小説「TOUBEE-3」
 
 
 
 
第五章 「対決」
 
 
 
第十話 「突入」
 
 
ドックに入った室田と常磐の作業艇は、機体にまとわりつくゾンビ獣人たちをかき分けながら進む。

めまぐるしく動き回る獣人たちには、どのみち作業艇の速度では追い付けない。

だから、攻撃も一方的に受けるしかなく、その衝撃にさらされることも否めず、あまりの多さに装甲もいつまでもつか分からない。

そのためにも制限時間を5分と決めたわけだ。
 
通路では、一気にあふれ出た獣人に功勇たちが立ち向かい、通路の出口へ向かう獣人は雷駄が迎え撃ち、また、通路の奧へ美由紀を追いかけようとする獣人には藍が、それぞれ食い止めていた。

さすがの獣人も、この二人の速さには適わなかった。
 
その通路の中央でチャーガンジューたち。

「しっかし、キリがねぇなぁ。」

淳士がぼやくと、

「5分間の辛抱ね。」

奈瑠美が応える。

「そりゃそうだけどな…。」

淳士は戦いながら、今まで積んで来た鍛錬を思い出していた。
 

小学生の頃から朝5時起きで海岸を走らされた。

それは、何処までとか、何分とかという区切りは無く、否応なしに倒れるまで走らされた。

拒めば鉄拳制裁。

砂の上でへたばったら、次はその場で砂を突く。

拳ではなく五本の指で、ひたすら突くのだ。

海岸の砂には貝殻なども混ざっているので、指の皮が擦りむけ、爪も磨り減って無くなるが、砂に血がにじんでも続けさせられ、すぐに指全体が腫れ上がり、痛みで暫くは箸も持てなくなる。

だが、それでも毎日続けていると、やがてその指先は腫れた肉が硬く締まりはじめ、手刀を指先から突き刺すようにして、板をも割ることが出来るようになる。

もちろん、足も鍛える。

素足のつま先で砂袋を蹴って、その砂袋を突き破るまで続ける。

脚力の場合はさらに、父親の浩士が草刈り用の大鎌で斬り掛かってくるのを、ひたすらジャンプしてかわす。

その時に、いくら素早く高く跳んでも、脚の引きが遅ければ刃に当たる。

そのために、淳士のスネは無残な切り傷だらけになった。

淳士は子供心に、心底父親と師範を憎んだものだが、父親の浩二としては、自分の研究のために子供を巻き込む結果になってしまったので、いつ襲い来るか分からない戦いに備えて、心を鬼にしていたのだろう。

特に、沖縄は米軍占領下の人種差別の時代を経て、返還後も冷戦時代はスパイに狙われる恐れもあったからだ。

そして、同じ危機的状況を予感していた真喜志家に於いても、功勇は父親の咬竜から自宅の庭で猛特訓を受けていたのだ。
 
 
「B2に比べりゃコイツらは雑兵だ。でも、こう数が多いと流石にウンザリしてくるよな。」

「あぁ、それに相手は元々同じ人間だったと思うと気が重いぜ。」

そう付け加えたのは功勇だった。

功勇は医大で人の命を救う事を学んで来たので、やはり他の者よりも抵抗がある。つまり、精神的にキツイのだ。

そのせいか、功勇たちは徐々に押され始めた。

そして、そのネガティブな思考は、ナンクルナイザーの同調システムによって、チャーガンジューたち全員に影響した。

だが、これには雷駄は口を開いた。

「何を考え込んでいる! それなら俺もずいぶん悩んできたさ! なにしろ俺はコイツらと同じ獣人なんだからな。同じ身の上の相手と戦わなきゃならないのは辛いもんだ。だがな、コイツらは間違いなく俺たちを殺しに来てるんだ! 普通の人間だった頃なら絶対に遣らなかった事を今は遣っている! だから戦わなければならない! それもこれも引っくるめて、ここに居る俺たち全員が蝕架の犠牲者なんだ!」

「それは解る。しかし、そうは言われても…。」

と躊躇する功勇。

「同じなんかじゃないですよ!」

突然叫んだのは日登美だった。

「同じだなんて言ったら、まるで犠牲になった者が、餓鬼の企みで、最初からそう定められていた運命みたいじゃないですかぁ。それは、たぶん餓鬼自身が望んでいること。奴を『神』として認めることになってしまうわ。 だから同じなんかじゃありません! 私は、私として戦っているんです!!」

「良いこと言いますね。」

藍も同調した。

「だいたい、何でも噛み付くこの顎がいけないわ!」

藍の鋭い爪によって、彼女に近付くゾンビ獣人は次々と顔の下半分を削ぎ取られ、同時に頸の骨を砕かれて倒れる。

藍は、羽祟り蜂と合体したことによって、本来の蜂の能力、即ち『獲物の急所を狙う』という事に長けている。

だから、仮面ライダーアイビーと成った藍にとっては、敵の急所が直感的に見抜けるようになるのだった。

正確に、淡々と敵を切り裂いて行く藍。

「あのお嬢さん、若いのにクールだしぃ…。」と、誰かが呟いた。
 
 

一方、コントロール室の前まで到達した美由紀は、ロックを解除して扉を開けた。

だが、動力盤のパネルにも鍵がかかっていた。

「ちょっと~ぉ、図面と違うじゃないのよ~ぉ。」

実は、以前日登美が壊した地下倉庫の壁を自動ドアに替えたとき、この動力盤も付け替えていたのだった。

元々オルフェノクである美由紀にかかれば、この電源パネルのフタを引きはがすことぐらいは造作も無い事なのだが、中の構造が分からぬうちは、作戦遂行のためにむやみに破壊するわけにもいかない。

室田と常磐の作業艇は、すでにヒューズボックスの前まで到達していた。

後は通電ランプが点灯するのを待つだけだ。

そこに美由紀から無線が入る。

『監督ぅ…。』

「どうした?」

『動力パネルが付け替えられていて、鍵がかかってますぅ。』

「なんだとぉ?」

『無理に開けると中まで壊しそうで…。』

「あぁぁ、そいつぁマズイな…。」

「あ、すみません。それ付けたの僕です。」

「え?新垣君?」

「はい、僕のうちは電設工事会社なもので…。」

「あぁ、操縦と整備の担当って、そういうことだったのか。」

「でも、この状況では手伝いにも行けないしぃ…。」

「だったらここは私たちが何とかしますわ。」

「日登美ねーね?」

淳士が美由紀を手助けに行く間、日登美がゾンビ獣人たちを引き受けると言うのだ。

「無茶だ。やめておきなさい。」

室田が引き止める。

「いいえ、私に勝算があります。」

「勝算って、確実なのか?」

「遣ったことはありませんけど。」

「おいおい…。」

「遣らせてみたら?」

常磐が賛成した。

「どっちみちこのままじゃ、じり貧だしさぁ。」

「…、そうだな。金城くん、どんな作戦なんだい?」

「いいえ、作戦ではありません。華寿美さん、奈瑠ちゃん、私の祈祷に念を送って。」

「お姉様、まさか…。」と華寿美。

「ってか、やっぱり?」と奈瑠美。

「あなたたち二人にはもう分かっていると思うわ。この獣人たちの魂はゾンビと成った今でも、まだここに留まっているしぃ、忘れてしまった魂を思い出させてあげれば、渇きに苦しむ者たちも安らぐ事ができるはずです。」

「な…、なんかムズカシイこと言ってるぞ…?」

技術者であり、科学者でもある室田にしてみれば、これはすでに理解の範疇を超えていた。

日登美たち姉妹は、目が点になった室田をよそに、周囲の獣人たちを一蹴。

「時間がありませんわ。さあ!」

三人同時に胸の前で手を合わせた。

それを邪魔させないように、淳士と功勇が脇を固める。
 

『カナグスクヌマブイ…。』

怒濤の攻撃を受ける室田と常磐は、この一瞬、辺りの音が一斉に止んだように感じた。