(1)二十歳過ぎの奈保子に刮目

今回は、前回の奈保子日記※1の裏付けとなったデータを詳しくご紹介します。
あわせてあらためて思ったこと、さらに調べを進めて明らかになった不都合な真実(笑)も交え、お話ししたいと思います。前回の「続編」「資料」としてご笑覧いただければと思います。
まずは次の画像をご覧ください。各シングルのオリコン最高位をgoogle AIに質問、まとめて表示させたものです。

河合奈保子の各シングルのオリコン最高位
 

あらためて感心するのは、奈保子さんのヒット街道の快進撃です。
『スマイル・フォー・ミー』で初のトップ10入り、続く二曲は惜しくも10位を逃すものの※2、その後の『愛をください』から『ハーフムーン・セレナーデ』まで※3、余すところなくトップ10入りを果たしています。

※2 ここでの『ラブレター』の表示は「7位」ですが、オリコン公式データ「you大樹」の記録では「11位」です。
※3 ここでは『十六夜物語』が27枚目のシングルとして表示されていますが、正確には『想い出のコニーズ・アイランド』というシングルが、アルバム『Scarlet』からのシングルカットでリリースされており、カセットテープ限定で販売、オリコン100位圏外となっています。

同期の松田聖子さんは、新曲を出せば1位が指定席の、アイドル界を超え日本歌謡界に君臨したまさに女王です。どうしてもそんな彼女の陰に隠れてしまった感はありますが、これだけの曲数、これだけの期間、これだけの成績を残したアイドルはそうはいません。

『エスカレーション』以降の、進撃の奈保子ぶりにご注目ください。
『スマイル・フォー・ミー』の最高位「4位」に並ぶ歌だけでも3曲、さらに上回る歌すら2曲存在します。

『スマイル・フォー・ミー』、『けんかをやめて』が、知名度において河合奈保子歌謡史のツートップであることに異論を挟む余地はありません。ですが、それら二曲を擁するデビューからの三年間に増して、『エスカレーション』から『ハーフムーン・セレナーデ』に至るその後の三年間こそ、シンガー・河合奈保子の真の全盛期だったのではないか? そんな風にも思えます。
「河合奈保子は『スマイル・フォー・ミー』だけじゃありません」――そう赤木キャプテンのように熱弁を振るいたくなる気持ちも、ご理解いただけるのではないかと思います。

 

これは別の話になりますが、これほどのシンガーとしての評価を受けながら、もう一方で二十歳を過ぎて「卒業」もせず、魅惑の水着姿を惜しげもなく披露し続けてくれた、グラビア・レジェンドでもあったことに、さらに驚かされます。もしかして「歌」ではどうしても敵わない女王・松田聖子の存在が、その一因だったのでしょうか……? だとしたら、感謝しないといけませんね(笑)。


そうは云っても――。
実際問題として、河合奈保子に対する世の中の強い印象・記憶は、水着においてはビキニ姿、歌においては『スマイル・フォー・ミー』、『けんかをやめて』に代表される、いわゆる「アイドル」そのものであった彼女の十代の頃に、傾いているように思えます。

水着はわかります(笑)。そりゃあ二十代のワンピースより、十代のビキニですよね!
歌のほうは、前回の繰り返しになりますが、「懐かしの過去映像」を取り上げてきたテレビ番組の影響は大だと思います。判で押したように『スマイル・フォー・ミー』(たまに『けんかをやめて』)では、世の人々の印象・記憶は、ますますそれに固定化されていきます。ニワトリと卵ですけどね。

大衆の求めに応えるのが「仕事」なのはわかります。が、知られざる真実に光を当て、大衆を正しく導いていくのもマスコミの「使命」であるはずです。これも前回の繰り返し。
奈保子さんが芸能界を去って、早三十年。当時を覚えている現役世代より、河合奈保子を「歴史」でしか知らない世代がこれからもっと増えていくからこそ、マスコミ(特にテレビ)には、「正しい歴史」を伝えていってほしいと心から願っています。

でも、ここのところ、あんまり強くは云えないんですよね。
ワタシもデビュー三年で、ファンをやめてしまった人間なので。

 

理由は、これといってありません。『エスカレーション』に「こんなの奈保子ちゃんじゃない!」とガッカリしたとか、そんな理由でもあれば、まだしもドラマチックだったのですが。
少しずつ、されど急速に、大人になってゆく奈保子ちゃんに、心が離れていったんでしょうね……。いまのワタシに云わせれば、この色っぽさとかわいらしさを兼ね備えた、レディの魅力がなぜわからん!?――と説教したいところですが、若いというのは残酷で愚かなものです……。


とまれ、「四〇年遅れの推し活」※4は、いよいよこの領域に突入しました。
「青春の想い出」という手持ちのカードはもうありません。
二十代の奈保子さんの活動という、当時は見過ごしてしまった未知の大海原――ワンピース風に云えば、奈保子海のレッドラインを越えた「新世界」といいますか。現役世代のにわかファン(笑)として、ワクワク胸躍る想いです。

恒例の多摩市・カナメさんからのリクエストで、この歌をお聴きください。ファーストアルバム『LOVE』より、河合奈保子『新世紀』。
奈保子さんの歌に『新世界』という曲はなく、代わりと云ってはなんですが、こちらをお贈りいたします。

河合奈保子『LOVE』
YouTube 

(2)チャートとセールスの不一致

さて、ここからは調べを進めて知ってしまった知らぬが仏、知らなきゃよかった不都合な真実(笑)です。
今度の画像は、冒頭のそれにセールス――売り上げ枚数を加えたものです。

河合奈保子の各シングルのオリコン最高位とセールス

驚きました。意外でした。オリコンチャートの最高位とセールスって、ここまで比例しないものなんですねえ!
これはどういうことなのか? 後半のチャートの好調さとは裏腹に、セールスの枚数はその数を減らしています。熱心なファンが頑張って、発売初週の集計期間に思いっ切り瞬間風速を吹かせたとでもいうのか?

セールスも考え合わせると、『エスカレーション』こそ順位・セールスともに文句なく『スマイル・フォー・ミー』を上回っているものの、『疑問符』以降は20万枚超のシングルもなく、右肩下がりを辿ります。
21枚目のシングル『デビュー〜Fly Me To Love』で、奈保子さんはシングル初で唯一の「1位」を獲得しますが、セールスでは16.1万枚。これは、セカンドシングル『ヤング・ボーイ』(オリコン最高位13位)の18.9万枚を下回る数字です。

ならば、河合奈保子のデビューからの三年間に、世の人々が強い印象をもち、記憶しているのはやはり正しく、ワタシの主張するテレビの影響以前の問題なのか?
――そう単純には云えないと思っています。年度の違うセールスを、単純に比較はできないからです。

そこで、以下の画像をご覧ください。google AIがこんな回答をはじき出しました。

 



1980年から87年にかけて、シングルの売り上げ全体が、大きく下落していたことがわかります。
おりしもCD(コンパクト・ディスク)が登場し――もちろん当初のハードの価格は高く、メディアとして「レコード」に取って替わるのは、80年代終盤を待たねばなりませんでしたが――市場が大きく変革する時機にありました。

「レコード」全体の売り上げが落ち込む音楽業界で、奈保子さんは他の歌手との競争の中で頑張って、コンスタントなトップ10入りという快挙を果たしたのだと思います。

いずれにせよ、『エスカレーション』後の歌を、奈保子さんを、「懐かし系」のテレビ番組で取り上げてほしいというワタシの願望に変わりはありません。
グッとオトナになった奈保子さんを、放映してほしい。出演者に語ってほしい。そして、グッとオトナになった奈保子さんの魅力を、河合奈保子の知らない世代の人々に伝えてほしい。そう、願ってやみません。


※1

※4

 

2026年7月27日(月)18:25~21:54
今回は見逃し配信はナシ、残念。


「懐メロ」(懐かしのメロディ)は懐かしく聴くだけが全てではなく、自分が知らない昔の歌を知る機会でもあると思っています。特に若年層にとって。
昭和42年生まれ、河合奈保子現役世代のワタシが、石原裕次郎「銀座の恋の物語」(昭和36年)や舟木一夫「高校三年生」(昭和38年)をよく知っているのは、「懐メロ」としてテレビで繰り返し耳にしてきた学習の賜物です。

「3秒聴けば誰でもわかる」と云ったって、令和生まれの子供がピンクレディの「UFO」を聴いたってわかるはずがありません。でも、それでいい。この番組で知って、そして同じような番組で同じようなことが繰り返されれば、令和キッズもやがて、ピンクレディの「UFO」を3秒聴けばわかる大人になるのです。

それだけに、奈保子さんの映像がまたしても『スマイル・フォー・ミー』だったのは、正直不満です。

 

3秒聴けば誰でもわかる名曲ベスト100(1)

自分が見たいわけではありません、ほかの歌を歌う奈保子さんの映像を。河合奈保子の歌唱映像ならネットで、ディスクで、思う存分鑑賞できるし、現にそうしているのですから。
そうではない。見てもらいたい、知ってもらいたいのです。全国の視聴者の皆さんに。河合奈保子というアイドルを、シンガーを、存在を。
「推す」とは、推薦すること。自分が応援するだけでなく、ひとにオススメ、布教(笑)したいのです。


だから『スマイル・フォー・ミー』ばっかりでは困るのです。河合奈保子にはこの歌しかないのかと思われてしまうじゃありませんか?
 

コラム(1) 『スマイル・フォー・ミー』に並ぶナンバー
ワタシが選ぶ「河合奈保子ベストテン」※1に『スマイル・フォー・ミー』は入っていません。決してこの歌が嫌いなわけではありません。もっと好きな歌、いいと思う歌がほかに10曲を優に超えてあるということです。それが河合奈保子の凄さです。むろん、それはワタシの主観でしかありません。
しかし、客観的な事実もあります。まず『スマイル・フォー・ミー』は、セールスでナンバーワンではありません。セールス・トップは『エスカレーション』(34.9万枚)、次いで『スマイル・フォー・ミー』(26.0万枚)です。
チャートでも、『スマイル・フォー・ミー』のオリコン最高位は「4位」ですが、『デビュー〜Fly Me To Love』はオリコン「1位」(シングルでは唯一)を獲得しています。「4位」以上に限っても『エスカレーション』(3位)、『UNバランス』(4位)、『疑問符』(4位)、『唇のプライバシー』(4位)、と枚挙にいとまがありません。
ウィキペディア参照)
この手の番組で取り上げられていい歌は、『スマイル・フォー・ミー』以外にも沢山あるのです。
――そうは云っても、河合奈保子と云えば『スマイル・フォー・ミー』って感じだしなぁ、現に人気ナンバーワン※2だしなぁ。
確かにそうです。でも、そうなった、そんな世の中の空気感をつくった、そもそもの原因って、マスコミ(特にテレビ)にあるのではないですか?――とワタシは問いたいのです。後半に続く。


十代の初々しい、可愛らしい奈保子ちゃんもいいですが、可愛らしさはそのままに色っぽさが加わった、大胆セクシー衣装の二十代の奈保子さまがまたよろしいのです。
『UNバランス』とか、『唇のプライバシー』とか、見てほしい、放映してほしいなぁ。

鉄板の代表曲をチョイスするのもわかりますが、この番組に限っても毎年、それも年二度放映してるんですから、もっと変化をつけていいと思うし、番組リピーターとしてはぜひお願いしたいです。

そこで僭越ながら、提案・リクエストさせていただきます。こんな特集企画はいかがでしょうか。
たとえば、年齢特集。たとえば、17才特集。


藤圭子『圭子の夢は夜ひらく』 藤圭子『圭子の夢は夜ひらく』(1970年)

YouTube

南沙織『17才』 南沙織『17才』(1971年)

YouTube

河合奈保子『17才』 河合奈保子『17才』(1981年)

YouTube 

森高千里『17才』 森高千里『17才』(1989年)

YouTube


作詞家特集、なんてのも考えられます。たとえば、秋元康特集。
このひとで特集を組んだら、このひとだけで軽く100曲、3時間半の番組ができちゃいますけどね。

小泉今日子『なんてったってアイドル』 小泉今日子『なんてったってアイドル』(1985年)

YouTube

河合奈保子『MANHATTAN JOKE』 河合奈保子『MANHATTAN JOKE』(1985年)

YouTube

美空ひばり『川の流れのように』 美空ひばり『川の流れのように』(1989年)

YouTube

稲垣潤一『クリスマスキャロルの頃には』 稲垣潤一『クリスマスキャロルの頃には』(1992年)
YouTube
 

アーティスト提供楽曲特集なら、こういうのはいかがでしょう。

松田聖子『赤いスィートピー』 松田聖子『赤いスィートピー』(松任谷由実・1982年)

YouTube

河合奈保子『けんかをやめて』 河合奈保子『けんかをやめて』(竹内まりや・1982年)

YouTube

柏原芳恵『春なのに』 柏原芳恵『春なのに』(中島みゆき・1983年)

YouTube

 中森明菜『飾りじゃないのよ涙は』(井上陽水・1984年)

YouTube 

NHK朝ドラ『ブギウギ』(主演・趣里)は、それまで『東京ブギウギ』や『買い物ブギー』ぐらいしか知らなかったワタシに、笠置シヅ子の魅力ある歌の数々と劇的な半生を教えてくれました。
ネットには笠置シヅ子に関する情報が山のように蓄積されています。しかし、それはまずこちらが関心をもち能動的にアクセスしなければ、一生目それに触れる機会はなかったでしょう。

知らない人物や作品を、そもそも興味すらもっていない人々に伝え、知らしめる。
――この部分で、「テレビ」は「ネット」に勝ると思います。


「テレビ」で知った、興味をもったことを、「ネット」で深掘りする――。
そうした「関心の種を撒く」のが、「ネット」時代になってますます際立つ「テレビ」の役割でしょう。「テレビはオワコン」とかよく云われますが、ワタシは両輪だと思います。

「テレビ」が情報・文化の発信源として存在するからこそ「ネット」も盛り上がるのであって、もし「テレビ」が消滅してしまったら、「ネット」もまた主要なネタ元――根を下ろし養分となる土壌を失い、衰退してしまうのではないでしょうか。

 

コラム(2) テレビの「仕事」と「使命」
テレビが懐かしの映像として毎度毎度『スマイル・フォー・ミー』を流していたら、そりゃあ河合奈保子と云えば『スマイル・フォー・ミー』という図式が既成事実になるし、視聴者側も『スマイル・フォー・ミー』大好き!(>それしか知らんけど)ということになってしまうのも無理はありません。
困ったことに、その「既成事実」はもはやただの「事実」であって、それに基づいて現在の制作陣は番組を作っています。
その責任問題を追及するのが主旨ではありません。世の空気感も「歴史」も、そうやってつくられていくのですから。ワタシは河合奈保子を依怙贔屓するファンの一人として、お気持ち表明をしているに過ぎません。
視聴者たる大衆の「求め」に応じるのは、「テレビ」の「仕事」です。でも、いまはさほど知られていなくても、知れば興味をもってくれる、好きになってくれる。そういう人や作品を視聴者に教え、導くのも、同じぐらい大切な「テレビ」の「使命」であるはずです。ドラマの主演に無名の新人を抜擢して大スターにする、CMに歌を起用して大ヒットさせる。それができるのが「テレビ」の強みです。
あまりにも不自然なプッシュ、不純な目的があからさまに見え隠れする「ゴリ押し」は困りますが。


とまれ、なのでこの種の番組には、期待しているのです。
のちの世代への、大きく云えば「文化」の継承を。そして超個人的動機・願望で云えば、河合奈保子を世に広め、後世に伝えてほしい。想像上の杉山さんにお言葉ですがと断って、こう見得を切りたいのです。

 

「河合奈保子は『スマイル・フォー・ミー』だけじゃありません」――と。
河合奈保子というアイドルを、シンガーを、存在を、湘北高校バスケ部・赤木キャプテンのように、早く全国の奴らに見せてやりたいのです。

恒例の多摩市・カナメさんからのリクエストは、この歌をお贈りします。お聴きください、河合奈保子『唇のプライバシー』。
いつかこんな風に、河合奈保子の色んな歌が、こうした懐メロ番組で流れる日が来ることを祈って。

河合奈保子『唇のプライバシー』
YouTube

 


――『SLUM DUNK』新装再編版14巻より

 

コラム(3) 天下御免の徳さん、うれしそうなやっくん
今回放映された番組の中身について、少しだけ触れておこうと思います。
石川秀美の『ゆ・れ・て湘南』(1982年)、シブがき隊とのコントから続けての歌唱、衣装も婦警さんのいでたちのまま。それよりなにより薬丸裕英との(のちの)夫婦共演という貴重映像。そのワイプの会話。これが見られただけでも、見てよかった(笑)。


徳光「この頃、一線は越えてなかった?」
薬丸「付き合いもしてないです」


――徳さん、天下御免(笑)。ほかの人が云ったら失礼極まる大炎上発言も、この人にはバス旅の居眠りのように、誰も責められません。

歌の映像途中のワイプの割り込み・おしゃべりは、ワタシの好むところではないのですが(できることなら副音声でお願いしたい)、これは許す。
秀樹の妹・次女も笑って許してくださることでしょう。


3秒聴けば誰でもわかる名曲ベスト100(2)
奥サマの若く初々しい映像にやっくんご満悦。

 

※1

※2

 

 

河合奈保子『It's a Beautiful Day
Apple Music

1983年7月21日発売

7月24日は、云わずと知れた河合奈保子さんのお誕生日です。
20回目のその日を迎える目前のこの日、「二十歳のメモリアル」として、このアルバムは発売されました。
オープニングは多摩市・カナメさんからのリクエスト。アルバム『It's a Beautiful Day』より、河合奈保子『Birthday Night』『こわれたオルゴール』、二曲続けてお聴きください。

 

1. Birthday Night
作詞・作曲/尾崎亜美
YouTube
2. こわれたオルゴール

作詞・作曲/谷山浩子
YouTube
3. あの夏が続く空

作詞・作曲/天野茂
4. Twenty Candles
作詞/売野雅勇 作曲/大村雅朗
5. BOSSA-NOVA
作詞/秋元康 作曲/松尾一彦
6. 薔薇窓
作詞/来生えつこ 作曲/来生たかお


ご覧ください、この豪華布陣!
尾崎亜美、谷山浩子、天野茂(N.S.P)――楽曲初提供アーティストの三連コンボに始まり、売野雅勇・秋元康らポップ歌謡職人を経て、来生えつこ・たかお姉弟がラストを飾る全6曲。

1. Birthday Night
このアルバムに相応しいトップバッターを飾るのは、のちに16枚目のシングル『微風のメロディー』でお目見えすることになる、尾崎亜美の初提供曲。
笑わずに云うよ。Happy Birthday & Love You.

2. こわれたオルゴール
アルバム中、一番ショッキングだったのがこの歌です。ワタシには「思い出」という名のオルゴールが、まるで自らの意志で彼女の腕を飛び出し、アスファルトの舗道に身を投げたように思えます。「その人とお行きよ」――と。
『けんかをやめて』※1の竹内まりやがそうしたように、谷山浩子ものちにこの歌をセルフカバーしています。ぜひ聴き比べてみてください。.

谷山浩子『タマで弾き語り』
YouTube


3. あの夏が続く空
真夏の陽光のようなポップなメロディに乗る詞は、失われた恋の唄。
N.S.Pのメンバーであることを知らず、天野茂って誰?――と思ってしまったのはナイショ。

4. Twenty Candles
「20本のローソク」のタイトル通り、より「二十歳のバースデー」に的を絞った、売野雅勇によるこのアルバムのためのカスタムソング。大村雅朗のロック調のメロディで、オトナの恋を歌います。

5. BOSSA-NOVA
「ワイン飲みながら」とサラッと歌ってますが、ここはポイント。十代では歌えなかったワードですよ。このあたりは、さすが秋元康。
奈保子ちゃんも、ボサノバが歌える歳になりました。曲はオフコースの松尾一彦。

6. 薔薇窓

あなたは 私の腕時計
スルリとはずし かくして知らん顔
終電車のかすかな音
薔薇の窓ごし かすめてゆく

この歌もザ・オトナ、ザ・二十歳。最後を締め括るのは、『あるばむ』※2『ストロー・タッチの恋』※3で楽曲提供歴がある来生えつこ・来生たかお姉弟。このお二人も15枚目『疑問符』で、再びシングルを発表することになるのですが、それはもう少し先のお話。
エンディングには多摩市・カナメさんからのリクエストで、この曲をお贈りします。

収録6曲の二十歳のメモリアルですが、奈保子さんのその後の歴史、軌跡を知る、われわれ現代のファンの眼には、これからの歌手活動の予告、宣言でもあったように、このミニアルバムは映るのです。

河合奈保子『It's a Beautiful Day』
YouTube

 

『NAOKO PREMIUM』特典CD版について
アルバム全集であるCDボックス『NAOKO PREMIUM』には、特典CDとして『It's a Beautiful Day』がボーナストラック付きで収録されています。このボーナストラックの曲数がハンパじゃなくて、なんと14曲! 元の曲数より多いんですよ。
ネット配信すんなら、それも含めて配信してほしかった。価格は倍でもいいですよ。『NAOKO PREMIUM』の発売は2007年。『It's a Beautiful Day』のネット配信は、GoogleのAI回答によると2008年。特典としての価値を守るという配慮だろうと思います。

でも、もういいんじゃないですか? ワタシがこの活動※4を始めた頃には『NAOKO PREMIUM』、もう完売してましたし。ぜひ、ボーナストラック付き『It's a Beautiful Day』の配信、ご検討ください、日本コロムビアさん。 ワタシは中古品をプレミア価格で買いましたけど、自分が持ってるから、それでいい。むしろ、高い金払ったんだから、安い値で売ってくれるな――とは思わないんですよ。ワタシはそれだけの価値を認めて、それに足る支払いをしたけれども、より多くの人にそれを鑑賞する機会が与えられるなら、それは大いに歓迎します。だいたい、ごく一部の人にしか伝わらないとしたら、日記も書き甲斐がないじゃないですか。

 


※1

※2

※3

※4

 

 

 

さぁて、来週の奈保子さんは?
カナメです。「奈保子ディスコグラフィ」※1を抜きにすれば、約一カ月ぶりのご無沙汰です。
『It's a Beautiful Day』の(43年前の)発売日が今月21日に迫ってまいりました。
シングル曲の収録は無くオール筆者未聴の全6曲。聴くのが愉しみです! 愉しみ過ぎる!
我ながら融通の利かぬ謎ルールですが、その日を迎えるまで、聴くのは辛坊しております。

レコード店に並ぶその日を一日千秋の想いで待ち侘びる――。その追体験も含めて、「四〇年遅れの推し活」※2なのです。
ですが今回は、ちょびっと禁を破らせていただき、18日(土)からの三連休を鑑賞ならびに日記執筆に充てたいと思います。フライングゲットということで(?)。

さて次回は――
・二十歳のバースデー(目前)記念のミニアルバム
・「ミニ」だけど侮れない豪華制作メンバー
・CD化はされてないけど配信はされてる感謝感激超ウレシイッ!!!
の三本です。
では来週も、見てくださいねぇ! ……ふンがふンぐッ(←昭和世代)

『サザエさん』次週予告
YouTube
BGM 『サザエさん』次週予告(多摩市・カナメさんからのリクエスト)

※1

※2

 

 

 

※まだまだ工事中

1980年 1981年 1982年 1983年 

HIDEKIの弟妹募集!!全国縦断新人歌手オーディション 大阪地区大会
 
1980年2月10日
阪急ファイブで開催。石野真子「春、ラ!ラ!ラ!」を歌う(決勝大会も同じ)。定数は1名であったが、特別に2人目の代表として選出される。
日記
 
HIDEKIの弟妹募集!!全国縦断新人歌手オーディション 決勝大会
 
1980年3月15日
中野サンプラザで開催。西城秀樹の強い推薦により優勝。
 
大きな森の小さなお家
 大きな森の小さなお家
 
1980年6月1日
詞/三浦徳子 曲/馬飼野康二
B面/ハリケーン・キッド
詞/三浦徳子 曲/馬飼野康二
日記
 
ヤング・ボーイ
 ヤング・ボーイ
 
1980年8月25日
詞/竜真知子 曲/水谷公生
B面/青い視線
詞/伊藤アキラ 曲/川口真
 
LOVE
 LOVE
 
1980年10月10日
アルバム
収録シングル/大きな森の小さなお家、ヤング・ボーイ
日記1日記2
 
愛してます
 愛してます
 
1980年12月10日
詞/伊藤アキラ 曲/川口真
B面/そしてシークレット
詞/伊藤アキラ 曲/川口真
日記
 
LIVE
 LIVE
 
1980年12月10日
ライブアルバム
1980年10月14日、東京・芝・郵便貯金ホールにて行われた1stコンサートの模様を収録。
日記
別冊近代映画 河合奈保子特集号
 
 
1981年1月15日
ムック
日記
夢・17歳・愛 心をこめて奈保子より
 
 
1981年3月1日
エッセイ
日記1日記2
17才
 17才
 
1981年3月10日
詞/竜真知子 曲/水谷公生
B面/キャンディ・ラブ
詞/竜真知子 曲/水谷公生
日記
 
TWILIGHT DREAM
 TWILIGHT DREAM
 
1981年5月10日
アルバム
収録シングル/愛してます、17才
日記1日記2
スマイル・フォー・ミー
 スマイル・フォー・ミー 
1981年6月1日
詞/竜真知子 曲/馬飼野康二
B面/セレネッラ
詞/櫛田露孤、伊藤アキラ 曲/川口真
日記1日記2日記3
 
音楽専科臨時増刊 河合奈保子 そよ風のメッセージ
 そよ風のメッセージ
 
1981年6月26日
写真集
日記
 
近代映画増刊 河合奈保子 フォトメッセージ
 奈保子フォトメッセージ
 
1981年8月5日
写真集
日記
 
DIARY
 DIARY
 
1981年8月10日
アルバム
収録シングル/スマイル・フォー・ミー
日記
 
ムーンライト・キッス
 ムーンライト・キッス
 
1981年9月1日
詞/松本礼児 曲/馬飼野康二
B面/あなたはロミオ
詞/松本礼児 曲/江戸光一、松本礼児
日記1 日記2 日記3
 
セリ穴落下事故による重傷 1981年10月5日
NHKホール「レッツコーヤング」収録リハーサル中、舞台昇降装置を設置したセリ穴に四メートルの高さから落下、「第一腰椎圧迫骨折」の重傷を負う。
日記
 
ときめきのメッセージ NAOKO ON TUOR 河合奈保子写真集
 ときめきのメッセージ
 
1981年10月15日
写真集
日記
 
退院、記者会見 1981年11月16日
渋谷病院を退院。コロンビア・レコード本社で記者会見。
 
Angel
 Angel
 
1981年11月25日
ベストアルバム
収録シングル/ヤング・ボーイ、大きな森の小さなお家、愛してます、17才、ムーンライト・キッス、スマイル・フォー・ミー
日記
 
ラブレター
 ラブレター
 
1981年12月5日
詞/竜真知子 曲/馬飼野康二
B面/No No Boy
詞/竜真知子 曲/馬飼野康二
日記
 
Naoko in Concert
 NAOKO IN CONCERT
 
1982年2月25日
ライブアルバム
1982年1月6日に日本青年館ホールで行われた、新春コンサートの模様を収録。
日記
 
愛をください
 愛をください
 
1982年3月10日
詞/松宮恭子、伊藤アキラ 曲/松宮恭子
B面/春よ恋
詞/伊藤アキラ 曲/馬飼野康二
日記
 
ほほえみ・ステップ
 ほほえみステップ
 
1982年3月27日
写真集
日記
 
夏のヒロイン
 夏のヒロイン
 
1982年6月10日
詞/竜真知子 曲/馬飼野康二
B面/ゆれて-あなただけ
詞/竜真知子 曲/馬飼野康二
日記
 
別冊近代映画 河合奈保子スペシャルPART3
 別冊近代映画 河合奈保子スペシャルPART3
 
1982年7月1日
ムック
日記
 
SUMMER HEROINE
 SUMMER HEROINE
 
1982年7月21日
アルバム
収録シングル/ラブレター、夏のヒロイン
日記
 
さまーひろいん
 さまーひろいん
 
1982年8月1日
写真集
日記
 
けんかをやめて
 けんかをやめて
 
1982年9月1日
詞/竹内まりや 曲/竹内まりや
B面/黄昏ブルー
詞/竜真知子 曲/馬飼野康二
日記
 
河合奈保子全曲集
 河合奈保子全曲集
 
1982年9月21日
ベストアルバム
収録シングル/「大きな森の小さなお家」~「夏のヒロイン」までの全シングル。
※カセットテープのみのリリース。
 
ブリリアント~レディ奈保子 イン・コンサート~
 ブリリアント
 
1982年11月21日
ライブアルバム
1982年10月17日に東京・芝・郵便貯金ホールで行われた秋のコンサートを収録。
日記
 
BRILLIANT -Lady Naoko in Concert-
 BRILLIANT -Lady Naoko in Concert-
 
1982年11月21日
映像ソフト
上記コンサートの映像ソフト。
日記
 
Invitation
 Invitation
 
1982年12月1日
詞/竹内まりや 曲/竹内まりや
B面/木枯らしの乙女たち
詞/尾関昌也 曲/尾関昌也
日記
 
アイドル百科3 河合奈保子
 アイドル百科3 河合奈保子
 
1982年12月20日
ムック
日記1 日記2
 
あるばむ
 あるばむ
 
1983年1月21日
アルバム
収録シングル/Invitation、けんかをやめて
日記
チェリーピンクのプチハート
 チェリーピンクのプチハート
 
1983年2月23日
写真集
日記
 
ストロー・タッチの恋
 ストロー・タッチの恋
 
1983年3月1日
詞/来生えつこ 曲/来生たかお
B面/若草色のこころで
詞/来生えつこ 曲/来生たかお
日記
NAOKO IN BANGKOK 河合奈保子写真集PART4
 NAOKO IN BANGKOK 河合奈保子写真集PART4
 
1983年4月15日
写真集
日記

 
エスカレーション
 エスカレーション
 
1983年6月1日
詞/売野雅勇 曲/筒美京平
B面/恋のハレーション
詞/秋元康 曲/筒美京平
日記
SKY PARK
 SKY PARK
 
1983年6月1日
アルバム
収録シングル/恋のハレーション(エスカレーションのB面)
日記
It’s a Beautiful Day
 
 
1983年7月21日
ミニアルバム
全6曲、すべてオリジナル。
日記
 
UNバランス
 UNバランス
 
1983年9月14日
詞/売野雅勇 曲/筒美京平
B面/リメンバー
詞/売野雅勇 曲/筒美京平
 
素敵な時間
 素敵な時間
 
1983年10月20日
写真集


 
HALF SHADOW
 HALF SHADOW
 
1983年10月21日
アルバム
収録シングル/エスカレーション、UNバランス
 
疑問符
 疑問符
 
1983年12月1日
詞/来生えつこ 曲/来生たかお
B面/冷たいからヒーロー
詞/来生えつこ 曲/来生たかお
 
プリズム(AngelⅡ)
 プリズム(AngelⅡ)
1983年12月21日
ベストアルバム
収録シングル/UNバランス、ラブレター、夏のヒロイン、Invitation、エスカレーション、愛をください、ストロー・タッチの恋、けんかをやめて
 

 

工事日記 2024.01.05
公開しますが、工事中です。第一期工事としては主に1980年にリリースされた作品をまとめました。音楽に限らず、映像ソフトや写真集・エッセイなどの出版物も取り上げていくつもりです。
今後の日記で奈保子史に触れる際などにリンクして使用するほか、ワタシ自身のスケジュール表として(笑)使っていきたいと思っています。
工事日記 2024.06.09
更新をサボっていたら、セカンドアルバムが出てました。マメにメンテしないといけませんね。
81年末までのシングル、アルバム、出版物をアップしました。奈保子さんの芸能人生のなかでも最大の、激動のシーズンに差し掛かろうとしています。
工事日記 2025.01.01
第三期工事では1982年発売の作品を中心に、河合奈保子史に記録すべき大きな出来事も記載しました。今年も盛り沢山です(>今年じゃないけどな)。怪我はいまだ癒えず、腰にコルセットを着けてではあるものの、仕事に復帰。紅白歌合戦への初出場を果たしました。河合奈保子のいわゆる「アイドル」時代の、後半期とワタシは思っています。歌手人生の転機となった竹内まりや作詞作曲『けんかをやめて』が、今年は控えています(>今年じゃないけどな)。
工事日記 2026.01.03
第四期工事では、1983年発売の作品を記載しました。河合奈保子歌謡史では「転機」となる年ですが、自分史を振り返ると現役時代のこの頃、ワタシは「ファン」であることをやめていました。四年目を迎える「四〇年遅れの推し活」は、「思い出」という補助ぬきの、未知の奈保子ワールドへの旅路がいよいよ始まります。

河合奈保子『SKY PARK』

YouTube

1983年6月1日発売
 

Tシャツ 一枚の胸で あなたの背中に
今 しがみつく私よ
初めてね あなたのバイクに
乗せてもらうのは
ネエ 息づかいも伝わるわ


前作『あるばむ』に続く、音楽家二人の「競創」。※1 今回の二枚看板は筒美京平と、そして、石川優子!
オープニングは多摩市・カナメさんからのリクエスト、アルバム『SKY PARK』より、河合奈保子『ちょっぴりパッショネイト』をお送りしました。
作曲/筒美京平、作詞/来生えつこ。来生えつこの詞が、(いつもの弟・たかおではなく)筒美京平のメロディに乗り、それを河合奈保子が歌います!
「お願いもっととばして」と後ろから囁く少女の恋の情熱は、ふたりを乗せたバイクの疾走に重なって、狂おしさと、危うさを感じます……。
 



上に掲載したのは見てのとおり。これまでのシングルA・B面の曲目と、アルバムへの収録状況を簡単に表にしてみました。シングル収録曲をアルバムと同じ色に塗っています。
4枚目『SUMMER HEROINE』から顕著になりますが、直近のシングル曲の収録に、さほど積極的ではなくなってきています。「シングル曲収録媒体」からの脱却、とでも云いますか。
『SUMMER HEROINE』には、しょうがない事情があります。前作から間が空き過ぎました、「ケガ」の影響でしょう。
しかし、それ以上に、アルバム収録に相応しい曲ならそうするが、そうでないなら収録はしない。そんな「アルバム・コンセプト重視」の姿勢と――
シングル収録を「売り」にしなくても奈保子のアルバムは売れる! 奈保子なら「ベスト(盤)」を出せるし、売れる! ――そんな「自信」とが、見て取れます。

そして、オリジナルアルバムとしては6枚目の『SKY PARK』では、とうとうシングルA面曲の収録はゼロ! わずかにシングル(『エスカレーション』)B面から『恋のハレーション』ただ一曲が収録されたのみ。
それでは続いてお聴きいただきましょう。多摩市・カナメさんからのリクエスト、『SKY PARK』より、河合奈保子『恋のハレーション』をお送りします。

河合奈保子『SKY PARK』
YouTube


作曲は同じく筒美京平、作詞は秋元康。
シングル『エスカレーション』/アルバム『SKY PARK』から、作曲家・筒美京平、作詞家・売野雅勇との関りが始まるわけですが、河合奈保子歌謡史にこの人物もここで登場しています。

 

秋元氏とはこののち、21枚目のシングル『デビュー〜Fly Me To Love』とカップリングの両A面にして、アニメーション映画『ルパン三世 バビロンの黄金伝説』の主題歌でもある『MANHATTAN JOKE』で接点をもつことになりますが、それはまだ先の話です。
 
『エスカレーション』の作曲も筒美京平です。このアルバムの趣旨から云えば収録してもよかったんでしょうけど、なにしろ発売日が同じ(>1983年6月1日)。さすがにシングルの売上に響くような真似はしていません。そもそも、B面でも同じ発売日のアルバムに、シングル曲が収録されるって珍しいですよね。
 

河合奈保子『SKY PARK』

YouTube

 
あなたのことばかりを
おしゃべりする私に
人は呆れて言う“恋人形”

そして、(アナログ)盤をB面に裏返せば、このひとのパート。
お聴きいただいたのは、多摩市・カナメさんからのリクエスト、『SKY PARK』より、河合奈保子『恋人形』をお送りしました。
のどかなミディアムスローのメロディに乗る、片想いの詞が切ない。
作詞作曲は、石川優子! ついにこのひとが河合奈保子の曲を書いてくださいました!

続いてアップテンポな「ザ・石川優子」テイストの『Dreamy Sailing』、A面『アリバイ』とは表裏対照の『初めての疑惑』、タイトルそのままの陽気にダンサブル『レモネード・サンバ』、そしてファンの間では名曲の誉れ高い、『Sky Park』の全五曲。石川優子の世界を見事に河合奈保子が歌い上げています。
 
 
こちらも表にしてみました。こうしてみると、よくわかります。
A面(筒美京平パート)・B面(石川優子パート)を通じて、まるで連なったストーリー仕立てのような構成になっています。
特に3曲目。「人違いよ」と口先ではとぼけながら、心の中では否定しないA面・秋元康の『アリバイ』。対して、悲しい現場を目撃してしまい、それでもいまの幸せを失ってしまうのが怖くて確かめることができずにいるB面・石川優子の『初めての疑惑』。――シチュエーションは正反対ながら、ともに男女の不穏な危機的状況を歌っているのが面白い。

曲・詞の作者同志は、別に示し合わせたわけではないでしょう。
でもレコード会社の制作者は、明らかに意図して曲順を組んだのでしょうね。
YouTube 『アリバイ』
YouTube 『初めての疑惑』
 
「片想い」から始まった、歌によって綴られた物語は、クライマックスへ。
いろいろ、ありました。浮気の現場を目撃してしまったことも。
それでも、誤解であったのか、あるいはそんな彼とは別れて新たな恋が始まったのか、再びサンバが踊れるぐらいに回復(笑)。
YouTube 『レモネード・サンバ』
 
そして、「あなたの空になれたら」――そんなふうに願う、穏やかで、大きなこころのレディへと成長する――。
最後を飾るのは、もちろんこの曲。
多摩市・カナメさんからのリクエスト、『SKY PARK』より、河合奈保子『Sky Park』をお送りします。

河合奈保子の「シンガー期」※2は、主として筒美京平×売野雅勇のゴールデンコンビの「ちょいエロ歌謡」(笑)によって支えられることになります。その一方で、曲数・頻度としては太くはなかったけれど、自ら歌い手でもあるシンガーソングライターによる「アーティスト路線」の楽曲もまた、歌手としての彼女の柱でした。
竹内まりや→来生たかお→ ときて第三のシンガーソングライターである石川優子に、河合奈保子の「シングル」が無かったのは、まことに惜しく、寂しく、残念です。
せめて、この歌だけでもシングルカットしてくれていたら――。そのように思わずにはいられません。
 
「アルバム曲の名曲」では、知っているのは「ファン」だけです。それが悔しい。
先日の「あなたの河合奈保子ベストテン」※3で、トップ25にランクインしたアルバム曲は2曲。その一曲が『Sky Park』です。順位は堂々の8位! 8位ですよ? 『デビュー』や『十六夜物語』を抑えて!?
シングルで出ていたら、間違いなく世に知られた河合奈保子の代表的シングルになっていたでしょう。
石川優子さんにセルフカバーしてほしいぐらいです、シングルで。いまからでもいいですよ。
 
あなたの空になれたら
私の心 Sky Park
花は咲き乱れ 鳥は歌う
陽だまりに包まれて
 
河合奈保子『SKY PARK』
YouTube
 
2026.06.16 大幅変更
2026.06.17 加筆
2026.08.02 一部訂正

※1

※2

※3

 

 

河合奈保子『エスカレーション』
1983年6月1日発売

(1)六月一日は「奈保子記念日」再び

 

 

河合奈保子が『大きな森の小さなお家』でデビューしたのは、1980年6月1日。
彼女の最も有名なナンバーと云ってもいい代表曲『スマイル・フォー・ミー』が発売されたのは、翌81年6月1日。
その二年後の同月同日、83年6月1日にこのシングルは発売されました。

現在、日本のCD発売日は「水曜日」に決まっています。オリコンチャートの集計値を最大にするためです。
うるう年だろうと通常年だろうと、昨年、今年、来年の「6月1日」が、同じ曜日になることはありません。よって年を跨いだ同月同日にCDを出すことは、今日ではまず有り得ません。

ですがこの当時は、こういうことが普通にありました。
当時は水曜固定ではなく、〇月1日、5日、10日など、(別にキリのいい日に限ったわけではないようですが)日付を決めて各社各歌手横並びで、レコードが発売されていました。なので、こういうことができたのです。
デビュー日の「6月1日」に狙いを定め、渾身入魂のシングル曲を発表することがです。

(2)ナンバーワン・セールス曲!?

 


Blu-ray DISC BOX『NAOKO ANTHOLOGY SONGS』の発売記念キャンペーン「あなたの河合奈保子ベストテン」は記憶に新しいところです。堂々の1位はもちろん『スマイル・フォー・ミー』。ですが、セールス(売上)では2位。トップの座を他に譲っています。
ちなみに3位は『夏のヒロイン』。ちなみに発売日は82年6月10日。
では1位は? と云うと、それが今回取り上げる、『エスカレーション』なのです!
ウィキペディア参照

なんと河合奈保子歌謡史上のセールス・トップ3が、6月リリースのシングルで占められています。
もちろんこれは不思議な偶然でもなんでもありません。記念すべきデビュー月にリリースするシングルにはそれだけの、必勝・大ヒットを期した力が込められていた、その必然の結果に違いありません。

作詞/売野雅勇、作曲/筒美京平――。
そしていよいよ河合奈保子歌謡史に初めて、この人物たちが登場します。

(3)ちょいエロ路線(笑)のオトナシフト

「紅白」(歌合戦)出場曲が、第一回(81年)『スマイル・フォー・ミー』、第二回(82年)『夏のヒロイン』だったのもむべなるかな。
ならばこの年の瀬、三回目となる「紅白」は『エスカレーション』で決まり?――となりそうなものですが、事実はそうではなく、出場曲は次曲『UNバランス』でした。
さすがにNHK的に、歌詞がマズかったのかもしれません……。

 

大胆過ぎるビキニよ 選んだ意味がわかるかしら


大胆過ぎるビキニよ(!)――この詞を奈保子さんが歌う説得力、破壊力といったらありません。
どんなビキニですか? 大胆過ぎるビキニって。
奈保子さんの口からそんな言葉を聴くだけで、うれし恥ずかし Oh my heart カラダの一部がHOT!HOT!
続く詞がまた挑発的です。

 

まっすぐに見れないの 案外内気なひとね

 

そんなことを云うんですね、奈保子さん?
だったらまっすぐ見るよ!? 『フォトメッセージ』※1も『さまーひろいん』※2も『NAOKO IN BANGKOK』※3も!(>写真集かよ)
云っとくけど、ぼくの瞳から発するエロ視線(ビーム)は、液晶ディスプレイを貫くよ!?
泣いたって、やめてあげないからね!? ホントにいいんだね? 奈保子ォォォォォッ!!!


――以上、お約束の戯れでした。これをやらなかったら、ワタシの推し活ではありません。
この歌が奈保子歌謡史のトップ・セールスだと知ったときは、正直意外で驚きました。
当時のコアなファン層の気持ちとしては、「こんなの奈保子ちゃんじゃない」という反撥も、少なからずあったんじゃないかと想像するのですが……。

しかし、歴史の事実はあの『スマイル・フォー・ミー』を抑えて、トップ・セールスです。
これは河合奈保子人気が、コアなファン層を超えて、広く一般層に浸透し、支持されるに至った。その証左ではないかとワタシは考えます。

現代とこの当時とでは、アイドルの在り方がまるで異なります。
現代のアイドルはグループ――それもメンバーの卒業と新規加入によって入れ替わっていく「劇団型」です。メンバーが替わるからこそ、逆に「歌」の性質は一定です。
一方、この当時のアイドルは、基本ソロ――一人です。年齢とともに成長していく。従って、いつまでもキャピキャピしたかわいらしい歌、歌ってられないという事情があります。
そこである時期を境に、オトナの歌を歌うようになるのですが、多くのアイドルがここで躓いてしまいます。

 

石野真子のケース
『ジュリーがライバル』→『春ラ!ラ!ラ!』→『ハートで勝負』→ときて、思いっきりオトナシフトに舵を切った10枚目が『めまい』でした。『甘いささやき』(アルバム『LOVE』収録)※4が大のお気に入りのワタシとしては、モロ好み好みなんですけどね、この歌。


からだじゅう 指ではじいて ピアノにするの♪

凄い歌詞ですよね!? ストレートに云や女の子のひとりエッチじゃないですか!? それをここまで文学的に表現したセンテンスがあるのかと。感服します。驚嘆します。
これをあの真子ちゃんが歌ってるんですよ!? ゾクゾクします。うれし恥ずかし Oh my heart カラダの一部がHOT!HOT! ワタシがファンなら昇天してます。
でも、当時のファンの受けはあまり良くなかったらしい。「こんなの真子ちゃんじゃない」といったところでしょうか。ウィキペディアに記された順位からも、そのことが伺えます。
以降、「アイドル歌手」としての石野真子の人気は、80年代アイドルの台頭も相まって、下降線をたどっていくことになります……。

それではここで、もう一曲お聴きください。ワタシの好み抜きにして、名曲だと思うんですけどね。つくづく世の風向きとは、わからぬものです。多摩市・カナメさんからのリクエスト、石野真子『めまい』。

石野真子『めまい』
YouTube


とまれ、『エスカレーション』での河合奈保子の「オトナシフト」の成功は、これまでの「アイドル」時代に増して、「シンガー」として飛躍する、その第一歩となります。

これはワタシの勝手な分類ですが、デビュー曲『大きな森の小さなお家』から12thシングル『ストロー・タッチの恋』までを河合奈保子の「アイドル期」。
13th『エスカレーション』から24th『涙のハリウッド』までを「シンガー期」とワタシは呼んでいます。(25thシングル以降は――? それはまたいずれ、その《時》が来たら。)
長らくトレードマークであった末広がりのセミロングをばっさりショートにイメチェン、「清純派」からひとかわ脱皮のちょいエロ路線(笑)、奈保子歌謡史の第二幕、名付けて「シンガー期」が、ここに開幕しました。

(拍子木連打の効果音、インサート)

それでは、お聴きいただきましょう。お送りするのはもちろんこの曲、多摩市・カナメさんからのリクエスト、河合奈保子『エスカレーション』。

河合奈保子『エスカレーション』
YouTube

 

水着までワンピースにチェンジしちゃったのは、ちょっぴり寂しくもあり(苦笑)。
どこの水泳大会だったか、ワンピースで『エスカレーション』を歌ってたんですよねぇ。「大胆過ぎるビキニよ~♪」って。いや、そこはビキニでお願いしますよ!?
なんてことを云ったら、バチが当たりますよね。二十歳を過ぎ、芸能人としてここまでの地位を確立した奈保子さんが、水着になってくださっているだけで有難い。それはわかってます。それでも「大胆過ぎるビキニよ~♪」って、ちょっと照れながら歌ってるビキニの奈保子さん、見てみたかったなぁ……。


(次回予告)B面は秋元康!

エンディングにはB面曲をお送りするのが通例ですが、作曲/筒美京平、作詞/秋元康のB面、『恋のハレーション』については次回、オリジナルアルバム6枚目『SKY PARK』の奈保子日記に譲ります。
同日リリース! そしてシングルでは唯一、この曲が収録されています。A面曲は収録されてないのに!?


※1

※2

※3

※4

 

 

 

河合奈保子『スマイル・フォー・ミー』

1981年6月1日発売

この活動※1を始めて強く再認識させられたのは、河合奈保子は明るく元気なキャビキャビした歌ばっかり歌ってきたわけではない、ということでした。
事実はその逆であって、数の上ではアイドル時代の河合奈保子の歌は、むしろ「マイナー調」が基調と云って過言ではありません。
ここまでのシングルを振り返るだけでも、そのことに気付かされます。

――そばにいると 胸がキュンとなるの♪
(ヤング・ボーイ)
――愛してます 泣きたいほどあなた♪
(愛してます)
――ああ 17才の私♪
(17才)


『大きな森の小さなお家』を除く、実に4曲中3曲が「マイナー調」です。

ですがこの歌が、そんな「事実」も「印象」も、ぜーんぶなぎ倒して、ひっくり返してしまいました。
それでは、お聴きください。多摩市・カナメさんからのリクエスト、河合奈保子『スマイル・フォー・ミー』。ホップコーンみたいに踊る、弾む心が止まらない。

河合奈保子『スマイル・フォー・ミー』
YouTube


ちなみに、これから一年間の歌はどうかというと、以下のとおりです。
・81.09.01 ムーンライト・キッス(ミディアムスロー)
・81.12.05 ラブレター(マイナー調・アップテンポ)
・82.03.10 愛をください(マイナー調)
・82.06.10 夏のヒロイン(ポップ調・アップテンポ)


「ポップなアップテンポ」の歌は、実は『スマイル・フォー・ミー』と『夏のヒロイン』のわずか二曲しかありません。
しかし、この二曲、とりわけ『スマイル・フォー・ミー』はアイドル・河合奈保子の「印象」を決定づけ、「明るく元気な歌こそ河合奈保子」というイメージを世に定着させたようです。かく云うワタシも、そんなイメージのペイントに染め上げられた一人です。
その後、テレビで取り上げられるアイドル・河合奈保子の記録映像が、決まって『スマイル・フォー・ミー』歌唱のそれであったことも、その傾向に拍車をかけたことは間違いないでしょう。
 

ケガ前の『スマイル・フォー・ミー』、ケガ後の『夏のヒロイン』という云い方もできそうです。
余談ながら、「紅白歌合戦」に初出場を果たしたのも、この歌です。およそ二カ月間におよぶ入院~療養を明けて早々の初出場の大舞台、それも紅組・白組を通じてのトップバッター。しかも、その舞台である渋谷・NHKホールは、ほんの二カ月前に事故に見舞われた当の場所でした。
川中美幸、小林幸子、岩崎宏美ら、そうそうたる紅組出場歌手に背後から見守られてのそのステージは、パニック症状など万一のトラブルへの備えであったであろうことは明らかです。
松田聖子や中森明菜とはまた性質は異なりますが、彼女もまた「劇的」な運命の「星」を背負った女性(ひと)なのだと思います。


紅白歌合戦1981
――『河合奈保子 プレミアムコレクション~NHK紅白歌合戦&レッツゴーヤング etc.~』より
※2


5曲目にして遂に現れた、ポップなアップテンポ!
時間を遡って、当時のファンの気持ちに想いを馳せれば、「こんな奈保子を待っていた!」という歓喜だったに違いありません。

『大きな森の小さなお家』でデビューしたのは、1980年6月1日。
それからジャスト一年後の1981年6月1日。
河合奈保子と云えば『スマイル・フォー・ミー』、『スマイル・フォー・ミー』と云えば河合奈保子。
そんな彼女の歌手人生を象徴するこの歌は、デビューと同じこの日にリリースされました。

Smile for me!
Smile for you!


笑みをくれるあなたに
ぼくも笑みを贈ろう
あなたが あなたが まぶしい 

メモリアルな「記念日」として、毎年「6月1日」を祝おうではありませんか。

河合奈保子『河合奈保子ゴールデン☆ベスト~B面コレクション~』
YouTube


お別れはこの曲、多摩市・カナメさんからのリクエスト、『スマイル・フォー・ミー』B面、河合奈保子『セレネッラ』をお送りします。
「セレネッラ」とはイタリア語で水の妖精(Selena)の愛称。曲名でもあるこの単語を、女性コーラスが口ずさむのみで、奈保子ちゃん自身の口からは、一言も発せられません。この変則ぶりが面白い。
「私を女神と呼ばないで」という詞は、まるでアイドルである奈保子ちゃんの心の叫びのようで、ファンの胸を刺します。
この歌だけで日記を書いていますので、よろしければご覧ください。※3
それから最終行でこんなことを云うのもなんですが、「一日」は「いっぴ」とお読みいただけると、語呂がいい感じです。

 

あとがき 【アップデート版】発表について
元の日記を読み返しましたが、えらいもので二年も経つと赤面もので読み返せたものではありませんでした。
 心境や考えが変わるたび、はたまた文筆の腕前が少しばかり上がったからといって、過去に発表した日記をリライトしていたらキリがありません。なので過去の日記は気にしないことにしていますが、今回はこれから発表する日記にどうしてもリンクする必要があり、さりとてあんなシロモノをリンクするわけにはいかない。なにより、ほかならぬ『スマイル・フォー・ミー』は、「歌」に焦点を絞って書き直しをしておきたく、この機会に【アップデート版】としてリライトすることにしました。
その時の「想い」をなんでもかんでもブチ込めばいいというものじゃない。文章を時間の経過に堪えるものにするには、主題を絞る必要もある。なんて云ってるこの日記だって、二年後に読んだらどう思うかは知れたものではないのですが。
この歳になって、いまだに以前に書いた文章が恥ずかしいって、成長しなさ加減を嘆くことしきりです。それとも、いまだに成長過程にあるってことでいいのかな? 伸びしろしかない? この歳でこのフレーズ使うって、やっばり恥ずかしいような……。


※1

※2

※3

 

 

 

月明け早々の発信を目標に『エスカレーション』の奈保子日記を鋭意執筆中ですが、その過程でワタシ界にちょっとした石野真子ブームが訪れました。
そこで次回奈保子日記の前に、軽くおしゃべりしておこうと思います。
まずは、お聴きください。多摩市・カナメさんからのリクエスト、石野真子『春ラ!ラ!ラ!』。

石野真子『春ラ!ラ!ラ!』
YouTube

 

あなたが好きになる前に ちょっと愛した彼かしら
会ってみたいな久しぶり あなたも話が合うでしょう


合うかあッッッ!!!(笑)

ないないない! 真子ちゃん、能天気すぎ。
ただ、あらためてこの歌をよく聴いてみて、ワタシに勘違い、認識違い、記憶違いがあることに気付きました。
別に三角関係ではないのですよね、この歌。
元カレと今カレが、きっと仲良くできるはず――という発想があまりにも能天気すぎるというだけで。

曲調が真子ちゃんらしい陽気なアップテンポであるだけでなく、詞の中身も別に堂々と二股交際をしているわけではなく、ただのハーレム幻想であって罪はないと云えば無い。
『けんかをやめて』が世にも珍しい「河合奈保子の炎上」という事態を巻き起こしたのに比べ、『春ラ!ラ!ラ!』が炎上したとは聞かないことをちょっと疑問に思ってましたが、それも道理でした。

そこへゆくと、河合奈保子の『けんかをやめて』は、完全に二股交際ですからね(笑)。

 

ボーイフレンドの数 競う仲間達に
自慢したかったの ただそれだけなの


こっちは文句なし、問答模様、現在進行形の三角関係。もしかすると、それどころじゃないかもしれない。
ヘタをしたら、けんかをしてるのは、自慢できるぐらいの数で存在する奈保子のボーイフレンド達の、たまたま衝突してしまった二名に過ぎないのかもしれない(笑)。

それでも、なれるものならなれたらいいな。奈保子のボーイフレンド・27号。
それでも、三人揃って春ラ!ラ!ラ!――はないなぁ。
万が一遭遇しようもんなら、これを歌ってもらうことになるかもよ?


河合奈保子『けんかをやめて』
YouTube


お聴きいただいたのは、河合奈保子『けんかをやめて』です。多摩市・カナメさんからのリクエストでお送りしました。
河合奈保子は『けんかをやめて』の発表後、『Invitation』→『ストロー・タッチの恋』→を経て、転機となる『エスカレーション』を歌いました。
石野真子もまた『春ラ!ラ!ラ!』の発表後、『ハートで勝負』→を経て、『めまい』を発表することになります。こちらも石野真子にとっては、自身の歌手生活の転機となる曲です。

不思議な符合を感じます。

それとも、これは不思議でも何でもない、ただの必然?

当時のソロのアイドル歌手が、自身の成長に沿って辿る道は、自ずと似かよってしまうのでしょうか。

そのあたりについては、次回。『エスカレーション』の奈保子日記に譲りたいと思います。

 

そして忘れてはいけなかった、「HIDEKIの弟妹募集!!全国縦断新人歌手オーディション」。
これに出場した河合奈保子が、大阪地区大会、決勝大会通じて披露した歌が、『春ラ!ラ!ラ!』なんですよね。これは不思議な運命、感じていいよね。

 

2026.05.25 一部変更

2026.05.26 一部変更

 

 

地獄に堕ちるわよ
 

愛犬・ティアラが姿を消し、広い邸宅を探すラストにゾワりました。
 

(細木)(部下に向かって)そこの荷物は積んじゃって。ティアラのキャリーは新しいやつにしてね。
(川谷)連れてくんですか? ハワイに?
(細木)二週間も離れ離れじゃ、寂しくて死んじゃうからね。
(川谷)そっかぁ、ティアラちゃん、繊細ですもんね。
(細木)違うわよ、死んじゃうのはあたし。

――『地獄に堕ちるわよ』 Episode 7より


細木数子の小説を出版する(はずだった)編集者との会話。これは伏線でした。この時はそうとは気付かないレベルの。この実にさりげない伏線が、ラストで回収されます。
序盤~中盤にかけて物語の「語り部」であった「現代」の細木数子の愛犬として、Episode 1から登場し続けていたティアラちゃんが、『ゴッドファーザー』みたいなことになってしまったのでしょうか!?

その結末は描かれなかったのですが、それだけに一抹のゾワゾワ感を抱えたまま、物語は幕を下ろします。細木数子の哄笑を残して……。

 

 

本人役として出演したレーザーラモンHGの、ドラマと実際の番組の裏話を興味深く拝見しました。このひとが『ズバリ言うわよ!』に出演したのは、「プレバト!」での絵画の特待生としても知られる現在の彼とは違う、まだブレイクしたばかり、「住谷くん」の素顔なんて知られていない、ガチ・ハードゲイ設定の頃でしたからねぇ(笑)。
ドラマ視聴者の皆さんには、オフトークとしてもオススメです。

他にもこのドラマ配信を契機に「本当はもっと怖い細木数子」的な動画が散見されますが、実在のモデルを主人公にした「フィクション」が、「美化」増し増しで描かれるのは世の常です。大河しかり、朝ドラしかり。

主演の細木数子役に戸田恵梨香、彼女の小説を書くべく取材する作家役に伊藤沙莉。二人は云わずと知れた朝ドラ主演女優。加えて、市川実和子、中島歩、そして三浦透子――。
彼女らのキャスティングに、「ネガ」としての「朝ドラ」への「意識」を感じてしまうのは、ワタシの勘ぐり過ぎでしょうか。ほかにも杉本哲太や土村芳など、朝ドラ出演俳優を挙げていけばキリがなく、小さくない確率によるただの偶然かもしれませんが。

三浦透子さんは『カムカムエブリバディ』でのヒロイン(三代目)の親友役でなじみ深い女優ですが、彼女の演じる島倉千代子が素晴らしい。剛力彩芽のフライングニールキックに比肩する再現ぶりに感動しました。

前夫に騙され、背負わされた巨額の負債。それを肩代わりし、以後の芸能活動のマネージメントに尽力した細木は島倉にとり大恩人であり、実の姉のように慕っていました。
しかし、借金などとうに完済しており、金のなる木として食い物にされているのだと知った彼女は、細木に報復します。実に女らしい、やり方で……。


ふたりは袂を分かちますが、そこで挿入される劇中歌が島倉千代子の代表曲『人生いろいろ』なのです。

お千代さん、こんなバックボーンがあって、この歌を歌っておられたのでしょうか……。
――いろいろ過ぎるわ。

原曲と聴き比べましたもん。こっちのほうが島倉千代子らしい(笑)。頭でイメージする「島倉千代子像」に、島倉千代子ご本人以上に寄っていると云いますか。

島倉千代子のパートを境に、伊藤沙莉は取材相手を細木本人から彼女の関係者に替え、物語は様相を一変させます。

終戦後は飢えに苦しみ、ミミズまで食べた。高度成長期に美貌と商才を武器にのし上がり、そして騙され、食い物にされた。それでも運命の男と出逢い、救われ、這い上がった。朝ドラのヒロインのような半生――。
しかし、関係者の証言の数々から浮かび上がるのは、そんな自身の談話とはまるで異なる、細木数子の人間像でした――!?

小説を完成させた伊藤沙莉は誰よりも(出版社よりも)早く、細木数子にゲラを渡します。

独り最初の読者として彼女の小説を読む、細木の頬を伝う涙の意味は、感動だったのか、それとも――?
売れた小説はデビューの一作きり、パートで生計を立てるシングルマザー、吹けば飛ぶような木っ端小説家と、巨万の富を得た最も有名な占い師、マスコミの寵児にしてヤクザも顎で使う現代の女傑が、クライマックスで対峙する――!


彼女の実像はこんなもんじゃない――それはそうでしょう。そうであるとしても、朝ドラでは到底描き得ない人物を題材に、ここまで彼女の暗黒面に迫った攻めた「フィクション」であるこのドラマをワタシは支持します。