア戦線の見通しはまだ暗いままである。6月18日、トルーマン大統領は、最終的に支配権を獲得することを目標に日本を侵略する計画を考案するために、軍の参謀本部を招集する。上陸日が決められた。1945年11月1日である。その日、766,000人のGIが列島の南にある九州の島に押し寄せるはずである。作戦中に予想される死者数はおよそ31,000人であり、上陸が行われる場合、米軍が東京に向かって前進する間に死亡する危険を冒すであろう非常に多くの犠牲者をこれに加える必要があろう。

 結局何人になるのか?文書には数字は全く記載されていない。列島への上陸によってアメリカ側で生じたであろう死者数に関するいくつかの推定がなされたのは、戦後になってからだった。その推計は、数十万から百万以上までの幅がある。回顧録でハリー・トルーマンは、日本が8月15日に降伏したために、核兵器のおかげで免れた米兵は25万人と語っている。本当であれ間違いであれ、この25万人という数字は、女性と子供を含む2つの都市のほぼ完全な破壊を正当化し得るだろうか?日本は無条件に武器を捨てる寸前ではなかったか?この論争について歴史家の意見は長い間、二分されてきた。


    LE PROJET DE BOMBARDER TOKYO

     (東京を爆撃する計画)


マジックという名の通信傍受の機密解除と1945年8月に行われた皇居での議論の翻訳の後、論争は2000年代以降鎮静化した。日本の支配階級の大部分、特に軍部は、広島の後でさえ、いかなる名目でも降伏を望んでいなかったことが見いだされる。1945年7月26日、トルーマン大統領とチャーチル首相は、ドイツのポツダムでスターリンとともに会談し、日本が降伏を拒否した場合、どの兵器であるかを明記せずに、「迅速かつ完全な破壊」を実行するという最後通牒を日本に発する。日本の一部の高官はこの脅威を理解しており、最高の条件を得るために政府が直ちにそれを受け入れることを要望する。しかし皇居では、内閣の議論が長引いていた。モスクワに調停役を望んでいた駐モスクワ日本大使、佐藤(尚武)は激怒する。彼は東京での「政府と軍の先延ばし」について外務大臣に不満を述べている。引き延ばしが続けば、「日本全土が灰燼に帰す」と公言する。

 最後通牒の2週間後、広島は核の火の攻撃を蒙る。戦時内閣は皇居の防空壕で会合を開く。今回は、高官は降伏することに同意する。しかし彼らは条件を出す。天皇が日本の「最高指導者」であり続けなければならない、というものだ。日本列島占領軍の将来のトップとなるアメリカの将軍を国家元首にしようとしているワシントンは、拒否する。国務省はしかし、米国政府を満足させることができるかもしれない「最高指導者」の定義について、交渉の扉を半開きのままにしていた。マジックの通信傍受により、日本の指導者が降伏を拒否し、これらの会談の結果に関係なく戦闘を続けようとしていることが米国の指導者に明らかになるまで。実際、8月12日の極秘メモで、東京の司令部は国外のすべての部局に対して次のように発信している。「たとえそれが陸海軍の破壊を意味するとしても、帝国陸海軍は国体[編註:天皇に関する]を護持するための努力を継続する決意である。」

翌日、トルーマンは2番目の原子爆弾の投下を命じる。悪天候のため、「ファットマン」(プルトニウム装置のコードネーム)のために最初の標的として検討された小倉は免れた。1945年8月13日(原文のまま)に破壊し尽くされたのは港湾都市、長崎だった。その直後、天皇は再び御前会議を招集した。彼の軍の一部によって転覆されることを恐れたため、天皇は直ちにアメリカの最後通牒のすべての条件を受け入れ、初めての国営ラジオ放送での宣言によって国民に知らせることを決意する。その録音は8月15日に放送される。新たな破局を避けるために辛うじて間に合った。前日、トルーマンは全面降伏がなければ、3回目の原子爆撃投下を命令し、その標的は東京になることを決定していた。


L’OBS No 2910-06/08/2020

https://www.nouvelobs.com/monde/20200806.OBS31908/hiroshima-les-derniers-secrets-reveles-par-les-archives-americaines-et-japonaises.html


ほぼ同じ時期に、ナショナルジオグラフィック日本版のサイトにも、アメリかの東京への原爆投下計画に関する記事が出ていました。


米国は第3の原爆投下を計画していた

1945年の夏、米国は広島、長崎に続く準備を着々と進めていた


(全文を読むには、ナショナルジオグラフィック日本版サイトへの会員登録が必要なようです)



前回の トマ・ピケティ『資本とイデオロギー』への反論(のようなもの) 続きのような記事を紹介します。

前回と同じく週刊誌 L'Obs 2019年10月31日(通巻2869)に掲載された、 

"Piketty sera au cœur des débats de la primaire démocrate" ({ピケティは民主党予備選の論争の中心になるだろう」) という記事です。



ROLAND LESCURE





"Piketty sera au cœur des débats de la primaire démocrate"

Pour le député LREM Roland Lescure, économiste, "Capital et Idéologie" est un livre qui répond surtout aux problèmes américains et conforte le modèle français


Propos recueillis par SOPHIE FAY et PASCAL RICHÉ


(経済学者でLREM選出の国民議会議員ロラン・レスキュールによれば、『資本とイデオロギー』は主にアメリカの問題に対応し、フランスのモデルを強化する本である。)

あなたはトマ・ピケティの新著を読まれました。海外のフランス人代表の議員に選出された北米に、あなたは非常に精通しています。税制に関する提案で急進的なこのエッセイは、米国ではどのように受け取られますか?
この本が優先的に出版されるべきだったのはアメリカです!トマ・ピケティはそれを英語で直接書いて、エリザベス・ウォーレン[編集部注:大統領選挙への民主党の指名候補]の顧問になるべきでした。フランスでは、彼が処方したことは今日のフランスのモデルから実際にそれほど遠くはないため、あまり有用ではありません。

どうしてそうなるのですか? ISFと資本の課税は削減されましたが、反対の主張をしています。
はい。ただし、フランスの相続税の限界税率は、直接相続人でない場合は60%、2000万ユーロを超える子供の場合は45%です。明らかに、限界率は非常に大きな遺産にのみ必要であり、平均率ははるかに低い(約5%)。もちろん、ピケティが主張する資本税の限界税率である90%ではありませんが、フランスのモデルはそれに近づいており、イギリスやドイツのそれよりもはるかに高いです。トーマス・ピケッティは、非常に政治的な立場で、フランスの処方者としての地位を確立することで、時間を無駄にしています。彼はNPR(National Public Radio)またはCNBC(Consumer News and Business Channel、情報チャネル)にアクセスするできでしょう。非常に大きな財産の相続財産に対する課税に関して、米国で行うべき真の教育的仕事があります。

この本は3月に英語に翻訳されます。 遅すぎますか?
いいえ、民主党予備選挙の中心にある退出のタイミングは素晴らしいです。 彼は議論の中心に立ち、おそらく影響力のある経済学者であるジョセフ・スティグリッツ、ポール・クルーグマンが読んでコメントし、彼は重要な聴衆を与えます。 いいです しかし、候補者がトーマス・ピケッティの推奨事項の半分さえ取った場合、トランプは彼がアメリカの夢を没収したいことを彼に告げることに注意してください。 エコノミストは、フランスでやっていることに近づくことを意味していても、彼の提案でより合理的であることによって、おそらく影響を得たでしょう。

あなたは、ピケティが推奨するように、資本ではなく相続に対する課税を擁護しています。なぜですか?
彼の本には富に対するダイナミックな見方が欠けています。金持ちを名指しして非難しても無駄であり、私たちは自問する必要があります。なぜ、どのようにして彼らは金持ちになるのか、と。富とイノベーションの間の関連を切り離すべきではありません。これはそもそも、米国での議論の中心でもあります。イノベーションを制限するリスクを冒しながら、今日、全面的に持続不可能な不平等の水準にある富を再分配すべきでしょうか?トランプはすでに立ち上がっています。彼にとって、豊かさはイノベーションです。だから彼は減税しました。民主党員の間では、見方は明らかに非常に異なっています。それは一部の億万長者によって支持されています。金融資本家のウォーレン・バフェット[編注:ブルームバーグのランキングで4番目の長者]は、彼の資産の98%を自分の子供ではなく財団に贈与しました。

フランスに関する総括で、トマ・ピケティは間違っているのですか?
彼はターゲットと間違えられています。なぜならフランスは、間違いなく彼が擁護する原則と最も相性の良い西側経済の一つだからです。そしてより一般的には、彼は課税水準について完全に見誤っています。彼は余りにも収奪的な限界税率を推奨しているために、資本主義の明るい側面、すなわちイノベーション、新しい技術を開発するインセンティブそして富の創造、を忘れてしまっています。暗い側面だけを見ているのです。

それでも彼を無視することはできません…
もちろん、これらの持続不可能な所得の不平等と地球に対する圧力にも同様に対処する必要がありますが、資本主義がおよそ10億の人々を貧困から解放したことを忘れるべきではありません。とりわけ、この本は生態学について非常にあっさりしています。彼は他の皆と同じ落とし穴に直面しています。現実というものに。これらの不平等と環境の問題に効果的に対処するには、多国籍レベルで多国間で取り組む必要があります。それは非常に困難ですが、啓発された世界の独裁は明日のためにはなりません。


ROLAND LESCURE (ロラン・レスキュール)

LREMの国民議会議員、52歳。国民議会の経済委員会の議長。 経済学者である彼は、カナダで2番目に大きい年金基金であるケベック貯蓄投資公庫のナンバー2だった。



https://www.nouvelobs.com/idees/20191102.OBS20596/piketty-est-moins-utile-en-france-qu-aux-etats-unis.html


Capital et idéologie (『資本とイデオロギー』)の英語版が2020年3月出版予定とすると、日本語版はさらに遅れて2020年後半になるかもしれません。その頃、この本は影響力を保っているでしょうか?その前に、この国では何よりもまず、アヘ政権が終焉していないと大変です。現時点で、あの政権の後始末の50年かかる恐れがあると考えられます。それが一日でも長く続けば、後始末に要する年数は長くなることでしょう。


Capital et idéologie/Seuil
¥4,938
Amazon.co.jp

年に数回しか更新できませんでしたが、今年の更新はこれが最後になります(多分)。

来年こそは良い年でありますように。



前回の ピケティの新著は影響力を持つか?  でお知らせしたように、Thomas Piketty の新著、『資本とイデオロギー』への反論のような記事を紹介します。

1回目(2回目があるかどうかは不明)は、経済学者のPhilippe Aghion (フィリップ・アギオン)氏によるものです。どちらかというとリベラル系の方のようです、もちろん、日米の「保守・リベラル」という意味での「リベラル」ではありませんので、相続税廃止に反対など、多少は社会的な面もあるようです。


週刊誌 L'Obs 2019年10月31日(通巻2869)に掲載された、 "Taxer les riches ne suffit pas." Aghion répond à Piketty ({富裕層に課税するだけでは十分でない」、アギオンがピケティに答える) という記事です。



PHILIPPE AGHION




"Taxer les riches ne suffit pas." Aghion répond à Piketty

Dans son dernier livre, Thomas Piketty propose de taxer jusqu'à 90% les très grosses fortunes. L'économiste Philippe Aghion nous explique pourquoi il y est opposé


Propos recueillis par SOPHIE FAY et PASCAL RICHÉ


(最新の本の中で、トマ・ピケティは最大90%の非常に大きな財産に課税することを提案する。エコノミストのフィリップ・アギオンは、それに反対する理由を説明する。)

『資本とイデオロギー』でトマ・ピケティは、経済にとって不平等は必要ないと考えています。 それらはイデオロギー的および政治的構築の結果であると。彼の視点に賛同しますか?
古いマルクス主義の基礎を保持してきた私にとって、不平等は政治的でイデオロギー的であるだけではありません。最終的には、経済的な力、「インフラストラクチャー」が決定的要因です。ブルジョアジーの役割を考慮せずに封建主義からボナパルティズムへの移行を説明するのは難しいでしょう。革命後の社会は一つの思想の結実ではなく、ブルジョアジーの出現の結果であり、その出現がシステムの変化をもたらしました。一方、イデオロギー的な言説は、新しい秩序を正当化するために、支配階級によって経験に基づいて展開されます。

ピケティによれば、戦闘的な勢力と知識人が結集しさえすれば、システムの根本的な変更が可能になるといいます。資本主義は「克服」できるかもしれない、と言っています…
私は社会主義への移行に長い間興味を持っていました。それからある日、父の友人で『ユマニテ』のモスクワ特派員であるピエール・クルタードが自宅で食事に来てこう言いました、「社会主義、なんて素晴らしいアイディアだ!それが上手く行っていないのが残念だ…」 だから私はその「克服」よりも、ミシェル・アグリエッタのような仕方で、資本主義に対する規制をより強く信頼しています。再分配と社会的流動性を信じています。ポリテクニックに労働者の子女が実質的に全くいないことに、私は憤りを覚えます。出生が子供の未来を前もって決定するという考えは、私を憤慨させます。しかし、私は成長、包摂的な成長を信じています。歴史家で経済学者のアンガス・マディソンが示したように、1820年まで、世界的なレベルでの成長はほとんどありませんでした。当時、ヨーロッパでは成長が出現しますが、中国では、そこで生み出されたあらゆる発明にもかかわらず、現れませんでした。何故か? ジョエル・モキルなどの歴史家は、アイデアの流通の自由、『百科全書』による知識の体系化、イノベーションに対する財産権、欧州諸国間の競争といった要因の組み合わせによってその理由を説明します。中国では、誰かが革新するやいなや、その力が自ら脅かすことを皇帝が恐れました。イノベーターは迫害されました。ヨーロッパでは、彼らはスウェーデン、スイス…などの隣国に行くことができました。.イノベーションは確かに富、不平等を生み出しますが、超過利潤は一般に一時的なものです。

しかし、これらの富は世代から世代へと伝達されます...
彼らは時々永久になることができます。しかしほとんどの場合、イノベーションは模倣され、競争にさらされ、他者に追い越されます。それが創造的破壊現象です。私の最近の研究によると、イノベーションが最も多い場所では、最も豊かな1%に向かう収入の割合は確かに大きくなります(これらはイノベーションのレントです)が、 より多くの社会的流動性(創造的破壊という事実により)もあります。 両方とも、全体的な不平等(Gini係数で測定される)が増加しないように相互に代償します。社会的流動性が大きければ大きいほど、全体的な不平等がは少なくなることが確認されています。

億万長者はイノベーションの副産物にすぎないため、放っておくべきだと結論付けますか?
全くそうではありません。まず第一に、アップルの創設者であるスティーブ・ジョブスと、メキシコの通信会社の社長であるカルロス・スリムの違いに気づく必要があります。一人目はイノベーターである一方、二人目は独占のおかげで億万長者になりました。しかしいずれにしても、蓄積された富が新しいイノベーターの参入を妨げる危険性があります。資本主義を規制する必要があるのは、それを防ぎ、流動性を確保するためです。

境界はそれほど明確ではありません。マーク・ザッカーバーグがFacebookを単純な優れたアイデアで開発したとき、自分のためのレントを作り出します...
シュンペーターの論理では、昨日のイノベーターは実際にしばしば、競争を妨げるために市場参入への障壁を置く、頑固な当事者、金利生活者になります。これはマーク・ザッカーバーグに関するもので、私は彼にそう言いました。どのように反応しますか?課税は確かに一定の役割を果たしますが、「何よりも、私はすべてを取ります」と言うことは、イノベーションと成長を殺すリスクを負うことです。それにもかかわらず、私は、特に相続に関して、より累進的な課税に賛成です。しかし、それだけでは十分ではありません。参入障壁を防ぐには、より積極的な競争政策が必要です。出現して自らを脅かす企業の全てを巨人が無制限に買収するままにしておくことは受け入れられません。これが、米国の成長の衰退を説明しています。最後に、公的活動が最も裕福な人々の影響によって歪められないように、政党の資金調達について非常に厳しい規則を導入しなければなりません。

20世紀には、富への課税が強くなり、億万長者が減り、イノベーションが少なくなり、成長がより活発になりました...
これは主に「追いつき」の、資本ストックの再構築と模倣の成長でした。21世紀、先進国の成長は主に技術的フロンティアの革新に基づいています。そして、これは一時的であってもレントを意味します。スカイプを発明したスウェーデン人が億万長者になったことは、他の革新者が市場に参入するのを妨げるためにお金を使わない限り、私を苛立たせません。私が執着するのは金持ちではなく、貧困を減らし社会的流動性を高める成長を可能にすることです。スカンジナビア諸国には、スカイプ氏のように非常に裕福な人々がいますが、システムをブロックする可能性はありません。これらの国々は、社会的流動性と高い成長を併せ持つ、世界で最も不平等でない国です。その場合、私はそこで行われていることすべての独善的な信者ではありません。とりわけスウェーデンでは、15年前から教育システムと健康システムが悪化してきています。

少数の手に資本がますます集中することはあなたにとって問題ではありませんか?
それによって他の人が頂点に到達するのが妨げられない限り、問題ではありません。

億万長者になれる見込みは本当にイノベーションの理由になるでしょうか? スタートアップのクリエイターは主に冒険に動機付けられていませんか?
ハーバード大学の経済学の素晴らしい教授であるステファニー・スタンチェワの業績を紹介します。イノベーションに対する課税の正味の効果を示しています。イノベーターは、ある時点で、別の国よりも多く取られる国にいると考えた場合、国を変えます。 悲しいかな、貪欲がなければ、イノベーションはほとんどないでしょう。

資本に対する重い課税は、それが世界的である場合にのみ機能するということですか?
いずれにせよ、一か国だけで適用された場合、機能しません。 スウェーデンでは、1990年以前の税制はイノベーターにとって非常に抑止的でした。1991年、スウェーデン人は、2年前にマクロンが行ったように、資本に対する課税を減らすことにより、税制を変更しました。これにより、イノベーションと成長が促進され、最終的には税収が増加しました。これにより、スウェーデンは福祉国家への資金提供を続けることができました。

彼らは相続税も廃止しました...
はい、しかし、私はそれには全面的に反対です。

特に米国で、すべての富において「上位1%」の重みが増大しているのは、資本主義の逸脱ではないのでしょうか?
米国では、特にGAFAM [Google、Apple、Facebook、Amazon、Microsoft、Ed]の事例を扱うための、適切な競争政策がありませんでした。民主党候補のエリザベス・ウォーレンは、この問題に取り組みたいと思っており、私はそのことを評価します。合併と買収を規制し、データの共有を義務づけ、当事者の制限のない資金調達を許可することを止め、ロビーを非常に厳格に規制し、合理的に累進的な課税を導入する必要があります...税だけでは「1%」が自らの市場の保護しシステムをブロックするのを止めさせることはできません。治療薬の組み合わせを必要とします。資本主義の規制に関するグローバルな政策です。


PHILIPPE AGHION  (フィリップ・アギオン)エコノミスト、コレージュ・ド・フランス教授。ハーバード大学とロンドン経済学部で教えている。その研究は、成長とその中でイノベーションが果たす役割に焦点を当てている。

L’OBS No 2869-31/10/2019

https://www.nouvelobs.com/idees/20191102.OBS20603/taxer-les-riches-ne-suffit-pas-philippe-aghion-repond-a-piketty.html






前回の トマ・ピケティ:『資本とイデオロギー』について  の続き、というか補足的な記事を引用します。


前回と同じく、週刊誌 L'Obs 2019年9月5日(通巻2861)に掲載された、 PRÊCHE-T-IL DANS LE DÉSERT ?  (彼は砂漠で説教するのか?) という記事です。







PRÊCHE-T-IL DANS LE DÉSERT ?

L’économiste a vendu 2,5 millions d’exemplaires de son essai "le Capital au XXIe siècle", mais ses idées peinent à convaincre les politiques. A commencer par Emmanuel Macron...



ÉRIC AESCHIMANN et PASCAL RICHÉ


(経済学者トマ・ピケティはエッセイ『21世紀の資本』を250万部売り上げたが、その思想は政治家を納得させるのに苦心する。エマニュエル・マクロンを始め…)


新ピケティは、2013年に出版された『21世紀の資本』のようにベストセラーになるだろうか? そして何より、今回は経済政策により大きな影響を与えるだろうか? 私たちは思い出す。世界中で250万部、そのうち中国で60万部、アングロサクソン諸国でも同じくらい売れた。アメリカのキャンパスとアジアでのロックスターのツアー。それは「ピケティマニア」であり、すべてが可能だった。 Occupy Wall Streetに刺激を与えながら、フランスのエコノミスト、ピケティはオバマの顧問によって迎え入れられ、ビル・ゲイツとSkype経由で会話した。しかし6年後、彼の提案が政治的決定に殆ど何の影響も与えなかったことを確認しなければならない。この新しい本で再び取り上げて洗練させている彼の主なアイデアは、国際レベルでISFを一般化することにより、資産に対する課税を導入することだ… そのアイディアは、アメリカ民主党の左派の内部でしか前進しなかった。フランスでは、ISFが忘れ去られてしまった。ぶっきらぼうに言えば、読者は多かったが、支持者はほとんどいなかった!

 しかし、エコノミストはいかなる思想の派閥とも仲違いしないように気を付ける。彼は確かに左の立場をとる(ブノワ・アモンを支持した)が、活動家として見られないようにあらゆることをする。「私の進め方は社会科学の研究者のものであり、政治集団間の解決不能な緊張を超えて、解決策について取り組むことだ」と、彼は繰り返す。そのために彼は「ピケティスタイル」を展開した。礼儀正しく、適度で、楽観的で、集まることを求めて、彼は悲劇にも大げさな非難にも陥らない。彼の不平等の物語は、3世紀にわたって続いてきたエリートを容赦しないが、皮肉という手段によってである。彼は痛烈であり、懐柔されないでいることができ(レジオンドヌール勲章を拒否した)、常に政治指導者への批判を正面から言うが、分裂を過大評価せず、誰とでも議論することを受け入れる、特にリベラルな経済学者と。それは反ブルデューだ。

 急進左派の側では、彼はあまりにも穏やかで、「soc-dem(社民)」であると見える。「ピケティのおかげで、21世紀の資本は安泰だ」と、超左翼称賛するエコノミスト、フレデリック・ロルドンは揶揄した。一方、正統派のマルクス主義者は、資本の世襲財産としての定義が甘ったるいと判断する。資本と労働の関係に内在する社会的暴力の役割をあいまいにすると。すべてを税金で解決することを提案して、ピケティは2世紀にわたる社会的闘争から逃れるのだという。

 右派も激しく批判した。 フランスでは、エッセイストのニコラ・バブレスは「郡庁のマルクス主義」を非難した。アングロサクソンのエコノミストはデータの誤りを指摘しましたが、論争は長く続いた。最も大雑把でかつ最も真剣な議論は、純粋でハードな資本主義の擁護者から来た。最貧者でも食べて生活するものを持つった瞬間から、不平等の拡大はどのような点で問題なのか?  彼らにとって、政治が社会正義を心配し始めるとすぐに、それは全体主義に陥る以外にない(すでに自由主義経済学者フリードリヒ・ハイエクの信念だったことだ)。ところが、このプロビジネスと反国家の考え方は、死んだというには程遠い。それは、ドナルド・トランプも、ブラジルのジャイル・ボルソナロをも導くものだ。言うまでもなく、ピケティは彼らのベッドサイドのテーブルにはいない…

 社会民主主義思想に近い経済学者の側では、ピケティの仕事は影響力があった。彼の診断は現在受け入れられており、不平等はもはや禁じられた主題ではない。そのことは喜ばざるを得ない。20年前だったら、この考えは一笑に付されていただろう。フランソワ・フュレからアラン・マンクまで、インテリ一派全体が、昨日はテロへ今日は経済の停滞へと導く、フランス人の「平等への情熱」を非難した。不平等は経済成長に有益でさえある、と示唆するものさえいる。この種の発言が通常、不平等の「右側」にある人々の口から出ていることに注意しておこう。

 そのような否定はもはや適切ではなく、不平等というテーマは避けられなくなっている。イギリスの疫学者リチャード・ウィルキンソンは、不平等が成長も社会的幸福も促進しないだけでなく、反対にそれが生み出すストレスが、最富裕層も含む社会全体を脆弱にすることを証明した。IMF、世界銀行、OECDでさえ、言うことを変えた。8月末には、G7が不平等との戦いを議題に加えたほどである。しかし、ピケティの著作は言及されておらず、彼が長年擁護してきた施策もどれ一つとして議論されなかった。

 「平等」という言葉が誰にとっても同じ意味を持つわけではない。ピケティがすべての人の間でう資本を分配すると言うとき、自由主義者は何かにつけて「機会の平等」(「起源の不平等、運命の不平等、誕生時の不平等」と、4月にマクロンは締め括った)を引き合いに出す。彼らは、時にその思想を歪曲しながら、ジョン・ロールズやアマルティア・センのような思想家にもたれかかる。誰もがスタートラインで「平等」でなければならず、メリットの競争が行われる! 再分配の問題をガス抜きするためのイデオロギーの素晴らしい策略である。

 政治家はピケティを全面的に無視した。「私はそれを読んでいない、それは重すぎる」と、『21世紀の資本』出版の際、いつもの巧妙さで財務大臣ミシェル・サパンは冷やかしていた。2015年1月に、経済学者ピケティが出席したベルシーで開催されたシンポジウムで、新任の経済大臣だったマクロンは、彼に向けての一歩を進めかけていた。「我々は失敗している、それはトマ・ピケティが築いた長期にわたる調査結果の残酷さだ。それは認めなければならない。」 しかし、元の性質は大急ぎで戻ってきた。大統領になったマクロンはあからさまに富裕層向きの政策を主導した。「最初のロープ」の理論、不動産だけに対する税によるISFの置き換え、資本所得に対するフラットタックス…
 
 ピケティは思想の力を信じている。彼によれば、我々が確信を勝ち取ると期待できるのは、経済的選択の原因と結果を説明することに時間をかけること、知識を共有すること、知識を民主化すること、専門分野をまとめることによってである。この一連の行動は、おそらく、彼が敵対者からも含めて受けている、幅広い経緯の理由である。しかし、彼らの意見を変えるという点で、少なくとも我々が言えること、それは勝ち得たわけではないということだ。 ベストセラーであってもなくても。

L’OBS No 2861-05/09/2019

https://www.nouvelobs.com/economie/20190905.OBS17982/thomas-piketty-preche-t-il-dans-le-desert.html


Capital et idéologie  (資本とイデオロギー)は、まだ日本語訳はおろか、英語版も出版されていません(来年3月という噂)。



Capital et idéologie/Seuil
¥4,938
Amazon.co.jp

なお、次回(があれば)は、前回のピケティの意見に対する異論または反論のような記事を紹介するかもしれません。次回があれば、ですが。


今年(2019年)8月か9月に、Thomas Piketty 氏の新著、« Capital et Idéologie »(『資本とイデオロギー』)が出版されました。
それを記念して、フランスの週刊誌 L'Obs (旧 Le Nouvel Observateur)で特集記事を組んだのは9月5日のことでした。それから3か月も経ってしまいましたが、この記事の一部を紹介したいと思います。
週刊誌 L'Obs 2019年9月5日(通巻2861)に掲載された、 THOMAS PIKETTY "IL EST TEMPS DE DÉPASSER LE CAPITALISME"  (トマ・ピケティ 「資本主義を乗り越える時だ」) という記事です。











THOMAS PIKETTY

"IL EST TEMPS DE DÉPASSER LE CAPITALISME"


C’est la nouvelle bombe de l’économiste au succès planétaire. Dans "Capital et Idéologie", Thomas Piketty retrace l’histoire mondiale des inégalités et nous livre son programme radical. Entretien exclusif


Propos recueillis par ÉRIC AESCHIMANN et PASCAL RICHÉ



(これは、世界的に成功した経済学者の新しい爆弾だ。 『資本とイデオロギー』でトマ・ピケティは不平等の世界史をたどり、我々に急進的なプログラムを提供する。 独占インタビュー)

キャピタル、シーズン2。2013年の『21世紀の資本』の世界的な成功の後、トマ・ピケティは9月12日、同じように野心的で膨大(1232ページ)な2番目の本を『資本とイデオロギー』(Seuil)というタイトルで出版した。長期にわたって不平等の形成を分析し、不平等は決して「自然」ではなく、それらが正当化される方法を分析する。社会組織が永遠に続くことはないことを示し、不平等を減らすことができ、資本が少数の手に集中するのをやめる新しい組織を構想することをためらうべきではないことを示す。彼の話を聞くと、財産が神聖化されるのを止めなければならないという。この本の最後の部分で彼は、(共同管理による)「社会的」および(富裕税と普遍的な資本寄付の結果として)「一時的な」所有権を促進する方法を提案している。左派に刺激を与える可能性の高い「新しい参加型社会主義」を描くもの。彼はそれを「Obs」のプレビューで説明する。

なぜ新しい分厚い本を、なぜ今なのですか?
『21世紀の資本』の出版以来、私は多くのことを学びました。あまり知らない国に招待され、研究者に会い、何百もの議論に参加しました... これらすべてのやり取りから、私の考察を更新する必要に迫られました。非常に簡潔に要約すると、『21世紀の資本』は、20世紀に2つの世界大戦によって19世紀から受け継がれた不平等の非常に急激な削減がもたらされたことを示しました。私は1980年代以降の不平等の不穏な再上昇を指摘しました。しかしこの本には2つの制限がありました。 1つ目は、極めて西洋中心的だったことです。この新しい本では、私は視線を広げています。「三元」社会(編集者注:貴族、聖職者、労働者の3階級から構成される社会)から所有権社会への移行を再考するだけでなく、私はまた、奴隷、植民地、共産主義、ポスト共産主義、社会民主主義社会、インド、ブラジル、中国、ロシア…における世襲的特権階級の事例を研究してます。2番目の限界は、不平等を支持するイデオロギーの問題に軽く触れるだけだったことです。それは私が開くことを決意したブラックボックスでした。これには多くのページが必要です。

この本は前の本よりも良いと思いますか?そうそう。進歩しました。1冊しか読めない場合は、こちらを読んでください!

大きなイデオロギー分岐を語る、この非常に長い歴史的迂回は今日、別の社会システムへの移行が可能であることを証明することを意図したものではありませんか? それはあまりにも非現実的ではないのですか?
私は多くの不平等な体制の物語を語り、そこから明らかになった結論は、支配的なイデオロギーは私たちが想像するよりもずっと脆弱だということです。不平等は政治的な構造であって、経済や技術の「自然な」産物ではありません。すべての社会は、不平等を説明し、それらがなぜ受け入れられるかを示し、社会集団の組織、財産、国境との関係、税制、教育制度を正当化するために、もっともらしい物語を長々と語る必要があります... この物語の新しい解釈を試みることは、現在のイデオロギーから距離を置くのに役立ちます。過去の不平等は必然的に不当かつ専制的であり、現在の不平等は必然的に能力主義的で、ダイナミックで、開かれているという印象がしばしば持たれます。私はそれを一言たりとも信じません。マクロンの「premiers de cordée(ザイル・パーティの先頭に立つ人々)」、トランプのjob creators、どれだけ多くのゼロがあっても富の祝福、これら全てはかつて蔓延していたのと同じくらい宗教的な言説です。

あなたはそのことを、不平等な財産の真の黄金時代である19世紀について提示しています。
フランス革命前の身分制社会は、明確に宗教的な原則に基づいていました。それらを引き継いだ「所有者の社会」は、同じ型の基盤を持ってはいませんが、財産は真の神聖化の対象です。これは、虚無という恐怖によるものです。所有者の権利に疑問を持ち始めたら、どこで止まるかわからないことを恐れるのです。パンドラの箱を開けるのを恐れて、私たちは、最も犯罪的なものも含めて、あらゆる財産の蓄積を正当化するに至ってしまいました。例えば、19世紀の間に、国家が奴隷制を廃止するとき、所有者に補償するように注意しますが、奴隷に対してではありません! そしてシャルル10世はハイチに、元奴隷所有者に「弁償」するための莫大な負債を押し付ています。反乱を起こしたこの島が20世紀半ばまで足環の鉄球のように引きずることになる借金です。

それにしてもなぜ、そこまで財産に熱狂したのでしょうか?
19世紀初頭、私たちはまだ革命前の王権の専制を念頭に置いていました。したがって、合理的な国家によって保護されている財産は、ブルジョアによって解放の権利、より開かれた世界の約束として経験されました...これは完全に間違っていたわけではなく、不平等のイデオロギー的正当化のどれをも悪魔化しないように、私はこの本で注意を払っています。正当化にはそれぞれに、真実の部分があり得ます。問題は、財産の神聖化に陥ったときに始まります。この神聖化は過去に莫大な損害をもたらしました。そして今日では少し忘れられたのではないかと、私は恐れます。ソビエト連邦の崩壊以来、所有権を再定義することにより、このパンドラの箱を開ける恐れを復活しました。まるで億万長者が私たちの救い主であるかのように、レーガニズムはいかなる富の集中をも正当化し始めました。しかし、私はこの虚無への恐怖は克服することができるし、しなければならないと確信しています。所有権について民主的に討論することは、複雑ですが、実現できます。歴史の教訓に基づいて、20世紀の不平等の縮小を思い出すことができます。レーガニズムは限界を示しました。成長は半分になり、不平等は倍になったのです。この財産の神聖化の段階から抜け出す時が来ました。資本主義を乗り越える時が。

あなたはそこに到達できる可能性についてとても楽観的に見えます。それでも、資本主義イデオロギーはすべてを乗り切るという印象を持っています... 
歴史は、不平等な体制の展開を予測することが不可能であることを示しています。スウェーデンの例を取り上げましょう。スウェーデンの社会モデルは、バイキングにまで遡るとされる非常に古い文化に基づいていると時に言われます。実際には長い間、極端に不平等な国でした。1911年までに実施されていた納税有権者制では、最大の資産家は1人あたり最大100票まで持つことができると規定されていました。この国を変えたのは政治的動員です。1910年にスウェーデンが社会民主主義になると予測した人がいたとしても、誰も真剣に受け止めなかったでしょう… だからこそ、私は現在のシステムが破壊できないとは思わないのです。危機の瞬間が戻ってきて、そのとき私たちは利用可能なアイデアと提案を探し出します…

2008年の危機の間にそれが起こらなかったのはなぜですか?システムは限界に来ていたように見え、すべてを変えると誓いあっていましたが?
私たちは1990年以降の段階から抜け出したばかりで、次の段階の準備に必要な知的作業はまだ行われていませんでした。今度は植民地主義の終わりに関連した、特に別の課題が浮上しただけになおさらです。一般階級を分断する排外主義的言説の台頭です。ポスト共産主義とポスト植民地時代のこれらの2つの試練は、普遍主義と社会主義思想の出現を抑えつけました。しかし、事態は動き始めています。米国では、バーニー・サンダースとエリザベス・ウォーレン候補と、民主党の若い議員たちが再分配のテーマを再び取り上げています。

財産の集中を防ぐために、あなたはいくつかの提案をしています。 最初の軸は、ドイツ流の、企業の「共同管理」に基づいて、私有財産を「社会的」財産に変換することです。
私たちの社会の真の争点は、権力のそれです。私的資金による経済的および政治的権力の獲得があります。本書で私は、破滅的な結果をもたらした超国家的なソビエト社会主義と対照的に、「参加型社会主義」の一つの形を概説しています。共同管理はこの可能性を提供します。ドイツと北欧諸国のみが1950年代にこの道をたどりましたが、イギリス労働党内とアメリカ民主党内で考察が行われ始めました。ドイツでは、従業員に大企業の取締役会の議決権の半分が付与されています。スウェーデンでは3分の1ですが、それは小さな企業にも適用されます。このようなシステムは、役員の報酬決定に関して他国よりも行き過ぎを少なくし、従業員の企業へのより良い投資を可能にしています。大株主の議決権に上限(たとえば10%)を設けることで、小株主がゲームに参加し、従業員との連合を形成できるようにすることを提案します。

基本的に、私有財産の終わりを計画していますか?
いいえ、これらの措置は会社の規模に応じて調整する必要があるためです。目標は、社会的で一時的な財産制を制定することにより、私有財産制を乗り超えることです。たとえば、誰かがレストランを創業するために自分の貯金をすべて使う場合、開店前日に雇った従業員よりも多くの投票権を持つのが普通です。合理的な規模の私有財産は正当であり、個々の主体が自分自身を表現できるようにします。しかし、権力の過剰で持続的な集中を避けなければなりません。 「一株=一票」の論理が優先しない多くの分野(大学、文化的企業、一部のメディアなど)が存在し、それは非常にうまくいっています。現実には、共存しなければならないいくつかの可能性のある財産制度があります。不可欠な手段である公共財産を含めて。パリ空港に関する住民投票の要求に署名しました。というのは、病院、大学、学校または他の公共サービスは国家によって管理されなければならないと考えるからです。

2番目の提案は、資産に対する累進的な課税を通じて「一時的な」財産制を導入することです。
忘れられがちですが、第一次世界大戦後にほとんどの先進国で導入された高所得に対する税率は、栄光の三十年の間に非常に高い水準に達していました。米国では90%まででしたが、成長を抑えるどころか、まったく逆です。したがって私は、累進的な財産税を導入することにより、このモデルを採用して拡張することを提案します。目的は、一定時間内に同じ人が所有できる財産の量を制限することです。これはすでに、20世紀に巨額の相続への課税の指針となった目標でした。1世代後、家族はその富の一部を自治体に返還する必要があります。しかし、これは、特に平均余命が延びているため、十分ではありません。30歳で1,000億を稼ぐとき、カードを切り直すために90歳になるまで待つ必要がありますか?財産は一生を通じて流通しなければなりません。

実際、ISFを復元することを提案しますか?
フランスでは固定資産税と財産税に代わるものであり、なおかつ金融資産にも適用される、年次的かつ累進的な資産課税を提案します。現在、フランスの平均資産は1人あたり約200,000ユーロです。あくまでも目安に過ぎませんが、私の見積もりでは、あなたの資産がこれを下回る場合、毎年0.1%を支払うことになります。これは現在の固定資産税よりも低額です。 税率は200万ユーロから5%に徐々に増加し、2億ユーロを超えると60%に、20億ユーロを超えると90%まで増加します。

そうすると起業家は会社の時価が上がった時に売却しなければならなくなります。これは…過激です。
しかし、ほとんどの起業家は億万長者ではありません!私が提案するシステムでは、少なくとも一定の期間は、数百万ユーロ、さらには数千万ユーロを保有できます。それに反して、数億または数十億ユーロを保有する人々は、従業員である可能性のある新しい株主と権力を分かち合うべきでしょう。そう、もはや億万長者はいなくなるでしょう。しかし、彼らの存在が一般的な利益のために必要であるなどと、どうしたら主張できますか? よく言われていることとは反対に、彼らが金持ちになったのは、公の知識、インフラ、研究所の実験室…といった、公共財のおかげです。億万長者の出現が成長を後押しすることを可能にしたなどという主張は実に単純に間違っています!一人当たりの国民所得の成長率は、1950年から1990年の間に米国で年間2.2%でしたが、1990年から2020年の間には1.1%に落ちました。これだけ野蛮なフェイクニュースに頼って、「ポピュリズム」を非難して時を過ごすことはできません。

すべての億万長者が株式を売って税金を支払うと、少なくとも最初の1年間は株式市場が破壊されます。
パリでは妄想的なとんでもなく上昇した不動産価格を引き下げることにもなり、これにより新しい社会集団が資産所有者や株主になることができます。

あなたが提唱していることは、マクロン大統領が2年前からやってきたことと正反対です。彼はすべて間違っていますか?
ISFの撤廃は重大な間違いでした。これは非常にダイナミックな税であり、50億ユーロという税収は1990年の創設以来、国内総生産の2.5倍の速さで増加してきました。 税務当局がこれほど機能不全に陥っていなければ、さらに多くの税収をもたらしていたでしょう。税務申告では、賃金収入は事前に入力されていますが、資産は入力されていません。ISFの時代から、納税者は申告書に記入し、そこに何でも入力できました。

マクロン大統領は投資を奨励する必要があるとして、ISFの廃止を正当化しました。
この論拠は信用できません。家や建物を建てるために200万を投資する場合、固定資産税とIFIを支払います。しかし、その200万ユーロを生命保険や世界の反対側の金融ポートフォリオに投入しても、何も支払うことはありません。それは完全に愚かであることを認めてください!真の目的は、純粋で単純に、最富裕層を免税することでした。

マクロン大統領は投資を奨励する必要があるとして、ISFの廃止を正当化しました。
現在、人口の半分は何も相続していません。私はある種の「万人のための遺産」を想定しています。25歳で、すべての人が120000ユーロの資本金を受け取ります。これはフランスの平均資産の60%に相当します。 これは、家を買うために使用できます。こうして、しばしば世代から世代へと、家賃を払う人と、完全に相続ひよって、家賃を受け取る人との間で分断された社会を回避できます! また、企業の設立や、従業員による会社の資本への参加を促進することになります。

不平等との闘いが行われる第三の戦場は、教育です。
1990年代以降に成長率が半減したことの理由を探しているなら、教育への投資不足に関心を持つことをお勧めします。教育への支出はすべての先進国で停滞していますが、学生の数は急増しています。フランスでは、高等教育の予算は100億ユーロです。 ISFの50億ユーロを追加すれば、学生一人当たりの投資の大幅な減少を解消できたでしょう。さらに、国家がパリの中心部にある高校に多くの公的資源を割り当てることは正常ですか?そこでは教師が正規職員で経験豊富であり、したがって、臨時職員の多いセーヌサンドニにより良い給料なのに。ある程度の常軌を逸した偽善があります。

社会的および一時的財産制、普遍的資本、共同管理、教育の公平、これらはすべて、フランス左翼の政治プログラムに近いものですが、一か国または数か国だけで実現可能ですか?
1か国または数か国で多くのことができます。企業における議決権の共有は、半世紀前からドイツ、スウェーデン、オーストリアですでに存在しており、非常にうまく機能しています。 私たちはそこから出発し、さらに先へ進まなければなりません。

それから、資産税と資本付与については?
ISFはうまく機能してきましたし、行政によって事前入力された申告書を使用して、ISFを再始動することは困難ではありません。 しかし実際、長期的には、税の公正と気候の正義に関して拘束力のある目標を達成するために、貿易と資本の流れを調整する国際的な協調を確立することも必要になってきます。
欧州内も含めて、告発されなければならない協定があります。資本の自由な流れは、効果的かつ強固な、情報交換と税制および規制の協同作業のシステム、すなわち、資本が流通し続ける国家間の金融的「地籍」の確立なしには達成できません。これにより、税の正義のために、そして経済の超金融化に対処することが可能になります。したがってすぐに代替の条約を提案する一方で、これらの条約から脱出する必要があります。

あなたの本はエコロジーについて控え目です。なぜ、気候の脅威を変化の原動力にしないのですか?
環境危機を解決するには、経済モデルを変えることが不可欠です。しかし、緑の旗を振りかざすだけでは十分ではありません。 システムの変更をどのように考えているか、どのような財産制度を導入することを提案するかを言う必要があります。株主のためにはどのような権力か?従業員には?どのような税の公平性?多くの場合、環境保護のメッセージは不明確なままであり、LREMに参加してISFを廃止する半数のEELVがいるという状態です。
炭素税の失敗は、気候危機を解決するために不平等をどの程度減らす必要があるかを示しています。最も裕福な人が少なくとも同じくらいのことをするという議論の余地のない証拠を提供しない限り、労働者階級や中間層に努力することを求めるのは不可能です。しかし、「黄色いベスト運動」につながった租税措置では、逆に、炭素税からのお金はISFの廃止のための資金として使われました!まさに環境保護政策の可能性を殺すのに、これ以上のことはできなかったでしょう。

「資本主義を超えなければならない」とあなたは言います。なぜこの言葉、なぜ「資本主義から抜け出す」ではないのですか?
抜け出し、廃止し、置き換える、と言うために私は「超える」と言います。しかし、「超える」という用語によって私は、代替システムを議論する必要性をもう少し強調することができます。ソビエトの失敗後、私たちが次に何を実施するかについて長く確実に議論することなしに資本主義の廃止を約束することはもはやできません。 私はそこに貢献しようとしています。


L’OBS No 2861-05/09/2019

https://www.nouvelobs.com/economie/20190904.OBS17952/thomas-piketty-il-est-temps-de-depasser-le-capitalisme.html


2013年に世界中でベストセラーになった『21世紀の資本』の著者、トマ・ピケティ氏の新著、『 Capital et Idéologie (資本とイデオロギー)』は、発売直後から数週間、L'Obsのノンフィクション部門のベストセラー1位となっていました(現在は10位)。英語版の刊行は2020年3月の予定とされています。日本語版はさらにその後になるのでしょう。原著で1200ページ、英語版は800ページ程度(予想)となると、日本語版は1500ページ程度の大著となるかもしれません。

現実の政策に何らかの影響を及ぼすことができるでしょうか?貧乏人としては望むところですが、超富裕層やその犬の反発を買いそうな内容ですね。



慣れない「リブログ」を除いて、久々の更新です。

サウジアラビア人記者の失踪(暗殺)事件に関する記事の和訳です。

かなり古い記事で申し訳ありません。訳出したまま、忘れていました。

週刊誌 L'Obs 2018年10月25日(通巻2816)に掲載された、 Le journaliste qui en savait trop  (知り過ぎた記者) という記事です。



サウジアラビア1 サウジアラビア2


ENQUÊTE

ARABIE SAOUDITE

Le journaliste qui en savait trop


Issu du sérail saoudien mais critique vis-à-vis du régime, hostile à la guerre au Yémen, Jamal Khashoggi était à la fois défenseur de la liberté d’expression et proche des Frères musulmans. Des positions qui lui ont coûté la vie



(サウジの閉鎖社会の出身だが体制に批判的で、イエメンでの戦争に反対するジャマル・カショギ(ジャマール・ハーショグジー)は表現の自由の擁護者であると同時に、ムスリム同胞団に接近していた。その命を代償にした立場である。 )

Par CÉLINE LUSSATO



 少しぼやけた映像が世界を駆け巡った。街歩き用のスラックスに濃灰色のベストを着た、白髪交じりの大柄な男が建物に入ろうとしている。ありふれた光景だ。10月2日、ジャーナリスト、ジャマル・カショギがイスタンブールのサウジアラビア領事館に入るところを捉えた監視カメラのビデオキャプチャーが、我々が彼に関して目にした最後の映像である。数日後に控えた結婚のための書類を取得しに来ていた。そこから数メートルのところで彼を待っていた伴侶は、二度と彼に再会することはなかった。

 以来、トルコの治安当局内部からの匿名の情報源から小出しにされた血を凍らせる新事実が、恐るべき罠の物語を浮かび上がらせる。音声記録を証拠に、トルコの当局者らは、当日の朝にリヤドから到着した「清算人」の部隊によって領事館内部でジャーナリストが待ち伏せされていたと断言する。清算人には、遺体を消滅させるために現場に急行した法医学者もいた。7分間のサウンドトラックには、殺害だけでなく、音楽をかけながらの、ジャーナリストの遺体の鋸による切断の音も残されていた。ジョン・ル・カレと『デクスター』の間の未完のシナリオだ。サウジアラビア当局は最終的にジャーナリストの死に対する彼らの責任を認めたが、モハンマド・ビン・サルマーン皇太子がこの作戦について「知らされて」いなかったと断言した。納得しがたい説明である。

 なぜ彼だったのか? なぜ、反体制派の中で最も急進的というわけではなかったジャーナリストを排除しなければならなかったのか? カショギは王政の転覆を呼び掛けてはいなかった。確かに、1年と少し前のアメリカ合衆国への自発的な退去以来、率直な物言いの輝かしい知識人である彼はサウジ政権の大物たちを苛立たせていた。『ワシントンポスト』からイギリスの日刊紙『ガーディアン』まで、彼が国際的な報道機関に発表する辛辣な記事は、リヤドを標的にしていた。「恐怖、脅迫、逮捕、知識人や宗教指導者からの公共の場での侮辱と私が言う時、そして私がサウジアラビア出身だという時、あなたは驚きますか?」、2017年9月、『ワシントンポスト』にそう書いていた。熱狂的で滑稽であるかのように描写されるこの男はモハンマド・ビン・サルマーンの改革への情熱を祝福していた。しかし、「映画か自由に思想を表現する権利」を選ぶことは拒否していた。「弾圧と脅迫が、改革の受け入れ可能な同伴物ではないし、そうあってはならない」と、さる5月に強く主張していた。記事の大半を皇太子に個人的に送りながら、イエメンに対する戦争を非難していもいた。「皇太子は暴力を止めさせ、イスラム生誕の地の尊厳を回復すべきだ」と、9月11日に記していた。


"ÇA A RENDU FOU LE PRINCE HÉRITIER"
(それは皇太子を狂わせた)

ジャマル・カショギは先に進み過ぎたのだろうか? 「ジャマルは、“MBS”が雇ったPR会社が何百万ドルもかけて造り込んだイメージを壊した」、長年の友人の一人、アザーム・タミミは断言する。即位依頼、モハンマド・ビン・サルマーンは実際、サウジアラビアのイメージに再びメッキをすることに夢中だった。女性の運転免許取得、映画の解禁… しかし、このジャーナリストが繰り返すように、こうした見かけを糊塗する施策が、恣意的な死刑判決と東国を忘れさせてはならなかった。「ジャマルの批判が彼を清算することにMBSを駆り立てることになるとは信じられない」と、ロンドンで会ったジャーナリストの一人は判断する。「MBSがそうしたとしたら、怒り狂った狂人だ」と、パリにいる同業者の一人は付け加える。「いかなる批判も許されないということを意味する。」 この事件は彼らを恐怖に陥れる。彼らは、我々の記事に名前が出ないことを執拗に求めた。「彼らができることをごらんなさい! 閉鎖社会側の人間に対しても。」

 というのは、ジャマル・カショギは実に長い間、サウジの体制側の人間だったからだ。1980年代と90年代、余り好ましくないイスラム過激派界隈と付き合っていた時、このジャーナリストは、当時トゥルキー・ビン・ファイサル王子が率いていた諜報機関にも報告書を提出している。「パキスタンでも、オマーンでも、アフガニスタンでも、何か事件が起こったら、一つの記事を出すのに、数時間も現地にいれば彼には十分だった。」と、古くからの同僚は思い出す。「イスラム原理主義者のネットワーク内の情報源を利用しており、そのことを隠しもしなかった。」 当時、ビン・ラディンにも近かった彼は、9-11の襲撃前、アルカイーダの指導者との複数回のインタビューを実現することになる。「私は彼がアフガニスタンでサウジのムハバラート(国家諜報機関)関係者と近しかったことを知っていた」と、同じ同業者は言う。「彼は一種の二重スパイを働いていた。反ソビエトの戦士の理想に共感しつつ、自国の当局のために働くことも吝かではなかった。」

 ジャマル・カショギは2000年代の初め、サウジの複数のメディアに協力している。サウジアラビア最初の英語の新聞である『アラブニュース』の副編集長になり、次いで日刊紙『アル・ワタン』のトップになる。カショギはある種の言論の自由を証明する。誰もが無意識だとは言わない。そのことが既に、彼に対するいら立ちを引き寄せることになる。ワッハーブ派の精神の父であるイブン・アブドゥルワッハーブを批判する記事の掲載を許可したことで、2か月後に解雇される。そして数年後にポストを再び得たとしても…またしても辞任を強いられる。彼は苛立たせる。それもそのはずだ。彼は独裁体制下で表現の自由を熱望するだけでなく、とりわけ、次第に政治的イスラムに接近し、体制を恐れさせる思想を奨励したのだ。


"LE ROYAUME CONTRE LES FRÈRES
(同胞団に反対の王国)

ムスリム同胞団に接近したことの代償は後に彼の生命をもって贖われることになる。「“アラブの春”を擁護し始めたとき、彼はリヤドの怒りを引き起こした」と、アザーム・タミミは推測する。ジャマル・カショギの友人である彼は、こう認めた。「2013年夏のエジプトのクーデター後に、彼らは違った扱い方をするようになった。」 ムスリム同胞団と、1年前に選出されたモルシ大統領はその時、リヤドの同意の下、政権を追われる。サウジアラビアは2014年、ムスリム同胞団をテロ組織のリストに書き加える。その正当性をワッハーブ派の創始者、モハンマド・ビン・アブデルワッハーブとの同盟から引き出すサウド家の王国は、何年にもわたって統治できると信じられたイスラム運動のこの潮流の次第に大きくなる影響力をもはや黙認しない。サウジアラビアの不倶戴天の敵であるカタールと、エルドアンのトルコに支援されたムスリム同胞団はアラブ革命によって、政権を掌握することができることを証明した。サウジ側には受け入れられないことである。

 ジャマル・カショギはトルコ大統領と良好な関係を保っている。定期的に大統領に迎えられていると言われる。ムスリム同胞団運動にますます近づくかのように見られた、ジャーナリストでサウジ王国の影響力のある人物らの顧問でもある彼は、不興に次ぐ不興を買うことになる。アル=ワリード・ビン・タラール王子は彼に、バーレーンで衛星テレビ局アル・アラブを設立する任務を託す。しかし「最初の放送日は最後になった」と、番組の司会をするためにアプローチした記者の一人は言う。「最初の放送の前なのに、“イスラム原理主義者”がテレビ局のトップに立つことに対して多くの人間が抗議してきた。」

 第二の侮辱はモハンマド・ビン・サルマーン本人からもたらされる。ハーリド・ビン・スルタン王子の所有する日刊紙『アル・ハヤト』に記事を書いている時、ジャマル・カショギはワシントン・インスティテュートでの円卓会議に招待される。トランプが大統領に当選したばかりであり、カショギはあえて、不動産の大物がホワイトハウス入りすることに湾岸諸国は殆ど喜んでいないと断言sるう。「MBS」は激怒する。イエメンでの戦争を遂行するためにアメリカの兵器の供給を必要とする彼は、「リヤドとワシントンの関係において、どんな小さな陰をも恐れている」。彼はカショギを黙らせる。「再び口を封じられたジャマルは、自らの世界が変わったこと、そしていつでも逮捕されかねないことを理解した。この出来事のすぐ後に、出国を決意した」と、友人であるアザーム・タミミは断言する。

 数か月後、沈黙の刑が明け、カショギは『アル・ハヤト』に新たな記事を書く。「二人は合意を結んだのか? “MBS”は一年間の罰で純分だと考え、支援を約束した。その1か月後、ジャマルがワシントンに移住するために出発した時、ビン・サルマーンは再び結んだ信頼への裏切りを見たに違いない」と、カショギの古くからの同僚の一人はコメントする。


LES INVITATIONS DE "MBS", DES PIÈGES ?
(MBSの招待は罠か?)

不敬罪? 「裏切りは、我々の国々では許されない侮辱だ」と、アラブ世界の権力の秘密を完璧に知る、エジプト人ジャーナリストは断言する。彼もまた「MBS」の反応に誇りを傷つけられた男の反応を見る。「それに、カショギは知り過ぎていた」と彼は考える。サウジアラビアの諜報機関との古くからの近さからビジネス界との関係まで、カショギ記者は非常に事情通だった。サウジアラビアのエリートの中で、12月に「MBS」によって実行された粛清の際に不興を蒙った王国の複数の王子をも、彼は知っていた。「このようなブラックボックスを引きずったままにしておくはずがない。」

 ラストチャンスか罠か?カショギと、亡命中の複数のサウジアラビア人はここ数か月、帰国を勧める魅力的な提案を受け取っていた。「ジャマルはお人よしではなかった。サウジアラビアに戻る意図は全くなかった。ロンドンに住んでいるサウジの友人の中では誰も、リヤドからの招待状を信じていない。これは罠だ」と、アザーム・タミミは断言する。反対に、この申し出を断ったことでカショギは再び、政権を傷つけたのだろうか?

 国内と同時に外国でも行われた一連の尋問で既に、カショギはサウジアラビアから離れたままでいることを決心していた。「友人のエコノミスト、エッサーム・アル・ザミルの逮捕を知った時、我々は全員ロンドンにいた。その時、彼の決意は固まった。牢獄で一生を終える覚悟がない限り帰国できないと」、アザーム・タミミは語る。それは偶然なのか?1年以上も証拠なしに留置されたエコノミストは、テロ組織に所属した罪で告訴された。イスタンブールでのジャマル・カショギ失踪のまさに前日に。


DES JETS DÉTOURNÉS VERS RIYAD
(リヤドに方向転換されたジェット機)

言論の自由、同胞団のネットワーク、王国の秘密を完璧に知る者… カショギ氏はまた、しばらく前から、ある積極的な活動に参加していた。例えば彼は、デラウェア州に登録されている殆ど知られていない非政府組織で、公式にはアラブ世界の民主主義のために闘うという、アラブ世界の民主主義(DAWN)という団体に参加したばかりだった。一部の分析家が疑うように、ジャーナリストがイスラム原理主義反体制派のトップに立つことをビン・サルマーンが恐れたのだろうか? アザーム・タミミの意見は違う。「単なるNGOが大勢を脅かすとは、私には信じられない。」 しかし誰が知っているか? 挑発が過ぎたのでは?

 いずれにしてもしばらく前から、国外にいる自由電子に対する締め付けが厳しくなっている。サウジ社会の階層の最も下から最も高いレベルまで、複数の誘拐が様々な国々で、リヤド政府によって大々的に組織されている。『ガーディアン』とBBCによると、国外で生活していたサウジの王子の少なくとも3人が、失踪する前に強制的に同国に連行されていた。モロッコで逮捕されたトゥルキー・ビン・バンダールはサウジアラビアに「移送」された。スルターン・ビン・トルキー2世・ビン・アブドゥルアジズとサウード・ビン・サイーフ・アルナスルに関しては、それぞれカイロとローマに向かっていたプライベートジェット機が単純にリヤドに方向転換させられた! 3月には、若いフェミニスト、ルジャイン・アルハトゥルルが、留学していたアブダビで逮捕されたのち、強制送還された。そして5月には、歴史的にサウド家と対立してきた一族の出でカタールに住んでいる、ナワフ・タラル・アルラシードなる人物がクウェートで逮捕され、サウジアラビアに追放された。ジャマル・カショギは恐らく、消滅させるべき標的のリストの、一つの数字に過ぎなかったのだろう。


L’OBS No 2816-25/10/2018

https://www.nouvelobs.com/monde/20181018.OBS4151/arabie-saoudite-pourquoi-jamal-khashoggi-etait-un-homme-a-abattre-pour-riyad.html



参考までに、2016年にNHK-BSで放送された、こちらのビデオもご覧ください。






今日、車検が終わって車検票見たら、


「33年3月14日」って、おい、ふざけるな。
この期に及んでもまだ、絶対に存在しない日付を記載して、おかしいとも思わないのか?


本当に、いい加減に、西暦にしてほしい。


公文書虚偽記載ではないのかと調べたら、そのような罪名はないようですが、
虚偽公文書作成ではないのでしょうか?


adb

この度の西日本の豪雨災害に遭われました方々には、心よりお見舞い申し上げます。 

前回の記事を書いてから、様々な出来事があり、続きを上げるのを躊躇していました。国内ではサッカーワールドカップの熱も少し冷めてきつつあるようなので、ここで続きを書いておきます。

週刊誌 L'Obs の2018年6月7日(通巻2796)に掲載された La politique en crampons  (スパイクを履いた政治、あるいは、うるさい奴らの政治)という記事です。


FOOT-DICTATURES




PASSÉ/PRÉSENT

La politique en crampons

Comme Mussolini en 1934 ou Videla en 1978, Poutine mise sur la Coupe du Monde de Football pour faire sa propagande

 

1934年のムッソリーニや1978年のビデラのように、プーチンは宣伝工作をするためにサッカーワールドカップに賭ける。


Par SÉBASTIEN BILLARD


ソチ冬季オリンピックから4年後、スポーツ界は既にロシアに再び足を踏み入れようとしている。ウラジミール・プーチンの剛腕に率いられるこの国は、6月14日から7月15日まで、サッカーワールドカップを迎える。スポーツを権力誇示の手段にしたロシア大統領にとって、賭けはスポーツの枠を超えている。多かれ少なかれ、取り戻されたロシアの偉大さを演出することである。

 2022年ワールドカップがカタールで開催されることになっている時、二つの世界大会が続けて、率直に言って民主的という評判のない国で開催されることは、論争を巻き起こす。去る3月に別の緊張の種が現れただけになおさらだ。クレムリンの仕業とされた、ロシアの元スパイに対する毒殺未遂事件への返事として、ヨーロッパのいくつかの国が外交的ボイコットの脅しをかけた。スポーツ大会は民主的国家でだけ開催されるべきなのか?この問題は既に過去に投げかけられていた。強権的な政権によって開催されたワールドカップの痕跡を見出すためには、1934年と、とりわけ1978年という、数十年も前にさかのぼる必要がある。

 1934年、競技が行われたのは、その最初の形が4年前に登場していた、ベニート・ムッソリーニのファシスト・イタリアである。ドゥーチェが準備には殆ど関心がなかったとしても、ひとたびトーナメントが始まると、すぐにサッカーが自分にもたらすものを理解した。ムッソリーニは、スクァドラ・アッズーラの試合の際には常に壇上に立ち、自分の人気のほどを演出する。イタリアチームの開催国優勝は明らかに、彼の宣伝工作に役立った。決勝戦では、ムッソリーニは勝者に、ワールドカップのトロフィーよりも重きをなす『ドゥーチェのカップ』を授け、イタリア聖杯を素晴らしいショーウィンドー、ファシズムの物理的・道徳的優越性の象徴にした。その政治的次元にかかわらず、この1934年イタリアワールドカップは、何の論争も、ボイコットの呼びかけも起こさなかった。「当時のサッカーワールドカップはまだしも慎ましい競技会で、現在ほどメディア化されていなかった。ムッソリーニに関しては、ヨーロッパの民主主義国家にとって、まだヒトラーに対する潜在的な同盟国と認識されていた。1934年のムッソリーニはまだ1938年のムッソリーニではなかった」と、歴史家のポール・ディエツィーは説明する。

 最初に論争を巻き起こした1978年ワールドカップの際には、事情は違っていた。この年、絶えず規模を拡大してきたトーナメントを開催する仕事が訪れたのはアルゼンチンだ。同国はその12年前の1966年に既に開催を決めていた。その間に、政治状況が全面的に変わったことを除いて。1976年3月、軍事クーデターが政府を転覆した。権力を掌握したのは、ビデラ将軍が率いる軍事政権だった。

 その時は、この大会への参加がヨーロッパ、特にフランスで論争を起こした。最初に問題が提起されたのは1977年だった。作家のマレク・アルテ Marek Halter は『ル・モンド』に、独裁政権の犯罪を告発し、すべてのスポーツ選手とそのサポーターにアルゼンチンに行かないように呼びかける論説を発表する。アムネスティ・インターナショナルは、ビデラの就任以降、処刑された人の数を6000人、拘束された人を8000人、行方不明者を15000人以上と推測している… フランスでは、抗議活動は極左の活動家の輪に広がる。ワールドカップボイコット委員会(Coba)が創設され、15万人の署名を集める。しかし、特に経済的利害が争点になっている場合、結局はスポーツがモラルに打ち勝つことなる。フランスチームも、他の全ての参加国と同様に、トーナメントを争うために、ほとんど何もなかったかのように、アルゼンチンに赴くことになる。そして歴史は繰り返す。1934年のイタリアのように、アルゼンチンは開催国優勝を果たす。決勝戦が行われ、血に飢えたビデラ将軍がトロフィーを授けたのは、反体制派が拷問された海軍学校の近くにある、ブエノスアイレスのスタジアム、エル・モヌメンタルだった。

 それでも、抗議行動が全くの無駄に終わったわけではない。1934年のワールドカップがムッソリーニのイタリアにとって完全な成功だったとしても、ナショナルチームの成功にもかかわらず、競技によって自らの権力を強化することができなかったビデラのアルゼンチンにとっても同じようなものとは言えない。「ワールドカップは体制のベールをはぎ取り、1983年に失脚して終わることになるビデラに、予め逃げを打たせた」とポール・ディエツィーは強調する。「サッカーは、必ずしも開催国にとっての栄光とならない鏡だ。」 この夏のロシアと、4年後のカタールではどのようになるだろうか? 少なくとも、歴史が口をつぐむことのできない点がある。ロシア代表とカタール代表が開催国優勝を遂げるには奇跡が必要だということだ。



https://www.nouvelobs.com/histoire/20180606.OBS7844/de-l-italie-fasciste-a-la-russie-de-poutine-la-politique-en-crampons.html

L’OBS No 2796-07/06/2018


今回の開催国の政権は、この記事にある2か国ほどには、独裁政権の本性をむき出しにはしていませんでした。奇跡がなければ起きないような事象も発生していません。

次回の開催国も(以下略…お察しください)



しばらくの間、テレビを見る限りサッカーワールドカップの話題を目にしないことはできなさそうです。

サッカーに大して興味のない人間は、テレビから離れるいい機会かもしれません。

とはいえ、折角なので、別の意味でワールドカップに関連した記事を紹介しておきます。

1本目は、週刊誌 L'Obs の2018年6月7日(通巻2796)に掲載された LA FOLIE DU FOOT : UNE MÉTA-PHORE DU MONDE (サッカーの狂気:世界のメタファー) という記事です。




FOOT-METAPHOREDUMOND






LA FOLIE DU FOOT : UNE MÉTA­PHORE DU MONDE
PAR Daniel Cohen
Directeur du département d’économie de l’Ecole normale supérieure


ひと月の間、文字通りの意味で、世界中がサッカーワールドカップに釘付けになるだろう。フランスのブラジル戦勝利20周年記念が、68年5月革命50周年記念よりも、強さにおいて圧勝すると賭けてもよい。サッカーは、それが生み出す視聴者や選手の給料によって、現代世界の非常識( démesure )に見合って(à la mesure )いる。単純な統計を見ればサッカーが記録するインフレが理解できる。ネイマールはPSGのカタール人経営者にとって2億2000万ユーロかかった。史上最高のサッカー選手と考えられるペレは、ワールドカップでの最後のそして伝説の勝利の年である1970年に、現在の価値で1000万ユーロを得ただけだった… 20分の1に過ぎない! 

 リュック・アロンデルとリシャール・デュオトワの本が、この変異に関するせわしない物語を語る。二人の経済学者はパヴァロッティ効果と呼ぶ(そのパヴァロッティもトリノのユベントスの大サポーターだったが…)。あるオペラのCDを買わなければならないとしたら、最高の歌手のものを買うだろう。それは「勝者総取り Winner Takes All」と呼ばれる理論である。最優秀な者が賭け金の殆ど全てを掻っ攫い、2番目が残りを、以下続く。現代の不平等の素晴らしいメタファーだ。ヨーロッパのサッカーに関しては、1991年に選手の移動を自由化したボスマン判決が、優秀な選手を引き寄せるためのクラブ間の競争を先鋭化した。この判決は報酬のインフレを恐ろしく加速した。「ファイナンシャル・フェアプレー規則」はこの変化を弱めはしたが、ごく僅かに留まった。

 現代サッカーの中心的なパラドックスの理由を明らかにするのがこのメカニズムだ。選手は財を成すが、クラブの財政は悪化する! アロンデルとデュオトワは、スポーツの結果とクラブの金銭的成果とに統計的な相関は全くないことを示す… レアルマドリードの利益は4000万ユーロ「しか」なく、ネイマールの年俸の5分の1である。主要なクラブの大半は、金銭的な見返りを期待せずに多額の金を注ぎ込む大金持ちの個人によって所有されている。彼らは名声またはゲームに対する並外れた情熱のためにそうしているのであって、金を稼ぐためでは確実にない。サッカーは若者、殆どの場合は大衆階級出身が、億万長者の情熱狂的な同意のもとに彼らから強請り取る唯一の例である。

 選手と出資者の間の富の分配の問題は、それがサッカーそのものにもたらす影響に比べれば大したことはない。この点で、アメリカ合衆国との比較は衝撃的で逆説的だ。アメリカのスポーツリーグは全面的に規制されている。クラブの給与総額はリーグによって規定され、平等だ。クラブ間の競争ははるかに釣り合いが取れ、試合の質は極めて高い。ヨーロッパにはそのような規制をする手段を持てないように見える。そして、サッカーがメタファーとして最終的に際立つのはこの領域である。ヨーロッパの自己組織力のなさのメタファーとして。

L’OBS No 2796-07/06/2018


https://www.nouvelobs.com/chroniques/20180604.OBS7699/les-joueurs-gagnent-des-fortunes-mais-les-finances-des-clubs-sont-mauvaises-le-paradoxe-du-foot.html


著者にダニエル・コーエン (Daniel Cohen)氏の著書(共著)が、発売されていました。

未来を読む AIと格差は世界を滅ぼすか (PHP新書)/ジョーン・C・ウィリアムズ
¥950
Amazon.co.jp
PHP新書というのが、どうも引っかかるので買わなかったのですが・・・


わざわざ「ワールドカップ特集(笑)1」というタイトルにした以上、2があるかもしれません。

2があるとすれば、独裁政権とワールドカップという内容です。

1934年のイタリアと、1978年のアルゼンチンに関して。

今回のワールドカップ開催国のロシアも、次回のカタールも(以下略)




1か月以上前の記事で申し訳ありませんが、久しぶりに『ル・モンド』の記事を引用します。

前回のエントリーと似たような話が含まれるかもしれませんが、著者は別人です。誰が見ても、某国の現状は同じということでしょうか。


Lemonde.fr に2018年5月9日に掲載された、 « Le Japon, pays où l’argent ne ruisselle jamais »  (日本、金が決してしたたり落ちない国) という記事です。

ついでですが、某国と某国には未だに根強い信者がいるようですが、1930年代に既に否定されていた「トリクルダウン理論 trickle-down effect (笑)」は、フランス語では théorie du ruissellement と言うらしいです。

« Le Japon, pays où l’argent ne ruisselle jamais »



Les salariés japonais ne bénéficient pas des résultats financiers exception­nels de leurs entreprises, explique dans sa chronique, Philippe Escande, éditorialiste économique au « Monde ».


(日本の勤労者は企業の例外的に巨額な金銭的成果の恩恵を受けていないと、『ル・モンド』の経済論説委員、フィリップ・エスカンドは自らのコラムで説明する。)

LE MONDE ECONOMIE | |Par


損失と利益の年代記 富裕層の金は結局、貧困層に幸せをもたらすのだろうか? 共和国の新大統領、エマニュエル・マクロンが推し進めた決定の有効性と正当性に関する政治論争のために、フランスではこの古くからの問いが再び飛び出してきた。したがって、1930年代にアメリカ合衆国で論争を巻き起こしていた、有名なトリクルダウン理論が引き出しから再び取り出された。直ちに否定されていたのだが。これは実は理論などではなく、正当性が極度に偶然に左右されるメタファーに過ぎない。なぜなら状況とありふれた力関係で決まるからだ。

両極端の事例がこのことを思い出させる。エールフランス航空では、操縦士が背景で人員の大半を訓練しているが、6%近くの給与の上昇を要求するために、会社の業績の改善に直ちに反応した。同社の脆弱な競争力、競争の強さと石油価格の再上昇から見て、経営陣にはあまりにも重いと判断された努力である。人事部で既にあらかじめ先取りされていただけの金が滴り落ちる。そしてジャン=マルク・ジャナイアックの辞任に続いて誰が社長になろうとも、譲歩せざるを得ないだろう。

Explosion de la dette

(借金の爆発)
地球の反対側では、日本の自動車メーカーであるトヨタが、2017-2018会計年度の同社の類稀な業績を発表したところだ。正味200億ユーロの利益を出し、他社をはるかに引き離して世界の自動車産業の王者となる。2017年には800憶ユーロ超まで利益が跳ね上がったホンダのような、現地の競争相手とともに分かち合う例外的な収益性である。

しかしながら、春闘の結果、トヨタは従業員に10ユーロという慎ましい賃上げしか与えなかったし、本田は13ユーロに過ぎなかった。エールフランスの従業員が要求した数百ユーロとは何の関係もない。日本の大企業の頂点に金は蓄積し、企業が保有する流動性とともに投資の必要額の2倍をカバーしかねないほどになっているが、この財源は実質的に底辺に行き渡らない。ゼロ・トリクルダウンである。

これら両極端な状況の理由は単純である。あらゆる航空会社は、ペルシャ湾岸の首長国も含めて、操縦士が不足していて給料が高騰しているために、収益を上げるのに苦労している。彼らの力関係はそこに由来する。反対に、日本における雇用の柔軟化と終身雇用の終焉は、著しい人手不足にもかかわらず、ニッポンの労働組合を奇妙なまでに弱体化した。国全体にとって残念な状況である。というのは、給料の低下が国内消費を侵食し、デフレと公的債務の爆発を助長する一方で、企業の財源はほとんど収益を生まない株式に下手に投資されるからだ。これが政権に、低金利での拡大的な通貨政策と国債の買い取りを続けさせる。日本が永遠に、決して金が滴り落ちない国であり続けることはできないだろう。




所得再分配が機能しない(どころか逆に機能している)国で、企業が労働分配率を上げずに内部留保を増やしていく一方であるどころか、消費税の本来の目的である輸出戻し税のおかげで濡れ手で粟、とうい現状で… (輸出戻し税については、ヨーロッパが先駆者であることの疚しさが、こういう記事で触れられることはありませんが)

某国の勤労者も、分断されて自分より弱い者を叩くことに満足していないで、連帯して反乱を起こしたほうが良いのではないでしょうか?

(こんなこと書くと、そのうち共謀罪か何かで逮捕されて、中世にも劣る非近代的な司法制度によって凶悪犯罪者に仕立てられるのでしょうか)