ごあいさつ
この度は、不肖私が執筆させて戴きますところの小説「TOUBEE 外伝」をご覧戴けることに、ここにご来訪された皆様には、身に余る光栄と感謝の念を表させて戴きます。
ご注意
この文中には、一部に暴力描写などが含まれておりますので、それらに嫌悪感を抱く方、文芸的意図をご理解戴けない方、または現実と虚構との区別を付けられない方の閲覧はご遠慮戴くよう、切にお願いいたします。
この脚本に対する著作権を、作者である私自身は放棄する意志を持っておりません。従って、この作品中の全ての部分に於いて、無断転載を固くお断りいたします。
この物語はフィクションです。ここに登場する人物、団体、名称、事件、怪生物、歴史解説、謎の国家権力などが、万が一実在したとしても、それらは全て偶然の一致です。
原作:石の森章太郎
脚本:無糖歯痛
ドイツ文化考証:へのちゃん
小説「TOUBEE 外伝」
第一話 「石」
時は第二次世界大戦前。
ドイツ北部にあるミュンヘン大学。
朝、キャンパスの中庭に一人の日本人留学生が立って居た。
彼は来る途中で朝食代わりに売店で買った、大きめのボイルソーセージをかじっていた。
そこへ、後ろから声を掛ける一人の青年。
「マサル~!」
マサルはふり返り、片手を挙げて応える。
「やあ、ハインツ。」
「待ったか?マサル。」
「いや、朝飯も食い終わったし、ちょうどいいタイミングだ。」
「独り暮らしは大変だな。」
「そうでもないさ、気楽でいいぜ。」
「そうか、それは羨ましい限りだな。」
「お前んとこは『家』が厳しいからなぁ。」
「あぁ、本当だ。何かにつけて、紋章に恥じないようにってな。うんざりするぜ・・・。」
ハインツ・カイゼンヴェルト・フォン・リヒテンシュタイン。これがハインツの本名だ。
その名の通り、リヒテンシュタイン家の血を引く貴族の家柄だった。
ちなみに、彼の叔父は第一次大戦の空軍のエースだったそうだ。
ハインツは、そんな自分の家の垣根が疎ましく、一旦は芸術学部を卒業したものの、民俗学に興味を持ち始めて再入学したという、自由奔放な生き方を好む性格であった。
マサルにしても、生まれは祖父の代から地方銀行をやっている家の三男坊なのだが、ケンブリッジ大学で社会学と経済学を学んでいるうちに、突然考古学に興味を持ちだし、このところ新発見が多数出土しているドイツにやって来てミュンヘン大学に編入。発掘チームに参加したりなどしていたのだった。
この時代の風潮からすれば、二人は共に「変わり者」と言われる行動をとっていたので、いつしか共感を抱くようになり、頻繁に友情を温めあっていたのだ。
ちょうどこの日も、大学に提出するレポートの参考として、民俗学教室の教授から「面白い物」があるとの話を聞き、ハインツがマサルを誘って訪ねる約束になっていた。
予定通り待ち合わせた二人は、民俗学の講義を受けに教室に入った。
その終了後、ハインツが教授に話しかける。
「ヴァイゼルマン博士!」
「お~ぉ、ハインツ君。今日は友達も一緒なんだね。」
「はい、彼はマサル・ソーンダイ。」
「ソーンダイ?」
「いえ、相野台です・・・。」
マサルが訂正する。
「ソーンヌデイ?」
「そうのだい。」(遠くなってるぞ!)
「ソウンダイ?」
「マサルでいいです・・・。」
「はっはっはっ、漢字というやつは発音が難しいわい。」
校内を歩いていくヴァイゼルマン博士に、二人は付いていった。
「なぁハインツ・・・、この人ホントに民俗学者なのか?」
と小声で、ハインツと共に五カ国語を操るマサルは、わざと日本語で話しかけた。
日本語の名前が発音できないヴァイゼルマン博士に対し、マサルは懐疑的だったのだ。
「あぁ、ちょっと変わってるだけだよ・・・。」とハインツも日本語で応える。
なるほど、教授というと博学であるというイメージなのだが、また逆に、自身の研究以外の事については全くからっきしというのも、研究者と言えば研究者らしいところだ。
「さあ、どうぞ入りたまえ。」
ヴァイゼルマン博士は自分の研究室のドアを開け、二人を招いた。
そこは、部屋中のありとあらゆる所に、何処かの少数民族の物と思われる、何やらワケの分からないモノが数え切れないほど置いてあり、またぶら下げてあった。
初めて中を見たマサルは驚いた。
「これは・・・。」研究室と言うより物置だ・・・、とは口に出せなかった。
ふと博士を見やると、いったいこの散らかった部屋の何処をどうやって歩けば辿り着けるのかというような、部屋の奥のデスクの向こう側に腰掛けている。
一方ハインツは、もうとっくに慣れてしまったと言うような手つきで、至るところにある「それら」を片付けはじめた。
マサルはそれを手伝おうとしたが、何が何だか分からなかったので、とりあえず傍観している。
「あぁ、ハインツ君、それは左側の棚の上に頼むよ。」
「はい、先生。」
「すまんが窓を開けてくれないか? お茶はぁ、飲むだろう?」
「ありがとうございます、先生。」
博士は旁らにある水場の蛇口を捻り、ケトルに水を入れると、脇にあるサイドボードの上の五徳に置き、その下のアルコールランプに火を灯した。
そして、サイドボードを開けると小さなカップを三つ取り出し、その隣に茶こしを添えた。
マサルはハインツの後ろに立って、彼がどかそうとする木箱などを受け取り、言われた位置に運ぶ。
そうして二人は、どうにか博士のデスクの前にスペースを作ると、ハインツが周りの「民芸品」の中をかき分け、これまたよく解らない彫刻の施された椅子を二脚探してきて並べた。
その椅子を見たマサルは考え込んでしまった。
なぜなら、この椅子の彫刻は、考古学を学んでいるマサルにしてみても、いったい何処の国の、いつの時代の物だか見当が付かなかったからだ。
いや、初めて見る様式なのではなく、古今東西のあらゆる様式を、適当に混ぜ合わせてデザインしたような、いわゆる「まがい物」の雰囲気が満ち満ちていたのだった。
この教授がハインツに言う「面白い物」というのも、何となく「面白い」の意味が違っているのではないかと疑いたくなってきた。
「さあ、お茶が沸いたぞ。 砂糖は要るか?」
「いえ、結構です。」
「そうか、良かった。実は切らしているのだ。」
ヴァイゼルマン博士は、茶渋ですっかり内側が茶色くなったカップに紅茶を注ぐと、二人の前に差し出して言った。
「ハインツ君、そのマサル君が考古学教室の友人なのか?」
「はい、彼は今まで沢山の発掘現場でのキャリアがありますので、古代の遺跡などにはそうとうな目が利くと思います。」
「古代遺跡?」
マサルは、この部屋の中にそんな古代遺跡が有ると言うことが意外だった。
「そうじゃ。ほんの小さな物なのじゃが、何処をどう調べても解明できない代物なんじゃよ。」
「博士が解明できないんですか?」
「うむ、ちょっと待っておれ。」
ヴァイゼルマン博士は立ち上がり、それまで自分が座っていた椅子をどけると、そのすぐ後ろにあるサイドボードの引き出しを探りはじめた。
「おぉぉ、何処だったかな? おぉ、有った有った。」
博士は引き出しから布袋を取り出すと、デスクの上に置いて中身を取り出した。
「マサル君、これが何だか判るかな?」
それは、ビリヤードのボールよりも少し小さい「石の玉」だった。
そして、その玉の周りには幾つかの細い溝が掘ってあり、その溝は1ミリほどの太さで、0.5ミリ程度の深さであるのだが、石の円周を一周して繋がる「環」の形で、5本の溝が交差して掘ってある。
「これ・・・、何処から発掘されたんですか?」
マサルが問うと、
「いや、発掘というよりは、偶然というか、友人から受け取ったんじゃよ。」
「偶然?」
「あぁ、偶然じゃった。」
博士の話はこうだ。
自分がまだ若かったころ、アフリカの原住民の調査をするために立ち寄った小さな村で滞在していたのだが、ある時その村が別の部族に襲撃された折、博士の友人であるその村の村長が、先祖代々伝わる「秘宝」だからと言われ、この石を託されて逃げ延びたのだそうだ。
村長は村人と共に襲撃に遭い、命を落としたのだと言う。
「では、これが何なのかは聞かなかったのですか?」
「あぁ、そんな話をしている余裕は無かったんでな。わしも夢中で逃げ出して来たから、この石の事はしばらく調べることもせなんだったんじゃが、後から思い出してよく見てみたら、これが驚くことだらけの石じゃったんじゃよ。」
「驚くこと?・・・と仰いますと?」
「まぁ、よく見てみ給え。」
マサルは石を手に取り、四方八方からしげしげと眺めてみた。
「大理石のようですね。あ、溝の底になにか刻んである。」
「そうじゃ、わしが見たところ、それは文字のようなんじゃが、いつの時代の何処の文字なのやら、皆目見当がつかんのじゃよ。」
「文字ですか?」
「そうじゃ、ほれ、これを使え。」
博士は拡大鏡を貸してくれた。
マサルは溝の底の彫刻を丹念に見回してから顔を上げて言った。
「なるほど、時折、規則的なパターンで同じ形のモノが並んでいますね。これは文字の可能性が高い。それに、幾つかの溝が交差している箇所では、同じ形の所で交わっていますから、これが本当に文字だとすると、これを刻んだ人はそうとう緻密な計算をして記した事になる。」
「緻密な計算?」とハインツが問うと、
「あぁ、見てみろよ。」
今度はハインツが石を手に取り、じっくりと眺めて言った。
「はっ!・・・、うわぁ、これ凄いな!」
「気付いたか?」
「ああ、これは驚きだ!」
「博士、定規はありますか?」
「うむ、そう来ると思っていたぞ。」
マサルは博士から定規を受け取った・・・。
だが、渡された定規を見て少し怪訝な顔をした・・・。
それには、確かに目盛りは書いてあるのだが、その尺度の単位が分からない間隔で刻まれている。
「これ・・・、何ですか?」
「さぁ・・・、何処かの定規じゃよ。」
目盛りは等間隔なので、測ることには差し支えないのだが、既存の単位に慣れているマサルには非常に使い辛かった。
ともあれ、マサルはその定規を石にあてがい、いろんな角度から寸法を測ってみた。
「やっぱり、思った通りだ。」
「これ、ホントにアフリカ製なのか?」
ハインツも確認してみた。
「博士、計算器はありますか?」
「ほい来た!」
マサルが渡されたのはソロバンだった。
しかも「六玉」だ。
だが、マサルはそれを素早く弾きはじめた。
これにはハインツが目を丸くした。
「お・・・、お前すごいな。」
マサルは銀行家の息子なので、ソロバンは旧制中学の頃に段を取っていた。
「おいハインツ、益々驚きだぞ!」
「やっぱりか。」
「ああ、この溝の幅を「1」として換算してだな・・・・」
マサルの解説はこうだった。
この石に刻まれている文字は、最近になって発掘された古代の遺跡に刻まれたものとよく似てはいるが、厳密には微妙に違うのだと言う。
しかし、これがそうとう昔に彫られたものであることは確かで、その特徴は発掘された遺跡を元に復元された古代文字と酷似している。
そこで、あくまでも可能性の域を出ないのだが、この石は、もしかすると世界で最も古い「書物」かも知れないということになるのだ。
だが、特筆すべきはそれだけではない。
この石は、全く以て完全な「球体」なのだ。
これが何を意味しているのかと言えば、もしかしたら石器時代に近い時代に於いて用いられたこの石を、何処の誰がどうやって作り上げたのかという『謎の物体』ということになるわけだ。
当時の技術では、大理石のような硬い物質を、完全な球体に削り出すことなど不可能のはずだ。
自然現象の中に於いてさえ、こんな石が出来上がるためには、例えば高熱でドロドロに溶けた状態で、何の外力も与えずに、宇宙空間にでも放置して冷ますぐらいしか考えられない。
だが、これがもし隕石なのだとしても、地球に落下してくる間に再び溶解して変形してしまうか、或いは消滅してもおかしくないだろうし、だいいち、地面に激突したときの衝撃を考えれば、そのままでは居られるわけがない。
そしてこの溝だ。
これも正確に球の最大円周。つまり5本の溝がそれぞれに、この石を正確にまっぷたつにする軌道を通っているということ。
さらに、その軌道は、各溝が交差する地点で同じ文字か重なるように彫ってある。
これが文字であり、文章であるのなら、全て同じ幅で彫られている以上は、その文章の文字数、文字の大きさ、言葉の意味、そして正しく刻み込める石の硬さ、球の大きさ、それら全てが緻密に計算され尽くしていなければならない。
しかしこんな物は、円周率の計算公式も無かったであろう石器時代には作れるわけがない。
だから・・・、
こんな石は、有り得ないはずなのだ。
それでも実際に、この石は彼等の目の前に在る。
こういった存在を、現代では『オーパーツ』という。
「博士・・・、これは、面白いどころの騒ぎではありませんよ。」
「うっはっはっはっ、そうじゃろう、そうじゃろう。じゃがわしはそんな君たちを見ている方が面白いわい。」
「こんな珍しい物・・・、お借りしてよろしいのですか?」
「な~に、気にせんで良い。わしもこれには何十年も研究を費やしては来たのじゃが、どうにも一向に捗らなんだ。 わしも年じゃからのぅ、後は君らに任せることにしたんじゃよ。」
「あのぅ・・・、グリストフ先生に見て戴いては?」
それは、マサルが授業を受けている考古学の教授の名だった。
「グリストフじゃと? あいつはいかん。あんなヤツにこの石の重要性など解るはずがない。 いや、確かにあいつの考古学に対する知識と経験は賞賛に値する。じゃがしかしだなぁ、あいつは金のことしか頭にない男なんじゃ。 教授の資格を持っておるから考古学者とは言われておるが、その実は金に成る物にしか興味がない。実際にあやつがやっとる事は、その辺の山師となんの変わりもないんじゃ。」
「そうですかぁ・・・。でも先生、そのぉ・・・、これが何かのトリックで・・・、つまり、最近になって誰かが巧妙に作った物だとしたら?」
「その可能性もある。じゃがな、それもまた良し、じゃよ。」
そして教授は一呼吸おいてから、ゆっくりと付け加えた。
「良いか君たち、 学問とはな、 『楽しむもの』なんじゃよ。 これは君たちが持って行き給え。」
「わかりました先生。ではお借りいたします。」
「うむ、しっかり楽しめよ。」
こうして不思議な石を借り出した二人だったが、これはまず、何から手を付けて良いやら迷うところであった。
そこでひとまずは、今まで発掘された古代遺跡の文字や文様などから、この石の解読の糸口に成るような物が有りはしないかと思い、国立博物館へ行く話になった。
二人が校内を足早に歩いていると、マサルのカバンの中から石の入った袋が落ちてしまった・・・。
それを拾いに戻ったマサルだが、ちょうどそこに考古学のグリストフ教授が現れた。
グリストフはその袋を拾うと、中の石を取り出して見た。
暫しじっくりと眺めている。
そこへマサルが駆け寄っていった。
グリストフは眉をしかめ、石を見ながらゆっくりと、低い声でマサルに言った。
「いい年をして、こんな物で遊んでいるのか?」
「あ・・・、はい先生・・・。」
「親が金持ちだと、遊んでいられる余裕もあるものだな。 レポートの提出期限は夏季休暇明けだぞ。 遅れた者は落第だからな。 覚悟をしておけよ。」
「あ、はい、頑張ります。」
「頑張って、間に合えばいいがな・・・。」
「では先生、これから博物館へ行きますので、失礼します。」
「よしよし、今日はずいぶん素直じゃないか。 博物館で居眠りなんかするんじゃないぞ。」
「はい、解ってます。」
マサルは急いで立ち去った。
そしてハインツのところまで来ると、
「なあマサル、その石は俺が預かっておくよ。」
「どうしてだ?」
「また落として壊したりしたら、ヴァイゼルマン先生に言い訳が立たない・・・。」
「そ・・・、そうか・・・。」
マサルは石の入った袋をハインツに渡した。
「マサル、お前、授業中に居眠りしてるのか?」
グリストフとの話が聞こえていたようだ。
「いや、したこと無いぜ。 あの教授は生徒をからかうのが趣味なんだよ。」
「高い金払って入学してる生徒をからかうのか?」
「ああ、俺が資産家の息子だと知ってからな。」
「そうか・・・、金にコンプレックスを持ってるって話は本当らしいな。」
二人は列車の時間を確認するために学生会館へ寄る事にした。
学生達で混雑するの掲示板の前まで来ると、そこにはここで受講する学生にとって必要であろうことならば、ほとんど全ての情報が貼り出されているのではないかと思わせるほど、多種多様の掲示物が貼ってある。
この日、このあと最寄り駅から博物館へ行く列車は二本あった。
だが、最後の一本では帰りが遅くなってしまうので、先の一本に間に合うように急がなければならない事が判った。
「マサル、急げ!」
「おう!」
と、そこへ、ハインツを呼び止める声が聞こえた。
「坊ちゃん! ハインツ坊ちゃん!」
慌てて振り返ったハインツは、声の主の方を見て応えた。
「爺や、どうしたんだ?」
「おぉ、やっと見つけましたぞ!」
「どうしたと言うのだ?」
「グレンダ様が。お友達のグレンダ様が!」
「なに? グレンダがどうした?」
「ハインツ、どうした?」
グレンダとは、マサルも面識のあるハインツのガールフレンドである。
「グレンダ様が・・・、亡くなられました。」
「グレンダが死んだあ??!!」