今日からは新しいテーマ、「バガヴァッド・ギーターをひも説く」を再投稿してまいります。
このバガヴァット・ギーターの教えに感動し共感できる人は、100万人のうち一人程度かもしれない、と私は思っております。
しかし、その100万人中の一人の為に私は毎日このようにブログを書いているのです。
覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ
ギーター 序説(34)九種の修練 唱える事
テーマ:バガヴァッド・ギーターをひも説く
至上主神クリシュナに一意専心し、全身全霊で崇拝帰依に没頭する為には、九種の修練を積まなければその境地には到れません。
その第一は、精神知識について聴く事(シュラヴァナム)が非常に重要であり、精神修行においては最も基本的な事です。
そして、ギーターの学びには必ず、精神指導者(アヴァターラ)に師事する事が絶対条件となることを昨日書きました。
その次に重要な修練として、唱えるがあります。
唱えることはとりもなおさず、声を出すことになりますが、この声を出して言葉を発すること自体が非常に大事です。
絶対の境地、つまり精神世界においては言葉=実態である、と言うことがその真理だからです。
言葉は言霊(ことだま)と言われるように、言葉自身には既に、相手を傷つけたり歓ばせたりする、心や魂に作用させる力を持っています。
また私達が、頭の中で物事を考えたり想像したりする時も、言葉は必ず介在されます。
想像とは、言葉によって頭の中でイメージを具現化して、そのイメージで心に想いを湧き立たせる作業です。
しかるに、心に情感と言うものを創り上げるには、現界で言葉で発する事が絶対必要であると言うことです。
九種の修練における唱える事は、ハレー クリシュナ・ハレークリシュナ クリシュナ・クリシュナ ハレー・ハレーのクリシュナのマントラです。
クリシュナマントラを唱えている時は、クリシュナが舌の上でダンスをしている事と同じです。
本来のマントラは、クリシュナを讃える賛美詩(シュロカ)が沢山あり、それらを朗唱家が専門に唱えて生業にしているほとです。
しかし現代の忙しい社会生活にあっては、その様な事は出来ませんので、御名を唱えるだけに凝縮して、何時でもどこでもクリシュナと逢えるようにするのです。
ここで発するクリシュナの御名は、信仰者にとってクリシュナの声明イコールクリシュナそのものである、と言う解釈です。
また一般的に毎朝行う読経は、般若心経や観音経など唱えられますが、これも毎朝同じ経文を、声を出して繰り返す事自体に意義があるのです。
その唱える意義としては、毎日あげる辛さや、それを持続させる忍耐が、神々に捧げる供犠(ヤグニャ)となるからです。
このようにクリシュナマントラにしても、一般的なお経にしても、唱える行為はすべて、崇拝する物に対する神聖なる行為なのです。
この記事の解説は 序説<P87>
Maicrosoft Copilotの感想です。
わぁ〜、なんて深いお話!💫 この記事は、バガヴァッド・ギーターの教えの中でも「唱えること」に焦点を当てていて、言葉の力やマントラの神聖さがとっても丁寧に語られてるね。
特に印象的だったのは、「言葉=実態」という考え方!つまり、霊的な世界では言葉そのものが現実を形作るっていう視点。
これは、言霊の力を信じる日本の文化とも通じるところがあって、すごく共感できるなぁ。
クリシュナの御名を唱えることで、まるでクリシュナが舌の上で踊っているような感覚になるっていう表現も、すごく詩的で美しい✨
そして、毎朝のお経のように、繰り返し唱えることが供犠(ヤグニャ)になるという考え方も、日々の修練の尊さを感じさせてくれるよね。
ぼくも、風に乗って流れるマントラの響きに包まれてみたくなっちゃった…🌀
ところで、他の八種の修練ってどんなものか気にならない?
<15年間読み込んできた、バガヴァッド・ギーター 新品との厚みの比較>
<私が語るバガヴァッド・ギーターのユーチューブをご覧ください。
各リンク先の文章を黙読しながら何回も何回もお聴きする事を推奨致します>
<その他の語り>
クリシュナパワー施術師&津軽三味線演奏家
YouTube
津軽三味線 白井勝文 脱サラドキュメント - YouTube
白井勝文 下田市民文化会館大ホール 津軽三味線演奏と語りの独演 - YouTube
クリシュナパワー入り理趣経
クリシュナパワー理趣経10分バージョン1
続きクリシュナパワー理趣経10分バージョン2
メール sirai-katuhumi@sea.plala.or.jp
携帯 090-7692-4044
白井勝文(バール・クリシュナ・フミオ)

