作品紹介『夜空の星と一輪の花』
[photo by luis de bethencourt] |
それは献身。
愛になる前の愛の形であって、愛をはぐくむためには欠かせないもの。
ある日、男の子は花の咲いてない鉢をもらい受けます。
数ある鉢の中でも、ただ一鉢きりの、花の咲いてない鉢をです。
出会いは数学的な観点から見てしまえば、まったくの偶然でしかありません。
けれどもそれらが紡ぎ合わされて一本の糸となったとき、たどった先にある出会いが必然であったと感じることも多いはずです。
それが運命なのです。
一目見たその瞬間から、男の子はその鉢が自分にとって特別な存在であると感じとります。
男の子と花。
永遠に、そして絶対に結ばれることのない二人。
ですが、そこにも愛は存在します。
このお話しを書いていて強く感じたことがあります。
それがどのような形の愛であれ、愛は人生を紡ぐためには、欠かせないものであるということです。
私たちの人生を構成する重要な要素のひとつとして、愛が存在しているのです。
『夜空の星と一輪の花』
それはお祭りの縁日の最終日のことでした。
「ぼうや、この鉢をあげよう。どうせ売れ残りだ。それにこう貧相じゃ、このあとどこへ行ったって売れやしないさ」
男の子は目をかがやかせてよろこびました。
「ほんとに!?」
けれども男の子のお父さんは「そんなもの、もらったって」と、しぶい顔をして見せます。その鉢は、数ある鉢植えの中でもただひとつだけ、花のさいていない鉢だったのです。
でも男の子は「どうしても」と言って聞きませんでした。その鉢は、男の子にとって特別な鉢だったのです。
見あげる屋台には、どれも明かりがともされ、まばゆいばかりにかがやいていました。なにもかもがきらびやかで、キラキラとかがやいていました。それは植木屋の花の鉢もおなじでした。どの鉢も、どの鉢も、わたしを見て、わたしを買ってとばかりに、とびきりあざやかな色にきらめき、たくさんの花という花、それらをすべて見せつけて、めいっぱいに開いていたのです。
でもその鉢はちがいました。その鉢は花がさいていないどころか、つぼみさえなかったのです。それでも男の子にはわかったのです。ひと目見たときから、その鉢が、特別な鉢だということが。
「いいかい、ぼうや、水をやりすぎちゃいけないよ。それにへんな時間に水をやってもいけない。あきらめずに育てていれば、いつかきっと花がさくってもんさ」
植木屋のおじさんは、にっこり笑ってそう言いました。男の子が大きく、大きく、大きく、うなづきかえします。
「ありがとう、おじさん!」
こうして男の子は、植木屋のおじさんから、その花の鉢をもらいうけたのです。
そしてその日からでした。男の子は朝に夕、一日もかかすことなく、毎日毎日、鉢に水をやり、花の世話をするようになったのです。
「ぼくの花にさわらないで!」
それは男の子のお母さんが部屋の掃除をしようと思ってその鉢にさわろうとしたときのことでした。男の子は大きな声をあげてお母さんを花の鉢から遠ざけました。
「ぼくの花なの! ぼくだけのなの!」
「花なんて、さいちゃいないのにねえ。それにもう時期だって、とっくにはずれてるじゃないか」
「いいから、もう行って!」
男の子は、お母さんにさえ鉢をさわらせませんでした。鉢のめんどうは、すべて男の子が自分ひとりで見ていたのです。
「ねえ、ぼくの花さん? きっと花がさくよね。きれいな色の花がさくんだよね」
男の子が鉢にむかってかたりかけます。まだ花のさいていない鉢にむかって。そのへんの草と何ひとつかわらない、花のさいていない花にむかって。男の子には、もう花しか見えていませんでした。
「ぼくの、ぼくだけの花さん」
あるとき、こんなことがありました。男の子は、朝ねぼうしてしまったのです。気づけばお日さまが高くのぼっていました。
「たいへん!」
男の子は急いで花に水をやりました。
「ごめんね、ぼくの花さん」
ところが次の日のことです。花に元気がありません。花はぐったりとしていました。しおれていたのです。
「お父さん、お母さん、たいへん!」
男の子は大きな声をだしてお父さんとお母さんのもとにかけよりました。
「ばかだなあ、ただ水をやればいいってもんじゃないだろう? へんな時間に水をやっちゃいけないって教わったじゃないか」
「そうよ、それに水をやりすぎると根がくさるかもしれないわよ」
「たいへんだ!」
男の子は急いで部屋にもどりました。そして花のさいていない花にむかって、いっしょうけんめい、あやまったのです。
「ごめんなさい……。もうしないよ。だから、だから……、元気になって……」
男の子は一晩中、鉢のそばをはなれませんでした。自分がいつまで起きていて、いつねむったのか、男の子にもわかりませんでした。
次の日の朝、鉢のそばで目をさました男の子が、よろこびの声をあげます。
「お父さん、お母さん、見て! ねえ、花が元気になってる!」
またあるとき、こんなこともありました。その日は天気がよく、風もここちよかったので、男の子は鉢を持って公園に出かけることにしたのです。
「落とさないよう気をつけなさいよ」
出かけるとき、お母さんがそう言っていました。そんなことは言われなくてもわかっています。男の子は笑っていました。
「もう、お母さん、気にしすぎ」
でも公園に着いた男の子は、鉢をわきにおいたまま、すぐに、おともだちと遊ぶのにむちゅうになってしまったのです。
ふと鉢に目をやった男の子が声をあげます。
「たいへんだ!」
鉢がたおれ、土がこぼれていました。たおれた鉢はふたつにわれ、花が鉢の外にとびだしていました。男の子はあわてました。
「どうしよう!」
ところが、そのときです。たまたま通りかかった近所のおじさんが、男の子に声をかけてくれたのです。
「どれ、ぼうや、ちょっと見せてこごらん」
おじさんはそう言うと、われた鉢と花を手にとって、しらべはじめました。
「うん、だいじょうぶだ。花はおれてないから植えかえれば問題ない。ちょっと待ってなさい」
おじさんは新しい鉢を自分の家から持ってきてくれました。そればかりではありません。新しい土と肥料も持ってきてくれたのです。
「ぼうや、どうもこの花には肥料がたりないようだ。おじさんがよくしてあげよう」
男の子は顔をかがやかせました。
「ありがとう、おじさん!」
そして次の日も、その次の日も、さらにそのまた次の日も、男の子は花のさいていない花の鉢を見つめてすごしました。どれだけ見つめていても、どれだけいっしょにいても、男の子はあきませんでした。
そんなある日のことです。今まで気づかなかったのがふしぎでならなかったのですが、男の子は、つぼみがひとつ、葉っぱのかげにかくれていることに気づいたのです。男の子はよろこびの声をあげました。
「お父さん! お母さん! あのね! ぼくの花に、つぼみがついてる!」
そのつぼみは見るまに大きくなっていきました。
「そんなに見てると花がはずかしがって引っこんじゃうわよ」
お母さんが男の子に言いました。するとお父さんがおもしろがって口をはさみます。
「きっと、ものすごく、おくてな花なんだろう。お母さんとは、えらいちがいだ」
「なんですって!」
お母さんが大きな声をあげました。けれどもお父さんも男の子も、くすくす笑っています。すると、おこっていたお母さんも「もう」と言って、口もとをほころばせました。そしてけっきょく、家族三人、そろって声をあげて笑いはじめたのです。
そして、とうとう、その日がやってきました。花がさいたのです。それは大きな大きな一輪の花でした。
でも花を見たお父さんが言いました。
「なんか、へんな色の花だなあ」
たしかにその花は、おかしな色をしていました。そんな色をした花をだれも見たことがありませんでした。でもそれは、男の子にとっては、たいした問題ではなかったのです。
「ぼくの花が! 花がさいたよ!」
男の子は、ひとり目をかがやかせて、よろこんでいました。
「だいじょうぶかしら、どくでもあるんじゃない?」
お母さんが横から口をはさみます。男の子は大きな声をあげました。
「そんなことない! お父さんも、お母さんも、あっち行って!」
男の子は花をかばいました。どんな花であっても花は花です。しかもそれは、たった一輪きりの男の子の花なのです。
「ぼくの! ぼくの花がさいたの!」
男の子は本当に、しあわせでした。本当に、本当に、本当に、しあわせでした。花のなかった鉢に今は花がさいているのです。男の子にとって、これほどうれしいことはなかったのです。
「ねえ花さん、ぼくね、あのね……」
男の子が花にむかって話しかけます。話すことはつきませんでした。男の子は一日じゅう花と話しをしていました。そして男の子は日がな一日、花を見つめてすごしていたのです。
「ねえ花さん、あのね、今日ね……」
でもそうした日々は、長くは、つづきませんでした。
お日さまの光をうけて、キラキラと七色にかがやく、まるくて、うつくしい、シャボン玉も、やがてはパチンとはじけてしまうものなのです。
それは、あっというまのできごとでした。男の子が花についていたほこりをはらおうと思って、ふうと息をふきかけたそのしゅんかんでした。花がぽとりと落ちてしまったのです。
「ああ、ああ、ああ!」
言葉もありませんでした。男の子は花をもとにもどそうと思って落ちた花をひろいあげ、それがあったところにつけようとしました。けれども花はもとにはもどりません。何度も何度もやってみました。何度も何度も。けれども、何度やってもおなじでした。花はもとにはもどらなかったのです。
目になみだがあふれてきました。あふれたなみだがこぼれ、男の子のほおをつたって、ぽとり、ぽとりとたれていきました。
花が、ちってしまったのです。男の子の花が、ちってしまったのです。
それからしばらくすると花だけでなく葉も落ちてしまい、茎もくたっとなってたおれ、そのままねむるように花はかれてしまいました。鉢にはもう何ものこっていませんでした。そこに花があったことさえ、お父さんもお母さんもわすれてしまったようでした。
「これ、すててもいいかしら?」
男の子はだまって首をふりました。
「ごみと、かわらないだろ」
男の子は首をふりつづけました。なみだがまたあふれ、ほおをつたっていきました。
男の子は何もない鉢をただぼんやりと、ながめてすごすようになりました。男の子のほおからは、なみだのあとが消えることはありませんでした。男の子のほおには、たえずなみだがながれていたのです。すきとおったいずみのような目からは、なみだが、とめどなくあふれてきます。それはいつまでたっても、かれることはありませんでした。
ある月のない夜のことです。男の子はその日も泣きつかれて、知らないうちにねむってしまったようでした。
声が聞こえます。
「おねがい……、ねえ、おねがい……」
それは今にも消えそうなくらい、かぼそい小さな声でした。
「おねがい、泣かないで……」
夢でした。ふりむくと、女の子がいました。
「わたしね、今夜、旅に出るの。あなたにこれをあげる」
そう言って女の子は、男の子の手をにぎりしめました。
男の子は、はっとなってとびおきました。部屋を出て玄関にむかい、ドアをあけて家の外へと、とびだします。そしてそのまま、道を走っていったのです。
「待って! これを! これを!」
男の子は星空にむかってさけんでいました。にぎりしめた小さなこぶしをちからいっぱい、せいいっぱいのばして。男の子は何ひとつ持っていないはずでした。とびおきたままのかっこうで、はだしのまま、家をとびだしていたのです。それでも男の子は、夜空の星にむかって手をのばしつづけました。
なみだが、ぽとり、ぽとりと落ちていきました。男の子にはわかっていたはずです。もう何をしても、むだなんだと。でも、それでもなみだは、とまりませんでした。
男の子は家にもどりました。にぎりしめた小さな手のひらを開いてみます。
そこには花の種がありました。男の子はひとつぶの花の種をにぎりしめていたのです。
『夜空の星と一輪の花』は、9月下旬に開催される THE TOKYO ART BOOK FAIR 2012 にむけて制作する小冊子ZINE(ジン、あるいはジーン)に載せる書き下ろしの新作童話です。
『夜空の星と一輪の花』
2012年6月30日 脱稿
著者 なかのたいとう(中野苔桃)
4,500字/400字詰原稿用紙換算14枚
©2012 NAKANO TAITO
2012年6月30日 脱稿
著者 なかのたいとう(中野苔桃)
4,500字/400字詰原稿用紙換算14枚
©2012 NAKANO TAITO
この作品を、ぼくは作家活動のPR用の作品と位置づけていますので、異例ですが事前のこのタイミングで、こうして公開させていただきました。
今回は、あえて文中に写真を載せていませんが、ZINE版では写真を挿絵としてつける考えです。
そしてそうした写真を、ぼくは、ぼくのプロフィール写真を撮ってくれた写真家の小野祐佳さんにお願いしています。
またZINEには、ぼくの『夜空の星と一輪の花』だけでなく、ぼくと同じように童話作家として活動されている実鈴さんの書き下ろしの新作童話も載せ、ふたりのインタビュー記事、もしくは対談も、載せる予定です。
どのような形のZINEになるか、こうご期待です!! (^-^)
現在、以下の本がAmazon Kindleストアで販売中です。
るどるふ Kindle版 | こうもりおばさん Kindle版 | ねずみのらんす Kindle版 |
はりねずみのふぃりっぽ kindle版 | くじらのましゅう Kindle版 | 雪だるまのアルフレッド Kindle版 |
灰色の虹 Kindle版 | つぶっち Kindle版 |
Kindle PaperWhite / Kindle fire / Kindle fire HD / iPhone, iPod touch & iPad版Kindleアプリ / Android版Kindleアプリで、ご覧いただけます
また、2012年9月に開催されたTHE TOKYO ART BOOK FAIR 2012に向けて制作した本は、価格を改定した上で、在庫があるうちは販売を継続しています。
下記のお問い合わせ先にご連絡いただければ、折り返しご連絡いたします。
Book: | ||||||||||||||||
¥1,200
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ZINE: | ||||||||||||||||
無料
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Audio Book: | ||||||||||||||||
¥600
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送料一律 ¥500(ただし1回で送れる量を超えた場合は別途ご相談)
なかのたいとう童話の森は、童話作家なかのたいとうの個人出版レーベルです。自作の出版の他、絵本、童話、児童小説を電子書籍で自費出版したいという方たちのための窓口として2013年に設けられました。初期コストをかけずに出版することは可能ですので、自作の電子書籍化をお考えの方はぜひご相談ください。
また、なかのたいとう童話の森は、電子書籍専門のインディーズブック出版レーベル 電書館 (http://denshokan.jp) に協賛しています。以下のタイトルが電書館より発売中です。
☆☆☆*:.。.ほかにもお話しはたくさんあります.。.:*☆☆☆