小説「TOUBEE-3」
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第五章 「対決」
第十五話 「信頼」
0号獣人への変身とは元々、ある特殊な薬剤の過剰投与によって始まる。
雷駄は少年時代の人体実験によって…。
藍は羽祟り神と呼ばれた動物実験体の毒によって…。
そして今また乗客たちが、それによって変身させられ、マインドコントロールされているのだった。
「藍!今の人質と機長はどうだった?」
「まだ大丈夫だったみたいだけど…。」
だが敵は笑いながら言う。
「クックックッ。どうせすぐにお前たちを片付けて、この飛行機は機長もろとも激突するのさ。俺たちはその直前に脱出する。変身さえしていれば100メートル程度からなら海に落ちてもへっちゃらだからなぁ。俺たちの仲間になる条件を出したら、みんな喜んで変身を受け入れたよ。カッハッハッハッハッ!」
「なんて奴だ…。」
迫り来る獣人の群れ。
だがその話を、下ではぐれた人質が物陰から聞いていた。
「なんや!人質ん中で死ぬんはわいだけかいな!?昨日まで仲よう喋っとったんに…。もうええわ!やけくそやあ!お前らなんかにいてこまされるくらいやったら、わいは自分で腹ぁ括ったるわい!!」
そう人質は叫びながら、乗降ドアのロックを外した。
「あ、やめろ!」
雷駄が止めるよりも速く、
「やめるかい!あほんだらあ!!」
ドアは勢いよく外側へ開き、吸い出される空気が男を巻き込んで、機外に放り出してしまった。
この気圧の急変は鈍い衝撃となって、機内の獣人たちをよろめかせた。
その隙を突いて雷駄も外に飛び出す。
全速力で飛ぶ雷駄。
「室田さん!」
「おう!」
室田が操縦桿のスイッチを倒すと、戦闘機の底が開いた。
普段ならばそこにはミサイルがあるのだが、武装が間に合わなかった今は、雷駄のマシンが載っている。
「SOLINGEN!」
雷駄に呼ばれ、ジェット噴射で飛び出し、翼を拡げて近付くSOLINGEN。
雷駄は空中で跨がり、落ちて行く人質に向かって急降下。
瞬く間に追い付き、キャッチすると、水面ギリギリで水平飛行。
「しっかりつかまっていて下さい!」
そう言ってSOLINGENを旋回させた雷駄は旅客機を追う。
「あんさん、まだやる気なんかいな?」
「追い付いたら私だけ飛び移ります。これは自動で飛びますから大丈夫ですよ。」
機内では、獣人たちが藍に迫っていた。
「さっきの奴は取り逃がしたが、お前にはもう逃げ場は無いぞ。」
だが、コックピットへ通ずるドアの前に立つ藍は、
「逃げたりしないわ。」
そう言うと、藍は蜂と合体した。
「な…、なに?お前は…、強化体に成れるのか…?」
「あら?知らなかった?でも当然ね。私のこの姿を見た敵は、みんなこの手で地獄へ送ってやったから。」
「こしゃくなぁ…。」
この男は、この強化変身の意味を知っているのだろう。下手に動くことをやめた。
すると、開いたハッチから声が聞こえた。
「それより皆さん、良いことをお教えしましょう。」
追い付いた雷駄が、獣人たちの後ろに立っていた。
そして雷駄も強化体へと更なる変身を遂げる。
「皆さんは確かに、例え今この飛行機が海に落ちたとしても、生き残ることは出来るでしょう。でも、その後はどうするのですか?」
「…。」
「皆さんがこの男に何を言われたかは知りませんが、その姿で安住の地へ行けると思っているのでしたら、それは大間違いです。」
それを聴いた人質獣人の一人が応えた。
「でも…、その男は…、組織に忠誠を誓って協力する限り、家族と一緒に暮らせると言っていたぞ…?」
他の獣人たちも頷く。
「家族…?では、そこの彼女の家族がどうなったか、本人に聞いてご覧なさい?」
藍に振り返る獣人たち。
「その人の言う通りよ…。私の住んでいた村は、組織によって実験場にされて、みんな騙されて獣人にされてしまったの。でも、前向きに生きようとした村人たちは、秘密を隠しながらも力を合わせて努力してたわ。それを、ある日突然、組織の手先がやって来て、芳しい実験結果が出ないというだけで、村のみんなを皆殺しにしたのよ…!中にはお年寄りや小さな子供たちも居たわ…!私のおじいちゃんも…、甥っ子たちも…。」
藍は語りながら、その身を震わせていた。
これまでの藍の、その冷徹とさえ言える戦い方は、この残酷な仕打ちをたった17歳という若さで背負わされ、そこから雷駄の助言によって再び自己肯定感を持ち得た証に他ならなかった。
「そんな…。」
「だって…、またいつでも人間に戻れるって言ってたのよ…?」
訴えかける人質に雷駄は言う。
「残念ながら…、それは無理です。人間の姿で居ることも出来ますが、すでに遺伝子情報を書き換えられています。」
「何だよ!それじゃあ忠誠ってのは、つまり奴隷に成るって事じゃないか!」
「おっしゃる通りです。これから皆さんが攻撃しようとしている施設も、皆さんのご家族と同じく、大切な人の姿を変えられてしまった人や、そんな事を繰り返させまいとする人たちが、希望を持って組織と戦っている研究所なんです。だから僕たちもこうして、その組織と戦っているんです。 この男だって、作戦に失敗して戻れば、組織によって処刑されるんですよ…。強い者だけしか…、利用できる者だけしか生き残れない…。そうだよなあ?」
敵に振り向く雷駄。
「うっ…、ぐぅ…。」
リーダー格の男は下を向いて黙っている。
この会話の一部始終は、今は獣人と成ってしまったコックピットの人質の耳にも届いていた。
そのとき、機内アナウンスのチャイムが鳴り、
『うああああっ…、俺は…、俺はぁ…、うぅぅぅ…。』
聞いていた人質の、悲痛な叫びだった。
希望を持てず、不安から逃げるために誘惑に乗った者は、また不安によって絶望して行く。
雷駄の人生に於いても、幾度となく見てきた光景だ。
すると、機内に放送された嗚咽を包み込むように、機長がゆっくりと落ち着いた口調でアナウンスを始めた。
『こちらは機長の田山です。御搭乗のお客様に申し上げます。当機は間もなく燃料切れのため、海上へ不時着をいたします。しかしご安心ください。この飛行機は構造上すぐには沈みません。どうか落ち着いて、座席ベルトをお締めの上、搭乗員の指示に従ってください。』
「あぁ…、田山さん…。」
声を漏らしたのは、獣人と成ったキャビンアテンダントだった。
機長はこの状況で、獣人と成ってしまった乗客と乗員を、人間として信頼し、護ろうとしているのだった。
だが、やはりハイジャック犯の獣人だけは、請けた命令を実行しようとした。
「不時着などさせるかあ!」
叫び声と共に、目の前にあった座席を床から引きはがし、剥き出しになった鉄の骨組みを引きちぎると、藍に目掛けて投げつけた。
咄嗟に避ける藍。
しかし、狙いは藍ではなかった。
鉄骨はコックピットに通ずるドアを、フレームごと隔壁にまでめり込んで塞ぎ、同時に敵は反対側へ跳んだ。
そして、開け放たれた乗降ドアから思いがけない速さで飛び出して行った。
「しまった!」
すぐに雷駄たちも追い掛けようと出口に向かう。
しかし、敵の方が数段速く飛ぶことができた。
その敵がコックピットの窓ガラスを突き破った衝撃は、客席まで伝わって来るほどだった。
操縦席では既に機長が気を失っている。
人質だった獣人も抵抗はしたが、まったく勝負にならず、逆に弾き飛ばされて海に落ちてしまった。
敵は操縦桿を握ると、研究所の方向へ進路を修正。
石垣島は、もう目前に迫っている。
だが、ここで室田が動いた。
「思った通りだ。奈瑠美っち、俺たちが出たら、このままの高度を維持して空中停止!落とすなよ!」
「は…、はいっ!」
室田はセンサーの熱分布から敵の行動を観察していた。
「美由紀!頼むぞ!」
そう言って、小型酸素ボンベのインシュレータをセットする室田。
雷駄たちの時と同じく、美由紀と室田が飛び出した。
美由紀は空中でオルフェノクに変化。翼を拡げて室田と共に旅客機のコックピットへ乗り移る。
敵は、超音波も感じず、見たこともない灰色のモンスターの出現に動揺した。
美由紀は敵の顔を後ろから両手で押さえ、操縦席から引き離そうとする。
だが、なかなか放さない。
そこへ雷駄と藍お追い付いて来た。
藍の手刀が敵の右手首を切断。
「ぐっ…。」
押さえに行った藍を、敵は鮮血の吹き出る腕で遮ろうとする。
その腕を、雷駄が抱え込んで引っ張る。
敵は片手で操縦桿を握るが、それも藍の攻撃で骨を砕かれ、引き離された。
空かさず操縦席に着く室田。
美由紀が、今度は機長を抱えて窓から脱出。
室田は、敵の血しぶきで曇った計器を袖で拭うと、操縦桿を手前に引いた。
迫り来る海面。
「みんな、つかまってろ!」と、室田。
それとほぼ同時に、海面すれすれまで近付いた旅客機は、微妙に機首を上げて着水。
少しバウンドして斜め向きになりながら滑走。沖合の防波堤に乗り上げ、機体と翼を折り曲げながら更に100メートルほど先で止まった。
室田は雷駄と藍に抱えられて、壊された窓から外に出ると、迎えに来たSOLINGENに跳び移った。
犯人の獣人は機内で泡と成って消えて行く。
「いよっしゃあ!!みんあ良くがんばった!!」
室田の号令で、救助や報道が来る前に撤収する。
もちろん、乗客乗員が獣人に成ってしまった事は秘密であるため、全員で証拠隠滅。
その後の報道のインタビューには、不時着は田山機長のお手柄にして、犯人たちは途中の海上で待機していた不審船にパラシュート降下して逃亡したという事にした。
その他の詳しい事は・・・、
『怖かったから覚えていない』。
後日。
人間に戻れない者は、相殺音波の発生機が人数分出来るまで、石垣島に検査入院する名目で滞在。
その際、功勇が専属ボランティア医師を買って出る格好で、シーサーの地下にある設備の一部を、『旧・病院施設』というかたちで公開。田山機長を含めた入院患者全員は、包帯姿で家族と面会できた。
その院内では、希望者は藍の村で受け入れる段取りを勧める旨、村長代理(藍)自身が窓口を開設。
手書きのポスターには、『羽祟り村、村民募集中。田舎で暮らしたい方、広いお庭と、もっと広い畑付き一戸建てを、無償(税別)で貸与します。』
一週間後、最初に救出された人質が一足先に退院することになった。
「無糖はん、あんさんは命の恩人やぁ。このご恩は一生忘れまへん。わいの名前は『易埜清透』(えきのきよすく)いいまんねんけど、実はわい、旅のお笑い芸人でんねん。ほら、知りまへんかぁ?体験漫談の『クラアケンもんごうまん』いいますねん。この借り、いつか必ず返させてもらいまっせ!」
雷駄と固い握手を交わして、どっちが芸名か分からない易埜は巡業に復帰した。
研究所の修復には6ヶ月の時間を費やすことになった。
ここで、真喜志研究所に新たな志願者が名乗り出た。
「私はここに残ります。」
「朝霞さん。」
「新しくなった設備や備品のこともありますし、全員が出動しなければならない時は、ここを護る者が必要でしょう?」
既に履歴書まで用意していた。
「あらためまして、朝霞玲です。」
「え?朝カレー?」と奈留美。
「いえ、ファミレスとかではないんで…。」
奈瑠美のツッコミに反応する朝霞。
そこへ室田が口添えする。
「推薦人は俺なんだ。朝霞くんは、俺が卒業した朝霞航空機専門学校の学長の息子、つまり恩師の御子息なんだ。腕も頭脳もピカイチだぜ。」
実は、これはやはり、一度ゾンビの毒を受けてしまった朝霞が、万が一にも後々になってから健康被害が出ないための用心でもあった。
真喜志研究所なら解毒剤も製造出来るからだ。
恩師の息子を預かる室田の気遣いである。
「室田さん、学長の名前って…?」
と功勇。
「あぁ、朝霞雷光(あさからいこう)先生だ。」
「何処へ?」
「やっぱファミレスだぁ…。」
と、やはりトドメは奈瑠美だった。
「いや、だからそうじゃなくって!」
「アハハハハッ…。」
かくして、真喜志研究所は、新体制で再稼働を始めた。
その後、他の犯人たちの遺体が揚がったという情報はなかった…。
事件の全ては、やがて世間の人々の記憶からも消えて行った。
第五章 『対決』 完
第六章へとつづく。