小説「TOUBEE-3」
第四章「超兵士」
第一話 「B2」
石垣島。
小さな島だ。
島独特の、良く言えば『ゆったり』とした雰囲気。
また、マリンリゾートでもあることから、ここ数年の間には本土からの移住者が増えている。
だからなのか、こんな所にもアニメオタクのような者は居るようで、そういう人たち向けの専門ショップが何軒かある。
島の若者はと言うと、
学校を卒業すれば、ほとんどが本土の会社に就職してしまい、
親が地元で商売を遣っている家でさえ、後を継ぐ者は珍しい。
だから、その店で独り働く若者は、周りから有り難がられたり・・・、
時には『変人扱い』されたりもしている。
彼の名は『真喜志 巧勇』(まきし こうゆう)。
この島で生まれ、一度は本土の大学を出たが、専門学校に入り直して調理師免許を取り、また島に戻って来てこの店の最上階の三階に住み込み、働いている。
店の建物は古びた鉄筋コンクリートなのだが、入り口の部分だけがログハウス風に改装されていて、オープンテラスの入り口を入った一階はマンガ喫茶。二階はネットカフェ。販売用のフィギュアなどは地下室にある。
若者の少ないこの島では、こういった店もそう多くはないのだが、ここはインターネットの普及率が低く、パソコンは輸送費がかかって高価なためにもっと少ないので、夕方からは地元の者で繁盛しているようだ。
来客はほとんどが常連だから、店に置いてない物を頼まれればメーカー注文になるのだが、数が纏まらなければネット通販の方が安い。
だから時々、注文したのに買われない事もあるのだが、しかしまぁ、こんな離島じゃそれも仕方ないことだと諦めているのか、地下室の余剰在庫は収拾がつかなくなってきている。
それほどまでにのんびりした気風は、本土の人間には理解しにくいだろう。
その店内は外の炎天下と対照的に、テーブル以外は幾分照明を落として落ち着いた雰囲気の空間で、高い天井からぶら下がっている模型や紙人形が、良く効いているクーラーの風に当たって揺れている。
電話が鳴った。
「は~い、カルトシャープ・シーサーで~びる。」(カルトショップ・シーサーです)
これが店の名前だった。
雑貨屋兼喫茶店に、どういうわけか守護神の名前をつけている。
「あのう、アルバイト募集ぬ張り紙を見たんですけど・・・。」
女性の声だった。
「え?・・・あ、あぁ、バイトね。」
まさか本当に来るとは思わなかった・・・、といった反応だ。急に態度が改まる巧勇。
「面接ぅ、何時に来られますか?」
「1時ごろなら・・・。」
「じゃあ履歴書を持って1時に。あ・・・、お、お待ちしてますのでお名前を。」
「日登美・・・、金城 日登美(きんじょう ひとみ)と申します。」
「日登美さんですね。ばーは店長ぬ真喜志巧勇でーびる。」
「巧勇さん・・・。」
「はい、では気いしきたーぼーりぃ。」
この島では同じ苗字が多いので、下の名前で呼び合うのが慣わしだ。
電話を切った巧勇は、応募のあったことを社長に伝えておこうと、離れの事務所に電話を入れた。
だが不在だったので、ひとまず後回しにすることにした。
今は昼休みなので、どこかで昼寝でもしているのだろうと思ったのだ。
入口が開いた。
「おう。おーりとーり(いらっしゃい)。」
「くよーんならぁ(こんちはぁ)。高菜ピラフぬセット。アイスコーヒーな。」
「はいよ、高菜セット一丁。」
昼飯に来たのは『新垣 淳士』(あらがき あつし)。
一年ぐらい前からの、この店の常連だ。
「ちょうど良かったさぁ。かめぃ済んだらちょっと店番うにがいきれる?」
「あぁ?良いけど、なんでさ?」
「いやぁ、これからバイトぬ面接があるんだけどさぁ、社長に電話しても出ねぇから、呼びに行ってくる間だけさぁ。」
「その間に相手が来たら?」
「そしたら事情説明して、世間話でもしててくれやっさぁ。若い女やいびぃ。」
「まぁ、若い女だからって、どうって事もねぇけども、わかったさぁ。メイド喫茶にでもするのか?」
ここで入口が開いた。
「あのう・・・、アルバイトぬ・・・。」
「早!!ホントに1時に来たさぁ。」
ゆっくリズムのこの島で、時間通りに来る者などまず居ない。
「あ・・・、ご都合が悪ければ出直しますけど・・・。」
「い~えぇ、なんくるないさぁ、どうぞ。いまぴーしゃぬぅ(ぴーしゃぬ:冷たい物)入れますからね。」
だが、入ってきたのは彼女だけでなはく、後ろからもう二人の女性がついてきた。
「あ・・・、お連れさんですか?」
「いえ、募集には『若干名』とありましたので・・・。この二人は私の妹です。」
巧勇は三人の履歴書を受け取ると、淳士の分と併せてアイスコーヒーを四ついれた。
姉妹の名前は、
長女、日登美(ひとみ)。
次女、華寿美(かすみ)。
三女、奈瑠美(なるみ)。
すると、連れの妹の一人、奈瑠美が、
「あきさみよー?淳士にーに。」
「あら?ホント。」
言われた淳士は、
「あ、どうも・・・。」
それを見た巧勇が、
「なんだ淳士、やーぬ妹か?」
「いや・・・。」
「エイカ(親戚)か?」
「あ・・・、違うが・・・、まぁな・・・。」
四方山話が始まり、この姉妹は、淳士の家の隣に住んでいることが分かった。
淳士は子供の頃から古武道を習っていたが、その師範が金城姉妹の亡くなった祖父なのだそうだ。
最近では少なくなったようだが、かつての沖縄県民は、米軍占領下時代の辛辣な経験があるために、大概の男子は『手』(ティェ:本土で言う空手のこと)を習わされる。
というより、叩き込まれる。
淳士の父親は特に厳格な方で、隣に住む師範を早朝から訪ねて、淳士が学校へ行く時間になるまで毎日シゴかれたという。
親同士が家族同然の付き合いだったため、淳士は毎朝暗いうちから否応なしに、まるで秘密特訓のように鍛えられたそうだ。
そんな淳士にとって、この金城姉妹は実の妹のようなものだったのだ。
「そんなら話は早いな。うちはご覧の通りの店だから、そんなにたいした事を遣って貰うわけじゃないけど、差し当たって始めのうちは地下室の整頓をうにがいしたいんです。今までばーぬ一人だったから手が回らなくてさぁ・・・。」
「地下室があるんですか?」
「あぁ、こんな店にしてはと思うでしょうけど、この建物は元々別の仕事で使っていたのを改装してるんで、いろんな設備が整ってるんですよ。」
巧勇は、三人を地下室に案内した。
階段を下りた所にある二十畳ほどの部屋には、周りを巡るようにドアがあり、それぞれ小部屋がある。
出し入れに不便な大物や、壊れやすい物などを除き、各小部屋には種類別、ジャンル別に振り分けて商品が仕舞ってある・・・、はずだったのだが、キャラクターにこだわればこだわるほど分類項目が重複、または逆に細分化しすぎ、混沌となって、いつの日からか、訳が分からなくなって久しい。
だが最近になって、そもそもこんな物を分類すること自体が不毛なことなんじゃないのか・・・、と考え始めた巧勇ではあったが、それを言ってしまったら仕事にならないので、いっそ『そこまではこだわらない人』に任せて整頓して貰おうという意味での『求人』だったというわけだ。
巧勇は日登美たちに商品リストを渡して、要領を説明した。
三人は手分けして片付け始めたが、なかなか要領を得ない。
「ね~ねぇ(お姉ちゃん)。あたしこういうの好きだけど、ここまでは解んないわ・・・。」
「うん、みんな同じに見えるしぃ・・・、てか同じじゃない?」
「うん、同じさぁ。」
と、様子を見に来た巧勇が言う。
「え?でもこのロット番号は別けるようにと、リストに書いてありますけど?」
「あぁ、それはオフグレード、つまり不良品でぇびる。」
「あ、返品するんですね。」
「いや、売るよ。」
「エエッ?ここは不良品を売り付けてるんですかあ?」
「いやいやいや、そうじゃなくて、こっちの方がレア物で高く売れるんよ。」
「え~ぇ!?不良品と知ってて高く買うんですかあ!?」
と驚く日登美。
「ますます解んないわ。」
ツッコミを入れるのは末の奈瑠美だ。
「まぁ、女で解る人は少ないさぁ。」
「少ないって言うより、居ないでしょ!そんな人。」
「あぁ、そうだなぁ・・・。でもそれを言ってまったらマニアの夢を壊しちまう。」
「夢?」
「そう、いつかは理解してくれる特種な女性と巡り会えるって・・・。」
「ナイナイ!」
「奈瑠ちゃんは黙ってて。」
妹を制してから、鼻にずり落ちてきたメガネを片手ですり上げながら、お下げ髪の日登美が続ける。
「要するに、不良品か良品かよりも、より数の少ないモノがでーじであると・・・?」
「うん。」
「興味深いですわぁ・・・。」
「おっとぉ、特種な女性が現れたしぃ・・・?」
ともあれ、地下室の片付けはしばらくかかるので、淳士には引き続き店番を頼み、巧勇は社長宅、つまり祖父『康順』(こうじゅん)の隠居所へ行くことにした。
店の裏に駐めてある、潮風であちこちが赤く錆びた軽トラックは、陽が傾きはじめた今でさえ、朝からの陽射しで火傷するほど熱い。
石垣島ではこの暑さがほぼ一年中続くので、仕事でもなければ日中から外へ出る者は居ない。
巧勇は、一旦窓を全開にして車内の熱気を外に出し、クーラーをかけた。
じっとりと重い陽射しの中を、ゆっくりと走り出す。
巧勇の祖父は資産家で、その屋敷は伝統的な琉球の様式なのだが、地元の旧家と比べても大差ないので、あまり目立たない。
と言うより、ここ独特の『空気』のせいか、突出するものを全て包み込んでしまい、人の気持ちもなだらかに変えてしまう。
だから、見た目の派手さだけで目立とうなどということには、誰も興味を持たなくなるようだ。
巧勇は玄関を上がり、屋敷内を探したが、やはり祖父の姿は見当たらない。
一方、店の地下室では、相変わらず金城姉妹が悪戦苦闘していた。
「ちょっと、そっち持ってよ。」
「待って、これじゃ通れないわ。」
「拡げすぎじゃない?」
「でも、これ別けとかなきゃ分かんなくなっちゃうし・・・。」
「あ、そこ触っちゃ・・・。」
「キャーッ!」
積み重ねた箱が崩れ、支えようとした日登美がつまずいて転び、壁に激突した拍子に穴を空けてしまった。
「あががががぁ・・・。」(いたたたたぁ・・・。)
すると、壁の破片とホコリにまみれる日登美の後ろに、意外な物が見えた。
「ねーね、これ・・・、エレベーターじゃないの?」
壁の穴から覗かせたのは、上下二つのボタンだった。
「なんかハゴォ・・・。」(なんだか気持ち悪い)
「上には無かったよねぇ。」
「淳士にーにがここの常連みたいだから聞いてみようよ。」
末の奈瑠美が淳士を呼んできた。
「あぁ、こんなもん初めて見た。巧勇の住んでる三階にも無かったさぁ。」
ちょっと調べるつもりで淳士が軽く触った壁が音を立てて崩れ、全体が現れた。
「変だよコレ。」
「うん、B2って、地下二階のことだよねぇ。」
「待てよ・・・。ってことは、階段もあるってことか?」
階段は、エレベーターの隣の真っ暗な空間の奥に在った。
「しにハゴ~ォ・・・。」(超キモイ)
その頃、祖父を探していた巧勇は、リビングから窓越しに見える庭に居るのを見つけた。
「あっちー(祖父ちゃん)、アルバイトの応募が来たぜぇ。」
「ふらーもん(馬鹿者)。仕事中は社長と呼ばんか。」
「固ぇなぁ、どっちでもいいじゃねぇかぁ。」
「で、どんな者じゃと?」
「淳士の幼馴染みだってさぁ。古武道の先生んとこの娘さんが三人。」
「金城の孫娘か。」
「知ってんのか?」
「知ってるやっさぁ。ばーとあの爺さんとは幼馴染みじゃったからなぁ。」
「初耳だしぃ。」
「やーは内地に行っとったからなぁ。しかしやーも親父からティェは仕込まれとろうから、金城(カナグスク)ぬ手(ティェ)は首里王朝からの直系じゃということも存じておろう。」
「あぁ、知ってるやっさぁ。でもそれって文献に残ってる資料とか、数少ない昔の人の証言を元に言われてることだろう?実際には、日本に廃藩制度が敷かれてから民間に出たティェは、各地で稽古される者の個性(実戦経験)によって少しずつ形を変えて、『何々のサイファ』だの、『此処のバッサイ』だのと、人や土地の名前が付けられるようになっただけで、元々『流派』なんていう概念は無かったわけだろ?」
「若僧が、何を知ったかぶっとるか。」
「いや、ばーだって技の伝統は大切にしてるつもりだしぃ、形の違いは技の味だと思ってるさぁ。だけど、いや、だからこそ、形が少し違うからっていちいち流派だとか言わなくても『手』は『手』だろう?その『手』だって地方によっては『ティェ』だったり『デイ』だったり『デー』だったりするのを、『ティェ』と『デイ』はどう違うんですか?なんていうヤマトンチューの質問に付き合わされて、わったー(俺たち)が変えてやる必要なんて無ぇじゃねぇか。そんなの『方言』なんだって言えば良いんだしぃ、本人の都合で遣ってることなんだから、ちょっとぐらいの違いったって『手』は『手』なんだよなぁ。だから、わったーの遣ってる流派の違いは『技の違い』なんじゃなくて『個性の違い』なんだよ。」
「確かに一理あるが、教わる側の立場に立てば、例え小さな違いでも、どう稽古して良いのか迷う事にもなるじゃろう。放っておけば我流に走らんとも限らん。」
「我流だって大成すれば良いのさぁ。」
「確かにな。じゃがしかし、その我流とやらも、わったーが伝えて来た『手』から生まれたことに変わりは無い。それがやーの言う通り大成すれば良いのじゃが、上辺だけの我流は単なる過信じゃ。そんな者のために先人の遺した『手』を汚させるわけにはいかんのじゃよ。」
「それは解るよ。言ってることは同じさぁ。実力も無いのに流派を気取る奴は好かん。そんな奴に限って他流を差別して悪く言いよる。本物は他流をけなすことなどしないものさぁ。ばーが言いたいのは、ろくすっぽ出来もしない奴に知ったような口を叩かれるような、誤解されるような事をして欲しくないってことさぁ。」
「うむ。やーの言っておるのは、何々流が一番強いだとか言う輩の事よのう。」
「あぁそうだぁ。時代や環境が違えば使う『手』も変化して当然さぁ。昔『唐手』(トウディェ:中国武術)を沖縄に伝えた先人が、島の『手』と併せて『空手』を編み出したのと同じさ。出来る人間は、どれを遣っても出来る。逆に、努力しない奴は何を遣ってもダメなのさ。流派のせいじゃねぇ。問題は、その変化を恐れて受け入れられず、切り離すために区別してしまう事にあるんだ。」
「ほう。たいした生意気を言いおる。倅の咬竜(こうりゅう)も何を教育しておったのかのう。」
「あぁ、親父が生きてたら、こんな話もしてみたかったさぁ・・・。そもそも今の時代に何でティェを遣らねばならん?うっかり人殴ったら捕まるしぃ。」
「実は…、そのことなんじゃがなぁ・・・、」
と、ここで突然、けたたましくサイレンが鳴った。
「な、あっち-何コレ?」
「警報やっさぁ。」
「何の?」
すると今度は電話が鳴った。
康順が受話器を取る。
「あぁ、ばーじゃ!・・・なに?まことか!誤報ではないのじゃな!?・・・あい解った!」
受話器を置いた康順は巧勇を振り返り、言った。
「金城の孫娘に何をさせた?」
「何って・・・、倉庫の片付けやっさぁ。」
「困ったもんじゃ。」
康順は納戸を開けて、足早に何かの金属ケースを持ち出した。取っ手のついた手提げケースだ。
「これを持って、やーはすぐに戻れ。わったーも後から行く。」
「何コレ?・・・わったーって?」
「良いから早く行け!娘たちの身が危険じゃ!」
巧勇はケースを持ってトラックに飛び乗った。