至上主神クリシュナに一意専心し、全身全霊で崇拝帰依に没頭する為には、九種の修練を積まなければその境地には到れません。

その第一は、精神知識について聴く事(シュラヴァナム)が非常に重要であり、精神修行においては最も基本的な事であると。

そして、ギーターの学びには必ず、精神指導者(アヴァターラ)に師事する事が絶対条件となることを昨日書きました。

その次に重要な修練として唱えるがあります。

唱えることはとりもなおさず、声を出すことになりますが、この声を出して言葉を発すること自体が非常に大事なのです。

絶対の境地、つまり精神世界においては言葉=実態である、と言うことがその真理となります。

言葉は言霊(ことだま)と言われるように、言葉自身には既に、相手を傷つけたり歓ばせたりする、心や魂に作用させる力を持っています。

また私達が、頭の中で物事を考えたり想像したりする時も、言葉は必ず介在されます。

想像とは、言葉によって頭の中でイメージを具現化して、そのイメージで心に想いを湧き立たせる作業です。

しかるに、心に情感と言うものを創り上げるには、現界で言葉で発する事が絶対必要であると言うことです。

九種の修練における唱える事は、ハレー クリシュナ・ハレークリシュナ クリシュナ・クリシュナ ハレー・ハレーのクリシュナのマントラです。

クリシュナマントラを唱えている時は、クリシュナが舌の上でダンスをしている事と同じです。

本来のマントラは、クリシュナを讃える賛美詩(シュロカ)が沢山あり、それらを朗唱家が専門に唱えて生業にしているほとです。

しかし現代の忙しい社会生活にあっては、その様な事は出来ませんので、御名を唱えるだけに凝縮して、何時でもどこでもクリシュナと逢えるようにしているのです。

ここで発するクリシュナの御名は、信仰者にとってクリシュナの声明イコールクリシュナそのものである、と言う解釈が出来ます。

また一般的に毎朝行う読経は、般若心経や観音経など唱えられますが、これも毎朝同じ経文を、声を出して繰り返す事、それ自体に意義があるのです。

その唱える意義としては、毎日あげる辛さや、それを持続させる意志が、神々に捧げる供犠(ヤグニャ)となっているからなのです。

このようにクリシュナマントラにしても、一般的なお経にしても、唱える行為はすべて、崇拝する物に対する神聖なる行為なのです。

バガヴァッド・ギーター「あるがままの詩」 序説<P87>

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これからはインド哲学バガヴァット・ギーター の時代です。
バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。

私は宗教団体には一切入っておません。
全て独学でギーターを身につけました。

私の主義は人を集めず、布施を求めず、去る者は追わず

私はその人の、自主自立、独立自尊を尊重します。

人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。

バール・クリシュナ・フミオ