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民営文化センター

民営の文化センターを開設するのが夢。このブログを書いているうちに何かヒントが掴めると思ってやっています。不器用で華やかさに欠ける画面ですが、少しでも世の為人の為になればとwrite everything forever

 

 

モントリオール五輪を覚えていても、同地での万博は記憶にない人が多いと思います。

 

 

モントリオール万博は1967年に開催されたのですが、終了後の1970年夏、主なパビリオンはまだ残っていて 見物も可能でした。

 

 

入場者はパラパラでしたが・・・

 

 

その時 私が撮った写真を見ていただきますと、パビリオンの数々は建築学的にExpo

 70と ほぼ同じレベルに見えます。

 

 

 

 

 

 

 

 

現在 建築中の大阪万博の様子は沼地に掘つ立て小屋のようで 見ちゃおれません。

 

 

日本を壊しても へっちゃら な首相、知事も同様のようです。

 

 

https://twitter.com/i/status/1732611421626921320 

 

https://news.yahoo.co.jp/articles/1154ca221957841b9414e76f16369b6d70faa081 

間に合う?大阪万博「もう日を延ばす一択」「お金増やすとかそんなんじゃない」建設現場から不安の声【報道特集】

 

 

 

 

  

            

    Expo'70 オーストラリア館   撮影 私

 


 

1970年 夏“人類の進歩と調和”を信じて、友人のカローラ・スプリンターの助手席に座り Expo'70を見に行きました。

 

 

“月の石”を見る気はなく、大まかに全体の雰囲気を楽しみました。

 

 

あの頃は真面目な日本人がまだ主導権を握っていて、月面着陸のアームストロング船長のセリフのように「すべてが順調」でした。

 

 

それに引き替え、現在準備中の大阪万博は進捗状況からしても、敷地の悪条件からしても失敗は明白であり“自由平等”“努力義務”と並ぶ自己矛盾4文字熟語“復興五輪”

耐えられない喪失の重さ 国立競技場 (2015年に書いた記事)同様の道を辿るでしょう。


 

目標以下の結果に終わった311を反省(?)し、日本をさらに窮地に追い込むために様々なイベントが仕掛けられているようにしか思えません。

 

 

 

    純正日本人のとるべき態度

 

 

その気になれば先日の御堂筋の様に96万人集まるパワーがあります。

 

      阪神タイガース日本一おめでとう

 

政治論争では燃えなくても“選挙棄権”という得意技があります。

 

 

今こそ低投票率作戦を応用する時です。

 

 

しらけ作戦“万博行かない運動”で徹底的に奴らに赤っ恥を掻かせ世界に発信するのです。

 

 

日本をダメにしている奴らの正体を世界に晒すのです。  本名で!

 

 

実行は簡単です、行かなきゃいいんですから。

 

 

   本気でやりませう!!!

 

 

     万博関連過去ブログ

 

70大阪万博の写真

 

Expo70 オーストラリア館

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コロナ騒ぎも含め、激動の世界情勢の中で忘れてはならないのが“日本滅亡”です。

 

 

812、117、311 等々 やられっぱなしが続いていますが、日本人は耐えています。

 

 

反日教育を受けている国の方々なら黙っていないでしょう。

 

 

ひと声上げれば費用をかけずに次の企みに対する抑止力になると思うのでが・・・

 

 

その昔、白村江・壬申の乱を経て、中国(唐)、朝鮮(新羅)、大和勢力の三者は九州王朝倭国を歴史から消し去りました。

 

 

その時点で 後の二者は高松塚古墳壁画に見られる文化文明に徹すればよかったのですが、倭国文明にコンプレックスを持つ(?)彼らは国家丸ごとの脊乗りを企て、今日に至るまで日本人に成り済ましてきたのです。

 

 

韓流ブームを仕掛けたりもしたのですが、さすがに疲れたのでしょう、反日教育の効果もあるでしょう、最近の対日態度は随分乱暴なもの(現政権の振る舞い)になっています。

 

 

テレビで名を売り政界に進出した あの人のカミング・アウトは日本に対する宣戦布告だったと思います。

 

 

今後は現在の日本を否定し、大宰府が首都だった日本(倭)国の存在を永久に浮上させない固い決意を持って様々に仕掛けてくるに違いありません。

 

 

日本人は学校の歴史で“奈良の次は京都”と それ以上何も考えません。

 

 

壬申の乱以降、倭国の存在を消すプロジェクトの一環として首都大宰府に相当する都を近畿地方に作る必要がありました。

 

 

『平安京はいらなかった』https://allreviews.jp/review/5923を読むと遷都に伴うドタバタ振りが随所に出てきます。

 

 

                

 

 

これらは、米田史学を学んだ者には裏事情が手に取るように分かります。


 

   平安時代


 

次はPRESIDENT Onlineの記事ですが

 

 

「優雅な上流階級」のイメージはウソだらけ学校では教えてくれない平安貴族のヤバすぎる「裏の顔」 なぜ清少納言の兄は悲惨な死に方をしたのか 

 

 

              

 

 

この記事(https://president.jp/articles/-/75691)にあるように、京の都は学校で習う煌びやかな王朝文化に満ち溢れていたわけではなく、国家ぐるみのアリバイ作り(倭国時代の大宰府を京都に再現、その他 諸々)に明け暮れた、陰湿でストレスフルな社会だったのです。

 

 

平安時代より遡ること350年、清少納言、紫式部 その他の“紫のサロン”オール・スターズの面々も倭国大宰府周辺で平和裏に暮らしていたのであり、現在の子供たちの歴史・古文教科書に描かれているのは“平安”とは名ばかりで、ムードの悪さを隠した時代におけるコスプレ・パーティーのようなものが実相だったと思います。

 

 

成りすましの実態が分かる過去ブログ

 

CLICK !!日本復活は高島市長の福岡から

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このCM(https://youtu.be/KU2VAKJNmco)は反日教育を受けた者の作に違いない。

 

 

最近の我が国は いよいよ危険水域に入ってきたようだ。

 

 

この国土は真の日本人が管理しないと滅茶苦茶になってしまう。

 

 

まず、このホテルには不泊および不入社運動で応えよう。

 

 

歴史の本質は言語の争い

https://youtu.be/3_y5_b-Z2O4 

×1.5で十分聞き取れます。

 

 

『日本人の脳』:ちょっと難しい本ですが一通り目を通すと人生が変わります。

5つ星のうち5.0 日本語の素晴らしさを再認識しました。日本語を世界標準語にすれば世界平和が実現しますね!英語ではダメな理由もこの本で分かります!

 

 

分かりやすいまとめ

https://www.onosokki.co.jp/HP-WK/nakaniwa/keisoku/brain.htm 

 

 

私の過去ブログです

 

英語学習・一輪車論

 

『日本人の脳』 (続)英語学習・一輪車論

 

 

 

 

 

 

 

 

 

        

                                       

 

 

誇り高き博多っ子の皆様 “いいね!”と思ったら拡散を!

高島市長の周辺の方々 よろしくお伝えください。

 

 

様々な分野で日本滅亡を危惧する発言が囁かれる昨今ですが、「週刊現代」(11/4)の記事で福岡市の高島市長のことを知り、日本復活は彼のような人物が地方から立ち上がれば可能と確信しました。

 

 

彼の様なメモなしで筋(スジ)が通り誠意のある記者会見https://youtu.be/Ahh3ejhHwH4は今まで見たことがなく、国政で連発される“丁寧な説明”とは比較になりません。

 

 

日本滅亡に「待った!」をかけ復活を目指す場合、目指す国の姿をイメージする前に、今までの幾つかの時代を振り返ってみる必要があります。

 

 

その場合、今までの歴史にウソがあっては間違った判断を下すことになります。

 

 

『法隆寺は移築された』の著者・米田良三氏に接して20年間学んだ歴史は、学校で習うものとは似ても似つかぬ理系のそれでした。

 

 

少し冷静に見渡してみれば わかることですが、大和朝廷に即した現在の歴史教育においては、福岡を中心とした古代九州については意図的に殆ど触れられていません。

 

 

地域のみならず、国全体も視野に置く若い高島市長にはリーダーとして、この部分に切り込んでいただきたいのです。

 

 

更に この隠された部分を まず福岡市民が学べば 理解は全国規模となり、最終的には日本の落ち目に溜飲を下げている奴らも地団太踏むことになるでしょう。

 

 

受験日本史では所属が曖昧な日本軍(実は倭国軍)が“白村江の戦い”に敗れ、中国(唐)軍は現在の博多の大博通りを(倭国占領)軍事パレードをします。

 

 

売国奴的初期大和朝廷は唐と“九州王朝倭国は歴史上この世に存在しない”と密約(則天武后VS天武)し、自分たちが日本列島の主役を演じることになります。

 

 

国政、地方政治、芸能界、マスコミ・・・ ぜぇ-んぶ それらが今も進行中なのです。

 

 

当時から邪馬台国の所在地が近畿であるというシナリオから外れることはあってはならないのです。

 

 

密約がバレない為に“九州or近畿”の論争が永久に続いて欲しいと願う学者もいると思います。

 

 

さらに言えば、我が国がアメリカの属国であることを忘れている国民がいると同様、唐は消滅したとはいえ大和朝廷を介した中国の統治は今も有効であるという解釈も一理あるかもしれません。

 

 

紀元後の日本列島に於いて最初で最高の都は卑弥呼の拠点であった大宰府(~福岡)です。

 

 

弥生時代風の都はその後、城壁で囲まれコンスタンチノープルを思わせる都にまで進化・発展します。

 

 

我々が習う王朝文化とはこの時のもので『源氏物語』の京都とは大宰府のことです。葵祭も祇園祭もここが起源です。

 

 

倭国王倭薈の時代、吉野ケ里の近くに遷都した平城京(ならの都)の故事に習い大和朝廷は奈良に都を造ります。

 

 

オリジナル『大和物語』に猿沢の池がでています。

 

 

同様に倭国版『源氏物語』『住吉物語』などに合わせて京の都が造営られます。

 

 

要するに九州王朝を消した事実を悟られないための舞台装置を構築する必要がありました。

 

 

大き過ぎる嘘はバレないと言われますが、この歴史トリックもワールドクラスです。

 

 

世界情勢の中の絶対バレない筈の巨大な嘘と歩調を合わせるように、次々と日本関連の真実も明らかにされ始めました。嘘を守り続けていた日本史の専門家は今頃どんな心境だろうか。

 

 

以下、理解を深めていただくための過去ブログをセレクトしました。

(1)都、(2)建築、(3)地名、(4)文学作品、(5)絵画、(6)博多の話題(7)人材・・・

 

 

 

1)都

太宰府は日本の首都だった

「日の丸・君が代」は消された王朝のもの

いつまでたっても不毛な 邪馬台国論争

三十三間堂に関するブログ記事

 

2)建築

筑紫丘高校生諸君へ

石山寺は福岡市にあった

桂離宮の秘密

平等院鳳凰堂も九州から

のまとめ by米田良三

 

3)地名

「難波津に咲くやこの花、冬ごもり今は春べと、咲くやこの花」

「地名の移動」と郷土愛

 

4)文学作品

『源氏』ファンの貴女  玉鬘の泊まった椿市へ行こう

『源氏物語』についても内部告発が待たれます

 

5)絵画

「清明上河図」を見れば「日本スゴイですね」は当たり前

 

 

6)博多

博多 祗園山笠 サイコー

台北故宮博物院にある「清明上河図」等、驚くべき絵巻

博多っ子が羨ましい

 

7)人材

関西弁、最後に「知らんけど」の ルーツ (再掲)

「白村江」の後始末は やり直しの真っ最中

 

 

日本の滅亡と復活

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Recently, there have been whispers in various fields that Japan may be doomed, but when I learned about Fukuoka City Mayor Takashima in an article in Shukan Gendai (11/4), I was convinced that Japan's revival is possible if people like him rise up from the local level.

 

 

I have never seen a press conference (https://youtu.be/Ahh3ejhHwH4) like his, in which he explains things clearly and with sincerity, without any notes.

 

 

Japan's extinction In the case of a "Japan must wait!" revival, it is necessary to look back over the past several eras before envisioning what the country should look like.

 

 

In this case, if there is a lie in the history of Japan, we will make a wrong decision.

 

 

The history I learned over the past 20 years from Ryozo Yoneda, author of "Horyu-ji Temple Was Relocated," was not unlike what I learned in school, but it was science-based.

 

 

As you can see if you look around a bit dispassionately, the current history education based on the Yamato Imperial Court deliberately makes little mention of ancient Kyushu, centering on Fukuoka.

 

 

As a leader, I would like the young Mayor Takashima, who has not only the region but also the entire country in his sights, to delve into this part of the history.

 

 

Furthermore, if the citizens of Fukuoka learn this hidden part first, their understanding will grow on a national scale, and eventually, those who are depressed about Japan's downfall will be able to step on their toes.
 

 

The Japanese army, whose affiliation is ambiguous in Japanese history examinations, was defeated in the "Battle of Hakumuragang" and the Chinese (Tang Dynasty) army paraded in a military parade on the present-day Taihaku Street in Hakata (occupied by the Japanese).

 

 

The traitorous early Yamato court made a secret agreement with the Tang Dynasty that "Kyushu Dynasty Japan does not exist in history" (Empress Noritenmu vs. Temmu), and they were to play the leading role in the Japanese archipelago.

 

 

National and local politics, the entertainment industry, the mass media, etc., are all still in progress.

 

 

There should be no deviation from the scenario of the Kinki region being the location of the Yamataikoku from that time.

 

 

Some scholars would like to see the "Kyushu or Kinki" debate continue indefinitely so that the secret agreement will not be exposed.

 

 

Furthermore, just as there are those who forget that our country is still a dependency of the U.S., there may be a reasonable interpretation that although the Tang Dynasty is gone, Chinese rule through the Yamato Court is still in effect.

 

 

The first and best capital in the Japanese archipelago in AD was Dazaifu (~Fukuoka), which was Himiko's base.

 

 

The Yayoi period-style capital later evolved into a walled city reminiscent of Constantinople.

 

 

The culture of the dynasties we learn about is from this period, and Kyoto in "The Tale of Genji" refers to Dazaifu. 

 

 

The Aoi Matsuri (hollyhock festival) and Gion Matsuri (Gion festival) also originated here.

 

 

During the reign of King Iwai of Japan, the Yamato Imperial Court established its capital in Nara, following the legend of Heijo-kyo (Nara Capital), which was relocated near Yoshino-gari.

 

 

The Sarusawa Pond is mentioned in the original "Yamato Monogatari".
 

 

Similarly, the capital of Kyoto was built in accordance with the Japanese versions of "Tale of Genji" and "Sumiyoshi Monogatari".

 

 

In short, it was necessary to construct a stage set so that the fact that the Kyushu Dynasty had been erased would not be realized.

 

 

It is said that a lie too big to be told cannot be exposed, but this historical trick is also world class.

 

 

As if in step with the gigantic lies in the world affairs that should never be exposed, the truth about Japan began to be revealed one after another. 

 

 

I wonder how the experts in Japanese history who have been defending the lies must be feeling right now.

 

 

Below is a selection of past blogs for your better understanding.

 

 

(1) Capital

太宰府は日本の首都だった

「日の丸・君が代」は消された王朝のもの

いつまでたっても不毛な 邪馬台国論争

三十三間堂に関するブログ記事
 


 

(2) Architecture

筑紫丘高校生諸君へ

石山寺は福岡市にあった

桂離宮の秘密

平等院鳳凰堂も九州から

のまとめ by米田良三


 

(3) Place names

「難波津に咲くやこの花、冬ごもり今は春べと、咲くやこの花」

「地名の移動」と郷土愛


 

(4) Literary works

『源氏』ファンの貴女  玉鬘の泊まった椿市へ行こう

『源氏物語』についても内部告発が待たれます
 


  (5) Paintings

「清明上河図」を見れば「日本スゴイですね」は当たり前


 

(6) Topics in Hakata

博多 祗園山笠 サイコー

台北故宮博物院にある「清明上河図」等、驚くべき絵巻

博多っ子が羨ましい


 

(7) Human resour

関西弁、最後に「知らんけど」の ルーツ (再掲)

「白村江」の後始末は やり直しの真っ最中

 

 

 

Translated with www.DeepL.com/Translator (free version)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今ならまだ引き返せる 仁和寺前ホテル建設計画桐田勝子(世界文化遺産仁和寺の環境を考える会共同代表)

 

 

日本国民、京都市民・・・ みんな大人し過ぎる!

 

 

ホテル建設の真の目的を見抜かないで反対運動をやったところで計画を止めることは出来ません。

 

 

暴挙が進行する本当の理由を考えないと同じ悲劇が今後も繰り返されます。

 

 

沖縄の首里城は火を噴き、その後うやむやです。火を放ちたくなるほどムカついた男の存在が想像されます。

 

 

失敗に終わったガスステーション計画(仁和寺も狙われている?)と同様、三門の前にホテルを建てるという考えは純粋な日本人では120%あり得ません。

 

 

強烈な恨み根性が心の底にあり、放火の代わりに日本のイメージダウンを企んだ結果が意図を見抜かれないレベルでの嫌がらせとも言うべき環境破壊です。

 

 

学校、テレビ番組、ベストセラーの子供向け日本史漫画全集等が撒き散らすフェイク・ヒストリーで京都の真実は全く知られていません。

 

 

京都の寺院建築は全て794年(鳴くよ鶯平安京)以降のもの、大半は応仁の乱以降と思いこまされています。

 

 

この点で既に京都は低く評価されます。

 

 

実際は、知恩院の経蔵・鐘楼並びに梵鐘、三十三間堂、方広寺の鐘楼並びに梵鐘、宇治平等院鳳凰堂、桂離宮、これらは全て倭国の時代、九州にあったものを後の時代に移築したものです。

 

 

仁和寺の三門、五重塔も同様です。

 

 

帰化人勢力による乗っ取り王朝の末裔はこの事実を知っているのです。

 

 

乗っ取った帰化人側は壬申の乱以来、日本人に成りすまし今日に至り、一方本当の日本人である倭国の民は長い歴史の中で、この事実を見失い宝物の寺院の正面にホテルを建てられても本気になって怒る者は僅かです。

 

 

これらの事実を知らずして反対運動は成功しないと断言します。

 

 

参考HP:https://abandjc-press.com/ 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                      

  

ファミリーフォトブック 出来ました。

 

ファミリー・フォト 秘かな愉しみ

 

断捨離の一環としての写真集作り(ファミリーフォト)

 

 

米田建築史学シリーズ4冊を完成させた後、しばらく放心状態でしたが編集好きの虫が騒ぎ出し、ファミリーフォトブックを制作することにしました。

 

 

大判のアルバムが23冊もあり、断捨離上、次の世代に迷惑をかけることは明白ですので、50周年/金婚記念という またと無い巡り合せに便乗することとなりました。

 

 

大水害の後、マスコミで流失写真の復元ドキュメントが放映されることがありますが、当事者にとってはダイヤモンドが手元に帰って来たような感激でしょう。

 

 

アナログ写真時代を過ごした方々の写真に対する情熱は様々と思いますが、その情熱がゆえに年齢を重ね再び新たな悩みを抱えることとなった方々の参考になればと概要を記します。

 

 

 

写真の選別基準:例え主観的にせよ芸術性のあるもの、後世 記録として役立つもの、持っていること自体が楽しいもの、自分にとって懐かしい仲間でも次世代に縁がない人物は対象外、思い切って捨てることも必要、悩んだ場合一先ずUSB保存する。

 

 

写真の剥がし方:今までのアルバムにかけた労力をあざ笑う つらい作業。

 

 

糊付け写真はペーパーナイフでも物差しでもOKだが、フェルアルバムは線状の化学糊がこびりつき、無理をすると画面を損傷する恐れがあります。

 

 

ヘア・ドライヤーを用いる方法がありますが効率が悪いので、アルバムをバラした後ホット・カーペットに挟み布団蒸しするとスンナリ剥がせます。

 

 

画像処理:写真・ネガのスキャンは正確・適切な方法で、退色復元等色調整、修正、トリミング、レイアウトは根気が要ります。

 

 

ページ構成:サイズ、製本など体裁(B5 横長)、WORDによるページレイアウト(熟慮された余白、ヘッダー・フッター、テキストボックス)用紙の選定。

 

 

コントラスト、明暗、色調、配置のズレ等 すべてのバランスを調整するのは大変。

 

 

ゲラ刷りチェックは最低2回は必要。

 

 

原稿はPDF化が必須。

 

 

WORDからPDF化までの時間が空くと写真が微妙にズレるので注意。

 

 

些細な事でも印刷屋さんとの議論が必須です。

 

 

予定通り『50 Years…! But,only yesterdayとタイトルを付けました。

 

 

B5 横長 143ページ 1冊 約8,000円かかりました。

 

 

自分でプリンターを使ってやるよりも遥かに安く綺麗にできます。

 

 

所帯分4冊のみの制作ですが栄光の(?)ロゴ「AB&JC PRESS」を載せました。 

https://www.abandjc-press.com/

 

 

超ベストショットは今後も現物保管、迷うものはUSB保存、下位のランクの写真は泣きながらシュレッダー処理となりました。

 

 

少し寂しいのですが、すっきりする部分もあります。

 

 

参考になった方は「いいね」を押してください。

 

 

               

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                            

 

 

学校祭プログラムの意外な見どころ

 

 

コロナ騒ぎ以前と比べ、孫世代の生徒諸君のイベントにノコノコ出かける“物好き”は減ったように思いますが、未だの方は挑戦してみては如何でしょうか。

 

 

久しく忘れていた高揚感が味わえるのは、心の故郷が舞台であるからでしょう。

 

 

今回はプログラムの末尾の“協賛店様広告一覧”に注目しました。

 

 

昔も在った懐かしい店が目に留まります。

 

 

お兄さんが職員室に出前で出入りしていた きしめん みそ煮込の三浦屋、今は孫の代かも。

 

 

米屋の手づくりおにぎり 多司

 

 

前回 来た時に鯱光館の脇で食べた美味いおにぎり。

 

 

毎日でも食べられる生徒諸君がうらやましい。

 

 

都通りの そば 松寿庵

 

 

ここはグルメの間では超有名な店。

 

 

高校生にはまだ早い。

 

 

さらに今池寄り 手打ちそば 千種豊月

 

 

ここは小学校時代の同級生の店。

 

 

大婆さんになって睨みを利かせているのかな?

 

 

更に桜通りに近い 大橋整形外科

 

 

私が学生時代に既に立派なビルを構えていたので世代交代が上手く行っているようです。

 

 

                    
 

 

広告集めのワクワク・ドキドキ体験談は自分も経験したことがあるのでよくわかります。

 

 

生徒諸君は暑い最中、慣れない(?)制服に着替え、手分けして計70 の事業所に出向き交渉をし続けたのです。

 

 

この社会勉強は今後の人生で大いに役立つと確信します。

 

 

とりわけ、株式会社“某”ドームと交渉した生徒の体験は貴重だったでしょう。

 

 

広告のデザインは簡素で スペースは1/6ページ。

 

 

因みに裏のページの歯医者さんはフルサイズです。

 

 

“某”ドーム サイドはどのレベルの社員が対応し、どんな会話が交わされたのか興味があります。

 

 

他の地域の方々には理解しづらいと思うのですが“しまつ(始末と漢字で表すと別の意味になってしまう)”、早い話がケチなのです。

 

 

要はドームに客が入ればOK、今回の件は“某”野球チームの低迷ぶりと関係があると思います。