課題 : このまんま、慰めあいで終わるわけにはいかねぇだろ。 たとえ独りでも。  | “Mind Resolve” ~ この国の人間の心が どこまでも晴れわたる空のように澄みきる日は もう訪れないのだろうか‥

投稿ネタ:心に響いた言葉

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    自分が何者なのか? 
    
    
    http://ameblo.jp/badlife/entry-10055818368.html  ☚ このページのつづき  
    
    
ともあれ 、何か書くにも、過激でヤバそうに思えても 、ワカリヤスク書いたほうがいい。
他人の目。自分以外の者の価値観や常識観念とか 
世間様の新聞や読書テンコ盛りで並べられる知識・学識と比較されても 
俺は俺。自分の生きた体験を基に日記をつづる。インターネット上に。
それら の何が、誰某の生活のどこに役立つかは、読む人の自由。
殴りコメ非リンクの荒らし に見舞われても、
たとえ、そうしたスパミーちゃん連中 に相手にされなくても 
ブログってのは、そういうもんでいいんだろ。
    
今後、この時代に未だ生きておられる戦争体験者団塊世代も含むが一掃されて
まもなく、この世からいなくなる頃には 
またどこかの独裁的な指揮のもとに戦争をおっぱじめる輩が 
このあとの地球上の人類に巣窟するかも知れないし、
それ 以前に、今21世紀初頭の日本人は、癌とボケと自殺の増加で 
企業も人も投げやり成り上がり出来あがりの3拍子! 
集団自殺を図るような民族に落ちぶれるかもしれない。
今のままならな 。 
     
自然界の乾燥具合と湿度の関係は大きく、人間世界の躁と鬱の時期を左右する。  
そこに、ヒト・モノ・カネと情報の流通がドロドロした中で 
現代医学や現代教育、ここ数十年ぽっちの社会常識ってのもんが、
人間に役に立つどころか、迷惑になってることのほうが、いかに多いか。
たとえば、精神安定剤を呑んで、飲まされている人 に 
こっそり タダのウドン粉を飲ませても、
本人の気おくれた状態は昨日も今日も変化ない場合がある。
同様に、今の日本にゴッタ返す何千万という新興宗教や何かの分裂思想なんてのは
とくに、そうしたマヤカシやキヤスメの薬物と変わりない。
要するに、自分自身が この世に生かされていて何者なのか?…あるいは 
「何者だったのか?」が、よく理解できない人生を歩む時間が 
ほんのちょっとだけ長く感じて生きてしまうと 
目先鼻先だけの現象や変化に囚われて、
生きるために必要とされ、本来、自分自身に持たされた能力をも見失ってしまう 。 
言葉や理屈ではなく、人間の目的ってのは 
自分自身が自分として素直に、何に遠慮や気兼ねすることなく 
堂々と自分の人生をまっとうできて 
「…ああ、色々あったけど、今日まで
人間として産まれて生きてきて
とっても楽しかったよ!」
 
という具合に、その人生に満足して死ねるかどうかだ。
男も。女も。…最近になって文明社会に増えつつある中間 であろうとも。 
    
そのために、基本的には、そのようにその心が楽でいられるための肉体が 
いついかなるときも健全であることが大事なんだけど 
無病短命、一病長命…。 
本人のこころがけ次第。
肉体的に どんな支障やハンディがあろうと、他で補って、 在るモノをフルに活かして生きりゃぁいい。
たとえ、アホな医学的な見地・見解から 
「精神に異常を来たしている」などという周囲の判断 がどうあろうとも 
それは単に他人の勝手な決めつけであって 
極端な話、それが先天性であろうと、本人が決めた姿ではない
独り、この世に生きて生かされている人間が、単なる人間の言葉で 
限定的な解釈や表現に決めつけられたり、完成されることはない。基本的にはな#####http://
独り一人の人間が善くも兇くも、なんらかの役割を持って創られ、産み出されている 。 
    
このことに気づくまで、世の中には、それほど時間がかからない人もいるし 
ほぼ永遠に気づけないまま死んでしまう者もいる。 …実際は、ちゃんと死んでない んだけどな。)
    
俺自身は若い頃から(…つっても、今もケツは空より青いんだけど。)、 
自分自身が自分の力で生きようとしても、どこかで何かの支配下にある… 
というような考え方 でずっと生きてきてしまった。この地球上の、今の人類の片隅で。
ところがそれが幸か不幸か、なにか薬物に頼るまでもなく 
自分の精神を自分自身の力で軌道修正したり、
そういう自分らしさってもんを見失わないように、自らの発見と追究で  
人間としての進歩発展や人類意識向上への方向へ導けるところまで漕ぎ着けることができた。
まだ41年くらいしか生きてない人間なので、それなりの途中経過はあるけど  
そういうことに大きく役立ったのが、人類の音楽であり、
洋楽 とか、伊丹哲也の歌(あれは、ひとつのジャンルです。世界初の。)であり、 
酒づくり や稲作、芝居や映画舞台設営 … 
芸術やアート、文学や美術…なんて区分、ジャンル別は どうだっていい。
自分が生きた時間の中に直接的に関わった人間同士の交流ってもんが 
結果的に充実していたモノであったことを認識できるなら 
それはそれでカネには代えられないし、
「これで いつ死んでもいい」というところまで納得できる人生を歩めるのなら 
俺は俺という人間をまっとうしたことになる。俺にかぎっての場合は。 
    
ところが、人間の精神、たましい、心ってもんは 
今のような世の中では実にやっかいなもんで 
大病を患ったり、本人が生死を彷徨うような状況に直面したり、
なにかの薬物でトリップしたわけでもないのに、
自分で動かしているはずの肉体が自然界の道理や摂理とズレることで 
無意識なうちに自分自身を見失っちまうようなこともある。
ここが問題だ。俺ばかりでなく、…最近の現代人ってもんわ。 
かつてのアメリカ大陸の原住民今でいうネイティヴ・アメリカンの皆様方や 
アフリカとかモンゴルとか、今まだ、
ほぼ自然と一体化できる生活を営んでおられるような方々の場合は 
そういうことの、目に視えない世界のサイクルやリズムも
まだ割り合い規則正しいようなので 
最近の現代日本や合衆国をはじめとする文明社会に末期的な時期が訪れたような 
犯罪とか人災に見舞われる機会も少ない。
…もっとも、気圧や気象、海流や磁場の変化が地球規模で変動させられている中では 
 そういう方々も今まで通りには生きていられないんだけど
。)
 
    
あのねぇ、今日はまた、グダグダと、話の本線 日本海♪がまとまりないように想えるかも知んないけど 
俺は極めて冷静沈着。アタマの回転は、いつになくスッキリしてる。
読んでいる人が数年から数十年後に理解できる内容をサラサラと書いてしまって 
申し訳ないけど、さいきんの俺は、一秒が数時間単位の時間の中に生きてしまっているので 
仕方ない。
…いや、時間は止まっているのかも知れない。
気がちがっていても気が触れているように感じらたれても、俺は俺だ。
自分という人間の醜さや透明度を高める区別・識別・判別は 
なるたけ、無駄な熟語や今風にアホくさいカタカナを並べることよりも重要なの。わりぃけど。
一見、難しいそうな内容でも、古今東西、今昔、未来永劫、できるかぎり  
大勢のヒトが読めるほうがいいだろ。
いま生きている自分自身で この世が終わるわけではない。 
たとえ今の人類が、コッパ微塵に滅んでも、次の人類がある。 
なにもかも嫌になって、いつかそのうち、
“人間を変えてしまうほどの今まで通りではない出来事” 
に遭遇して、
フォトン・ベルト がやってきて、気体のように進化した人類がやがて光りに包まれ…」
なんて妄想に耽る必要もない。
今の人類…60億人ちかい一人一人の、ちゃんとした人間の精神の中には 
確実に神が存在していて  
それは最初から、この地球上の中心となって、この自然界をまるく収める役割を持って創られている。
宗教じゃねぇよ。そっから外れて、目先鼻先の便利さの追求や
果敢無い経済利益や狭苦しい競合を虐げられるほど数字を追い回すことに 
大勢で目を眩まされた、わずか数百~数十年の結果が今の仮想的な現実世界なだけだ。
一日一日ずつ魂が利巧になってゆく人間の成長を止めてどうする? 
今まで通りに生きられなくなる兆しが訪れ、それを恐れるでない! 誰に云ってる 
    
たとえば、野生に生きる動植物のうち、自然界の鳥も獣も虫も魚も 
それらは、いつに産まれて、いつに死んでいるのか? 
その死骸は、いったいどこにあるのか? 
道路で轢かれたタヌキやイタチとか、そういうクルマに踏み潰されたヘビやカエル、
人的に抹殺された虫でも密猟現場に放置された鮭や亀とか、
近頃の温暖化が進む中、急激に溶ける樹氷 や砂漠化等で生態系が崩される中での数多い命の死滅… 
その他、ペットとして飼われた犬ネコ、トカゲ、昆虫類イナゴなどの大量発生も含む、ナマズ、熱帯魚…と 
そういった人間の勝手さの範囲内で生かされて死んでしまう
飼い殺されてしまう命とはべつに 
野生のクマでもリスでも、カラスでもツバメなどの渡り鳥でも 
「その死骸を見つけた!」ということは、まず少ない。専門家以外は 
フツーに山岳地域で暮らしていても 、めったにタヌキや野ネズミの死骸なんて 
ヒトが通るような山道にはない。
彼等は、ちゃんと決められた死に場所で死んでいる。
死ぬ直前もしくは、数時間、数日前になると必ず、自分で死ぬべき場所を知っていて  
そこでその命を引き取っている。本来はな。
ところが、最近の人間はもう、ほとんどが、そういうことが不可能に近い。
もっとも、どこもかしこも原始時代には戻れないので 
自分の死ぬ時期、死期がハッキリと「いつなのか?」を覚れるような者は 
もうこの時代には、ほとんどいねぇし、とくに今の日本の超高齢化社会の中では 
死ぬには善き日だ !」  
なんてことを判るように生きている年寄りなんてのも、まず、めったにいない。 
でもね、つい昨日までは、この日本にも、そういう人間もいたんだよ。
「あ! そろそろかな。自分の身のまわりを整理して、なるべく次の代に迷惑かけないようにね…」 
などという具合に、自分の衣服を丁寧に処分したり 
自分が遣っていた道具でも記念品でも何でも すべて 
次に大切にしてくれる人に しっかりと譲り渡してから 
「じゃぁのぉ~!」って、笑顔で死んで逝った人も、
つい最近までの世の中には存在していた。何人も。いや、何十人、何百人、何千人といたよ。
死ぬ前も死んだあとも、本人も遺族もみんな、清々しいわけ。そういう場合はな。 
「どう死ぬか?」 
ではなく、
「どう生きたか?」 
の問題。 
    
残念ながら、今の俺にも未だ無理。そんな死に方ができるほど 
この人生に満足してはいない。  
さいきんの俺は、このヘンチクリンな現代日本の端っこに生きていながら 
最短距離で、そういうことを模作する人類の姿が(自分個人という存在を通じて)、 
世界中に増えてきていることが視えてくるようになった。
キース・リチャーズの存在も、酒づくりや稲作も含め、
哲也さんの歌 や、アッシュさんの前回のCD は、そこに大きく役立っている。
但し、俺の場合だ。他人のことは知らない。 
もしも誰か、肉体と心のズレや歪みで 
なにか狂うほど苦しくても、今の俺には どうすることもできない。わりぃけど。 
ただね、ちょっとだけの会話や文章の綴り方の、ほんのわずかな言葉尻でも 
その結果に至るまでの原因は視えてくる。 
    
ものごとは、ゼロ」からはじまってる ので、原因さえ判るなら 
解決の糸口が見つけられる可能性が拓けてくる。
あとは自分次第の覚悟で、どこでその命のリセット に踏み切れるかどうかだ。
人によっては清算すべきモノが多い場合もあるかもしれないけど 
肉体を持って生きていても、たとえ そのまま死んじまっても 
自分自身から逃げることはできない。 
なぜなら、既に創られてしまった、カタチある存在なので。 
    November 04, 2007   November 09, 2007  
子供だとか大人だとか、人生の経験が薄いとか濃いなどという問題ではない。
修行や努力とか、瞑想や薬物なんてのも必要ない。
そういう遠回りのようなことをしても、決して時間の無駄ではないんだけど 
最近の現代人やってる連中の多くは、どうも、そのへんで行き詰まっちまってる。
医者も、教育者も、企業主も、政治かも、どっかの教祖様も占いババアもな。 
それでも、役者さんとか、音楽家の仲には既に  
自分が何者なのか? 
の答えを見つけ出している人もいるので 
よかったなら、参考にしてみると、案外 気がつくのも早くなることもある。
    
妻の母親 は、見るも無残に 
「これが人間なのか?」 
という姿で死んでしまった。 
死ぬ数日前、
    ------- 中略。編集中。 ------- 
    
    
    
    
我々の勝手気ままな意志や意向とか、単純な欲望も 
無意識のうちに操作されているような五感の働きとはべつに 
今日、自然界の整理整頓 の動きは大きく先へ進んでいる。
今の時代の日本人なんて、もうほとんどの人が、そっから取り残されてるよ。
そんなことは、空を見りゃ判るじゃん! 
なんだよ、あの時折おかしな天候の色やウゴメキは? やばいぜ。 
    
人間を変えてしまうほどの今まで通りではない出来事。
これ以上は繰り拡げられませんように。
って、祈っても無理だよな。既に。
    
    
    
    
    今日の一曲。
    
     時代爺(じだいや)~ 明治時代の最後に生まれた爺さんの唄 ~  
    
       by Tetsuya Itami  
    
    リンク先のページをひらいて、
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