小説「TOUBEE-3」



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第六章 「その名はエデン」



第五話 「美由紀の時間」



 

美由紀を追い詰めようとする扇ガ谷は、手に持った装置のレバーを動かし、発光体を操っているようだ。


暫くすると、何処かの壁の内部で鈍い音がした。


「見付けたようだな。」


扇ガ谷は装置のダイヤルを回した。


すると、壁伝いの音が大きさを増し、かつ激しくなってきた。


眼をギラつかせて笑う扇ガ谷。


「フハハハッ、このゲル状生命体は、地球上のものではない。隕石に含まれていた僅かな細胞を、我々の科学力で奇跡的に培養に成功し、手懐けたのだ。未知の生物が相手では、いくらオルフェノクといえど戦いづらかろう。」


音のする位置が、次第に分散しはじめた。


それは、壁といわず、天井といわず、床といわず、断続的に聞こえる。


そして、はっきりと身体で感じ取れるほどの振動を伴い、扇ガ谷たちのいるエレベーターホールは、不気味な音響に包まれた。




それから数分後、ピタリと音が止んだ。


「どうやら終わったようだな…。回収準備。」


扇ガ谷は、号令と同時に装置のダイヤルを戻し、スイッチを切り替えた。


手下たちもカプセルの準備をする。


換気口から、ゲル状生命体が現れた。


だが。


「ん?」


扇ガ谷がスイッチを操作しても、一向にカプセルには戻ろうとしない。


「どうしたんだ?」


命令を聞かないゲル状生命体は、緑の蛍光色を弱めたかと思うと、換気口からズルズルと下へ垂れ下がり、エレベーターの無いエレベーター室を、最下階の更に下の床まで落ちていった。

 




「なんということだ…。」


すると、ホールに面した壁の一部が盛り上がり、その辺り周辺のタイルが剥がれ落ちはじめた。


身構える扇ガ谷と手下たちは、獣人へと変身する。


壁の中からは、半身が粘菌体のスワンオルフェノク、生越美由紀が現れた。


その手には、ゲル状生命体の一部を掴んでいる。


「あんな狭い所で急に潜り込んで来るなんて、ずいぶん無粋な宇宙人ね。」


そう言って、掴んでいた生命体の一部を床に投げ捨てた。


捨てられた生命体は発光を止め、溶けて流れて行った。


「うぬっ…、キサマどうやって…。」


「さぁ、どうしてかしらね。」


「くっ…。だがしかし、これだけの武装した獣人を前に、何の装備も持たずに良い度胸だな。」


そう言いながら美由紀の眼前に迫る扇ガ谷。


「なに言ってるの。あの姿でコレ運ぶの大変だったんだから。」


と言うが速いか、美由紀は右正拳突きを出して牽制。


咄嗟に身を退く扇ガ谷。


美由紀は素早く右拳を引き寄せ、入れ替わりに突き出された左手には、スマートフォンが握られていた。


それを、反時計回りに円を描く美由紀。


その遠心力により、スマートフォンのオートジャイロ機能が働き、自動的にタッチパネルの数字が反応。


『7』
『3』
『9』
『Enter』


『Standingby』


左手のスマートフォンを左腰のポーチへセット。同時に右腕を左斜め上に伸ばした。


「変身!」


『Complete 』


ポーチのジェネレータが作動し、美由紀の全身にフォトンビームが走る。


次の瞬間、スパイ衛星ホークアイからナスカギアが転送され、美由紀は仮面ライダーナスカへと変身した。



「おのれ、撃ち殺せ!」


扇ガ谷の指令で、手下たちは一斉射撃。


それを、天井すれすれまでジャンプしてかわした美由紀は、扇ガ谷の頭上を飛び越えざまに、その後頭部を一蹴り。


そのまま飛行モードで反対側の通路に姿を消した。


一瞬の不意を突かれた扇ガ谷は、よろめきながら壁の非常警報ボタンを押した。


鳴り響くサイレン。


通路を警戒中の手下の無線機に、誰かから通信が入る。


『どうしました?』


妙に、言葉が丁寧だ。



「侵入者、GブロックからFブロックに移動。」


『逃がしたのですか…?』


「は、はい、予想以上の速さで…。」


『扇ガ谷さんは?』


「侵入者の反撃に遭い、負傷。」


『分かりました。あなた達のうち一名を扇ガ谷さんの補助として研究室へ。残った者は侵入者を追跡。こちらの増援と合流してください。以上。』


「了解。」


司令室で無線機を置いた男が、振り向くこともなく後ろの二人に言う。


「今の扇ガ谷さんでは手に余るようですね。また貴方たちにお願いすることになりました。」


「お任せを。統率者様。」


そう返事をしたのは、パズズとラマシュトゥの二人だった。




第六話へつづく。

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第六章 「その名はエデン」



第四話 「潜入」




 

絶海の孤島に、堅牢なビルディングが建っている。


周りを塀で囲み、さながら要塞か、城のようだ。


美由紀は、夜空に紛れてビルの屋上に降り立った。


その気になれば、羽ばたき一つで音速を超えられる彼女にとって、これは造作も無い一瞬の作業だった。


そして、降りた彼女の姿は既に屋上にはない。


越生美由紀の持つ能力は、こういう時にこそ発揮される。


もちろん、屋上にも至る所に警報装置はある。


だがしかし、並大抵の警報器など、美由紀にとっては何の意味もない。


最上階の通路に出た美由紀は、一瞬だけ非常口の常夜灯にシルエットを浮かばせ、またすぐに姿を消す。


ここにも無数の監視カメラやレーザーセンサーが張り巡らされているが、彼女の超感覚と超能力の前では、何も捉えることは出来ない。


これが、反新蝕架同盟の連絡員、生越美由紀なのである。




建物内の実験室では、室内用ランニングマシンの上で走る続ける男が二人、身体中に電極を繋げて計測器にデータを送られていた。


そのマシンの目盛りは、時速120kmを示している。


既に、この男たちは獣人に改造されているようだが、どうやら更なる強化改造を施されるらしい。


すると、その一人が異変に気付いた。


「誰か居るようだぞ?」


「誰かとは?」


「たぶん侵入者だ。」


「なにっ?!何処だ?!」


「いや、それが…。」


「どうしたんだ習志野。早く司令室に連絡を…。」


「待て。これは…、人間じゃないぞ。」


「人間じゃなきゃ何なんだ?仲間か?」


「分からん…。すまんが桑江、お前の力でこれから俺の言う場所の脳波を探知してくれ。」


「おう。」


「7階の西側防火シャッターの辺りから…、6階エレベーターホールにかけての一帯だ。」


「何だその広範囲は?軍隊でも居るのか?」


「頼む、その一帯に、何て言うか…、有機的な移動目標が居るんだ…。」


「分かった。お前がそう言うんなら、確かなんだろうな。」


桑江は座って静かに目を閉じ、習志野から言われた一帯に思念波を送った。


すると。


「何だこいつは…?蟻の行列か?」


「なぁ…、おかしいだろう。」


「あぁ、それに…、確かに意思の働きを感じる…。」


「しかも、この速さは…、おっ!?こっちに来るぞ!」


「換気口だ!」


習志野と桑江は身構えた。


「蟻の行列だなんて、可愛らしい喩えをしてくれてありがとう。」


意外にも女性の声に、キョトンとする二人。


「だ…、誰だ!?何のつもりなんだ?」


「あなたたちと争うつもりは無いの。」


「どういうことだ?」


「それはこっちが聞きたいわ。どうしてあなたたちみたいな人が、こんなところに居るの?」


これには習志野が説明を始める。


「こんなところ…?ここは国際自然保護団体、『矛の会』の総本部だぞ?」


「矛の会…?聞いたことあるわね。でもそこはずいぶん昔に壊滅しているはずよ?」


「何を言うんだ?矛の会は統率者様の理想により10年前に発足され、破竹の勢いで世界中に拡がった奇跡の団体だぞ。」


「理想?」


「そうだ、我々は、やがて襲い来る『禍』から人類を護り、失われた理想郷『エデン』を取り戻すために闘うのだ。」


「禍…?それって、楚崙伝説に出て来る禍のこと?」


「そうだ。この事を知っているということは、あんたも過去に改造された仲間なんだろう?」


「改造されたんじゃないわ…。ん~…、私の場合は生まれつきなのよね。」


「おぉ!!それでは統率者様と同じ『エデンの申し子』なのですね?」


「なあに?…それ。それに、統率者様って誰?」


「本当のお名前は、確か『煉』(レン)様と、幹部の一人が呼んでいたのを聞いたことがある。生まれつき絶大な能力をお持ちで、我々の仲間の中では唯一人、単独で禍に対抗できる存在だと言われている。」


「あら、それってつまり、禍を倒すという目的がある限り、誰も逆らえないってことね。」


「いや…、あぁ、そう言われれば、そうなんだが…、あんたもその一人じゃないのか?」


「どうなんだろう…。ちょっと違う気がするわ。私たちにそんな野心は無いし、私がここへ来た目的は、掠われた仲間を助けるためなの。」


「掠われた仲間だって?」


桑江が声を上げた。


「いい加減なことを言わないでくれ。我々の掟では能力者同士が争うことを禁じられている。あんたはいったい何者なんだ?」


と、そこへ、彼等の話し声を聞き付けた誰かが部屋のドアを強く叩いた。


「おいっ!何を話している!?」


「あら?何だか恐そうな人が来たみたいだから、これで失礼するわね。」


美由紀は、会話のために声を共鳴させていた換気口から、再び通路の方へ移動した。


その直後に部屋のロックが解錠され、先程の声の主が現れた。


「あ、扇ガ谷(おうぎがやつ)さん。」


「お前たち、誰と話していたんだ!?」


「それが…。」


習志野たちは事の次第を説明した。


「なにっ!?声だけが聞こえただと?」


「えぇ…、この壁の向こうから…。」


「この向こうは…、エレベーター室か?」


「はい…。」


「よし、お前たちはここから動くなよ。」


「わかりました。」


扇ガ谷は、足早に部屋を出て行った。


部屋に残された二人。


桑江は習志野を問いただす。


「なぜ本当の事を言わなかった?」


「いや、だって、気にならないのか?あれだけの能力を持っているんだぞ?」


「それもそうだが、言っている事がおかしいじゃないか。」


「その事なんだが…。」


習志野は桑江に話し始めた。



一方、エレベーター室に美由紀を追った扇ガ谷が空振り、新たなる増援が加わった。


扇ガ谷の手下が、大きめの水筒ほどの金属のカプセルの蓋を開けると、中には緑色に蛍光する何かが蠢いていた。


次に、扇ガ谷が片手に持っている装置を操作すると、カプセルの中からゲル状の蛍光体が飛び出し、それはまるで、蛇が素早くの這い進むかのように、エレベータ室の換気口へと潜り込んで行った。


「フッハッハッハッハッ…、これで何処へも逃げられまい。」





第五話へつづく。

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第六章 「その名はエデン」



第三話 「示唆」





雷駄とは通信が途絶え、藍は一人で獣人たちと交戦中。


室田は功勇たちに警告する。


「真喜志くん、これは罠だ。だが、放っておくわけにもいかん。接近には十分に気をつけてくれたまえ。」


「了解!」


「藍ちゃん、いま行くからね!」


「こちら功勇。玲、聴いていたか?」


石垣島の研究所にも警戒を発した。


「あぁ、こっちも緊急警戒態勢を取ったところだ。」


「了解した。OK、室田さん、こちらは大島を肉眼で確認。指示をお願いします。」


「こちら室田。よし、作戦を指示する。先ずは島民の安全を最優先。機内には操縦士を一人置いて、他の者は取り残された島民を自衛隊の艦船に誘導。ハンティング・イーグルは地上の支援と同時に上空より偵察し、雷駄の安否確認に努めろ。尚、獣人は元々島民である可能性があるため、自衛隊員からの攻撃による援護はない。君たちだけが頼りだ。以上、行動開始!」


「ちゃーがんじゅー、了解!」



奈瑠美を操縦席に残し、功勇たちは機体下から各アジャスターで降下。


ここで言うアジャスターとは、室田の設計したチャーガンジュー用の乗り物で、二輪で走行はするが、研究所の各マシンにそのまま収納させることで乗り込む事が出来る。潜水艦行動の多い彼らにとって、減圧室などに入る手間を省くことが主目的で製造されたマシンである。


島に降り立つチャーガンジューたち。


するとたちまち、そこかしこから獣人たちが群がってくる。


「老人、子供、怪我人が優先だ。」


「これが伏竜改…?」


石垣島で見たゾンビ獣人とはまた違った敵に、野獣のような強さを本能的に察知した華寿美が、その弱点を分析し始めた。


功勇と淳士が先頭に立って、襲い来る獣人たちに応戦。


その間に、日登美が藍と合流し、生き残った島民の救出に向かう。


「藍!」


「日登美ねーね!」


藍は、かつて石垣島で淳士から譲り受けた超重力エークを使って、獣人たちに足払いを食らわしていた。


だが、回復力に優れた獣人は、しばらくすればまた立ち上がり、狂ったように向かってくる。


「なんか、さっきからキリが無いのよね…。何処かにこいつらの変身音波を出してる所があるはずなんだけど…。」


「藍ちゃんにも判らないの?」


「うん。獣人からも音波が出てるから、これだけ多いと共鳴しあって区別がつかないわ。」


「ある程度、まとめて数を減らさないとダメなのね…。」


「それをさっきから遣ってるんだけど…。」


だが、この会話は日登美のナンクルナイザーを通じて他の全員に共有され、ハンティング・イーグルの奈瑠美から室田の無線機にも届いていた。


「そうだ藍。お前の判断は間違っていない。」


「でも…。」


「あぁ、言いたいことは解る。雷駄も同じことを考えて、自分から進んで罠に堕ちたんだろう。」


「え…?じゃあ…。」


「変身音波の出所は、たぶんあのデカブツだろうな。雷駄はそれに気付いて、咄嗟の判断で相殺音波を…、つまり変身を解いたんだ。」


「怪物の目の前でですか?」


「あぁ、だから自衛隊の艦船も島に近付く時間ができた。あいつも自分の事より島民の安全を優先したのさ。俺たちを信じ、ヒントを残してな。」


「罠と判っていながら?」


「あいつはそういう奴さ。戦いたくて戦ってるんじゃない。許せない奴がいるから戦ってるんだ。」


「悪い組織を?」


「いや、もっと具体的に、人間を人間じゃなくさせる奴らをだ。」


室田のこの言葉に、そこで戦っている全員の心が打ち震えた。



奈瑠美から通信。


「上空からは、まだ雷駄さんの姿は見当たりません。」


だが、藍がこれに応えた。


「大丈夫。雷駄さんの音波を感じるわ。」


「この状況で?」


「不思議なんだけど、ビーちゃんと合体するとね…。」


これは、本人たちはまだ気付いていないが、お互いが同じ蜂の音波によって二段変身を遂げているために、その気になれば雷駄と藍は完全に同調し合うことも出来るようになったのだ。


それに加えて、以前の戦いで蜂が雷駄の体の一部をかじっていたことで、雷駄の遺伝子が蜂の体内に宿っていることも要因になっていた。


「だったら、雷駄さんは何処に?」


「状況からして、奴らに捕まった可能性が高い。」


と室田が答えた。


ここで美由紀から連絡。


「SOLINGENの信号をキャッチしました。海底でスタンバイ状態です。」


「よし、藍、SOLINGENを呼んでみろ。」


「え?私がですか?」


「そうだ。SHEFFIELDの反応機構はSOLINGENからコピーしたものだからな。お前にも呼び出すことぐらいは出来るはずだ。」


「はい、やってみます。」



獣人からの攻撃は、いったん日登美がすべて受け止める。


そして、藍の呼び掛けに、SOLINGENは水中から飛び出して来た。


「うわぁ、ホントだ!」



戦闘モードとなって、藍の前に降り立つSOLINGEN。


「室田さん、SOLINGENが到着しました。」


「よ~し、SOLINGENのAIには、雷駄のベルトの相殺音波の周波数が記憶されている。それはお前も知っている、いつもの雷駄からの音波と同じはずだ。」


「はい。」


「そいつをSHEFFIELDのAIと同調させて増幅してもらいたいんだが、できるか?」


「やってみます。」



何の設備も無いこの島で、何重にもロックのかかったSOLINGENのAIからは、相殺音波のデータをロードすることが出来ない。


だから室田は、雷駄の他にただ一人シンクロできる藍からの指令によって、SHEFFIELDのAIに学習させようというわけだ。



斯くして、SHEFFIELDはSOLINGENの相殺音波を記憶し、ただちに同じ音波を放射した。


二台による相乗効果で、取り囲んできた獣人たちの動きが鈍った。


その様子を、藍が室田に報告する。


すかさず室田の指示。


「思った通りだ。奈瑠美、お前のナンクルナイザーでこの音波を拾えるか?」


言われるより速く、日登美を通じて奈瑠美のナンクルナイザーが音波をデータ化していた。


「OKです!」


「よし、それをハンティング・イーグルのコンピュータに入力して増幅させ、下のデカブツに浴びせてやれ。」


「了解!」


奈瑠美は海の怪物めがけ、上空からの避難誘導に使う拡声器で相殺音波を発射。


それは、地上で発射された音波と合わさって、より強い威力を発揮した。


島の獣人たちは人間の姿に戻りつつ、皆崩れるように眠ってしまった。


急激に変身させられたためだろう、体力の消耗が激しいのだ。


かつて羽祟り村で同じ経験をしたことのある藍は、安全を確信して変身を解いた。


藍と分離した蜂はそのまま藍の肩にとまり、羽ばたきを止めた。


「日登美ねーね、ありがとう。もう大丈夫よ。」


「藍ちゃんだけでも、間に合って良かったわ。」


「うん。今度は雷駄さんを助けに行かなきゃ。」


「えぇ、でもそれには作戦を立て直す必要がありそうね…。」


日登美には、上空から偵察していた奈瑠美から、怪物がナガスクジラのような姿にに戻って海中へ姿を消したという情報が伝わっていた。


それでも、藍の肩で休む羽祟り蜂は、雷駄の居る方角を正確に指示していた。



 

第四話へつづく。

 

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第六章 「その名はエデン」



第二話 「途絶」




 

ハイジャック事件から半年。


室田は、都内のとある大型見本市会場に来ていた。


年に一度開催される、国内最大の国際オートバイ見本市の準備のためだ。




ピラミッドを二つ、逆さまに並べたような外観の建物。


この日はブースの設営だけなので、室田の助手はメカニックの福田だけだった。


最新型のマシンに、更なるチューニングを施した室田コンプリートが固定された木製の枠組みを、電動フォークリフトで慎重にトラックから降ろし、展示用の台の上まで移動する。



「最近じゃあ、何でも無公害が流行で、電動だなぁ。」


「そうですねぇ。」


「前に仕入れた外国製の電動バイク、ありゃ余りの遅さにビックリしたけどよぉ、今の技術ならイケるよな。」


「えぇ。」


うなずきながら梱包の枠を剥がす福田。



今回の展示車両は二台。


高出力のスーパーマシンと、資源と環境に配慮したハイブリッドなエコマシン。


どちらも室田と福田の力作だ。




ここで室田の携帯が鳴った。


美由紀からだった。


「はい、もしもし室田です。」


「湾岸支局から緊急連絡です。海上自衛隊の潜水艦が小笠原諸島海域で正体不明の生物と接触。警戒網を突破して、まっすぐ東京湾に向かっているとのことです!」


「ナニッ?そりゃここに向かってるってことじゃねぇか。」


「はい。雷駄さんと藍さんは既に現場へ向かいました。真喜志研究所にも出動要請しますか?」


室田は周りの目を気にして小声で返す。


「そうだな。こんな人口密集地で騒ぎを起こされちゃかなわん。その前に何とかしたい。緊急要請だ。」


「了解!」


電話を切った室田は、敢えていつもと変わらぬ様子で福田に言う。


「忙しくなりそうだから、ここは早いとこ片付けちまおうぜ。」


福田は黙ってうなずいた。




その頃、連絡を受けた真喜志研究所では、チャーガンジューの面々が特殊戦闘機ハンティングイーグルでスクランブル発進。
ハイジャック事件からの教訓で、全員が操縦の訓練を終えての初出撃となった。


藍もSHEFFIELDの飛行モードで目標を目指す。


雷駄はSOLINGENで首都高を走っていた。




太平洋上では、不気味な生命体が水上に姿を現したために、埼玉の飛行場から報道のヘリコプターが飛び立った。


だがこれに対し、海上保安庁から警告が発せられた。


現場海域から予想経路にかけては、自衛隊機以外は無人となった。


そこへ最初に到着したのは藍だった。


「美由紀さん、只今現着しました。」


藍はPASSAGEに無線を入れた。


「了解、状況を報告して下さい。」


「はい。目標は伊豆大島から南南西に約10キロの海域にて、海面から顔を上げて泳いでいます。先ほど上空から接近して確認したところでは、体長は約20メートル。一見すると爬虫類か両生類のように見えます。」


「了解しました。いま雷駄さんが向かっています。そのままもう少し監視を続けてください。」


「了解。」


「雷駄さん聞こえますか?」


「あぁ、聞こえてた。説明からすると、まるで恐竜のようだが、やけにデカイな。」


「え?恐竜が大きいとおかしいんですか?」


「いや…、そうじゃなくて、今生きているってことがおかしいんだよ。」


「あ、そうか…、今の海の環境に適応出来るわけ無いですよね。」


「あぁ、恐竜が氷河期を生き延びられなかった原因の一つに、大きく成りすぎたということがある。だが万一生き残った種があったとしても、爬虫類は身体の構造上、魚ほどには泳ぎは上手くないし、巨大化するにつれて動きも緩慢になるからな、成長する前に、サメやシャチに食われちまうのがオチだ。」


「じゃあ、あの怪物は…?」


「もしかしたら、巨大な水棲生物…、例えばクジラなどに、0号獣人のような改造実験を行ったのかも知れない。」


「そんなぁ…。」


「人間に可能なら、他の生物でも不可能では無いはずだ。と言うより、動物実験の方が先だったんじゃないかな?」


「でも、野生動物はそう簡単に操れないんじゃ…。」


「時間は掛けたんだろうよ。だから今ごろ現れたってことなんだろう?」


「そんな…、石垣島では、あれだけの数のゾンビ獣人を送り込んでおきながら…。」


「何処かに奴らの拠点があるんだろう。そこを叩かない限り、次から次へと新手を送り込んで来るだろうな。」


「それは前から捜しるけど…。」


「あぁ、解ってる。簡単には見付からないさ。連中も馬鹿じゃない。」


雷駄は湾岸線から埠頭に降り、人目に付かない場所で変身。


SOLINGENを飛行形態に変形させて飛び立った。


「こちら雷駄。藍、聞こえるか?」


「はい、聞こえます。」


「マシンの航続時間は、あとどれくらいだ?」


「30分ぐらいかな…。」


「よし分かった。俺はいま東京湾を抜けるところだ。藍は墜落しないうちに大島辺りで給油しとけ。」


「でもコイツは…?」


「大丈夫。俺もそんなに時間はかからんし、功勇たちも向かってるんだろう?…なぁ!」


「おう!いま四国沖だ。超音速だから、あっと言う間に着くやっさあ!」


「はいたい!藍ちゃんお久~ぁ♪」


「奈瑠美っち?元気してた~ぁ?」


「がんじゅー、がんじゅー、ちゃーがんじゅー!」


「おい奈瑠美ぃ、今は作戦行動中やしぃ、あんしお喋りさんけぇ。」


「あ、じゃあまたね~♪」


「うん、了解。東雲藍、これより給油に下ります。」




間もなく、入れ代わるように雷駄が到着。


「どうやら間違い無さそうだな…。俺が今まで戦ってきた獣人たちと、似た特徴が見られ…。」


「こちら室田だ。了解。弱点は判るか?」


「…。」


「雷駄、聞こえるか?」



返事がない。


「雷駄どうした!?応答しろ!」


「雷駄さん?……。雷駄さん?……。ダメです。こちらにも応答ありません!」


「藍は?」


「藍さんは、先程から大島に着陸。給油中のはずです。」


「藍!そっちの状況はどうだ!?」


「それが…、島中獣人だらけで…。」


藍は、島民たちを護るために獣人と戦っていた。



「なにっ!?…罠か…。」





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第六章 「その名はエデン」



第一話 「脱出不可」




 

夜。


薄暗く長い、建物の通路を走る四人の人影。


たどり着いたのは、そのエリアだけがひときわ広くなっているエレベーターホール。


先頭を走ってきた女がエレベーターのボタンを押す。


四台あるエレベーターのうちの一台だけが、ゆっくりと動き出した。


その後ろには、15~16歳の少年少女と、そして更に小さな少女が一人。


女は遅いエレベーターに苛立った様子で、続けて何度もボタンを押す。


そこへ声が掛かった。


「メグミさん、何処へお出かけかな?」


「パズズ…。」


振り返る女。


ホールの反対側に、武装した一団が銃を構えて並んでいる。


メグミは少年たちに少しだけ振り返り、


「エレベーターが来たら、あなたたちだけで先に行きなさい。」


そう言って、彼女は武装隊の前へ出て、獣人へと姿を変えた。


パズズは武装隊に指示する。


「撃て。」


だが、ライフルの一斉射撃をものともせず、メグミは武装隊に迫る。


硝煙でスプリンクラーが作動し、天井から消火用水が降り注いだ。


すると、その武装隊のすぐ後ろから、新たな武装隊が現れ、異様な重火器を向けてきた。


「いけない!!」


そう叫んだのは、エレベーター前にいる少年だった。


徐々に獣人へと変身し始める少年と少女。


少年は、メグミを庇って武装隊の前に進み出た。


少女は囮となるため、全速力で大きく回り込む。


「馬鹿め。」


パズズの声と同時に重火器が発光すると、獣人に変身しかけた少年と少女が元の姿に戻りはじめた。


同様にメグミの変身も中途半端に解ける。


さらに重火器からは火の玉のようなエネルギー弾が発射され、半獣人の少年の脇腹を貫通した。


少女は所々に変身の解けた素肌へライフルの集中攻撃を受け、体中から血を噴きながら、踊るように弾け飛んだ。


「ああ!」


横たわる少年に駆け寄るメグミ。


「ウチニ…カエリタイヨゥ…。」


小さく涙声で呟いた少年は、そのまま息絶えた。


『ピン…。』


エレベーターのベルが鳴った。


「お姉ちゃん!」


一人佇む幼い少女が叫ぶ。


「早く行きなさい!」


「でも…、お姉ちゃん!!」


悲鳴混じりの少女の声に、メグミは急いでエレベーターへ取って返した。


だが、そこで彼女が見たものは少女ではなく、操作盤の下でうずくまる見知らぬ女の背中だった。


そして、その脇から血まみれの少女の腕が転がり落ちた。


「なんだオマエ!」


身を震わせ怒鳴るメグミが身構えるよりも速く、低い姿勢で突進して来た女の右手には、少女の血で染まったナイフが握られていた。


「殺人鬼さ…。」


そう応えながら飛び掛かる女は、咄嗟に突き出したメグミの右腕を自分の左腋に挟み込み、腕をしゃくり上げて肘関節をへし折ってから、そのままその手でメグミの口を塞ぎ、勢いよく踏み込んで後頭部を壁に叩き付けた。


この体勢で肩の関節を決められ、身動きのできないメグミを押し倒した女は、持っていたナイフで服を切り刻み、胸から腹にかけて、装甲の隙間からジワジワと肉を切り裂いてゆく。


「う~っ…、うぐぅ~~っ…。」


苦悶の表情で、額に脂汗を浮かべるメグミ。


女は同じ箇所をより深く、何度も何度も切り進み、はみ出してくる内蔵をひとつひとつ確かめるように引きずり出し、ゆっくりと開いて行く。


「くけけけっ…。偉大なる統率者の命令に背くヤツは、みんなこうなるのさ…。かはっ、かはっ、かはっはははは…。」


不気味に笑う女に、自分の内蔵を晒しながら涙ぐむメグミは、すでに呼吸をやめ、えぐられた肋骨のすき間から僅かに覗く心臓だけが、最期の鼓動を刻んでいた。


そこへパズズが現れた。


「相変わらずだな、ラマシュトゥ…。」


「クケケケ…。パズズ、あんたも随分となぶり殺しが好きじゃないかい?わざと逃がして集中攻撃なんて。」


「統率者からのご命令だ。」


「キヒヒヒ…。命令は抹殺とだけ。 殺し方は自由だからねぇ。」


「統率者の心中を思えば、むしろ手ぬるいぐらいだ。」


「おやおやパズズ、お前さんにそうせっせと殺されちまったんじゃ、アタシの楽しみが無くなっちまうんだよぉ。アタシはゆっくり時間をかけて切り刻むのが好きなんでねぇ。」


「ふんっ、非合理的な…。危険分子は炙り出し、一網打尽で集中攻撃。一人残らず念入りにな。」


「だからアタシが念入りに…、」


「お前のは念の入れ方が違う。」


「何が違うのさ?」


「お前のは念入りに愉しんでるだけではないか。」


「なんだよ、もぉ、アンタがアタシの男じゃなかったら、とっくに切り刻んでいるところだよ。」


「あぁ、そうさせないために俺の女にしたんだからな。」


話をしている後ろから、パズズの部下が報告にやって来た。


「パズズ様、死体処理班が指示を待っております。」


「うむ、よし、死体は回収の後、洗浄して実験室に運んでおけ。」


「了解しました。」


そして部下はホールに向き直り、号令をかける。


「洗浄して回収!実験室に連絡!」


エレベーターの中にも作業服姿の男たちが現れ、幼い獣人のバラバラ死体と、メグミの死体とその内臓を拾い集め、死体袋に詰め込んで行った。


その作業を最後まで見届け、確認したパズズはラマシュトゥに言った。


「戻って報告だ。」


言われたラマシュトゥは、パズズのあとに続いて現場を後にした。





場面は変わって、その建物の一室に統率者は居た。


従者の女性が話しかける。


「煉様、只今の報告によりますと、脱走した獣人の始末が終了したようでございます。」


「そうですか、ご苦労であったと伝えてください。」


「はい、かしこまってございます。」


「ところでイナンナ、新しい実験の結果はいつ頃分かるのだろう?」


「はい、間もなくでございます。」


「そうか…、実験に失敗は付き物だが、今度からは私の眠りを妨げぬように言ってくれ…。」


「はい、しかと伝えて参ります。」


「結果を楽しみにしているよ。」


「はい。」


従者は顔を伏せたまま、後退りしながら部屋を出た。




第二話へつづく。
 

小説「TOUBEE-3」



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第五章 「対決」



第十五話 「信頼」




 

0号獣人への変身とは元々、ある特殊な薬剤の過剰投与によって始まる。


雷駄は少年時代の人体実験によって…。


藍は羽祟り神と呼ばれた動物実験体の毒によって…。


そして今また乗客たちが、それによって変身させられ、マインドコントロールされているのだった。


「藍!今の人質と機長はどうだった?」


「まだ大丈夫だったみたいだけど…。」


だが敵は笑いながら言う。


「クックックッ。どうせすぐにお前たちを片付けて、この飛行機は機長もろとも激突するのさ。俺たちはその直前に脱出する。変身さえしていれば100メートル程度からなら海に落ちてもへっちゃらだからなぁ。俺たちの仲間になる条件を出したら、みんな喜んで変身を受け入れたよ。カッハッハッハッハッ!」


「なんて奴だ…。」


迫り来る獣人の群れ。


だがその話を、下ではぐれた人質が物陰から聞いていた。


「なんや!人質ん中で死ぬんはわいだけかいな!?昨日まで仲よう喋っとったんに…。もうええわ!やけくそやあ!お前らなんかにいてこまされるくらいやったら、わいは自分で腹ぁ括ったるわい!!」


そう人質は叫びながら、乗降ドアのロックを外した。


「あ、やめろ!」


雷駄が止めるよりも速く、


「やめるかい!あほんだらあ!!」


ドアは勢いよく外側へ開き、吸い出される空気が男を巻き込んで、機外に放り出してしまった。


この気圧の急変は鈍い衝撃となって、機内の獣人たちをよろめかせた。


その隙を突いて雷駄も外に飛び出す。


全速力で飛ぶ雷駄。


「室田さん!」


「おう!」


室田が操縦桿のスイッチを倒すと、戦闘機の底が開いた。


普段ならばそこにはミサイルがあるのだが、武装が間に合わなかった今は、雷駄のマシンが載っている。


「SOLINGEN!」


雷駄に呼ばれ、ジェット噴射で飛び出し、翼を拡げて近付くSOLINGEN。


雷駄は空中で跨がり、落ちて行く人質に向かって急降下。


瞬く間に追い付き、キャッチすると、水面ギリギリで水平飛行。


「しっかりつかまっていて下さい!」


そう言ってSOLINGENを旋回させた雷駄は旅客機を追う。


「あんさん、まだやる気なんかいな?」


「追い付いたら私だけ飛び移ります。これは自動で飛びますから大丈夫ですよ。」




機内では、獣人たちが藍に迫っていた。


「さっきの奴は取り逃がしたが、お前にはもう逃げ場は無いぞ。」


だが、コックピットへ通ずるドアの前に立つ藍は、


「逃げたりしないわ。」


そう言うと、藍は蜂と合体した。


「な…、なに?お前は…、強化体に成れるのか…?」


「あら?知らなかった?でも当然ね。私のこの姿を見た敵は、みんなこの手で地獄へ送ってやったから。」


「こしゃくなぁ…。」


この男は、この強化変身の意味を知っているのだろう。下手に動くことをやめた。


すると、開いたハッチから声が聞こえた。


「それより皆さん、良いことをお教えしましょう。」


追い付いた雷駄が、獣人たちの後ろに立っていた。


そして雷駄も強化体へと更なる変身を遂げる。


「皆さんは確かに、例え今この飛行機が海に落ちたとしても、生き残ることは出来るでしょう。でも、その後はどうするのですか?」


「…。」


「皆さんがこの男に何を言われたかは知りませんが、その姿で安住の地へ行けると思っているのでしたら、それは大間違いです。」


それを聴いた人質獣人の一人が応えた。


「でも…、その男は…、組織に忠誠を誓って協力する限り、家族と一緒に暮らせると言っていたぞ…?」


他の獣人たちも頷く。


「家族…?では、そこの彼女の家族がどうなったか、本人に聞いてご覧なさい?」


藍に振り返る獣人たち。


「その人の言う通りよ…。私の住んでいた村は、組織によって実験場にされて、みんな騙されて獣人にされてしまったの。でも、前向きに生きようとした村人たちは、秘密を隠しながらも力を合わせて努力してたわ。それを、ある日突然、組織の手先がやって来て、芳しい実験結果が出ないというだけで、村のみんなを皆殺しにしたのよ…!中にはお年寄りや小さな子供たちも居たわ…!私のおじいちゃんも…、甥っ子たちも…。」


藍は語りながら、その身を震わせていた。
これまでの藍の、その冷徹とさえ言える戦い方は、この残酷な仕打ちをたった17歳という若さで背負わされ、そこから雷駄の助言によって再び自己肯定感を持ち得た証に他ならなかった。


「そんな…。」


「だって…、またいつでも人間に戻れるって言ってたのよ…?」


訴えかける人質に雷駄は言う。


「残念ながら…、それは無理です。人間の姿で居ることも出来ますが、すでに遺伝子情報を書き換えられています。」


「何だよ!それじゃあ忠誠ってのは、つまり奴隷に成るって事じゃないか!」


「おっしゃる通りです。これから皆さんが攻撃しようとしている施設も、皆さんのご家族と同じく、大切な人の姿を変えられてしまった人や、そんな事を繰り返させまいとする人たちが、希望を持って組織と戦っている研究所なんです。だから僕たちもこうして、その組織と戦っているんです。 この男だって、作戦に失敗して戻れば、組織によって処刑されるんですよ…。強い者だけしか…、利用できる者だけしか生き残れない…。そうだよなあ?」


敵に振り向く雷駄。


「うっ…、ぐぅ…。」


リーダー格の男は下を向いて黙っている。


この会話の一部始終は、今は獣人と成ってしまったコックピットの人質の耳にも届いていた。


そのとき、機内アナウンスのチャイムが鳴り、


『うああああっ…、俺は…、俺はぁ…、うぅぅぅ…。』


聞いていた人質の、悲痛な叫びだった。


希望を持てず、不安から逃げるために誘惑に乗った者は、また不安によって絶望して行く。


雷駄の人生に於いても、幾度となく見てきた光景だ。


すると、機内に放送された嗚咽を包み込むように、機長がゆっくりと落ち着いた口調でアナウンスを始めた。


『こちらは機長の田山です。御搭乗のお客様に申し上げます。当機は間もなく燃料切れのため、海上へ不時着をいたします。しかしご安心ください。この飛行機は構造上すぐには沈みません。どうか落ち着いて、座席ベルトをお締めの上、搭乗員の指示に従ってください。』


「あぁ…、田山さん…。」


声を漏らしたのは、獣人と成ったキャビンアテンダントだった。


機長はこの状況で、獣人と成ってしまった乗客と乗員を、人間として信頼し、護ろうとしているのだった。


だが、やはりハイジャック犯の獣人だけは、請けた命令を実行しようとした。


「不時着などさせるかあ!」


叫び声と共に、目の前にあった座席を床から引きはがし、剥き出しになった鉄の骨組みを引きちぎると、藍に目掛けて投げつけた。


咄嗟に避ける藍。


しかし、狙いは藍ではなかった。


鉄骨はコックピットに通ずるドアを、フレームごと隔壁にまでめり込んで塞ぎ、同時に敵は反対側へ跳んだ。


そして、開け放たれた乗降ドアから思いがけない速さで飛び出して行った。


「しまった!」


すぐに雷駄たちも追い掛けようと出口に向かう。


しかし、敵の方が数段速く飛ぶことができた。


その敵がコックピットの窓ガラスを突き破った衝撃は、客席まで伝わって来るほどだった。


操縦席では既に機長が気を失っている。


人質だった獣人も抵抗はしたが、まったく勝負にならず、逆に弾き飛ばされて海に落ちてしまった。


敵は操縦桿を握ると、研究所の方向へ進路を修正。


石垣島は、もう目前に迫っている。


だが、ここで室田が動いた。


「思った通りだ。奈瑠美っち、俺たちが出たら、このままの高度を維持して空中停止!落とすなよ!」


「は…、はいっ!」


室田はセンサーの熱分布から敵の行動を観察していた。


「美由紀!頼むぞ!」


そう言って、小型酸素ボンベのインシュレータをセットする室田。


雷駄たちの時と同じく、美由紀と室田が飛び出した。


美由紀は空中でオルフェノクに変化。翼を拡げて室田と共に旅客機のコックピットへ乗り移る。


敵は、超音波も感じず、見たこともない灰色のモンスターの出現に動揺した。


美由紀は敵の顔を後ろから両手で押さえ、操縦席から引き離そうとする。


だが、なかなか放さない。


そこへ雷駄と藍お追い付いて来た。


藍の手刀が敵の右手首を切断。


「ぐっ…。」


押さえに行った藍を、敵は鮮血の吹き出る腕で遮ろうとする。


その腕を、雷駄が抱え込んで引っ張る。


敵は片手で操縦桿を握るが、それも藍の攻撃で骨を砕かれ、引き離された。


空かさず操縦席に着く室田。


美由紀が、今度は機長を抱えて窓から脱出。


室田は、敵の血しぶきで曇った計器を袖で拭うと、操縦桿を手前に引いた。


迫り来る海面。


「みんな、つかまってろ!」と、室田。


それとほぼ同時に、海面すれすれまで近付いた旅客機は、微妙に機首を上げて着水。


少しバウンドして斜め向きになりながら滑走。沖合の防波堤に乗り上げ、機体と翼を折り曲げながら更に100メートルほど先で止まった。


室田は雷駄と藍に抱えられて、壊された窓から外に出ると、迎えに来たSOLINGENに跳び移った。


犯人の獣人は機内で泡と成って消えて行く。


「いよっしゃあ!!みんあ良くがんばった!!」


室田の号令で、救助や報道が来る前に撤収する。


もちろん、乗客乗員が獣人に成ってしまった事は秘密であるため、全員で証拠隠滅。




その後の報道のインタビューには、不時着は田山機長のお手柄にして、犯人たちは途中の海上で待機していた不審船にパラシュート降下して逃亡したという事にした。


その他の詳しい事は・・・、


『怖かったから覚えていない』。





後日。


人間に戻れない者は、相殺音波の発生機が人数分出来るまで、石垣島に検査入院する名目で滞在。


その際、功勇が専属ボランティア医師を買って出る格好で、シーサーの地下にある設備の一部を、『旧・病院施設』というかたちで公開。田山機長を含めた入院患者全員は、包帯姿で家族と面会できた。


その院内では、希望者は藍の村で受け入れる段取りを勧める旨、村長代理(藍)自身が窓口を開設。


手書きのポスターには、『羽祟り村、村民募集中。田舎で暮らしたい方、広いお庭と、もっと広い畑付き一戸建てを、無償(税別)で貸与します。』




一週間後、最初に救出された人質が一足先に退院することになった。


「無糖はん、あんさんは命の恩人やぁ。このご恩は一生忘れまへん。わいの名前は『易埜清透』(えきのきよすく)いいまんねんけど、実はわい、旅のお笑い芸人でんねん。ほら、知りまへんかぁ?体験漫談の『クラアケンもんごうまん』いいますねん。この借り、いつか必ず返させてもらいまっせ!」


雷駄と固い握手を交わして、どっちが芸名か分からない易埜は巡業に復帰した。





研究所の修復には6ヶ月の時間を費やすことになった。


ここで、真喜志研究所に新たな志願者が名乗り出た。


「私はここに残ります。」


「朝霞さん。」


「新しくなった設備や備品のこともありますし、全員が出動しなければならない時は、ここを護る者が必要でしょう?」


既に履歴書まで用意していた。


「あらためまして、朝霞玲です。」


「え?朝カレー?」と奈留美。


「いえ、ファミレスとかではないんで…。」


奈瑠美のツッコミに反応する朝霞。


そこへ室田が口添えする。


「推薦人は俺なんだ。朝霞くんは、俺が卒業した朝霞航空機専門学校の学長の息子、つまり恩師の御子息なんだ。腕も頭脳もピカイチだぜ。」


実は、これはやはり、一度ゾンビの毒を受けてしまった朝霞が、万が一にも後々になってから健康被害が出ないための用心でもあった。


真喜志研究所なら解毒剤も製造出来るからだ。


恩師の息子を預かる室田の気遣いである。


「室田さん、学長の名前って…?」


と功勇。


「あぁ、朝霞雷光(あさからいこう)先生だ。」


「何処へ?」


「やっぱファミレスだぁ…。」


と、やはりトドメは奈瑠美だった。


「いや、だからそうじゃなくって!」


「アハハハハッ…。」




かくして、真喜志研究所は、新体制で再稼働を始めた。


その後、他の犯人たちの遺体が揚がったという情報はなかった…。


事件の全ては、やがて世間の人々の記憶からも消えて行った。





第五章 『対決』  完


第六章へとつづく。

小説「TOUBEE-3」
 
 
 
 
 
第五章 「対決」
 
 
 
 
第十四話 「挟み撃ち」
 
 
 
「喧嘩するんやったらこんなこと(ハイジャック)やめてえな!」

と、人質の男が叫ぶ。

なるほと゛、人質から見れば、変身した藍と獣人たちの戦いは仲間割れに見える。

「大丈夫よ、おじさん。この飛行機は機長に返すから。」

「だったら早くなんとかせいや!!」

恐怖のためか、いきり立つ人質。

しかし藍は、この言葉に態度を硬化した。

「私は墜落させないために来ただけで、あなたには何の義理も無いのよ?」

そこへ襲い掛かる獣人。

軽くかわした藍は獣人の首を後ろから鷲掴み、その苦痛に歪む顔を人質の方に突き出した。

「ヒッ…!ヒィィィ!」

人質は驚いて身を竦める。

藍は、その獣人を投げ捨てるように壁に叩き付け、凛とした足取りで近付きながら言う。

「あなたがそんな顔するから人質がビックリしてるじゃない。」

態勢を立て直して飛び掛かろうとする獣人を、横に回転しながら平手打ち。

藍の爪が食い込んで、顔の皮膚を半分剥がされた獣人が人質の前に倒れ込む。

「はヒィ!」

壁に背中を押しつけるように後ずさる人質。

倒れた獣人の足を引っ張り、振り回してからもう一度人質の方に叩き付ける。

「ヒィィィ!」

ますます怯える人質…。

…明らかにわざとだ…。
 
したたかに打ちのめされた獣人は、もうほとんど動くことも出来ない。

そこへ藍は心臓をえぐり出してトドメを刺し、ハッチの外へ投げ出した。

獣人の死体を、『民間機』の中に残すわけにはいかないからだ。

もちろん、自分が遣られた場合も同じ覚悟だった。

「サメちゃんたちが食べたりしなきゃ良いけど…。お腹こわすわよ、きっと…。」

だが、ぐずぐずしては居られない。旅客機の燃料が尽きる前に、全ての乗客乗員とコックピットを奪還しなければならないのだ。

そして、不時着に備えてここに居る人質も座席に座らせ、ベルトで縛り付けなければならないのだが、このまま一人で戻らせては怪しまれてしまう。

また、敵も警戒しているであろう今、自分から室田に連絡すれば、敵にこちらの位置を悟られるかもしれない。

かといって、この高度と速度で、ヘルメットも無しの生身の人間と空中ランデブーというわけにもいかない。

黙っている藍に、人質が話しかける。

「あ…、あんた…、まさか独りで乗り込んで来たんちゃうやろう…?ハイジャック犯は何人も居るんや。仲間が居るなら合流した方がええぞ。」

しかし、雷駄を探して合流している時間もない。

今の藍にとっては足手まといになってしまった人質。

「着いて来て。」

この人質を庇いながら戦うしかない。

しかも、藍にしてみれば通路の何処で敵と出くわすかわからない。

だから、まずは通常の通路は使わず、非常用の隔壁ハッチを開けた。

偶然にもそこは、ついさっき雷駄が出た機首通路の、そのすぐ奧の倉庫だった。

床の穴にはすぐに気付いた。

だが、そこから別の場所へ行った様子はない。

たったひとつの通用ハッチは、今自分が通って来たのだから…。

「そこの箱の陰に隠れていて。」

人質を隠す藍。

穴の周りをゆっくりと回り、様子をうかがう。

突然、藍の足元の床が抜けた。

下で誰かが床を壊したのだ。

「おっ、何だ藍?!」

「雷駄さん…?びっくりした~ぁ。」

「何で藍がここに居るんだ?」

「人質を一人連れているの。」

「人質だって? そうか…。」

「雷駄さんはここで戦ってたの?」

「あぁ、ご覧の通りだ。」

雷駄はそう言って、顔は出口の穴を向いたまま、片手の親指を後ろに向ける。

その先には、複雑な形に折りたたまれた格納シャフトの隙間で、これまた複雑な形に身体を曲げられ、窒息死している男が居た。

「なんなのコレ?」

「あぁ、身体の軟らかい奴だったんだけど、コイツがそこへ隠れた時に、俺の変身を解いたんだ。そしたらコイツの変身も解けた…。」

そう、雷駄のベルトは変身するための装置ではなく、無闇に変身させないための、言わば抑制装置なのだ。

それが、格納庫という金属製の閉所で操作されたため、敵の獣人にも影響したのだった。

そして、シャフトに絡まったまま人間体に戻った敵は、ほぼ全身の脱臼と複雑骨折の後、窒息死に至ったというわけだ。

格納庫から出た二人。

「出て来ていいわよ。彼は味方だから。」

返事がない。

人質は消えていた。

「この格好じゃ逃げるのも無理はないがな…。」

そう、雷駄が言う二人の姿は、敵の返り血を浴びたモンスターだ。

「でも、私たちを捕まえるために敵が連れてきた人質なのよ。客室に戻られたら危険だわ。」

「マズイな。追い掛けよう。」
 
 

その頃、リーダー格の男は、コックピットで別の乗客を一人捕まえながら、戻るはずのない手下の帰りを待っていた。

すると、客室の方がにわかに騒がしい。

男は人質を連れながらドアを蹴飛ばし、客室の様子を見に行った。

「何を騒いでる?!」

言ったとたん、天井から羽祟り蜂が飛び掛かり、人質を掴んでいる腕に噛み付いた。

たまらず手を離す犯人。

「うっ…、コイツは…、動物実験体B52…。」

見覚えがあるようだ。

すかさず客席通路の奧から藍が一直線に飛び出し、人質を抱えて反対側のドアに飛び込み、ロックを閉めた。

「ぬおっ!」

再び飛び立った羽祟り蜂が、頭上から毒針攻撃。

客席側に跳び退く犯人。

だがしかし、そこには雷駄が立っていた。

藍も人質をコックピットに置いて戻って来た。

「きさまらぁ…。」

「観念しろ。」

雷駄が言ったその時だった。

「観念するのはお前たちだ。」

声は雷駄ぼ後ろから聞こえた。

振り向くと、客席に座っていた人質全員が立ち上がり、次々に獣人へと変身し始めた。

「なんだと!?」
 
 
小説「TOUBEE-3」
 
 
 
第五章 「対決」
 
 
第十三話 「潜入」
 
 
 
「こちら室田。現在、目標を追尾中。」

ハイジャック機の斜め後ろに着いて待機する室田のステルス戦闘機。もちろんステルス機であるからには、那覇のレーダーにも映らないのと同時に、研究所のレーダーにも映らない。
 

「これより熱源センサーで中の様子を探る。」

旅客機内の人間の体温を感知して、モニターには赤や黄色の熱源が映し出される。

「見たところ、乗客のほとんどは座席で頭を低くして伏せているようだ。操縦室では頻繁に入れ代わるような動きが見られる。おそらくこれが犯人だろう。雷駄、どうだ?獣人は居るか?」

「居ますね。ここからでは個別に特定するのは無理ですが、間違いなくあの機体から獣人の超音波を感じます。」

藍もうなずいた。

「よし、そろそろ奈瑠美っちも変身の準備をしておけ。」

「はい…。」

続いて室田は旅客機の構造図を各座席のモニターに映した。

「みんな聞いてくれ。いきなり隔壁を破ると敵に気付かれ、人質に危害の及ぶ恐れがある。藍は貨物室の後部ハッチから、雷駄は車輪の格納ハッチから侵入。当機は緊急発進のため武装していないので、万が一獣人がこちらに攻撃して来た時に備え、奈瑠美と美由紀は私と共に機内にてそのまま待機。」

「了解!」

全員揃って返事をした。

雷駄と藍も変身し、座席下部のパイプ通路をくぐって降下用ハッチを開いた。

「準備完了!」

「よし、作戦開始!」
 

雷駄たちが飛び移ると、すぐに敵の獣人がこの二人から発する超音波を察知した。

「グルルル…。」

その様子に気付いた犯人の一人が、獣人をけしかけて乗客を威嚇しだした。

「下手なマネしやがるとコイツの餌にするぞ!」

緊急通報をした副操縦士が既に殺害されるのを見せられている乗客は、一斉に悲鳴をあげる。

その時、旅客機のコックピットではハッチの異常を知らせる警告ランプが点灯。

機長が犯人に言う。

「格納ハッチに異常だ。このままでは墜落する危険がある。誰か、搭乗員を見に行かせてくれ。」

「おっと、そんな手には乗らんぞ。ハッチぐらいで墜落などするものか。何か仕掛けられちゃ遣りにくいからな…。」

そう言って犯人は仲間の一人を見に行かせた。

それと同時に獣人も行こうとするのだが、警戒を崩さない犯人たちは、乗客を抑えるために客室から離させない。

当然、犯人たち全員が半獣人なので、雷駄たちの発する超音波は感知していた。

しかし、元々お互いが超音波を出し合っている犯人たちには、はっきりとした区別がつけられずにいた。

これで、胴体の車輪がある機首、貨物室はやや後部、人質は中央という具合に、敵は分散されたのだ。

これは、ひとまず室田の作戦通りと言える。

そして、この敵の反応によって、熱源センサーのモニターを見ている室田には、動いた犯人の人数も数えることが出来た。

「操縦室に一人、格納ハッチに一人、貨物室に一人、客室には監視役と獣人の二人。併せて五人を確認した。」

『了解…。』

通信をい受けた雷駄たちは、これから間もなく自分が取るべき行動を、直ちに頭の中で組み立てる。

そして『それ』は、貨物室へやって来た犯人の一人が、藍の変身音波に気付いて変身し、隔壁にある点検用カバーを引き剥がした時だった。

操縦室への連絡。

『うわっ!はっ、蜂だっ!』

「ナニ?蜂がどうした?」

剥がしかけたカバーの隙間から羽祟り蜂が飛び出し、顔にぶつかって来たのだ。

「何やってんだ?誰か様子を見に行ってやれ。」

指示を受けて、車輪格納庫へ向かったもう一人が立ち止まった。

その半獣人がメンテナンス通路を引き返そうとしたとき、油圧シリンダーが固定してあるシャフトの陰から雷駄が襲い掛かった。

だがしかし、敵は咄嗟に一歩退いて雷駄の攻撃をかわした。

そして、場所を入れ代わるように狭い通路で対当する二人。

雷駄は続けて攻撃するが、敵は格納シャフトやシリンダーの隙間を、異常なほどの柔軟性で巧みに移動して、その障害物のために遮られてしまう。

この敵は、軟体動物のような能力に加え、自分から発する超音波を使って周囲の状況を把握する能力に長けているようだ。

戦いの最中、そうとは気付かない雷駄。

キックもパンチもことごとくかわされてしまう。

それどころか、勢い余って自分から格納庫内の構造物にぶつかってしまう。
 

その真上方向。機首ハッチから貨物室へ通ずる通路で隔てたコックピットでは、機長の行動を見張って居るリーダー格の男が呟く。

「下が騒がしいな。客が来たようだ。」

雷駄たちが乗り込んでくることは、敵に想定されていた。
 

雷駄に室田から通信。

『そいつに構うな。上へ行け。』

返事をする余裕もなく、雷駄は天井を突き破り、貨物通路に出た。

そこは大型コンテナなどを積み込むための通路なので、下の格納庫よりはずいぶんスペースがある。

迫って来る獣人。

雷駄はさらに上のコックピットを目指す。

が、ジャンプして遮る獣人。

そして再び格納庫に引きずり落とされてしまう。
 

リーダー格の男も獣人に変身し、客室に振り返った。

座席ベルトを締めたまま伏せている乗客に近付き、その一人の胸ぐらを掴んで立たせようとした。

その乗客は泣きそうな顔で拒むが、恐怖に萎縮して為す術もなく、シートベルトのロックを外されて急き立てられる。

そしてその人質を、獣人を連れた手下に引き渡して指示する。

「お前たち、コイツを奴の目の前で、外へ放り出してやれ!」

一層泣き叫ぶ乗客。

「嫌や!やめろ!嫌や!嫌やああああ!!!」

「クカカカ。泣け、叫べ、そうして騒げば騒ぐほど効果があるんだよ。あと37回同じ手が使えるしなぁ。」
 
リーダー格の男がコックピットに戻ると、人質を連れた手下は貨物室へ向かった。
 
「おい!蜂がどうしたって?」

返事はなかった。

だが、後部貨物室のハッチは開いたままだ。

そこで手下は、仲間は何者かに突き落とされたのではないかと想像した。

「隠れてないで出た来い!さもなきゃコイツをここから放り出すぞ!」

侵入者を捜す半獣人は人質を片手で吊り上げるが、それでも返事はない。

手下は注意しながら荷物の隙間などを捜し回る。

次いで、獣人に命令して荷物を打ち払い、破壊し始めた。

「隠れても無駄だあ!出て来い!」

しかし誰も居ない。

もしや、仲間と一緒に転落したか?

そう思った手下は、機体に何か痕跡がないかと、開け放たれたハッチから人質の顔を突き出した。

自分が落とされると思った人質は大声で叫ぶ。

「うわああああっ!!」

「誰か居ねぇか見てみろ!」

「居るぅ!そこに居てます!」

手下は人質を中へ引っ込めて、風圧による轟音の中で指差した方を見た。

すると、外れかけたハッチのヒンジにしがみついた仲間が宙吊りになっていた。

「どうした!?何があった?」

その途端。

「悪い頭ね。」

声は反対側(機体の進行方向)から聞こえ、瞬間、手下の首が切り飛ばされた。

外の仲間が、その首の直撃と、噴き出した血液を浴びながら、手を滑らせて落ちて行った。

首を失った敵の身体は、機体から吸い出されるように、その首の後を追って行く。

思考力の低下している獣人は、目の前の出来事に茫然としていた。

そこへ羽祟り蜂が飛び込み、獣人は反射的に蜂を追う。

「ビーちゃん、もう良いわ。戻っていらっしゃい。」

その時すでに、藍は獣人と人質の間に立っていた。
 
 
小説「TOUBEE-3」
 
 
 
 
第五章 「対決」
 
 
 
第十二話 「新人」
 
 
 
大幅に予定が遅れた研究所の修復。

そのさなか、更なる攻撃を警戒して、巡視艇グレイトホワイトは、隠し桟橋の周辺に無数の無人監視ブイを配置した。

これは、太陽光発電によって稼働するコンピュータ制御の監視システムで、レーダーと連動させた衛星通信により、周辺海域の状況をリアルタイムでデータ化して、研究所のメインコンピュータに送信し続けるというものだ。

そして、破損した作業艇は修理に時間がかかるので、元々研究所にあった小型探査艇に治具を取り付けて代用することになった。

「うちの探査艇が見違えるほどメカっぽく成ったしぃ。」

機械好きの淳士は喜んでいる。

作業班の面々が探査艇のシミュレーションに慣れるまでは、淳士と功勇が交替で作業にあたった。

ただ作業員とは言っても、彼等は皆一人一人があらゆる設備の設計から施工までを全てこなせる精鋭なので、一週間後、研究所の探査艇を、その構造から頭に叩き込んでシミュレータをクリアしてきた。

ただ一人を除いて…。
 

「朝霞さん、具合はどうですか?」

功勇が診察器具のワゴンを押して病室に訪れた。

「はい、おかげさまで…。」

研究所内の病院施設で、朝霞は入院していた。

よもや、ゾンビに刺されたなどとは他言できないので、経験は少ないが、医師免許を持つ功勇が治療に能っているのだった。

「面目ないです。」

「いいえ、生身の人間では無理もありませんよ。それより、ゾンビ化しなくて本当に良かったですよね。」

「それも真喜志さんのお陰です。」

「いえいえ、これは私の祖父が作ってくれた解毒剤のお陰ですから…。」

功勇は手元から目を離さず、バイタルチェックをしている。

「例えそうだとしても、あの非常時に応急処置をして戴いた事は感謝に絶えません…。」

言われた功勇は、少し照れくさそうに微笑んだが、その穏やかな表情の中に浮かんだ微妙な影を、朝霞は感じ取っていた。

その発明者である祖父を、功勇が自らの手で葬ってしまったことを、朝霞は聞き及んでいたのだ。

もちろん、祖父、康順のとった行動は、言わば『自殺行為』だったわけだが、その最期の時まで闘い合っていた功勇にしてみれば、そう簡単に割り切れることではない。

朝霞はそんな功勇の心情を汲み取り、次に掛けるべき言葉を選んでいた。

そこへ、館内放送が流れる。

『真喜志所長、至急管制室までお願いします。』

功勇はゆっくりと振り返り、朝霞に言う。

「呼ばれてしまいました…。」

「お忙しいのに、すみません。」

「いえいえ、元々こっちが本業ですから。」

そう言って、笑顔で点滴を交換した功勇は、朝霞が昼食に使った食器をワゴンに乗せて病室を後にした。
 
 

滅菌シャワーを潜った功勇が、白衣を脱いで管制室に入ると、雷駄と日登美がモニターの前でしきりに何処かと通信していた。

「どうかしましたか?」

「あ、所長。先程那覇の航空管制塔の通信を傍受していたら、ハワイから成田に向かうはずの民間旅客機が、コースを外れてこちらに向かっているらしいんです。」

「民間機が…?」

「はい…、その通信の内容からすると、ハイジャック犯にコックピットを占拠され、乗客を人質に取られているので機長は言いなりに。そして…、」

「そして…?」

「犯人グループは、得体の知れない怪生物を連れていると…。」

「餓鬼の一味か…。」

功勇は咄嗟に、昔アメリカで起きた同時多発テロの記録を思い出した。

それも、餓鬼なら乗客の中に半獣人化する人間を一人潜り込ませれば、武器など持たさずとも容易い事だ。
 
 

緊急作戦会議が始まった。

幸い、雷駄と藍は変身すれば自力で飛行できるので、追い付くことさえ出来れば機内に入る事は可能だと言う。

しかし問題は、その機体を何処に下ろすかということだ。

これがもし本当に餓鬼の仕業なら、狙いはこの研究所だろう。

石垣島の空港では滑走路の距離が足りない可能性がある。

陸地に下ろせば大惨事は免れない。

となれば海に下ろすしかないのだが、漁船や観光客などは那覇空港からの知らせで避難させるだろうが、石垣島の地下全体に広がる研究所施設の各所では、作業班の面々が水中で修復に能っており、その中には、浮上するのに時間の掛かるような、入り組んだ閉所もあるのだ。

日登美もその事を危惧して、作業の指揮を執っている常磐局長に連絡していたところだ。

雷駄と藍はマシンをスタンバイ。

そこへ室田から通信。

『飛行機の事なら俺の出番だな。』

「え?おやっさん飛行機持って来たんですか?」

『おぅ、研究所の備品としてな。いま美由紀とホエールシャークに居る。これからすぐに発進させるから、お前たちの他に奈瑠美っちも来るように言ってくれ。』

「奈瑠ちゃん、お呼びよ。」

「いつから奈瑠美っち?」

雷駄たちと共に隠し桟橋へ向かう奈瑠美。

それと入れ違いに、華寿美に付き添われた朝霞が入って来た。

「私にも手伝わせて下さい。」

「朝霞さん、まだ寝てなきゃダメですよ。」

主治医の功勇は断るが、

「いいえ、管制室での事ならなんとか出来ます。それに、海に下ろせば仲間にも危険が及ぶのでしょう?」

「しかし、そうは言っても…。」

「大丈夫です。それに、仲間の救出には監視ブイが使えるんです。」

「ブイが…ですか?」

「はい、あの監視ブイは、通常はアンカー(錨)で固定してありますけど、ここからの遠隔操作でアンカーを格納、移動して、監視エリアを任意に変更することも出来るんです。ですからこの機能を応用すれば、ブイ本体の点検用ハッチから人が乗り込み、移動シェルターとしても使えるようになるんですよ。」

「ブイがシェルターに?」

「はい、元々あのブイは、あらゆる悪天候や自然災害を想定して作られていますし、こちらの操作で冷却機能を低下させれば、動作熱のお陰で中の人間が凍えることもありません。」

「そんな機能が…。」

「はい、全部で20基のブイの操作を、そこのキーボードひとつでコントロール出来る仕組みです。」

「え?これで?」

全員の視線が、卓上のキーボードに集まった。

「はい、ただし、この操作にはそうとうの熟練が必要です。」

「失礼ですが、朝霞さんにはそれが出来るんですね…?」

「私が作ったんですよ?」

今度は朝霞に全員の視線が集まった。

功勇はこのことを室田と常磐に報告。

室田は、美由紀、雷駄、藍、奈瑠美を乗せて発進準備。

探査艇の常磐と淳士は、周囲で作業をしていた者を出来る限り確保して帰還しに向かう。

残りの作業員たちは、朝霞の操作するブイと合流するため、位置確認のための信号を発信。

管制室では、モニターを見ながら目にも止まらぬ速さでキーボードを叩く朝霞。

桟橋の周囲にあったブイが移動を始めた。
 
 

ホエールシャークでは、格納庫の屋根が開き、垂直離着陸機が上昇を開始。

その機内では、室田が後ろの席に乗せた奈瑠美に言う。

「今まで指示通りにシミュレータの練習はしてきたと思うが、これは訓練ではない。」

「いきなりですか~ぁ…。」

「あぁ、経験が何よりだ。」

「年寄りって、みんな同じこと言いますよねぇ?」

「ハハハッ!ようし!それだけ減らず口が叩けるなら適任だ!」

「どういう意味ですか?」

「コイツは音速を超えるジェット戦闘機だ。常磐局長とも相談したんだが、長女の日登美は急激な加速や気圧の変化に身体が着いて来られるか未知数の部分がある。次女の華寿美は性格的に管制室の方が向いているだろう。だから、いずれはこの二人にも操縦は覚えてもらうにしても、まず最初は一番若い君を選んだ。」

「マジですか…?」

「嫌か?」

「いいえ、その逆です…。私は今まで姉たちと比べられて来ました。理屈っぽいけど遣れば何でも出来てしまう日登美ねーねと、いつも落ち着いて居て頭の良い華寿美ねーね…。だから私は、私の得意分野が欲しかったんです…。私にしか出せない、私の色が欲しかったんです。」

「其の意気や由!」

「え…?」

「年寄りの言葉で、『良い覚悟だ。』という意味さ。」

「よろしくお願いします!」

複座操縦席の後ろ側に座っている奈瑠美は、機長である室田の操縦技術をトレースする。

「いいか奈瑠美っち、飛行機がなんで空を飛べるかはもう解っているな?」

「はい、翼に沿った速い空気の流れによって起こる力、『揚力』です。」

「まぁ、そーゆーことだな。つまり、空気がなければ飛行機は飛べない。翼は空気を切り裂く道具。その空気とどう付き合うかということが、操縦の原理だとも言える。」

「空気と付き合う…。」

「そうだ。翼を含めた、機体全体で空気を感じろ。」

「そんな…、難しいこと…。」

「大丈夫だ。機械を道具としてではなく、自分の身体の一部として感じるんだ。まぁ、要は慣れだよ。」

「慣れ…、るんですか?」

「考えるな。感じろ。」

「それって、昔の武道家の言葉だしぃ。」

「あ、バレてた…?でも、何事にも通じると思うぞ?」
 
 
機体は、ハイジャック機をレーダーで捉えながら大きく旋回し、右斜め後ろから接近して行った。
 
 
 
小説「TOUBEE-3」
 
 
 
 
第五章 「対決」
 
 
 
第十一話 「鎮魂」
 
 
 
 
夥しい数の獣人たちがうごめく地下ドックに、一瞬清涼な空気が流れる。

小さな声で呪文のような言葉を唱える日登美。

妹の二人はまた違った呪文を唱えているようだ。

すると、今まで執拗に攻撃していた獣人たちが、何かに迷いはじめたかのような行動をとりはじめた。

「おぉ…、様子が変わってきたぞ。」

と驚く室田。

「新垣さん、乗って!」

藍がSHEFFIELDを用意していた。

「おぅ!いったん司令室へ行って鍵をとってくる!!」

SHEFFIELDのフル加速では、司令室まであっという間だった。

ドックに居る室田たちの目の前で、通電ランプが点灯する。

常磐の一号機がヒューズボックスを開けると、室田の二号機が配線を引っ張り出した。

一号機がそのケーブルの片方を掴んで引きちぎる。

ここで全員に指示を出す室田。

「こちら地下ドック、室田だ。通路に居る者は隔壁から出来るだけ離れろ。コンテナ内の諸君はすでに絶縁対策を取っていると思う。私と常磐局長は5秒数えてから実行するので、新垣君はその3秒後に再び動力電源を切ってくれ。 全員、必ずまた会おう。以上!」

「隔壁通路、了解!」

車に飛び乗る三姉妹。

その発進を確認してから雷駄がSOLINGENで脱出。

『コンテナ、了解。』

中では負傷した朝霞を含めて全員が敬礼をしていた。

「制御室、了解。」

淳士は次の操作に備えて電源レバーに手を掛ける。
安全装置が働いても電源の落とさぬためにレバーを抑え続けなければならず、また、地下ケーブルにダメージを与えぬために、室田の指示どおり三秒で切らなければならない。

一瞬の静寂の後、5秒間の秒読み…。

室田たちは二人同時にケーブルを水に差し込んだ。

瞬間…。

ズオンッッッ!!

という鈍い音と共に、室内中に凄まじい放電。

獣人たちが一斉に大きく痙攣した。

ボンッ!バンッ!バンッ!バンッ!

作業艇の外装に取り付けてあった予備装置が破裂する。

よろめく作業艇。

バジュワアッ…!!

ケーブルを持つ一号機の腕が高熱で熔け落ちた。

灼熱のドック内にスプリンクラーの水が放出されるが、更に放電は続く。

淳士の握るレバーからも煙が上がる。

「うあっがあああ!!」

悲鳴を上げながらも、渾身の力で再び電源を切る淳士。

そして、全身の力が抜けたかのような淳士を後ろから受け止める美由紀と藍。

二度目の静寂がつづく…。
 
 
 
「監督…?」

美由紀が握りしめた無線機で呼び掛ける
「監督…、応答してください!」

涙目になる美由紀。
 
 
 

『♪♪♪♪~♪』

クリスマスキャロルが流れた。

慌てて携帯を取り出す美由紀。

「はい…。」

『あ、美由紀ちゃん? 常磐ですぅ。 や~れやれ、作業艇が壊れちゃってさぁ、いま雅ちゃんと見てるんだけど、どうにも成らなくてねぇ。ドックの壁が越えられないから、誰か助けによこしてくれるぅ?』

通話の後ろで『あ~ぁ…、ダメだこりゃ。』という室田の声が聞こえる。

「良かった~ぁ!!」

『アハハハ…。いやいや、あだからあんまり良くないんだってば。作業艇が二機とも使えないから、ここの修復が遅れるんだよぉ。』

「良かった~ぁ!良かった~あ!!」

『アハ…、アハハハ…。』
 
美由紀は早速、館内アナウンスで二人の無事を知らせ、それを聞いた作業員たちが救助に向かった。
 
 

一段落して、全員がまた隔壁通路に集合したとき、無数に横たわるゾンビ獣人たちの亡骸をどうするか、検討が始まった。

火葬にしようとの案も出たのだが、これには金城の三姉妹が意見を述べた。

「この者たちは、英霊です。」

この一言に一同はハッとした。

「魂を呼び起こしたとき、私たちには解りました。この者たちは、沖縄の海に眠っていた戦没者なのです。」
 
太平洋戦争末期、激戦地だった沖縄は、アメリカ軍の掃討作戦によって、多くの兵員たちが戦死し、さらには民間人までもが大勢亡くなった。

中には、敵軍に捕らわれるよりはと、自ら海中に身を投じた者もたくさん居る。

そういった戦没者を悼む慰霊祭は今でも続けて行われているが、沖縄周辺一帯の海域には、未だ揚がらぬ遺体が海底に眠っているのだ。

餓鬼は、何等かの方法でその英霊たちを操り、伏竜改の技術を応用してゾンビ獣人に仕立てたというわけだ。

だがこれは、沖縄の人々のみならず、この国に生まれ、生活する者たち全てに対する屈辱的な暴挙である。

その事に、いち早く気付いていた金城姉妹が、浄化された英霊たちの『声』を伝える。

『ワレラハコノチヲマモルベクミナソコニネムル…。』

魂に名前はなく、獣人化した遺体からは身元など判るはずもなく、従って亡骸は『声』の通り、海底に安置するべく水葬にされた。
 
 

振り返れば、餓鬼がアメリカ国防省からこの研究所に出向して来たときから、この計画は準備されていたのであろう。

餓鬼は最初からこの英霊たちを利用するつもりだったのである。

ということは、餓鬼の研究はここから盗んだ電磁電者だけではないようだ。

室田、雷駄、美由紀の三人は、以前出会った『瞑』の、掠われた弟のことを思い出した。
 
「超能力を持つ姉弟か。」

と、常磐が聞き返した。

「あぁ、偶然PASSAGEの近くで働いているのが見付かったんだが、その瞑って女性の話じゃぁ、姉弟揃って子供の頃から餓鬼って奴に追われていて、当時まだ小さかった弟を掠われたらしいんだ。」

「どんな超能力?」

これには雷駄が答えた。

「炎を操れるらしいですね。姉の方は水を操っていました。」

「水と炎…?」

常磐は少し考えてから、

「雅ちゃん、それって、うちの方にも連絡があった、例の遺跡伝説の事件と何か関係あるんじゃない?」

「あぁ、『禍』の魂を継承する『楚崙伝説』かぁ…。」
 

これだけ大掛かりな事を平然と遣ってのけるからには、餓鬼は他にどんな研究をしているか知れない。

事件は、いよいよ核心へと迫って行く。