小説「TOUBEE-3」
 
 
 
 
第五章 「対決」
 
 
 
第十話 「突入」
 
 
ドックに入った室田と常磐の作業艇は、機体にまとわりつくゾンビ獣人たちをかき分けながら進む。

めまぐるしく動き回る獣人たちには、どのみち作業艇の速度では追い付けない。

だから、攻撃も一方的に受けるしかなく、その衝撃にさらされることも否めず、あまりの多さに装甲もいつまでもつか分からない。

そのためにも制限時間を5分と決めたわけだ。
 
通路では、一気にあふれ出た獣人に功勇たちが立ち向かい、通路の出口へ向かう獣人は雷駄が迎え撃ち、また、通路の奧へ美由紀を追いかけようとする獣人には藍が、それぞれ食い止めていた。

さすがの獣人も、この二人の速さには適わなかった。
 
その通路の中央でチャーガンジューたち。

「しっかし、キリがねぇなぁ。」

淳士がぼやくと、

「5分間の辛抱ね。」

奈瑠美が応える。

「そりゃそうだけどな…。」

淳士は戦いながら、今まで積んで来た鍛錬を思い出していた。
 

小学生の頃から朝5時起きで海岸を走らされた。

それは、何処までとか、何分とかという区切りは無く、否応なしに倒れるまで走らされた。

拒めば鉄拳制裁。

砂の上でへたばったら、次はその場で砂を突く。

拳ではなく五本の指で、ひたすら突くのだ。

海岸の砂には貝殻なども混ざっているので、指の皮が擦りむけ、爪も磨り減って無くなるが、砂に血がにじんでも続けさせられ、すぐに指全体が腫れ上がり、痛みで暫くは箸も持てなくなる。

だが、それでも毎日続けていると、やがてその指先は腫れた肉が硬く締まりはじめ、手刀を指先から突き刺すようにして、板をも割ることが出来るようになる。

もちろん、足も鍛える。

素足のつま先で砂袋を蹴って、その砂袋を突き破るまで続ける。

脚力の場合はさらに、父親の浩士が草刈り用の大鎌で斬り掛かってくるのを、ひたすらジャンプしてかわす。

その時に、いくら素早く高く跳んでも、脚の引きが遅ければ刃に当たる。

そのために、淳士のスネは無残な切り傷だらけになった。

淳士は子供心に、心底父親と師範を憎んだものだが、父親の浩二としては、自分の研究のために子供を巻き込む結果になってしまったので、いつ襲い来るか分からない戦いに備えて、心を鬼にしていたのだろう。

特に、沖縄は米軍占領下の人種差別の時代を経て、返還後も冷戦時代はスパイに狙われる恐れもあったからだ。

そして、同じ危機的状況を予感していた真喜志家に於いても、功勇は父親の咬竜から自宅の庭で猛特訓を受けていたのだ。
 
 
「B2に比べりゃコイツらは雑兵だ。でも、こう数が多いと流石にウンザリしてくるよな。」

「あぁ、それに相手は元々同じ人間だったと思うと気が重いぜ。」

そう付け加えたのは功勇だった。

功勇は医大で人の命を救う事を学んで来たので、やはり他の者よりも抵抗がある。つまり、精神的にキツイのだ。

そのせいか、功勇たちは徐々に押され始めた。

そして、そのネガティブな思考は、ナンクルナイザーの同調システムによって、チャーガンジューたち全員に影響した。

だが、これには雷駄は口を開いた。

「何を考え込んでいる! それなら俺もずいぶん悩んできたさ! なにしろ俺はコイツらと同じ獣人なんだからな。同じ身の上の相手と戦わなきゃならないのは辛いもんだ。だがな、コイツらは間違いなく俺たちを殺しに来てるんだ! 普通の人間だった頃なら絶対に遣らなかった事を今は遣っている! だから戦わなければならない! それもこれも引っくるめて、ここに居る俺たち全員が蝕架の犠牲者なんだ!」

「それは解る。しかし、そうは言われても…。」

と躊躇する功勇。

「同じなんかじゃないですよ!」

突然叫んだのは日登美だった。

「同じだなんて言ったら、まるで犠牲になった者が、餓鬼の企みで、最初からそう定められていた運命みたいじゃないですかぁ。それは、たぶん餓鬼自身が望んでいること。奴を『神』として認めることになってしまうわ。 だから同じなんかじゃありません! 私は、私として戦っているんです!!」

「良いこと言いますね。」

藍も同調した。

「だいたい、何でも噛み付くこの顎がいけないわ!」

藍の鋭い爪によって、彼女に近付くゾンビ獣人は次々と顔の下半分を削ぎ取られ、同時に頸の骨を砕かれて倒れる。

藍は、羽祟り蜂と合体したことによって、本来の蜂の能力、即ち『獲物の急所を狙う』という事に長けている。

だから、仮面ライダーアイビーと成った藍にとっては、敵の急所が直感的に見抜けるようになるのだった。

正確に、淡々と敵を切り裂いて行く藍。

「あのお嬢さん、若いのにクールだしぃ…。」と、誰かが呟いた。
 
 

一方、コントロール室の前まで到達した美由紀は、ロックを解除して扉を開けた。

だが、動力盤のパネルにも鍵がかかっていた。

「ちょっと~ぉ、図面と違うじゃないのよ~ぉ。」

実は、以前日登美が壊した地下倉庫の壁を自動ドアに替えたとき、この動力盤も付け替えていたのだった。

元々オルフェノクである美由紀にかかれば、この電源パネルのフタを引きはがすことぐらいは造作も無い事なのだが、中の構造が分からぬうちは、作戦遂行のためにむやみに破壊するわけにもいかない。

室田と常磐の作業艇は、すでにヒューズボックスの前まで到達していた。

後は通電ランプが点灯するのを待つだけだ。

そこに美由紀から無線が入る。

『監督ぅ…。』

「どうした?」

『動力パネルが付け替えられていて、鍵がかかってますぅ。』

「なんだとぉ?」

『無理に開けると中まで壊しそうで…。』

「あぁぁ、そいつぁマズイな…。」

「あ、すみません。それ付けたの僕です。」

「え?新垣君?」

「はい、僕のうちは電設工事会社なもので…。」

「あぁ、操縦と整備の担当って、そういうことだったのか。」

「でも、この状況では手伝いにも行けないしぃ…。」

「だったらここは私たちが何とかしますわ。」

「日登美ねーね?」

淳士が美由紀を手助けに行く間、日登美がゾンビ獣人たちを引き受けると言うのだ。

「無茶だ。やめておきなさい。」

室田が引き止める。

「いいえ、私に勝算があります。」

「勝算って、確実なのか?」

「遣ったことはありませんけど。」

「おいおい…。」

「遣らせてみたら?」

常磐が賛成した。

「どっちみちこのままじゃ、じり貧だしさぁ。」

「…、そうだな。金城くん、どんな作戦なんだい?」

「いいえ、作戦ではありません。華寿美さん、奈瑠ちゃん、私の祈祷に念を送って。」

「お姉様、まさか…。」と華寿美。

「ってか、やっぱり?」と奈瑠美。

「あなたたち二人にはもう分かっていると思うわ。この獣人たちの魂はゾンビと成った今でも、まだここに留まっているしぃ、忘れてしまった魂を思い出させてあげれば、渇きに苦しむ者たちも安らぐ事ができるはずです。」

「な…、なんかムズカシイこと言ってるぞ…?」

技術者であり、科学者でもある室田にしてみれば、これはすでに理解の範疇を超えていた。

日登美たち姉妹は、目が点になった室田をよそに、周囲の獣人たちを一蹴。

「時間がありませんわ。さあ!」

三人同時に胸の前で手を合わせた。

それを邪魔させないように、淳士と功勇が脇を固める。
 

『カナグスクヌマブイ…。』

怒濤の攻撃を受ける室田と常磐は、この一瞬、辺りの音が一斉に止んだように感じた。
 
 
 
 
小説「TOUBEE-3」
 
 
 
 
 
第五章 「対決」
 
 
 
第九話 「備品」
 
 
 
 助けを呼びに通路を疾走する室田は、雷駄や藍とすれ違うと、急ブレーキでわざとスピンさせ、横向きで停車。

後から来る功勇たちの車を確認してから、強烈なホイルスピンで煙を上げて方向転換。再びドックへと向かう。

車の中では淳士が声をあげて驚いていた。

「うわっ!マジかよ!あんな運転見たことねぇ!!」

ゆっくリズムの石垣島では、時速80㎞も出せばスピード狂と呼ばれる。

実際、研究所のワゴン車で雷駄たちに着いていくためにはエンジン全開で飛ばさなくてはならず、車内では、運転している功勇を除いて全員固まっていた。

従って、室田が残したタイヤの溶けた匂いを嗅ぐのも初めてだ。

「映画観てるみてえだ…。」

そう口に出した淳士は、しかしすぐに自分の発言に後悔した。

たった今、変身して戦っている自分たちが、すでに特撮映画の世界を実践しているからだ。
 

「な、何だありゃ?スゲーのが居るぞ?」

ドックに近付き、作業艇を初めて見た功勇たちは、その物々しさに驚いた。

作業艇の窓からは、加勢に喜ぶ美由紀の顔が見える。
 
そして、その向こうの壁の裂け目からは無数の獣人たち。

雷駄と藍はマシンを戦闘モードにして突撃していく。

続いて功勇たちも車を降りて加わった。

激走する雷駄たち二台のマシン。

武器を手に立ち回るチャーガンジューたち。

その間に、功勇から事情を聴いた室田が作業艇の2号機に乗り込み、功勇たちの後方に就いた。

敵がナンクルナイザーの破壊を狙っているのなら、桟橋から撤退した敵が戻って来るかも知れないからだ。
 

『こちら室田。2号機レッドキング、スタンバイOKだ。常磐局長、状況はどうだい?』

『あんまり良くないねぇ。ドックの中は奴らでごった返しちまってるよ。ちょっと覗いてみるかい?』

『それは遠慮したいところなんだが…、面倒な事態になっててな、真喜志くんたちは中に入れそうもないんだ。』

『あらら…、じゃあ作戦を立てないとな…。作業員たちは美由紀ちゃんの判断で、そこのコンテナに避難してもらってるから、奴らには近付かせないようにな。』

『美由紀が?そうか、良い判断だ。』

『あぁ、なにしろ奴らの予定では、こっちの備品はとっくに海に沈んでるはずだからねぇ。』

『そうか…、なるほどな。美由紀ぃ、壊されたドックの状況が分かるデータか何かあるか?』

『あ、はい。修理計画書の見取り図ならすぐに転送出来ます。』

『じゃあそれを頼む。』

美由紀はポケットからフラッシュメモリを取り出し、作業艇のコンピュータに差し込んだ。

そして、素早くキーボードを叩くと、室田の乗った2号機のモニターに、ドックの見取り図が映し出された。

室田はもう一つ、あらかじめロードしていた設計図と見比べる。

それから、ゆっくりうなずくと、1号機の常磐に説明を始めた。

『よし。ドックから海底トンネルへ続くゲートは敵の手によって破壊されていると見て良いだろう。そのゲートの真下には、ゲートそのものを開閉させる装置のための高圧ケーブルが埋めてあるんだが…、コイツを傷つけちまうと直すのに大ごとだ。だから、奴らのカプセルを爆発させずに、なるべく多くの敵を倒すには、減圧バルブの開閉に使うヒューズボックス。コイツのケーブルを引っ張り出して海水に浸けてやれば、身体が濡れている奴らはひとたまりも無いだろう。』

『なるほどね。この作業艇の絶縁コーティングならそのぐらいは耐えられるはずだ。』

『ただ、問題が一つ。』

『何かな?』

『動力電源は切ってあるから、誰かがコントロール室まで行ってスイッチを入れて来なきゃならん。』
室田は、シーサーに初めて訪れたときの、奈瑠美の言葉を思い出していたのだ。

『戦力裂くのは厳しいな~ぁ。』

『そこでなんだが…。』

『私の出番ですね!』

そう応えたのは美由紀だった。

『行ってくれるか?』

『はい。そのかわり、「樹里のシフォンケーキ」ホールで予約しておいてください!』

『局長、聞いた?樹里のシフォンだって。』

『ああ、隣に座ってるからよく聞こえた。部下を避難させてもらったお礼もあるからね。喜んでおごらせてもらうよ。』

『聞いたか美由紀。』

『隣に座ってるからよ~く聞こえた。わ~い♪』
 
 
「お、おい…、あっちは何だか盛り上がってるぞ?」

ナンクルナイザーのセンサーを使って会話を聞いていた淳士が、この『妙に戦い馴れた人達』に感心していた。
 
 
『さて、いいか美由紀。ここから奥の通路を500メートル行くと、研究棟のゲートがある。その右側のパネルを開けるとレバーがあるから、それを手前に倒せば手動でロックが解除できる。ちなみに、減圧室以外のすべてのゲートも同じ仕組みだから、パネルの形を覚えておけ。研究棟に入ったら、向かって左側の七番目のドアがコントロール室だから、動力盤の電源をすべて入れてくれ。』

『はい。自分の端末にも地図を入れました。』

『よし。こちらは今から5分後に実行するから、それまでに完了させるように。移動は俺のバイクを使え。無線機は付いてるが、電源が復帰してゲートが自動で閉まるようになると、無線電波が入りにくくなるのでアテにはするな。』

『了解。』

『よし、作戦開始!』

美由紀はブルーキングから飛び降りると、室田のマシンにむかってダッシュした。

そこへ獣人たちが襲い掛かるが、藍が食い止めて通路を確保する。

室田コンプリートのマシンは爆音を上げて走り去った。
 

『さ~てと、みんな聴いてたな?』

「はい!」

『これから俺と常盤局長の二機がドックへ突入するから、みんなは飛び出してきたゾンビ獣人どもを片付けてくれ。コンテナに触れさせないのはもちろん、一匹たりとも外に出すなよ!』

「了解!!」

全員が、戦いながら返事をした。
 

室田がレッドキングのアームで裂け目を拡げると、怒濤のように飛び出して来た獣人の群れによって機体が押し返されそうになる。

それを踏み潰しながら進む室田。

常磐のブルーキングも後に続く。

ドックの中は設備がまったく見えないほど、たくさんの獣人たちで埋め尽くされている。

室田と常磐は、何の躊躇も無くそこへ目掛けてダイブした。
 
 
 
小説「TOUBEE-3」
 
 
 
 
第五章 「対決」
 
 
 
第八話 「戦隊」
 
 
 
 
変身した功勇たちは、波状攻撃してくるゾンビ獣人たちの中に飛び込んで行った。

その、琉球古武道に基づく動きは、攻防の一つ一つが鋭く重い。

そして淳士が超重力エークを使いだすと、その舟のオールで闘う姿を見た藍が異常な反応を見せた。

「うわあ♪ 今のもう一回やって下さい♪」

「え?こ、こうか?」
囃された淳士はエークを大振りして格好をつけた。

「なにやってるの!若い女にデレデレして!」

「あ、顔が紫…、この人ダレ?」

「あぁ、ぼ、僕の女房だしぃ…。」

「ヘーェ、夫婦で戦ってるんだ。スゴーイ!」

「あ、藍さんは雷駄さんと戦っているんですよね。」

「ううん、今日はたまたま。」

首を横に振った藍は、続けて言った。

「私はいつもこの子と一緒なのよね。」

SHEFFIELDのリアカウルが開き、羽祟り蜂が飛び出した。

「うわっ!デカッ!」

「ビーちゃんっていうのよ。可愛いでしょ?」

藍は蜂と合体すると、更なる変身を遂げた。

「あら、あの子やるじゃない。」

感心したのは日登美だった。

半分ゾンビ化した日登美にとっては、人間離れした藍に親近感が湧いたらしい。
 
 
総勢七人の戦士によって、獣人たちは後退して行く。
 

「早く!敵の司令塔を!B2を探さないと!」

だが、残った獣人たちは次々とカプセルに乗り込み、逃亡を開始した。

それを見た功勇は不思議に思った。

「おかしいぞ。一度完全にゾンビ化したら、あんな理論的な自発性は無くなるはずなんだ。」

これには雷駄も同意した。

「あぁ、そもそも不完全獣人である伏竜改は、人間に戻るまで理論性は薄れるはずだからな。」

「B2が操っているのなら、奴らは一斉にB2の所に集まるはずだ…。それがカプセルに向かうとうことは…。」

ここで功勇は、重大な誤算に気付いた。

「指令を出しているのはB2じゃないんだ!」

功勇は、一番近くでハッチを開いていたカプセルに飛び込み、中の獣人を倒すが、やはりB2は見当たらない。

突然、ナンクルナイザーが危険信号を発する。

見ると、カプセルの計器盤には赤く点滅する警告のようなものがあった。

「しまった!!」

全力でジャンプし、かろうじて脱出した功勇は、すぐさま研究所へ続く通路に向かって走り出す。

その後ろでは、先ほどのカプセルが爆発した。

「うあっ、あぶねぇ!どうしたんだ功勇!」

「こいつらは囮だ!敵は司令システムを増産しやがったんだ!」

功勇のこの行動と発言で、全員がその重大さを理解した。

雷駄と藍はマシンに跨がり、搬入通路の中に突っ込んでいく。

功勇たちは、日登美が運転してきた研究所のワゴンに乗り込み、後を追う。

功勇の誤算とは。
まず、元々B2によってゾンビ化した生物は、B2自身から発する電磁波や超音波などの影響を受け、コントロールされる。
だから、ゾンビたちが集団行動をとるときは、必ず近くにB2が居るものだと功勇は思い込んでいた。
しかし、敵はB2の電磁波を解析して、ゾンビを遠隔操作できる発信装置を開発していたのだった。
さらにこれは、先ほどのカプセルが示したとおり、起動中のナンクルナイザーが一定の圏内に近付くと、直ちに爆発する仕組みになっていた。
もしこれが、最初に餓鬼が研究所を攻撃したとき、すでに完成していたとしたら、奴らの逃走経路である地下ドックに仕掛けられている可能性はきわめて大きい。

その地下ドックとは、避難した常磐たちが備品を持って向かって行った場所なのだ。

「だけど、地下ドックは水没して、それ以来閉鎖してるはずよねぇ。」

「あぁ、だからなおさら危険なんだ。閉鎖した後は点検も行き届いていないからな。壁が崩れたりしているかもしれない。」

「確かにな。地下と言ったって、ドックは岸壁寄りだから、海底通路の裂け目ぐらい、奴らは泳いで通れそうだからな。」

とにかく、一刻も早く常磐たちの乗った搬送車に追い付き、このことを伝えなければならない。
 

だが、この時すでに、作業班は地下ドックの隔壁に到着していた。
 
 
「よ~ぅし、みんな作業準備だ。ドックは浸水していて、今現在は何処まで水位が来てるか分からないからな。まず始めに通路の天井から15センチ下の高さを透過装置で計測、幅1メートルの等間隔で穴を空ける。」

常磐が指示を出すと、室田が全員に注意を促す。

「この壁の向こうはドックの減圧室のはずだ。まだこちらと気圧が違う可能性があるから、噴出などには十分注意するように。」

作業班は掘削機で壁に穴を空けた。

心配されていた噴出はなかった。

だが、『それ』は、穴と穴の間を掘削する段階で突然現れた。

「ぎゃっ!!」

砕いた壁のすき間から、暗褐色の腕が伸びてきて、作業員の腕を掴んだのだ。

捕まれた作業員は、手に持った掘削機を叩き付けて振り解く。

しかし、獣人たちは壁の裂け目を押し広げ始めた。

その後ろに垣間見えたドックには、無数の獣人たちはひしめき合っていた。

さながら、怪物の巣窟だ。

そして、最初に出てきた獣人が、まるで象の鼻を短くしたような口先を向けてきた。

「いけない!」

咄嗟に叫んだのは美由紀だ。

彼女は信じられないほど素早く助走をつけると、つむじ風のように回転しながら天井近くまでジャンプし、獣人の口先を蹴り払う。

その直後、斜め上の天井に例のトゲが突き刺さった。

「逃げて下さい!早く!!」

解毒剤は功勇が持ているので、今はかすり傷さえも負うわけにはいかない。

カーゴの上から飛び降りる作業員たち。

美由紀の誘導で、備品を容れてきた鉄製のコンテナの中に作業員を避難させた。

「必ず助けが来ますから!それまではここで我慢して下さい!」

そう言ってコンテナの扉を閉める美由紀。

「あ、あなたは!?」

美由紀を案ずる作業員。

「私は所長たちをフォローします!」

美由紀はコンテナを外からロックし、鍵を自分のポケットに入れた。

コンテナの中には工事作業に使う移動工具が揃っているので、敵が居なくなれば自力でも脱出はできる。

だが、この大群を倒すには、どうしても雷駄たちが来るまで持ちこたえなければならない。

室田は自分のバイクで雷駄たちを呼びに走り、常磐は別のコンテナを開けて中の備品の調整を始めていた。

獣人たちは今にも壁を崩して出て来そうだ。

「局長、急いで下さい!」

常磐の居るコンテナに向かって走る美由紀。

「あぁ美由紀ちゃん、そっちのプレート外してくれる?」

美由紀は指示通り、保護プレートのシリンダーロックを解除する。

すると、コンテナの外板の一枚がゆっくりと倒れた。

中から現れたのは、巨大なカニを思わせる特殊作業艇だった。

「深海作業艇ブルーキングだ。確かにコイツは水陸両用だけど、まさかこんな事に使うとはねぇ。」

そう言いながら常磐が操縦席につくと、すぐに美由紀も乗り込み、ハッチを閉めた。

「お客さん、どちらまで?」

こんなときでも常磐はペースを崩さない。

「そうね、とりあえずアイツらを地獄の一丁目までお願い。」

作業艇をコンテナから這い出させた常磐は、オートバランスのスイッチを入れると、裂け目のある壁まで歩み寄り、はみ出してきた獣人を、鋼鉄のアームで薙ぎ払う。

次いで、向こう側から壁をよじ登って来る獣人に対して、溶接用の熱線で攻撃を加える。

獣人たちはまたぞろトゲを飛ばして来るが、六千気圧にも耐えられる作業艇の外装はびくともしない。

それでも次第に裂け目は拡げられ、あちこちから獣人が飛び下りて来る。

常磐はそれを、片っ端から叩いて回るのだが、いよいよ裂け目が広範囲に拡がると、作業艇の歩行速度では追い付かなくなってきた。

討ち漏らした獣人は、作業艇に飛び付こうとして来るが、常磐はそれをアームで叩き落とし、あるいは踏み潰して対抗する。

「コイツらを外に出したらエライことだなぁ。」

だが、徐々に溢れ出す獣人の数は、増え続けるのだった。
 
 
 
小説「TOUBEE-3」
 
 
 
 
第五章 「対決」
 
 
 
第七話 「戦闘」
 
 
 
迎撃弾を撃ち、手動弾を照準した功勇たちのグレートホワイトは、敵艦に急接近する。

「敵の発射地点は確認できたな。」

「座標映します。」

「よし、発射地点に向け、二番発射。爆発のタイミングは俺がとる。」

手動弾とは、爆発するタイミングを遠距離操作できる魚雷のことだ。

敵艦にはロックオンできなかったため、避けられたとしてもなるべく近くで爆発させることで、その圧力でダメージを与えられるわけだ。

ここで勝利を確信した敵の艦長は、回避行動と同時に反撃体勢を指示。そして補給船を襲うための準備も同時進行させた。

だが。
 
「室田さん!!」

『おう!!』

同時にこれには敵のレーダー担当も反応した。

「敵、魚雷発射の直後、小型艇が射出された模様。」

「脱出か? 後から後からよく出てくる船だ。」

「いえ、こちらに向かって来ます!」

「何だと?!迎撃弾は?」

「今撃っても先発に誘引されます。間に合いません!」

「かまわん!三番直ちに発射!」
 
室田の操縦するクッキーカッターは、先に撃った魚雷の後に続くような進路をとっているため、敵艦の撃った迎撃弾は、より高速で進む前方の魚雷に反応してしまい、狙いが逸れてしまう。
かといって、通常の魚雷で狙おうにも、近すぎて照準が間に合わないのだ。

敵の魚雷は先発を迎撃すると、二発目はその爆発に巻き込まれてあらぬ方向へ進み、その渦巻く泡の中から、眩しくライトを照らす室田のクッキーカッターが全速力で突き進んで行く。

そして、室田が一発だけ装備している長魚雷(大型魚雷)のスイッチを入れると、元来の推進力に魚雷の推進力が加わって、爆発的に加速を増す。

「この感じがたまらねぇぜ!」

半ば陶酔気味の室田はロックを解除。

長魚雷はクッキーカッターの船体を残して、敵ステルス艦めがけて突っ走る。

速度の落ちたクッキーカッターは直ぐさま進路を変えて旋回。

慣性力に乗った長魚雷は凄まじいスピードでステルス艦に命中した。

横っ腹に大穴を開けられた敵艦は、船体をくの字に折り曲げながら沈み始めたかと思うと、程なくして爆発、粉々になった。
 
『こちら室田。敵艦の撃沈を確認した。これより帰還する。』

「了解。お疲れ様でした。約束の四海里、何とか間に合いました。」

『おう。四海里どころかあんな鼻先に飛び出すとは思ってなかったからなぁ。おかげで忙しかったぜ。ハッハッハッ!』

「いやぁ、すみません。必死だったもので。」

『まぁでも、おかげさんでコイツの威力が十分に発揮出来たと思うぜ。』

クッキーカッターを回収したグレートホワイトは、ホエールシャークと合流した後、研究所の秘密ドックに程近い、隠し桟橋に接岸した。
 
 

桟橋にて、複数の備品コンテナと作業機械、そして特殊作業艇を格納してあるコンテナを二台おろして確認する間、グレートホワイトからは室田たちのバイクと功勇たちの軽トラックを出していた。

ホエールシャークに搭乗していた常磐の部下が作業班ごとに分かれて、備品コンテナを開いて作業の準備にあたった。

だが、そこへ警報が届いた。

補給船のレーダーが、接近する未確認物体を探知したのだ。

功勇がインターホンのマイクを取る。

「何が来るんだ?」

『判りませんが、コースから見て…、敵ステルス艦から来た模様。』

「あの爆発で生き残りか?」

『脱出カプセルかと思われます。』

と、突然、桟橋に居た作業班の一人が崩れるように倒れた。

「あ、朝霞さん!どうしたんですか?!しっかり!」

同僚が助け起こしたが、朝霞は全身がグッタリとして、背中から出血している。

それを見た功勇は、トラックから解毒剤の入った救急箱を持って駆け寄った。

「すぐに丘に上げて!淳士、ナンクルナイザーは?」

「まさかこうなるとは思わんしぃ、置いてきた。」

淳士が非常ボタンを押し、研究所内全域に警戒体制の指令が流れた。

常磐と美由紀は他の作業員たちを屋内へ誘導。とにかく、怪我人と備品を研究所に運ばなければならない。

雷駄と藍は海上に向かって仁王立ちになり、敵を探した。

「何処から狙いやがった?」

「やっぱり奴らは獣人だったようね。」

その二人を見た功勇が声をかける。

「お二人とも、そんな所に居たら危険です!」

すると室田が説明した。

「あの二人なら大丈夫。こんな時のために連れてきたんだ。」

「え?被害者代表じゃぁ…。」

「あぁ、餓鬼の被害者がどんなモノか、見ると良い。」

雷駄は素早い動きでSOLINGENから同田貫を引き抜くと、その刃で何かを受け止めた。

金属音と共に、コンクリートの地面にその何かが突き刺さった。

見れば、それは長さ3センチ、太さ1センチほどのトゲのようなものだった。

それを横目で見た雷駄は、先ほどの藍の言葉に応じた。

「そのようだな。」

言い終わると同時に、海中から獣人が飛び出し、雷駄めがけて襲い掛かって来た。

その爪を体捌きでかわしながら胴田貫で切り返す雷駄。

だが相手は素早く跳び退がる。

「コイツは水陸両用の獣人…、伏竜乙型二式改か。」

更に新手が海から出現してきた。

「変身!」

「変身!」

雷駄たち二人が次々に姿を変える様子を見た功勇は驚いた。

「あの人たち…。」

「あぁ、餓鬼によって、戦うだけの人生になっちまった被害者さ…。」

「そんな…。」

室田が見守る中、港では格闘が始まった。

二人が敵の気を引いている隙に、常磐たちは無事に逃げ延びた。

それを追おうと獣人たちが通路の入り口に向かおうとするので、雷駄たちは遮りながら戦う。

だが、雷駄が斬っても、藍が爪で引き裂いても、獣人たちは起き上がって向かって来る。

そして、更に新手が増えてきた。

「きりがないぞ。」

そのとき、功勇が気付いた。

「敵は痛みを感じません。頭を狙って下さい!首を切り落とせばもがくだけです。」

「なるほど。SOLINGEN!」

「SHEFFIELD!!」

呼び声に呼応するように、二台のマシンは翼状のブレイドを伸ばした。

そして、獣人たちの間を走り抜けながら雷駄たちの元までやって来た。

マシンに跨がる二人。

だが、新手は続々と増え続ける。

異常なまでの敵の増殖に、再び功勇は考えた。

「奴らがゾンビ化してるということは、B2が近くに居るということか…。」

「どうなってるんだ?」

雷駄が質問する。

「敵艦の乗組員は全員怪物だったんだ。」

「なるほどな。」

「村の実験の成果ってわけね。」

「だが、こいつらに指令を出している奴が近くに隠れているはずだ。」

「司令塔?」

「そいつを倒さない限り、他の人間まで怪物にされちまう!」

「何処だ?そいつは!」

「海の中…。たぶん脱出カプセルの中だ!」

「そう言われたって、どれがどれだか…。」

海には無数のカプセルが浮いていた。

それを一つ一つ探していたのでは、入口を突破されてしまう。

そのとき、怪我人の応急手当を終えた功勇は、意識を取り戻した患者を室田に任せて通路へ逃がし、その入口に淳士と二人で立ちはだかった。

ちょうど足元には梱包を外したときの木材が落ちていた。

淳士はそれを二本拾い、一つを功勇に投げ渡した。

淳士はかつて父を失い、功勇はそのとき何も出来ずに怯えていた。

だから、奴らを前にしたこの二人の覚悟は只ならない。

と、ここで後ろから呼び声がした。

「ほら、あんた忘れ物よ。」

日登美たち、三姉妹がナンクルナイザーを持て来たのだ。

「おぅ、待ってたぜ!」

「よし!練習したとおりに遣るぞ!」

五人全員が唱和した。

『ナンクルナイザー!』

『やーむんてぃぇみしてぃーみー!!』

五人は変身して見栄を切る。

功勇「ちゅらバーミリオン!」

淳士「ちゅらウルトラマリン!」

日登美「ちゅらエメラルド!」

華寿美「ちゅらコーラル!」

奈留美「ちゅらジョンブリアン!」

『五人そろって、美ら海戦隊チャーガンジュー!!』
 

雷駄と藍は…、
 
 
「サンゴ礁の色・・・。」
 

と言って、目が点になった…。
 
 
小説「TOUBEE-3」
 
 
 
 
 
第五章 「対決」
 
 
 
第六話 「照準」
 
 
 
室田たちが出撃してから、既に一時間余りの時間が経っていた。

その間、攻撃を避けながら攪乱戦法を続ける補給船ホエールシャークは、実は戦闘可能な海域を求めて沖合へと進んでいた。

万が一にも他の船を巻き込まないために、敵を誘導していたわけだ。

敵艦の艦長もそのことには気付いていたが、半壊した真喜志研究所を二度と稼働させないためにも、この補給船は完全に駆逐しておくように命令を請けていた。

お互いが一歩も退けぬ状況に、ホエールシャークが突然大きく進路を変えて魚雷を避けた。

この行動の意味を、敵艦の艦長は正確に見抜いていた。

「追い付いてきたか。ソナーはどうだ?」

「ノイズがひどくて…、」

「取り舵急げ!!」

今度は敵艦が蛇行しだした。

「ソナー探知。5時方向、距離約8海里。先頃離脱した高速艇と思われます。」

「後部魚雷管開け!」

「装填ヨシ。後部開きます。」

「後部はそのまま待機。前方、目標は?」

「正面の海嶺を越える模様。追いますか?」

「いや、それは罠だ。急速潜行、水深180メートルを維持。」

「前方目標、爆雷投下して来ます。」

「振り切れ!」
 
ホエールシャークから投下された爆雷は、敵ステルス艦の頭上で爆発した。
 

敵艦長の判断はこうだ。

海嶺(海底の山脈)に近付けば海底は浅くなるので、潜水艦は深く潜れなくなり、また海嶺の手前にはその地形に影響された海流が生じる場合が多い。

深度がとれずに海流でコントロールが乱れれば、接近してくる高速艇(グレートホワイト)に狙い撃ちされてしまう。

だから一旦は目標から距離を取られても、手前の海溝(海嶺の手前にはたいがい深い海溝がある)に潜ることで、後ろの高速艇を『深さ』で振り切る、という作戦に出たのだ。

これは同時に、ステルス艦の魚雷と、それをギリギリのタイミングで避け続けているホエールシャークのコースから、その位置を割り出していた功勇たちが、敵を再び見失う結果を招くものだった。
 
 
「ちっきしょー。敵ながら良い腕してやがる…。」

淳士がぼやいていると、

「ホエールシャークと交信とれました。」

美由紀がモニタリングする。

『こちらホエールシャーク。当方の爆雷は水深150メートルで爆発。敵艦はさらに深度を取った模様。』

「了解。」

この一言で、功勇は次の行動を決めた。

「室田さん、この船の限界深度は?」

格納庫の室田から返事が来た。

『理論上は二千メートル。』

「了解。総員これより潜水艦行動をとる。深度200メートル。」

だが次の瞬間、美由紀が叫んだ。

「11時、魚雷接近!」

「距離は?」

「1500…、1300…、1100…、」

「面舵一杯。全速回避!デコイ発射!」

追尾型魚雷かも知れないことを考慮して、囮のデコイ(ダミー)を放った。

魚雷はそのデコイにつられて功勇たちの横を通過し、後方で破裂した。

「読まれていたか…。」

「敵艦、見失いました。」

「海溝の地図を出してくれ。」

ブリッジのモニターに、周囲の海底地図が現れた。

「敵は補給船が丘に近付けないことに気付いているから、今は東の方向へしか進路を取れないことも知っているだろう。」

「下から待ち伏せかぁ。」

「あぁ、奴が海溝から出るときは、即ち補給船に照準んを合わせたときだから、顔を出してからでは手遅れになる。その前に見付けて叩かなきゃならん。」

「間もなく水深200。」

「ホエールシャークを補足しながら同じ速度で深度と距離を保て。」

「アイサー。」

淳士の返事と同時に、功勇はヘッドホンを被り、音の種類のチャートブックを開いた。

功勇は海中の微妙な音の変化に聴き入っている。

鋭敏な集音センサーに届く音の種類は様々だが、その中から敵艦の漏らす機械音などを探りだそうとしているのだ。

センサーのモニターにも、個別の音による波形がいくつも画かれている。

功勇はその中から、ホエールシャークから出るエンジン音や、その他の音(カニが岩を歩く音など)を除外する。

そして、まず集中するべきはスクリュー音。

ホエールシャークもグレートホワイトも一定の速度なので、そのスクリュー音も単調だ。

だが、そこへ別の波長が現れれば、それが敵艦の音ということになる。

ちなみに、敵艦も同じ事をしているわけだが、グレートホワイトのスクリュー音はホエールシャークの音と同調させることで、敵艦からは識別しにくい。

実は、一度は攻撃を受けたホエールシャークが、攻撃しながら追って来る敵のステルス艦から逃げ続けることが出来たのも、この識別が『神業』なみに正確だったからに他ならない。

そして功勇は、祖父の康順がなぜネットカフェの経営を始めたのかを理解し、感慨深く思っていた。

何故ならそれは、祖父から「店の暇なときの退屈しのぎに」と渡された数々のシミュレーションゲームが、実は実戦を考慮した本物の軍用シミュレーションソフトだったからである。

確かに、実戦とシミュレーションとの違いは否めないのだが、店に住み込みで働いていた功勇にとっては、自宅にシュミレータが置いてあるのと同じ環境だったわけだ。

であるから、このような実戦に置かれた状況においても、長期間にわたり軍事訓練を受けた者と同じ発想と選択肢が芽生えるのだった。
 

だが、現実は厳しい。

水深200メートルから下は太陽の光が届かない。

真っ暗闇の中で、命を狙われながら、その相手を音だけで捜し出すという緊張と重圧は並ではない。

それでも尚、功勇のモチベーションをかき立てるのは、数分前に目の当たりにしたホエールシャークの神業と、自分の祖父、康順の言葉『やーが艦長じゃ』であった。
 
 
やおら、何かを引きずるような金属音。

直ぐさま聞こえた音色と、モニターの波形を検索する。

「二時方向、魚雷管開閉音!」

「敵魚雷確認!」

「急速回頭!一番に迎撃魚雷用意。二番は手動弾で順次開け。」

「一番、装填ヨシ!」

「敵艦に向け、全速前進!」

「前進?何故だ?!」

雷駄が質問した。

「まぁ、見ててくれ。」
 
 
この功勇の選んだ行動は、敵艦の艦長も確認していた。

「ほう。向かって来るとは、たいした度胸だ。」

魚雷というものは、一度撃つと次の装填まではある程度時間がかかる。

従って、魚雷管の数の多い方が有利なのだが、もちろん一度に全部撃ち尽くしてしまっては意味がない。

つまり、相手の装填タイミングまでをも計算した撃ち方が重要なのだが、動き回る相手にこの間合いを計るのには、やはり経験がものを言う。

敵の艦長の計算では、先に撃った自分の方が有利だ。

何故なら、相手は軽量の高速艇なので、船内で場所を取る魚雷発射装置は、せいぜい多くても二本までとう読みがある。

それに引き替え、自分の艦には四門備えてある。

だから、例え迎撃弾で対抗されても、逆に言えばそれによってお互いが位置を掴めてしまうので、相手はすかさず第二弾を撃ち返さねばならないのだが、これが次の装填までは時間がかかる。

ここまでを瞬時に計算していた敵の艦長は、功勇がその不利を埋める手段として敢えて急接近し、照準を合わせ直すまでの時間を稼ごうとしているのだと、そう見て取り、同時に流れ弾の危険性から、ホエールシャークからは攻撃できなくなるとも考えていた。
 

敵の魚雷は功勇たちに向かって、みるみる内に接近してくる。

「迎撃弾発射。」

「一番、発射しました。」

「続いて二番用意。」

その様子を探り見ながら、敵の艦長は口元に勝利の笑みを浮かべていた。

「敵高速艇、二番管を開いた模様。」

「よし、三番発射用意。クックックッ、勝ったな。」
 
 
 
小説「TOUBEE-3」
 
 
 
 
第五章 「対決」
 
 
 
第五話 「追跡」
 
 
 
ボートの格納庫で車両を固定した室田たちは、壁にあるスイッチ押した。

すると、ブリッジに信号が送られ、ハッチが閉まると同時に船が動き出した。

「全員ブリッジへ。」

室田の号令に従い、階段を駆け上がる。
 

操縦室では美由紀が悪戦苦闘していた。

「越生くん、ご苦労だったな。」

「んも~う、監督カンベンして下さいよ~ぉ。急にボートの免許取っとけって言い出すから何かと思ったら、こういうことだったんですね。」

「何事も準備が肝心だからな。」

「あ~、もう無理。誰か代わって~ぇ。」

「それなら僕が。」

淳士が名乗り出た。
 

操舵を交代してもらった美由紀はため息をついてから向き直り、功勇たちに挨拶した。

「反ネオ・ショッカー同盟日本支部、連絡員の越生美由紀です。」

「真喜志超兵士研究所所長の真喜志功勇です。そして彼は新垣淳士、所内では操縦と整備が担当です。」

「はじめまして。早速ですけど、目標海域は入力してありますので、大至急向かって下さい。」

「アイサー。」

淳士は返事をしてから改めて美由紀に話しかけた。

「免許取り立てでこんな船を操縦したんですか? スゲーな…。」

「も~う、口から心臓飛び出すかと思いましたよ~。」

「あ、これ水中翼が着いてる。あ、潜水艦にもなる…。万能じゃないですか!」

これには室田が答えた。

「そうだ。これが君達に用意した備品の一つ、高速巡視艇『グレートホワイト』だ。」

それを聞いた功勇は感慨深げに言った。

「最初からこんな船があれば、ステルス艦なんかに基地をやられずに済んだかもしれないですね。」

「そうだ。これにもステルス機能が着いているからな。敵から同じ手を食わないための対策でもあるんだよ。」

「間もなく目標に到達します。」

淳士の声に、室田から功勇へ指示が出た。

「只今をもって、本艦船を正式に真喜志研究所へ配備する。艦長の選任は暫定的に真喜志所長とし、この海戦の指揮をとること。以上。」

「了解。確かに受領いたしました。」

返事を受けてから室田は続ける。

「よし。設計したのはこの俺だ。分からないことは何でも聞いてくれ。」

「では早速、この船に搭載されている戦力を知りたいのですが。」

「主砲は自動照準装置付きの40ミリ機関砲が前後部デッキにそれぞれ一基ずつ、計二基。魚雷管が左右両舷に一門ずつ、計二門。ロケット弾の発射管は左右一門ずつ、計二門。それと…、」

「それと?」

「有人潜水小型魚雷艇『クッキーカッター』が一艇、格納されている。」

「小型魚雷艇とはどんな物ですか?」

「一撃離脱を旨とした、言うなれば、動力と操縦席を着けた魚雷発射管だ。」

「自走する発射管…。」
 

「ホエールシャーク、補足しました。」

美由紀の声に振り返り、室田はもう一度功勇に向き直って言った。

「実際にお見せしよう。」

そう言って、室田は壁の収納庫のハッチを開けて、救命胴衣と小型酸素ボンベを取り出した。

「潜るんですか?」

「いや、これは万が一の用心のためだ。新垣くん、本船を敵艦の後方4海里の位置に着けてくれ。」

「淳士、敵艦の位置は掴めるか?」

功勇が艦長として指揮を執り始めた。

「それが…、このレーダーには何も…。」

「そうか…。あの…、美由紀さん、補給船と交信できますか?」

「はい、向こうが無線を開けていてくれれば可能です。」

「よし、美由紀さんはそのまま補給船を呼び続けて下さい。淳士、補給船は高速で大きく蛇行しているな。」

「あぁ、それはこっちのスクリーンにも映ってるやっさぁ。」

功勇もそのスクリーンを、力の籠もった眼差しで見つめている。
 

室田が要求した『4海里』とは、解りやすく言えば、海岸の波打ち際に立って水平線を見たときの距離だ。

敵艦にも巡視艇グレートホワイトと同様にステルス機能があるため、海上での目視距離まで接近しろ、とう意味なのだ。

ただ、これには敵潜水艦の位置を掴む必要がある。そのため、蛇行するホエールシャークの振幅と速度から、魚雷を撃ちながら追いかける敵の、おおよその位置と深度を探ろうとしているのだった。

水中を進む魚雷は水の抵抗を受けるため、ロックオンして居ながらも微妙な誤差が生じる。補給船ホエールシャークは、その誤差と、お互いの速度を計算に入れながら蛇行して魚雷をかわし、または追尾型の魚雷に対しては迎撃をしている。

つまり、その蛇行のタイミングと迎撃に出る間隔を見れば、ホエールシャークと敵艦の、おおよその距離と位置関係が掴めるというわけである。

だがこれは、口で言うほど簡単ではない。

何故なら、これだけでも相当な操船経験が必要な上に、ホエールシャークからグレートホワイトが離脱したことは敵も知っている。そして研究所へ向かったことも判っているだろいうから、功勇たちが救援に来ることも計算済みだろう。

となれば、敵の艦長も功勇と同様に、ホエールシャークの僅かな動きの変化から、こちらの作戦行動が読み取られる恐れがあるからだ。

手の内を読まれてしまったら、それだけ作戦が失敗する可能性は高くなる。
 
 
「泡が見えてきた。近いぞ。」

淳士が高感度スコープで、彼方に渦巻く敵潜水艦の遺した泡を見付けたのだ。

「追い付いたか。」

「俺はクッキーカッターに乗り込む。頼んだ距離まで近付いたら、合図の後に射出してくれ。」

室田は通信用のインコムを頭に被り、ハッチを開けて下りて行った。

「了解。水中翼展開! 全速前進!!」
 
息詰まる心理戦が始まった。
 
 
 
第六話へつづく。
小説「TOUBEE-3」
 
 
 
 
 
第五章 「対決」
 
 
 
第四話 「上陸」
 
 
 
 
真っ青な海の上を行く一隻の小型船。

そのデッキの上。

「うわぁ♪ 話に聞いて楽しみにしてたんですぅ♪」

とはしゃぐ藍に雷駄が応える。

「こっちの方は初めてかい?」

「って言うより、船でこんな旅行しの初めてなんですよぉ。」

「でも、藍ちゃんが船酔いしない人で良かったよ。」
と胸を撫で下ろすのは室田だった。

「あ、船なら部活でカヌーに乗ってましたから、フェリーみたいな大きな船は楽しかったです。泊まりがけの旅行を考えるなら、船で宿泊っていうのも有りですね。」
 

鹿児島~那覇~石垣島。

この船旅だけでも、藍にはよほど楽しかったらしい。

尤も、沖縄から石垣島まではこの小さな連絡船だ。

そしていよいよ石垣島が見えてきた。
 

港に着き、別便で運んだバイクを受け取り、三人はゆっくりと走り出し、まずは予約してある旅館に向かった。

研究所の図面を見れば、そこには宿泊施設も載ってはいたが、表向きはツーリングの下見なのだし、そもそもの状況からして、どう考えても今の功勇たちにその準備を期待するのは酷というものだ。

取り急ぎ身支度を整えた三人は、功勇たちの待つシーサーへと向かった。
 
 
 
「予約していた室田ですが…。」

念のために、他の客の目を考えて予約客を装う。

「おーりとーり! 地下の倉庫に用意してますから~。」

出迎えたのはメイド服姿の奈瑠美だった。

地下に案内した奈瑠美は、奥の壁際に置いてある台車を押してずらした。

その、余剰在庫を山積みしてある台車の陰からは、電源が切られて開けっ放しになった隠し扉が現れた。

「いちおう電気配線のチェックはしたんですけど、安全のために余分な動力は切ってあるんですよねぇ。」

促されて階段を下りる三人。

奈瑠美は台車を元の位置まで戻してから足早に先頭に立って案内した。

地下二階の、病院の名残を感じさせる研究室。

奈瑠美は更に奥のドアを開けた。

そこが司令室であることは、立ち並ぶ装置類を見れば一目瞭然だった。

「遠いところをわざわざお越し下さり、ありがというございます。私は所長の真喜志功勇で、こちらは新垣淳士です。」

「はじめまして。支部長の室田雅彦です。こちらは無糖雷駄くんと東雲藍さん。」

「お二人とも隊員なのですか?」

「まぁ、正式ではないのですが…、言うなれば、被害者の代表として調査に協力して貰っているんです。」

「おぉ、被害者代表。それも頼もしい。ここにいる私たちも全員被害者なものですから。」

だが、ここで突然、室田の携帯電話が鳴った。

「あぁ俺だ。…ああ!?…わかった!」

電話を切った室田は全員に言った。

「備品を積んだ船が、ここへ向かう途中で敵のステルス艦から攻撃を受けている。早速ですまんが、我々はこれより補給船ホエールシャークの救援に向かい、同時に備品の受領を行う。」

「備品の受領って…、どうやって?」

突然言われた功勇が質問した。

「幸い、こちらから派遣した要員がその一つを確保して離脱に成功した。今の連絡はその要員からだ。」

「美由紀ちゃん遣るねぇ。」

「感心してる場合じゃないぞ雷駄。ホエールシャークにもいちおう武器は積んでるが、備品の搬送が目的の今は無闇に交戦できん。逃げるのがやっとだろう。」

「室田支部長、そんな命がけで離脱させた備品なら僕たちも行きます。荷物は何ですか?」

功勇が尋ねると、

「説明は後だ真喜志くん。君達には車か何か、移動手段はあるかい?」

「店の軽トラならすぐに動かせますけど。」

「よし、私たちはバイクで行くから、後を着いて来てくれたまえ。」

「わかりました。」

室田たち三人は再びバイクに跨がり、ナビゲーションのスイッチを入れた。

功勇は司令室に三姉妹を残し、淳士と二人でトラックに乗る。

海岸線まで出ると、程なくして沖合から一隻のモーターボートが近付いてきた。

識別信号で確認した室田は、船着き場に誘導して待機した。

近付いてくるボート。

それを見ていた室田を除く、全員が声を上げた。

「おお!!!」

見たこともないデザインのそのボートは、近くで見ると思いの外大きなクルーザーだった。

桟橋に接岸したクルーザーのブリッジの窓から美由紀が手を振っている。

手を挙げて合図を返す室田。

と同時にクルーザーの船腹が開き、収納されていたタラップが伸びてきた。

「え?」

声を上げたのは淳士だった。

それを尻目に、室田たち三人はバイクに乗ったまま乗船する。

恐る恐る続く功勇たちの軽トラック。

バイクはセンタースタンドを立てて、デッキから伸びてきたフックにベルトを掛けてホイールを固定。

功勇もトラックの車輪を固定した。

「あのぅ…、備品って、もしかして…。」

質問する功勇に室田が答える。

「この船がそうだ。」

功勇と淳士は、呆然と軽トラックを振り返った。
 
 
 
小説「TOUBEE-3」
 
 
 
 
第五章 「対決」
 
 
 
第三話 「調書」
 
 
 
 
反ネオ・ショッカー日本支部は、埼玉県さいたま市のPASSAGEに統括拠点を置き、国内各所に支局を配置する。

東部港湾局とは、その支局の中でも太平洋沿岸全域をカバーし、アメリカ海軍とも連携を取っている機関であり、東西冷戦後に石垣島の真喜志研究所がアメリカ軍から切り離されると同時に、密かにその管理を引き継いでいたのだ。
 
その理由は、やはり餓鬼による造反の影響が大きい。

元来、人が人を超える存在に成るという思想は、言わば人間を捨てるということを意味し、今や世界中の国々からカルト思想として非難の声が上がっている。

ちなみに専門家は、これを『ショッカー思想』と呼んでいる。

しかし、それを継承し続けるネオ・ショッカーの研究と、餓鬼が盗み出した研究の内容が非常に類似していたために、アメリカ国防省はその対策を、反ネオ・ショッカー同盟に一任したのだった。

これは、餓鬼ペディアがアメリカ国防省からの出向で研究所に入所していたことを考えれば、かつて康順が言っていたとおり、『トカゲの尻尾切り』と評して何等不自然ではない。

実際、当のアメリカ軍にも餓鬼の素性は探り切れていないようで、現在の本人はフィンランド国籍を持っていながら、父親が日系アメリカ人、母親がギリシャ系ドイツ人で、その両親とは故郷のクリーブランドで19歳のときに死別している。

しかし餓鬼は奨学金を得てカリフォルニア大学の医学部に入学。ここを主席で卒業した後に国防省の採用試験に合格し、日本語が堪能だったことから極東基地(沖縄基地)に配属されていた…、とまでしか分かっていないらしい。

その彼が、いつ何処でショッカー思想に染まり、準備を開始したのか。ネオ・ショッカーとはいつ連絡を取ったのか。その他、この事件に関する多くの事が謎に包まれたままなのだ。

ドイツ人である母親の素性も疑われたが、その家系の何処にもネオ・ナチスなどの影はなく、日系の父親に至っては反戦運動に寄与していたぐらいだ。

「こういうのって、やっぱり地下組織とか影響してるのかしらねぇ…。」

作業艇を搭載した母船『ホエールシャーク』のキャビンで、タブレットからアメリカ国防省の調査リストを閲覧しながら美由紀が呟くと、ちょうど休憩しにブリッジから降りてきた常磐局長が飲み物を入れて勧めてきた。

「何かわかった?」

「ううん…。」

美由紀は首を振った。

「僕も、連絡を聞いたときに早速調べてみたんだけどな、餓鬼本人の家庭環境はもちろん、学校の教師や交友関係を見てもネオ・ショッカーとの関わりは出て来ないんだよね。」

「じゃあ何で米軍は餓鬼をネオ・ショッカーと断定したの?」

「そこだよね…。」

「アメリカは何か隠してるのかしら?」

「あり得るねぇ。元々国防省が一度は採用しちゃった人間なわけだから、立場を考えれば微妙な問題だよなぁ。」

「じゃあ、実際の餓鬼の経歴は、記録と違うかも知れないわけね。」

「それは無いんじゃないかな? 嘘の経歴なんて、国防省時代の餓鬼の知人が知ったらおかしなことにならないかい?」

「え?どして?秘匿義務のある国防省の人なら事実と食い違っても黙ってるんじゃない?」

「う~ん。国防省と言ったっていろんな部署があるわけだからねぇ。僕らが閲覧できるレベルの経歴に嘘は書けないだろいうな。」

「じゃあ、書けることと書けないことがあって、何が隠されているかも分からないわけね。」

「うん。国防省でも厄介なのが、日系アメリカ人とかギリシャ系ドイツ人とかの家族構成でね、元の親戚をたどるには外国の戸籍や住民台帳を調べなきゃならないんだけど、その相手国にだって国防省みたいな官庁があるわけなんだし。」

「あ、そっかぁ。餓鬼も元は軍人で、それはつまりスパイ行為になるわけだから、調べているということ自体が秘密なのね。」

「そういうことだな。ネオ・ショッカーと言やあインターポールも動き出すような暗躍ぶりだけど、いざ国同士の話で嫌疑を持ち出しちまったら、故意でない限り自分の国で調査したがるだろいう。だけど動く人間が増えるほど目立っちまうから、なおさら隠蔽工作が必要になるわけだもんなぁ。」

「故意でない限り?」

「うん。地下組織の構成員も有権者だからねぇ。」

「故意だったら?」

「調べたふりして事実無根だと言い張るだろうな。」

「うわぁ、どっかの軍事国家みたい。」

「まぁ、何処の国でも政治ってのは、自国の利益が最優先だからなぁ。」

「でも、餓鬼が研究を盗んだせいで、止まっていたネオ・ショッカーの計画がまた動き出してしまったのよねぇ。」

「それは間違いないだろうな。うちの情報網によると、封印されていたはずの太古の超能力まで発動したらしいからね。」

「あ、瞑ちゃんたちのことね。それも大元は餓鬼の…、ネオ・ショッカーの仕業?」

「他に誰がそんなことするのさぁ。」

「それもそうよね…。でも、だとしたらアメリカ軍は私たちに何をさせるつもりなのかしら?」

「さぁな…。しかし、ナンだねぇ…。どうして仮面ライダーってのは戦いが一区切りするとみんな旅に出たり行方不明になったりするのかねぇ…。」

「う~ん…。あっ、ほら、昔からよく言うじゃない?」

「何を?」

「天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ…。」

「悪を倒せと俺を呼ぶ?」

「そうそう、誰かが呼ばないと来ないのよ。」

「はぁ、めんどくせー…。」
 
 
小説「TOUBEE-3」
 
 
 
 
第五章 「対決」
 
 
 
第二話 「合流」
 
 
 
瞑を保護下に置いた数日後のある朝。

PASSAGEのシャッターを開けた室田は快晴の空を見上げて大きく深呼吸をした。

すると、ちょうどそこへ美由紀が出勤してきた。

「おはようございま~す。」

「おぅ、おはよう。」

室田は、美由紀が更衣室から出て来るのを待ってから尋ねた。

「閉鎖されていた沖縄の研究所から連絡があったって?」

「えぇ、港湾局からの話では、向こうはドックが壊されているので入港も出港もできないようですから、こちらから水中作業艇を出して、まず地下水路の修復から始めなければならないそうです。」

「そうかぁ、じゃあ久しぶりに旨い魚でも食いに行くか。」

「ツーリングですね。」

「おお。」
 

PASSAGEでは、定期的に顧客や友人を集めてツーリングを計画する。

しかし、大人数になるからには下見が必要なので、事前に室田自身が愛車に跨がり、ルートと目的地の確認をしに行くのが慣わしだ。

だが実は、この下見こそが、反ネオ・ショッカー同盟の各機関へ巡回するということを意味するのだった。
 
 
「おやっさん、おはようございます。ツーリングですって?」

「おぉ雷駄、おはよう。お前も来いやぁ。」

「え?良いんですか?」

「あぁ、見せておきたいもんがあるんでな。それから、あの蜂の嬢ちゃんも呼んであるんだ。」

「藍も来るんですか?」

「預かってた車両が仕上がってるんでな。」
 
下見は早朝に出発するため、室田は藍を予定の前日に呼んでいた。

その藍に対し、反ネオ・ショッカー同盟のことについては、その晩の宿泊先として自宅に連れて行った美由紀の口から改めて説明されていた。

そして、その強大な敵と戦う武器として、室田は藍が通学に使っていたバイクを改造していたのだった。
 
 
「女子高生がバイク通学なんて珍しいな。」

「そうですか?山奥に住んでいたからかなぁ、これが当たり前でしたけど。」

「そうか。今回の行き先は学校よりもちょっと遠いが、試運転のついでに着いて来てもらうぞ。」

室田は改造した箇所の説明を始めた。
 
 
「私のバイク…、なんかスゴイことになってますね。」

「まぁ、改造の基本は雷駄のSOLINGENなんだがな。」

それを聞いていた雷駄が話しかけた。

「え?ドイツから部品入れたんですか?」

「いや、うちはドイツに正規ルートを持ってないんでな、イギリス物だ。」

「え…、じゃあ名前はやっぱり…。」

「あぁ、SHEFFIELD(シェフィールド)だ。」

「確か、サッカーの発祥地ですね。」

「ハハハッ、そうさ。思いっきり速くて鋭そうな名前だろ?」

「ハハハッ!そうですね!」

「いいえ、フライパンの名前よ…。」

という最後の美由紀の発言は、室田と雷駄の笑い声によって掻き消された…。
 
 

それから数日後、室田、雷駄、藍の三人は、鹿児島の新港からフェリーに乗るべく、高速道路をひた走っていた。
 
 

その頃、美由紀は作業艇の手配のために、茨城県大洗町の港近くの駐車場に着いて居た。

アウトレットのショッピングモール。

美由紀は自動ドアから店内に入り、周囲を軽く見渡す。

その隅の棚に、非売品と書いてある置物がある。

そのひとつを持ち出した美由紀は、掛けていたサングラスを少し持ち上げてから、それをおもむろにレジカウンターに置いて一言。

「これを五つ、指定の住所まで届けて欲しいの。」

言われた店員の顔色がにわかに変わった。

「は…、いえ、申し訳ありません。これは売り物ではありませんので…。」

と、店員が言いかけたところで、美由紀は語気を強めた。

「なら責任者を呼んでちょうだい!」

「はい、ただいま店長を呼んで参ります。」

別のカウンターで雑用をしていた店長がやってきた。

「お客様、これは売り物ではないのですが…。」

「構わないわ。これを埼玉へ二つ、沖縄へ三つ、明後日までに届けてちょうだい。」

「いえ…、ではぁ…、こちらでお話を…。」

困った客を店長が別室で説得する様子だ。

美由紀が店内に居るうちは、他の客も店員たちも押し黙っていたが、通路の奥へと消えてドアの閉まる音が聞こえると、みな口々にヒソヒソ話を始めた。

店長は、美由紀を連れて事務所のドアを閉めると、さらに奥の社長室のドアを開けた。

中のデスクでは、顎にヒゲを生やした男が執務中だった。

店長は、美由紀を社長室に招き入れてから、自分は事務所の方に立ったままドアを閉めた。

直後に美由紀は会釈をする。

「お久しぶりで~す♪ 常盤局長~♪」

「お~う、美由紀ちゃ~ん。よく来たね~ぇ。」
 
社長室に居たこの男こそは、反ネオ・ショッカー同盟日本支部・関東地区港湾局長の『常磐良彦』(ときわよしひこ)だった。

「常盤さん早速なんですけど、先日ご連絡いただいた救援活動の件で、手前どもの支部からは既に支部長を含む三名の要員を派遣してます。ですので、こちらの作業艇の予定を伺いたいんですが。」

「うむ、じきに学園艦が港を出るんで、こっちも出来る限りのスタンバイはしてあるんだ。石垣島の研究所の図面は持ってきてくれたかな?」

「はい。」

美由紀は局長にメモリーカードを渡した。

ネットのセキュリティーでは、プロのハッカーに掛かればいつかは必ず破られるので、最重要機密は常に人の手によって運ばれる。

「結構。米軍からの情報では、石垣島から離脱したステルス潜水艦は本土に向かって北上した形跡があるとのことだったけど、連中は何処行くつもりなのかね。」

「はい、その連絡は受けてますけど…、形跡って何ですか?」

「うん。与論島沖でアメリカの大学チームが海底の調査をしていたんだが、何か見付けたらしい。」

「大学が…?」

「…あぁ、蛇の道は蛇だよ。」

「それはそうと、あの合い言葉どうにかなりませんか? 知らない店員さんが見たら、本気で私が変な客みたいじゃないですかぁ。」

「え?そうかなぁ…。見知らぬ人間を、誰からも不自然に見えないように事務所まで通すには、いい口実になると思ったんだけど…。」

「だからって、人が見てる前であの態度とるのはけっこう勇気要るんですよぉ?」

「じゃあ、この次からは万引きでもして貰おっか。そしたら『お客さん、ちょっと!』って…、」

「だからあ!」

「ハハハッ…、冗談だよ、冗談…。」

半分本気だっただけに笑ってごまかす常磐局長であった。
 
 
小説「TOUBEE-3」
 
 
 
 
第五章 「対決」
 
 
 
第一話 「遭遇」
 
 
 
ある日のPASSAGE。
 

「ありがとうございました~。」

店内の一同が客を笑顔で送り出す。

新型のオートバイに乗った女性が、片手を挙げて挨拶しながら走り去る。

「今日はお天気も良いし、ツーリング日和ですよね。」

「おぅ、こういう日はな、オイル交換やパンク修理なんかで忙しくなったりするもんなんだ。今のうちに飯食って来いや。 おい福田ぁ、切りの良いところでお前も休んどけやぁ。」

室田は美由紀に封筒を渡した。

「これは?」

「今日は朝から新車が三台も売れたからな、昼メシ代ぐらい出させてくれよ。」

「え~ぇ!?良いんですかあ?」

「あぁ、福田の分も入ってるから、一緒に行って来いや。」

「ヤッター! ねぇねぇ福田さ~ん、監督のおごりだってぇ!」

「ありがとうございます。いただきます。」
 
美由紀と福田は連れだって、PASSAGEから程近い駅前商店街に向かった。
 

昼食には少し早い時間なので、まだどの店も空いている。

「何にします?」

とたずねる福田に、

「あそこ!」

と美由紀が指差したのは、ちょっと高そうな高級中華料理店だった。

「お~ぉ、いいね~ぇ。」

いつもは無口な福田も上機嫌だった。

二人とも、普段なら注文しないようなメニューまで頼んで大満足だ。
 

食後から間もなく、店内が混み始めたので、二人は帰りに喫茶店でも寄る話をして席を立った。

だが、美由紀が伝票を持って会計へ向かうと、何やら入口のところで店員と客がもめている。
 
 
「ですからお客様、当店は全席禁煙ですので…、」

「だからあ!あの衝立で囲ってくれりゃ良いからって言ってんだろ!」

その衝立の囲いはホールの奧にあり、若いウエイトレスが会席の準備をしている。いわゆる予約席だ。
 
 
「いい大人がみっともない。」

そう小声で言うと、美由紀たちはそそくさと会計を済ませて店を後にした。
 
「せっかくの気分が台無しね。もう戻りましょう。」

「…。」

福田はいつもの福田に戻っていた。
 

PASSAGEまでは普通に歩いても10分程度の距離なのだが、美由紀は足早に歩みを進める。

戻ってから、福田が作業服に着替える間に、美由紀は室田に報告した。

「駅前商店街に、ネオ・ショッカーらしき者を見付けました。」

「ナニ…?この忙しい時に…。確かなのか?」

「はい、大勢の中に、誰か分かりませんが、雷駄さんと同じ超音波を出している者がいて、その近くに思考力の低下している者が居ました。」

「お前がそう言うんじゃ、確かのようだな。」

「雷駄さんを。」

「あぁ、直接向かわせよう。」
 

衛星通信端末で連絡を受けた雷駄は、美由紀の言う商店街に向かった。

来てみると、まだ獣人に変身した者はいないのだが、確かに美由紀の言う通り、発信源の移動する超音波は聞こえる。

しかし雷駄は、それならばこの人混みで無理に追い詰めるよりも、わざと泳がせてアジトを突き止める方が賢明だと判断した。

まず超音波の発信源に一定の距離まで近づき、なおかつ決して姿を見せぬように、その感覚だけを頼りにして様子をうかがうことにした。

何故なら、今ここで一度でも顔を見られれば、後で尾行するときに不都合だらかだ。
 

どうやら相手は、平素はこの周辺で働いているようだった。

雷駄は駅前のファーストフードで時間を潰しながら、メールでPASSAGEに定時連絡を入れていた。

陽が暮れて、第一発見者の美由紀が合流した。

「どう?」

「まだこれといった動きは無いよ。」

「感づかれてないかしら?」

「どうだろう…。相手の能力までは分からないからな、或いは向こうもこちらを察知してるかも知れないなぁ。」

「じゃあ罠を仕掛けて来るかも?」

「それは無いと思うよ。俺はここで6時間も見張って居るんだぜ?仲間を呼ぶなり、何か仕掛けて来るんだったら、とっくに現れているさ。」

「あ~ら、それはお疲れ様。コーヒー飲む?」

「たくさん飲んだからもういいよ…。」

言い終わるや否や、雷駄は立ち上がった。

「え?動いたの?」

「出よう。」

「ええ。」
 
 

相手は駅前でバスに乗ったようだ。

雷駄は美由紀をSOLINGENの後ろに乗せて、ゆっくりと後をつけた。

二人乗りであれば、例えバスが途中で停まったとしても、話をする振りなどすれば不自然ではない。

郊外の新興住宅地で目標はバスを降りた。

雷駄もエンジンを切り、美由紀と二人で歩いて尾行する。

街灯に照らされたアパートの前。集合郵便受けを覗き込もうと振り返った顔が、明かりに当たって見えた。

「あ、あの店のウエイトレスよ。」

それは、昼間の中華料理店で、会席の準備をしていた若いウエイトレスだった。

すると、そこへ乗用車が走ってきて、ドアを開けて男が降りてきた。

「あれは、昼間店員に絡んでいた男だわ。」

男はウエイトレスの目の前で、見る見るうちに半獣人へと変身した。

ベルトに手をかける雷駄。

だが、それと同時に走り出すウエイトレスの女。

「え?」

物陰の雷駄と美由紀は、この意外な行動に躊躇した。

「やっぱり罠じゃない?」

「ひとまず距離を取って追いかけよう。」

走るウエイトレスを獣人が追い、その獣人を雷駄たちが追うという格好で、住宅地の外れにある空き地まで来ていた。

そこでウエイトレスは振り返り、構えを取って獣人の周りを回りはじめた。
 
戦おうとしているようだ。

「無茶だわ。なぜ変身しないのかしら?」

「いや、出来ないんだろう。」

「えぇ?」

「変身する前には獣人の体内で必ず起こる、独特な構造変化が全く感じられない。」

「どういうこと?」

「解らない。だがあの娘もそうとう出来るぞ。」

戦いは始まっていた。

その女性の腕は見るからにか細く、獣人の爪が触れれば粉々に切り裂かれてしまいそうなのだが、荒れ狂う獣人には一切触れさせる事なく、淀みのない円運動で攻撃をかわしながら、拳ではなく『掌』を当てて反撃をする。

「でも、あれじゃあダメージにならないじゃない。」

「そうでもなさそうだぜ。」

雷駄の言う通り、獣人は反撃に遭うたびに動きを鈍らせ、徐々に喘ぎ声を出し始めていた。

そして、叫ぶ獣人に大きな隙が出来たところにすかさず飛び込み、両手の掌で突き飛ばすような攻撃をすると、獣人は後ろに倒れ込み、しばらくもがいていた手足は痙攣し、やがて動かなくなった。
 

「なんで生身の人間が勝てるわけぇ?」

「何か理由がありそうだな…。」

するとウエイトレスの娘は雷駄たちの方を向き、険しい表情で言った。

「そこの二人、出て来い。」

「なんだ、バレてるじゃない。」

「やっぱりか…。」

「あなた、なんでその獣人を倒せたの?」

「黙れ。次はお前たちの番だ。」

「ちょっと待ってよ。質問に答えて。」

「その必要はない。お前たちもこいつの仲間だろう。」
 
溶け始める獣人を目配せして言う。

しかしこれには雷駄が否定した。
 
「それは違う。俺たちはその獣人を探していたんだ。」

「嘘をつけ。」

「嘘じゃない。」

「じゃあ何故私をつけてきた。」

これには二人とも、返事を詰まらせてしまった。
 
今ここで真実を話しても、余計にややこしくするだけだからだ。

「とにかく、私たちはそいつの仲間じゃないわ。」

「聞くか!餓鬼の手先め!」

「え?誰ですって?」

言うが速いか、ウエイトレスの身体は宙を舞い、美由紀の死角に下り立って掌を突き出して来た。

しかし予測していた美由紀は急いで跳び退く。

するとまた、例の円運動だ。

隙の無い動き。

無傷で獣人を倒した実力。

だがここで美由紀が変化してしまっては、収まる話も収まらなく成ってしまう。

相手は連続する円運動の流れを微妙に変えて接近してきた。

脇腹への掌底攻撃!

咄嗟に身体を回旋させて受け交わす美由紀。

そして空中から踵蹴りで牽制。

それを上半身の捻りだけでかわす娘。

ここに雷駄が割って入った。

「よさないか!」

捕まえようとした雷駄の腕をスルリとかわし、かと思えばフワリと宙に跳び、靴底で蹴ってくる。

それを上段受けで止めた雷駄。

「ウグッ!」

雷駄は受けた手を庇うように退いた。

「どうしたの!?」

美由紀が心配する。

「美由紀、あいつの攻撃をまともに受けるな!」

「う、うん、わかった。」

だが、次々に繰り出される攻撃に、徐々に追い詰められる美由紀。

再び加勢に入る雷駄。

だが負傷して動きの冴えない雷駄は二発目を脚に食らう。

「うがっ!」

一瞬、完全に動きの止まった雷駄に、娘は例の両手攻撃でトドメを刺す構えだ。

そこへ美由紀が飛び込み、薙ぎ払うような回し蹴りで遮る。

横から弾かれた娘は、その場で身体を側転させてバランスを保ち、着地しながら今度は美由紀に必殺の両手打ち。

美由紀はこれを、まともに背中に受けてしまった。

「うげっ!」

「美由紀!しっかりしろ!」

全身を痙攣させて倒れる美由紀。

「うげぇっ!」

美由紀は大量の水を吐き出した。

「げへっ!げへっ!げひっ!」

美由紀の顔色が灰白色に変わった。

そして紫色。

「次はお前がそうなる番だ。」

娘は尚も構える。

「止めろと言ってるだろう!」

ここで美由紀が目を開いた。

驚きながら退いて構える娘。

それと同時に、娘は雷駄と美由紀を交互に見ていた。

美由紀の顔色は戻っていた。

「な、何故だ?」

「その前に、こっちの質問に答えたらどうだ!」

「何を?」

「だからあ、お前も普通の人間で無いのなら、お互いにいろいろ事情があることぐらい解るだろう!」

娘は構えを解いて言う。

「今まで仲間を庇う敵など居なかった。お前たちは、餓鬼の手先じゃないのか?」

「誰だよそいつ!?」

「私の弟をさらった奴だ。」

やっと話をする気になったようだ。

「弟も超能力者なのか?」

「そうだ。餓鬼は私たち姉弟の能力が欲しくて、人体実験に使うつもりなのだ。」

「何のために?」

「知らん。だがどうせロクなことじゃないだろう。」

「まぁ、人をさらってる時点でロクな奴じゃないからな。」

「お前たちは何だ?」

「俺は、その何とか言う奴みたいな悪者に、やっぱり子供の頃にさらわれてな…、さっきお前が倒した獣人みたいな身体にされちまったんだが…、ある人のお陰で人間の姿と意識を保っていられるんだ。」

「そっちの女は何故死なない?」

これには美由紀が応えた。

「私はもう、一度死んだのよ。生まれ変わった新種の人間なの。進化形って言うか、その話もかなり複雑で…、もっと強い姿にも成れるけど、私は彼と違って自分の意思で人間の姿でいられるの。」

「そうか…。悪かった。私の能力は生まれつきだ。聞いた話では、いにしえの術師の呪いだとか、魂が宿っているとか言われたけど、餓鬼には子供の頃から追いかけられるし、何故だかさっきみたいな奴らが纏わり付いてきて、いい迷惑なんだ。」

「そのことなんだけど。」

「何だ?」

「あの獣人は、特殊な超音波に引き寄せられる習性があるんだけど、その音波が君の身体からも出ているんだよ。」

「なに?」

「本当よ。私にも判ったぐらいだもの。それで最初はあなたが獣人を操っているのかと思ったのよ。」

「そうだったのか…。なんて厄介な能力なんだ…。」

「まぁそう言うなよ。俺は雷駄。この人は美由紀。君の名前は?」

「名前は元々ないけど、世話になった仲間の人から瞑という名前を預かっていて、苗字は別の恩人から授かった。馬鞍瞑(まくら みん)だ。」

「仲間が居るのかい!?」

「あぁ…、以前はな。でも今は、弟がさらわれた時をきっかけに、散り散りになって…。」

「そうだったのか…。でも俺たちにはその超音波が手掛かりになるんだ。」

「あぁ、自分の身体からそんなものが出ているなんて知らなかった。」

「もしかすると、さらわれた弟も同じ超音波を出している可能性はないだろうか?」

「あり得るな…。」

「心当たりがあるのか?」

「あぁ…、奴ら、何処までも追い掛けてきやがった。」

「それ、いつ頃の話?」

美由紀がメモの準備をしながら言った。

「10年ぐらい前になるかな。」

「レギーナ誕生の後ね。」

「俺が本格的に覚醒した頃だな…。」

「その餓鬼という奴と獣人との関係は?」

「良く分からないけど、私たち姉弟がまだ小さい頃から、餓鬼は付け狙って来た。だからあの怪物も餓鬼の手先かと思っていたんだけど…。」

「そっかぁ…。なんか、いろいろあったみたいだね。」

美由紀は自分の質問が、まるで尋問めいて来たこおに気付き、この話をいったん打ち切った。

「それにしても、聞けばなんだか孤児みたいだけど、あのアパートや仕事はどうしたの?」

「仲間と別れる前に、こうなることを予測して、後見人を紹介して貰っていた。」

「超能力者の仲間?」

「ちがう。私の能力は生まれつきだが、さっきの技は子供の頃から育ての親に教わった。その武術関係の知り合いだと聞いている。」

「雷駄はこういうの詳しそうよね。」

「武林(ぶりん)の関係者かぁ…。」

「武林って?」

「あぁ、主に中国武術を中心とした、武術社会全体のことを『武林』っていうんだ。」

「武術家のコネクションみたいなもの?」

「って言うより、もっと広い意味での武術界全体のことだよ。もちろん、いろんなコネクションも存在するみたいだけどな。」

「へ~ぇ。」

「だが、その人はこの件と関係ない。」

と瞑は言い切る。

「超能力のことは秘密ってわけね。」

「そうだ。ところで…、」

瞑は、既に溶けきった獣人を見てから雷駄に言った。

「あんたも死ぬとこうなるのか?」

雷駄はゆっくりと答えた。

「分からん。今までには死んで元の姿に戻った例も見てきたが、かなり個人差があるようだから…、或いは多分な…。」

「そうか、悪いことを聞いた…。」

「気にするなよ。しかし、もう晩くなっちまったから、続きはまたにしようぜ。今度からは獣人が現れたら、すぐに俺たちに連絡してくれ。」

雷駄たちは、瞑と連絡先を交換し、この日はこれで別れた。

この一件は室田にも説明しなければならないので、二人はいったんPASSAGEに向かった。
 
 
 
「二人とも、遅いと思ったら、そんなことがあったのか。生まれつき超音波を出す体質っていうのも大変だなぁ。」

「えぇ、まだ若いのに辛い目に遭って来たみたいで、言葉遣いも男っぽくて、可哀想なぐらいだったわ。」

「そうなのかい。その店なら俺も何度か行ったことがあるぜ。そりゃあ、ちょくちょく様子を見に行ってやった方が良さそうだなぁ。」

「あれぇ? おやっさん、ほだされたんですかぁ?」

「ば、馬鹿言えぇ。獣人が寄ってくる体質なら見張ってた方が良いじゃねぇか。」

「そーゆー意味ですか?」

「そーゆー意味だ!」

というわけで、その夜、PASSAGEの面々はひとまず解散した。