小説「TOUBEE-3」



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第六章 「その名はエデン」



第四話 「潜入」




 

絶海の孤島に、堅牢なビルディングが建っている。


周りを塀で囲み、さながら要塞か、城のようだ。


美由紀は、夜空に紛れてビルの屋上に降り立った。


その気になれば、羽ばたき一つで音速を超えられる彼女にとって、これは造作も無い一瞬の作業だった。


そして、降りた彼女の姿は既に屋上にはない。


越生美由紀の持つ能力は、こういう時にこそ発揮される。


もちろん、屋上にも至る所に警報装置はある。


だがしかし、並大抵の警報器など、美由紀にとっては何の意味もない。


最上階の通路に出た美由紀は、一瞬だけ非常口の常夜灯にシルエットを浮かばせ、またすぐに姿を消す。


ここにも無数の監視カメラやレーザーセンサーが張り巡らされているが、彼女の超感覚と超能力の前では、何も捉えることは出来ない。


これが、反新蝕架同盟の連絡員、生越美由紀なのである。




建物内の実験室では、室内用ランニングマシンの上で走る続ける男が二人、身体中に電極を繋げて計測器にデータを送られていた。


そのマシンの目盛りは、時速120kmを示している。


既に、この男たちは獣人に改造されているようだが、どうやら更なる強化改造を施されるらしい。


すると、その一人が異変に気付いた。


「誰か居るようだぞ?」


「誰かとは?」


「たぶん侵入者だ。」


「なにっ?!何処だ?!」


「いや、それが…。」


「どうしたんだ習志野。早く司令室に連絡を…。」


「待て。これは…、人間じゃないぞ。」


「人間じゃなきゃ何なんだ?仲間か?」


「分からん…。すまんが桑江、お前の力でこれから俺の言う場所の脳波を探知してくれ。」


「おう。」


「7階の西側防火シャッターの辺りから…、6階エレベーターホールにかけての一帯だ。」


「何だその広範囲は?軍隊でも居るのか?」


「頼む、その一帯に、何て言うか…、有機的な移動目標が居るんだ…。」


「分かった。お前がそう言うんなら、確かなんだろうな。」


桑江は座って静かに目を閉じ、習志野から言われた一帯に思念波を送った。


すると。


「何だこいつは…?蟻の行列か?」


「なぁ…、おかしいだろう。」


「あぁ、それに…、確かに意思の働きを感じる…。」


「しかも、この速さは…、おっ!?こっちに来るぞ!」


「換気口だ!」


習志野と桑江は身構えた。


「蟻の行列だなんて、可愛らしい喩えをしてくれてありがとう。」


意外にも女性の声に、キョトンとする二人。


「だ…、誰だ!?何のつもりなんだ?」


「あなたたちと争うつもりは無いの。」


「どういうことだ?」


「それはこっちが聞きたいわ。どうしてあなたたちみたいな人が、こんなところに居るの?」


これには習志野が説明を始める。


「こんなところ…?ここは国際自然保護団体、『矛の会』の総本部だぞ?」


「矛の会…?聞いたことあるわね。でもそこはずいぶん昔に壊滅しているはずよ?」


「何を言うんだ?矛の会は統率者様の理想により10年前に発足され、破竹の勢いで世界中に拡がった奇跡の団体だぞ。」


「理想?」


「そうだ、我々は、やがて襲い来る『禍』から人類を護り、失われた理想郷『エデン』を取り戻すために闘うのだ。」


「禍…?それって、楚崙伝説に出て来る禍のこと?」


「そうだ。この事を知っているということは、あんたも過去に改造された仲間なんだろう?」


「改造されたんじゃないわ…。ん~…、私の場合は生まれつきなのよね。」


「おぉ!!それでは統率者様と同じ『エデンの申し子』なのですね?」


「なあに?…それ。それに、統率者様って誰?」


「本当のお名前は、確か『煉』(レン)様と、幹部の一人が呼んでいたのを聞いたことがある。生まれつき絶大な能力をお持ちで、我々の仲間の中では唯一人、単独で禍に対抗できる存在だと言われている。」


「あら、それってつまり、禍を倒すという目的がある限り、誰も逆らえないってことね。」


「いや…、あぁ、そう言われれば、そうなんだが…、あんたもその一人じゃないのか?」


「どうなんだろう…。ちょっと違う気がするわ。私たちにそんな野心は無いし、私がここへ来た目的は、掠われた仲間を助けるためなの。」


「掠われた仲間だって?」


桑江が声を上げた。


「いい加減なことを言わないでくれ。我々の掟では能力者同士が争うことを禁じられている。あんたはいったい何者なんだ?」


と、そこへ、彼等の話し声を聞き付けた誰かが部屋のドアを強く叩いた。


「おいっ!何を話している!?」


「あら?何だか恐そうな人が来たみたいだから、これで失礼するわね。」


美由紀は、会話のために声を共鳴させていた換気口から、再び通路の方へ移動した。


その直後に部屋のロックが解錠され、先程の声の主が現れた。


「あ、扇ガ谷(おうぎがやつ)さん。」


「お前たち、誰と話していたんだ!?」


「それが…。」


習志野たちは事の次第を説明した。


「なにっ!?声だけが聞こえただと?」


「えぇ…、この壁の向こうから…。」


「この向こうは…、エレベーター室か?」


「はい…。」


「よし、お前たちはここから動くなよ。」


「わかりました。」


扇ガ谷は、足早に部屋を出て行った。


部屋に残された二人。


桑江は習志野を問いただす。


「なぜ本当の事を言わなかった?」


「いや、だって、気にならないのか?あれだけの能力を持っているんだぞ?」


「それもそうだが、言っている事がおかしいじゃないか。」


「その事なんだが…。」


習志野は桑江に話し始めた。



一方、エレベーター室に美由紀を追った扇ガ谷が空振り、新たなる増援が加わった。


扇ガ谷の手下が、大きめの水筒ほどの金属のカプセルの蓋を開けると、中には緑色に蛍光する何かが蠢いていた。


次に、扇ガ谷が片手に持っている装置を操作すると、カプセルの中からゲル状の蛍光体が飛び出し、それはまるで、蛇が素早くの這い進むかのように、エレベータ室の換気口へと潜り込んで行った。


「フッハッハッハッハッ…、これで何処へも逃げられまい。」





第五話へつづく。