新聞小説「人よ、花よ、」(11)第十一章「蕾」作:今村 翔吾 | 私の備忘録(映画・TV・小説等のレビュー)

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日々接した情報の保管場所として・・・・基本ネタバレです(陳謝)

レビュー一覧
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  10


感想
北朝に降ると言った時も、北朝を討つと決めた時も一丸となって多聞丸を支えようとする家臣たち。その筆頭が野田の親仁。
北朝を討つのはあくまでも和議のため。それゆえ二年の間は全勝を貫く決意(453回)
これで思い出したのは先の戦争で連合艦隊長官だった山本五十六が開戦時「半年や一年は暴れてみせましょう」と言った言葉
五十六も、初動で叩いて何とか講和に持ち込みたかった。

そんな背景を抱えて開戦準備をする多聞丸らへの監視役として、あの茅乃が派遣された。
高師直と連絡を取り合っている事を知られ、込み入った話をするために茅乃を香黒で連れ出した多聞丸。
そこで逆に茅乃が打ち明ける、我が出生の秘密。
多聞丸は五分咲きの桜の下で茅乃に告白。それに応える茅乃。

フツーならここで章が変わった方が自然な気がするが、そこから半年が過ぎ、決起した楠木党の動きを師直、師泰が察知して思案するところまで引っ張った(まあいいか)
そして出て来た細川顕氏の名。戦巧者で元は師直の息がかかっていたが、直義側として多聞丸と戦う(らしい)
多聞丸が決起した正平二年は1347年。彼はその翌年に死ぬ。

次章は「東条の風」
なんか「アースシーの風」みたいだ・・・


あらすじ
第十一章「蕾(つぼみ)」
454

多聞丸は後村上帝のもとから下ると、大塚らが待つ侍所に向かった。親忠もそこにいて公家たちを牽制してくれていた。
楠木党の者たちに、後村上帝との話を全てを伝えた多聞丸。
今の南朝の状況、帝の立場とその想い等々。
それらを聞く楠木党の面々。
話の半ばで、己がどの様な結論を出したか気付いた者もいる。
次郎は天を仰ぎ、大塚は瞑目し吐息。野田は仕様がないと苦笑。

455
新兵衛は従う意思を頷きに込め、新発意は不敵な笑み。
多聞丸は核心に迫る。これまで我らが目指して来たものとは違う。無理強いはしない。北朝に移りたい者は党を離れてよい。
銘々で抱える事情も違う。今までを感謝するばかり。
そして自身の決意を言った。「俺はその道を行こうと思う」

場は静まり返った。大塚に視線が集まるが沈黙。流れを一気に決めさせないため。新兵衛が「新発意、よいな」「当然だ」
それに引かれて次々に同調の声が。
大塚が黙った意味がないわ、と苦笑する野田。
ほぼ全てが応じたが、平石源次郎だけが口を開かず。
昨年先代が急逝して家督を継いだばかり。齢十九。

456
父上ならば何と答えたでしょう、と訊く源次郎。
家督を継いでから最も大きな決断。自らで決めよと返す多聞丸。

自身の中の父と話した後「私も共に」と言う源次郎。
野田が「皆、答えは出たようだな」と場を纏めようとした時
「野田殿はまだのようですが?」と大塚が訊く。
「言うまでもないわ」と野田。
やるに決まっている、と大塚を堅物め、とくさして苦笑の野田。


「亡き御父上への恩で従うのではなく、御屋形様に付いて行くのです」と言い放つ大塚。「解った」
「新兵衛」大塚は即座に鋭く呼んだ。

457
心得たとばかりに「我ら楠木党、一人も欠ける事なく同心致します」と声を張る新兵衛。
応という声はぴたりと揃った。茫然の親忠。

すぐに親房の元に向かう多聞丸。
「楠木党は起つつもりです」の言葉に愕然とし、次いで訝しむ親房。三つだけ守って頂きたいことが、と言う多聞丸。
「一つは今秋に我らが事を起こすまで兵を動かさぬこと」
「二つ目は」「用兵の一切はお任せ頂きたい」黙考する親房。
「来たる時、動かぬという事は?」
「如何なる時を仰せでしょうか」

458
「攻め寄せられてお主が動かなければ、それで終いよ」と親房。
「それは今も同じかと」「確かにな」親房は状況を的確に把握。
これは外せぬ、父はそれで死んだとの言葉に、解ったと親房。
三つ目は、この戦は北朝を滅ぼすためではなく、和議を結ぶためだと言う多聞丸。「やはり和議か」と呆れて溜息を漏らす親房。
「真に討ち果たせるとお考えか」との言葉を巡る応酬。
ただ、どちらにせよ今のままではそれすら夢のまた夢。

和議のために戦うという事を了承した親房は、必ずお願いします、とのダメ押しに「誓紙でも書くか」と茶化した。

459
繋ぎを送ると言う親房。誰かを東条に滞在させ連絡役にする。
裏がないかの監視が目的。思惑通りで口元が緩む親房。
楠木党はほどなくして吉野を降り、めいめい領地に戻った。
次に集う決起は恐らく八月頃になるだろう。あと半年。

俄かに忙しくなる楠木館。理由は繋ぎの者の滞在場所。
すぐに着いた文で三日後に来ることが解った。
そして来るのが本日の午後。
それを任された石掬丸はこの三日間落ち着かず。

460
「どなたがお越しなのでしょうか」と石菊丸。「さあな」
こちらの心積もりを無視して、誰であるかも伝えない親房。
繋ぎといっても一人ではなく、数名を想定して三間用意した。
「坊門様ということは・・・?」と訊く石菊丸に、それはないと言う多聞丸。彼には吉野にいて頂かなければ困る。

461
あの日去り際に、親忠には吉野の事を伝えて頂きたいと頼んだ。何があっても吉野を離れぬと言った親忠。
来れば判る。灰左だったりしてな、と言う多聞丸は、その時は一切気を遣わずともよいと笑った。
昼になり、その一行がこちらに向かって来た。護衛に守られた十名ほど。石掬丸はあと三間用意していた。足りるだろう。

「それより・・・まさかこう来るか」目のいい多聞丸が見た乗り物。程なく着いて降りたのは弁内侍、いや茅乃である。
「ご不満ですか」その第一声を聞き面食らう。

「御言葉ですな」「その様なお顔でしたので」
「まさか」と言い「安堵しました」と続けた多聞丸。

462
半分は真、半分は嘘。だが言葉通りに受け取った茅野は、春を集めたかのような笑みを見せた。
動揺を悟られぬよう視線を外す多聞丸。

決起に向けて支度を始める楠木党。兵糧に武器の確保。
特に矢は「腐るほど作れ」と命じた。七千ほどの兵力で二千は残さなくてはならない。敵は三万。矢を惜しむ訳にはいかない。
その他に用意させたものが「槍」父の手記に残されていたもの。
専ら突く用途。父の注目は--使う鉄が少なくて済む。
父はこれを武器として使ったことはない。多聞丸はまず野田にこれの試作を命じた。大量に作るとなれば鉄の調達が必須。

463
数日後、野田の次男 道之助が試作の槍をいくつか持参。
その中から気に入ったものを選び、一寸長くする様指示。


千五百は作りたいが、口の堅い鍛冶の選定が大事。
鉄の調達は兄の弦五郎が担う。
「野田の親仁も頼もしかろう」と口元を綻ばせる多聞丸。
野田は十年後、二十年後を見据えている。
厳しい戦いだが成し遂げる気でいる。

464
道之助が帰ると茅乃がやって来て、何かあったかと訊ねた。


こうした報告があると必ず訊いて来る。「また来たか」と砕けて話す。来られてはまずいことでも?をきっかけに軽い言い合い。
取り巻きの廷臣の口の軽さをくさす多聞丸。否定する茅乃に
「そこに耳がないとお思いか?」まさかと言いながらも
「いるのですか」

465
恐らく、と返す多聞丸。報告は北畠様のみにせよと言われている事を茅乃も認めた。内通者がいる事を親房も承知している。
多聞丸が楠木党の者らに想いを話している時、他でその場にいたのは親忠だけ。彼には固く口止めすると文に沿えた親房。
茅乃自身は、南朝では楠木党決起が共有事と思っていた。
「では今の吉野では・・・」「俺たちは希代の不義者のままだ」
ずっと陰口を叩かれている身、今さら何と言われても構わない。
「しかしそれでは全て伝えても漏れないのでは?」と問う茅乃。
全て親房の胸に収めるなら問題ないとの解釈。

466
いくら慎重になっても漏れる時は漏れる。槍などは戦の仕様に過ぎず些事だと言いながら、先の話を説明する多聞丸。
得心した茅乃。ただ、この槍の話は出来れば伝えたくない。
親房が知ったら庶民にも持たせて戦力にしようとする。

戦いは長引くだろう。
そこに石掬丸が飛び込んで来た。茅乃を見て「しまった」の顔。
その顔で凡その内容は読めた。報告するよう言う多聞丸。
「高師直から返書があったとのこと。一度面会したいとの由」
「解った、そのまま頼むと・・・・」「お待ちを」

割って入った茅乃。惚ける多聞丸に
「今、高師直と聞こえましたが、聞き間違い?・・・」

467
「いいや。間違いない」
「師直と・・・繋ぎを取っていると?」「ああ」
後に和議を結ぶためと説明。戦が始まれば警戒される。大塚とそう進めている。吉野に報じても?との問いにも「結構」
そして白黒を極端に判ずるのは止めて頂きたいと返す多聞丸。

石掬丸が身をすくめ、茅乃は動揺の色を見せる。


貴方は女衆から評判がいいと話を転じる多聞丸。女中に手伝いを申し入れ、多聞丸の母 久子も手放しで褒める。
それに反し郎党たちは、何かというと茅乃が尋問して来るので眉を顰めている。

468
「御役目です」と返す茅乃。「そうだろう」鷹揚に頷く多聞丸。
親房、いや南朝からの大事な密命。だが常に、心変わりしたのではないかとの猜疑の目が向けられ、石掬丸でさえむっとする。
よって女と男で評価が真っ二つに割れる。
その時、郎党が二人話しに来た。多聞丸が離れに居る時は、直接相談に来いと命じてある。部屋の中を見て固まる二人。
この状況では茅乃と腹を割って話すことは出来ない。
「出るか」と、からりと笑った多聞丸。「それは・・・」
茅乃はきょとんとする。

469
「供を付けねばならぬか」「いえ」馬に乗ってみるかと言われ驚くが、茫然と頷く茅乃。命じられて香黒の元に走る石掬丸。

雲一つない蒼天の下、二人を乗せて歩く香黒。
路傍には花が競うように咲き、風にも厳しさはない。春である。
「恐ろしくないか?」着物では横向きにしか鞍に乗れない。

最初は困惑したもののすぐに慣れた様だ。
今少し駆るか、と言う多聞丸。
しかと掴まれ、と茅乃の手を自らの腰に導いた。
力が加わったのを感じ、「行くぞ」と発した。

470
ただその一言だけで香黒は速さを増した。
腰にしがみつく茅乃だが、己一人を乗せているより遥かに丁寧な走りの香黒に笑う多聞丸。
田畑に出ている者らは、一人でないのに驚く。
「御屋形様だぁ!」と新平太が叫ぶ。半年で大きくなった。
「お姫様と一緒なの?」との声に「そうだ!」と返す多聞丸。
「お姫様では・・・」「子供には同じ、手を振ってやってくれ」
その眼前を走る時、遠慮がちに手を振る茅乃。喜ぶ新平太。
それを過ぎ田園を割るよう進む香黒。脚を緩める気配はない。
「何処へ行くのです」と後ろから訊く茅乃。

471
「当てはない。吉野から使者がくればこうして逃げていた・・」
「だからいつも留守だったのですね」と呆れる茅乃。
全てを話した、と母とのやりとりも伝える多聞丸。
「きっと・・」と言い、間をおいて
「楠木様は正直な御方ですから」ぽつりと言う茅乃。
「今後はそうあろうと決めた」「もう嘘は吐かぬと?」「ああ」
尤もそのおかげで貴方にはひどく叱られたと言うと「当然です」
未だ譲らぬ茅乃。だがその声には以前の様な険はなかった。

472
「訊いてもよいか」の語調を感じ、脚を緩める香黒。頷く気配。
何故そこまで朝廷に尽くそうとするのか訊いた。廷臣らの忠義には夫々差がある。「それはそうかもしれません」正直に認めた。
だからこそ恥を忍び己に頼って来た。親房も信じて送り込んだ。
「俺に怒る訳だ。嫌いだろう?」出会いを思い出す多聞丸。
逡巡の後「はい・・・」思わず吹き出す多聞丸。

初めの頃だけですだとの返しに「それは俺が主上を守ろうとしているからだろう」と言った多聞丸。

473
言葉が浮かんだ刹那、胸が疼く。ずっと感じていた、茅乃は朝廷というより、たった一人を守りたい。そして胸にある己の感情。
沈黙に耐えられず、もし今の主上でなければ貴方はここまで懸命にはならなかっただろう、と言いすぐ後悔。恰好が悪すぎる。
「・・そうかもしれませんね」の言葉。心が軽くなる。諦めか。
吉野入りから思い続けていると言う。主上には何も言わず。
「打ち明ければよい」「そのようなこと・・・」

「いや、その方かよい」

474
吉野が勝つ見込みはほぼ無く、この先どうなるかは判らぬ。

悔いを残さぬほうがよい。心より言えたことに安堵する多聞丸。
「お話しがあります」と茅乃。
「私は先帝の子として育てられました」
「なっ・・・」予想だにしなかった言葉に絶句する多聞丸。


茅乃の目には覚悟の色が。「よいのか」
「はい、お聞きください」自身が日野俊基(右中弁)の子である事は周知の事。正妻の子でないという噂も聞いている。
「しかし、そのような筈はないのです」と自嘲気味に話す茅乃。

475
日野俊基は正中の変の密謀に加わったとの疑いで詮議を受け、長期の監視・軟禁を受けていた。状況からして「有り得ない」
やはり。過去に新兵衛が聞きつけた噂と符合する。
しかし正中の変で監視されていたのは後醍醐帝も同じ筈。更に後の皇太后となり、帝も溺愛していた西園寺禧子が存命だった。

わざわざ外の女に会いに行くとは考え難い。
「御京極院様をご存知でしょうか」「当然だ」西園寺禧子の事。
先帝を愛していたが子には恵まれなかった。
「宣政門院がおられる」正和四年、先帝と禧子の間に生まれた皇女。出家したが存命。「はい、しかしそれ以降は・・・」
禧子は以後子を成す事はなかった。

476
苦しんでおられたと聞いていた茅乃。当時後醍醐帝には、父正成とも昵懇だった護良親王ら多くの皇子がおり、禧子も望んだ。
その様な時に京極院が懐妊したという。嘉暦元年のこと。

兆しに先帝は喜び安産の祈祷も行われた。祝賀気分が満ちる。
多聞丸には初耳。また、これがどう茅乃の出生に繋がるのか。
「生まれてはいないな」「はい」重々しく答える茅乃
禧子は、十月十日を経ても産気づく事はなかった。

477
皆が訝しむ。更に一年が経ち、二年が過ぎたが産まれず。
「嘘・・・だったのか」躊躇いながら訊く多聞丸。やや小さいものの腹も膨らんでいたという。あり得ぬと言う多聞丸に、二百年ほど前の似た話を医師が言ったと言う。懐妊したいという念がそうさせた・・・実際のところは判らないと言う茅乃。
三十カ月経ったところで禧子は宮中に戻った。


尋常ではない落ち込み方だったという。更に、非難を浴びたことで臥せってしまった禧子。後醍醐帝も悲しむ。
その話は今より二十一年前の事だったと締め括る茅乃。

478
話は解ったがそれと茅乃殿の関わりが・・・と言いかけて止めた多聞丸。二十一年という時が符合している。
結び合わせた一つの答え。
「私は後京極院様の子として生まれるはずだったのです」
「実の親は」訊く多聞丸に「判りません。久世のどこかとか」
懐妊していないと真っ先に気付いたのは禧子自身。

懊悩の末、それを兄の今出川兼季に打ち明けた。今は政争のさなか。場合によっては後醍醐帝の地位さえ脅かしかねない。
一計を打った兼季。同じ頃に生まれる子を禧子の子にしよう・・
そして洛外を懸命に探し、久世郡の百姓女を見つけ、今出川の屋敷に引き取った。

479
女の実家には金を握らせ、夜半人目を忍んで屋敷に移した。
やがて女は子を産んだ。男子を願ったが女子であった。
産んだ女は死に、娘だけが残された。そして禧子は臨月を迎えるが、ここへ来て中止を訴えた。後醍醐帝を偽る事が忍びないと言いながら、産まれそうだと微笑を浮かべた。
兼季は戦慄。妹は尋常ではない・・・
そして事態が動かぬまま一年、一年半経っても禧子は受け入れず、遂に自分で産むのを諦め、宮中に戻った。
遅きに失したものの、兼季は諦められなかった。

480
それは禧子があまりにも不安定であり、もし禧子が元の筋書きを受け入れた時のためを考え、娘は屋敷で育てられた。
お前は後醍醐帝の子だと偽りを教えられて育った娘。
「もうお解りだと思います」「ああ・・・」

天を仰いで呟く多聞丸。
その娘こそが茅乃。禧子は十五年前に他界し、その五年後に己がもう長くないと悟った兼季は、茅乃を託す相手を探した。

一人だけこの秘密を知っていて、既に世を去っていた日野俊基。

その兄、行氏に一切を話した兼季。激しく動顚した行氏。

481
だが行氏は運命に翻弄された娘を憐れみ、弟の忘れ形見という形で引き取った。十二歳で初めて外に出たと言う茅乃。
兼季はその翌年他界したが、茅乃には真実を語らなかった。
「何時」と短く訊く多聞丸。何時、真実を知ったかということ。
「帝にお仕えする時のことでした」
幼い頃から朝廷の尊さを教えられた茅乃は、行氏や北の方の反対があっても出仕を望んだ。それが伝わり吉野から使者が来た後、行氏は茅乃に真実を告げた。
「驚いたと思うでしょう?」と自嘲気味に尋ねる茅乃。
「そうだろう」

482
取り乱す事はなかったという。全く疑っていなかったから。
ようやくその夜、茅乃は泣いた。己のこれまでの人生を嘆いた。
行氏は吉野行きを止めたが、茅乃は改めて行く決意を告げた。
これまでずっと後醍醐帝を父、後村上帝を弟と思って来た。
畏れ多いが、未だにそう思っているという。
茅乃の顔が悲哀に染まっていた。ここにも翻弄された人生が。


「行こう」「・・何処に?」「何処にでも」鐙を鳴らす多聞丸。
即座に反応する香黒。顔を多聞丸の背に埋める茅乃。

山道を行く香黒。向かう先に思い当っているのだろう。
脇道に入ったところで、茅乃はえっと声を漏らした。

483
本道を行けば峰條山観音殿がある。八年前に多聞丸が、後醍醐帝の念持仏であった千手観音を安置していた。
「着いた」森の小道を抜けると一気に開けた場所に出た。
当初、観音殿はここに造るつもりだったが、岩盤のため断念。
多聞丸の手を頼りに香黒から降りた茅乃。
「これは・・」と見惚れる。僅かな平地に桜の木が並んでいる。
これは観音殿を建てる時に植えたもの。中央の大岩のせいで建てられなかった。桜の植え替えは弱るので、ここに残されたのだ。
父に思いを馳せるため、毎年欠かさず来ていると言う多聞丸。
決まって思い出すのは、あの桜井の駅での父との会話。

484
だが気付いた。ただ好きなのだ、と言う多聞丸。
何故、帝は尊いのか。何故、父は死なねばならなかったのか。
理由などなく、花も時が来れば咲き、時が来れば散る。


「茅乃殿も好きに生きればよい、今から始めるのだ」
「はい」頷く茅乃だが

「勘違いしてしまいました」と悪戯っぽく言った。
「ああ、なるほど」と苦笑しつつ「もうそれは伝えたつもりだ」
まだ五分咲き。来るのが早かったかと思っていると
吉野の桜も共に見ましょうと返す茅乃。
春天の下を光る風が流れ、花々は笑むように揺れていた。

485
あの日以降も茅乃は郎党に何かと尋ね、親房に文を送った。
だが郎党に対しての態度は柔らかくなり、訊く頻度も減った。
稲穂が色づく時期になり、北朝側にも気付かれ始めたため、迅速に事を進める事を優先した。決起を秋にしたのは収穫のため。
八月五日。茅乃が吉野に戻る日を迎えた。

別れを惜しむ者に声を掛ける茅乃。

そして旅立つ間際、己に武運を祈っていると告げた後「次は吉野で」と言い残して輿に乗り込んだ。
この時すでに楠木党は動き始めており、翌六日には多聞丸も二百騎を率いて東条を発った。向かうのは京のある北ではなく南。
決起の地は、新兵衛と新発意の領地、和田と決めていた。

486
向かう先は紀伊国隅田。北朝からの挟撃を避ける目的の他に、かつて父が再び起った時最初に攻めたのがこの地だったのだ。
父と同じ進路で攻め進む事で英傑の再来を印象付ける。
七日、和田に到着した多聞丸。各地からも参集し総勢五百騎。
八日に紀伊国に入るが、北朝方は半信半疑。楠木党は決起し正平二(1347)年八月十日、隅田城に攻めかかった。



闇を迎えつつある頃、師直は「ささ、こちらへ」と女を促した。
女の名は明子。とある公家の娘で齢二十七。師直好みの女。
今までなかなか靡かず、これまで熱心に口説いて来た。

487
ようやく今日、屋敷まで招き入れた。そして勝負に出た師直。
「よいではないか」でも・・・と躊躇する明子。良からぬ噂を言われて立腹する姿を怖がる明子。それををなだめすかす師直。
閨の方に引き入れようとした時「兄上!」と師泰が大声を出す。
普通なら一喝する筈だが、語調からよほどの事の出来を悟る。
ここにいろと明子を止めるが、尋常でない引き攣り顔の師泰。
「明子、出直してくれ」と言われて部屋から下がる明子。

488
楠木党の、和田への集結の報を聞き「やりおったか」と師直。
驚かない事を師泰が訊くと「世にはまさかが溢れているからのう・・」「一体、奴らは何を考えているのか」と師泰。
楠木正行は成長しても南朝からの誘いに応じず。
「弁内侍の一件はありましたが・・・」後醍醐帝の娘ではないかとの噂もあり、絡め取ろうとした時、楠木党が弁内侍を助けた。
「ものにしたいがためではないのにな」との師直に言い返す師泰。その失敗を放置したからこそ、直義の時に役に立ったと言う師直。

489
直義が大量の透波を使って後村上帝を暗殺しようとした時、野盗を装い襲撃したが全滅する事は出来ず、南朝の守りに委ねた。
あの時守り抜いたのは、潜入していた楠木党だと聞いている。
だが楠木党は南朝方に、北朝との和議を進言したという。


この時に正行への興味を深めた師直。己と話す場を設けようとする行動をそれ以前から起こしていた。その目的は和議。
これで正行という男の像が見えて来た。かなり思慮深い。

490
この手の者は相当に厄介だと今までの経験が告げていたが、若くとも虎は虎。既に端役から要人へ移行し
三度の交渉が持たれていた。そこへこの集結。だが線さえ作っておけば残ると言う師直。
正行が見据えるのは和議。その相手は己で間違いない。
直義の動向を訊く師直に「軍勢督促状を出すようです」と師泰。
「遅いのう」楠木党の動きから五日前に、兵を集める進言を主君尊氏にしていた師直。だがそれを直義が潰していた。
師直に手柄を挙げられるのを嫌ったのだ。

491
結果としてこの様である。やはり直義は戦が上手くはない。
「誰が出る」思案を巡らす師直。佐々木氏頼の名を聞き大将かと納得したが大将は別で、細川顕氏だと悔しそうに話す師泰。
そもそも顕氏を河内・和泉の守護に推したのは師直派。
今回の事は顕氏が既に直義へ転んでいるという事。
「いつの間に」「気付きませんでした」
直義はずっと懐柔していたに違いない。舌を巻く師直。

492
知らぬ顔をして己らに接していた顕氏に腹が立つ。
だが顕氏ほどの大物がここで露見させた事が意外だった師泰。
「初手から決めにゆくつもりだ」と呻く師直。歴戦の猛者だ。
「我らは如何に」との師泰に、儂らの出る幕はない、と師直。
いっそ吉野に攻め込むかとの言葉を諫める師泰。
「あー、楠木が勝ってくれぬかな」と溜息を飛ばす師直。