知っとうや(真実を求めて?!) -28ページ目

知っとうや(真実を求めて?!)

⚡2900年続いた人類中心文明は、近い将来、五六七(弥勒)時代となり、本来あるべき姿に戻ります。それまでは産みの苦しみが続きますが、見事に成就して欲しいものです。⚡

コラム(4)で、神代の前半に神々の世界で乱れが生じ、当時の地の統括者である国常立尊が一線を退き、邪神に支配されたことを書きました。

<(4)神代の最初の乱れ>

 

その後、長い年月が経って最終的には、地上が完全混乱に陥ってしまったため、天の御三体の大神(天の統括者)は地球を中心とする太陽系を一旦滅ぼしリセットします。

 

これによって、地球は生物が住めない状態となり、一旦死んだ星となってしまいます。

 

その後、長い時間が経過してから、天のトップは太陽系を再興するため伊弉諾尊伊邪那美尊を太陽系に派遣します。

 

これが古事記と日本書紀に書かれている天地開闢後の話に繋がります。

 

天地開闢は、最初に宇宙、太陽系が誕生したことだと思いがちですが、伊弉諾尊、伊邪那美尊が登場する前にも、これまでご紹介したように実は長い長い神代の歴史があったのです。

 

しかしながら、その神代の歴史はごっそり消されてしまったのです。その大きな理由として前回ご紹介した国常立尊が封印されたことがあります。記紀の天地開闢時には天御中主神、高皇産霊尊、神皇産霊尊の造化三神が登場しますが、これも当時の天の御三体の神ではありません。邪神によって改竄されてしまったのです。

 

伊弉諾尊、伊邪那美尊は、一旦崩壊した天地を再興するために天のトップの命を受けて、太陽系の修理固成(意味:つくりかためる)という役割で地球にやってきたのです。霊界物語で、伊弉諾尊、伊邪那美尊が天から降り立ち、天地創造ではなく修理固成したと書かれているのは、このような経緯があるのです。

 

地球にやって来た伊弉諾尊、伊邪那美尊は、泥海になってしまった地球を修理固成するため、天の浮橋に立ち、天の神々から授かった天沼矛(あめのぬぼこ)を使って渾沌とした地上を掻き混ぜます。

 

すると、淤能碁呂島(おのごろじま)が出来上がります。同様にして、今の日本列島の前身となる島々を次々に生み出して行きます。これが国産みです。

<WIKI:国産み>

 

国産みは、日本列島の誕生のことしか書かれていませんが、これは、まずは地球の中心である神国を創る必要があったからだと考えられます。

 

リセットされた地球上の世界は、泥海状態となり陸と海の区別も簡単につかないような状態だったと推測されます。そのような中で、次の世界の中心となる神国日本をまず創ったというのが記紀に登場する国産みの意味だと考えています。

 

その次に、神国日本に神産みを行い、八百万の神々を天から派遣し、八百万の神々が日本を拠点に世界を創って行くという流れだったと考えられます。

<WIKI:神産み>

 

以前、隠岐と壱岐について記事を書きましたが、国産みの後に八百万の神々が天から降臨し世界に拡がっていった場所が隠岐と壱岐で、二つの島は陰陽なのです。両島の「岐」は天への道があるという霊的意味を表わしています。

<隠岐は神産みの島>

<隠岐と境港>

<壱岐は猿田彦の島>

 

神産みの終盤に、天照大神、月読尊、素戔嗚尊の三貴士が誕生し、それまでの神代七代(又は天神七代、国常立尊の神政等)とは異なり、新たな太陽系の神の統治が始まることになります。これが地神五代の時代の始りです。

 

ちなみにこの時の国産み、神産みの時代は竹内文書から推測すると約200億年くらい前の話になります。人間の世界で考えるととても古い時代の話になります。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

 

前回、神代の初期、神々の社会が乱れだしたことをご紹介しました。この時の地の統括者は国常立尊でした。人間の時間間隔では数百億年レベルの大昔のことです。

 

元来、神に善も悪もなかったようなのですが、だんだん神々に派閥が出来だし、国常立尊の時代の終盤には3つの派閥に分かれ、最終的には後に邪神と呼ばれるようになる派閥が国常立尊を引退に追い込んだ上、国常立尊を幽界に封じ込めてしまい、邪神が地の統括者となったようです。

 

邪神が統治する世界では規律が乱れに乱れ、神々は自分のことばかり優先的に考えるようになる我よしとなり、当初創造主が思い描いていた宇宙の繁栄とは真逆の世界に変貌してしまったようです。

 

天に存在する統括者(三柱の大神)は、仕方なく地(地球を含む太陽系)を一旦崩壊させ泥海にしてしまい、リセットしたようです。このようなリセットは、太陽系が誕生してからこれまで6度行われているようです。従いまして現在の地球は7度目の世界です。ラッキー7という概念はここから来ているのではないかと個人的には考えています。

 

地球の歴史で全球凍結(スノーボールアース)の期間が何度かあったことが推測されていますが、全球凍結はこのような天のリセットの直後に起こったと考えて良いでしょう。

<WIKI:全球凍結(スノーボールアース)>

 

 

国常立尊は、元の太陽系の創造主であります。その国常立尊が前述のように、邪神に封印されてしまいます。

 

大本の出口王仁三郎は、祟り神とされている艮の金神(うしとらのこんじん)を国常立尊であると判断しています。これは間違いないだろうと考えています。

 

このことが何を意味するのか言いますと、地上世界から追い出された国常立尊は、地を奪った邪神によって祟り神とされてしまったということなのです。勝者が書き換えた歴史なのです。

 

実際には、封印された後、国常立尊は幽界に存在していて邪神から地上を護っていたようなのです。

 

国常立尊が封印された場所は、都(京都)から見て艮(北東)の方向です。その方向を鬼門と呼んでいます。本来は邪神のことを鬼と呼んでいたのに、国常立尊を鬼扱いにしたのです。

 

従って国常立尊が地上から追い出されて以降、数十億年、もしくは数百億年前から現在に至るまで、地球上には邪神が常に存在しているのです。

 

邪神が支配している世界だから、地球が人間世界に波動を落とされた現在でも邪気が生じてしまうのです。このことを理解したうえで地上世界のことを考えないことには、人間社会に自由と平和は永遠に訪れないと考えています。

 

出口王仁三郎によれば(数十億年以上に渡って)封印されていた国常立尊の封印、結界が解ける時期が迫っていると言います。出口王仁三郎の時代は今から100年程前ですが、数十億年の期間の中で100年はほんのわずかな誤差でしかありません。私はもうしばらくすれば国常立尊の封印は解けると考えています。

 

問題は、国常立尊が封印されている場所ですが、そこはどこになるのでしょうか?

 

それは、日本の高天原山(たかまがはらやま)なのです。

<WIKI:高天原山>

 

高天原山は、長野県川上村と群馬県上野村との県境にある標高1978mの山です。その名前から特別な山であることが分りますね。

 

 

高天原山のすぐ北隣には標高1962mの大蛇倉山(おおだくらやま)があります。大蛇の倉という名前なのですが、私はこの山は、邪神のトップ、サタンの倉である山だと考えています。

 

天を表わす山と、邪神トップと関係した山が並んでそびえているのです。

 

実は、川上村や上野村には、次のような伝承があります。

 

「昔高天原山の神が他の山の神と戦い、高天原山の神が首と胴を切り離され、首が流れたのが神流川、胴が流れたのが荒川、血が流れたのが千曲川(血がくまなく流れた川)」

 

高天原山の神とは国常立尊のことを表していると考えています。高天原山は、神流川(利根川水系)、荒川、千曲川(信濃川水系)という日本を代表する三河川の源流となっています。とても神聖な山なのです。

 

高天原山と言えば、実は1985年8月12日に起きた日航ジャンボ機墜落事故現場の山でもあります。

<WIKI:日本航空123便墜落事故>

 

現在の事故現場

 

 

事故現場の裏側上部に高天原山と大蛇倉山への登山口がある

 

 

事故現場は一般的には御巣鷹山と呼ばれていますが、これは当時名付けた上野村村長が間違って「御巣鷹山の尾根に墜落」と話してしまったために、それが独り歩きしたのです。御巣鷹山は高天原山の二つ離れた尾根にある山であり、日航ジャンボ機は実際には高天原山の尾根の一つに墜落しています。

 

 

その後も訂正せず御巣鷹山に墜落とされてしまった背景には、高天原山の謎を知られたくない邪神の意図があるのだと考えられます。

 

そもそも日航ジャンボ機墜落事故に関しては、当初から政府発表に対して疑問点が多く、米軍機が撃ち落としたのではないか等、いろんなことが噂されていました。たくさんの本も出ています。事故でなく事件である可能性は十分高いのです。

 

事件だったとして、何故起こされたのかその理由が問題になりますが、それは複数あると考えています。

 

そのうちの一つの理由として、国常立尊を封印されている高天原山にさらに結果を張るため、ということだと考えています。

 

この理由こそが、「御巣鷹山に墜落」という間違った情報を訂正しなかった最大の理由だと考えています。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

 

 

コラム(2)でご紹介したように、銀河系(天の川銀河)宇宙の成り立ちは、9つの天6つの地順に出来たようです。

 

 

九重の天

 

ちなみに、図に書かれている天と天、又は地と天の距離〇〇万里の「里」の単位は、宇宙の単位なので日本の昔の距離単位である「里」とは全く異なる、とてつもなく長い距離だと考えています。

 

天の川銀河は見た目は一つですが、実際には天が9種類、恒星や惑星等の天体は6種類に区分されていると考えて良いのです。

 

このうち、我々の住む地球が属する太陽系第六重地であり、最も新しい地のようです。太陽系が誕生したのが46億年前と推定されていますから、これが正しいとすると、最初の地である第一重地はとてつもなく遠い昔に出来たことになります。

 

初めての地、第一重地を創造した大神が、銀河系に5番目に誕生した国常立尊(くにのとこたちのみこと)です。それまでは銀河系宇宙は天と地には分かれておらず、単に空間が存在していただけのようです。

<WIKI:国常立尊>

 

国常立尊が地を創造したのは、新たな宇宙にてたくさん増えてきた眷属が楽しく暮らせる場所を創りたいためだったようです。

 

国常立尊を中心に、第一重地が出来た後、眷属たちは楽しく暮らしだしたようです。その後、長い年月とともに第二重の地~第五重地が代々の天の統括者によって創造されていきます。

 

太陽系(第六重地)が創造される前の神代は、とてつもなく長い歴史があるのです。

 

そして、第六重地である太陽系が創造されますが、この太陽系を創造した中心の大神も国常立尊のようです。

 

ちなみに、この時の様子が伝えられていて参考となる書物は、出口王仁三郎に降ろされた神示である『伊都能売神諭(大正8年2月18日)』と『霊界物語(第1巻第20章、21章)』です。

 

記紀では、天地開闢の後、伊弉諾尊、伊邪那美尊が地球にやって来て、日本列島を中心とした国産みを行いますが、これは太陽系が一旦滅んだ後の二度目の天地開闢と考えるべきです。数千万年前のことでしょうか。伊弉諾尊、伊邪那美尊が天地を創造したことは書かれておらず、世界ではなく日本列島だけ誕生させているからです。

 

その前の(最初の)天地開闢の後の長い歴史は、その全て削除されていると考えた方が、先代旧事本紀や竹内文書等とも辻褄が合います。

 

伊弉諾尊、伊邪那美尊の国産み前の時代は、私は恐竜が活躍した時代だと考えています。恐竜だけでなく、今の人類とは異なる神々の争いの時代だったはずです。恐竜のことを阿修羅だと考えて良いと思います。阿修羅については、妙法華経に書かれています。

 

また、出口王仁三郎の霊界物語には、阿修羅以降の邪神の存在についても書かれています。霊界物語に登場する神代初期の主役は国常立尊です。

 

国常立尊は5番目に登場した古い大神ですが、その後は名前を変えながら立場を変えながら別の神として登場しています。三番目に登場したとされる大神、天常立尊以降は、役職としてのポストであり、歌舞伎役者のように数代から十数代代襲しているようです。

 

従って、霊界物語で登場する国常立尊は、5番目の国常立尊の魂の神が、その後転生した時のことを書いているようです。魂の流れが一緒だということであり、先代旧事本紀と霊界物語の国常立尊が全くの同一ではないことをお断りしておきます。

 

霊界物語によれば、地球での初期の神代、国常立尊が統括していましたが、神々の社会に乱れが生じ、派閥が出来始めます。これを憂慮した国常立尊は、初めて規律を設けたようです。

 

この規律に、神々の一部は堅苦しさを感じだし、だんだんと国常立尊の政治に不満を露わにする神も現れたようです

 

時間が経過するにつれその流れは強くなり、国常立尊に反発する2つの勢力が誕生したようです。

 

これと時期を同じくして、地球上に3つの邪気が誕生します。これも『伊都能売神諭』に書かれています。この3つの邪気は九尾の狐八頭八尾大蛇(やつがしらやつびのおろち)六面八臂邪鬼(ろくめんはっぴのじゃき)と書かれています。

 

この3つの邪気、つまり悪霊は、仲間をだんだん増やし、地球上の神々に憑依して行きます。

 

主に国常立尊の反発する2つの勢力の神々に憑依し、彼らの負の感情を膨らませます。その結果、国常立尊の政治はだんだん行き詰まっていきます。

 

そして、ついには国常立尊が政治から身を引かざるを得なくなり、反対勢力二派が活気づき、ますます神代の社会は混乱していったようです。

 

最終的には、邪神と化した勢力が神代を統治してしまうことになったのです。

 

これは、神代初期の代表的な邪神誕生と社会の乱れなのですが、その後、長い長い神代では、ともかくこのような神々の争いが繰返されて来たようなのです。ここに歴史は繰返す、という言葉が生まれたようなのです。

 

神々も寿命こそ人間よりはるかに長いですが、死んだら再度転生するという宇宙の輪廻転生の法則に従っていたようです。

 

最初の頃の神代は、眷属の神々が楽しく過ごした世界だったようですが、その後、社会が乱れ派閥が出来だしてからは、平和な時代は短く、常に争いが絶えずに神代は終焉し、そのまま人間世界に引き継いだのが、現在の太陽系のようです。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

 

 

コラムの(1)と(2)で、銀河系の天地創造と眷属の誕生について書いてきました。

 

9つの天6つの地で構成される銀河系が順に出来て行き、そこに眷属が誕生して社会を構成します。この間、天神七代地神五代が順に統治してきたようです。この時代の流れのことを神代(かみよ)と呼びます。

 

神代の時間の流れは、人間の時間感覚をベースにすると数百億年、数千億年を優に上回る期間のようですが、宇宙では時間という概念は存在しないようなのです。この点が人間と人間以上の存在の感覚の違いです。

 

先代旧事本紀には、天神七代地神五代の統治者が詳細に書かれています。以下の表にまとめてみました。

<真の歴史書(続)>

 

天祖天帝

 

神代は、前述のように大きくは天神七代と地神五代の時代に分けられます。

 

天神七代が続いた後、地神五代の時代となります。時代の変遷を書いた竹内文書と先代旧事本紀を照らし合わせていくと、天神七代の時代は少なくとも数千億年以上続いたことになります。

<竹内文書:真の歴史書>

 

その次に続く地神五代も開始時期は二百億年くらい前になります。天神七代と比較すると大変短い期間ですが、人間の感覚では途砲もない期間です。現在の定説では宇宙誕生は130億年以上前と言われていますが、地神五代の時に現在のような太陽系が誕生したと考えて良いと思います。

 

地神五代の最初は天照大神月読尊太陽系の天の統括者になり、この時に現在の地球が誕生して素戔嗚尊地球を任されることになります。

 

つまり、古事記、日本書紀に書かれている天地開闢とは、この地神五代の開始時のことを指しています。

<WIKI:天地開闢(日本神話)>

 

その前から宇宙は存在しているのです。天照大神や素戔嗚尊の時代のずっと前から神々が存在して長い歴史を築いていたのです。この時代には、現在のような人間はいなかったようです。

 

今の人間に繋がるのは、おそらく地神五代の二代目に当たる天忍穂耳尊の時代だと考えられます。この時に、人間の祖であるアダムとエバ(イブ)が誕生したようです。時間的には竹内文書を参考にすると700万年前くらいになります。

 

現代の進化論では、人間は猿から進化した猿人が元だとなっていますが、この猿人が誕生した時代が700万年前とされていますから、人類誕生は創造論と進化論というように全く反対の主張がありますが、時間的にはほぼ一致します。ここに邪神の改竄の巧みさが表れていると考えています。

 

人間の祖であるアダムとエバの時代の人間は、猿人のような文化が低いものではなく、霊的には現在の人間よりもはるかに知能、体力とも高かったはずです。自然とマッチして暮らしていたと考えられます。日本の歴史で言えば縄文時代よりもずっと以前の話です。

 

これらの神代の人間のことを日本神話では(みこと)と呼んでいます。大国主命が代表的ですが、大国主以降の国津神がアダムとエバ以降の人間だと考えています。

 

しかしながら、神代が進むに従って邪悪な気(邪気)がだんだん拡がっていき、宇宙の波動もだんだん下がって行き、ます。

 

その後に出来た地球の波動もだんだん下がって行き、約2900年前(空白の500年の後)に人間中心文明に移行してしまったようです。

 

それ以前を神代、それ以後を人代(ひとよ)というように分けられるようです。

 

最後まで読んでいただきましてありがとうございます。

 

 

前回、天と地が出現した経緯をご紹介しました。

 

今回は、創造主から分裂した神代初期の天の統括者の誕生についてのお話です。

 

天の川銀河系が出来る前は、創造主は唯一の存在でした。創造主は、他の銀河からやって来たはずです。他の銀河にもたくさんの存在がいるのです。

 

全宇宙は、どんどん広がっていますから銀河系のような銀河が新たに誕生し、その数は増え続けているようです。宇宙とは常に拡大し弥栄していく仕組みのようです。

 

銀河系を創るために初めて現れた創造主のことを、先代旧事本紀大成経(以下「先代旧事本紀」)では天祖(あまつみおや)と記しています。まさしく創造主の名前ですね。

 

正式名は「天譲日天先霧地譲月地先霧皇尊」(あめのゆずるひあめのさぎりつちゆずるつきつちのさぎりのすめらのみこと)ととても長い神名になっています。

 

古事記では、最初に現れた神は、天之御中主神、高御産巣日神、神産巣日神の造化三神(ぞうかさんしん)とされていますが、これは一度太陽系が壊滅した後の再度の天地開闢の時のことを書いていると推測されるので、先代旧事本紀の記述が正しいと考えています。

 

天祖が登場した後、二つ目の存在である天尊(あまつみこと)が誕生します。正式名は大甘美葦芽彦舅尊(おおうましあしかびひこじのみこと)となっています。この神に似た名前の神は、宇摩志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこじのみこと)として、古事記、日本書記にも登場しますが、前述のとおり二度目以降の天地開闢のことなので、全くの同一神ではなさそうです。天尊も別の銀河からやって来た可能性が高いと考えています。

 

天祖と、最初の臣下としての天尊がそろってから、銀河系を統治していく存在が生まれて行くことになります。

 

天祖は、自らの霊を分裂させて、新たな存在を増やします。

 

最初の分裂により現れたのが一代目の二神。天皇(あめのすめろぎ)天常立尊と天帝(あめのみかど)天御中主尊です。この二神は記紀にも登場する神ですが、先代旧事本紀では天祖の幸魂(さちみたま)と奇魂(くしみたま)とされていて、兄弟です。天尊となります。

 

この時、初めて天ができます。天祖が存在する場所が第九重の天、天尊が座する場所が第八重の天です。この第九の天、第八の天から始まり、小宇宙の天が増えて行くことになります。

 

次に誕生したのが、天皇國常立尊(くにとこたちのみこと)と天帝豊國主尊(とよくににぬしのみこと)です。この二神は、二代目の世の天神ですが、地魂(くにつみたま)と成り、この時初めて天と地に分かれたようです。

 

この二神は七重の天に存在することになります。第八重の天と第七重の天の間に、最初の地である第一重の地が生まれたのです。

 

同様に、三代の世から七代の世まで、天神(あまつかみ)が生まれていきます。一代から七代までの天神(伊弉諾尊、伊邪那岐尊)によって、九重の天から一重の天までの9つの小宇宙が完成します。これを王道の天神七代(あまつかみななよ)と呼んでいます。

 

また、地も第一の地から第五の地までが各天と天の間に作られて行きます。そして順番に木星、火星、土星、金星、水星となります。現在の惑星とは概念が異なる星だと思われます。

 

その後、記紀同様の大日霊貴尊(おおひるめむちのみこと、別名:天照大御神)、月読尊素戔嗚尊三貴士が誕生し、地神(くにつかみ)の最初となります。

 

この時に地球が創られます。第六の地に当たる場所です。

 

地神の統括者は、その後二代目が天忍穂耳尊、三代目が天日子光珠尊(あめのひこひこたまのみこと、別名:饒速日尊)、四代目が火火出見尊(ほほでみのみこと、別名:彦火火出見尊)、第五代目が彦波ぎさ武尊(ひこなぎさたけるのみこと、別名:ウガヤフキアエズ尊)と繋がり、地神五代を構成します。

 

天神七代と合わせて、天神七代地神五代という宇宙の基本形が誕生したのです。

 

これを図解すると次のようになります。

 

現在の太陽系は、第三重の天と第二重の天の間に存在していると考えられます。

 

天照大神は地神五代なのですが、その後、第五重の天に上ったようです。

 

九重の天
 

これが銀河系の基本的な形のようですが、我々の目には一つの宇宙にしか見えないので、宇宙の構造は理解しにくいのです。

 

各天と地には、天祖を初めとして歴代の統治者から無数に分裂した霊魂が眷属となり、それぞれの天地で活動しているようです。地球上の人間を初めとする生物は、宇宙の中ではほんの一握りの存在なのかも知れません。考えれば考える程、頭がループしてしまいそうです。

 

宇宙は常に弥栄しているので、人間の頭では理解不能なのです。

 

最後まで読んでいただきましてありがとうございます。

 

 

ブログを開始して11年近くになります。

 

この間、多くの人と出会いましたし、不思議な体験をした方のお話を聞く機会がたくさんありました。中には胡散臭い話もありましたが、これまでの私の人生で全く考えることもなかった、現代ではフィクションとされるような霊的なことが本当に存在することを知りました。

 

そして、私自身もいろいろな不思議体験をしてきました。

 

今では、そのような体験は全く不思議なことではなく、多くの現代人が意識していないだけであることが分かりました。明治維新以降、そのように誘導されてきたのです。

 

その背後には、現代人に宇宙の真実を悟らせたくない霊的存在がいることも分かり、実際にそのような存在が入り込んでいる人間、数人とも出会いました。(当初は普通の人間だと思っていました)

 

良い意味でも悪い意味でも、とても勉強になりました。これもすべて11年前にブログを開始したことがきっかけでした。驚くべき展開でした。

 

ブログでは、この間体験し、それに対する自分の考えを出来るだけオブラートに包んで書いてきました。そこらへんに溢れているトンデモ記事の扱いを受けたくないからです。実際の私の勉強会では、もっと突っ込んで本音で話をしています。

 

それでもブログ記事の内容はだんだん進化してきたと思っています。当初考えていたことを軌道修正することもよくありました。私自身も成長しているからです。

 

今後は、これらの記事をまとめて、整理する必要があると感じています。

 

そこで、これから過去の記事を整理して、コラムというテーマで書いていこうと思います。上手くまとめられるかどうか不安ではありますが、まずはやることが大切だと思っています。

 

 

今回はコラムの第一回目です。タイトルは『天と地』です。

 

宇宙は少なくとも130億年以上前、地球は46億年前に誕生したと言われます。実際はどうなのか分かりませんが、遠い昔に誕生したことは間違いないでしょう。

 

問題は、この地球上で唯一文明を持つ人間が誕生したのはいつなのかです。

 

我々は、数百万年かけて猿から進化したと教えられますが、これが現代人を間違った常識に導いている根本原因だと私は考えています。

 

旧約聖書に書かれている人間の祖としてもアダムとエバ、つまり人類創造論の方が正しいと考えています。

 

ただし、旧約聖書や新約聖書はあくまで一部のヒントを書いている参考書だと思うべきです。同様な参考書は世界中にある神話です。その中でも特に日本神話はとても重要です。

 

これらのヒントを繋げていくと、人類がどうやって誕生したのかが分かってきます。人類誕生については、また別の機会にご紹介するつもりです。

 

ここで私がお伝えしたいのは、人類創造論である以上、人類を誕生させた存在がいるということです。この存在を創造主と呼びます。一般の人が神と呼ぶ存在の頂点に立つ存在です。佛様の頂点という言い方も出来るかも知れません。

 

創造主は、ある時、小宇宙を誕生させます。小宇宙の定義は、我々の太陽系が属する天の川銀河(銀河系)のことです。銀河系は銀河の一部ですが、大宇宙には銀河系のような銀河が無数にあると言われています。

<WIKI:銀河系>

 

私が、ここで創造主と呼ぶ存在は、天の川銀河の創造主のことですから、大宇宙には同様な創造主が銀河の数だけたくさん存在するはずです。なんと壮大な世界なのでしょうか。とても人間の頭では理解出来るものではありません。

 

その創造主が、銀河系、太陽系を創造したのです。

 

それでは、何故創造する必要があったのでしょうか?

 

創造主は、銀河系を創造する前は、この宇宙空間に唯一の存在だったはずです。その唯一の存在が、自身を分裂させます。これ霊魂の分裂といいます。

 

1つの存在が2つに分裂し、その分裂した存在がさらに分裂するという状況を繰り返していき、創造主の元にたくさんの霊魂の存在が現れることになります。

 

創造主から分かれた、これらのたくさんの霊魂を、眷属と呼びます。

 

ただし、創造主が存在する場所は、空気も水も何もない空間でした。

 

このままだと、単に霊魂の状態で浮遊しているように存在していても、何も楽しくないということに気づきだしたようです。

 

そこで、創造主が考え出したことが、楽しめる場所を創り出す、ということだったようです。

 

その結果出来たのが宇宙に存在する星で、これが今の太陽系の惑星の元になる複数の星だったようです。この星が銀河系の元となったです。

 

その後、地に対して太陽と月が創られたようです。これらがとなったようです。

 

このようにして小宇宙に天と地が創られ、そこに創造主と眷属自らが生物としての肉体を持って楽しめる場所にしたようです。これが数十億年以上前のことだと思われ、後の地球にもつながるようです。

 

当初の天と地は、今よりもとても近い位置にあったようです。映画アバターのような世界でしょうか。それが時間が経つにつれ、いろんな事情が発生し、天と地がだんだん離れていったのです。

 

いずれにしても、天と地は一体なのです。

 

当初、天と地には人間は存在せず、まさしくアバターのように恐竜だったり、普通の動物だったり、巨大な樹木だったりして、そこに眷属の存在である各霊魂が入り込んで、地上での生活を楽しみだしたようです。この試みは、数十億年以上続きながら、だんだん進化していいったはずです。

 

従って、地というのは劇場のようなものなのです。現在の地球はその完成度が究極に達した状態だと考えられます。

 

しかしながら、現代人は、天と地、宇宙の関係をほぼ完全に忘れさせられています。地球上の文明は人間だけ作ってきたと思いこんでいるのです。

 

背後に天の存在、無数の霊魂の存在がいて、天から地球を操っていることを忘れてしまい、自由きままに勝手に動き出してしまったのです。ここ数百年の話です。

 

人類は、そろそろ真実を取り戻す時期に来ています。

 

最後まで読んでいただきましてありがとうございます。

 

 

以前、東北は霊的に高い地域であることをご紹介しました。

<東北と六道輪廻>

 

地球にいると霊的な宇宙観をほとんど認識出来ませんが、現世の地球は霊的にもとても狭い世界であることを認識しなければなりません。

 

我々に見えている地球は、十界のうちの一つ「人間界」です。

 

十界図

宇宙の法則

 

 

元来、十界の各界は、きちんと区切られているわけではなく、各界の間にぼんやりとした、あいまいな世界があって、そこを通じて繋がっていたので、それなりの能力を持っている人は各界へ行き来が出来たようです。

 

「あいまいな」という意味は、映画やアニメなどでたまに出てくるような一たび手を突っ込むと別の世界に入っていくような場所のことを指しています。

 

そのあいまいな世界が、十界の各界の間、上図の摩界と書いている一界から九界のことです。摩界と書いているのは、両方の世界に通じているという意味で名付けました。

 

特に神国である日本には、このような別世界と繋がった摩界がたくさんあったようです。

 

ところが、この摩界を守っていた地球上の国津神たちが、邪神(悪側に堕ちた国津神)によって殺され、取って代わられたのです。その結果、邪神の巣窟である魔界に変わってしまったのです。

 

乗っ取った邪神は、あいまいな世界に、きっちとした区切りを設け関所のようにして、邪神に許された存在しかお互いの世界の行き来が出来なくしてしまったのです。

 

その結果、現代の人間界、地球からはあいまいな世界が消えてしまっているのです。

 

今でこそ見られませんが、妖怪という存在は、もちろん別世界に存在しています。人間界より下の修羅界以下の世界に存在しているはずです。昔(江戸時代初期の頃まで)はあいまいな世界を妖怪が行き来していたので、妖怪伝説が残っているのです。現代では妖怪の一部も人間になっているようです。

 

このような魔界に存在している邪神や魔物をと呼んだりすることもあります。鬼ヶ島の鬼がその典型です。

<鬼ヶ島は存在した!>

 

鬼ヶ島は四国香川の女木島が代表的ですが、このような魔界となってしまったあいまいな世界は日本中にあり、寺社仏閣等で祀られていることが多いのです。

 

その典型が、岩手から青森にかけてある一戸から九戸の地名です。現在は四戸という地名だけが存在していませんが、かつては四戸も地名として残っていたようです。

 

四戸の場所は浅水城跡で、現在はその地に八幡神社が鎮座しています。

 

 

一戸から九戸は、摩界の一界から九界にそれぞれ対応している場所だったのです。

 

一戸・・・一戸城跡付近

 

 

二戸・・・八坂神社付近

 

 

三戸・・・三戸城跡

 

四戸・・・前述

 

五戸・・・五戸城跡付近

 

六戸・・・さつき沼付近

 

七戸・・・七戸城跡付近

 

 

八戸・・・長者山新羅神社付近

 

九戸・・・九戸神社付近

 

 

冒頭に書きましたように東北地方はとても霊的に高い場所なので、魔界の一界から九界が集中して存在しているのです。

 

現代の東北地方は、日本の中でも最も開発が遅れた地域です。

 

これは、東北が霊的に高い場所であることの裏返しで、天が人間によって開発され、神聖な場所である東北が荒れることを制限してきたのです。

 

その一方で、東北地方は大地震や大津波が多いところでもあります。福島原発事故もありました。

 

この理由は、霊的に高い場所である東北地方を、邪神が荒そうとしているからなのです。

 

五六七時代に入り、本当に輝きだすのは東北地方です。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

 

前回記事で五六七の時代に入ったことをお伝えしました。

<2020年7月(旧暦)新たな時代に入る!>

 

それでは五六七の時代に入って、一体何が変わるのでしょうか?

 

五六七に入った当初は、特に大きな変化はなく、騒々しい世界情勢が続いているだけで、何も変わっていないと思われるはずです。

 

しかしながら、霊的にはすでに大きく変化しています。

 

これまでの人間社会では、世界的に一部の強者の利益のために、多くの人類が犠牲になるような政策が取られてきました。医療、製薬、情報統制、貿易、スポーツ、金融、ITなどさまざま分野で弱肉強食の世界が拡がってきました。

 

これが可能だったのは、ほんの一部の強者の背後に、霊的に邪神が存在していて、強者のための悪事が成立するようにバックアップしていたからです。このバックアップしている状況を、私は『霊的な契約』と呼んできました。

 

邪神の代表的な例は、稲荷神社の祭神です。稲荷神社の祭神は本来善の神だったのですが、邪神に立場を奪われ邪神の成済ましに遭ってきたのです。稲荷神社によっては、数百年、あるいは千年以上の場合もあります。

 

三四五の時代は、このような邪神の力が強く、善神の力を上回っていたため、邪神と契約している人間によって悪事が行われたとしても、中々表に出ず、出たとしても無理やり闇に葬られることが多かったのです。

 

この典型は、最近の事件の中では森友事件や加計学園事件だと考えていいと思います。古いところでは、北朝鮮との間で問題になった拉致事件がそうでしょう。とにかく迷宮入りの事件はこのように邪神との契約がからんでいるのです。

 

森友事件では、正義感が強い担当官僚が自殺している一方、責任者の局長は懲戒処分で済んでいます。政界を巻き込んだ大騒動は、政権によって強引に終結させられました。

 

これは、日本の政府のバックに存在する影の政府、それに力を与えていた邪神の力が強すぎるから、司法もそこには手出し出来なかったからです。

<後手後手にさせられる新型コロナ対応>

<安倍政権-賞味期限切れか?>

 

しかしながら、これからの時代、五六七の時代は、それが許されなくなっていくようなのです。安倍首相が突然辞任したのは、体調だけの問題ではないと思っています。三四五の時代が終わったことを悟ったからでしょう。

 

五六七の時代に入ると、邪神の力が落ち、善神の力が強くなるからです。

 

これまで邪神として君臨し、地球上の八百万の神の世界に潜み、本物の神のフリをしていたのが邪神です。これら邪神が、今どんどん八百万の神の世界から追い出され、真の神に戻っているようなのです。これが天が定めた五六七という時代のようです。

 

従って、悪事を起こして来た強者たち(その多くは私が熊襲と呼ぶ存在)が、邪神から守ってもらえなくなりつつなっているようです。

 

その結果、これからは強者が霊的な契約をすることによって成立した悪事が、隠し通せなくなってくるはずです。

 

そうなるとどうなるのか?

 

現在の世界の政治体制、社会体制、経済体制がだんだん崩れていきます。

 

そうすると、世界的に混迷した社会になることは必至でしょう。世界中でいろいろな利権がからんできた分野でシステムが崩壊し、マネーの世界も混乱するはずです。新型コロナ問題の次は、世界の社会構造が崩れだすのです。

 

これから5年~10年くらいがその正念場だと考えています。

 

その先に、新たな善の仕組み、本当の五六七の世界が待っていると思っています。

 

従いまして、これからは生みの苦しみのための大変な時代に突入すると考えています。

 

最後まで読んでいただきましてありがとうございます。

 

 

今年に入りずっと、新型コロナ問題で全世界が振り回されてきました。この状況はもう1、2年続くと思われます。

 

また、米中の冷戦化に、中印の対立、尖閣問題、英国のEU離脱と慌ただしい展開になりつつあります。

 

国内では、長期政権を誇った安倍首相の突然に辞任がありました。

<安倍政権-賞味期限切れか?>

 

経済的にもウィズコロナで全く先行きが見えなくなっています。

 

これらの世界・国内情勢は、偶然に起きていることではなく、必然の流れだと考えています。

<新型コロナウイルスと末法終了>

 

つい最近、この必然の流れを裏付ける預言に気づきました。日月神示の中にです。

 

日月神示では、時代を一二三(ひふみ)三四五(みよいず)五六七(みろく)の3つに分類しています。

 

五六七とは、ミロクの世のことを指しています。ミロクの世とは、釈迦牟尼仏の次に仏陀となる予定の弥勒菩薩が仏陀として現れ、悟りを開き、多くの人々を救済するとされる次の時代の事です。

<WIKI:弥勒菩薩\未来仏>

 

ミロクの世を、三六九という数字で表すこともありますが、これは間違いのようです。日月神示ではミロクを五六七としています。

 

富士の巻 第4帖

「一二三の仕組みが済みたら三四五の仕組みぞと申してあったが、世の本の仕組みは三四五の仕組みから五六七の仕組みとなるのぞ。五六七の仕組みとは弥勒の仕組みのことぞ。獣と臣民とハッキリわかったら、それぞれの本性出すのぞ。」

 

天は、人間を修業させる期間を3つに分けており、最初が一二三、次が三四五、その次が五六七です。一二三と三四五の時代にそれぞれ「三」という数字があるのが味噌で、時代が繋がっていることを示していると考えられます。三四五と五六七の「五」も同様です。三六九をミロクにすると時代の繋がりがなくなり、修業の継続性、連続性がなくなると考えています。

 

仏教では正法像法末法と旧暦ベースで1000年の期間があるとしています。この3つの期間のことを三時と呼びます。そして今、まさしく最後の末法が終わろうとしています。

<末法が終わる!(続)>

 

日月神示が示している期間も、一二三、三四五、五六七と3つに分かれていますが、これも仏教の三時と部分的にリンクしていると私は考えています。

 

ただし、三時が各1000年という長期的な指標であるのに対して、日月神示の三期間は戦後以降の現世を3つの期間に区切った短期的な周期だと考えています。

 

歴史は繰返します。人間中心文明が始まって約2900年(旧暦ベースで約3000年)ですが、この間、人間は三十回以上の輪廻転生を繰返し、魂の修業をしてきています。その集大成の最後の転生期間である現世を、戦後のある時期から一二三、三四五、五六七と3つの期間にさらに細かく分けているのが日月神示の短期的な周期と考えていいと思います。

 

そして、三時の末法終了の時期と、短期周期の五六七に入る時期がほぼ一致しているのではないかと考えています。それがまさに今なのだと考えています。

 

話が変わりますが、日月神示には新型コロナのことををさしているだろうと思われる帖文が幾つかあります。

 

地の巻 第十六帖
 「神が臣民の心の中に宝いけておいたのに、悪にまけて汚して仕まうて、それで不足申してゐることに気づかんか。一にも金、二にも金と申して、人が難儀しようがわれさへよけらよいと申してゐるでないか。それはまだよいのぞ、神の面(めん)かぶりて口先ばかりで神さま神さま てんしさま てんしさま と申したり、頭下げたりしてゐるが、こんな臣民一人もいらんぞ、いざと云ふときは尻に帆かけて逃げ出す者ばかりぞ、犬猫は正直でよいぞ、こんな臣民は今度は気の毒ながらお出直しぞ、神の申したこと一分一厘ちがはんのざぞ、その通りになるのざぞ。うへに唾(つば)きすればその顔に落ちるのざぞ、時節ほど結構なこわいものないぞ、時節来たぞ、あはてずに急いで下されよ。世界中うなるぞ。陸が海となるところあるぞ。今に病神(やまいがみ)の仕組にかかりてゐる臣民苦しむ時近づいたぞ、病はやるぞ、この病は見当とれん病ぞ、病になりてゐても、人も分らねばわれも分らん病ぞ、今に重くなりて来ると分りて来るが、その時では間に合はん、手おくれぞ。この方の神示(ふで)よく腹に入れて病追ひ出せよ、早うせねばフニャフニャ腰になりて四ツん這ひで這ひ廻らなならんことになると申してあらうがな、神の入れものわやにしてゐるぞ。九月二十三日、ひつ九のか三。」(昭和19年9月23日)

夜明けの巻 第三帖
 「天の異変 気付けと申してあろが、冬の次が春とは限らんと申してあろが。夏 雪降ることもあるのざぞ。神が降らすのでないぞ、人民 降らすのざぞ。人民の邪気が凝りて、天にも地にも、わけの判らん虫わくぞ。訳の判らん病ひどくなって来るのざから、書かしてある御神名 分けて取らせよ。旧九月八日までに何もかも始末しておけよ。心引かれる事 残しておくと、詰らん事で詰らん事になるぞ。もう待たれんことにギリギリになってゐる事 判るであろがな。七月二十四日の神示、あめのひつぐの神。」(昭和20年7月24日)
 

ここで新型コロナの話を持ち出したのは、五六七の時代へのきっかけが新型コロナ騒動ではないかと考えられるからです。

 

日月神示で預言での『病』が新型コロナと酷似している上に、五六七は「コロナ」とも読めます。新型コロナウイルスの正式名はcovid-19ですが、国内では新型コロナと呼ばれます。サーズ(SARS)の時とは呼び方が違うのです。これも新型コロナウイルスが五六七への入口を指しているからに違いないと考えています。

 

実際には、今年2020年8月19日(旧暦7月1日)に五六七の時代に移行したようです。とうとうミロクの時代に入ったのです。

 

ただし、五六七の時代に入ったからといってこれから良いことがある訳ではありません。五六七の時代では三四五で隠されて来たような諸々の悪事は全て表に出されるのです。

 

従って、日月神示にも書かれているように、ここから人類には大変な正念場が迫っています。善の社会に変わるので、悪がどんどん朽ちていくので社会的には混乱が生じます。

 

しかし、これを乗り越えた先、十数年後に本当のミロクの時代が来るはずです。心してこれからの人生を乗り越えましょう。

 

最後まで読んでいただきましてありがとうございます。

 

 

 

先日、蹴烈伝説を書きました。

<蹴烈伝説と茂賀ノ浦>

 

熊本県北部の山鹿市、菊池市辺りは古代(弥生時代前半)、茂賀ノ浦という広大な湖があったようなのですが、当時の阿蘇大明神が湖の壁を蹴破り、水を流して広大な耕作地を用意した、というものです。

 

このような蹴烈伝説は、日本全国に幾つか残っています。

 

縄文時代から弥生時代に移行したのは、実は地球上に大きな変化があったから移行せざるを得なかったはずなのです。

 

狩猟文明から農耕文明に変わるには、狭い日本列島で広大な耕作地を開拓することは容易ではなかったはずです。そこで、各地の湖の水を抜くことで耕作地にして国造りをしたのが、弥生時代前半のようです。

<弥生時代の始り>

 

そこで実際に湖を開拓するために、神がかり的に湖の壁が蹴破ぶられた事件が蹴烈伝説です。現代人はとても信じられないでしょうが、たった2000年くらい前でも普通の人間を超越した神がかり的な人がいたようです。

 

今回は、この蹴烈伝説の中でも、阿蘇と並ぶ二大伝説の一つである甲府盆地についてご紹介します。

 

甲府盆地は、国内最大級の盆地であり、周辺は富士山、南アルプス、八ヶ岳、秩父山地に囲まれていて、唯一盆地が切れた場所が釜無川と笛吹川が合流して富士川となる市川大門付近になります。

 

甲府盆地は、現在ではブドウやモモ、サクランボ等、果物の栽培が盛んになっていて、日本ワインの産地でもあります。まさに農産物の宝庫となっています。

 

甲府盆地には、かつては湖だったという湖水伝説が幾つも存在しています。

<WIKI:甲府盆地>

 

湖水伝説の痕跡を残しているのが、複数の神社です。これら神社を参拝してきました。

 

まずは、市川大門付近にあるその名も蹴烈神社です。詳細な由緒は残されていないのですが、天手力雄命を祭神にした神社のようで、素晴らしい神気を放っていました。

 

甲府盆地⑤

 

由緒が不詳なのは、甲府盆地がかつて湖だったことを隠したい存在が意図的に行ったことだと考えています。

 

次に、甲府盆地東側の笛吹市にある佐久神社です。「佐久」とは「裂ける」に通じるのでしょうか。

 

こちらの神社にはきちんと由緒が書かれています。祭神は岩烈神、根烈神、天手力雄命の三柱となっています。社記には「昔一面に湖水状だったこの地を、 岩裂、根裂の両神が水を落として田や畑を興した ので、雄略天皇の時、当時開闢の祖神として現在 地にまつり佐久神社と称した。」とあるようです。

 

由緒板

甲府盆地①

 

本殿

甲府盆地②

 

まさしく湖の水を抜いて甲府盆地を開拓したことが書かれています。

 

ただし、時期的には弥生時代ではなく、もっと古い神代のように感じます。

 

次に同じ名の佐久神社が、笛吹市の佐久神社の南西方向、甲府市下向山にもあります。

 

こちらの祭神は、建御名方神、菊理姫神、向山土本毘古王(むこうやまとほひこおう)となっています。

 

甲府盆地③

 

建御名方神、菊理姫神は、弥生時代よりも遠い昔の神代に存在した神です。

 

ところが、向山土本毘古王は、第二代綏靖天皇時代の大臣とされていています。紀元前561年に甲斐の国に入国し、当時甲府盆地の中央部分は一面の湖水だったところを、六度仙人と協力して、甲府盆地南方の鰍沢を開削し、湖水を富士川に落して多くの平地を得、住民の安住の地を確保した、と書かれています。

 

甲府盆地④

 

 

紀元前561年というのは、第二代綏靖天皇の時代ですからまさしく弥生時代が始まった時期と合致します。向山土本毘古王が甲府盆地の開拓の祖と言えるでしょう。

 

しかしながら、前述の蹴烈神社や笛吹市の佐久神社には、何故、向山土本毘古王が祀られず天手力雄命や岩烈神、根烈神という神代の神々しか祀られていないのでしょうか?

 

それは、次のように推測されます。

 

甲府盆地が湖であり、開削されたのは1度ではなく2度あるのではないか、ということです。

 

どういうことかと言いますと、弥生時代紀元前561年に向山土本毘古王が開削する前は甲府盆地が湖だったのですが、それよりもずっと古い神代の時代、甲府盆地が湖⇒開削⇒盆地という過程があったのではないか、ということです。

 

つまり、湖だった甲府盆地の開削は、神代と弥生時代の2回行われたということを表しているのではないか、ということです。

 

地球に大変動が起きたのは、日月神示に「世は七度の大変りと知らしてあろう」(黄金の巻第二十六帖)と書かれていることから、過去6回起きたと考えられます。

 

大変動というのは、人間(神)の天に背いた行いにより、地球文明がその都度リセットされ泥海になった、ということです。これが過去6回なのです。

 

従って、リセットされるごとに地球の地理は、大変動を繰り返していたはずなので、大変動によって甲府盆地が湖になったことが二度あっても全くおかしくないのです。歴史は繰り返すはここから来ています。

 

いずれにしても、甲府盆地はかつて湖であり、神が意図的に水を抜いて耕作地にしたのです。その直近が約2500年前ということになります。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。