作品紹介『灰色の虹』第2版
男の子はこの灰色の世界の、ただひとりの住人でした。 高い塔の下に粗末な小屋を建て、ずっとひとりで暮らしていました。 その高い塔も、男の子がひとりで建てたものです。完成には、まだほど遠いはずですが、見あげても塔の先は見えません。夜の空に向かってひときわ高く、細く伸びていました。 そして塔は、ちらちらと明滅を繰りかえしながら、消えてしまいそうなくらいに淡く、ほのかに、ほんのり、光っていました。そうやって淡く光っているのは、その塔もまた、はがれ落ちた無数の光るかけらでできているからです。 男の子は昨日と同じように今日もまた、背負った袋から作業用の手押し車に、拾ってきたかけらを移しかえていました。 そしてその手押し車がいっぱいになったら、塔にそってぐるぐるまわって上へ上へと登っていく、螺旋になった長い坂道を、ひとりで押して、あがっていくのです。 | そしてその手押し車がいっぱいになったら、塔にそってぐるぐるまわって上へ上へと登っていく、螺旋になった長い坂道を、ひとりで押して、あがっていくのです。 崩れゆく世界の崩壊を止めることは、だれにもできません。 その塔も、男の子が作りあげるそばから、少しずつ崩れていきました。 男の子は崩れ落ちてしまったところをひとつひとつ丁寧に直しながら、上へ上へと塔を登っていかなければなりませんでした。 途中でかけらがなくなれば、また地上におりてきて、ふたたびかけらをひとつ、またひとつと拾い集め、塔に戻ってまた登ります。 何度も、何度も、何度も、何度もです。 気が遠くなるくらいの長い長い時間をかけて、そうやって塔は、少しずつ少しずつ伸びていったのです。 明けない夜の世界です。 一日分の作業が終われば、一日が終わります。 |
『灰色の虹』より |
『灰色の虹』の初版は2010年11月12日に起稿され、同年12月16日に脱稿、すぐに印刷製本されて翌日には本として仕上がっています。
ぼくは、現在の童話作家としての生活を2010年10月からはじめています。
はじめた当初は、原稿用紙に書いてあった『深海の鼓動』をデータ化して、その改訂を行ってみたり、過去作をいくつか読んで創作ノートをまとめてみたりと、特に生産的なことは何もせず、のんびりと過ごしていたのですが、11月に入ると突然ピッチ上げ、猛烈な勢いで新作制作の準備に邁進するようになります。
事情が変わったのです。
それまで何度か行ってきた過去の創作タームでは、主たる目標は文学賞に応募することでした。
作品の公開は考えたこともなく、それはただ書いて捨てるような不毛な行為そのものでした。
それが、誰かのために書く、誰か一人のために書く、というスタンスに変わったのです。
『灰色の虹』も『雪だるまのアルフレッド』も『時の記憶』も『葉ざくら』も『鈴子』も、すべてこの11月上旬のごく短い間に考え出されています。
それはひとつの幸運だったのかもしれません。
求めていたものが、はっきりと形になって眼前に現れ、ぼくは何をしなければならないのかを一瞬で悟ることができたのです。
もし、まだ形さえない、ぼくのお話しを読みたいと言ってくれる女の子がいなければ、おそらくは、ぼくはまた、同じことを繰り返していたはずです。
何度も、何度も、何度も。
『灰色の虹』は現在の童話作家としての生活をはじめて、最初に完成させたお話しであり、本です。
ここからすべてがはじまっています。
そしてそれは現在も続く長い道のりです。
今回、そうした思い入れのある作品を、わずかながらに改訂させていただきました。
ぼくは主人公やお話しの世界のイメージを絵にしてお話しの骨子を作りあげるといったことを、よく行います。
特に『灰色の虹』と『雪だるまのアルフレッド』と『鈴子』は、創作ノートではなく、当時使っていた手帳にそのまま描き込まれています。
お話しひとつに、世界がひとつ。
ぼくはいつも、そう思っています。
どれほど小さなお話しでも、ぼくは彼らのために世界を創造し、命を吹き込まなければならないのです。
数多くのお話しを書くことは、当初からの目標でした。
ぼくは筆を進めるのが極端に遅いほうだと思っていますが、いっぽうの世界の創造は、いくらでも可能だと思っていましたし、今なおその考えは変わりません。
ぼくはお話しを書くこと以上に、物語の世界を創りあげることが好きなのです。
とにかく数を残したい。
それが、今も変わらぬ思いです。
そう言うと、カラスは自分の爪や羽根を使って、ほんの少しだけ、ねじの頭を磨いてみました。 ねじが輝きはじめます。 まわりにある淡い光りを集めて、反射して、キラッ、キラキラッ、キラッと、輝いたのです。 それは、きらめくような、まばゆい輝きでした。 はじめて見る輝きでした。 それまで一度も見たことのない輝きでした。 男の子はその輝きに、すっかり魅せられてしまったようでした。 一瞬たりとも目をはなすことができないようでした。 「ぼっちゃん? わたしもあれこれとこの世界のものを吟味してまいりましたが、このようなものはこの世界では見たことがありません。ずしりと重たくて突っついても壊れないくらいかたく、そしてなにより、キラッと輝いています。 | これは、まちがいなく人の作ったものでございますし、わたしの世界には数えきれないくらいたくさんあるものでございます。わたしの考えで、たいへんもうしわけないのでございますが、わたしは、このねじは、わたしと同じく、わたしの世界からこの世界に迷い込んだものだと確信しております」 それを聞いた男の子は、サッと、勢いよく、うしろを振りかえりました。そして跳ねるようにして窓辺へ駆けよると、窓から身を乗りだして塔の上の上のさらに上、あらゆるかけらが降ってくる、そのみなもと。永遠に明けることのない漆黒の闇の夜空を見あげました。 「やはりそうでございましょうね。わたしも、そしてこのねじも、こうして降りしきる、このかけらと同じように、あの空の上から落ちてきたと考えたほうが、自然でございましょうね」 降りやむことのない灰色のかけらが、灰色の世界に降り続いていました。 |
『灰色の虹』より |
『灰色の虹』は、崩れゆく灰色の世界に暮らす、ひとりぼっちの男の子のお話しです。
男の子はもう、自分がいくつで、誰から生まれ、いつからそうしているのか、なぜそうしているのか、すでにわからなくなってしまったくらい、長い長い時間をかけて、ひとり、高い塔を築いて暮らしています。
明けない夜の世界で同じことを毎日毎日繰り返し、何の疑問も抱かずに粗末で質素な暮らしをずっと続けてきたのです。
ところが、そうした男の子ひとりの世界に、どこからかカラスが迷い込みます。
そして、生活が変わるのです。
それは黎明。
夜明けです。
まだ見ぬ世界に思いをはせ、男の子は寝る間も惜しんで塔を高く高くしていきます。
カラスはそういった男の子を見ていられなくなって、心配のあまり嘘をついてしまいます。
塔はもう天に届いたと。
もう働く必要はないのだと。
男の子に一晩でいいから休んでもらいたい。
カラスの思いはそれだけでした。
でもそれが、結局は破滅へのトリガーとなってしまうのです。
男の子は、ただ、ただ、上を見ていました。 その先に行けば、自分と同じ人の子が、たくさんいるのです。 その先に行けば、夜はやがて明けて、空が明かるくなるのです。 その先に行けば、カラスたちがいっせいに、飛び立っていくのです。 上を上を。 上を目ざして男の子が登っていきます。 ただただ上を目ざして男の子は、塔を登っていったのです。 危険をかえりみずに。 ぼくはね、カラスさんに、聞いたんだよ。 人の子には、男の子と、女の子が、いるんだって。 たくさん、たくさん、いるんだって。 会いたいなあ。 | 会いたいなあ、ぼくと同じ、子どもたち。 それからね、こんなことも、聞いたんだよ。 ぼくより、もっと、ずっと、ちっちゃい子は、あかちゃんて、言うんだって。 それでね、あかちゃんは、みんな、お母さんから、生まれてくるんだって。 ああ、お母さん。 お母さん、お母さん、お母さんだって。 ぼくにも、お母さん、いるのかな。 上に行けば、ぼくにもお母さんが、待っているのかな。 待ってて、今、行くから。 待ってて。 待ってて、みんな。 待ってて、ぼくの、お母さん。 待ってて…… |
『灰色の虹』より |
『灰色の虹』は現世利益を否定しています。
崩れゆく灰色の世界に生きる灰色の男の子には、結局のところ、来世にしか希望はないのです。
でも、たとえそうだったとしても、カラスとふたりで過ごした、ごく短い時間は、闇の世界に永遠に輝き続けるはずです。
『灰色の虹』もまたロマンチックです。
死が汝に永遠をさずけるのです。
男の子の思いが死によって叶えられたというわけではありません。
男の子の存在が死によって永遠の中に定着されたというだけです。
存在が死によって消えることはないのです。
『灰色の虹』第2版では、その後に続くダークメルヘンのための連作シリーズ各初版と同じ製法を用いて表紙を組んでいます。
恐ろしく手間がかかり、時間も労力も精神力も半端なく要求されますので、今回、 THE TOKYO ART BOOK FAIR 2012に向けて作ったものの中では唯一『灰色の虹』第2版のみでこの製法が採用されています。
表紙として使用する色厚紙には、全て同じ絵柄が印刷されています。
まずは下紙(ライトグレー)を全面に貼り、その上に、それぞれ切り抜きマスクを使って切り抜いた中紙(ブラッドオレンジ)と上紙(イエローオーカー)を貼っていきます。
このとき中紙と上紙は下の紙と絵柄を合わせながら貼らなければなりません。
それがたいへんなのです。
ちなみにこの製法を行う場合、絵は単色の線画が望ましく、いっそう華やかに仕上がります。
『灰色の虹』第2版は、菅谷さやかさんに絵を描いてもらえたからこそできたと言って過言ではありません。
![]() | 1986年 茨城県生まれ。模様画家。
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菅谷さんの存在を知ったのはアメブロですが、描き込まれた線の密度と、華やかであっても、ある種ダークな色彩に魅了されて、いつか実物を見てみたいと思っていた画家のひとりでした。
力強さを感じさせる線の太さもまた、彼女の特徴でしょうか。
ご本人は、方言のかわいらしい、メロン農家の女の子です。
都内での合同展に参加されたときにご挨拶をしまして、そのとき今回の絵を描いてもらえないかと、やんわりながらに打診しています。
じつは、菅谷さやかさんの絵は、今回新たに制作することになった本の原画の中では一番先に仕上がっていました。
ところが他の本の制作や関連イベントなどで忙しく、本ができたのは全8作中最後から3番目。
ずいぶんとお待たせしてしまいました。
ご本人的には、こんな絵でだいじょうぶなのかと、いたく心配されていましたが、ぼくとしては先にあげた製法で本を組むつもりでしたので、かえって好都合でしたし、この原画はご本人が心配されるような絵では決してありません。
![]() |
『灰色の虹』第2版表紙原画 |
©2012 Sayaka Sugaya All Right Reserved. |
さらに今回、朗読CD(AUDIO BOOK)の制作も行いました。
ただ『灰色の虹』は『雪だるまのアルフレッド』同様、1万3千字超あり、章分けもされていません。
収録はたいへんでした。
そして編集も。
ぼくは朗読の音源は限りなく静かなところで聞くことを想定して作っています。
ですから無音部分は限りなく無音に。
ノイズをひとつひとつ洗い出し、言葉の一語一語まで気を配るその編集作業は気の遠くなるくらい時間のかかるものです。
『灰色の虹』は『雪だるまのアルフレッド』より前に録音されましたが、編集はいまだ続いています。
より丁寧に作っているということもありますが、それはまた、こだわりの一作ということでもあります。
『灰色の虹』第2版は、9月21日(金)、22日(土)、23日(日)の3日間に渡って開催されたTHE TOKYO ART BOOK FAIR 2012に出展する作品のひとつとして制作されました。
『灰色の虹』第2版をはじめTHE TOKYO ART BOOK FAIR 2012に向けて制作した本は、価格を改定した上で、在庫があるうちは販売を継続しています。
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