作品紹介『深海の鼓動』第2版
老人はそれを台座と呼んでいた。円筒形の鉄の塊。ガイドロープの最終端。男は手にしたペンライトで黒い影を照らす。プレートが浮かび上がる。プレートには少年の父親の名前が刻まれていた。潜水記録も刻まれているはずなのだが、今はよく見えない。男は反対側にまわった。 台座の横に小さな蓋がついていた。開けると中に金の十字架がある。手に取ると思った以上に重い。十字架の中央には宝石がはめてあった。ペンライトの明かりを受けてキラキラと輝いていた。男は腰につけたベルトに十字架を挟み込み、浮上を開始した。 勢いをつけて足ひれを蹴って、蹴って、上を目指す。蹴って、蹴って、上を、ただ上を。今度はガイドロープが海の上へと導いてくれる。急がなければ。そうだ、急がなければ。だがいいか慌てるんじゃない。 | 男は手を使ってロープをたぐり寄せる。右、左、右、左。体は重く、浮上スピードが思ったようには上がらない。男は足ひれを振り続ける。右、左、右、左。さらにロープをたぐり、たぐり、たぐる。もう少しだ。もう少しで浮上する。けれども徐々に明るくなっていく海の青に、男はどうしようもない焦りを感じていた。 海面付近がアクアマリンのように明るく輝いているのが見えた。十字架にはめられた宝石と同じようにキラキラと輝いていた。でもそれも、しだいに狭くなっていく視界によって白い影に収束していく。そしてそれさえも今、閉じて消えていこうとしている。 頼む、デイビット、上へ行かせてくれ。やっとわかったんだ。そう、やっと……。 |
『深海の鼓動』より |
『深海の鼓動』は、もともと2005年7月末から8月27日までの、ほぼ1ヶ月をかけて書かれたお話しです。
ぼくの作品の中では最初期に書かれた作品であり、完成させることのできた最初の物語になります。
『深海の鼓動』は童話ではありません。
純文学を志向して書かれた大人向けの小説で、最初の稿では現在のような三人称ではなく一人称です。
また、はじめから独立した短編として書かれた作品ではなく、未完の『睡蓮』という長編小説の序章にあたる部分を切り離し、ひとつの物語にしています。
とはいっても最初の稿でさえ、『深海の鼓動』は『睡蓮』とは無関係にプロローグとしてドンと置かれています。
それは、『深海の鼓動』が、これからはじまる長い物語のイメージを伝えるためだけに書かれているからです。
そのため当時親しくさせていただいていた女の子には不評で、それを受けて、ぼくはスパッと2者を切り離し、『深海の鼓動』が誕生したのです。
今思えば、それは幸いなことだったのかもしれません。
あのとき物語を完成させることができたからこそ、ぼくは、いまだにお話しを書き続けていられるのです。
不評だった『深海の鼓動』と『睡蓮』の間で試みたシステムは、じつは今なお形を変え、ぼくの物語のDNAとして随所に残されています。
『くじらのましゅう』にも、『夜空の星と一輪の花』にも、『雪だるまのアルフレッド』にもです。
じつは『深海の鼓動』の第2版を作る予定はありませんでした。
その方針を変えた理由は、作品への愛着があったというよりは『深海の鼓動』を好きだと言ってくださる方が何人もいたということ、そして画家ナオゲリータの絵の存在が大きいと思っています。
彼女が描いてくれた絵を、ぼくはとても気に入っています。
彼女の感性が、ぼくの物語を十分に引き立てているのは間違いないと思っています。
深海にして、なぜ青はなく赤なのか。
激しく拮抗する感性の渦がそこに見えてくるように思えてならず、ぼくはいつも、じっと表紙を見つめてしまうのです。
2005年に一旦完結した『深海の鼓動』は、その後長い眠りにつき、今に至る童話作家としての活動をはじめるにあたって手がけるべき最初の物語として、2年前、選ばれました。
2010年10月に大幅に改訂されてほぼ今の形となり、2011年5月にはこのブログでも公開、その後も度々手を加えられ、2012年4月に、ようやく現在の最終形になって落ち着きました。
そして第2版では誤字を修正。
もう変えることはないはずです。
『深海の鼓動』の紹介記事は他にもあります
『深海の鼓動』ブログ公開版 | 『深海の鼓動』作品紹介1 | 『深海の鼓動』作品紹介2 |
| ■略歴■
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また『深海の鼓動』は7月に、声優の永井大地によって朗読されています。
『深海の鼓動』への愛着が出てきたのは、このあたりからでしょうか。
文学に対する憧憬のようなものが感じられます。
今とそうたいして変わるはずもないのですが、やはり最初期の作品特有の輝きが、そこにあるのかもしれません。
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『深海の鼓動』には朗読CD(AUDIO BOOK)もあります。
『深海の鼓動』第2版は、9月21日(金)、22日(土)、23日(日)の3日間に渡って開催されたTHE TOKYO ART BOOK FAIR 2012に出展する作品のひとつとして制作されました。
『深海の鼓動』第2版をはじめTHE TOKYO ART BOOK FAIR 2012に向けて制作した本は、価格を改定した上で、在庫があるうちは販売を継続しています。
現在、以下の本がAmazon Kindleストアで販売中です。
るどるふ Kindle版 | こうもりおばさん Kindle版 | ねずみのらんす Kindle版 |
はりねずみのふぃりっぽ kindle版 | くじらのましゅう Kindle版 | 雪だるまのアルフレッド Kindle版 |
灰色の虹 Kindle版 | つぶっち Kindle版 |
Kindle PaperWhite / Kindle fire / Kindle fire HD / iPhone, iPod touch & iPad版Kindleアプリ / Android版Kindleアプリで、ご覧いただけます
また、2012年9月に開催されたTHE TOKYO ART BOOK FAIR 2012に向けて制作した本は、価格を改定した上で、在庫があるうちは販売を継続しています。
下記のお問い合わせ先にご連絡いただければ、折り返しご連絡いたします。
Book: | ||||||||||||||||
¥1,200
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ZINE: | ||||||||||||||||
無料
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Audio Book: | ||||||||||||||||
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なかのたいとう童話の森は、童話作家なかのたいとうの個人出版レーベルです。自作の出版の他、絵本、童話、児童小説を電子書籍で自費出版したいという方たちのための窓口として2013年に設けられました。初期コストをかけずに出版することは可能ですので、自作の電子書籍化をお考えの方はぜひご相談ください。
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