小説「TOUBEE-3」



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第六章 「その名はエデン」



第一話 「脱出不可」




 

夜。


薄暗く長い、建物の通路を走る四人の人影。


たどり着いたのは、そのエリアだけがひときわ広くなっているエレベーターホール。


先頭を走ってきた女がエレベーターのボタンを押す。


四台あるエレベーターのうちの一台だけが、ゆっくりと動き出した。


その後ろには、15~16歳の少年少女と、そして更に小さな少女が一人。


女は遅いエレベーターに苛立った様子で、続けて何度もボタンを押す。


そこへ声が掛かった。


「メグミさん、何処へお出かけかな?」


「パズズ…。」


振り返る女。


ホールの反対側に、武装した一団が銃を構えて並んでいる。


メグミは少年たちに少しだけ振り返り、


「エレベーターが来たら、あなたたちだけで先に行きなさい。」


そう言って、彼女は武装隊の前へ出て、獣人へと姿を変えた。


パズズは武装隊に指示する。


「撃て。」


だが、ライフルの一斉射撃をものともせず、メグミは武装隊に迫る。


硝煙でスプリンクラーが作動し、天井から消火用水が降り注いだ。


すると、その武装隊のすぐ後ろから、新たな武装隊が現れ、異様な重火器を向けてきた。


「いけない!!」


そう叫んだのは、エレベーター前にいる少年だった。


徐々に獣人へと変身し始める少年と少女。


少年は、メグミを庇って武装隊の前に進み出た。


少女は囮となるため、全速力で大きく回り込む。


「馬鹿め。」


パズズの声と同時に重火器が発光すると、獣人に変身しかけた少年と少女が元の姿に戻りはじめた。


同様にメグミの変身も中途半端に解ける。


さらに重火器からは火の玉のようなエネルギー弾が発射され、半獣人の少年の脇腹を貫通した。


少女は所々に変身の解けた素肌へライフルの集中攻撃を受け、体中から血を噴きながら、踊るように弾け飛んだ。


「ああ!」


横たわる少年に駆け寄るメグミ。


「ウチニ…カエリタイヨゥ…。」


小さく涙声で呟いた少年は、そのまま息絶えた。


『ピン…。』


エレベーターのベルが鳴った。


「お姉ちゃん!」


一人佇む幼い少女が叫ぶ。


「早く行きなさい!」


「でも…、お姉ちゃん!!」


悲鳴混じりの少女の声に、メグミは急いでエレベーターへ取って返した。


だが、そこで彼女が見たものは少女ではなく、操作盤の下でうずくまる見知らぬ女の背中だった。


そして、その脇から血まみれの少女の腕が転がり落ちた。


「なんだオマエ!」


身を震わせ怒鳴るメグミが身構えるよりも速く、低い姿勢で突進して来た女の右手には、少女の血で染まったナイフが握られていた。


「殺人鬼さ…。」


そう応えながら飛び掛かる女は、咄嗟に突き出したメグミの右腕を自分の左腋に挟み込み、腕をしゃくり上げて肘関節をへし折ってから、そのままその手でメグミの口を塞ぎ、勢いよく踏み込んで後頭部を壁に叩き付けた。


この体勢で肩の関節を決められ、身動きのできないメグミを押し倒した女は、持っていたナイフで服を切り刻み、胸から腹にかけて、装甲の隙間からジワジワと肉を切り裂いてゆく。


「う~っ…、うぐぅ~~っ…。」


苦悶の表情で、額に脂汗を浮かべるメグミ。


女は同じ箇所をより深く、何度も何度も切り進み、はみ出してくる内蔵をひとつひとつ確かめるように引きずり出し、ゆっくりと開いて行く。


「くけけけっ…。偉大なる統率者の命令に背くヤツは、みんなこうなるのさ…。かはっ、かはっ、かはっはははは…。」


不気味に笑う女に、自分の内蔵を晒しながら涙ぐむメグミは、すでに呼吸をやめ、えぐられた肋骨のすき間から僅かに覗く心臓だけが、最期の鼓動を刻んでいた。


そこへパズズが現れた。


「相変わらずだな、ラマシュトゥ…。」


「クケケケ…。パズズ、あんたも随分となぶり殺しが好きじゃないかい?わざと逃がして集中攻撃なんて。」


「統率者からのご命令だ。」


「キヒヒヒ…。命令は抹殺とだけ。 殺し方は自由だからねぇ。」


「統率者の心中を思えば、むしろ手ぬるいぐらいだ。」


「おやおやパズズ、お前さんにそうせっせと殺されちまったんじゃ、アタシの楽しみが無くなっちまうんだよぉ。アタシはゆっくり時間をかけて切り刻むのが好きなんでねぇ。」


「ふんっ、非合理的な…。危険分子は炙り出し、一網打尽で集中攻撃。一人残らず念入りにな。」


「だからアタシが念入りに…、」


「お前のは念の入れ方が違う。」


「何が違うのさ?」


「お前のは念入りに愉しんでるだけではないか。」


「なんだよ、もぉ、アンタがアタシの男じゃなかったら、とっくに切り刻んでいるところだよ。」


「あぁ、そうさせないために俺の女にしたんだからな。」


話をしている後ろから、パズズの部下が報告にやって来た。


「パズズ様、死体処理班が指示を待っております。」


「うむ、よし、死体は回収の後、洗浄して実験室に運んでおけ。」


「了解しました。」


そして部下はホールに向き直り、号令をかける。


「洗浄して回収!実験室に連絡!」


エレベーターの中にも作業服姿の男たちが現れ、幼い獣人のバラバラ死体と、メグミの死体とその内臓を拾い集め、死体袋に詰め込んで行った。


その作業を最後まで見届け、確認したパズズはラマシュトゥに言った。


「戻って報告だ。」


言われたラマシュトゥは、パズズのあとに続いて現場を後にした。





場面は変わって、その建物の一室に統率者は居た。


従者の女性が話しかける。


「煉様、只今の報告によりますと、脱走した獣人の始末が終了したようでございます。」


「そうですか、ご苦労であったと伝えてください。」


「はい、かしこまってございます。」


「ところでイナンナ、新しい実験の結果はいつ頃分かるのだろう?」


「はい、間もなくでございます。」


「そうか…、実験に失敗は付き物だが、今度からは私の眠りを妨げぬように言ってくれ…。」


「はい、しかと伝えて参ります。」


「結果を楽しみにしているよ。」


「はい。」


従者は顔を伏せたまま、後退りしながら部屋を出た。




第二話へつづく。