小説「TOUBEE-3」
 
 
 
 
第五章 「対決」
 
 
 
第一話 「遭遇」
 
 
 
ある日のPASSAGE。
 

「ありがとうございました~。」

店内の一同が客を笑顔で送り出す。

新型のオートバイに乗った女性が、片手を挙げて挨拶しながら走り去る。

「今日はお天気も良いし、ツーリング日和ですよね。」

「おぅ、こういう日はな、オイル交換やパンク修理なんかで忙しくなったりするもんなんだ。今のうちに飯食って来いや。 おい福田ぁ、切りの良いところでお前も休んどけやぁ。」

室田は美由紀に封筒を渡した。

「これは?」

「今日は朝から新車が三台も売れたからな、昼メシ代ぐらい出させてくれよ。」

「え~ぇ!?良いんですかあ?」

「あぁ、福田の分も入ってるから、一緒に行って来いや。」

「ヤッター! ねぇねぇ福田さ~ん、監督のおごりだってぇ!」

「ありがとうございます。いただきます。」
 
美由紀と福田は連れだって、PASSAGEから程近い駅前商店街に向かった。
 

昼食には少し早い時間なので、まだどの店も空いている。

「何にします?」

とたずねる福田に、

「あそこ!」

と美由紀が指差したのは、ちょっと高そうな高級中華料理店だった。

「お~ぉ、いいね~ぇ。」

いつもは無口な福田も上機嫌だった。

二人とも、普段なら注文しないようなメニューまで頼んで大満足だ。
 

食後から間もなく、店内が混み始めたので、二人は帰りに喫茶店でも寄る話をして席を立った。

だが、美由紀が伝票を持って会計へ向かうと、何やら入口のところで店員と客がもめている。
 
 
「ですからお客様、当店は全席禁煙ですので…、」

「だからあ!あの衝立で囲ってくれりゃ良いからって言ってんだろ!」

その衝立の囲いはホールの奧にあり、若いウエイトレスが会席の準備をしている。いわゆる予約席だ。
 
 
「いい大人がみっともない。」

そう小声で言うと、美由紀たちはそそくさと会計を済ませて店を後にした。
 
「せっかくの気分が台無しね。もう戻りましょう。」

「…。」

福田はいつもの福田に戻っていた。
 

PASSAGEまでは普通に歩いても10分程度の距離なのだが、美由紀は足早に歩みを進める。

戻ってから、福田が作業服に着替える間に、美由紀は室田に報告した。

「駅前商店街に、ネオ・ショッカーらしき者を見付けました。」

「ナニ…?この忙しい時に…。確かなのか?」

「はい、大勢の中に、誰か分かりませんが、雷駄さんと同じ超音波を出している者がいて、その近くに思考力の低下している者が居ました。」

「お前がそう言うんじゃ、確かのようだな。」

「雷駄さんを。」

「あぁ、直接向かわせよう。」
 

衛星通信端末で連絡を受けた雷駄は、美由紀の言う商店街に向かった。

来てみると、まだ獣人に変身した者はいないのだが、確かに美由紀の言う通り、発信源の移動する超音波は聞こえる。

しかし雷駄は、それならばこの人混みで無理に追い詰めるよりも、わざと泳がせてアジトを突き止める方が賢明だと判断した。

まず超音波の発信源に一定の距離まで近づき、なおかつ決して姿を見せぬように、その感覚だけを頼りにして様子をうかがうことにした。

何故なら、今ここで一度でも顔を見られれば、後で尾行するときに不都合だらかだ。
 

どうやら相手は、平素はこの周辺で働いているようだった。

雷駄は駅前のファーストフードで時間を潰しながら、メールでPASSAGEに定時連絡を入れていた。

陽が暮れて、第一発見者の美由紀が合流した。

「どう?」

「まだこれといった動きは無いよ。」

「感づかれてないかしら?」

「どうだろう…。相手の能力までは分からないからな、或いは向こうもこちらを察知してるかも知れないなぁ。」

「じゃあ罠を仕掛けて来るかも?」

「それは無いと思うよ。俺はここで6時間も見張って居るんだぜ?仲間を呼ぶなり、何か仕掛けて来るんだったら、とっくに現れているさ。」

「あ~ら、それはお疲れ様。コーヒー飲む?」

「たくさん飲んだからもういいよ…。」

言い終わるや否や、雷駄は立ち上がった。

「え?動いたの?」

「出よう。」

「ええ。」
 
 

相手は駅前でバスに乗ったようだ。

雷駄は美由紀をSOLINGENの後ろに乗せて、ゆっくりと後をつけた。

二人乗りであれば、例えバスが途中で停まったとしても、話をする振りなどすれば不自然ではない。

郊外の新興住宅地で目標はバスを降りた。

雷駄もエンジンを切り、美由紀と二人で歩いて尾行する。

街灯に照らされたアパートの前。集合郵便受けを覗き込もうと振り返った顔が、明かりに当たって見えた。

「あ、あの店のウエイトレスよ。」

それは、昼間の中華料理店で、会席の準備をしていた若いウエイトレスだった。

すると、そこへ乗用車が走ってきて、ドアを開けて男が降りてきた。

「あれは、昼間店員に絡んでいた男だわ。」

男はウエイトレスの目の前で、見る見るうちに半獣人へと変身した。

ベルトに手をかける雷駄。

だが、それと同時に走り出すウエイトレスの女。

「え?」

物陰の雷駄と美由紀は、この意外な行動に躊躇した。

「やっぱり罠じゃない?」

「ひとまず距離を取って追いかけよう。」

走るウエイトレスを獣人が追い、その獣人を雷駄たちが追うという格好で、住宅地の外れにある空き地まで来ていた。

そこでウエイトレスは振り返り、構えを取って獣人の周りを回りはじめた。
 
戦おうとしているようだ。

「無茶だわ。なぜ変身しないのかしら?」

「いや、出来ないんだろう。」

「えぇ?」

「変身する前には獣人の体内で必ず起こる、独特な構造変化が全く感じられない。」

「どういうこと?」

「解らない。だがあの娘もそうとう出来るぞ。」

戦いは始まっていた。

その女性の腕は見るからにか細く、獣人の爪が触れれば粉々に切り裂かれてしまいそうなのだが、荒れ狂う獣人には一切触れさせる事なく、淀みのない円運動で攻撃をかわしながら、拳ではなく『掌』を当てて反撃をする。

「でも、あれじゃあダメージにならないじゃない。」

「そうでもなさそうだぜ。」

雷駄の言う通り、獣人は反撃に遭うたびに動きを鈍らせ、徐々に喘ぎ声を出し始めていた。

そして、叫ぶ獣人に大きな隙が出来たところにすかさず飛び込み、両手の掌で突き飛ばすような攻撃をすると、獣人は後ろに倒れ込み、しばらくもがいていた手足は痙攣し、やがて動かなくなった。
 

「なんで生身の人間が勝てるわけぇ?」

「何か理由がありそうだな…。」

するとウエイトレスの娘は雷駄たちの方を向き、険しい表情で言った。

「そこの二人、出て来い。」

「なんだ、バレてるじゃない。」

「やっぱりか…。」

「あなた、なんでその獣人を倒せたの?」

「黙れ。次はお前たちの番だ。」

「ちょっと待ってよ。質問に答えて。」

「その必要はない。お前たちもこいつの仲間だろう。」
 
溶け始める獣人を目配せして言う。

しかしこれには雷駄が否定した。
 
「それは違う。俺たちはその獣人を探していたんだ。」

「嘘をつけ。」

「嘘じゃない。」

「じゃあ何故私をつけてきた。」

これには二人とも、返事を詰まらせてしまった。
 
今ここで真実を話しても、余計にややこしくするだけだからだ。

「とにかく、私たちはそいつの仲間じゃないわ。」

「聞くか!餓鬼の手先め!」

「え?誰ですって?」

言うが速いか、ウエイトレスの身体は宙を舞い、美由紀の死角に下り立って掌を突き出して来た。

しかし予測していた美由紀は急いで跳び退く。

するとまた、例の円運動だ。

隙の無い動き。

無傷で獣人を倒した実力。

だがここで美由紀が変化してしまっては、収まる話も収まらなく成ってしまう。

相手は連続する円運動の流れを微妙に変えて接近してきた。

脇腹への掌底攻撃!

咄嗟に身体を回旋させて受け交わす美由紀。

そして空中から踵蹴りで牽制。

それを上半身の捻りだけでかわす娘。

ここに雷駄が割って入った。

「よさないか!」

捕まえようとした雷駄の腕をスルリとかわし、かと思えばフワリと宙に跳び、靴底で蹴ってくる。

それを上段受けで止めた雷駄。

「ウグッ!」

雷駄は受けた手を庇うように退いた。

「どうしたの!?」

美由紀が心配する。

「美由紀、あいつの攻撃をまともに受けるな!」

「う、うん、わかった。」

だが、次々に繰り出される攻撃に、徐々に追い詰められる美由紀。

再び加勢に入る雷駄。

だが負傷して動きの冴えない雷駄は二発目を脚に食らう。

「うがっ!」

一瞬、完全に動きの止まった雷駄に、娘は例の両手攻撃でトドメを刺す構えだ。

そこへ美由紀が飛び込み、薙ぎ払うような回し蹴りで遮る。

横から弾かれた娘は、その場で身体を側転させてバランスを保ち、着地しながら今度は美由紀に必殺の両手打ち。

美由紀はこれを、まともに背中に受けてしまった。

「うげっ!」

「美由紀!しっかりしろ!」

全身を痙攣させて倒れる美由紀。

「うげぇっ!」

美由紀は大量の水を吐き出した。

「げへっ!げへっ!げひっ!」

美由紀の顔色が灰白色に変わった。

そして紫色。

「次はお前がそうなる番だ。」

娘は尚も構える。

「止めろと言ってるだろう!」

ここで美由紀が目を開いた。

驚きながら退いて構える娘。

それと同時に、娘は雷駄と美由紀を交互に見ていた。

美由紀の顔色は戻っていた。

「な、何故だ?」

「その前に、こっちの質問に答えたらどうだ!」

「何を?」

「だからあ、お前も普通の人間で無いのなら、お互いにいろいろ事情があることぐらい解るだろう!」

娘は構えを解いて言う。

「今まで仲間を庇う敵など居なかった。お前たちは、餓鬼の手先じゃないのか?」

「誰だよそいつ!?」

「私の弟をさらった奴だ。」

やっと話をする気になったようだ。

「弟も超能力者なのか?」

「そうだ。餓鬼は私たち姉弟の能力が欲しくて、人体実験に使うつもりなのだ。」

「何のために?」

「知らん。だがどうせロクなことじゃないだろう。」

「まぁ、人をさらってる時点でロクな奴じゃないからな。」

「お前たちは何だ?」

「俺は、その何とか言う奴みたいな悪者に、やっぱり子供の頃にさらわれてな…、さっきお前が倒した獣人みたいな身体にされちまったんだが…、ある人のお陰で人間の姿と意識を保っていられるんだ。」

「そっちの女は何故死なない?」

これには美由紀が応えた。

「私はもう、一度死んだのよ。生まれ変わった新種の人間なの。進化形って言うか、その話もかなり複雑で…、もっと強い姿にも成れるけど、私は彼と違って自分の意思で人間の姿でいられるの。」

「そうか…。悪かった。私の能力は生まれつきだ。聞いた話では、いにしえの術師の呪いだとか、魂が宿っているとか言われたけど、餓鬼には子供の頃から追いかけられるし、何故だかさっきみたいな奴らが纏わり付いてきて、いい迷惑なんだ。」

「そのことなんだけど。」

「何だ?」

「あの獣人は、特殊な超音波に引き寄せられる習性があるんだけど、その音波が君の身体からも出ているんだよ。」

「なに?」

「本当よ。私にも判ったぐらいだもの。それで最初はあなたが獣人を操っているのかと思ったのよ。」

「そうだったのか…。なんて厄介な能力なんだ…。」

「まぁそう言うなよ。俺は雷駄。この人は美由紀。君の名前は?」

「名前は元々ないけど、世話になった仲間の人から瞑という名前を預かっていて、苗字は別の恩人から授かった。馬鞍瞑(まくら みん)だ。」

「仲間が居るのかい!?」

「あぁ…、以前はな。でも今は、弟がさらわれた時をきっかけに、散り散りになって…。」

「そうだったのか…。でも俺たちにはその超音波が手掛かりになるんだ。」

「あぁ、自分の身体からそんなものが出ているなんて知らなかった。」

「もしかすると、さらわれた弟も同じ超音波を出している可能性はないだろうか?」

「あり得るな…。」

「心当たりがあるのか?」

「あぁ…、奴ら、何処までも追い掛けてきやがった。」

「それ、いつ頃の話?」

美由紀がメモの準備をしながら言った。

「10年ぐらい前になるかな。」

「レギーナ誕生の後ね。」

「俺が本格的に覚醒した頃だな…。」

「その餓鬼という奴と獣人との関係は?」

「良く分からないけど、私たち姉弟がまだ小さい頃から、餓鬼は付け狙って来た。だからあの怪物も餓鬼の手先かと思っていたんだけど…。」

「そっかぁ…。なんか、いろいろあったみたいだね。」

美由紀は自分の質問が、まるで尋問めいて来たこおに気付き、この話をいったん打ち切った。

「それにしても、聞けばなんだか孤児みたいだけど、あのアパートや仕事はどうしたの?」

「仲間と別れる前に、こうなることを予測して、後見人を紹介して貰っていた。」

「超能力者の仲間?」

「ちがう。私の能力は生まれつきだが、さっきの技は子供の頃から育ての親に教わった。その武術関係の知り合いだと聞いている。」

「雷駄はこういうの詳しそうよね。」

「武林(ぶりん)の関係者かぁ…。」

「武林って?」

「あぁ、主に中国武術を中心とした、武術社会全体のことを『武林』っていうんだ。」

「武術家のコネクションみたいなもの?」

「って言うより、もっと広い意味での武術界全体のことだよ。もちろん、いろんなコネクションも存在するみたいだけどな。」

「へ~ぇ。」

「だが、その人はこの件と関係ない。」

と瞑は言い切る。

「超能力のことは秘密ってわけね。」

「そうだ。ところで…、」

瞑は、既に溶けきった獣人を見てから雷駄に言った。

「あんたも死ぬとこうなるのか?」

雷駄はゆっくりと答えた。

「分からん。今までには死んで元の姿に戻った例も見てきたが、かなり個人差があるようだから…、或いは多分な…。」

「そうか、悪いことを聞いた…。」

「気にするなよ。しかし、もう晩くなっちまったから、続きはまたにしようぜ。今度からは獣人が現れたら、すぐに俺たちに連絡してくれ。」

雷駄たちは、瞑と連絡先を交換し、この日はこれで別れた。

この一件は室田にも説明しなければならないので、二人はいったんPASSAGEに向かった。
 
 
 
「二人とも、遅いと思ったら、そんなことがあったのか。生まれつき超音波を出す体質っていうのも大変だなぁ。」

「えぇ、まだ若いのに辛い目に遭って来たみたいで、言葉遣いも男っぽくて、可哀想なぐらいだったわ。」

「そうなのかい。その店なら俺も何度か行ったことがあるぜ。そりゃあ、ちょくちょく様子を見に行ってやった方が良さそうだなぁ。」

「あれぇ? おやっさん、ほだされたんですかぁ?」

「ば、馬鹿言えぇ。獣人が寄ってくる体質なら見張ってた方が良いじゃねぇか。」

「そーゆー意味ですか?」

「そーゆー意味だ!」

というわけで、その夜、PASSAGEの面々はひとまず解散した。