<昨夜のsalson>
小雨も降って、寒い。それが理由か人の集まりが悪い。初めての人、二人で目標は達成したが少し物足らない感じで帰宅。ま、こんな時もあるさ。
暇な時間に向かいのシェアオフィスを眺める。最近は余り流行っていないみたい。
<高額療養費制度改正>
所得に応じて医療費負担を増やすのは当然だと思う。医療費を殆ど負担している現役世代の負担を軽減するのは少子高齢化の今、必要だと思うが、どうだろう?
https://news.yahoo.co.jp/articles/c965163b0960774136cc5a639f4fb04f231b90cc
医師会など既得権益層へ切り込みが全然できていない点も問題。
<保険の仕組み>
いつもの散歩路の1つ、東側経路で丘を下る経路にこの半年ばかり中古住宅が売りに出ていた。
先日前を通ると更地になっていた。買い手が決まって更地になったのか、それとも中古物件で買い手がつかないので更地にしたのか、今の時点では不明だが、いずれにせよこの団地(此処は1期分の場所なので40年程経過、自宅は35年)では中古物件は人気がないみたいだ。
大抵、一旦更地にされて新築されたり、町内ではそれまで田んぼや畑のところ、あるいは山の斜面を切り崩して新築が建っていたりする。後者の場所は大抵、水害や山崩れのリスクがある場所で、ハザードマップ上に載せられていたりするのだが、どうもそんな場所に家を建てる気が判らない。その点、中古はそれまで何十年も災害に遭わずに建っていたわけだから安全だと思うのだが?
先日、地震保険の更新時期が来たので迷ったが、地震保険だけの契約は不可で総合契約に追加しか地震保険に入れず、しかも値段が2倍ほどに上昇していたので契約を中止した。調べると全国的に自然災害リスクが従来までより高く設定された事情がある。
それは分かる。危険な場所に建物が建つ場合が頻繁に見られるが、保険は基本平均値で算定されるので(個別算定ではない)危険な場所に住む人の保険の分を、そうでない人が支えている現状がある。個別算定にすべきだと思うが、まだそこまで保険は進化していない。
『イブン・バットゥータの世界大旅行』7
イエメンから彼はアデンに向かい、さらにインドへの旅を目指したと著者は推測するが、それについてバットゥータ自身の記載はないとか。p155
しかしアデンに到着した時には季節風(南西モンスーン)の時期を過ぎ、風は北東、逆向きになっていた。そこで東アフリカ海岸の旅に変更した。159ページにその旅程が示されている。
そこでスワヒリ文化圏の記載があるらしい。これはアフロ・アジア諸民族の混血、他民族共生社会。都市的文化、イスラム、交易社会だという。これらについての記載は当時の東アフリカ沿岸の記録として貴重な史料だとか。p161
1331年ごろ南西のモンスーンを利用して北上し上記の地図の南アラビア、ザファーリ(ズファール)に到着する。Google mapで探すが、都市名ではなく地方名のよう。現在のオマーンの南西端の都市、サララに近いと思われる。地図を拡大するとサララの15km西南西に港に良い地形が観察される。当時と同じ地形である保証はないが?
いずれにせよ南アラビア沿岸ぞいにペルシャ湾岸のイラク経由した後、アラビア半島の砂漠を越えて、再度メッカに向かい1332年のメッカでの巡礼大祭に参加する。
その後、著者はインド行きを再度試みたと推察するが、またしても時期が合わず、カイロ経由でシリア〜アナトリア(トルコ)〜キプチャック大草原への大旅行を行う。p171
170ページ、177ページにその道筋を示す。こうして地図上をなぞるだけでも大旅行を行ったことが判る。これまでイブン・バットゥータの旅については断片的な知識に限られていたので改めて驚く。
彼は当時、キプチャックハーン国が最盛期を迎えていたので、イスラーム教圏であり、かつ「パックス・モンゴリカ」の交通網を最大現に利用して旅を進めたことが判る。



































