日米中の関係史 & 『アントフィナンシャル』9 | Hiroshiのブログ

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<数値目標>

https://www.youtube.com/watch?v=RBvTiSELGqs&list=PLrWxcegPNiyj-M05glrorpUrXekNDKejm&index=6

HSK2~3 #4~#6 背了四十分钟单词。

 

https://www.youtube.com/watch?v=9lffBOor5qo

武井&典典ちゃんねる二十二分钟

 

https://www.youtube.com/watch?v=VqcEC3eww78

誰でも簡単!ネイティブ中国語専門チャンネル,56min~2h26min,听写两个小时。

一共三个小时二分钟。

 

运动:爬上散步3.9km,5555步,6楼。(计划)

 

 

 

 

<読み応えのある本>

昨日、遊び倒す方針でモールに行き、Caféでコーヒーと菓子パンで数時間過ごし『アントフィナンシャル』を読み上げた。間違いなくお薦めの1冊だが、同時に何とか古典になる前に読んでよかったと感じた。

 

この本は北京大学のデジタル金融研究センターの研究者がアントフィナンシャルのスタッフに直接インタビューを通しての研究成果を纏めたもので、(あとがき p367)最後の日付は2017年6月15日になっている。p268 そして、その同年に原著は出版され、邦訳は1年半後の2019年1月である。

 

しかし、既にアントフィナンシャルを取り巻く環境はそれから大きく変化している。最後の章の9章の最後のパラグラフで、著者らは以下のように述べている。

 

『現在直面している最大の試練は、監督当局との駆け引きである』p365

 

まさにその言葉通り、この「あとがき」の2週間後の6月30日、アントフィナンシャルのような第三者決算サービスが直接銀行口座と直結するモデルは禁止され、全ての決済情報は当局が把握できるように中国人民銀行清算総中心の網聯(wang lian)経由となった。(解説 p373)

 

さらに、個人信用情報ネットワークも監督当局が主導する百行微信に集約されることになる。(解説 p375)

 

それだけではない。更に米中対立が加わった。これだけのBig Dataを中国の企業が所有することは国家安全上、米国は絶対に受け入れらない。

 

まず最初の動きが金融関係で起こった。2018年にアントフィナンシャルによる米国の国際送金大手の買収が認められなかった。p372 その後、様々な制約、禁止が起こったことは最近のニュースで聞く通り。

 

大変読み応えのある、超〜お薦めの本であると同時に、残念なことにそれらが既に「歴史になりつつある」ことを感じさせる本。

 

 

 

…上のアントフィナンシャルをめぐる米中の関係を考えるうちに、日本を含めての日米中の関係史を改めて考えて見るきっかけが得られた。

 

 

<日米中の近・現代史>

米国にとって日中対立が最大の国益だということは、意外に知られていない。

 

これを近現代史を振り返って整理してみた。

 

米国は19世紀半ばにメキシコと戦争し、カリフォルニアを手に入れた、これで太平洋への足がかりを得た。次に19世紀末にスペインと戦争し、フィリッピン、グアム、ハワイを奪った(1898年)。つまり太平洋の反対側まで領土が伸びた。勿論、その後フィリッピンは独立したがグアム、ハワイを領土としたことは大きい。

 

正にちょうどそれに並行して、同じく遅れてやってきた日本は日清戦争に勝ち(1895年)さらに朝鮮半島併合(1910年)することで大陸への足がかりを得た。

 

ここで日米が中国をめぐり衝突することとなる

 

その頃の中国大陸は、列強に半ば植民地化されるとともに、その後の辛亥革命前後(1911年)で国内は混乱していた。日中戦争が1937年に始まり、その流れで中国に味方?する形で米国は日本と戦う。つまり《太平洋側での戦争は東アジアでの覇権を巡る日米の戦い》で、結局日本は敗れ米国の支配下に入る(1945年)。

 

ところが思わぬ事態が進む。つまり《中華人民共和国の成立》である。ソ連に次ぐ巨大な共産陣営が大陸で生まれ、米国の野心は断たれることになった。そこで米国は台湾と属国日本を正面に立て中国と対峙することになる。

 

さて、人口ボーナスや冷戦下の様々な幸運もあって70〜80年代に順調に経済力をつけた日本はやがて米国の背中に迫る存在になった。

 

子分だと思っていた《日本に脅威を感じる》ようになった米国は、日本を抑圧する政策をとるようになった。そして、目につけたのが巨大な中国大陸。

 

中国の巨大な市場と生産力に注目した米国は1972年《台湾を捨てて》ニクソン訪中を行い。同年、属国日本も田中首相が訪中し、国交をそれぞれ回復する流れになる。更に時間は流れ、1991年のソ連崩壊、2001年の中国WTO加盟を経て中国は市場主義経済に突入していった。

 

米国は中国を自由主義陣営に引き込むことに成功したつもりだったが、ところが中国は米国の思い通りになるどころか、逆に米国と覇権を争う超大国に育った。そして今や中国に脅威を感じた米国は米中対立に突き進むことになった。

 

現在、米国は再び《日本と台湾を使い中国と対峙する戦略》をとることになる。

 

 

…こうした日米中の近代史を俯瞰的に捉えると、近視眼的、イデオロギー的考えにとらわれることなく、日本はこの2つの大国の間で賢く行動する必要がある。その意味で、最近の岸田首相の動きは少し気になる。特にNATOの会議にわざわざ参加するのは勇足では?

 

 

 

昨日のモールで閉じ込められたにわか雨。朝は晴天だったのに4時ごろの豪雨に驚いた。

 

夕方には一部晴天だが、油断ならないので団地周辺のみの散歩。

 

 

 

 

<朝晩は涼しい>

毎晩クーラーは2時間のタイマーをつけて眠る。一晩中クーラーをかけるとどうも喉の調子が良くない。いずれにせよ深夜2〜3時ごろトイレで一度目が覚めるので、そこで窓を開ける。その時間は大抵25〜6度になっているので外気が涼しく感じられ気持ちが良い。

 

都会だと夜もヒートアイランド現象で気温が高く一晩中クーラーが必要だろうが、郊外で高度もそこそこあるのでこれは利点。

 

因みに国土地理院のデーターベースによれば自宅の標高は90.6m。いつもの川沿いの散歩路は~40mで50m近い高度差がある。確か高度差100mで0.8度気温が低くなると昔習ったような? この物理的理由は何だろう?

https://www.gsi.go.jp

 

 

 

 

『アントフィナンシャル』9

次に余額宝の話になる。これこそが貧しい人に資産運用の機会を与えるものとなった。それまでは資産運用は金持ちだけのものだったが、これが機会を庶民に与えた。

 

ここから先はこちらにこの分野の基礎的知識がないので十分に理解できたとは思えないが、それでも色々な知識やアイデアを貰った。

 

因みにこれが爆発的な人気を得た2013年時点はその頃の低金利(0.35%)もあるが、同年2013年6月に起こった「钱荒」があるという。 マネーの流動性が逼迫し一種の銀行への「取り付け騒ぎ」のようなものらしい。原因を作ったのは中国農業発展銀行。p119 さらに第二の「钱荒」が起こり決定的となった。

 

普通、資金運用は最低でも5万元からで手続きも煩雑。それがスマホで簡単にできるようになった。しかも《1元からでも!》しかも金利も高い。p122 この本が書かれた直近のデーター(2017年)で5億人以上、1.58兆元(今のレイトだと30兆円!)が運用されている。p133

 

次には招財宝の話に入り、ますます理解が困難になる。両者の違いは理解した限りで言えば余額宝は当座預金型、利便性が高い。口座の移動に近い。後者は信託期間が決められたもの。定期預金タイプ? p135 但し、途中解約でもその分の収益は得られる点がそれまでのものと大きく違う。例えば1万元で年間収益7%の理財商品を購入して、半期、半年で解約したばあい、半年分の収益350元が返ってくる、そう違約金は取られない! 手数料の0.2%が引かれたとしても350元—20元=330元が手に入る。これは常識を打ち破り、それまでの理財商品を打ち負かしたという。p137

 

上記の記載は間違っている可能性あり。是非、ご存知の方はコメント切望!!