小説「TOUBEE-3」
 
 
 
 
第五章 「対決」
 
 
 
第十一話 「鎮魂」
 
 
 
 
夥しい数の獣人たちがうごめく地下ドックに、一瞬清涼な空気が流れる。

小さな声で呪文のような言葉を唱える日登美。

妹の二人はまた違った呪文を唱えているようだ。

すると、今まで執拗に攻撃していた獣人たちが、何かに迷いはじめたかのような行動をとりはじめた。

「おぉ…、様子が変わってきたぞ。」

と驚く室田。

「新垣さん、乗って!」

藍がSHEFFIELDを用意していた。

「おぅ!いったん司令室へ行って鍵をとってくる!!」

SHEFFIELDのフル加速では、司令室まであっという間だった。

ドックに居る室田たちの目の前で、通電ランプが点灯する。

常磐の一号機がヒューズボックスを開けると、室田の二号機が配線を引っ張り出した。

一号機がそのケーブルの片方を掴んで引きちぎる。

ここで全員に指示を出す室田。

「こちら地下ドック、室田だ。通路に居る者は隔壁から出来るだけ離れろ。コンテナ内の諸君はすでに絶縁対策を取っていると思う。私と常磐局長は5秒数えてから実行するので、新垣君はその3秒後に再び動力電源を切ってくれ。 全員、必ずまた会おう。以上!」

「隔壁通路、了解!」

車に飛び乗る三姉妹。

その発進を確認してから雷駄がSOLINGENで脱出。

『コンテナ、了解。』

中では負傷した朝霞を含めて全員が敬礼をしていた。

「制御室、了解。」

淳士は次の操作に備えて電源レバーに手を掛ける。
安全装置が働いても電源の落とさぬためにレバーを抑え続けなければならず、また、地下ケーブルにダメージを与えぬために、室田の指示どおり三秒で切らなければならない。

一瞬の静寂の後、5秒間の秒読み…。

室田たちは二人同時にケーブルを水に差し込んだ。

瞬間…。

ズオンッッッ!!

という鈍い音と共に、室内中に凄まじい放電。

獣人たちが一斉に大きく痙攣した。

ボンッ!バンッ!バンッ!バンッ!

作業艇の外装に取り付けてあった予備装置が破裂する。

よろめく作業艇。

バジュワアッ…!!

ケーブルを持つ一号機の腕が高熱で熔け落ちた。

灼熱のドック内にスプリンクラーの水が放出されるが、更に放電は続く。

淳士の握るレバーからも煙が上がる。

「うあっがあああ!!」

悲鳴を上げながらも、渾身の力で再び電源を切る淳士。

そして、全身の力が抜けたかのような淳士を後ろから受け止める美由紀と藍。

二度目の静寂がつづく…。
 
 
 
「監督…?」

美由紀が握りしめた無線機で呼び掛ける
「監督…、応答してください!」

涙目になる美由紀。
 
 
 

『♪♪♪♪~♪』

クリスマスキャロルが流れた。

慌てて携帯を取り出す美由紀。

「はい…。」

『あ、美由紀ちゃん? 常磐ですぅ。 や~れやれ、作業艇が壊れちゃってさぁ、いま雅ちゃんと見てるんだけど、どうにも成らなくてねぇ。ドックの壁が越えられないから、誰か助けによこしてくれるぅ?』

通話の後ろで『あ~ぁ…、ダメだこりゃ。』という室田の声が聞こえる。

「良かった~ぁ!!」

『アハハハ…。いやいや、あだからあんまり良くないんだってば。作業艇が二機とも使えないから、ここの修復が遅れるんだよぉ。』

「良かった~ぁ!良かった~あ!!」

『アハ…、アハハハ…。』
 
美由紀は早速、館内アナウンスで二人の無事を知らせ、それを聞いた作業員たちが救助に向かった。
 
 

一段落して、全員がまた隔壁通路に集合したとき、無数に横たわるゾンビ獣人たちの亡骸をどうするか、検討が始まった。

火葬にしようとの案も出たのだが、これには金城の三姉妹が意見を述べた。

「この者たちは、英霊です。」

この一言に一同はハッとした。

「魂を呼び起こしたとき、私たちには解りました。この者たちは、沖縄の海に眠っていた戦没者なのです。」
 
太平洋戦争末期、激戦地だった沖縄は、アメリカ軍の掃討作戦によって、多くの兵員たちが戦死し、さらには民間人までもが大勢亡くなった。

中には、敵軍に捕らわれるよりはと、自ら海中に身を投じた者もたくさん居る。

そういった戦没者を悼む慰霊祭は今でも続けて行われているが、沖縄周辺一帯の海域には、未だ揚がらぬ遺体が海底に眠っているのだ。

餓鬼は、何等かの方法でその英霊たちを操り、伏竜改の技術を応用してゾンビ獣人に仕立てたというわけだ。

だがこれは、沖縄の人々のみならず、この国に生まれ、生活する者たち全てに対する屈辱的な暴挙である。

その事に、いち早く気付いていた金城姉妹が、浄化された英霊たちの『声』を伝える。

『ワレラハコノチヲマモルベクミナソコニネムル…。』

魂に名前はなく、獣人化した遺体からは身元など判るはずもなく、従って亡骸は『声』の通り、海底に安置するべく水葬にされた。
 
 

振り返れば、餓鬼がアメリカ国防省からこの研究所に出向して来たときから、この計画は準備されていたのであろう。

餓鬼は最初からこの英霊たちを利用するつもりだったのである。

ということは、餓鬼の研究はここから盗んだ電磁電者だけではないようだ。

室田、雷駄、美由紀の三人は、以前出会った『瞑』の、掠われた弟のことを思い出した。
 
「超能力を持つ姉弟か。」

と、常磐が聞き返した。

「あぁ、偶然PASSAGEの近くで働いているのが見付かったんだが、その瞑って女性の話じゃぁ、姉弟揃って子供の頃から餓鬼って奴に追われていて、当時まだ小さかった弟を掠われたらしいんだ。」

「どんな超能力?」

これには雷駄が答えた。

「炎を操れるらしいですね。姉の方は水を操っていました。」

「水と炎…?」

常磐は少し考えてから、

「雅ちゃん、それって、うちの方にも連絡があった、例の遺跡伝説の事件と何か関係あるんじゃない?」

「あぁ、『禍』の魂を継承する『楚崙伝説』かぁ…。」
 

これだけ大掛かりな事を平然と遣ってのけるからには、餓鬼は他にどんな研究をしているか知れない。

事件は、いよいよ核心へと迫って行く。