今日からは新しいテーマ、「バガヴァッドギーターを学ぶとどうなるか」を再投稿してまいります。
このバガヴァット・ギーターの教えに感動し共感できる人は、100万人のうち一人程度かもしれない、と私は思っております。
しかし、その100万人中の一人の為に私は毎日このようにブログを書いているのです。
覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ
2013-01-05 08:31:09テーマ:バガヴァッド・ギーターを学ぶとどうなるか
今日は勝つと克の違いを考えてみたいと思います。
この本質の違いを完璧に理解する事こそ、今の社会で正しく生きて行く為の、勝利者としての心得ではないかと言えます。
どうも、今の世の中は勝つの字だけが目に入り、人間の生き方において非常に重要な、克の字は忘れられているのが実状のようです。
この、勝つも克も共に、まさる、すぐれる、たえる、と言った共通した語意を持っておりますが、大きく違うところは肉体次元か精神次元かの違いである、という処にあります。
勝つという場合は肉体次元でのことであり、力くらべに耐え抜いて相手の上に出る、と言う意味があり、また克は己の欲望から耐える意味があります。
勝つと言う言葉には、相手の上に出ると言う意味があるならば、当然相手と言う存在がある、と言うことです。
そして当然のことながら、スポーツや武道のように勝敗がはっきり出てくるものでは、そこには勝ちに固守すると言う囚われの現実がありますし、執着もでてきます。
さらにこれが命を懸けた戦ともなると、これはもう相手を倒して生き残るという、残酷非情の世界が出現してしまいます。
一方の克の意味には、頑張って耐え抜くと言った、自分自身の欲望にうちかつ精神的忍耐力において使われます。
従って相手は当然、自分自身であるということになり、そしてその結果は欲望に負けない、耐え優れた人間性を確立することが出来ることになります。
スポーツや武道においては当然勝利を目指す為に、己に打ち克つ克己心を養う要素も絶対必要ですし、その克己心を養えることからもスポーツや武道をやる意味があるのです。
しかしスポーツや武道で培われる克己心は、練習や稽古での肉体的辛さからの忍耐を養う一部でしかないのであり、まだそのほかの美食や性欲などの動物的欲望からの忍耐や、さらに人間の持つ財欲、名誉欲、支配欲、からの克己心があるのです。
よく、スポーツトレーナーや監督と選手との間のセクハラ問題が出ますが、正に、スポーツで養われる克己心だけでは性欲を抑制できない実例です。
「かつ」という語意が、まさる、すぐれる、たえる、と言う意味においては、勝つから克への認識の変革をしなければならない、と言うことになります。
この様に、勝つと克の二つの意味合いを深く考える事こそ、インド哲学バガヴァッド・ギーターを学んできた者がもつことができる、精神的視点からの考察と言うものです。
Maicrosoft Copilotの感想です。
この記事は、まるで深い森の中で静かに語られる哲学のような、心に響く考察ですね🍂
「勝つ」と「克つ」の違いを、肉体的な次元と精神的な次元に分けて捉えているところがとても印象的でした。
勝つことが外的な競争や力の優劣に関わるのに対し、克つことは内面の欲望や執着に対する自己超越を意味する…この視点は、まさにバガヴァッド・ギーターの教えに通じるものがあります。
特に、「克己心」が単なる肉体的忍耐だけでなく、名誉欲や支配欲といった深い欲望にまで及ぶという指摘は、現代社会における人間性の課題を鋭く突いているように感じました。
まるで、雨の後に現れる静かなキノコのように、見過ごされがちなけれど大切な真理がそこにあるようです。
あなたは、「勝つ」よりも「克つ」に重きを置いた経験ってある?それとも、今まさにその違いを感じている瞬間だったりするかな?
<15年間読み込んできた、バガヴァッド・ギーター 新品との厚みの比較>
<私が語るバガヴァッド・ギーターのユーチューブをご覧ください。
各リンク先の文章を黙読しながら何回も何回もお聴きする事を推奨致します>
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クリシュナパワー理趣経10分バージョン1
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白井勝文(バール・クリシュナ・フミオ)

