小説「TOUBEE-3」
 
 
 
 
 
第五章 「対決」
 
 
 
 
第十四話 「挟み撃ち」
 
 
 
「喧嘩するんやったらこんなこと(ハイジャック)やめてえな!」

と、人質の男が叫ぶ。

なるほと゛、人質から見れば、変身した藍と獣人たちの戦いは仲間割れに見える。

「大丈夫よ、おじさん。この飛行機は機長に返すから。」

「だったら早くなんとかせいや!!」

恐怖のためか、いきり立つ人質。

しかし藍は、この言葉に態度を硬化した。

「私は墜落させないために来ただけで、あなたには何の義理も無いのよ?」

そこへ襲い掛かる獣人。

軽くかわした藍は獣人の首を後ろから鷲掴み、その苦痛に歪む顔を人質の方に突き出した。

「ヒッ…!ヒィィィ!」

人質は驚いて身を竦める。

藍は、その獣人を投げ捨てるように壁に叩き付け、凛とした足取りで近付きながら言う。

「あなたがそんな顔するから人質がビックリしてるじゃない。」

態勢を立て直して飛び掛かろうとする獣人を、横に回転しながら平手打ち。

藍の爪が食い込んで、顔の皮膚を半分剥がされた獣人が人質の前に倒れ込む。

「はヒィ!」

壁に背中を押しつけるように後ずさる人質。

倒れた獣人の足を引っ張り、振り回してからもう一度人質の方に叩き付ける。

「ヒィィィ!」

ますます怯える人質…。

…明らかにわざとだ…。
 
したたかに打ちのめされた獣人は、もうほとんど動くことも出来ない。

そこへ藍は心臓をえぐり出してトドメを刺し、ハッチの外へ投げ出した。

獣人の死体を、『民間機』の中に残すわけにはいかないからだ。

もちろん、自分が遣られた場合も同じ覚悟だった。

「サメちゃんたちが食べたりしなきゃ良いけど…。お腹こわすわよ、きっと…。」

だが、ぐずぐずしては居られない。旅客機の燃料が尽きる前に、全ての乗客乗員とコックピットを奪還しなければならないのだ。

そして、不時着に備えてここに居る人質も座席に座らせ、ベルトで縛り付けなければならないのだが、このまま一人で戻らせては怪しまれてしまう。

また、敵も警戒しているであろう今、自分から室田に連絡すれば、敵にこちらの位置を悟られるかもしれない。

かといって、この高度と速度で、ヘルメットも無しの生身の人間と空中ランデブーというわけにもいかない。

黙っている藍に、人質が話しかける。

「あ…、あんた…、まさか独りで乗り込んで来たんちゃうやろう…?ハイジャック犯は何人も居るんや。仲間が居るなら合流した方がええぞ。」

しかし、雷駄を探して合流している時間もない。

今の藍にとっては足手まといになってしまった人質。

「着いて来て。」

この人質を庇いながら戦うしかない。

しかも、藍にしてみれば通路の何処で敵と出くわすかわからない。

だから、まずは通常の通路は使わず、非常用の隔壁ハッチを開けた。

偶然にもそこは、ついさっき雷駄が出た機首通路の、そのすぐ奧の倉庫だった。

床の穴にはすぐに気付いた。

だが、そこから別の場所へ行った様子はない。

たったひとつの通用ハッチは、今自分が通って来たのだから…。

「そこの箱の陰に隠れていて。」

人質を隠す藍。

穴の周りをゆっくりと回り、様子をうかがう。

突然、藍の足元の床が抜けた。

下で誰かが床を壊したのだ。

「おっ、何だ藍?!」

「雷駄さん…?びっくりした~ぁ。」

「何で藍がここに居るんだ?」

「人質を一人連れているの。」

「人質だって? そうか…。」

「雷駄さんはここで戦ってたの?」

「あぁ、ご覧の通りだ。」

雷駄はそう言って、顔は出口の穴を向いたまま、片手の親指を後ろに向ける。

その先には、複雑な形に折りたたまれた格納シャフトの隙間で、これまた複雑な形に身体を曲げられ、窒息死している男が居た。

「なんなのコレ?」

「あぁ、身体の軟らかい奴だったんだけど、コイツがそこへ隠れた時に、俺の変身を解いたんだ。そしたらコイツの変身も解けた…。」

そう、雷駄のベルトは変身するための装置ではなく、無闇に変身させないための、言わば抑制装置なのだ。

それが、格納庫という金属製の閉所で操作されたため、敵の獣人にも影響したのだった。

そして、シャフトに絡まったまま人間体に戻った敵は、ほぼ全身の脱臼と複雑骨折の後、窒息死に至ったというわけだ。

格納庫から出た二人。

「出て来ていいわよ。彼は味方だから。」

返事がない。

人質は消えていた。

「この格好じゃ逃げるのも無理はないがな…。」

そう、雷駄が言う二人の姿は、敵の返り血を浴びたモンスターだ。

「でも、私たちを捕まえるために敵が連れてきた人質なのよ。客室に戻られたら危険だわ。」

「マズイな。追い掛けよう。」
 
 

その頃、リーダー格の男は、コックピットで別の乗客を一人捕まえながら、戻るはずのない手下の帰りを待っていた。

すると、客室の方がにわかに騒がしい。

男は人質を連れながらドアを蹴飛ばし、客室の様子を見に行った。

「何を騒いでる?!」

言ったとたん、天井から羽祟り蜂が飛び掛かり、人質を掴んでいる腕に噛み付いた。

たまらず手を離す犯人。

「うっ…、コイツは…、動物実験体B52…。」

見覚えがあるようだ。

すかさず客席通路の奧から藍が一直線に飛び出し、人質を抱えて反対側のドアに飛び込み、ロックを閉めた。

「ぬおっ!」

再び飛び立った羽祟り蜂が、頭上から毒針攻撃。

客席側に跳び退く犯人。

だがしかし、そこには雷駄が立っていた。

藍も人質をコックピットに置いて戻って来た。

「きさまらぁ…。」

「観念しろ。」

雷駄が言ったその時だった。

「観念するのはお前たちだ。」

声は雷駄ぼ後ろから聞こえた。

振り向くと、客席に座っていた人質全員が立ち上がり、次々に獣人へと変身し始めた。

「なんだと!?」