あの頃、当たり前のように奈保子さんはテレビや雑誌の世界にいました。
少年の頃のワタシは、ぼんやりと彼女を好きになり、ぼんやりとテレビや雑誌の彼女をうっとり眺めていました。
そして彼女が二十歳になるならないぐらいの頃、ワタシは彼女のことを忘れ去ってしまいました。

キレイな言葉で云えば「卒業」というやつでしょうか。若い頃というのは、とかく心変わりをしてしまうものです。当時、ワタシはある作家に虜になっていました。とは云え、薄情な話です。
気付いた時には彼女は結婚しており、一児の母となり、芸能界を去っていました。そのぐらい、ワタシは彼女への関心を失くしていたのです。

どういうわけか、いい歳をしたオッサンになって、アイドルに目覚めました。そうして、少しはアイドルというものを学んだ目線で当時を回顧したとき、河合奈保子というアイドルが、歌手が、「当たり前」なんかでは到底ない存在であったことに気付いたのです。

これは奈保子さんに限った話ではありません。1980年代前半というあの時代そのものが、とんでもない時代だったのです。それはまるで、維新の英雄たちを輩出した幕末の如しです。ことに聖子・明菜という、70年代における山口百恵級のスターが、ふたり同時に二重の太陽として燦然と輝いていたのは、空前にして絶後でしょう。

その圧倒的に眩い光に隠れ、河合奈保子の存在がやや目立たなかったことは否めません。
かわいくて、グラマーで、歌が上手な、正統派アイドル――。それが彼女に対する世間の、過不足ない評価だったように思います。
ですが、たかだかそんなフレームで収まるひとでは、まったくなかったのです。

考えてみてください。
ルックスにおいて可愛らしいのは云うまでもなく、そのスタイルは絶妙にふっくらした魅惑のエルちゃん体型。二十歳を過ぎ盤石のスターとなっても水着姿を披露し続け、世の男性を慰めてくれました。芸能史にその名を刻むグラビアクィーンです。
 

『The♥かぼちゃワイン』(三浦みつる)のヒロイン・「エル」こと朝丘夏美のモデルは、ミノルタのCMで脚光を浴びた当時女子大生の宮崎美子さん。スタイルを評して引き合いに出すのは、我ながら的を射ていると思います。


歌手としても歌唱力に秀でているだけでなく、ミュージシャンとしてギター(弦楽器)とピアノ(鍵盤)をこなす多彩なスキル! 歌手生活の終盤では自ら作曲をものし、その腕前はシングルを出し「紅白」に出場、オール自作曲でアルバムを出す、まぎれもない本物。トップアイドル出身のシンガーソングライター!? そんなひとほかにいますか? 長い芸能史で彼女ただ一人だと思います。

アイドルとしては清楚そのものの本物の清純派。浮いた噂もほとんどなく「アイドル優等生」「スキャンダル処女」と呼ばれた、まさにアイドルの理想像、アイドルの完成形。アイドルの最終兵器(リーサルウェポン)、それが河合奈保子なのです。
ついで云えば、たった一度だけ浮名を流したそのお相手は、世界のムービースター=ジャッキー・チェンです。こちらから「大ファンです」と近付いたわけではありません。向こうから熱烈ラブコール、猛アプローチされているのですよ!?
 

 

……奈保子さん、あなたは一体、何者なんですか?
 

同じ大阪出身であることは、同郷のワタシには嬉しく、誇りに思います。
でも、ほんとうですか……? どうにも疑わしく思えてなりません。
ほんとうは、どこか別世界、たとえば「月世界」からやってきたんじゃありませんか?
そういえば、あなたの歌には高い頻度で「月」が出てきているように思います。
そして十六年という決して長くはない芸能生活にピリオドをうち、かぐや姫のように芸能界から去ってゆきました。「月世界」ではないけれど。
いまはオーストラリアにお住まいだと聞きます。ワタシのような小さき者には、月もオーストラリアも、遥か遠い異世界という点で似たようなものです。現在はまさに大きな大陸の大きなお家にお住まいのマダムです。

※お家の広さは知りませんけど、きっとそうだと思います。
あなたがいたことは、確かな現実。でも、ふとそれすら疑わしくなってしまう。本当にかぐや姫のような、夢のような女(ひと)だったのだと思います。

 

 

この現代に、この歳になって、あらためて河合奈保子のファンになろう、「卒業」した河合奈保子をもう一度しっかり大学まで学び直そう、河合奈保子でキャンパスライフを謳歌しよう。そう思った、そのきっかけは、はじめの奈保子日記に書きました。ですが、ワタシの気持ちも認識も、当初のそれからは大きく変っています。
知れば知るほど、あなたの凄さを知る。知れば知るほど、ますます好きになる。

 


そして、そのたびにつのっていったのは、自らの過去への強い強い後悔でした。

一度でいい、コンサートのあなたの生のステージをこの眼で見たかった。
一言でいい、握手をして、言葉を交わしたかった。

そうしようと思えば、できたのに。
同じ時代を生きて、過ごしていたのに。

夢中になることはありました。無為に過ごしたわけではないつもりです。それでも――。
何かに夢中になると、それしか見えなくなる、それ一点に全集中でのめり込むのは、ワタシの悪いクセ。ほんの関心のひと欠片でもあなたに残していれば、いまこんな思いを味わずに済んだかもしれないのに。

人生に、取り返しのつかないことはあるものです。
それでも、少しぐらいは取り返せる。そんな青春のひと欠片を取り返そうと、いまこんなことをしています。
当年とって五十七才。リッパなジジイです。違う意味で、大人でもない、子供でもない。

多摩市・カナメさんからのリクエストは、河合奈保子4枚目のシングル『17才』。
『ヤング・ボーイ』、『愛してます』と続き、すでにお得意の感もあるマイナー調をさらに強いアップテンポで攻めてきます。

 

感じてマイ・ハート この胸は
もう あなたで いっぱい


奈保子ちゃんの胸がいっぱいになるだなんて、それはさぞかしものすごい質量の恋愛感情なんでしょうね?
パァァァンッ!(奈保子のハリセン、一閃)

そんなお約束のジョークはさておき、なんといっても、ポイントはサビ。
 

あァあァァァ 17才 のゥゥゥンンンッッッ
私ィィィ


フォントの表現で何を云わんとしているかは、おわかりいただけると思います。
この部分をいかに切なく、かわいく、色っぽく歌えるか。それがこの歌の最大のキモだと思いますよ。
ワタシも心して歌いたいと思います。

あァあァァァ 57才 のゥゥゥンンンッッッ
ワタシィィィ


これを歌えるのは、この歳いっぱいですからね。
それを過ぎたら、67才になるまでこのパターン使えないですから。

現在御年60才の奈保子さんも、三年前に歌ったのでしょうか?(>歌うかあッ)

カムバックしてくれとは云いません。
プライベートでいいんです。

67才の私。77才の私。87才の私。
遥かオーストラリアの空の下、奈保子お婆ちゃんの縁側オンステージ、やってくれないかぁ。
研ナオコさんに許可は要りませんよ。きっと、笑って許してくれると思います。そういう問題じゃない?