ごあいさつ
 
 この度は、不肖私が執筆させて戴きますところの小説「TOUBEE」をご覧戴けることに、ここにご来訪された皆様には、身に余る光栄と感謝の念を表させて戴きます。

 
               ご注意
 この文中には、一部に暴力描写などが含まれておりますので、それらに嫌悪感を抱く方、文芸的意図をご理解戴けない方、または現実と虚構との区別を付けられない方の閲覧はご遠慮戴くよう、切にお願いいたします。
 
 この脚本に対する著作権を、作者である私自身は放棄する意志を持っておりません。従って、この作品中の全ての部分に於いて、無断転載を固くお断りいたします。
 
 この物語はフィクションです。ここに登場する人物、団体、名称、事件、怪生物、歴史解説、謎の国家権力などが、万が一実在したとしても、それらは全て偶然の一致です。
 
 
 
  原作:石の森章太郎
 
  脚本:無糖歯痛
 

   小説「TOUBEE-3」 プロローグ
 

    「楚崙神話」
 
『古(いにしえ)の防人(さきもり)の衆に強者あり。

理(ことわり)に依りて酋(おさ)となり、其の名を『楚崙』(そろん)と云ふ。』
 
(遙か昔、国防の兵士の中に強者がいた。周囲の者たちに認められて軍臣となり、『楚崙』という名で呼ばれた漢だ。)
 
 
楚崙は、荒ぶる漢達の立つ古城跡に上がった。
 
彼等の酋としての印を受ける儀式のためだ。

その様子を、物陰から見詰める女が一人。

西方より渡来した仙術師の孫娘、『鈍卑女』(にびひめ)と呼ばれる術師であった。

鈍卑女は楚崙に焦がれるあまり、焔の仙術を以てその軍を助けようとするが、倭の神の怒りに触れたために、神の生み出した戒めの禍(わざわい)との戦いに依って、二人は離れ離れになってしまう。

禍を治めるために旅立った楚崙を思いながら、鈍卑女は独り静かに隠遁生活に入る。

鈍卑女は山上の高地に畠を耕し、人目を避けるようにして自給自足で暮らし、『孤独と沈黙の行』を積んでいた。

やがて月日は経ち、彼方から禍が現れ、鈍卑女はそれを追ってきた楚崙と再会することとなった。

幾歳月も戦いに明け暮れていた楚崙を、鈍卑女は影と成って支えたが、窮地に陥った楚崙を救い出したいあまりに、とうとう鈍卑女は戒めを破り、焔の術を使ってしまう。

そのため天罰はたちどころに下り、鈍卑女は楚崙の目の前で、巨大な枯木と化してしまった。

鈍卑女の忠(まごころ)と不憫を知った楚崙は涙するが、その枯木の中に鈍卑女の魂が、焔の仙術となって残っていることに気付き、その枝の一振りを携えて禍へと挑んだ。

楚崙の身体は悪鬼と共に灼熱の焔に包まれ、鈍卑女の枯木を巻き込んで十月十日の間燃え続けた。

鎮火の後に出来た灰の山は、直後に注いだ嵐と山崩れに依って跡形なく、周囲一帯の地形も含めて変わってしまった。

こうして鈍卑女と楚崙の魂は、禍の怨念とともに黄泉の泉を越えること適わず、無数の分霊となって再び現世に顕れるときを待っている。
 
 
「倭国禍記」より。
 
 
 
 
 
 第一章 「楚崙神話」
 
 第一話 「音驒断洞窟」①
 
 
時は現代に移る。
 
 
澄んだ空。
 
流れる雲。
 
目の前を、鳥が飛ぶ。
 
そんな穏やかな山間の渓谷に、物々しい姿の一行が現れた。
 
 

「長野先生、どうやらここで間違いなさそうですねぇ。」

「うむ、清瀬くん、事実は諸説よりも稀なり、だな。」

「まったくですねぇ、先生…。よし、真壁くん、いったんここをベースキャンプにしよう。」

「でも清瀬先生…、僕たちは洞窟を探しに来たんですよねぇ…。本当にここで間違いないんですか?」

「あぁ、これこそが考古学の醍醐味というものだよ。」
 

そう言って、清瀬が見上げたものは、断崖絶壁に無数に空いた、直径3センチほどの、小さな穴の一群だった。
 
 
城南大学考古学研究室所属。
長野治夫教授の率いるチームは、助教授の清瀬修司、研究員の真壁進、木下守男、杉山真一郎の5人。
 
『楚崙神話』(そろんしんわ)をテーマに研究していた彼らは、ある古墳の調査中に偶然見付けた、違う時代の青銅器の破片に記された文字を解読し、そこから判明した『音驒断』(ねたた)というキーワードを元に、それが洞窟の名前であることをい突き止め、ここまでたどり着いたのだった。
 

研究員たちがテントを張っている間、長野教授と清瀬助教授は、持ってきた超小型カメラを使って穴の中を調べたが、これは昆虫などの巣ではなく、また、見た限りではほぼ真っ直ぐに進んでおり、その奥行きはケーブルが届かなくなってしまう程だったので、計測は途中で断念せざるを得なかった。
 
 
「長野先生、これはそうとう深いようですねぇ。」

「うむ、かくなる上は一部の穴を拡げて掘り進むしかなさそうだな。」
 

とはいえ、こういう事態になるとは予想しておらず、小さな穴であるために、軟らかい地層のものは掘りやすいが崩れ(潰れ)やすく、硬い地層のものは時間がかかる上に、上層の軟らかい地層が落ちて来る恐れがある。
 
後者は論外ということで、助手たちが早速地層を調べて準備に取りかかった。

彼らの考えた手順はこうである。
 
1,まず、遺跡などにマーキングするため用意してきたチョークを潰して粉にする。
 
2,穴は奥へ行くに従って斜め下向きに傾斜しているので、ノートの頁を破いて筒状に丸め、穴の中にチョークの粉を流し込む。
 
3,穴の周囲から人が通れる範囲の大きさで掘り進み、チョークの色を追いかけるようにすれば、目標の穴が崩れても『穴の位置と方向』は見失わずに済む。
 
4,チョークの色が薄れてきたら、崩れた穴を慎重に拡げ、『2』からの手順を繰り返す。
 

こうして、約50センチ毎にチョークを流し込み、日没まで掘り進んだが、穴はまだまだ深く続き、掘り出した土からも特に目を引く物は出て来なかった。
 

「長野先生、今日はもうこのぐらいにして、飯にしましょう。」

「そうだな、楽しみは先に取っておくか…。」
 

そう、この大きな労力の割には収穫が極端に少ない『発掘』という作業。
 
汗まみれ埃まみれで、場合によっては何日も風呂にも入れず、長引けば食事は粗末な物ばかりになる。
 
これを『楽しみ』という一言で片付けられる忍耐強い感覚こそが、考古学者に欠かすことの出来ない素質とも言える。
 

だが、そうでない者も居たようだ。

翌朝、欠員が出た。
 

「木下が居ないぞ。」

「荷物も無くなっているな。」

「・・・どうやら、脱走したようだな。」
 

だが、このことには誰も騒がなかった。
 
ただでさえ、たまたま見付けた破片の紋様が違う時代だというだけで伝説を調査し、洞窟だと思って辿り着いたら、蟻の巣か蛇の巣のような小さな穴なのだ。
 
無理も無いのである。
 
予てからこの考古学研究室が扱ってきた古代文字の解読の、その発端となった遺跡調査が、実は同じ古墳の発掘によって出土した装飾品を手がかりとしたもので、この双方が違う時代に造られた物であったことが、この調査を難しくしていた。
 
新しい年代の方は、20年前の九朗ヶ岳遺跡のリント文字へ。
 
そして古い年代の方は、今回のネタタ洞窟へと導いていた。
 
あの未確認生命体が、古代の人類から派生した人間の亜種であるという説は驚異だったが、今回はさらに古い年代へ遡る調査であるため、派生したルーツを突き止められるかも知れないという期待が膨らんでいた。
 

しかし、リント文字研究の夏目教授チームが未確認生命体によって全滅した事件も、日本考古学会には『負の歴史』となっている。
 
そして、今はもう口に出して言う者も居ないが、実はこの未確認生命体の解明についても、同研究室では連綿と引き継がれている大きなテーマのひとつなのだ。
 
だからこそ、このチームの参加者も調査開始の瞬間から、期待と不安のせめぎあいは相当なものだったのだ。
 
だから、そのせめぎ合いに耐えられなくなった者は、みな逃げて行くのだった。
 
 
「それにしても長野先生、警察から調査再開の許可が下りるのに20年もかかるなんて、九朗ヶ岳の事件って、そんなに酷かったんですか?」

「あぁ、君達はまだ若いから当時の事は知らなくても無理はないな。私も夏目教授の身元確認のために、ご家族と警察に行ってご遺体を拝見したが、あれは酷かったよ。」

長野教授は、眉間にシワを寄せて話を続ける。

「表向きは熊に襲われたことになっているが、あれは熊の仕業なんかじゃない。頸の急所を狙ってザックリ遣られておった。」

「頸の急所ですか…。」

「あぁ、熊なら爪で頸だけを狙ったりは出来ない。頭ごと横っツラを張り倒す形で首を折られるのが普通だよ。その場合、爪痕は側頭部から、反対側の肩か胸にかけて刻まれる。爪が頸に当たるとしたらその時だからな。」

「熊にしては…、芸が細かすぎると…。」

「そうさ。野生の熊にそんな器用な真似が出来たら、それこそ生物学的な大発見だよ。隠し切れる事では無いから、当局も渋々公表に踏み切ったようだったな。」

「じゃあ楚崙伝説の『禍』っていうのは…?」

「これも人間とそっくりな遺伝子を持つ、別の種族…ではないかと言われとる。」

「それこそ、見付けたら大発見ですね。」

「見付かれば良いがな。はっはっはっ。」
 
 
 
こうして穴掘りを続けること二週間。
 
一行は新たな局面を迎えた。

掘り進んだ奥の壁が向こう側に倒れ、地底の空間に行き当たったのだ。

サーチライトで中を照らすと、その地底空間はちょっとしたコンサートホールぐらいの広さがあり、掘った穴から中の地面までは7メートルほどの高さがあった。
 

「お~い、ロープだ。」

先頭の清瀬助教授が、最後尾の真壁に声をかけた。
 
リレー式に先頭まで運ばれたロープに、清瀬は手際よく30センチ程の等間隔で結び目を作り、地下洞窟の床まで届かせると、今度は反対側を後ろに回し、トンネルの外の樹木に固定させた。
 
即席の縄梯子だ。

順繰りに下りる四人。

「ようし、記録開始。」

そう言って、ボイスレコーダーのスイッチを入れる長野教授。
 
「我々チーム一行は、地下洞窟に遭遇した。壁面は殆どが玄武岩と思われる火成岩。おそらくは、かつての火山噴火によって出来た空洞が、長い間の浸食などにも耐えて地中に閉ざされたものと推測される。なお、地表に出現していた無数の小穴が何故出来たかは今もって不明である。」
 

一行はヘルメットのヘッドライトを頼りに、そのホール様の空間を調べはじめた。
 
壁の下には、岩の破片が多く堆積している。
 
おそらく、地震などによって崩れた跡だろう。
 

「みんな気をつけろよ。足場が悪いぞ。」
 

元々平らではない地面に、天井から剥がれた石が折り重なる様に崩れ落ちているので、足元はその破片のために、常にグラグラするのだ。
 

「ガス圧で出来たんでしょうかねぇ。」
 
杉山が言うと、

「その可能性は少ないなぁ。何故なら、あの小穴の説明がつかないんだ。」
 
と清瀬助教授が返す。
 
この洞窟が溶岩ガスの抜けた跡ならば、もっと不揃いな穴が不規則に出来るはずなので、あのような小穴が密集して出来ることは考えにくいのである。
 
ただ、昨夜の長野教授が説明した『熊』の話にもある通り、可能性をすべて否定して、考えることを止めたり、有り得ないものとしてしまうよりは、『もし見付けたら大発見』という心の余裕を残しておくことも、発掘に携わる者のモチベーションを保つための大切な態度と言える。
 
現に、この大洞窟の存在も驚くべき発見だ。
 

一行は、地底にこれほどの空間が存在するとは思いも依らなかったので、表のベースキャンプの備品を中へ運び込み、調理などの火を使うこと意外は、この洞窟内で行うことにした。
 

最初の調査エリアを特定するために、長野教授と清瀬助教授を残し、荷物運びのためにいったん外に出た真壁と杉山。
 
昨日のうちに調べておいた谷川の水質は飲用に適しているので、杉山が空の折りたたみ式ポリタンクを持って汲みに行く。
 
この山の一帯は携帯電話も圏外になっているので、真壁はテントの中に無線機を残し、殆どの機材を洞窟の入口まで移動した。
 
中は幾分寒いので、シュラフや予備のテントも持って行く。
 
運び込むときは身体に結び付けて行く都合上、小分けもしておく。
 
だがここで、遠くから、水を汲みに行った杉山の叫び声が聞こえた。
 

「真壁くん、早く、早く来てくれ!」

「どうした!?」
 

急いで谷川まで下りた真壁は、川辺の草むらに立ち尽くす杉山を見付けて走り寄った。
 

「何があった!?」

「こ、これを見てくれ…。」

「なんだ…?これは…、木下の荷物じゃないか。」
 

真壁が草むらをかきわけ、川辺の砂利が少し乾いたところに見えたのは、間違いなく、居なくなった木下のリュックサックだった。だが、背負う側には血のような染みがあり、その様子は『置いてある』というより、無造作に投げ出したか、或いは『転がり落ちた』という状態だった。
 

「なぁ真壁くん、木下は脱走したんじゃなく…、いや、脱走の途中で何かあったのか?」

「分からんが、その辺の岸辺から川下を調べてみよう。教授たちにも報告した方が良さそうだな。」

「それより、警察に連絡した方が良くないか?」

「いや、それも教授に相談してからだ。また20年も待たされたら適わんからな。」
 

一度中止された調査の続行を強く望む真壁は、脱走者が行方不明になった程度で警察へ通報するのがためらわれたのだ。
 

だが彼らは、ここで下山するべきだった…。