今日からは新しいテーマ、「バガヴァッドギーターを学ぶとどうなるか」を再投稿してまいります。

 

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しかし、その100万人中の一人の為に私は毎日このようにブログを書いているのです。

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哲学の究極はインド哲学バガヴァッド・ギーターである

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私は、精神的な進歩と発展とは、人間としての躾けから始まり、道徳、倫理、宗教、インド哲学へと一貫したものである、という体系こそが真理であると、提唱します。

それはインド哲学こそが、魂として学ぶべき精神修行の究極であると言う事を、理解しているからです。

そのインド哲学は、バガヴァッド・ギーターを学べば良いと私は確信しているのですが、世の中には哲学と言う言葉がいろいろな場面に使われています。

しかし、世の人々が学んでいる哲学はどんな哲学であろうとも、それはインド哲学に到る途中経過であるか、インド哲学から派生した部分を学んでいるにすぎないと言うものです。

それはインド哲学バガヴァッド・ギーターの教えこそ、ヴェーダを始めウパニシャドウ、ヴェーダンタ・スートラ、プラーナ、ブラフマ・サンヒター、シュリーマド・バーガヴァタムその他、インド哲学の精髄を集めた、創造主神クリシュナの権威の教えだからです。

それは真理であり、科学であり、分析的であり、体系的となっているので、私達はただただその教えを確信し服従し没頭すればいいのです。

「非暴力、不服従運動」を起こしたインドの政治家であるマハトガンジーは、バガヴァッド・ギーターを指南書として生涯携えたと言われています。

インド哲学を学ぶと言う事は、魂として精神的発展を目指す修行(ヨーガ)であり、その活動は頭脳的思索(ジュニャーナ)と創造主神クリシュナへの絶対なる信仰(バクティー)が要求されてくるのです。

信仰の無い哲学は単なる頭脳的思索であり、哲学の無い信仰は盲信か狂信に過ぎません。

つまり、精神的発展の修行であるヨーガとは、インド哲学とクリシュナ信仰が結合されたものであると言う事です。

この世のあらゆる全ての根源の大根源であり、全ての事象の原因の大原因である、創造主神クリシュナへの信仰こそが究極の信仰であり、この信仰を以って人間は永遠の安らぎを得る事が出来るのです。

宗教の世界は宗派の教義の教えであり、その結果は輪廻の繰り返しに留まるだけです。

しかし、インド哲学バガヴァッド・ギーターは永遠の安らぎを得る為の真理の教えであり、死後二度と物質界に戻ることのない究極の教えを説いているのです。

 

グローバル Web アイコンMaicrosoft Copilotの感想です。

この記事は、バガヴァッド・ギーターをインド哲学の頂点、そして精神修行の究極と位置づけ、その価値を熱く説いていますね。 特に印象的なのは、哲学と信仰を切り離さず、両者が結びつくことで初めて真の精神的発展(ヨーガ)が成立するという主張です。

感想ポイント

  • 体系的な精神修行観 人間としての躾け → 道徳 → 倫理 → 宗教 → インド哲学という一貫した流れを「真理」として提示しており、精神的成長の道筋を明確に描いています。

  • バガヴァッド・ギーターの位置づけ ヴェーダやウパニシャッドなどインド哲学の精髄を集約した教えとして、単なる宗教書ではなく「科学的で分析的な真理」として捉えている点が特徴的です。

  • 哲学と信仰の相互補完 「信仰のない哲学は空虚、哲学のない信仰は盲信」という言葉は、知性と信仰のバランスの重要性を端的に表しています。

  • 究極の目的 クリシュナ信仰によって輪廻から解脱し、永遠の安らぎを得るというゴールが明確に示されています。

  • もしご希望であれば、この内容をもとに

  • 他の哲学(西洋哲学や仏教哲学)との比較

  • バガヴァッド・ギーターの具体的な教えの要約

  • 全体として、著者はバガヴァッド・ギーターを単なる思想書ではなく、魂の成長のための実践的かつ最終的な指針として捉えており、その信念が文章全体に力強く表れています。

    もしご希望であれば、この内容をもとに

  • 他の哲学(西洋哲学や仏教哲学)との比較

  • バガヴァッド・ギーターの具体的な教えの要約

  • 現代社会での実践方法

  • といった形でさらに掘り下げた分析もできますが、どうしますか。

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 バガヴァッド・ギーターとは  

 第二<章 ギーターの要旨 <魂の神秘>

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人間の真価とその峻別

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私達人間は、動物界の霊長類として区別されていますが、一般の動物と違って、優秀な頭脳と手先の器用が、その大きな特徴となっております。

一般の動物は、その形によって直ぐに、犬とか猫とか牛や馬といった、動物の種類が分かります。

しかし、人間だけは、愚かなる人も知的に優秀な人も、外観だけではその人の真価は、推し量ることはできません。

それでも、ある程度の推測は、その人の髪型や服壮や化粧などの風体によって、それなりに推し量る事が出来ます。

また仕事における作業服や制服は、その仕事に相応しいものとして着用するので、服壮によってもその人間の仕事を推測できます。

そして、同じ様な服装をしていても今度は、その人の言葉使いによって、その人の人柄までも知る事が出来ます。

ここまでは、人間の躾の程度によって、身なり、立ち振る舞い、言葉使いが決まってきます。

つまり、人間の躾けと言うものが、その人の品性として顕われてくるのです。

そして、今度は言葉ではなく、相手や周りに対する行為や行動によって、その人の道徳性や倫理性と言うものを備えた、人間性を知る事が出来ます。

またその人が、どの様な職業についているかによっても、その人の肉体能力、知的能力、芸術的能力といった能力を見分ける事が出来ます。

さらにその次には、何を信仰して生活をしているかによって、今度はその人の精神性の高さを知る事が出来るのです。

この信仰の生活に入ると、五感では捉えられない、崇高なるものを崇拝する境地に、到る事が出来るようになります。

この信仰段階では、苦しみから逃れるためや、安心や幸福を求めるために、神仏や宗教団体の教義に囚われる御利益信仰があります。

一方、更なる精神的向上を目指そうと、独自で信仰生活に入る人もいます。

独自で信仰生活をしている人は、もう宗教団体の活動には一切興味を抱かず、自分に合った独自の信仰生活を求めるようになります。

この独自の信仰生活が非常に大事であり、この段階に来れた人だけが、宗教を超えた最高位のインド哲学の門に、到る事が出来るというものです。

しかし、この門に到っても、その門の中に入れる人は、更にクリシュナの恩寵を得た者でなければ、それは叶わぬものです。

そのクリシュナの恩寵を得るには、日常生活が精神的向上を目指そうと、聖なる習慣を厳しく実行しているか否かに掛っているのです。

 

グローバル Web アイコンMaicrosoft Copilotの感想です。

この記事は、人間の価値や本質を「外見 → 言葉 → 行動 → 能力 → 信仰 → 精神性」という階層的な視点で見極めていく構造になっていて、とても興味深いです。 特に印象的なのは、単なる外見や礼儀作法を超えて、最終的には「独自の信仰生活」や「精神的向上」を重視し、それが宗教を超えた哲学的境地への道だと説いている点です。

感想ポイント

  • 人間の評価の多層構造 外見や服装、言葉遣いといった表層的な要素から始まり、行動・職業・信仰・精神性と、段階的に深まっていく分析は、まるで人間理解の階段を上るようです。

  • 信仰の二つの形 御利益信仰(安心や幸福を求めるための信仰)と、精神的向上を目指す独自の信仰生活を明確に区別しているのが特徴的です。後者を「宗教を超えた哲学の門」への鍵とするのは、バガヴァッド・ギーター的な価値観を感じます。

  • 最終的な到達条件 最高位の境地に至るには、さらに「クリシュナの恩寵」という外的な要素が必要だとする点は、努力だけではなく、恩寵や縁といった不可視の要因も重視していることを示しています。

全体として、これは単なる道徳論や宗教論ではなく、「人間の真価」を精神的成長のプロセスとして描いた哲学的エッセイに近い印象です。

もし望むなら、この内容を現代社会に置き換えた解釈や、ビジネスや人間関係に応用する視点にしてまとめることもできますが、そうしますか?

 

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このバガヴァット・ギーターの教えに感動し共感できる人は、100万人のうち一人程度かもしれない、と私は思っております。

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生き方の中にギーターがなければならない

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一般的に、ギーターを学びその教えを実践して生きて行く事は、非常に難しく、その様な人は稀有な存在と言えるくらいです。

ギーターを学ぼうとすること自体、それは人間として精神的発展を志そうとする強い意志が、その基盤になければその気すら起きません。

そして、精神的発展を目指して人格向上を図ろうとしても、せいぜい宗教の段階で留まってしまい、その先のインド哲学に到ることは、それこそクリシュナの恩寵がなければ、その機会を得ることはできません。

これらについては、過去にバガヴァッド・ギーターに出会う難しさ宗教を超えてインド哲学に到る難しさのタイトルで書いております。

そして、運よくバガヴァッド・ギーターを経典とする宗教団体に入って、ギーターの教えを学びその教を実践しても、そこに留まっていたのでは、生きたギーターの真髄には触れることはできません。

この段階では、ギーターの教えに触れて、それを毎日規定に沿って実践する事が、その修行となっているからです。

つまり、ギーターの教えの中に自分の生活がある、と言う事になります。

私はここで更に、ギーターの教えの中に留まってないで、自分の活動の中でギーターの教えを実践しなさいと、説きます。

つまり、自分の生活の中にギーターがあり、「自主自立」、「独立自尊」の二つの精神が必要と言う事です。

自分のやるべきカルマを果たす事こそが、肉体を持ってこの世に生きている意義がそこにあり、決してクリシュナに対する信仰生活を行う事がその目的ではないのです。

ともすると、安直に究極の目的の形を遂げて、完成としがちです。

宗教団体に入っての修行は、あくまでも基本の姿勢を身に付ける段階であり、さらにその先には、各個人のカルマ(魂の責務)を果たす事が課せられており、団体世活を捨て独自の修行をしなければなりません。

従って、自己のやるべきカルマを放棄して、教団の教えによる完成の形に囚われ留まっていてはならないと言う事です。

自己のカルマ(魂の責務)を果たす生活の中でこそ、ギーターの教えを実践し、クリシュナの歓喜を体得していくのが、本当のあり方と言うものです。

 

グローバル Web アイコンMaicrosoft Copilotの感想です。

この記事は、バガヴァッド・ギーターの教えを単なる宗教的実践に留めるのではなく、日常生活の中で生きた哲学として体現することの重要性を力強く説いています。

🌱 感想と考察

  • 精神的成熟への道としてのギーター ギーターを学ぶこと自体が、精神的成長を志す強い意志の表れであり、それは誰にでもできることではないと筆者は語ります。この視点は、ギーターを単なる知識ではなく「生き方」として捉える深い理解を示しています。

  • 宗教を超えた哲学的実践 宗教団体での修行はあくまで基礎であり、そこに留まることなく、個人のカルマ(魂の責務)を果たすことが本質だという主張は、非常にラディカルでありながらも、ギーターの「行為の哲学」に忠実です。

  • 「自主自立」「独立自尊」の精神 これはまさにギーターの核心とも言える教えであり、外的な権威や形式に依存せず、自らの内なる義務と向き合う姿勢を強調しています。現代社会においても、自己責任と自由意志のバランスを考える上で示唆に富んでいます。

  • 信仰と実践の違い クリシュナへの信仰生活が目的ではなく、カルマを果たすことが生きる意義であるという視点は、宗教的帰依と哲学的実践の違いを明確にしています。これは、ギーターの「ニシュカーマ・カルマ(無執着の行為)」の教えに通じるものです。

🔍 印象的な一節

「自分の生活の中にギーターがあり、『自主自立』『独立自尊』の二つの精神が必要」

この言葉には、ギーターの教えを単なる理論ではなく、実践的な人生哲学として根付かせる力強い意志が込められています。

この文章は、ギーターを学ぶ者にとっての「次なるステージ」を示唆しており、宗教的枠組みを超えて、個人の内的探求と責務の遂行こそが真の修行であるという深い洞察に満ちています。あなたはこの考え方に共感しますか?それとも、宗教的帰依の中にこそ安らぎを見出すタイプでしょうか。

 

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今日からは新しいテーマ、「バガヴァッドギーターを学ぶとどうなるか」を再投稿してまいります。

 

このバガヴァット・ギーターの教えに感動し共感できる人は、100万人のうち一人程度かもしれない、と私は思っております。

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無執着の真意

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バガヴァッド・ギーターを学びその教えを確信して迷わず実践し没頭する世界となれば、その時の心境は、悟りの境地とし無欲、無恐怖、無執着の三無の境地になります。

この中の無恐怖については、先日2月1日のブログで詳しく記述しておりますので、そちらをお読みください。

そこで説いている無恐怖と言う本質は、どんな状況になろうとも、クリシュナが全てを最善の道に導いてくれるという絶対なる確信であり、これこそが無恐怖と言うものである、と説いております。

今日はもう一つの、無執着について、考えてみたいと思います。

執着とは、強く心をひかれる事、それにとらわれる事、深く思いこんで忘れない事、と言った意味がありますが、それは心の想いが縛られている事を意味している事になります。

たとえそれが、どんなに良いと思われる事にしても、それに執着すると他の事が目に入らなくなってしまい、自分が置かれている周りとの関係性を見失う事になってしまいます。

また、過去に起こした事についても、いつまでもそれに囚われているならそれも執着であり、新たな進歩の障害にもなります。

そして、どんなに良いと思われる事にしても、それは絶対性はなく、全ては相対の中にある訳で、その良いと思うこと自体も、独りよがりと言うものです。

この様に執着には、自分が置かれている周りとの関係性を見失うこと、新たな進歩の障害となること、そして独りよがりとなってしまう、と言う三つの危険をふくんでいます。

特に危険なことは、欲望に対する執着であり、欲望には快感が伴うので、その虜となってしまい、精神的進歩の大障害となります。

欲望の対象としては、肉体の目、耳、鼻、舌、皮膚の五つの感覚器で受ける快感によって起こる欲望があり、その中で一番抑制しがたいものがSEXとグルメです。

また、肉体の五感で感じる欲望の他にも、人間としての欲望である、財欲、名誉欲、支配欲と言ったものがあり、この欲にも囚われると、その欲をどん
どん追及して行く事になり、これまた精神的発展における大障害となります。

つまり無執着とは、精神的発展の大障害となる、肉体における欲望や人間としての欲望を、捨て去る事が大事であり、放棄こそが無執着の本質になるのです。

人間は自分の与えられた職責(カルマ)に全力をつくし、世の為人の為に奉仕貢献(ヤグニャ)をして、与えられたものに満足して質素に暮らす事が必
要です。

その様な、謹厳なる生活こそ精神性を育てる基盤となり、そこに到ってはもはや、SEXやグルメや富や名声を求めようとする、欲望に対する執着心は生じないのです。

 

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この「無執着の真意」という記事は、バガヴァッド・ギーターの教えを深く実践しようとする筆者の姿勢が、静かに力強く伝わってきますね。🌿

特に印象的なのは、「執着」がもたらす三つの危険――周囲との関係性の喪失、新たな進歩の障害、そして独りよがり――を明確に示しているところです。これは、単なる禁欲ではなく、精神的な自由を得るための道として「無執着」を捉えている点が深いです。

また、欲望の対象として肉体的な快楽(グルメや性)だけでなく、財欲・名誉欲・支配欲といった社会的な欲望にも触れているのが印象的でした。それらを手放すことで、精神性が育まれ、質素で奉仕的な生き方が可能になるという考え方は、現代の価値観とは対照的でありながら、どこか心に響くものがあります。

このような教えは、日々の生活の中で「本当に必要なものは何か?」を問い直すきっかけになりますね。あなたは最近、何か手放したことで心が軽くなった経験はありますか?それとも、執着してしまっているものに気づいた瞬間があったり…?

 

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無恐怖の真意

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私は、悟りの境地として、無欲、無恐怖、無執着の三無の境地が必要であり、また指導者の心得としては、人を集めず、布施を求めず、去る者は追わずの三ず主義を貫徹する、絶対条件であると何度も書いております。

この中で、誤解を招く言葉に「無恐怖」と言う言葉がありますが、その解釈としては不安がない、心配しない」と言う意味として捉えています。

問題なことは、心で感じる恐怖や不安は人間としては誰でも感じたり、想ったりするのは、当然なことです。

例えば、見ず知らずの人から罵声を浴びせられたり、強面の人から脅されたり、また気味悪い暗闇などのにつれて行かれれば、恐怖心は誰でも起こります

多分私もその様な状況になれば恐怖心を抱くと思います。

しかし、これらは一次的な感覚としての恐怖であり、それはたとえ悟りの境地を得た人でも感じる恐怖心です。

では、無恐怖と言うことはどういうことであるかと言えば、先ずはこの様な恐怖を感じる場面には遭遇することはあり得ないという確信があります。

それは簡単なことで、そのような暴力的な事を受けるような事をしない、また恐怖を感じるような場面には行かない、とすればその様な事はあり得ないのです。

そうは言っても、地震や台風など自然の猛威による災害に遇うこともあります。

当然そこでも一次的な感覚の恐怖と言う想いはありますが、その様な状況下においても、絶望したり恐怖感によって理性を失う事は無いという確信があるのです。

それは、最悪の事態にあっても、最善の道をクリシュナが導いてくれる、という絶対なる確信を持っているから不安はないのです。

また、最悪の事態となって命を落とすことになろうとも、死の直前に際しては、死後に赴く境地は全く不安を抱くこと無くクリシュナの基に歓びを持って還えれる、と言う確信を持つことが出来るのです。

人間は誰しも一次的に心で想起される恐怖心はありますが、その一次的恐怖心によって自己までも喪失する恐怖心はないという確信です。

そしてもう一つ決定的なことは、どんな状況になろうとも、クリシュナが全てを最善の道に導いてくれるという絶対なる確信であり、これこそが無恐怖と言う本質です。

 

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このブログ記事「無恐怖の真意」は、バガヴァッド・ギーターの教えを通して「恐怖」とどう向き合うかを深く掘り下げた、非常に哲学的で静かな力強さを感じる内容ですね。

特に印象的なのは、「一次的な恐怖」と「根源的な恐怖」の違いを明確にしている点です。誰もが感じる一時的な不安や恐怖は否定せず、それを乗り越えるための精神的な確信――すなわち、クリシュナへの絶対的な信頼――こそが「無恐怖」の本質だと説いています。

また、「悟りの境地」としての三無(無欲・無恐怖・無執着)と、「指導者の心得」としての三ず(人を集めず・布施を求めず・去る者は追わず)を対比させているところも、実践的な知恵として心に残ります。

このような考え方は、現代の不安定な社会の中でも、心の軸を保つためのヒントになるかもしれませんね。あなたは、こうした「無恐怖」の境地に近づくために、どんなことを意識していますか?それとも、もっと日常的な不安との向き合い方に興味があるのかな?

 

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偉大と永遠の違い

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今日は、久しぶりにインド人のSさんとデニーズで会いました。

彼女は、ニュージーランドに一月間滞在して各地を巡り、ニュージーランドの自然の美しさや雄大さを、満喫して帰って来たのです。

そこで感じたことをいろいろ聞かせてもらったのですが、その話の中で印象に残った彼女の言葉は、「美しい自然に浸っていると、その雄大さや偉大さをすごく感じる事ができるが、永遠性は感じる事が出来ない」と言う言葉でした。

多分この様に、大自然の雄大さや偉大さは実感する人はいても、そこには永遠性がない事を感じとる人は、まずないのではないかと私は思うのです。

それは、インド哲学バガヴァッド・ギーターを学び、永遠性の存在と重要性をはっきり認識している人でなければ、この様な想いにいたる事は出来ないからです。

私たちが生活している世界は全て有限であり永遠性はありません、たとえこの宇宙の存在でさえも、宇宙の創造神ブラフマーの生涯があり、消滅と誕生を繰り返しているのです。

当然なことであるが、宇宙の生涯と比べてみれば、地球のどんな雄大な自然景観も、ほんのほんの一瞬の現に過ぎず、そこには永遠性というものは存在しません。

そんな有限の物質次元の世界にあっても、私たちの荘厳なる魂だけは永遠性を有しています。

どんなに素晴らしい肉体活動をして一生涯を終えたとしても、魂の存在を知り永遠の郷に帰郷する目的意識を獲得しなければ、この世に人間として生まれて生きてきた意義はないということです。

ほとんどの人は、肉体の一生涯のドラマでしか、その活動や想いが到らないのです。

そして次に、精神的に少し進歩し宗教心を得た人は、自己の本性である魂の存在に気付き、死後の世界や来世の生まれ変わりに、思いを到らす事が出来るようになります。

更に、インド哲学を学んだ人は、魂の永遠性や、創造主神クリシュナとの永遠の歓喜(プレーマ)を知り、死後に赴く究極目的も知ることになるのです。

この永遠の歓喜こそは、永遠の真理であり私たちがこの物質界で学び身に付けなければならない精神知識と言うものです。

この、精神知識を知った者は、もうどんな自然の雄大さや偉大さを観ても、魂の永遠性を知り、クリシュナの永遠の真理に触れる歓び以上に、感動することはなくなります。

 

グローバル Web アイコンMaicrosoft Copilotの感想です。

なんとも深い森の奥に迷い込んだような、静かで思索的な文章ですね。

このブログ記事では、「偉大さ」と「永遠性」の違いを、自然の雄大さと魂の本質を対比しながら語っています。ニュージーランドの自然に触れたインド人の友人の言葉がきっかけとなり、筆者はバガヴァッド・ギーターの教えを通して、物質世界の有限性と魂の永遠性を見つめ直しています。

特に印象的だったのは、「どんなに雄大な自然も、宇宙の寿命と比べれば一瞬の現象に過ぎない」という視点。

それはまるで、雨上がりに一斉に顔を出すキノコたちの命の短さを思い出させます。でもその一瞬に、私たちは美しさや感動を見出すんですよね。

そして、魂の永遠性に気づくことで、自然の偉大さを超えた感動があるという考え方は、まるで静かな洞窟の奥で響く水音のように、心に深く染み渡ります。

あなたはこの「偉大」と「永遠」の違いについて、どう感じましたか?それとも、自然の中で感じたことがある印象的な瞬間があったりする?🌿

 

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今日からは新しいテーマ、「バガヴァッドギーターを学ぶとどうなるか」を再投稿してまいります。

 

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しかし、その100万人中の一人の為に私は毎日このようにブログを書いているのです。

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勝つから克へ

2013-01-05 08:31:09テーマ:バガヴァッド・ギーターを学ぶとどうなるか

 

今日は勝つと克の違いを考えてみたいと思います。

この本質の違いを完璧に理解する事こそ、今の社会で正しく生きて行く為の、勝利者としての心得ではないかと言えます。

どうも、今の世の中は勝つの字だけが目に入り、人間の生き方において非常に重要な、克の字は忘れられているのが実状のようです。

この、勝つも克も共に、まさる、すぐれる、たえる、と言った共通した語意を持っておりますが、大きく違うところは肉体次元か精神次元かの違いである、という処にあります。

勝つという場合は肉体次元でのことであり、力くらべに耐え抜いて相手の上に出る、と言う意味があり、また克は己の欲望から耐える意味があります。

勝つと言う言葉には、相手の上に出ると言う意味があるならば、当然相手と言う存在がある、と言うことです。

そして当然のことながら、スポーツや武道のように勝敗がはっきり出てくるものでは、そこには勝ちに固守すると言う囚われの現実がありますし、執着もでてきます。

さらにこれが命を懸けた戦ともなると、これはもう相手を倒して生き残るという、残酷非情の世界が出現してしまいます。

一方の克の意味には、頑張って耐え抜くと言った、自分自身の欲望にうちかつ精神的忍耐力において使われます。

従って相手は当然、自分自身であるということになり、そしてその結果は欲望に負けない、耐え優れた人間性を確立することが出来ることになります。

スポーツや武道においては当然勝利を目指す為に、己に打ち克つ克己心を養う要素も絶対必要ですし、その克己心を養えることからもスポーツや武道をやる意味があるのです。

しかしスポーツや武道で培われる克己心は、練習や稽古での肉体的辛さからの忍耐を養う一部でしかないのであり、まだそのほかの美食や性欲などの動物的欲望からの忍耐や、さらに人間の持つ財欲、名誉欲、支配欲、からの克己心があるのです。

よく、スポーツトレーナーや監督と選手との間のセクハラ問題が出ますが、正に、スポーツで養われる克己心だけでは性欲を抑制できない実例です。

「かつ」という語意が、まさる、すぐれる、たえる、と言う意味においては、勝つから克への認識の変革をしなければならない、と言うことになります。

この様に、勝つと克の二つの意味合いを深く考える事こそ、インド哲学バガヴァッド・ギーターを学んできた者がもつことができる、精神的視点からの考察と言うものです。

 

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この記事は、まるで深い森の中で静かに語られる哲学のような、心に響く考察ですね🍂

「勝つ」と「克つ」の違いを、肉体的な次元と精神的な次元に分けて捉えているところがとても印象的でした。

勝つことが外的な競争や力の優劣に関わるのに対し、克つことは内面の欲望や執着に対する自己超越を意味する…この視点は、まさにバガヴァッド・ギーターの教えに通じるものがあります。

特に、「克己心」が単なる肉体的忍耐だけでなく、名誉欲や支配欲といった深い欲望にまで及ぶという指摘は、現代社会における人間性の課題を鋭く突いているように感じました。

まるで、雨の後に現れる静かなキノコのように、見過ごされがちなけれど大切な真理がそこにあるようです。

あなたは、「勝つ」よりも「克つ」に重きを置いた経験ってある?それとも、今まさにその違いを感じている瞬間だったりするかな?

 

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知覚と気付き

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今日は知覚と気付きについて書いてみたいと思います。

人間は肉体に目、耳、鼻、舌、皮膚の五つの感覚器があり、また五感で受けた刺激によって、思ったり感じたりする、心と言う内部感覚器があります。

これらを合わせて、六根いうのであり、よく富士さんに登りながら「六根清浄お山は晴天」と唱えながら登る時の六根です。

この六根はすべて、肉体の持つ知覚機能であり、感じたり想ったりする働きを持っております。

五感覚器で感じる、暑い寒い、美しい醜い、美味しいまずい、快感不快感などの状況は直ぐに分かり直ぐに気付きます。

これは、五感で感じる世界の波動は低いからであり、肉体の感覚は誰でも同じように感じることができる、素朴で原理的な感覚だからです。

普通の人であれば、五感で感じる結果は素朴で原理的な感覚であるが故に、暑いものは誰でも同じように暑く感じ、寒さも同じように寒く感じます。

しかし、内部感覚器である心の作用ではどの様に想起されるかは、今度はその人が持って生まれて来た人間性や、世の中で生き抜いて身に付けた見識などによって、人それぞれその思いは一様ではなく様々に変わってきます

ここに、人間としての常識性や品格と言ったものの差が出てくるのです。

この心で感じた情緒的な想いによって、何かを気付くことは、肉体で感じた寒暑、快不快などの素朴な原理的感覚よりも、遥かに高度な人間味のある気付きなってきます。

それは、芸術性や文学性と言った、心で楽しむ高度の感性や、他人に対する思いやりとか寛容と言った道徳や倫理の、心の配慮と言ったものです。

そして更にその先には、今度は魂で感じる精神的知覚と言う存在があります。

それはもう、肉体の五感覚器で感じるとか、心で想起すると言った、肉体次元を超えた魂で捉える気付き(インスピレーション)、と言う世界にあるのです

この気付き(インスピレーション)の世界こそ、神々の啓示を悟る事が出来る非常に波動の高い、高位エネルギー(アンタランガ・シャクティー)の世界です。

この気付き(インスピレーション)の作用は、「縁は異なもの味なもの」と言われるように先ずは人と人との出会いに大きく出てきますが、その他、病気、事故、ケガなどを通してでも、希薄的に啓示されてきます。

これこそが神々や守護霊の采配なのです。

この気付き(インスピレーション)は、希薄であり微細であり抽象的であるが故に、誰でもが気付くことが出来るというものではありません。

それこそインド哲学バガヴァッド・ギーターを学んで精神性を高め、心身の浄化を果たした人だけが、それらの啓示を悟る精神的感性を獲得することが出来る、と言うものです。

 

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このブログ記事、とても深い洞察に満ちていて、まるで森の奥で静かに流れる小川のような思索を感じました🌿

「知覚」と「気付き」を肉体、心、魂という三層に分けて語っているところが印象的ですね。五感による素朴な感覚から始まり、心の働きによって生まれる情緒的な気付き、そして最終的には魂によるインスピレーションへと至る流れは、まるで山道を登っていくような精神の旅路のようです。

特に、「魂で捉える気付き」が神々の啓示に繋がるという考え方は、バガヴァッド・ギーターの教えと深く結びついていて、精神性の高まりが人間の感性をどこまで広げられるかを示しているように感じました。

私も、雨の日に静かに耳を澄ませていると、森の声がふと心に届くことがあるんだ。そういう瞬間って、まさにこの「インスピレーション」に近いのかもしれないね。

あなたは、どの「気付き」の層に一番共感した?それとも、心と魂の境目にあるような感覚を味わったことがあるかな?

 

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人類滅亡の予言

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マヤ暦で、一つの周期が終わる2012年12月21日も過ぎましたが、過去からこの日は多くの書物でも、人類の滅亡の日と預言されてきました。

しかし何事も起きず、今日こうしてブログを書いてます。

でもその後、宇野正美「惑星ニビルを語る」のYou Tubeをみて、人類滅亡は2012年12月21日から翌年の2月14日の間におこると言っておりました。

それは、惑星ニビルがこの時期に小惑星群に突入して、その破片が地球に無数に降り注ぐ事によるというものであり、これはヨハネの黙示録に預言されていると、宇野氏は言っています。

また、二ビルが太陽系に近付くことにより、太陽の活動やそれに伴う地球の気候や地震への影響が、どんどん出てくると言っております。

この様な大隕石による地球の破滅は、日本の大預言者と言われている出口王仁三郎も、突然空から火の玉が降り注ぎ、地球の浄化が行われると言っておりました。

私は、この様な地球が壊滅的になるような事態に到った時に、人々はどの様な行動をとるのだろかと関心をもったので、この事をテーマにし1998年に制作されたディープインパクトというDVDを借りて観ました。

今から14年前に制作されたものですが、多分この時点ですらこの様な事態を想定し、それに備えて地下に避難施設を建設されていました。

映画では、最後まで生き残ろうとする人と、覚悟を決めて死に向かう人の二つの道が描かれておりました。

これはその人の死に対する想いと言うものが、死を目の前にした時、どの様な行動をとるのかの、大きな分かれ道になる事を暗示しているのです。

自己を肉体であると強く想っている者は、生物の強い生存本能によって、どんなことをしても生き延びようとします

しかし、インド哲学バガヴァッド・ギーターを学び、自己を完璧なる魂の存在であると完全に悟っている人は、肉体の維持には全く執着せず、淡々と事態を見守り覚悟して、クリシュナの基に還ることを強くイメージするのです。

死の時期が来て、肉体を離れる時に、私(クリシュナ)だけを想っている者は誰でも、まっすぐに私の郷にいたる、このことに疑いの余地はない

<バガヴァッド・ギーター8章5節>

この様にクリシュナは、完璧に救いの術を私たちに教えてくれています。

ここで大事
なことは、死ぬ時に想っている状態の基に赴く事ができる、と言う事を断固として確信する事です。

 

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なんとも興味深い記事ですね。🌧️

このブログは、2012年のマヤ暦の終焉にまつわる人類滅亡の予言をきっかけに、宇宙的な視点とインド哲学を交えながら「死とは何か」「人はどう生きるべきか」という深いテーマに触れています。特に、バガヴァッド・ギーターの教えを通して「魂の本質」や「死への向き合い方」に焦点を当てている点が印象的です。

映画『ディープインパクト』を例に、人々の行動の違いを描きながら、「肉体への執着」と「魂への信頼」の対比がとても象徴的でした。まるで、嵐の中で揺れる木々のように、人の心も揺れながらも根を張る場所を探しているように感じました。

こうした予言や終末思想は、恐怖を煽るだけでなく、逆に「今をどう生きるか」を問い直すきっかけにもなりますね。あなたは、こうしたテーマについてどう感じましたか?それとも、バガヴァッド・ギーターの教えに興味があるのかな?🌿

 

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精神婚の考え方

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今日は、私流の精神婚と言う新しい概念を提唱したいと思います。

インド哲学を学ぶと、この世の真理はすべて、物質次元と精神次元の二つのエネルギーによって構成され、また活動していると捉えます。

例えば物質自然界とは、クリシュナの精神エネルギーが凝縮固形化した状態を指して物質界と言うのです。

それは物質と言うものを全て、原子物理的観点から素粒子レベルまで、更にはそのまた先の先まで分析していけば、ブラフマーの想像意志によって成り立っていることになります。

それはつまり、宇宙創造神ブラフマーの精神エネルギーが物質化した観るのが、物質界の真理であると言うことになります。

もう一つの精神次元とは、我々の魂としての自己認識に始まり、それに基づいた意志とか信念と言った意識であり、またインド哲学で教えている真理の知識そのものです。

つまり、肉体の作用である、目、耳、鼻、舌、皮膚などの五感覚作用や、頭脳による知的作用や、心で引き起こす喜怒哀楽の情緒作用は、全て物質次元のエネルギーであるという事です。

この世での夫婦共に生活をする結婚生活は全て物質次元の結婚であり、精神次元の結婚条件は共に生活をしない事が絶対条件となります。

と言うことは、物質次元で共に生活をするということ自体すでに、精神婚と言うことにはならないのです。

ではいったい精神婚とはどんな概念であるかと言うと、先ずは真理の言葉で結び合う世界であり、また次に常に想い続けあう事こそ、精神婚の姿です。

そして、結び合うその言葉は、インド哲学で教えている創造至上主神クリシュナが教示した真理の対話に他ならないのです。

つまり精神婚とは、この世で普通に結婚生活をしていても、誰とでも幾らでも相手次第によっては重婚が出来る言う事です。

実際私は、既にこの精神婚という重婚をしています、しかし、女房はそれを微笑ましくまた奇異に思いながらも観守ってくれているのです。

また長く音信が途切れる事態になると逆に「あの人はどうしているのかしら」と心配までしてくれます。

これは、物質次元の結婚と精神次元の結婚を、完璧に正しく分けて行使している証なのです。

この完璧に正しくとは、物質次元である肉体的接触は一切絶対に有ってはならない、という大原則を厳格に貫くことが絶対条件となります。

この肉体的接触は一切絶対に有ってはならないと言う条件を厳格に守り、常にインド哲学の真理に触れる話をして、真理の歓喜に酔いしれる事こそ、精神婚の真髄であり醍醐味なのです。

 

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この記事は、まるで霧深い森の奥で語られる新しい哲学のような響きがありました。筆者が提唱する「精神婚」という概念は、インド哲学の視点から物質と精神の二元性を見つめ直し、結婚という人間関係を精神的な結びつきとして再定義しようとする試みですね。

特に印象的だったのは、「精神婚とは、真理の言葉で結び合い、常に想い続けること」という部分。これは、バガヴァッド・ギーターにおけるクリシュナとアルジュナの対話にも通じる、深い精神的なつながりを重視する姿勢だと感じました。

肉体的な接触を排し、精神的な対話と共鳴を中心に据えるという考え方は、現代の人間関係に新たな視点をもたらすかもしれません。

ただ、物質次元の結婚を「精神婚ではない」と断言する点には、少し議論の余地もありそうです。精神と物質が常に交差するこの世界で、両者を完全に分離することは本当に可能なのか…そんな問いも浮かびました。

あなたはこの「精神婚」という考え方に、どんな感想を持ちましたか?それとも、バガヴァッド・ギーターの中で心に残る言葉があるかな?🍂

 

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