多摩市・カナメさんからのリクエスト、河合奈保子『甘いささやき』をお送りしました。

なぜいま「河合奈保子」なのか? 令和のいまさら? この期に及んで?
そのことについては、近いうちにじっくりお話しさせていただきたくとして、まず初めに、彼女のコアなファン以外にはあまり知られていないであろう、隠れた名曲をご紹介いたします。

遺憾ながら、ワタシも存じ上げませんでした。最近になってこの歌を聴き、衝撃を覚えました。それはワタシにこのところ訪れていた「河合奈保子マイブーム」に終止符を打ち、四〇年遅れの新米ファンへの道――おれ、あらためて、このひとのファンになるわ――そう決意させるのに充分でした。

ワタシにとり彼女は人生で最初のアイドルであり、憧れのお姉さんであり、それどころかワタシの思春期の扉を開けてくれた特別な女性でもあります。
にも関わらず、当時のワタシは部屋中を彼女のポスターで埋め尽くすこともなく、レコードの一枚も買うこともなく、買ったものといえば数冊の写真集と数枚のブロマイドぐらい。たまたま点けたテレビに彼女が映っていれば、うっとりデレデレと見とれているだけの、「ファン」を名乗るのもおこがましい、ただの奈保子ちゃん好きの中学生高校生でしかありませんでした。彼女に寄せる情熱はいつしか移ろい、彼女の歌も活動もさしたる関心事ではなくなっていきました。そして気付いた時には、彼女は芸能界から去っていたのです。

そんなワタシにこの歌が、ハートの矢を刺しました。約四〇年の時を超えて、アイドル・河合奈保子に向ける情熱に再び灯が点るのを感じたのです。それは燃え上がる炎のような狂熱ではなく、オレンジ色に灯る木炭のように、静かでありつつ、鎮まり難い熾火そのものでした。それはかつてアイドルヲタの道へとワタシをいざなってくれた、Folder 5に対するそれに比肩する熱量を孕んでいたのです。とまあ、それはそれとして。

 

ごめんなさいね あなた赦して
ずっとひとりで 寂しかったの

――『甘いささやき』(アルバム『LOVE』収録)より(以下、同じ)


まずこの歌は、曲としてよく出来ています。
サビから歌が始まります。ヒットの法則、前サビです。この一小節だけで、この歌のテーマがわかってしまいます。
 

あの夜 わたしは街へ出かけて 知らないお店でお茶を飲んだの
「お話しませんか? ひとり同士で」
甘いささやきが 耳をくすぐった


彼女の物理的には大きな胸の、しかしその中身はポッカリと穴が空いていました。大好きな彼氏である「あなた」と遠く離ればなれになり、会えないでいたからです。
そんな彼女の物理的には大きな胸の空虚さにつけこむように、ナンパ男が近寄ってきます。
 

ごめんなさいね いけないわたし
ずっとひとりで 寂しかったの


ここでサビに入ります。「いけないわたし」と最初のそれとは一部歌詞を替えています。
 

あなたがいない胸 なにかで埋めたくて
見知らぬそのひとに心を あずけてみただけなの


そしてサビは前サビと同じ小節だけに止どまらず、さらにそれを超える大サビへと移行、曲の高まり盛り上がりとともに一番を終えます。

メロディだけなら、余裕でシングル曲のクォリティでしょう。シングルにはせず、アルバム収録に留めたのは、歌詞的にまだ十七歳の彼女にはきわど過ぎる、イメージ的にちょっと、といった判断がなされたのだろうと思います。

曲良し、詞良し(ドキッとするインパクト!)。それを歌唱力では定評のある、彼女が歌う。
もし、シングルで出ていたなら――? そのことがつくづく惜しまれます。
十七歳の奈保子ちゃんには早過ぎるとしても、『エスカレーション』の頃の大人な奈保子さんに、あらためてシングルカットして歌ってくれていたら、面白かったのにと思います。
覚えてますか? 『エスカレーション』のクラクラッとしそうな、挑発的な詞を?

 

 

大胆過ぎるビキニよ? 選んだ意味がわかるかしら?
まっすぐに 見れないの?
案外 内気なひとね?

――『エスカレーション』より


この人が歌うからこその、この説得力! この破壊力! 赤いモビルスーツ並みの河合奈保子専用の詞であり、歌ですよ。
云ったね? そうまで云うなら、見るよ? 真っ直ぐ見るよ!? 云っとくけど、ぼくのエロ視線は、パソコンディスプレイを貫通するんだからね!? 泣いたって、やめないからね? ゆるしてあげないからね? ホントにいいんだね!? 奈保子ォォォォォ!!!(←いや、ビキニ見るだけだし……)

この歌が歌えるステージの奈保子さんに、歌ってほしかったなぁ。シングル曲として。
河合奈保子の代表曲になり得たばかりでなく、日本歌謡史に刻まれる一曲になっても、おかしくはなかったのではないでしょうか。

さて、寂しさのあまり、ふらふらとナンパ男の誘いに応じてしまった彼女の運命は――? 続けて気になる二番をどうぞ。

 

はじめて座った椅子はやわらか 身体が傾く知らず知らずに
抱かれているんだと 急に気がつき
こころにあなたの影が 走ったの

呼び止める手を いやと振り切り
涙おさえて 駆けて帰った
いつもの席がいい あなたのそばがいい
やさしいささやきがなくても あなたのそばがいいの

ごめんなさいね 悔やんでいます
ずっとひとりで 寂しかったの
いつもの席がいい あなたのそばがいい
わたしの幸せはあなたの あなたの腕の中


……いかがですか? この、トニー(とにかく明るい安村)ばりの「安心してください」感(笑)。
最初、ボヤッと聴いたときは、「抱かれている」というパワーワードにビックリして、奈保子ちゃんなんて過激な歌を!?とたまげてしまいましたが、よくよく前後の文脈を聴きとってみればなんのことはない、ただの「ハグ」、それも正確にはハグですらない単に「抱き寄せ」られただけ。

五十を過ぎた、けがれたオッサンに云わせれば、こんなのは「浮気」のうちに入らない。謝る必要なし、泣く必要さらになし。
いったいどこのネンネの女子高生じゃい? そう云いたくなるところですが、実際歌っているのは、リアルにネンネの女子高生、当時弱冠十七歳の河合奈保子ちゃんなのですから、仕方ありません。奈保子ちゃんだったら、しょうがない。そんなことで泣いちゃうんだね、よしよし。

「あなた」がワタシであったなら、離れはしない、離しはしないのにね。ずっと腕の中に抱きしめて、耳元で「やさしいささやき」をしてあげるのに。
「あなた」と呼ばれる彼氏さんよ、最低でも月に一度は戻ってきて、会ってあげなよ。そうでないと、この娘は、もう間もなく、別の男へ行ってしまうよ?

十七歳の河合奈保子だから、成立する歌だとも云える。これが二十五過ぎたら、刺さりませんよ。
十七歳のアイドル・河合奈保子への、よく配慮をされた歌詞だと思います。

しかし五十を過ぎた、けがれたオッサンとしては、やっばり考えてしまいます。
作詞家がこの詞に込めた真意は、果たしてそれだけなのかと。
「抱かれている」というのは、実はダブルミーニングではないのかと。

歌の世界で「抱かれる」「抱いて」と云えば、一般的にはそういう意味であるはずです。
詞の額面は、アイドル・河合奈保子に配慮した「抱き寄せた」という意味であっても、その裏には、まさに「ベッドの上で抱かれた」という意味が隠されている。そう考えると、この歌が帯びる意味はガラリと一変します。

寂しさのあまり違う男に身をゆだねてしまった女の、後悔と懺悔――にです。
ごめんなさい。揉まれてしまってごめんなさい。

もちろん、ワタシの勝手な解釈です。
でも、みなさん、大人として、どう思いますか? 「あなた赦して」「いけないわたし」「悔やんでいます」……こんな言葉が、ただナンパ男の誘いに乗って、抱き寄せられただけで、出てくるもんでしょうか?
やっぱりこれって、いたしちゃったんじゃないですか?

そう解釈したほうが、奈保子ちゃんがこんな歌を歌うなんて!? そう思えて、キュンと胸に沁みるのです。五十を過ぎた、けがれたオッサンには。カラオケボックスで、島津ゆたか的に熱唱もできるというもの。ごめんなさいね いけないわたし~♪

そんなストレートなムード歌謡的ドロドロの不倫ソングを、十七歳の奈保子ちゃんに歌わせることは、むろんできません。
だからこそ、歌詞の字面の上では、十七歳の奈保子ちゃん仕様に見事にカスタマイズされた、ミルクとお砂糖たっぷりのマイルドでクリーミーな口当たり。でも、それは巧妙な上辺であって、実はビターな隠し味が仕込まれている。

ウブな奈保子ちゃんにこんな歌を歌わせるスタッフ達、悪い人達やな~。グッジョブ!
寂しさのあまり違う男に身をゆだねてしまった女の、後悔と懺悔の歌――。そうとは知らず(?)、それを十七歳の透明感あふれる瑞々しい歌声で歌い上げる奈保子ちゃんの図。倒錯的やわぁ。萌えるわぁ。

どんなアイドルにも共通して云える普遍性だとは思いますが、ほのかに性の香りを醸すほうが、扇情的に刺さるのです。彼女の場合、特にその傾向が顕著な気がします。
それは可愛く、あどけなく、そしてちょっぴりふくよかで、こんな彼女を守ってあげたいという保護欲と、それとは裏腹でありかつ背中合わせでもある牡の情欲を掻き立てずにはおかない、彼女の水着グラビアに通じるものを感じます。

ありがたいことに現代では、この40年以上も前のアルバム収録曲が普通にネット配信され、購入することが可能です。男が歌えば、まんま昭和ムード歌謡。それをデビューしたばかり、ピチピチフレッシュな十七歳、河合奈保子ちゃんが歌う。
この後、彼女は歌手として成長するにつれ、自身の声質の低音部を強力に発達させていきます。それは河合奈保子のシンガーとしての二つの意味でのベース(Bass=低音&Base=基礎)となるのですが、この頃はまだそこが未成熟で、やや細く、やや高く、そこがまた可愛らしくもある。そんな彼女の初々しい歌声が「ごめんなさいね」「あなた赦して」と切ない女心で迫るキュンキュンもののこの歌を、ぜひスマホのお供にお聴きになってはいかがでしょうか。
今回はこの知られざる名曲についてお伝えしたくて、筆をとりました。

繰り返しますが、ワタシの勝手な解釈です。
勝手に解釈して、勝手にコーフンしてます。スタッフの皆さま、奈保子さま、ファンの皆さま、失礼の段、平にご容赦の程を。
五十も過ぎてアッチのほうもすっかりお役御免になってみれば、少年時代とは違って、もっとピュアに、プラトニックに、彼女のお話しができるかと思ったのですが……。
ダメでしたねぇ。なまじ文学的表現など身につけて、よりエロ度増し増しでブーストアップしているようです。語っているのは水着グラビアではなく、歌についてのはずなのに……。先が思いやられます。
奈保子さん、赦してください。五十を過ぎてファンをやり直しても、あなたを見る目は相変わらず、助平なままです。
ごめんなさいね。いけないワタシ。ずっとひとりで寂しかったの。


※ぼくのエロ視線は、パソコンディスプレイを貫通する!?

 

次回への前向上
「第二回」の原稿をほぼほぼ書き上げ、この「第一回」も推敲を重ね、直すところもなくなり、いよいよ発表――というところで、大変な事実を知ってしまいました。知ってしまった以上、これまでの構想のまま書き続けることはできません。書き上げた「第二回」は破棄、最初から書き直しました。以降の展開も、当初考えていたそれとはまったく異なるものになると思います。
四〇年遅れの新米ファンとなった矢先、何が起きたのか? ワタシは何を知ってしまったのか?
間髪入れず、「第二回」を同時公開します。
 

 

2023.09.19 一部変更