河合奈保子 ライブアルバム『LIVE』


1980年10月14日、東京芝・郵便貯金ホール。
女性コーラスで幕は開く。
始まる前奏。爆発する大歓声。飛び交う紙テープ。(←想像)
 

「みなさん、こんばんは、河合奈保子です。今日は、私の初めてのコンサートに、ようこそおいでくださいました。
私は、ほかの歌手の皆さんのように、色んなことはできません。けれど、このステージ、最後まで、精いっぱい、歌いたいと思います。こんな私ですけれども、皆さん、最後まで、どうぞお付き合いください!」


オープニング曲『愛の花咲くとき』の間奏で最初のMC。挨拶する奈保子ちゃんのしゃべりは明らかに緊張で上ずっており、40年未来のワタシも「大丈夫?」と心配してしまうほど。
※洋楽ポピュラー、ペギー葉山らが日本語カバー。

 

「私は青空が大好きです! でも、東京の空はスモッグだらけ。ハワイの空、沖縄の空、イタリヤの空、そこには青い空があります! そこには愛の歌が満ち溢れています!」

 

ですが、2曲目『ヤング・ボーイ』を歌い終え、3曲目『Generation'80』歌前のMCでは、すっかりハツラツで流暢、そんな心配など吹き飛ばしてしまいます。
※洋楽ポピュラーのメドレー
この時代のアイドルはソロが基本。デビューしてまだ4カ月の十七歳の女の子が、ひとり最初のコンサートの大舞台に臨むのです。ガチガチになって当たり前。それでも、歌うことでノッてくる、調子を上げるのは、さすが「歌手」だなと思います。

本来なら、これは昨年中に取り上げておくべきテーマでした。レコード発売は1980年12月10日、3rdシングル『愛してます』と同時リリースだったんですね。云い訳ですがiTunesに配信されてないこともあって、迂闊にも見逃していました。
むしろ、(ライブ)「アルバム」ではなく、記念すべき最初の「コンサート」の話題として、昨年10月にアルバム『LOVE』の次に取り上げておくべきだったと思います。
ファーストアルバム『LOVE』(1980年10月10日)発売のわずか4日後に、ファーストコンサートは行われたんですね。参加できたファンは幸せの絶頂だったでしょう。

 

朗読・歌唱劇『パパとふたりだけにして』は、コンサート第二部前半(ライナーノート記載)のプログラム。当時のアナログ盤LPにはなく、カセットテープ版にのみ収録され、後発のCDにも収録されたという経緯があります。1枚のLPには収まらないが、カセットテープになら収録できる。おそらく、そんな配慮だったのではないかと思いますが、ボーナストラック扱いにするのは、あまりにも惜しい作品だと思います。
コアなファンはLPとカセットの両方を買ったでしょうが、LPを買ってその存在を知りもしない、あるいは知っていてもそのために買うのはちょっとと控えたファンも、けっこういるんじゃないでしょうか?
そんな方がもしこれをお読みでしたら、このためだけにCDを買っても、まったく惜しくないと申し上げておきます。5トラックながら、時間にして28分。これ以外のパートに引けを取らないボリュームです。

 

これこそネット配信してほしいところです。同じ歌かぶりまくりのベスト盤を何枚も配信するぐらいなら、こちらも配信してよと思いますね。諸事情あるんでしょうけど。

 

ファンにとっては、河合奈保子の初のお芝居。「色んなことはできません」なんて云いながら、色んなことにチャレンジしてるじゃないですか? のちの女優・河合奈保子の原点です。それになんといっても、作品としていい。ただし、初めて聴くひとは注意してください。ワタシはiPhoneに取り込んで、外を散歩しながら聴いたのですが、あやうく泣きそうになりました。住宅街で。赦してください、悲し過ぎます。
最初に台本を読んだ奈保子ちゃんも、熱く眼を潤ませたのではないでしょうか。悲劇のヒロインの名前も似ていて、感情移入はひとしおだったろうと思います。河合奈保子にあて書きをしたフィクションではありません。原作があり、幼くしてこの世を去った主人公「君田なおみ」ちゃんは実在した女の子です。
ナレーターでパパ役、久米明さんのお声も懐かしい。

 

 

劇中で語られる、なおみちゃんの容態の急変は「12月9日深夜」。奇しくも彼女の旅立ちと、このアルバムの発売時期は重なります。天国のなおみちゃんも、喜んでくれたに違いありません。
彼女の病が「喘息」というのも、個人的には身につまされます。ワタシも喘息もちでしたから。「高く積まれた布団に半身を起こした姿勢――」というのも、よくわかります。仰向けに寝ると息ができず、余計に苦しいのです。
比喩ではなく、死ぬほど苦しいんですよ。眠いのに寝られない。なにしろ、寝たら息が止まってしまうので。いとも簡単なことを「息をするように」などと云いますが、その息をするのに全力を出さないといけないのです。そうして狭まった気管に空気を送り込んでいると、咳き込みます。これがしんどくって、苦しくって。それが、いつ果てることもなく続く。これに勝る苦しみはありません。

 

私が見つけたあの星は 赤くて小さいものだった
三月生まれのその星は わずかに燃えて消えてった
元気になりたい なるんだと ふたりで心に誓ってた
心の底から笑えた日々が いったい何日あっただろう
いまだに残る最後の言葉 パパとふたりだけにして

――『パパとふたりだけにして』より


繰り返し聴くほどに、刺さる。沁みる。ダメだ……涙が……(苦笑)。
なおみちゃんの物語を知った上で、この歌を聴いたら、ましてや初々しい奈保子ちゃんに歌われた日には、もう、催涙弾ですよ。おれ、ぜったいコレ、外で聴けないわ。
心なしか、本当に「心なしか」なんですが、奈保子ちゃんの声が震えているようにワタシには聴こえます。デビューしてまだ4カ月、テクニックではないでしょう。奈保子ちゃんも気持ちを昂らせ、その気持ちを堪えて、それがこの歌声になったのだとワタシは思います。この歌声が、なおさら涙を誘います。

 

日は昇り 日は沈む
いま会えたばかりなのに もうお別れ
あなたはもうすぐ 遠くのほうへ 消えてしまいそう
もっと一緒にいたい もっとそばにいてほしい


ラストの曲『さよなら ありがとう』のイントロの語りは、コンサート終わりの挨拶にしては、やや大げさな感がありましたが、『パパとふたりだけにして』を受けてのものと考えると納得できます。
実際のコンサート第二部と同じ、
・『パパとふたりだけにして』(トラック13~17)
・『ハリケーン・キッド』(トラック7)
・『甘いささやき』(トラック8)
・『大きな森の小さなお家』(トラック9)
・『Can't Stop The Music』(トラック10)※1
・『二人だけのデート』(トラック11)※1
・『さよなら ありがとう』(トラック12)※2
の曲順で聴いたら、しっくりきました。
※1 洋楽カバー
※2 このコンサートのためのオリジナル(ライナーノート記載)

 

この順序のプレイリストをつくって聴くことをワタシとしてはオススメいたします。元喘息もちという個人的事情もあるとは思いますが、あれは「火垂るの墓」並みの催涙弾ですよ。CDオリジナルの順序というのは云ってみれば、「となりのトトロ」の次に「火垂るの墓」を観せられるようなものです。ぜひ、これから述べるコンサート第二部・歌のパートで、ラストは上げ上げで盛り上がっていただくのがよろしいと思います。


奈保子オリジナルナンバーとして、リリースされたぱかりのファーストアルバム『LOVE』から『甘いささやき』が選ばれたのは、納得のセレクトです。アルバム曲を歌った貴重な生歌でもありますが、こうしてあらためて生歌を聴いてみると、やっぱりこの頃の奈保子ちゃんならではの歌なのかなとも、いまは思います。『エスカレーション』以降の「奈保子さん」が歌うとすれば、少なくとも曲調はアレンジが求められるでしょう。

 


「巨乳」ではなく「ボイン」。「オタ」ではなく「親衛隊」。それが80年代。
音声を足がかりにイマジンの翼を広げ、ワタシも会場に「参加」しているつもりで聴きました。
親衛隊のお兄さん方も気合入ってます。

奈保子ちゃァァァァァんッッッ


『大きな森の小さなお家』のかけ合いが、ホントに素晴らしい。最高。これぞ「ライブ」!
 

誰も♪ (オーッ!) 見たこと♪ (オーッ!) 
ナーイナイ ナーイナイ♪ (ナーイナイ!)
誰も♪ (オーッ!) さわって♪ (オーッ!) 
ナーイナイ ナーイナイ♪ (ナーイナイ!)
緑の草とそよ風が♪ (奈保子ォォォーッ!)

ワタシ的にはもう少しスローな原曲のテンポが好きなのですが、ライブはこれでいいと思います。

ワタシは「オタ芸」のようなオーディエンスのノリは、「好きなアイドルの歌はじっくり聴こうよ?」と思うタイプの人間なんですが、これは愉しいわ! むっちゃ愉しい!
緑の草とそよ風が♪……(以下略)


一応アイドルオタのハシクレのつもりですが、実はワタシ、「コンサート」の経験がありません。Folder 5は「追っかけ」をやりましたが、彼女たちにはリリースパーティのようなイベント(CD購入で参加できる)はあっても、大会場のいわゆる「コンサート」をやることは残念ながらありませんでした。なのでワタシは、いまだ「コンサート童貞」なのです。このコンサート童貞、奈保子さんに捧げさせていただきます。奈保子さんからすれば、いらないッ、気持ち悪いッ、と仰るところでしょうが、どうか勝手に捧げさせてください。

このコンサートに立ち会えなかったのは悔しいです。でもそれよりも、この興奮を、感動を、よろこびをお裾分けしてもらえたことが嬉しい。感謝に堪えません。
まさに「さよなら ありがとう」。「さよなら」はもちろん、「また会おうね」という約束、それも「近い約束」です。

多摩市・カナメさんからのリクエストは、このアルバムから『不思議なピーチパイ』。この時は曲を提供してもらうことになるなんて、想像もしてなかったでしょうね。

長い長い夢から覚めたら、ハッ、今日は奈保子ちゃんのファースト・コンサートの日だった!! って中学生の自分になってた――ってことに、ならないかなぁ? ……なりません。それが現実。

 


2024.01.08 大幅加筆・変更
前のバージョンでは『大きな森の小さなお家』ではなく、そのB面『ハリケーン・キッド』でした。掛け合いはこっちもいいのですが、歌の認知度でやはりA面が良いと考え、こちらに改めました。


2024.01.10 加筆・構成を含む大幅変更